【次のニュースです。三日前フランス郊外の林で大規模な地盤沈下が確認されました。調査団の発表では地下水脈によって出来た空洞が崩壊の原因とのことです。政府はこのまま引き続き周囲に影響がないか調べる方針を固め、近辺は一時封鎖されますが、交通に影響は無いとのことです。続きまして
……】

イギリスの安いモーテルの一室で五人の人影がテレビを見ていた。
ショートカットの女がテレビを切り、テーブルに置いてあるグラスを手に取った。

「STARSじゃないわね」
「俺たち以外にもアンブレラを潰す奴が?」

愛用のアサルトライフルをいじっていた色黒の男が女のグラスに酒を注いだ。

「可能性は十分あると思うけど……」
「でもアルプスの件から一ヶ月もしないうちにフランスで……どれだけ大きな組織になると思う?」
 
金髪をサイドにまとめている少女の意見を否定とまではいかなくとも、信じられないことではある。

近年はSTARSの活動もあって警備が相応に厳しくなっているはずなのに、別の地域で別のタイミングは少し効率が悪いように思える。一つの施設が襲われれば、別の施設の警備が厳しくなるのが道理。
そして施設を襲って壊滅を達成する実力と人数を揃えるには、在野の活動家が集まっただけの集団ではできない。
場合によってはBOWとも戦っているのだから、元軍人か警官、それともどこかで訓練を受けたのか。少なくともアンブレラを襲う意味を知っている連中が自分達以外にいるというのは心強くあり、同時に得体の知れない不安が付きまとう。
「よう、待たせたな」
 
不意に扉が開かれ一瞬で全員が銃を構えるが、入室してきた男が無抵抗のポーズを取るとすぐに銃を仕舞う。

「兄さん、それじゃあ合図を決めた意味がないじゃない!せめてノックぐらい――――」
「ああわかった、すまなかった。お願いだから銃を仕舞ってくれ」

ポニーテールの女に詰め寄られ男はばつの悪い笑顔を向けた。

「重役出勤できるほどウチは余裕ないのよ。土産はちゃんとあるんでしょうね!?」
「もちろん」

部屋の中に入った男はドアの鍵を閉め、部屋の中央にあるテーブルに新聞を広げた。日付は今日より三日も前だ。
 
「レオン経由で聞いたんだが、フランスの方を壊滅させるにあたって大勢の侵入は認められなかったそうだ。生き残った職員に事情聴取して聞いたらしいんだが、信じがたいことに侵入してきたのは一人の青年らしい」
「……なにかの間違いじゃないのか?たった一人でアンブレラ施設の壊滅できるはずが……」

豊かな髭を生やした巨漢が微信大疑で聞き返してきた。もちろん他の連中も気持ちは同じだ。

「職員は研究員一人だったが、この人は直接その青年に助けられたそうだ。なんでもゾンビを消火器で蹴散らしていたらしい」
「ゾンビ?ということはt−ウィルスが漏れたのか」
「そうだ。『非力な女の研究員が、大勢のゾンビを相手に拳銃一つで脱出した』のなら、青年の話は嘘だろうな」

むっ―――と、髭の男は唸る。ソレを言ったらここに居る大半は似たような経験をしている。たまたま運良く脱出できた可能性も否定できない。
そんなことは百も承知していると、クリスは言葉を続けた。
 
「その女性、保険に施設からデータを抜いて来たそうだ。施設の構造上、コンピューターに接続するにはかなり奥に居る必要がある」
 
つまりその女性は、ゾンビが施設を徘徊するようになった後、外へ出たときの保険のためにわざわざコンピューターからデータを抜き取って脱出したことになる。
どこぞのスパイ映画でも、そんな最悪なシチュエーションはないだろう。
 
唯一の例外は、その女性自身がバイオハザードを起こした可能性だが、ならば警察に捕まるようなドジを踏むわけがない。

「それともう一つ。助けられる前に青年はこんなことを質問したらしい。『ジル・ヴァレンタインという人物を知らないか』だそうだ」
「わたし?」
「STARS―――つまり俺たちのこともな。ただ、その女性は知らなかったから答えられなかったと言っていた」
 
ますますもって怪しい。ジル・バレンタインの名前とSTARSを関連付ける情報など、ラクーンシティでしか通じず、シティ消滅後には地下に潜った彼女の情報を掴むのは難しい。
ラクーンシティの関係者なら特に注意すべきことは無いが、それ以外の理由は不確定要素が多すぎて、逆に接触し難い。

「ねぇ、アルプスの方は?今回となにか関係ありそう?」
「ある………かもしれない。互いの施設は離れているが、どちらもフランス国内にある。この二つを襲ったのが同じ集団だとしても、十分手が届く範囲だ」
「……………。それってトゥーロンに現れた一人の青年はアルプスから来たって言ってるんだけど………」
「一人で現れたからと言ってバックに誰も居ないというわけじゃないだろ?あくまで2つの事件を繋げる点がこの青年ってことだ」

クリスは新聞をトンと叩いた。
事件に関する情報が増えれば増えるほど、つかみ所が曖昧になってわけがわからなくなっていく。その中から現れた一人の人物に期待するのは当然と言える。

「その青年の手掛かりは?顔の特徴とか」
「質問の際、日本語で応答を求めたそうだ。それと髪の色から服装まで、全身真っ黒だとさ」
 
まったく参考にならない情報に、ジルは大きく溜息を吐いた。
髪も服装も変えられるし、アメリカ人の彼女はアジア人の顔の違いなどわからない。フランスに滞在しているアジア人を片っ端から調べるだけでも大変なのに、その中から一人の日本人というアジア人を特定しろと言われても、土台無理な話だ。
 
「向こうはお前をご指名のようだが……どうする?」
「行くのは構わないけど、あまり期待しないでよ?人探しなんてラクーンでもしたことないのに………」
「それはほとんどフーヴァーがやってくれたからな」

元々彼等の仕事はSpecial Tactics And Rescueであって猫を探すことは職務に含まれていない。人探しのKnow howが無ければ、その青年がいつまでも同じ場所、同じ国にいる保証も無い。
場合によっては、別の組織がすでに青年と接触していることも考えられる。
 
情報収集から行動まで後手に回ってしまった今、成果が期待できるわけがなかった。
 
「明日の早朝の便を2人分取ってある。一応拳銃の持込だけは、話をつけておいた」
「準備のよろしいことで。どうして早朝なのよ」
「そのほうが安いからな」
 
人探しに金をかけられないのだから、尚更だった。









「ぶあっくしゅい!!!!」
《誰か噂してるね》
「(風邪とは言わないんだな)」
《ただのウィルスがt−ウィルスが勝てると思う?》
「(知らねぇよそんなこと)」
 
事件が起こしてから二週間、聖司はフランスに滞在していた。迷子の法則に従い、下手に動かずしばらく待って様子を見ることにして、以前より頻繁に町を散歩している。
あっちへこっちへと、観光とグルメツアーを兼ねた人探しは、思ってもみない方向でうまくいっていた。

「(…………今度は八人か)」
《あぃ?》
「(いや、なんか目線が気になったから探ってみたら案の定…)」
《また来たの?》
「(俺としては装備の補充ができるからいいんだけど)」

チラリと見たコートの下には今まで襲ってきた諜報員が使っていた武器が納められていた。
事件を起こして三日後、自然公園を横切っていた最中、急に襲われたのを皮切りに、今では数日に一回のペースで襲われている。しかも徐々に人数が増えているのが痛い。死体が見つからないように始末するのは苦労するのだ。
 
「(コートもいい加減限界だと思うんだよ)」
《それでも穴の一つも開いてないじゃん》
「(どれでも新品のほうがいいよ)」

二度と手に入らない消耗品の価値は計り知れない。もし本当に強化コートが使えなくなったら、この頻繁に襲ってくる連中を追い払うのも難しくなる。設備があれば補強もできようが、浮浪の身では電気を確保するのも一苦労だ。
またタイラントが出てきてくれないだろうか――――完成形BOWをレアアイテムを持ったモンスター扱いしている様は、常人の苦労とはベクトルが違う。
 
あまり叶えられそうに無い願いを夢想しつつも、しっかり周囲に気をつけ、聖司は徐々に人気の無いところへ向かっていく。
街の端に大きな自然公園があった。池とそれを利用した水路があり、花壇のそばには多くの遊具が鎮座している。
昼ならランチ食べる人間で溢れ、夕方は子供が戯れる広場になるだろう。
 
その公園の奥に林道を模した散歩道が続いていた。日が昇っている時間ならさぞ綺麗な木漏れ日が拝める。
だが今は……………。
ただでさえ夜で無気味な静けさを放っているのに、さらに不気味な林の中に入ると同時に、レーザーポインターが霧に映って聖司の顔に集中した。
 
《進歩が無い。例えそれで仕留めることが出来なくてもやはり効率のいい方法を選ぶ……か》
 
毎回同じような装備で襲ってくる襲撃者に、エルは呆れた感想を出す。
 
《なんのために霧が出る森に誘ったのか、前の部隊がこの方法でやられたのは何故か。そんなことも考えれないなんて》
霧に映ったレーザーポインターがそれぞれの居場所を明確に教えてくれる。あとはそこに向かって狙撃すればいいだけだ。そうでなくても思念でバレバレだというのに。
 
「(いんや、そうでもないっぽい)」
《あぃ?》
「(ポインターの数が5つだろ?そっちは陽動で残りが回ってブスっとな。やっぱ生け捕りしたいらしい)」
《あんま変わんね。何持ってる?》
「(暗視ゴーグルに赤外線ゴーグル。サプレッサー付きのライフルに何かイロイロ。それじゃあ頼んだぞ)」

聖司がそう言った瞬間、顔の筋肉のほとんどが弛緩し無表情になる。更に服の隙間からエルの体が這い出て禍々しい化け物へ姿を変えた。
 
「(毎度聞くのもアレだけど、勝てるか?)」
《毎度のことなら、今回も毎度のことでしょ》
 
聖司の体を操るエルは近くの木に素早く隠れ、周りの音を注意深く拾う。
かすかな風が頬をかすめ、植物が揺れる。
遠くから届く人の生活音が虫の規則正しい旋律にまぎれて
―――――。
 
突然途切れた直翅類の音に向けて、手元にあるだけのグレネードを投げた。
グレネードは木々の間をすり抜け、物によっては木に当たって跳ね、見事に敵の目の前に落ちた。

『!』
 
彼等は見覚えのある形が目に入った瞬間、予め想定していたのか、すぐにその場から跳ぶように離れた。

「(相変わらず上手いな)」
 
彼等は上向きに向かう爆発の衝撃から逃れるため、跳ぶように離れてそのまま伏せた。
爆発する一瞬前にそんなことをすれば、さぞ大きな音を立てたことだろう。虫の鳴き声一つで彼等の居場所を見つけたエルには一際大きく聞こえたはずだ。
 
居場所さえ特定できれば対処は簡単。標的は散開して多少離れていたが、エルは拳銃と触手を使い、たった一回の動作で標的三つを潰してのけた。
足元には首を踏まれて絶命した死体が一つ、爆光から逃れるために木を楯にしても、木を避けて襲ってきた無数の触手に串刺しにされた死体が一つ。ヘルメットはともかく防弾処理を施されていないガスマスクを狙われて額に穴を開けた死体が一つ。
 
テレパシーで居場所がわかる聖司がいるにも関わらず、エルが自力で居場所を探したのにはわけがある。
理由は簡単。テレパシーでは相手との距離や周りの状況がわからないからだ。
 
森林という障害物の多い場所で、目標一点だけ知らされても混乱するだけ。
聖司がxyzを正確に伝えることが出来ればエルも苦労しないで済んだだろう。それができないなら別のやり方で戦うしかない。

《あと5人……でいいんだよね?》
「(ああ。赤外線もチャフで使えないから何も見えてない……はず)」
 
一応精密機器なので使えなくなることはありえるかもしれない。しかし今回の場合、元々レーダーに干渉する物なので精々通信機器が使えなくなった程度の効果しか期待できないだろう。
そもそも森林という障害物の多い場所で、チャフのように散布する兵器は本来の威力を発揮できない。
 
この無駄な行動について、聖司は問答無用でゲームの影響と見れるが、エルは少し事情がある。
彼女の受けた教育が偏っていたからだ。聖司は言葉と一般的な知識で、研究所では獲物を殺すためのノーハウだけ。これにはタイラントに寄生させて使うのが目的だったため、拳銃や手榴弾というものは含まれていない。
つまり彼女は、知っている限りの中で最良の選択を選ばなければならない。そのために必要なものは惜しみなく使う。そうしなければ二人の未来が消えてしまうから。
 
そしてもう一つ。狭い世界で、間違っていると言える相手がいないのなら、無駄だと知ることもない。
マガジンを交換、すぐさま異常発達した筋肉をフルに使い、隠れている敵に接近し
次々とこめかみを撃ち抜く。
もう隠れる意味がないと気づいた者が発砲してきたが、エルは転がっていた死体を盾にして弾を防ぐ。
パイナップルでも使えばいいものを――――生け捕りを厳守させられていると知っていて、エルはつまらなそうにため息を吐く。
 
森を再び静寂に戻ったのはその数分後。

「(あっけねぇ……。段々慣れてきてんな)」
《まぁね。…マグナム弾が少なくなってきたなぁ》
「(まだ五十発ぐらいあんじゃん)」
《タイラントとか出されたら怖いし〜。人間には9パラだけでいいし》
「(お前がいいんなら俺は何も言わねぇよ)」
 
手馴れた手つきで死体から使えそうな装備を剥ぎ取るエル。
彼女を頼もしいと思う半面、いざ離れてくれと頼んだときどんな反応をするのか想像すると、とてもじゃないが喜色満面で了承してくれるとは思えない。段々主導権を握っている時間が自分より多くなっていることに気づいた時はすでに遅く、彼女無しではやっていけない状態にまで事は進んでいた。
こうやって生きて外に出ていられるのは間違いなく彼女のおかげなのに、いつかは離れなければいけないと思うのは人としてひどいことなのだろうか。
 
どうすればいいのだろう――――複雑な悩みを抱え、解決手段の糸口すら見つけられないまま聖司は外へ出た。
その直後、まるで計っていたように遠くからヘリのモーター音が聞えてくる。実際計っていたのかもしれない。一ヶ月以上も手を拱いていた連中が、何かの準備をしていたとしてもおかしくないのだ。
 
「(なんだ?)」
《…………ちょっとやばいかな》
 
暗視ゴーグルでヘリを見ていたエルはボソっと呟いた。
 
 
 
 
 
 
 
 
少し前。






「見つからないね」
「そうね。情報屋も知らないの一点張りだし、もうここにはいないのかもね」
 
買い物袋を両手に厚着をしたシェリーとジルは暗い裏道を歩いていた。
 
「ねぇジル、ずっと気になってたんだけど」
「なに?」
「ここに出て来た人はアルプスの事件と関係があるって、クリス言ってたでしょ」
「そうね。わたしはあまり信じてないけど」

特に消火器の部分は――――まともな武器が無ければ鈍器を使うという理屈は合っている。しかし、どこかの勢力を背後に持っているのなら、何も持たせず施設を襲わせるわけがない。
今更何が起きても驚きはしないが、まともな情報が入っていない以上、安易に決め付けるべきではないのだ。

「じゃあ聞くけど、アンブレラの施設が自爆するとき、大抵なにが起きてる?」
「ウィルスが漏れたとき?」
「もしくはバイオハザードの影響が外にも及ぶとき。つまりBOWやゾンビが外に出ようとしたときも同じ対処をする」
「…………。人間とまったく同じことが出来るBOWが外に出たってこと?」
「それよりも多分……?!」
 
シェリーが結論を出す前に遠くから銃声が届いた。幸い夜だからか、目立った雑音でかき消されず、位置の特定はなんとか可能だった。

「銃声!?」
「シェリー、行くわよ!」
「ああ、待ってよジル!」
 
これから起きるかもしれないことを予想し、邪魔になる荷物を投げ捨て、音が聞こえた公園へ走った。
二人が公園に辿り着くと霧のかかった林から見慣れたコートを着た日本人が出てきた。返り血を浴び、片手に銃を持っているのを確認する。
コートは所々破損していたが、過去の記憶から思い出される悪夢の体現と同じであることが見て取れる。

「動かないで!!」
 
ジルはコートの下に隠した『サムライエッジ』を構え、日本人に銃口を向ける。
声に驚いた日本人は視線をジルに向けると焦ったような顔をした。
 
「д★$、FΘΨ!!!!」
「黙りなさい!両手を挙げて膝をついて!」
 
日本人が訴えるように叫んでもジルは聞く耳をもたない。いくら怪しくても、一方的に事を進めようとするのは怪訝ものだ。普段の彼女からしてみればありえない行動に、シェリーは首をかしげる。
 
このままではどちらが撃ってもおかしくない。ラリーのように叫ぶジルの袖を掴んで、注意を向ける。

「英語がわかんないんじゃないの?」
「……………」
 
さっきから聞きなれない言葉で話しているのならその通りかもしれない。
しかし、「Don't move」ぐらい知ってて欲しいものだ。

「…………出番よ」
「まかせて。日本のアニメ見るために覚えたから」

シェリーが自慢にもならない事を言って一歩前に出る。彼女がクレアの反対を押し切って付いてきたのは、あの中で唯一日本語が話せるからだ。
対峙してみると、なるほど異様な雰囲気を纏っている。寒いこの時期なら気にならない服装でも、膨らんだ懐が警戒を誘う。
確かに怪しい。だがここはまずは謝罪か――――そう思って話し掛けようとしたとき、
突然上空にヘリが出現した。もちろん瞬間移動したというわけではない。音に気づかなくなるほど、2人に余裕がなかっただけだ。

「こんな夜中にライトもつけてない!?」

ヘリは一度三人の上を通り過ぎると、反転し、
もう一度上空を通る。ちょうど真上を通過したとき2体の人影が飛び降りてきた。
ドスン!という着地音と共に空の雲が晴れ、満月が五人を照らした。
噂をすればなんとやら。ジルの悪夢が彼女に追いついた瞬間だった。
 
「ネメシス!?」
「&$%#¥@!?」
 
ジルの声と、日本人の声が重なった。
片方はロケットランチャーを担いだ重装備、片方は何も持っていない軽装備。
武器を持っていないタイラントには触手が見当たらなかった。
 
「(最悪!2体だなんて!)」
 
ジルはサムライエッジ一丁。シェリーは丸腰。目の前の日本人は奴らと同じ格好。勝つための布石が無さ過ぎる。









「Don't Move!!!」
 
近づいてくるヘリに気を取られていたため目の前の事態に反応できなかった。まさかこんな時間に銃を持った民間人がいるとは思ってなかったようだ。
自分をカウントしていないのがこの男らしい。

「なんだあんたら!いきなり銃突きつけやがって!」
《せめて強盗かなんかと推測してよ》
 
フランスで子供を連れた強盗がいると考えるこの生物も、やはり『らしい』と言える。
 
「What do you say?!」
「Doesn't he know English?」
 
何をのんきに話しこんでるんだ、と半ばイライラしているとついに
ヘリが上空に現れた。中から人影が飛び降り、
着地と同時にその姿を確認する。

「タイラントか!?」
「Nemesis!?」
 
なぜ目の前の女がネメシスを知っているのか疑問に思ったが、今は少しでも早く殲滅しなければならない。
さっきの集団は捕獲に重きを置いていたおかげで貧相な装備だったが、今度の相手は、より頑丈なコートとロケットランチャーを持っている。つまりこれ以上余計な時間と労力を費やさないために、最後の手段を取ったということだ。
 
その結果がタイラントとネメシスの主力BOWの登場とは、思い切ったことをする。



小さな拳銃を構える女に、聖司はデザートイーグルとマガジンを投げ渡した。女は受け取ったものの、意図を理解してくれずにキョトンとしている。
だがそれも、2匹のモンスターを前にしていれば、すぐに取るべき行動を察してくれるだろう。

《あぁ!》
「(な、なんだ?!)」
《アレ使うのに……》
「(あ、悪ぃ。あんな銃じゃ倒せねぇと思って)」
《じゃあ聖司はこれで倒せる?》
 
コートの中を見てみると、真新しい戦利品であるナイフと、ずっと使っている
イングラムしかない。9mm弾だけは豊富だが、戦利品の中にイングラム用のマガジンが無かったため、バラバラのままだ。
取り出して構えて、ようやく自分の装備も貧相だったと認識した。

「(ど、どうすりゃいい?!)」
 
明らかに勝てそうにない相手を前にして急に聖司を感じた。ロケットランチャー――――素人目から見ても最強の武装に見えるソレに立ち向かえるのか。コレばかりはコートで防ぐというわけにはいかない。

《代わろうか?》
「(………お願いします)」
 
人間にすら勝てないのだから、あんな反則生物の相手など愚の骨頂。同じ体を使っているのに、2人の頭の出来がここまで差をつける。
エルはさっきの工作員を相手にしたときと同じように、確実に勝てるという自信を持ってロケットランチャーを担ぐ一体のネメシスに向かって駈けた。
この期に及んで、ただのタイラントの相手をしなかったのは、いったいどっちの意思だったのだろうか。

「使え!!」
 
日本人が投げた銃とマガジンを受け取ったジルは、サムライエッジをシェリーに渡した。
いくら訓練しているとはいえ人間同士での話だ。BOWを素手で相手にできるわけがない。
問題は、受け取った銃が罠の類かもしれないということだ。
 
考える余裕があれば、それだけが大きな問題だっただろう。しかし彼女達には早急に解決しなければならない問題は眼前にある。
ならば、ロケットランチャーを持つネメシスの相手を買って出た彼の実意を信用する以外、彼女達が取る行動は無い。
 
「アレを引っかきまわすわよ!」
「了解!!」

シェリーが横に駈け、ジルはその場で銃を構える。一体は日本人が相手にしてるから何とかなるかもしれない。
最初の一発が、ジルの体を大きく反らした。

《ロケット弾ってナイフで切れるかな?》
「(ギャンブル反対)」
《それは残念》
 
真正面から相手などする必要はない――――ロケットランチャーを使うネメシスに対して、エルは今しがた出てきた林の中へ逃げた。
そして律儀に追ってきたネメシスは、大量の障害物を前にしてランチャーを撃てないでいる。
あくびが出るほど単純な策だが、標的を追うことしかできないネメシスでは、コレが限界だろう。

「(つーか、アルプスの実験でも障害物なんか無かったからなぁ)」
《だって邪魔な物は壊せって言われたんだもん》
 
その言葉を、目の前の同類が証明している。己と聖司の間にある木々を拳で叩き折ったり、ランチャーを撃って壊したりと、手当たり次第にだ。
逆に腕一本の隙間があれば攻撃できるエルは、唯一防備されていない頭部を中心に乱射した。元とはいえ人の頭部に銃弾を30発も撃てば、穴だらけを通り越してミンチになる。ウィルスの作用で筋肉や骨が頑丈になっても、生身であることには変わりなく、マガジンの弾が無くなる頃には立派なグロテスクオブジェが出来上がった。
 
だがネメシスタイプのタイラントはこれでも終わらない。媒体である体が壊れても、本体さえ無事なら手足を動かすことが出来る。元々まともに機能しなくなった脳の代わりを務めるために作られた生物なのだから。

その代わりネメシスそのものは目も耳もない。利用していた媒体からソレが無くなれば、情報が本体へ渡ることも無い。
ランチャーに装填されていた一発を明後日の方向に撃ち、それから闇雲に暴れるしかできなくなった姿は、知性の欠片も見えなかった。

「(あっけねぇ)」
 
この光景を、コレを完成させるために大勢の人間を拉致監禁していた人間に見せてやりたいと、聖司は強く思った。利用価値がある、究極と謳われたBOWが聞いて呆れる。かつて一度思ったことだが、この愚図を見て改めて思う。
こんなもののために殺されたのか―――――と。
その場でクルクル回りながら触手を振り回し、空のロケットランチャーで空気を殴る。もしこのネメシスに意識が芽生えていたら、おそらく恐怖を感じていることだろう。
 
《もうやっちゃうよ?》
「(あぁ。さっさとやってくれ)」
 
モンスターに哀々を感じるほど聖司の心は広くないが、犠牲になった多くの人のために、せめてと黙祷を捧げた。
ネメシスが明後日の方向を向いた瞬間、コートを傷つけないように首の上からナイフを突き刺した。
突然の痛みを受けて暴れようとしたが、エルは刺したナイフを捻って少し横に裂いて、タイラントの首もろとも本体を真っ二つにした。
 
媒体を動かす神経の束を断たれ、体のほとんどが脳である本体も裂かれ、復讐の神は同類にあっけなく倒された。
 
《鈍くさい………。こんなのに負ける奴の気が知れない》
「(それは多分お前だけの話だと思う)」

防護を兼ねた拘束具の所為で俊敏さを失ったネメシスではこの2人の相手は荷が重過ぎたらしい。そもそも拘束具が必要な生物を使うのがナンセンス――――とエルは呆れる。
 
「(そのおかげで新品のコートが手に入ったわけだし、いいじゃねぇか)」
《ついでにコレも》

少し血を被っているコートの内側には予備の弾が4個残っていた。これは実に都合がいいとばかりに、BOWの死骸からランチャーの本体を奪い取り、装填する。
随分手馴れている様子を見て、何故と聞いた聖司に、使い方を教えられた兵器にコレが含まれていたとエルは言う。
 
「(こんなもん付けて動き回りたくねぇなぁ)」
 
爆発物が懐にあるというのは、それだけでも鳥肌モノである。
 
《どうせすぐ使っちゃうからいいじゃん》
「(だな。さっさと行ってやろうぜ)」
 
いまだ拳銃の音が止まないことを確認して、エルはロケットランチャーを担ぎなおし、林を出て行った。








素手のネメシスを相手に、ジルとシェリーはヒット&アウェーを繰り返していた。
単純な思考のタイラントにはこれで充分な戦績を上げることができる。
シェリーが近づいて牽制し、離れるのと同時にジルがイーグルで足止めの繰り返し。
 
本来のタイラントなら、決してこのような戦法が通じる相手ではない。ネメシスほどではなくとも、コンピューターで命令を与えれば従うことができる完成されたBOWである。
ラクーンシティに投下された1体は、G−ウィルスを手に入れるという不完全な情報を与えられても遂行しようとしたり、そのついでに研究所周辺の生存者を始末するという複数の命令を実行していた。
ただ知性が無いことで学習を行わず、命令以外の行動を取ることは無い。起動前に命令を与えれば敵側にも付く事ため、アンブレラに反抗する可能性もある。その所為で目の前の標的ではなく攻撃してくる敵を重点的に狙うというマヌケな様を見せている。
 
今回もそのマヌケの見本だ。得体の知れない日本人を殺すという命令を受けていたタイラントに、2人の女性の相手をするマニュアルは入っていないようだ。
目撃者を始末するぐらいの命令は受けていたかもしれないが、その辺りも学習しないタイラントの限界ということだろう。
この広いフィールドで、わざわざ近づいて倒す必要を強いた時点で負けている。
マガジンを交換するほど、何度も繰り返した行動が実を結んだ。防弾仕様のコートの所為で余計と言えるほどの弾を使って、ようやくタイラントの体が前のめりに倒れた。
 
「………これでしばらく大丈夫ね」
「でもすぐ回復するんでしょ?頭とか撃ったほうがいいんじゃない?」
 
知り合いの報告では、風穴を開けてもたかが数分で再生したと言う。当然目の前のモンスターは過去のソレより幾分性能を上げているのだから、より早い結果を迎えるはず。
シェリーの心配はもっともだが、ジルの懸念は別のところにあった。
 
「余計なダメージは変異の元。頭を中途半端に壊して変な姿になるぐらいなら、いっそ木偶のままでいてくれたほうがいいわ」
 
いざというときに逃げれるから――――街の端とはいえ、公園にタイラントを置いていくと、彼女はほのめかした。
そうすることで都合が悪くなるのはアンブレラだからだ。人の形をしたモンスターの存在が公になれば噂が広まり、真実が浮き出る。インターネットの普及により曖昧な情報が多くなった分、事実の露呈もより容易くなっている昨今なら、一人歩きの量に事は欠かない。
 
STARS側の問題としては、一般人の被害が出る可能性だ。公園に置いていくというのもそうだが、興味本位で探偵紛いの行いをする連中も出てくる。
そのためにSTARS延いては政府がアンブレラ関連の裏事情を隠してきた。一部の民間人に漏れるのは仕方が無いことだが。
 
「それより、早く向こうへ。あんな装備持ったネメシスを―――――」
 
一度戦った経験から、日本人が苦戦しているだろうと想像したジルは林へ体を向けた。だが進もうと動かした足はその場でたたらを踏んだ。
傍らで見ていたシェリーはもしやと思い倒れているタイラントを見たが、さっきからピクリとも動かない。さすがに一分で再生はできないらしい。では何だ――――と、ジルの視線の先を窺った。
視界が暗く、微妙に詳細がわからない距離だが、影の大きさから、林から出てきたのは助けに行こうとした日本人だと見て取れる。
無事でよかった――――と、素性が知れなくともこの場合はそう思うべきだ。
 
しかし、それはあくまで常人に対してであり、決して『敵が持っていたロケットランチャーを持っている』人間に対して向ける言葉ではない。なぜならランチャーを持っているネメシスを、弾切れを待たずに倒したということなのだから。
 
「ジ、ジルもラクーンシティで倒したよね?」
「逃げるだけで精一杯だったわよ」

見慣れたコンクリートジャングルが良い障害物になってくれたおかげで、ネメシスの追跡とロケットランチャーの脅威を掻い潜ることができた。
加えてショットガンやグレネードランチャー、ゾンビ撃退のためにシティ中に設置された爆破装置を駆使してようやく攪乱できたのに、疎らに生えている木々と片手が握っているサブマシンガンで倒すなど、常人の沙汰ではない。
 
「でも銃を貸してくれたんだし、人間なんだから話し合わないと………」
 
元々接触して正体を突き止めるのが目的だったのだから、ここで戦うのは得策ではない。それはジルも十分に理解している。
理解しても――――彼女はトリガーから指を離さなかった。
不意に、日本人が顔をしかめた。その様子は光が乏しい夜の所為で見えなかったが、僅かな光が作る彼のシルエットの変化は容易に映す。自身の半分もあろうかという巨大な武器を、片手で担いだのだ。
砲身を向けている方向がわかるほど軽々と。
 
「なにを!?」
 
するつもりなのか見ればわかる。ロケットランチャーを使おうというのだ。
この期に及んで一体何故?そんなことを聞けるような関係を築いていない彼女達のために、日本人は簡潔に一言だけ叫んだ。

「Escape!」
 
銃を構えようとした腕が止まった。止めてと叫ぼうとした口が止まった。
逃げるという単語だけでは、彼の意図を把握するのに若干の時間が必要になったが、背後の気配がジルの第六感を刺激する。
 
それは条件反射と言ってもいいだろう。実戦でサポートをすることが比較的多かった彼女故の危機回避能力が、素早く最善の行動を起こした。
 
「シェリー!」
 
隣にいる子供を抱き寄せ、力の限りを尽くして前へ飛びのいた。
彼女が地面に伏せる瞬間最後に見たのは、己の頭上を飛んでいく一発のロケット弾だった。












内ポケットのゴワゴワした感触と格闘しながら、ようやく林から抜け出た聖司は思いもしない光景を見て驚いた。
片方は子供で、女の体では満足に使えそうに無い50口径の銃では逃げ回るぐらいが関の山と高を括っていたのに、まさか倒しているとは。

「(ありゃ〜、あんなので倒せるもんなんだな)」
《あんなので倒したことあるからね》
 
何を使っても変わらない結果を出しそうな生物に、この光景に思うところは無いらしい。
なんにせよ――――と、聖司はようやく治まった騒ぎを喜ぶものの、最後の難関に溜息をつく。
あきらかに一般人ではないこの2人の対処だ。アンブレラの裏事情を知り、尚且つ敵対しているというのなら、待ちに待ったSTARSとのご対面と考えても申し分ない。
問題は友好的な話し合いが出来そうに無いというところか。
 
銃声がした公園で銃を持った得体の知れないアジア人が、タイラントを知っていて且つ戦って勝った。彼女等の警戒心をくすぐるにはこれで十分らしい。
こっそり覗いてわかったことは、概ねこんなものだ。

《あ》
 
こちらをねめつけている相手に対して、どんな言葉を投げればいいのだろうかと考えていた矢先、エルが素っ頓狂な声を出した。
自分の苦悩などお構いなしという態度を、少し恨みがましいと感じた聖司だが、彼女を覗いて見たイメージはそんなことを一瞬でかき消す。
 
「(おい、なんだよありゃ)」
《…………適当な単語がわからない》
 
彼女達の少し離れた背後で、黒い塊が不規則に蠢いていた。それだけなら意識が戻っただけと済ませたのだが、目に見えて体積が増えているのは、今まで見たことが無い反応だった。
倒す=死ぬと考えていた聖司には青天の霹靂だろう。

「(なら、アレはヤバイものなんだな!?)」
《うん》
「(じゃあ話は早ぇ!)」
 
悪役モンスターの変身シーンを堪能するような余裕を持っていない聖司は、軽々とロケットランチャーを構えて標準を合わせた。
そこでようやく射線上に邪魔がいることを思い出す。
 
「Escape!」

とっさに出した単語はなんとか理解してもらったらしく、背が高い女が子供を抱えて伏せた。それで爆発の影響を受けないのだろうかと、不安が湧き上がる聖司だが、そろそろ立ち上がろうとしているタイラントを見て迷いを消し、初めて撃つロケットランチャーの反動を受け止めた。
 
弾は白い煙を引きながら一直線にタイラントへ向かい、見事顔面に命中して爆発した。アンブレラオリジナルの武器なのだろうか、通常のロケット弾よりも威力が高く、爆炎も多いのだが、それは聖司の知るところではない。
ただ、そのおかげでタイラントの姿は跡形も無く消えてくれた。

「(やべ、ちょっとおもしれぇかも)」
 
射撃が娯楽として存在することからわかるように、ある種の人間は兵器を使うという行為で快感を得ることができる。彼の場合は状況が複雑すぎて、簡潔に事を終わらせられる武器が魅力的に映っているのだ。
 
《ならもう一回撃つ?》
 
断りも無く体の支配権を奪い取ったエルが、暗視ゴーグルを構えて空を見上げると、緑色の星が散らばる空の向こう側に、一機のヘリが尻尾を向けて遠ざかっているのが見えた。

「(あんな遠いところまで届くのかよ)」
《スペック上、飛んでる戦闘機に当てれるって。撃つ?》
「(………いや、自信ねぇからいいわ)」
 
遠ざかる小さな標的は暗い夜空に溶け込んで、ゴーグル越しでもはっきり把握できない。ただでさえ弾速が銃以下なのに、動いて避けられることを考えれば、当然の却下だ。
だが彼女は違うらしい。内ポケットから取り出した新しい弾頭をセットし、慣れた手つきで本体を弄って照準機能をオンにした。
 
「(そんな機能あったんだ)」
《この手の武器の基本だって》

サイトが赤く点滅して照準が合わさったとき、一つだけ熱を出す星に向かってミサイルが発射された。弾頭に装着されたサーモグラフカメラがひたすら熱源を追い、ヘリのエンジンに命中した瞬間、夜空に小さな花火が咲いた。
 
「(た〜まや〜……は、不謹慎かな)」
 
人を犠牲にして化け物を作り、人を殺そうとした連中に慎ましさを示す必要がどこにあろうか。人の命を弄ぶような連中に制裁を与えて皮肉の一つぐらい言ってもバチは当たらないだろう。
だが、

「Don't Move!!」
 
この女には慎ましさを示さねばならないだろう。彼女の表情や仕草から見て、逆らった瞬間50AE弾が襲ってくるのは目に見えている。
 
「Throw away arms!!」
 
一瞬、腕を投げろと解釈した聖司は混乱したが、すぐにエルが武器を捨てろと翻訳してくれた。おかげで空のランチャーとマシンガンを足元に捨て、進んで両手を上げて無抵抗を示すことで、息巻いている彼女を刺激せずに済んだ。

「Jill!settles down!(ジル、落ち着け)」
「He isn't trustworthy!Shut up!(こいつは信用できん。黙れ)」
 
聖司の英語の理解力は致命的と判断したエルが同時通訳をする。ただ面倒くさいのか、簡潔かつ淡々と喋るため雰囲気が微塵も伝わらない。だが、どうしても探り当てたかった単語が出てきた今、彼にそんなことを追求するつもりは無かった。
 
「Jill?Are you STARS Jill?!」

ビンゴ――――コレほど険悪しているのに、3人が考えていることは一致した。
 
アンブレラの事情を知り、BOWと戦って勝つジルという名前の人間がこの世にどれだけいるだろう。
明らかに未成年の少女が銃を使い、こんな大騒ぎになっても一向に警察を呼ぼうとしない非常識が、返って信憑性を増す。
 
ジル等にとっても同じようなものだ。全身黒尽くめのアジア人がアンブレラと戦い、ジル・バレンタインという名前とSTARSを繋げて尋ねた彼の特徴は全て一致している。
武器を捨てて無抵抗を示す姿は、少なくとも敵ではないと判断するのに足りる――――と、シェリーは思っているのだが、ジルの態度はソレ等を無視してのモノだった。
やること成す事が全て人間離れしすぎている。アルプスとトゥーロンの施設破壊、そしてさっきの戦いを含めた全てが常人の沙汰を超え、今も銃を向けているのに『平然としている』態度が、あれだけのことをしていて疲れた様子を微塵も見せないことが、彼女の懐疑心を揺さぶる。
 
初めから疑って観察すると、ちょっとしたことも敵意に繋がってしまうのは仕方が無い。疑うというのはそういうことだ。
ようやく念願が叶ったというところで、無粋な乱入者の足音が遠くから聞こえてきた。銃声や爆音が鳴ってから優に30分は経っているのに、随分のんびりした出勤だ。
当然、ジル達はアンブレラの手回しがあったと想像しているのだが、横から口出しされた情報は彼女等の予想を少し超えていた。

「Hey,They are Umbrella」
 
遠くに見える青とオレンジの警光灯を指して、奴等はアンブレラだと言われれば驚きもする。R.P.Dのように組織の責任者を買収するのなら容易いが、組織そのものを手中に収めるなど不可能に近い。
それをやってしまえると思わせるのが、アンブレラの恐ろしいところだ。
おいそれと青年の言葉を信じるわけには行かないが、自身が出した結論も概ね似たようなものなのだから、過剰に意識する必要は無い。
 
ではどうするか―――――ジルが次の手を考えているとき、またも唐突に青年は武器を拾って歩き出した。
その方向がパトカーの真反対というところが、なんともわかりやすい。
それ自体はジル達も共感できる。アンブレラの息がかかっている人間に捕まるわけにはいかない。だから彼女も逃げるべきなのだ。
だがどこへ?街へ戻るルートは警察がバリケードを作り、公園の何処かから逃げようにも地理に詳しくなければ何処へ着くかもわからない。
怪しい日本人の後を付いていくのも、罠の可能性を踏まえれば憚りたいところだろう。
 
「P9Kハ P9Kハ 」
 
そうやって考えあぐねているとき、突然声をかけられた。声質からアジア人のものとわかるが、内容までジルはわからない。しかし青年は伝わったと勘違いしたらしく、踵を返して林に入っていった。
いったいなんと言っただろう。その答えを出してくれたのは、隣にいる子供だった。

「付いて来いって」
 
2人が林に入ったのはじっくり10秒かかった後だった。










林に入ってからしばらく進むと、工事中の大きな用水路があった。深夜近い時間が幸いして誰も居ない。ここを以前から使用していたのかわからないが、聖司は転がっている箱を台代わりにしてフェンスを超え、後ろの2人についてくるよう催促する。
 
下から見られたら不都合だったり、足場の確認に手間取りながら向かい側に降りると、外より若干生暖かい風が冷えた体を温めた。
どうやら人里へ通じているらしい。
まだ水を引いていない通路はコンクリートの臭いが充満し、火薬や血臭が一層際立つ。かすかな風音と一本調子の足音が加わると、蟻走感に似たむず痒さがいつかの悪夢を伴ってやってくる。
草木一本程度の生命を感じないことが、こんなにも不安を煽るものだろうか。
 
なにより灯りが一つも無い暗闇は、たった一歩さえ踏み出すのに勇気がいる。
ただ歩くだけのことが、こんなにも精神を削るなどと思わないだろう―――――と、ジルは暗視ゴーグルを使っているであろう、見えもしない青年に向けて心の中で毒突く。
 
「(いや、気持ちはわかるけどさ)」
 
と思ってみても、この痛々しい空気は地上に出るまで続いた。
またも深夜近い時間が幸いし、道路のど真ん中にあるマンホールから人が出てきても交通事故は起きなかった。
3人揃って脇道に避難し、都会臭くも新鮮な空気にありつけて揃って溜息をついた。無事生きているという意味を含んでいる者もいるが。

「えっとぉ……」
 
全てが終わって落ち着いてみれば、今まで経験したことが無い気まずさが漂う。助けてもらった後に銃を向けるべきなのか、初めの言葉はなんと言うべきか。
思いつくことはいろいろあるが、人目につかない場所へ行くことが最優先されなければならなかった。
 
なぜなら聖司はロケットランチャーを持っているからだ。
 
「(こんなところに捨てていくわけにも………)」
警察が拾ってくれれば御の字だが、万が一誰かが使って人死にが出たら困る。なにより未確認の航空機が爆発落下した場所の近くにロケットランチャーが落ちていたとなれば、テロだなんだと騒ぎになって厳態勢勢へ。出入国は大きく規制されるだろう。
 
そんな面倒くさいことを起こす気はサラサラないシェリーは、双方が妥協する案を出すしかなかった。むしろこの場合はジルを納得させる案と言ったほうが適切かもしれない。
 
「とりあえずモーテルに戻って話そうよ。警察にアンブレラが関わってるんじゃ、こんな所見られたくないよ」
「それはいいけど……貴女、ここがどこかわかる?」

言われて周りを見回すと、見覚えが無い景色しかない。ただでさえ滞在して一ヶ月も経っていないのに、夜の町並みや地下道を通った影響でモーテルの場所どころか自分の居場所すらわからないでいた。
 
「えぇと…………スミマセン、ココドコカわかりますカ?」
 
仕方ないと諦め、シェリーは聖司に助けを求めた。自分達より長く滞在している彼なら、用水路のような裏道を知っているぐらいだし案内程度はできるかもと。
 
一瞬日本語で話し掛けられて驚いた聖司は、ポケットから一冊の雑誌を取り出して、街灯の下に広げた。

「ここだ。この立体交差点の左側にいる。で、公園はここ」
 
近くの標識と雑誌の標識を当て合わせたり、公園の場所を明確にすることでようやくシェリーの頭に地図が出来上がった。
今居る場所から道をなぞって、モーテルの位置を突き止める頃には、

「日本人でヨカタデす。Chineseが知らなイですから」
「キミが日本語を知っていて助かったよ。英語は少ししかわからないんだ」
 
外見上は自然に話せるぐらい打ち解けていた。
シェリーにしてみれば、武器を貸してくれたりタイラントの変態にいち早く気づいて助けてくれたり、逃げる手助けまでしてくれた恩人だ。無下に扱うほうがどうかしている。ジルもそれがわかっているから、最初のように銃を突きつけたりしないのだ。
警戒してシェリーのように打ち解けようとしないのは仕方が無いが。
 
聖司にとってこの2人は手がかりなのだから、邪険に扱ったり手放すこと自体有り得ない。

「それじゃあモーテルに行くけど、異論がある人?」
 
今更返事をする者はいなかった。

「Don't move」







人目を避けるため、迷路のような細い道を通って、無事モーテルにたどり着くことが出来た。
ジル、シェリーと順番に中へ入り、最後に入室した聖司がロケットランチャーを玄関の脇に置いた瞬間、ジルが公園の続きを再開した。
 
「入っていきなりソレはねぇだろ」
「そ、そうよジル、まずはコーヒーでも」
「シェリー、あなたは通訳して。それが終わったらコーヒーでもなんでも淹れればいいわ」
 
まるで敵を見るような目つきで聖司から目を離さないジル。ここまでの道中では信用に値しないということらしい。
あまり気が乗らないシェリーだが、初対面で和気藹々とするわけにいかないのは心得ている。
問題はジルの対応が日本人に不快感を与えて、この奇跡を台無しにされてしまいかねないことだ。

「名前は?」
「嵩塚聖司。日本人だ」
「ワタシシェリーって言います。Parkでは助けてありがとうございますです」
 
ソレをなんとかするために、シェリーは独断で会話をする。聖司の情報を可能な限り引き出し、最悪でも彼の背後を探れるぐらいのナニかを手に入れるために。
幸いジルは日本語を解しない。
 
銃を構えたまま、剣呑な雰囲気のジルが英語で話し、シェリーが教科書に出てきそうな日本語で訳す。
聞くだけなら両方理解できている聖司には、話の内容が真反対の2人をどのように見ているだろう。

「Sherry,do as said?」
 
話のテンポが噛み合わなくなってきた頃、ようやくシェリーの通訳がおかしいことに気づいたジルが講義する。
 
「Understood not to like it,bad It's necessary,………OK?」
「…………」
 
頭では――――こういうフレーズはよく聞く。ジルの説得を聞き入れたシェリーは咳をして自分を改めた。

「これから質問シマス。………嫌な言葉あるますけど、嫌い違います」
「All right。あぁそれと、俺はリスニングはできるけどトークはあまりできないんだ。英語で話しても大丈夫だけど、通訳は続けて欲しい」
 
変わった人だ――――後で知ることになる彼の事情を考えれば、この程度は序の口だと、シェリーは知る由もない。

「一ヶ月前と2週間前、アンブレラの研究所が2つ爆破した原因はアンタ?」
「あぁ、そうだ」
「詳しく教えろ。アンタがここにいる経緯を」
 
教科書のような言葉ではなく、口語体に訳してくれるのはありがたいが、簡素にまとめている所為かやや乱暴な言葉遣いだ。
もう少し聞こえよく――――とエルに懇願しても、面倒くさいの一言で切り捨てられ、諦めて話を続ける。

「2ヶ月前、どこかの海だか湖にヨーロッパ行きの飛行機が落ちなかったか?乗客だった俺は、レスキュー隊に助けられたと思ったら、何故かアルプス山脈の研究所に連れて行かれちまったんだ」
 
モルモットの補充。警察を手中に収めるぐらいなのだから、別の組織に手を出すぐらい簡単だろう。まさか救助隊が一役買っていたとは思わなかったが。

「大体3週間ぐらい。俺以外にもたくさん捕まってたけど、その間に皆どこかへ連れて行かれちまって2度と会えなかった」
「なにされたかわかる?」
「独房から出されたことはなかったよ。ネメシスとかタイラントって単語は盗み聞きしてわかったんだけど、それ以外はさっぱり」
 
BOWを作るために必要な素材は人間。二度と会えないというのは、そういうことなのだろう。
 
「で、俺の番になったとき、隙を見て逃げたんだ。施設中引っ掻き回したから自爆装置なんか動かしちまったけど。STARSのジル・バレンタインを知ったのはそのときだ」

自爆装置―――という言葉の前後に2人はちょっとした違和感を感じた。だがここではあえて質問をせず、続きを促す。
 
「着の身着のまま、無賃乗車したり万引きして食いつないで、ここへ来たのは2週間前だ」
「郊外の施設を襲った理由は?」
「違う、襲ってない。山道を歩いてたらトラックが来たからヒッチハイクしたんだ。人里まで乗せてもらえると思ったら………」
 
STARSを誘き出すために襲ったとは口が裂けても言えず、アンブレラの研究所だったというオチを捏造した。
だがジル達は研究員の証言と違うことで、ますます疑いを強くする。本当に、よくこんな言い訳じみた出鱈目が言えるものだ、と。

「そんなに撃たれたい?」
 
一応安全を考えてトリガーガードに添えていた指が少しだけ曲がった。あと少し力を加えれば聖司の頭が消し飛ぶ。
 
「俺、何か悪いこと言った?」
「日本人の辞書には嘘が悪いことって書いてないの?」
「俺がどんな嘘ついたんだよ」
 
あくまでしらばっくれる聖司に対し、頃合が良いと考えたジルは彼の矛盾を列挙する。

「確かに航空機が2ヶ月前墜落した。アルプスに研究所があったから誘拐の件も信じられる。隙を見て逃げ出したのも無い話じゃない」
 
しかし有り得ない話が一つある。それは、
 
「アンタ一人が何をしたら、研究所の自爆装置が動くの?」
 
アークレイの研究所はレベッカが端末を操作して、時間をかけて作動せねばならなかったという。当然だ、施設を爆破するということは爆発物を要所、もしくは大火力の爆弾を施設の土台に設置する。誤作動や人為的ミスを回避するために、セキュリティが厳重であることは想像に難しくない。
 
英語をまともに扱えない青年が、端末を操作して装置を作動させた可能性はここで消える。
もう一つ、公園へ向かう前シェリーが言った『ウィルスかBOWが管理から離れたとき』。つまり青年が囮としてウィルス乃至BOWを開放したということだが、着の身着のままと言っていた彼は銃一丁ガスマスク一つ持っていなかっただろう。
 
ならば真っ先に犠牲になるのは彼だし、そもそもモルモットが逃げたという警戒中にそういう場所に行けるのかも怪しい。
どんな奇跡が起きれば全てうまくいくのか聞いてみたいものだ。
結論を言えば、聖司が自爆装置を動かせるはずがない。
なのに自爆装置はしっかり作動し、成果を出している。
 
郊外の施設についても、侵入者が一人というところだけ一致しているが、あくまで彼は偶然だと言う。ならばその施設がアルプスと同じように自爆を迎えたのも、偶然と言い張るつもりだろうか。

「墜落事故から1ヶ月も経って、どうして警察に頼ろうと考えない?フランスは日本大使館を設けてるのに何故行かなかった?一般人ならそう考えるのが当然」
 
被害者を強調して話している割りに、公的援助を受けようとしないことも不自然だった。
ジル・バレンタインのことを知ったところで、2週間も同じ場所に留まる理由にはならない。警察とアンブレラが繋がっていることを踏まえてもだ。
 
以上のことを考慮したうえで、彼への不信を決定的にしたものが、

「機械に強い日本人はロケットランチャーの使い方を知ってるもん?」
 
一般人に有り得ない実力。ネメシスを倒した、ヘリを撃墜した、アンブレラと警察が関わっていることを知っていた。事故で偶然ここにいる人間が出来ることなら、日本はさぞ軍事に長けた国だろう。
同時に一つわかったことがある。目の前に居る男は確かにネメシスを屠るほどの実力を持っているが、交渉や騙し合いが酷く稚拙なのだ。郊外の施設を襲ったのが彼で、仮にSTARSを誘き寄せて取り入ろうとするなら、そもそもそんな回りくどいことをしないし、疑われるようなこともしない。手札の切り方が下手すぎだ。
 
背後に組織が付いていて、アンブレラやHCFの組員なら矛盾や不要な行いが多すぎる。
かといって未確認の組織がSTARSに協力したいと言うにしても、やはり矛盾がある。
 
組織の一人として動いているのか、単独で動いているのか。少なくともただの一般人として見ることはもう無い。

「(まいったな………完全に不審買っちまった)」
 
テレパシーを使ってジルの心を覗いた聖司はそっと溜息をつく。銃を降ろしてもらえるぐらいの信用を得てからエルのことを話そうとした結果が、望んでいたもののまったく逆とはいただけない。
 
顔色どころか心の中まで伺える力があっても、暴く以外の使い道は意外と少ないのだ。
 
「ねぇ…………」
 
どうしようかと聖司が答えを出しあぐねていたとき、横からシェリーが声を掛けた。

「アンタの事情はわからないけど、そっちが先に信用してくれないと困る」
「この人が構えてる銃は誰のだ?何度も助けただろ」
「それは感謝してる。でも嘘を吐いている人を信用できない」
 
紛うこと無き正論だ。だが察して欲しいという気持ちもある。
だが初対面の相手の心情を察することがどれだけ難しいことか。聖司はテレパシーを使い続けてその辺りの感覚が麻痺していた。
 
この場合察しなければならなかったのは彼のほうだ。STARSという組織を刺激して、慎重にことを進めようとした彼女等が嘘を吐かれていると知れば、それは怒るに決まっている。
非礼を詫びるには、相応のリスクと覚悟を受け止めねばならない。
コレをすることで自分がどうなるのかわからないが、これ以上誤魔化すことが出来ないのなら、手段はもう一つしかない。
 
「今からコートを脱ぐ。そうすりゃあ嘘を言っていた理由もわかる」
 
胸倉を止めているベルトに手を掛け、ただ――――と付け加える。
 
「銃は下ろしてくれ」
 
ジルは断ろうとした。信用出来ない相手の前で武器を下ろせるわけがない。
だが下ろさなければ話の続きを永遠に聞けず終いになる。どこか諦めた様子で、渋々下ろした銃のトリガーには指がかけられたままだった。
前を止めているベルトを半分まで外した辺りから、ジルとシェリーの目つきが変わった。少しだけ開いたコートの下は白いカッターシャツを着込んでいて、日本人のイメージが漂うホワイトカラーが少し黒ずんでいる。
それとは別に、紫色のナニカが肩辺りから現れ、動いているのが見える。
 
まさかとジルは思った。頭の隅で、もしかしてと思っていたシェリーも実物を信じられなかった。

止め具を全て外した聖司は、よりはっきり見えるようにゆっくり後ろを向いた。

『!?』
 
一瞬、ジルの腕が上がりかけた。まだ話を聞き終わっていないにも関わらず、凶行に出たのは目の前にある物体が彼女の思考を乱すほどのものだからだ。
それをシェリーが止めた。公園近くで銃声を聞く前に言いそびれた事が現実になって現れたのだ。
 
『人間とまったく同じことが出来るBOWが外に出たってこと?』
『それよりも多分……実験中に逃げたとか』
 
危険が大きいと知って研究しているウィルスが漏れたぐらいで自爆を行うか。猛獣並みの知性しかもたない生物がすぐ逃げられるような檻があるか。
だが人間は違う。隙を突いて逃げ、脅して道を聞き、隠れて進むことが出来る。
その結果が自爆。常人から見れば、たかが実験体一人のために大げさと思うだろう。だが知っているはずだ。一体のモンスターが起こした街の崩壊を。
 
そしてこの事実の露呈により、警察に頼ろうとしなかったワケや、今まで曖昧だったことも判明した。
 
「嘘をついたっつっても、郊外の施設のことだけだ。本当は自主的に赴いてぶっ壊したんだ。どこに居るかわからなかったアンタ等を、ここへ呼ぶために」

なるほど、辻褄は合っている。STARSとアンブレラの関係を知っていれば頼ろうと思うのは当然だし、むしろそうしてくれた方が余計なトラブルが起きずに済む。
 
実験中のBOWが逃げた―――――これは独りでに歩くt−ウィルスが彷徨っていると言っても過言じゃないからだ。
おおよその立場や事情はわかった。これならばSTARSが手を差し伸べるに充分な理由である。
だが2つだけ、コレまでの経緯を照らし合わせても納得できないことがある。
 
「ソレを付けられた所為で体が変になったのはなんとなくわかる。でも一般人がネメシスを倒す理由にならない」
 
体がタイラントのように強くなっても、銃を扱ったりロケットランチャーを操ることとは別物だ。体という基礎があり、技術や経験が合わさって初めて実力というものが生まれるのだから。
 
ネメシスを一人で倒す。施設を一人で襲い、生還する。とてもモンスターが付いただけの一般人にできることじゃない。

「それにどうやって郊外の施設を見つけた?まともな情報収集が出来そうも無いのに」
 
己が住んでいる町の地下に研究所があることすらわからなかったのに、言葉も不自由する知らぬ土地でなにができる。
まさかフランスの情報屋が日本語で応対してくれたと言うまい。
 
「アンタならわかると思うけど、こいつは寄生生物で、人の身体を乗っ取ることが出来る」
「知ってる。なら今話しているアンタはネメシス?」
「違う。俺は列記とした人間だ。コイツは俺を乗っ取らずに協力してくれてるんだ」
「BOWが?どうしてアンタに協力してるの」

ミュータントを含めてBOWの多くは生まれたときから凶暴だ。まず間違いなく人に害を成す。
急激に変態した体を保つために捕食するか、教育されて人を襲うようになる。もしかしたらソレは、化け物にされた恨みを晴らす姿なのかもしれない。
 
そんな化け物が、何の取り柄もなさそうな青年に懐いている理由がわからなかった。

「(もうちょっと言い方変えればよかったな。どうする?)」
 
ここで寄生生物が協力する理由を曖昧に答えてしまったら、もう2度と彼女等は信用を向けてくれないだろう。だから包み隠さず言うつもりなのだが、テレパシーというフィクションを信じてもらえるかどうか。

《言っていいんじゃない?》
「(どうして?)」
《否定できないもん》
 
疑惑があるから証明を求められた。そして聖司は納得できる証拠を差し出すことが出来る。もしジルが疑いを改めないのなら、証拠を否定しなければならない。
超能力を証明できない彼女には、否定することが出来ないのだ。

「……あんたら、超能力って信じるか?」
「は?いきなり何を……」
「(数ある能力で最もポピュラーであるテレパシー。これが使える人間を信じられるか?)」
「!?」
「え?なに?」
 
二人の脳内に聖司の声が響いた。まるで頭の中で他人の声を思い出すように。
 
「(この能力(ちから)を使って俺はこいつとのコンタクトに成功。後に自我を持ち、俺と共に生きるようになった。それがこいつ『エル』だ)」
 
聖司は触手を持ってゆらゆら揺らす仕草をする。
信じられない話だ。ネメシスが自我を持ち、目の前の男はテレパシーという未知の力を使う。
聖司は服を着直してもう一度二人と向きあった。

「こいつのおかげで身体はタイラント。代わりに施設を一人で襲えるようになったわけだ」
「でも、人間でなくなって――」
「関係ねぇな」
 
シェリーの呟きに聖司は声を張って否定した。
 
「(俺の両親はコレが使えるっていうだけで腫れ物扱いだ。他の奴等も白い目で俺を監視して、学校では友達すらできない。俺は物心がついたときから人間扱いされなかったよ。………俺はこいつのせいで人間じゃなくなったわけじゃないんだ)」
 
そこまで言って意識を二人から外し、正面を向く。

「別に不幸自慢するわけじゃないけど、確かに俺はエルと一緒になることで人間じゃなくなった。なんだかな〜と思わなくもないけど、概ね後悔してない」
 
一切後悔していないというわけではないらしい。

「これからどうするつもり?いや、私たちにどうしてほしい?」
「出来るなら日本に帰りたい。そして身体を元に戻したい」
「もし保護を断ったら?」
「ジル」
「黙ってて」

突き放すような問い方にシェリーが注意しようとしたが、ジルはそれを許さなかった。

「ヒッチハイク……いや、歩いてでも日本に帰る。ちょっとやそっとじゃ掴まらない自信もあるし」
「そう……。帰国は難しいと思うけど、なんとかしてみる」
「マジ!?」
「こっちとしても、被害者を放っておくような無責任なことをしたくない。私達はテロリストじゃない」

彼女達は暴力ではなく武力。法の番人である志はまだ朽ちていなかった。

「ただし、不自由は覚悟してもらう。アンタは特殊すぎる」
「構わねぇよ。今よりずっとマシだ」
「なら改めて、反アンブレラ組織STARSメンバー、ジル・ヴァレンタイン。アンタを保護させてもらう」
「さっき言ったけど嵩塚聖司だ。肩書きは……なんでもいい」

二人は強く握手をした。

「同じくSTARSメンバー、シェリー・バーキン、15歳です。情報の類を扱ってますけど、実戦にも何度か出ました」

同じく握手を求めてきたシェリーの発言に、聖司は大して驚かなかった。
公園でタイラントと戦っていたのもそうだが、得体が知れない人間と話そうとしたり、なるべく穏便に済まそうとしていた様は、度胸と度量の大きさを示している。

「よろしくな、シェリー」
「はい。えぇっと……エル…もよろしく」

握手をしている聖司の右袖から触手が顔を出し、ピコピコと先端を振った。
 
「こちらこそ、だそうだ(意外に可愛い仕草をするじゃないか)」
《ほっとけ〜》
「(照れるな照れるな)」

シェリーはエルに害がないと判断して、興味深そうに突付いたり撫でたりしている。
まさかこんな経緯でBOWを見れるとは思わなかったのだろう。

「…………自我があるって言ったけど、本当に大丈夫?」
 
二人(三人?)のやり取りを見ていたジルがそんな質問してきた。
BOWというのもあるが、過去の悪夢から来るトラウマが容易に安心をくれない。この生物の同胞に仲間が殺され、自分が殺されかけたのだから。
 
「もしコイツが何の理由も無く人を襲ったら、俺ごと殺してくれ」
「いいの?」
「そういう約束ができるぐらい、コイツを信頼してるんだ」
「そう……」
「じゃあ早速皆に報告しないと」

そう言ってシェリーは隣りの部屋に向かった。

「(そういえば組織ってどんなんなんだ?)」
 
通訳が居なくなった所為でテレパシーでの会話を余儀なくされた。日本語で言っているはずなのに理解できるという、妙な感覚にジルはむず痒いものを感じる。

「詳細は教えられないけど、アンブレラ関係の事件を受け持ってる『一応』警察機構よ。一部の先進国に展開してるからICPOと違って直接捜査ができるの」
「(ICPOって世界を股にかける捜査官の集まりじゃなかったのか?)」
「(残念ながら違うわ。『国際指名手配犯を現地で逮捕するための現地の捜査官』がICPOの特徴よ。それでも、結構制限があるけど)」
「(皆で協力すれば早ぇだろうに…)」
「国家って言うのは損得が無いと動かないのが通例なのよ。自分の国が捕まえたっていう自慢がしたいだけ」
「(人類皆兄弟って言葉を知らんのかそいつらは)」
「気持ちはわかるけどね。世の中そうもいかないものよ」

やれやれ、と2人は肩をすくめた。
同じタイミングでシェリーが隣りの部屋からシェリーが声をあげた。
 
「ジル〜。クリスが明後日に『東の先』で待ってるってー」
「え〜っと……わかったわ。昼の便に合わせるよう伝えて!」
「はーい」
 
決して目的地を口に出さない。聖司を信用しきっていないのもあるが、どこに目と耳があるかわからないのだ。彼女等もまた狙われている身なのだから。

「じゃあ明日の昼にまた来る」
 
やるべきことは終えた。あとは少しでも迷惑がかからないように距離を置くべきだろう。武装兵とタイラントを倒し、ヘリまで落としたのだから相手も相応の手段をとるはず。
表立った事件にしてしまったからには、警察も動くだろう。アンブレラと警察が関わっているとなれば、非常に行動しにくくなる。
 
「泊っていかないの?お互いアンブレラにマークされてるんだから、離れないほうがいいわ」
「…………。うーん……」
「都合の悪いことでもあるの?」
「いや……特には」

無い―――と断言できるほど、聖司はこの手の経験を持っていない。
散らばれば各個撃破されるかもしれないが、一箇所に居ては一網打尽にされるかもしれない。
だから彼は曖昧に答える。わからないことはウダウダ考えなくても、専門の人間が片付けてくれる。
 
「じゃあ決まり。シェリー、食事にしない?!」
「さんせー!」
 
部屋から出てきたシェリーはさっさと台所へ向かった。ガチャガチャと冷蔵庫を開閉する音がしたあと、ピンク色のエプロンを着けたシェリーがバタバタと戻ってきた。

「大変ジル!買い物袋置いてきちゃったから食材がない〜。こんな時間じゃどの店も開いてないし……」
「何も無いの?」
「ふやけたパンなら……」
「う〜ん。今晩は御飯抜きかしら……」
「え〜〜〜?!」
 
ヨーロッパの閉店時間は早い。場所によっては六時ぐらいに閉まる店もざらにある。
 
「買い物ぐらいしなかったのか?」
「今日、買って帰ってた途中セイジさんの銃声が聞えて捨ててきたから……」
「そりゃあ悪いことしたな。だったら俺の隠れ家に来るか?荷物も整理してぇ」
「隠れ家ですか?」
「明後日にはいらない荷物だからな。俺も飯無しはごめんだ」













「ちょっと……なによこれ…………」
 
町外れの林の中にある廃屋の地下を見てジルは驚いた。灯りに松明を使っていて周りがよく見えないが、コンクリートに覆われた一部屋にぼろぼろの毛布とダンボールに詰め込まれた各種缶詰。
 
そしてあからさまに不自然に整理された多量の武器。拳銃、ショットガン、多種のマシンガン、ナイフ。更に暗視ゴーグルに赤外線ゴーグル、ガスマスク、グレネードもある。
そしてなぜかへこんだ消火器が一つ。そして今、とうとうロケットランチャーまで加わった。

「なんでこんなに?」
「廃屋は偶然見つけたんだ。武器はこの前襲った施設から持ってきたのとアンブレラの諜報員から譲ってもらったよ。それより何が食べたいか選んでくれ。生憎パンはないけど」
 
そういいながら聖司は自分の分を先取って、武器棚へ向う。

「ん〜〜、あ!あたしこれとこれ〜」
「あら、キャビアなんかあるの?」
「あー!ジルそれあたしのー!」
「早い者勝ちよ」
 
女二人だけだというのに妙に騒がしい。それが苦にならないと思うのは、長かった一人暮らし所為で心が病んでいたということだろうか。

「こういうのもなんだけど、よくこんな生活できたわね」
 
乾パンにキャビアを乗せて食べるジル。なるほど、塩辛いサメの卵はそういう食い方だったのかと聖司は密かに納得した。
 
「一回ラブホかカプセルホテルに泊まろうと思ったんだけど、1人だと怪しまれるからやめたんだ。ビザもパスポートもないから観光用にも頼れなかったし」
「………。考えてみると凄い幸運が重なってますね。テレパシーを持っててエルと話せて、おかげで研究所から逃げることができた。小さい頃はあまりいいことが無さそうでしたけど」
「そうだなぁ。でも一応便利だったぜ」
「どんな風に?」
「テストで満点取れたりした」
「あはは……」
「……………。確かに、普通じゃそれぐらいしか役に立たないわよね」
「探偵とか警察になれば使えるんじゃないですか?」
「警察なぁ……。その場で逮捕できれば使えるけど、いちいち礼状申請しないとダメっつうんなら意味無いな。さすがに証拠まで見つけられないし」
「じゃあ裁判官ね。不誠実な奴はみんな死刑ってね」
「なぜ公務員関係ばかり薦める」

この夜、聖司は久しぶりに人間と人間らしい会話をすることが出来た。













二日後、早朝。
 
地下だけあって空気は悪いが、代わりに熱も消えにくいので割かし辛くは無かった。
家具さえあれば下手なボロアパートよりは住みやすい。
壁を背もたれにして寝るセイジと、毛布を敷布にして丸くなって寝るシェリーを見ていたジルはふと思った。
 
「(クリス達はわたしが説得すれば納得するだろうけど、カルロスや他のメンバーが彼を受け入れてくれるだろうか…。ほとんどがアンブレラへの復讐のために動いているのに)」
 
聖司がアンブレラの人間ではなくともBOWであるエルは間違いなく憎悪と奇異の対象になる。当然だ、この生物はアンブレラを許せない象徴のようなものだ。
 
「(それにネメシス……エルだったかしら。乗っ取られずにいることをアンブレラが知ったら今以上に狙われる可能性も…。最悪の場合STARSにもアンブレラにも狙われてしまうかも………)」
「(それは怖いな)」
「!?。起きてたの……」
 
セイジは腕を組んで座ったまま軽く口端をあげてジルに顔を向けた。
 
「(今さっきな。ジーっとこっちを見ていたからちょっと覗かせてもらった)」
「(失礼な人ね。そういうのを日本では『セクハラ』って言うんでしょ?)」
「(よく知ってるな)」
 
二人は声を殺して笑ったが、ジルはすぐ顔を引き締めた。

「(言いたい事はわかるでしょ?それでも一緒に来る?)」
「(ああ。やっと掴んだ藁なんだからな)」
「(そう……)」
 
長い沈黙はシェリーの起床と同時に終る。
聖司は言わなかったが、もう一つ理由がある。唯一助けてくれるかもしれない人達が、本当に助けてくれるのか確かめるためだ。
もし受け入れられなかったら、余計な希望を持たずに済む。








当然ながら全ての武器は持っていけない。しかし捨てるのももったいないということで、浮浪者や子供に見つからないように地下室を閉ざすことになった。
 
聖司が作業をしている後ろでシェリーがジルに詰め寄った。

「ねぇ、さっきセイジさんと見つめ合ってたけど……どうしたの?」
「話してただけよ。……別にやましいことはしてないけど?」
「あ、その……別に二人がどうってわけじゃないんだけど……」
「…………そう……」
 
同じ部隊にいる数少ない女同士ということで話すことは多いが、ジルはクレアほどシェリーと親しいわけではない。
それでも、いつもと何かが違うと思わせるほど、今のシェリーは落ち着きが無い。
 
「終わった……どうしたんだ?」
「なんでもありません」
 
シェリーは聖司の手を取って先を歩き始めた。こういう行動も、普段の彼女が取るはずがないのに。
 
「……最悪の事態にならなければいいけど」
 
言い知れぬ不安を抱えて、ジルもその場を離れた。










インターミッション

「こうして、なんとかSTARSと接触できたセイジだけど、これから何が待ってることかしらね。それじゃあ恒例の解説、いきましょうか」



サムライエッジについて。

9x19mmパラベラム使用で装弾数15(+1)のSTARS専用ハンドガン。元はベレッタM92Fをガンスミスのジョー・ケンドが改良したものを採用したのよ。
4万発以上の実写テスト、海水につけての耐蝕テスト、落下及び発砲による耐久テストに合格して、なおかつ命中精度は25ヤードで3/4インチ(1.8cm)をたたき出したにも関わらず、全体重量は約1kg以下という非常に優れた銃。
洋館に赴く直前に支給されたからよかったけど、これが無かったら生きて返れなかったかもしれない。
名前の由来はスライド側面のラインが日本のカタナに似ていたことと、日系人のジョーにちなんで付けられたもの。
『これで的をはずす奴はホルスターにおしゃぶりでもいれておけ』とは彼の言葉。



9パラ(9x19mmパラベラム弾)について。

世界中の軍、公安で最も使用されている、ドイツが開発した7.65mmルガー弾の強化版。
短機関銃にも装填可能で馴染み深い弾ね。
昔の弾頭は鉛だったけど、最近じゃあ環境問題を考えて鋼や錫を使ってるのよ。



イングラムについて。

短機関銃として有名。の割に製造会社が倒産して現在は販売されていない。
小さく高速連射ができて弾数も30発と多目。その分反動が強く、制御が難しい。
最近はグロック18とか出たから小型の自動という点では
存在理由が危うい。



ネメシスについて。

正式名称『ネメシス−t型』。通常の量産型タイラントに寄生生物『NE−α型』を寄生させて知能を補完したタイラントの理想型。
ラクーンで襲われたときはSTARSもしくはその仲間だけ狙ったり、武器を使ったりとかなり知能が向上している。
そのときは『STARS』としか喋らなかったけど、多分学習すれば普通の会話ぐらいできるんじゃないかしら。エルみたいに。
量産型より動きが俊敏なのが特徴。



NE−α型について。

紫色をした寄生生物。本体を中心に数本の触手が生えていて、この触手は武器にも使われる。
人語を理解して、かつ学習するだけの知能を持っていることから、大抵はタイラントに使われるけど、もし他のBOW……例えばハンターに使われたらタイラントに負けず劣らず強敵になる可能性が高い。教育させるには時間がかかるけど、使い勝手がいいのは事実。
エルは私が見たものよりサイズが小さいけど、改良したものなのかしら?



セイジのテレパシーについて。

超能力なんてフィクションと思ってたけど、実在するとなると他の能力者はいるのかしら。アメリカやロシアはエスパーを雇っているって話を聞くけど、あんなの信用できないしね。
あんなにはっきり聞こえるのも驚いたわね。5.1CHの変な位相って感じだけど、不思議と違和感がなかったわ。
言葉の壁がなくなることも考えると、結構便利よね。





とうとう私達は出会ってしまった。それが吉と出るか凶と出るか。
少なくとも、私達の対応で全てが決まる。