【緊急事態発令。ラボ12区よりBOWの逃走を確認。繰り返します。ラボ12区よりBOW、量産型ネメシスが実験素体に寄生、逃走を
確認。ただちに処理してください】
《ひどい言われようだね》
「(のんきなこと言ってる場合か)」
ネメシスを後ろ首の付け根に寄
生させた青年が息絶えた武装兵から装備を引っぺがして装着している。
《んーんー、拳銃に……?弾は……アレ?》
「(早く行こうぜ。また襲ってくるぞ)」
《もう少し。あ、これも使えそう》
めぼしい道具を剥ぎ取り、コートに入りきれなくなるまで詰め込んだ男は赤いランプの点等する廊下を去っていく。
血臭と汚物の激臭漂う廊下に、赤いスタンプがやけに目立っていた。
数週間前
「モルモットの搬入が終了しました。引き続き我らは警備に周ります」
「ご苦労さま。…………
今日はやけに数が多いわね」
女がスーツの男に素朴な疑問を言う。
「本社も量産型ネメシスに期待してるのでしょう。STARSのメンバーにやられたとはいえ、充分に利用価値はあります」
「ふ〜ん……。ま、期待に応えれるようにしないとね」
「それがいいでしょう。他所の施設にも同等量が搬入されているはずです」
女は男の遠まわしの脅迫を聞いて苦笑を浮かべる。
役に立たなければどこか知らない場所へ行くことになる。自身の替えなどいくらでもいるのだから。
スーツの男と所長の若い女がそんな世間話に華を咲かせていた頃、素体と呼ばれた人間達は個別の部屋を割り当てられていた。
ある者は理不尽故に叫び、ある者は薬によって自分を失い、ある者は理由もわからず連れて来られ困惑していた。
その中に、黒い髪の青年が備え付けのベッドに座っていた。
外見はどこにでも居そうな日本人。事実彼はつい先日まで大学に通い、友人と他愛の無い話しで盛り上がり、ごく普通の生活を送ってい
た。唯一つの例外を除けば。
「(基準の30%も濃度が高い。やはりエンドルフィンの有無が鍵か)」
「(今日はどこでヤろうかな〜。武器庫ってのも悪くなかったけどやっぱり寝てできるところが……)」
「(くそ、なんであんな奴が昇進なんだよ!俺と大して変わらないくせに!)」
「(やはりタイラントでないとダメね。適応不全以前の問題か……)」
「(STARSのジル・ヴァレンタインか……試作段階だったとはいえ、ネメシスを振り切るとは……)」
「武器庫?タイラント?STARS?なんだよここは」
別に周りから声がするわけではない。ただ彼の頭に直接響いてくるのだ。
そう。彼は精神感応者『テレパス』だった。
素体番号4516、嵩塚聖司(かさづかせいじ)がここに運び込まれたのはついさっきのこと。家族と旅行中、テロリストが飛行機を襲撃。海に
不時着したとき両親は死亡。救出されたと思ったら今度は訳のわからない連中に連れられて現在にいたる。
両親が死に、訳のわからないところに放り込まれてパニックに陥って幻聴を聴いている……
ということではない。
訳のわからない力を持つ息子に恐怖を覚えた両親は、迫害されて学校から帰ってくる少年を慰めるどころか、更に追い討ちをかけるように
少年を隔離していた。
だから彼は両親が死んでもなんとも思わない。
今まで幾度と無く人の汚い部分に触れてきた彼にとってこれぐらいではなんとも思わないようだ。
だからといってこの事態を軽視する様子は見られない。持てる力を最大限に発揮し、聖司は情報を集めた。
数時間後、能力の使いすぎで疲れた聖司は差し出された食事を食べながら頭の中を整理していた。
「(ここはアンブレラ社の研究所で人体実験を行っている。主に戦争で使うような生物兵器の製造、販売。名前はタイラント、ネメシス。これ
ぐらいか?)」
信じられないことばかりが、事実だと理解するには多少の時間がかかった。
世界的大企業が人体実験のために人を誘拐。
人を化け物にするウィルス。
そんなものは映画や小説の世界ではないのか。
いくらそう考えても、自分のチカラがもたらす情報は欠片ほどの虚偽すらない。
聖司は一度仮眠を取ってもう一度周りの探索を始めた。なんでもいい、逃げる方法を探すために。
だが、いくら人の心が読めるからといって、いつも『脱出手段』を考えている人間がいるはずがない。
結局聖司にできるのはこの施設にいる人間の他愛の無い心を覗くしかないのだ。
「(……………………)」
「ん?」
また何時間が過ぎ、もう一度周りを調べていたとき、途中に妙な意識を感じた。今まで一度も感じたことの無い波長に聖司は少し興味を
持つ。
「(……おかしい。赤ん坊でも考えたりするのに……なんなんだ?)」
聖司は精神をその物体に直結(リンク)した。
「(……もしもーし)」
「(…………!……)」
「(返事ぐらいせーよ)」
「(……!……?……)」
「(もしもーし!)」
「(…………し……)」
「(お!?)」
「(……お?……)」
人間ではない生物と繋がった聖司はそれがBOWというものだとすぐに理解した。どこか人と違う……テレパシーでしかわからない何かを感じ
たのだ。
これがタイラントであるかはともかく、生物兵器と大層な肩書きを持っているからには、充分利用できるのではないか。
少なくとも、今出来ることはほとんど無い。
ならば、この生物に賭けてみよう。
「(まずは言葉からだな)」
「(あ…………う…………)」
名前はどうするか――――聖司は近くに落ちていた容器のアルファベットを取って、この生物を『エル』と名付けた。
聖司がエルと名付けた物体は驚く速さで学習していった。
発音を覚え、単語を覚え、自分を『エル』だと認識し、聖司を『聖司』と認識し、会話へと扱ぎつけることに成功する。
発音や喋り方がスムーズになるに連れ、貪欲になったのか進んで聖司の話を聞きたがるようになった。
それなに?と、聞いては聖司が答える。これは人の2・3歳児にも見られる反応で、聖司はこの生物が人間を利用したものだと判断した。
そもそも頭の中でとはいえ、人の『言語』を理解して利用している時点でこの生物はイヌやサルとは遠く離れている。
一体どのような兵器なのか。
「(お前、どんな姿してる?)」
だからだろうか。彼がこのような質問をしたのは。
「(すがた?)」
「(容姿……見た目……背格好……どんな形をしてるかってこと)」
「(……ヒトじゃない。でもヒトの体)」
「(なんじゃそりゃ……まぁいいけど)」
「(?)」
「(いや……なんとなく)」
投檻されて3週間。日付を示す『正』の字も4つを超えた。
エルと会話しながら脱出方法を探っていた聖司だが、その結果は芳しくない。
一歩も檻から出ることが無い上、食事を運んでくるのは廃人のような男。せいぜい食堂と牢屋の道のりしかわからない。まともな人間と接触
すること事態ないのだ。
『エル』が自我を確立して何日か過ぎたころには聖司の周りにほとんど人が居なくなった。
エルと話している間も頭の片隅に恐怖に駆られた思念が入ってきたこともある。
「そろそろ……かな」
怖いと感じる。他人の思念を感じる分待たされる時間は彼にとって拷問そのものだった。
「(聖司……どうしたの?)」
今まで会話していたエルが妙な念を送られて不思議に思い聖司に問うた。
「(いや、なんでもない。そっちの様子はどうだ?)」
「(………いつもと同じ。赤いものが詰まった変な袋が………あれ?よくわからない)」
心が読める聖司でも、エルが今何をしているのかわからなかった。
エル自身、自分が何をしているのかわからないのだ。手を動かす、足を動かす。その結果なにが起きているのかわからない。
エルが何をしているのかわからないのなら、聖司にもわからないし、教えようもない。
「(それより何か話せぇ!)」
「(はいはい。なにがいい?)」
「(えっとね、えっとねー……)」
おそらくこれが最後になる。聖司はそう予感していた。
唯一の娯楽であり、脱出手段になるはずが、よくよく考えればそんなことが出来るようなセキリュティではなかった。
エルがいる実験場から聖司のいる独房に辿り着くことはできず、実験以外では収納させられてしまう。
めぼしい脱出通路を探ることも出来ないのなら、身動きできない現状でなにをやっても無駄になるだろう。
そもそも今まで生きていたのが不思議なくらいなのだから。
「Hey,Wake up」
ここ一ヶ月近く見なかった、まともそうな人間に聖司は叩き起こされた。それは彼にとって死の招待状と同等の意味を持つ。
銃を持った警備員のような格好をした男が鉄格子の扉を開けると聖司に手錠を掛けようと近づく。
その際抵抗したがスタンガン付きの警棒であっけなく倒れた。
「どこへ行くんだ?」
「Shut up Yellow, Walk in hurry」
「チッ…………このヅラが」
テレパシーでもこの男は本当に何も知らないとしかわからない。
皮肉な話なのだろうか。
長い廊下を歩いて、聖司は大きな部屋に放り込まれた。真っ白で、側面の壁一面に鏡が貼り付けられており、その向こうに数人いるようだ
。
「マジックミラーッスか……」
しばらくテレパシーに専念していたがこれといった情報は無い。科学用語やら意味不明の単語しか浮かび上がってこないのだ。
これもテレパシーの使い勝手が悪いところだ。
話や単語を聞いても、意味が分からなかったら利用する方法すら思いつけない。
【ネメシス、投入します】
男性の声のアナウンスが入り、数メートル離れたところの地面が筒状に浮き上がり、
扉が開いた。
体を黒い革のコートで包み、焦げ茶色の肌をした化け物が雄叫びを挙げる。
覚悟はしていたつもりだった。でもやはり怖い。死にたくない。その感情が聖司をパニックに陥れる。
「うぁあああああ!!」
わき目も振らずに逃げた。
逃げる以上のなにかが出来るとでもいうのか。事前の覚悟、諦観すら頭の中から消え、
「(ちょい待ち!なんだよアレ!なんじゃありゃーよー!!)」
理不尽を嘆くしかできなくなる。
だが閉ざされた空間で追い詰められるのも時間の問題だ。
まるで川魚を捕らえるように、化け物という水の流れが、網という部屋の隅に彼を追いやっていく。
あっという間に部屋の隅に追い詰められ、化け物はゆっくり近づいて行く。
聖司の目の前まできた化け物は左手で彼の胸倉を掴み、軽々と持ち上げた。
「(待て!ちょっと待ってくれ!っていうか止まれ!)」
聖司はなんとかしようと目の前の化け物に懇願と命令を叫ぶ。その甲斐あってか、化け物の動きがピタリと止まった。
「(…………………。聖司……だったりして?)」
「(ぁ……もしかしてお前……エル…か?)」
「(……聖司だー!)」
化け物――エルが思い切り聖司に抱きつく。人を圧死できそうな怪力で。
「(ウゲ!やめろ!苦しい!)」
そしてちょっと臭いと思ったのは伝えなかった。錆びた鉄のような匂いはおそらく血。それに混じって表現しがたい何かが漂っている。
「(あっとっと。ごめんなさい)」
あわてて聖司を下ろし、同じ目の高さになるようしゃがむ。
「(うわぁ、人間じゃねぇのはわかってたけどこんなんだったんだなぁ…)」
彼の頭の中では男とも女ともとれる幼い声なのだが、目の前にいるのはボディービルダー真っ青の大男。
マジマジとBOWというもの観察する聖司。相手がエルだからか、命の危険はもう感じない。
『No21!その男を殺せ!』
少しして部屋のどこかにあるスピーカーから男の声が出た。何もしないネメシスにとうとう痺れを切らしたらしい。
「(No21?)」
「(あたしのこと)」
聖司は見えもしないマジックミラーの向こう側を見据える。
「(なぁエル。今まで殺せって言われたから、ここに来た人たちをそうしてきたんだよな)」
いつもエルが潰していた『赤いものが入った変な袋』。分かりきったこととはいえ、聖司は知りたくなかったはずだ。
自分が育てた相手が人殺しだったとは。
「(うん)」
エルの返答を聞き、聖司は研究員達のいる方角を指差した。
「(じゃあ俺が頼むわ。あの鏡の向こうにいる奴等を片付けてくれ)」
聖司は深く考えず思う。これぐらいの報復はいいじゃないかと。
こんな化け物に殺されるために収容されたことを思えば、人を殺してやりたいぐらい怒ったっていいじゃないかと。
「(了解♪)」
聖司の命令を受け取り、エルがマジックミラーに向かう。
『異常発生!退―――』
スピーカーから流れる声を無視して、化け物は歩く。
創造した人間の命令より、自分と話しただけの青年の命令に従い、エルはその巨大な拳でマジックミラーを粉砕した。
聖司が居る何も無い部屋とは反対で、様々な機械が陳列していた。狭い部屋は10人ぐらいの白衣を着た研究員が、予期せぬ出来事に
慌てふためいている。
「うあぁあ!」
「お、落ち着け!早く対t‐ガスをグベッ!!」
エルの前に立っていた割と若い研究員の一人の頭がエルによって潰された。
「く、くそ!撃て!」
対t‐ガスというものを忘れて子供でも使えるような銃を撃つがエルには効いた素振りは無い
。
「うぇ……」
グロテスクな死体を始めて見た聖司はたまらず嘔吐した。改めて現状の異常さを思い知ったようだ。
血が上っていた頭が一気に冷め、頭痛すら伴って冷や汗が流れる。
「(エル、一人だけ残しておいてくれ。そいつらに聞きたいことがあるから)」
「(は〜い)」
グシャッ!とまた一人壁に張り付く。
約束どおりエルは一人だけ残して全ての研究員を始末した。
そこに至って、殺さないように言っておけばよかったと、聖司は今更後悔する。
血臭と腸内の汚物が混ざり、とても鼻で息をすることができない。人とはこんなに臭いものだっただろうか。そう思わずにはいられなかった。
さっさとここを出よう。そう決意して隅のほうで失禁して蹲ってる女に近づいた。
「知っていることを全部教えろ、ここはなんだ!おまえらの目的は何だ!」
胸倉を掴んで、可能な限り虚勢を張る。
彼もこの状況に怯えているのだ。だがそんな様子を見せて侮られでもしたら、聞きたいことが聞けなくなる。
「何故……何故あなたがネメシスを操れるの!?」
どうやら日本語は通じるようだ。エルの暴挙が効いているからか、抵抗する手段を持っていないのかわからないが、聖司が望んだ状態である
。
だがこれではまだ会話にならない。
「(エル、来てくれ)」
ドスドスという足音をたて、エルが聖司の後ろに立った。
虎の威を借る狐。だが虎の意は狐によって作られた。虎が狐の意のままならば、
「ひぃ!」
「聞いているのは俺だ。答えろ!」
「言う!言うから助けて!」
少なくとも本物の虎がいる限り、狐は虎でいられる。
「つまり人間にt−ウィルスとか言うのを容れてこんな化け物にしたのか!」
「t−ウィルスがどこで採取されたのかはわたしにもわからない。でもその実用性は計り知れないわ。
今は兵器に使われてるけど、いずれは医学界に革命が起きる」
「こいつはなんだ!」
聖司はエルを指差す。
「T−002タイラント。t−ウィルスを人間に投与して逸脱したパワーを持ったBOW。アンブレラの主戦力になるはずだったけど、思考が衰退
して仕様に制限が――――」
「このために集団誘拐やら人体実験をしたのか!ふざけんな!」
「死人が生き返るウィルスよ?もしかしたら不老不死になれるかもしれない。不治の病を治せるかもしれない!BOWはあくまで軍事利用に
過ぎないわ!」
「今までそんな例があったのかよ!ゾンビにするだけだろうが!俺たちをモルモットにして!」
「人類の医学に貢献するのよ!多少の犠牲がなによ!」
「その犠牲の結果がラクーンシティだろうが!貢献どころか絶滅するわ!」
当時世間を震撼させた『ラクーンシティウィルス汚染』の真相を知り憤慨する聖司。
人を助けるために医学がある。アンブレラも『人を病から擁護する』ためにその名がつけられたはずだ。
「私達はあんな失態はしないわ!完璧の設備で、完璧の実験が出来る!」
「あーそうかい!!」
「ウグッ!」
女の身勝手な考えにとうとうキレた。思い切り頬を殴り、それだけで気絶した女を床に投げ捨てる。
「(エル)」
「(なに?)」
「(ここを……外に出るぞ)」
「(外?どんなところ?)」
「(青い空があって、そうだな……ここよりずっと広いんだ)」
「(この部屋より広いの?見てみたい!)」
「(あぁ。一緒に行こう)」
「(うん。じゃあこれいらない)」
「え?」
次の瞬間、エルは今の体―――タイラントから離れ聖司に飛びついた。紫色のヒトデモドキが聖司の顔面に張り付く。
「うわぁ!(なんだ?!なんだよこれ!?)」
さっき彼が指差し、女が説明したのはタイラントであった。もし聖司が女の言うことを理解していればおかしなこと気づいたはずだ。
思考が衰退したBOWがどうやって自我を得たのか。
その秘密が彼の顔に張り付いている物体だ。
「(一緒に行くんでしょ?だから一緒になる)」
「(おまえなんか勘違い…
…いて、痛い痛い!マジで痛い!)」
そのまま後ろ首に移動した生き物は鋭い何かをズブズブ刺してきた。
寄生型BOW。後に彼が知ることとなるエルの正体である。
あまりの痛さに聖司は血溜まりの床を転げ回る。
だが痛みの元凶がそれをさせない。背中から生えている触手が彼を守るように体を支えた。
《心配しなくていいよ。聖司を乗っ取ろうなんて絶対しないから》
「そういう…問題じゃない……ねぇ……」
《?》
痛みは引いたものの、神経を弄られた影響で危ない感じに痙攣している。
体が思うように動かず、聖司は痛みが引くまで血溜りの上に寝転がった。
「お前……そっちが本体だったのか」
《わかんなかった?》
「怖いから離れてくれねぇ?」
《や》
「や、じゃねぇよ」
《今離れるとノーショーガイ?ってやつ起こすけど…》
「お前、俺のこと嫌い?」
ほとんど虐めのような事態に聖司は大きく溜息を吐いた。
「……まぁいいや。こんなの連れて歩くより都合がいいかもしれねぇ」
割と早く復活した聖司は側に倒れているタイラントの防護服を剥ぎ取り、研究員の使っていた銃を拾った。
「(おーい、なんか体が勝手に動くんだけど?)」
《あ、ごめん》
服を剥ぎ取り、銃を拾う意味は誰にでもわかる。この施設を丸腰で出て行くのはバカのすることだと。
だが、なんの断りもなく体を操られるのはだけは勘弁してもらいたい。
「(別にジッとしてろって言わねーから、何かするときは一言断れな?)」
《は〜い》
言質を取り、聖司は気絶した女からいろいろ借りて、死体からも今後役に立ちそうなものを拝借する。
途中t−ウィルスのことを思い出し、ゾンビになって起き上がってこないかとビクビクしながら。
「思ったより軽いな」
《あたしが付くとそうなるみたい。コンクリートぐらい一撃》
「好都合」
漲る力に昂揚感。それらは聖司が今まで味わったことの無い感覚だった。
それが恩恵だとは思いたくない。本来ならこんなものはあってはならないのだから。
都合はいい。だがいつかは捨てなければ。聖司はそう決心した。
【緊急発令。ラボ12区よりBOWの逃走を確認しました。部隊は直ちに処理してください】
警報が流れ、赤いランプが部屋中を照らした。
「ラボ12区ってここのことか。急ご」
《上のダクトから出よ》
「上?――――」
「ぅお?!」
エルの触手が勝手に動き、金網をぶち破って聖司を天井の排気ダクトまで持ち上げた。
「怖い!」
《一言断った》
「(こいつ絶対ぇ俺で遊んでやがる……)」
これからのことを思う聖司の頭は、寄生された後遺症以外の痛みに苛まされていた。
ダクトを抜けた聖司たちは何度か武装集団と遭遇したが、エルが主導権を取って尽く返り討ちにし、逆に武器が充実していった。
偶にネメシスではないタイラントも出て来ても、武器を持っていないので武装集団より早く倒される。
聖司はエルが強いのか、相手が弱いのか分からなくなった。
「すげぇなこの体。全速で走ってるのに全然疲れねぇ」
《弄くってるから多少の無理は出来るし、怪我をしてもすぐに治る》
「奴らが戦争に使う訳がわかったよ。たしかにこれなら最強だ」
地下数百メートルに作られたらしいこの施設の非常用螺旋階段を昇りながら、純粋にこの体の変化に驚いていた。以前は100メートルを
全力疾走すれば息があがっていたのに今はその片鱗も見えない。
【バイオハザードの発生確率が50%を越えました。ただいまより基地を放棄します】
「なにぃ!」
《爆破するってこと?》
「いや、いくらなんでもそんなお約束みたいな―――」
【3分後、研究所を爆破します。所員は速やかに退避してください】
「お約束かよーーー!!」
慌ててみても全力疾走より早く移動するのは基本的に無理だ。加えて出口まで結構距離がある。
「くそ!間に合うか!」
《早く!》
2分、1分、30秒とどんどん時間が迫ってくる。
「あと少し!」
緑色のランプを確認し、一気に駆け上がる。
あと20秒。
ようやく辿り着き、ドアを蹴り破った弾みで外に出る。すると正面は一面真っ白、青い空に白銀の世界が広がっていた。
だが今はじっくり見ている暇は無い。早く遠くへ行かなければならない。
あと10秒。
雪に足を取られながらも坂を転がりながら基地を離れていく。
5
4
3
2
1
0
大きな地響きをたてながら巨大な爆炎が空に舞った。直後雪崩が発生し、二人はさらに下へ流されていく。
「ぶはぁ!!」
白い雪と対照の黒い物体が雪から這い出てくる。
「た、たすかった」
寒いだけで痛みは無い。あれだけの大惨事にみまわれて命が助かった奇跡に、聖司は何度も呪った神に感謝した。
「……はぁ〜〜………ははは」
大きく息を吐き、脱力する。凍てつく空気は新鮮そのもので、施設のような重苦しさは微塵もない。
「見ろエル。これが外だ」
《うん。天井がどこまでも続いてる》
しばらく二人は爆破した研究所と雪のかかった山と、青い空をじっと眺めた。
《…………これからどうする?》
「どうするったって……どうするよ」
《ん〜……ここにいると調査にきた人たちに見つかるから離れよう》
「どこに?」
《中でなにか情報がなかった?アンブレラの事とか》
「え〜っと、アンブレラの本社はヨーロッパのどこかで……そういえばSTARSのジル・ヴァレンタインとかいうやつがネメシスと戦ったとか誰か言っ
てたな」
《星?》
「星」
《………。何かの略称かなぁ……。でも、あたしと戦って生き残ってるんならもしかしたら……》
「もしかしたら?」
《まずはその人を探してみよ。事情を話せば協力してくれるかも》
ジル・ヴァレンタインを探すため、聖司はヨーロッパへ向かう。
インターミション
「というわけで俺とエルは一路ヨーロッパへ向かうわけだけど、ここでバイオハザードを知らない人のため、休憩がてらに専門用語の軽い解説を
しとこうと思う。知らない奴がコレ持ってるとは思えないけど……」
アンブレラについて。
1968年に製薬会社としてオズウェル・E・スペンサーが立ち上げた巨大多国籍企業。ほぼ世界中に支社を持ち、本社はヨーロッパのフラン
スにあるらしい。
傘下会社にParasolとかいう記憶媒体開発会社があるともっぱらの噂だったり。
STARSについて。
ラクーンシティ警察の管轄下にあった特殊部隊。『特殊戦術および救助を目的とする部隊』を意味する『Special Tactics And Rescue
Service』の頭文字を取ったものを部隊名にしている。急成長したラクーンシティで起きる様々な犯罪に対して迅速対応するため、年齢・性
別・経歴を問わず様々な分野のエキスパートが集められた実力本位のエリート部隊になった。
総勢12人でアルファ、ブラヴォーの2部隊分けられていたらしい。
ちなみにジル・ヴァレンタインはアルファチームに所属。
ラクーンシティについて。
アメリカ合衆国西部に位置していた工業都市。人口10万人ほどで、元は小さな田舎町だったのにアンブレラが進出してきて急成長した。
都市北部にはアークレイという山地が広がってて、観光地としても賑わっていたみたいだった。
1998年、t−ウィルスの流出により広域バイオハザードが勃発して、核ミサイルで地球上から消えちまった。
t−ウィルスについて。
アンブレラが秘密裏に開発した細菌兵器。生物の細胞に作用し、進化を促したりと感染した生物に様々な変異をもたらす。
人間が感染すると大抵はゾンビになるらしいんだけども、たまに化け物になるらしい。
tはタイラントって意味が込められているらしい。
タイラント、ならびにBOWについて。
『Bio Organic Weapon』の略でt−ウィルスを投与して細胞の変化を促し、兵器として利用可能にした生物のこと。犬とかクモとか対象は幅
広く、人間と爬虫類の遺伝子組み合わせて『ハンター』とか作ったり、作るだけなら意外になんでもできそう。その中でもっとも成功・完成と
言われているのがタイラント。
成人男性を弄くって誰もが羨むマッチョメンへと変え、銃弾程度では倒れはするけどなかなか死なない。ただし動作は鈍いので袋小路に陥
らない限り逃げるのは容易いもよう。
弱点はハゲた頭。あまり虐め過ぎるとキレて
さらにマッチョになって襲ってくるので性質が悪いことこの上ない。
兵器に近い兵士という言葉が良く似合う。
「とりあえずこんなところかな。他の専門用語はもう少しあとで言うと思うんで。それではシーユーネクストインターミッション」