《スッゲ、人がこんなにいる》

頭の中に響く高域音に耐えながら聖司はヨーロッパ中部、フランスの小さな町のカフェで休んでいた。

「(別に驚かなくてもいいんじゃないか?)」
《百聞は一見》
「(あ、そう……)」

なぜフランスにいるのか。その理由は聖司たちが収容されていた場所がアルプス山脈だったからだ。
遠いようで割と近い場所だったが、移動手段が徒歩ではどうしようもない。ついでに金も無い。
言葉が通じないからずっと身振り手振りで過ごしていたが、意外に何とかなるものらしい。
晴れてヨーロッパでも有名な国、フランスへ密入国を果たすころには小さな犯罪が山積り。生きるために仕方ないと割り切っていたが、彼にとってここからが
問題だった。
パスポートがなければ飛行機どころか公共の施設にも入れない。ジル・ヴァレンタインの情報を得ようにも図書館にも入れないんじゃ新聞も見れない。つい
でに顔も知らないので完全にお手上げである。

「(どうすりゃいいんだよ!なんにも考えてないぞ!)」
《人のことは人に任せる》
「(に〜げ〜る〜な〜!)」
《じゃあどうすればいいの?》
「(なんでもいいから考えてくれ)」
《そう言われても。…テレパシーを使えば言葉は通じるんでしょ?》
「(知らない人間と繋げると気持ち悪くなるんだよ。気ぃ使うから)」

頼んだジュースを飲んで聖司なりにもう一度思案する。
 
少なくともエルがいる限り、こうやって人前に出ている事自体危ぶない橋の上にいる。
ウィルスが漏れているかもしれない、ひょんなことでエルを見られて騒ぎになるかもしれない。
それを見越しての厚着は季節が冬であることから普通に見えるが、もし薄着をする場所ならものすごくヤバイ。
 
アクセサリーかペットだと貫き通すには、あまりにもグロテスクすぎる。
なにも良い案が浮かばないまま、昼食ラッシュを避けるためにカフェを出た。
外人はどこの国でも目立つため、日本人の聖司も例外ではない。ビザとか提示しろと言われたら即アウトなので、なるべく一箇所に留まらないようにしてい
る。
警察の1人2人ならエルは軽くあしらえる。だが組織単位で追われればそうもいかない。

こういう理由から、聖司はあまり目立った人探しもできないのだ。
60億という人間の中から1人を見つけるのにどれくらいかかるだろう。
そう考える聖司の表情は暗い。
雪の降る街を歩いていると街頭テレビにアンブレラ製薬のCMが流れた。モデルの女性が錠剤を飲んでトイレに駆け込むコミカル物だった………下剤のC
Mなのだろうか。
この手のCMは日本でも流れていて、軽く笑った覚えがある。しかし先日のことを思い返すと、何もかもが怪しく見えてしまう。

《薬に実験薬を混入させてたりして》
「(世界中でバイオハザードが発生するってーの)」
《知らなかったら気付き様もないけどね》
「(そりゃたしかに。…………知らなかったら?……)」

今なにか引っ掛かった。

「(………………あ!)」
《わざわざそっちで叫ばないでくんない?》
「(そうだよ!向こうが知らないなら知らせればいいんだ!)」
《それができないんでしょ》
「(違ーう。ジル・ヴァレンタインがネメシスに狙われたのはアンブレラに狙われたから。あんなのに狙われて退けたっていうならそいつは生きてるはずだ)」
《だから探してるんでしょ?》
「(この広い世界でたった一人を探すのは絶対無理だ。でももし!彼女がアンブレラと戦ってるのなら必ずどこかに情報がある!)」
《なんで?どこに?》
「(研究所とか会社とか、いろいろあるだろ?敵の情報ぐらい集めなけりゃ悪の組織なんかできねぇよ)」
《そういうの希望的観測っていうんでしょ?ただの警察がそんなことするもん?》
「(そこは賭けるしかねぇな。フィクションみてぇな事件が起きたんなら、フィクションみてぇなヒーローがいねぇと成り立たねぇよ)」
《分が悪すぎ。それに何するわけ?》
「(もし自分以外の人間が自分と同じ事をやってたら興味ぐらい持つはず。こんなことならアルプスで待ってりゃよかったかも)」
《だから?》
「(こっちも探してるんだから向こうにも探してもらおうじゃないか)」
《………そういうこと。聖司も悪だね》

人の悪い笑みを浮かべて聖司はすぐに街の地図からアンブレラ関連の施設をピックアップした。その中から合法、非合法を問わずアンブレラ研究所の特定
をしようと試みる。
と言っても特殊な情報網を持っているわけではないので最初は一般会社に向かった。
アンブレラマークが入っている大きな看板を探し、行き交う社員の中から物凄く怪しい者をチョイスし続けること数日。

「積荷の搬入を終了しました。行ってもいいですよー!」

7台のトラックが並ぶ地下格納所に到着できたのは、テレパシーという反則技と、
 
《たったりたりらり♪》
 
変なメロディーを口ずさむ寄生生物のおかげであろう。

「(俺もう婿に行けねぇ)」
 
心の中でサメザメと無く聖司。それにはわけがある。
後ろ暗い場所でなくとも、建物には当然監視カメラがあり、見付かれば速攻射殺or捕縛。
そうならないためにあらゆる方法を使って潜入したのだ。
下水は当たり前、関節を外して蛇のように細いダクトを通ったり、アメリカンコミックのヒーローのごとく壁を這ったりと、人間をやめなければ出来ないことのオン
パレードを、まさか自分の体でされるとは思うまい。 
 
《誰も見てないんだからいいじゃん》
 
でなければこうやってノンキに眺めていないだろう。
 
「(いいよもう。いろいろ諦めてるから)」
《いい話》

聖司の体を操るエルはトラックのカーゴに飛び降り、目的地到着を待った。
 










深夜の街でも人は出歩き、警官は犯罪者を探す。
暗闇に紛れて蠢く虫や獣は人に様々な被害を与えるだろう。
遠くから聞こえるサイレンに耳を傾けながら、聖司は思う。日の当たる世界ですら犯罪は絶えないならば、正義のない世界にチラつく明かりはもっと頼りない
ものになる。
 
僅かな明かりでは、アンブレラという巨大組織の全てを照らすことは出来ないだろう。
 
「(………だから…か)」
 
何故ジル・バレンタインが、警察にいた人間が犯罪者相手に犯罪を犯しているのか、少し分かった気がした。 
同じ土俵に上がることで、分かることがある。僅かな光が効かないなら、同じ闇に染まって中和すればいい。
実際のところはわからない。全ては本人に会ってから。
トラックは街を出て、長い山道に入る。舗装されてない雑木林の中を走りはじめると聖司は確信する。
 
「ビンゴ〜〜〜」
 
何もない林にトラックが停止すると
機械音を発しながら地面が陥没、下降を開始する。
もう戻れない――――段々小さくなる天井の穴を見ながら
聖司は銃の準備を始めた。

「(んじゃ、頼むわ)」
《あいよ》

タイラントに寄生して操っていたように、エルもまた聖司の体を自在に操る。表情を無くした聖司はカーゴから降りて運転手に近づいた。

「うわ!なんだお前は!」
《突然で悪いけど死ね》

袖から飛び出したエルの触手で胸を貫かれ、男は絶命した。
 
「(あぁ〜〜〜)」
《なに?》
「(殺っちゃった〜〜)」
《?。なにが?》
「(なにがって……。そうだよな、お前はそうだよな)」
《………。あ〜、友愛論ってやつ?なんで他人なのに悲しむわけ?)」
「(そんな遺伝子論みたいなことわかるかよ。この人どうするんだ?)」
《一時間後にはゾンビになってると思うから人が居そうな場所に運ぶ》

かつて追跡者の攻撃でジルが感染したのと原理は同じだった。調整されたBOWからはt−ウィルスは感染しないが、t−生命体であるエルの中には新鮮な
t−ウィルスが今も生きている。

「(ヒデぇ。…………俺は感染しねーの?)」
《聖司はくっついたときから感染してるから。抗体ぐらいもうできてる》
「(マジかぇ!)」
《そうでもしないとこの先やっていけそうにないから》
「(ふ〜ん)」
《……怒った?》
「(せめて一言言ってくれれば嬉しいんだけどなぁ)」
《余計な心配させたくなかったの》
「(余計に心配するっつーの!今度からは些細なことでも教えろよ!怖いから!)」
《うぃ》

エルとの会話が終わると同時にエレベーターが止まった。

「お疲れ―――誰だ貴様!!」
《さぁて誰でしょう》
 
迎えに出た警備員をさっさと始末する。今回は聖司は何も言わなかった。
 
死んだ運転手を引きずりながら、エルは施設へ堂々と侵入する。もちろん監視カメラにはばっちり映っているのだからすぐに
警報が鳴り始めた。
思いのほかに人が多く、出会うたびに感染させまくって駒を増やしたあげく、本格的なバイオハザードが発生してしまったのはもはや必然だろう。
 
t−ウィルスは最短で数分、長くて一週間ほど経って発病する。ただしキャリアーが死体か、血管内に直接ウィルスが入ると発病する速度は飛躍的に上が
り、腐食の度合いでソンビの動作が大幅に変わる。
 
ヘタにウィルスとの相性が合うと突然変異を起こすのが最大のネックだが、最も最悪なのは『感染しない』ことかもしれない。
化け物が徘徊する場所で孤立無援。考えるだけで鬱ものだ。
 
「(今後は絶対このやり方しねぇ)」
《面白いのに》
「(何処がだ。うるせぇし臭ぇし。うぇ……吐きそう)」
 
ゾンビに埋め尽くされた廊下を見ながら聖司は申し訳ない表情をしていた。
心の中で。
 
「(……とりあえず生き残りでも探すか。代わってくれ)」
 
一応人間ということを示すため、服の隙間から出ていたエルの触手は奥に引っ込んだ。
同時に聖司の意識が元に戻る。

「うげぇ〜〜」
 
その途端吐いた。二度目でもグロテスクな臭いの辛さは慣れないらしい。
なるべく口で息をしつつ、フラフラと徘徊するように人を探す。
 
「だ、誰かいないか〜?」
《せめて英語で》
「喋れるはずないだろ――――おぉお!!??」
 
丁字路の死角から抱きついてきたゾンビに慌てる聖司。
 
《あわてない、あわてな〜い》
 
そう言いながら体の主導権を奪ったエルが、その辺にあった消火器を使ってゾンビの顔面を殴り飛ばす。
 
「(つ、潰れたトマトって表現の意味がようやくわかった)」

今度からトマトを見るたびに思い出すであろうブツに止めをさし、進もうと前を向くとゾンビの集団がワラワラと湧いてきた。どうやら音に反応したようだ。
 
《もうちょっと良い武器が欲しいなぁ。使い減りしないやつとか》
 
例えば壊れない消火器とか。などと考えながらベコベコに凹んでいく得物を見る。
人の体は意外に固い。金属バットで頭を叩けばへこむぐらいだ。構造上頑丈に出来ても、数を重ねれば意味を成さなくなる。
銃は弾が無くなればメリケンサックにも劣るのだから、ナイフでいいから刃物が欲しいところだ。
一秒でも立ち去りたい場所を一時間近く徘徊した聖司だが、成果は芳しくなかった。
適当な小物を拾い集め、ゾンビを潰れたトマトのように変えても、目的の生きた人間が見付からない。
 
もう全員お陀仏だろうか――――ゾンビのうめき声と別の音が混ざっていることに気付いたのはそのときだった。
 
「(銃声?生きてる奴がいたんか)」
《戦い慣れてるみたいだし、警備員じゃない?》
「(誰でもいいや。生きてる人間に会いてぇ)」

なんとも行き当たりばったりな二人だった。
目の前の階段を降り、奥のロックの外された扉を開けると数体のゾンビに銃を撃つ警備員一人と、その後ろで端末操作している白衣を着た女性がいた。

「まだなのか!?」
「…………できた、下がって!」

女が叫んだと同時に二人とゾンビの間に鉄格子が現れた。
場所はデスクワークを主に使う場所なのに、一体何の用途で鉄格子を設置したのだろうか。

もしかしたら本来の使い方は、今の逆かもしれない。

《あれじゃぁ閉じ込められただけ》
「(同感)」

エルは部屋に入ると残っているゾンビを片付けて二人に近寄った。

「貴様!侵入者か!」

一瞬呆気に取られた男だが、入ってきたのが聖司だと確認した途端、問答無用でマシンガンを撃ってきた。エルは左腕で顔を守りながら弾切れを待つ。
 
《このコート丈夫。全然ちぎれない》
「(なにをのんきに)」
 
聖司はさして気にしていないが、胴体だけではなく袖まで防弾処理を施されているコートなど珍しいにもほどがある。
なぜなら普通の人間が使っても、弾を防げるだけで衝撃による骨折までは防げないからだ。
腕まで護る―――というコンセプトはまさにタイラントのために作られた装備といえよう。
「くそ!防弾チョッキか」
 
やがて警備員の銃から弾が出なくなると、
エルはイーグルを構えて男の動きを封じた。


「え〜と…………キャン・ユー・スピーク・ジャパニーズ?」
「はぁ?なにいってんだ、ここはフランスだぞ?」
「侵入者にそんなの関係ないと思う。スコシナラハナセルワ」
「おい!こいつは敵なんだぞ!?」
「わたしはこんなところで死にたくないの。交渉できるんならそれに越したことは無いわ。あなたの弾もほとんど無いんでしょ?」
「……くそ……」
「相談は終わったか?」
「エエ、アナタはダレ?」
「そいつの言った通り侵入者だよ。俺の質問に答えてくれたら助けてもいいよ」
「言ッテ」
「ジル・ヴァレンタインという人物について何か知らないか?」
「サァ…。あなたはジル・ヴァレンタインっていう人のこと、何か知らない?」
「……今ヨーロッパ中のアンブレラに関係のある施設を潰しまわってるSTARSの人間だよ。三年前のラクーンシティー事件で生き残ってから反アンブレラ組
織として活躍してるらしい」
「……ダ、ソウヨ」
「そうか、生きてるのか。じゃあ出口を案内してくれ。ゾンビどもは俺(エル)が何とかしてやる」
「助ケテクレルノ?」
「約束は守るよ」
「……東ニアルエレベーターヲ使エバ脱出デキル。デモソノ前ニ自爆プログラムヲ作動サセテオキタインダケド」
「自爆?!」
「ソウシナイト面倒ダカラ」

女は器用に二つの端末を操作して自爆プログラムを作動させた。
【バイオハザード発生を確認、BOW保管所以外の全ての施設を開放します。十分以内に脱出してください。繰り返します……】
大量のゾンビを消火器で蹴散らしながら、聖司は2人を連れて無事脱出した。

インターミッション

《2回目ということで今度はあたしが説明しま〜す》


デザートイーグルについて。

イスラエルが開発した最強の自動拳銃。サイズだけで5種類ほどあって、6インチ・10インチ・14インチとバリエーションが意外に豊富(ちなみに14インチは
1999年に生産が中止された)。
とにかく重いわでかいわで、競技や狩猟以外では使えない。
ただし威力は折り紙付だからあたしは使っている。
作中に出てくるデザートイーグルは全て50AE弾使用だから、そこんとこよろしく。

イングラムについて。

短機関銃として超有名。の割に製造会社が倒産して現在は販売されていない。
小さく高速連射ができて弾数も30発と多目。その分反動が強く、制御が難しい。
最近はグロック18とか出たから小型の自動という点では存在理由が危うい。

自爆プログラムについて。

アンブレラ関係の研究所は全てこれを備えてある。
ウィルスが漏れたときの対処と証拠隠滅が目的なのに、何故かバイオハザードが起きてもすぐ使わないから役に立った試しが無い。

聖司のテレパシーについてあたしの見解。

一種の受信機みたいなものかもしれない。そこかしこに飛び交う心を掴むとか、頭の中で考えてることだけが人の心じゃないって感じ?もしかしたら互いに話
す以外の方法もあるんじゃないかなぁ。
つぎはいよいよ彼女達が登場。これから先どうなるのかは、まぁ見てのお楽しみ。