翌朝、ドイツの乗り換え用ホームにて


三人はクリスの指示に従って朝早くから迎えを待っていた。
国境を跨いで移動する列車もあるため、検問を兼ねた駅で一度乗り換えなければならない。今3人がいる駅はその一つである。

「おっそい!!」

シェリーの怒号に驚いて列車の整備員や車掌が注目する。だが本人は奇異な視線を完全に無視していた。

「いっつもクリスは時間にルーズなんだから!!」
「あきらめなさい。あの男に常識を求めることが間違ってるんだから」

ウロウロと歩き回るシェリーと違って、慣れているジルはベンチでゆったりくつろいでいる。

「もう発車10分前なのに。……あ」
 
いっそのこと置いて行こうかと考えはじめた時、エスカレーターから見知った人物が走ってきた。
シェリーは大きく手を振って自分を強調する。男はソレに気づいてすぐ駆け寄った。
 
「クリスおっそい!」
「そう怒らないでくれ。これでも急いだんだ」
「どうだか!」
「やれやれ、ご立腹だな。ジルは?」
「あそこ!」

シェリーは少し体をずらして離れたところにあるベンチを指差す。
最近流行のサングラスをかけた青年と、その横で雑誌を見ている同僚が目に入った。

「あの日本人が?」
「そ。ジル!セイジさん!」

シェリーが呼ぶと二人はすぐクリスの存在に気付き、すぐ2人の下へ寄った。

「遅かったじゃない。まぁ、理由は聞かないでおいてあげるわ」
「すまない」

クリスは謝罪を済ませ、聖司の方に体を向けた。

「セイジ・カサヅカ君だね。STARSのことは?」
「2人に聞きました」
「なら説明はいらないな。クリス・レッドフィールド……クリスで構わない。敬語も必要ない」
「セイジ・カサヅカ。俺のことはどこまで?」
「君の特殊な事情まで聞かせてもらってるよ。見せてもらっていいかな?」

聖司は一度ジルの方を見た。彼女が頷いたのを確認してコートの襟を少しだけはだけさせてエルの本体を見せる。

コートの下で蠢く紫色の肉塊を見たクリスは顔を歪める。
 
「ネメシスタイプのタイラントは何度か見たが…………まるで同じだ」
「クリス」

不躾な独り言に反応したジルが咎めるような口調で制す。

「あぁ、すまない」
「いい。そういうのには慣れてる」
「慣れてる?」
「出会い頭でいきなり銃向けられたから」
「…………ほう?」

クリスは意地の悪い目でジルに目を向けた。
同じタイミングでジルと、何故かシェリーも顔を背ける。

「……仲間が失礼をしたようだ」
「いいって。慣れてるから」
「申し訳ない。アンブレラのことで話を聞きたいが、先にチェックを済ませよう」

ホームに取り付けられている時計は発車5分前を指していた。
午後二時。遅れることなくホームを出発した列車は長い山間トンネルに入った。
聖司達はこれから数日かけて目的地のチェコへ行く。

「寝台車なんて初めて」
「俺も」
《あたしも》
「(もうつっこまねぇぞ)」

4人で2部屋設けられ、本来ならクリスと同室であるはずの聖司はシェリーと寛いでいた。隣では大人同士の話し合いでもしていることだろう。

「これから三日も電車の中か。暇だなぁ」
「暇に勝る平和はなし。……それを得るために戦うってのも変な話ですよね」
「荒んでるところはとことん荒んでるのにな。………あのクリスってやつ、結構疑り深いな」
「なに話してるんです?」
「ジルに詰め寄ってるよ。素性を調べたのかだの、こんな公の場に出して大丈夫なのかだの。お?近づきすぎて怒られた」
「クリスには、まだこっちのこと教えてないんですよね?」

トントンと自分の頭を突いてあるものを示す。

「今教える必要が無ぇし」

コートを着たままベッドに転がった聖司は電車の揺れを堪能しながら軽く瞼を閉じた。

「これからどうなるんだ俺?」
「保護という形で一緒に居てもらうことになります。背中のモノの事情が少しややっこしいから、ある程度調べさせてもらいますけど」
「体の悪い言い方すれば監禁かぁ」
「いえ、隔離です」
 
シェリーは隠しても無駄だろうと判断し、表面上当然と言える理由を話した。
 
「エル……がt−生命体である以上、バイオハザードが起きる危険性を考慮しなければなりません。元々t−ウィルスは手に入りにくい物なんです。抗う手
段すら確立されていません」
「するとなにか?俺実験台になんのかよ」
 
血液の提供等はともかく解剖や投薬実験は誰でもゴメン被りたいものだ。
 
「検査です。それ以上は私がさせません」

思うところでもあるのか、16にも成らない少女にしては力強い言葉だった。

「大丈夫ですよ。皆いい人ばかりですから」
「だといいな」
「…っ……」

そっけない応えに反論しようとしたシェリーは言葉を詰まらせた。何を言ったところで聖司の不安は消えないだろうから。
シェリーは少し思案した後聖司の横に腰を下ろす。

「私、ラクーンシティに居た頃ほとんど友達がいなかったんです。親がずっと会社に入り浸ってて、家は家政婦さんと私以外の人は滅多にいませんでした。誕
生日のときも帰って来なかったんですよ」
「共働きの典型的な有り様だな」
「えぇ。それであの日、電話越しでしたけど何ヶ月ぶりに母の声を聞いたんです。『警察署へ行け』、たったこれだけでしたけど」
「9月29日のラクーン封鎖か」
「怖かったんですよ?ゾンビになった家政婦さんに襲われるし、警察署もゾンビだらけだし、変な化け物に狙われるし」
「当時12歳だったんだろ?よく生き延びたな」
「運がよかったんです。それで、警察署で隠れてたらクレアに会って」
「クレア?」
「クリスの妹で、たまたま彼を探しに来てた所を一緒になったんです」
「ウィルス汚染されたラクーンに来るとは……不幸な奴」
「(その不幸な人がもう1人居るんだけど……)」

シェリーの脳裏に女にフラれ不貞寝して初勤務早々遅刻し、街に到着した途端事件に巻き込まれ、警察署でタイラントに狙われ、身勝手な女達に翻弄
され、パートナーを庇って撃たれ、最後の最後で気になり始めたパートナーに先立たれた元警官の顔が浮かび上がった。
脱出後はシェリーを人質されてCIAへ強制就職。
もう哀れでならない。

「それで街を脱出したはいいんですけど、政府の人に保護されてからほとんど軟禁状態だったし、寝てる間に変な人に攫われるし」
「…………」
「攫われた先でも検査とか尋問ばっかりで監禁状態。それが1年近く続いて、ホント泣く喚く通り越して放心してました」
「心底同情するよ」
「クレアが助けに来てくれたからよかったんですけどね。それでSTARSに保護されたんですけど、以前からの人間不信に拍車が掛かって、半年ぐらいクレア
以外と話したこと無かったんです。他人と会ったら逃げて、声かけられたら悲鳴をあげるなんてしょっちゅうでした」

当時の人たちに申し訳ない気持ちが湧き上がってきたのか、苦笑して頬を掻く。

「やがて少女は徐々に心を開き、はれてSTARSのメンバーとなり、その才能を開花させていった。めでたしってか?」
「周りの反対を押し切って銃を撃ち、訓練に参加して、ウィルスの研究にも手を出した。おかげで今が人生で一番充実してるんです」

シェリーは体を倒し、聖司と目線を合わせた。

「STARSには他に無い何かがあります。きっと……大丈夫ですよ」

ギュっと聖司の手を握る。

「おまえのように?」
「はい」
「期待してるよ」

昼にドタバタしていた反動で、2人はそのまま寝入ってしまった。
数時間後、ジルとの話を終えて部屋に戻ったクリスはこの光景を見てそっと扉を閉め、今日だけジルと相部屋になった。
 
 
 
 
 
 
 
次の日の朝、車内の食堂で寝不足気味でイラついているジルがいたのはまた別の話。






4日後、何事もなく目的の町―――モルダウ川の流れるプラハ――に着いた4人は迎えを待っていた。

「いつ見ても綺麗な夕日ね」
「そうだな」
「かつて『我が祖国』を作曲したスメタナはこの景色を見て民族の独立を願い、かの名曲を作った」
「俺たちもまた、アンブレラの脅威から皆を解放させるんだ」
「そうね……」

そうジルとクリスの二人が感慨にふけているとき、後ろでは聖司がベンチに横たわっていた。

「イビキが……」
《ンゲゴゴゴってなによ……》
「災難でしたねぇ。クレアからすごいって聞いてはいたんですけど」

膝枕をしているシェリーが苦笑する。
見事なオレンジで染められた歴史溢れる町並みは、聖司にとってただの障害物でしかないようだ。

「気持ちはわかるけどしっかりしなさい。もうすぐ迎えが来るからしゃんとしないとみっともないわよ」
「……俺ってそんなにうるさいか?」
「ノーコメント」

そんなことを話しているうちに藁を積んだトラックが四人の前に止まった。運転席から豊かな髭を生やした中年男性が顔を出す。

「お疲れさん。どうだった?」
「あそこ」

ジルが親指を立てて後ろを指す。

「ふむ……一人は助手席に、残りは荷台に乗ってくれ」
「二人とも、行くわよ」
「「りょうか〜い」」

ジルが助手席に座り、残りの3人は藁の積んだ荷台に乗り、トラックはそのまま町を出た。

日が沈み、舗装されていない山道を一台のトラックが走る。

「あの男はどうだった?」

運転手のバリーが横でサムライエッジの手入れをしているジルに尋ねた。

「少なくともこっちがなにもしない限り大丈夫ね。ちょっと特殊な事情持ちだけど十分信用できるわ」
「特殊な事情?」
「向こうに着いたら自分から言うわ」
「噂のほうはどうだった?」
「ネメシスタイプのタイラントをイングラムとHVナイフだけで単独撃破。それも一瞬で。想像以上ね」
「それは……すごいな。見た目はどこにでもいそうな日本人にしか見えんが」
「そうね……」

見た目の普通も表面でしかない。裏へ周ればはっきりと異常だと思い知らされる。
正直な話、ジルには周りを説得できる自信を持っていない。最悪な事態が起きれば自分は裏切り者として断罪されるだろうと、覚悟だけは決めていた。
ここまで来て、聖司を見す見す死なせるような選択は持ち合わせていなかった。






そのまま数時間、五人を乗せたトラックは山の奥の木材集積所跡に着いた。
やたらと錆びれた跡地の端にある、倉庫として使っていたであろう建物のそばに立っていた人影がランプを照らした。

「ごくろーさん!」
「カルロス」

出迎えた男はカルロスと呼ばれた。電灯がない廃墟では危ないからと、寒い中ずっと待っていたようだ。

「こんなに寒いのに、外で待たなくてもよかったじゃない」
「仕事してきたのに出迎え一つも無かったら寂しいだろうが。とりあえずお疲れさん。中で温まろうぜ」
「その前に紹介したい人が―――」
「あぁそんなもん後でいい」

シャッターをカルロスががノックする。少しして覗き窓が開かれた。

『帰ってきました?』
「あぁ。中に入れてくれ」
『……規則なので誰か合言葉を』
「.25ACP弾の運動エネルギーは弾丸重量約3.2gで初速250m/s。比較として、38SPで約37kgm、9mmパラペラムで約50kgmになる。10kgm
以上で軍用として十分な殺傷力があり、射距離4.5mで、厚み約22ミリ(7/8in)の乾燥松板3枚を楽に貫通――――」
『もういいですバリーさん』

火器マニアのバリーらしい合言葉だった。
話を途中で止められた本人は不満の様子だが知ったこっちゃない。

『その青年は?』
「フランスで一悶着起こした張本人よ。奴等の被害者だから保護することにしたわ」
「ねぇ早く入れてよ」

シェリーは体をさすって寒いことを伝える。だが依然男はシャッターを開けない。

「何か問題が?」
「そりゃあるだろうよ」

クリスの問いに答えたのは件の青年だった。

「《実験台だったただの日本人がタイラント操って脱出して、一ヶ月もしないうちにフランスの研究所を襲撃、壊滅。しかもほとんど知られていないSTARSの
ジルを探していて、その割には被害者扱い。納得するにはちょっと難しい》んじゃねーか?」

内心自分が悪いわけじゃないと思いつつも、あくまで淡々と話す。
ちなみに日本語しか話せない聖司のためにシェリーがわざわざ英語に訳していた。

「そこまでわかってるなら話は早え」

カルロスが腰溜めの構えで拳銃を聖司に向けたのを発端に、勢いよくシャッターが上がった。
何十もの銃口がバリケード越しに聖司へ向けられ、追従してクリスとバリーも聖司に銃を向ける。

「うわぉ」

分かっていたとはいえ、さすがにビビった聖司は両手を上げた。彼は当然だがジルとシェリーも、なぜか両手を上げた。

「バリー、わたしは信用できるって言ったつもりだけど?」
「安心させて近づいたのかもしれん。特殊な事情というのも気になるしな。動くなよ、おまえに銃を向けたくない」

聖司は随分徹底していると思った。部外者の素性がはっきりしないときは警戒するのが普通。しかし顔見知りのジルとシェリーまで疑うのは行きすぎのよう
な気がする。
彼女達が動揺していないところを見ると、以前から行っていたことのようだ。

「顔は整形できる」

聖司の挙動がおかしくなったのでジルが事情を説明した。

「以前別の部隊と合流したとき、知っていた人がアンブレラの人間と入れ替わってことがあったわ。顔だけじゃなく、体や声もそっくりそのまま。そのときは入れ
替わった人の死体が先に見つかったから事を起こす前になんとかできたけど」
「なんでそんな面倒くさいことするんだか………」

それはSTARSが半分テロリストのようなことをしているからだ。仮にここの連中を襲って壊滅させても、別の部隊が残っている。あとは延々とイタチゴッコを続
けるしかない。
どこかに巣が一つでも残っていれば繁殖する。それがテロリストの特徴である。
つまり、一網打尽にできる情報を集めるために潜入していたのだ。
敵を倒すために味方を疑わなければならないとは、なんとも皮肉なものだ。

「クリス〜」
「文句は後で聞いてやるからそいつから離れろ」

訴えるように呻くシェリーを静め、サムライエッジを構えたクリスがゆっくり聖司に近づく。

「武器を捨てろ」

クリスの指示に従い一つ一つコートから取り出しはじめる。イーグル一丁、イングラム一丁、HVナイフ2本、それぞれのマガジン10本ずつ。

「よくもまあこんなに……」

呆れたバリーが言う。拳銃と小型のマシンガンとはいえ、本体は空洞がほとんどのうえ、材料が変わって軽くなっている。拳銃や小型マシンガンの重量の半
分近くはマガジンが占めている。当然大量に持てば相応に重い。
コートを含めれば常人が何時間も持ち続けられる積載量ではないのだ。

「次はコートを――」

クリスが次の指示を出そうとしたとき、空からカーゴを積んだ一機のヘリが飛んできた。
しかし夜空のどこにもランプが見えない。
それでも、ローターの音は真っ直ぐクリス達の所へ向かっていた。

「まさか!」

クリスの叫びと同時にカーゴの底が開き、中から8つのカプセルが投下された。
闇夜に紛れて空中分解し、カプセルとほとんど同じ大きさの人型がそう遠くない場所へ落ちていく。

「各自、迎撃準備!!」

すでに準備をし終えているカルロス達と入れ替えにジルたちが倉庫へ武器を取りに入った。

「これ借ります!」

デザートイーグルを拾っていた聖司の横から、シェリーがイングラムを拾った。
元々体格から重器も使えないうえ、情報戦が主体のシェリーはタイラント戦に向いていない。それでも戦おうとするのは、彼女の覚悟の表れだろう。

「俺の所為だ。フランスで監視されてたのをすっかり忘れてた」
「こういう事態は想定されてるから大丈夫です」

いつ襲われてもいいように訓練されているからこそ、周りに誰も狼狽している人間はいなかった。
ここに居座る前はこういうことがあったのかもしれない。

「おい日本人!!」

武器を持った隊員が次々と森の中へ入っていく中、銃を仕舞っている聖司の背中にカルロスが銃を向けた。

「お前が呼んだのか……」
「…………」

半分間違っていない。ジルが聖司を連れてきたことで、この場所が発覚したのなら原因は彼にもある。

「答えろ!」








「半分はそうかもしれねぇよ。俺がここに来たからあいつらもここに来たんだろ」
「つけられたって言いてぇのか?そんだけの理由がテメェにあんのかよ」

そう言われて聖司はしまった―――と思った。納得してもらうにしろ敵と思われるにしろ、それだけの理由というものを見せなければこの場は収まらない。
もう少し言葉を選んでいれば、この問題を後回しにして、ジルとシェリーが同伴している場所で説明できたかもしれない。
そうすれば少なくとも銃を向けられても、撃たれることはなかったはず。
シェリー1人ではどこか心細い。
聖司は観念して、マフラーを取ってその理由にあたるエルをカルロスに見せた。

「誤解すんなよ、俺は―――」
「敵の戯言なんか信用できねぇな」

カルロスは聖司の弁解を切り捨て、マシンガンのトリガーに指を掛けた。

「待って!セイジさんはスパイなんかじゃない!!」

シェリーがカルロスの腕を取って無理矢理銃口を下ろそうとする。

「なに言ってやがる!!」
「理由はあとで必ず話すから!今は信じて!」
「…………」

沈黙の後カルロスは銃を下ろした。

「カルロス……」

ホッとしたシェリーは緊張を解く。

「言っておくが信用したわけじゃねぇぞ。今は奴らの殲滅が最優先だからな」

そう言ってカルロスは森へ駈けた。

「いい奴じゃん」
「………ゴメンなさい……その…」
「止めてくれるって信じてたよ。行こう、働いて少しは信じてもらわねぇとな」
「はい!」

一頻りマガジンを拾った聖司は重そうなコートを着ながらも、軽々と森へ駈けた。シェリーも遅れず走る。
それを見ていたジル達は安堵した顔で2人を見送った。

「信用できそうだな。シェリーが初対面であれだけ懐くのは初めてじゃないか?」
「だから信頼できるって言ったのよ」
「けじめはつけるためにある。俺達も行こう」

倉庫から持ってきたロケットやらグレネードを担いで三人も戦場へ駈けた。










「撃てぇ!!!」

木に隠れて銃を乱射する隊員達。だが防弾コートがそのほとんどを無力化していた。
そして戦い慣れているはずのBOWに苦戦している理由はもう一つある。
体に受ける銃弾にかまわず無心に両腕のガトリングを放つ前衛と、後方から放たれるバズーカにろくな反撃が出来ない。

「が!!」

レオンの隣りにいた仲間が隠れていた木が銃弾に耐え切れず抉られ、わずかな厚さになった箇所を弾が貫通し仲間の顔を弾き飛ばした。
前衛のネメシスが持っているのは歩兵用ガトリング。並みの人間なら二人掛かり、割といい体格をしている人間でも両手でやっと扱える代物である。
真正面から勝てる相手じゃない。

「撹乱しながら叩け!!!」

カスタムショットガンを構えてレオンは走った。打開策は未だ浮ばないまま。












「きゃあぁあぁぁぁぁ!!」

一人孤立してしまった女性隊員がネメシスの放った火炎放射器で焼かれてしまった。

「シャロン!!この…化け物ーーーー!!!!」

45口径ライフルを持ったクレアがネメシスに向かって撃つ。しかし大きな銃身や反動で上手く狙いがつけられない。

「ちくしょう……はっ!?」

スコープを覗くのに夢中で、もう一体のネメシスの接近に気付かなかった。
後ろの気配に気付いたときにはすでに他の隊員を始末し終わって、その巨大な斧がクレアに向かって振り下ろされようとしていたところだった。

「やば」

やばい――――と叫ぶ前にクレアは襲ってくるであろう衝撃に目を瞑った。
妙な音といつまでも来ない衝撃を不思議に思い、恐る恐る目を開けた。
目の前には、仲間の血で汚れている斧があと数センチで触れるというところで静止していた。
そしてゆっくり腕と首が地面に落ちる。断面から紫色の血が勢いよく吹き上がり、巨躯はドサリと倒れた。

「大丈夫!?」
「シェリー!?これ、あなたが?」
「ううん。セイジさんがやったんだよ」

シェリーに指を指された方を見ると2本のナイフを持った日本人が寄生体にとどめを刺していた。
ナイフを刺された寄生体は「ギイィィ」という断末魔を上げて絶命した。

「あなた……」
「■■■■!■■■■■!」
「え?」
「次が来るから構えて!」

シェリーに活を入れられ、クレアはもう一度ライフルを構えた。

「私達が仕留めるからクレアは牽制お願い!」
「え!?ちょっと」

言うが早いか二人はネメシスへ駈けた。
クレアは仕方なく牽制の役を担う。
さっきと変わって冷静にネメシスの進行を防ぐように撃つ。
その間シェリーが左側から接近しながらイングラムを撃つ。一番近くにいるシェリーに反応してネメシスが火炎放射器を放つ。不規則な炎に苦戦しながらも
シェリーはなんとか避けていた。
15歳とは思えないフットワークを見せながら。

「Gウィルスの影響……ある意味あの夫妻に守られてる」

クレアは化け物になったシェリーの父親と、その父親に殺された母親を思い出した。
自らの不幸に嘆かず、懸命に立ち向かうその姿は頼もしくもある反面、不憫でもあった。

「しっかりしなきゃね!!」

クレアは再度ライフルを放つ。






シェリーの攻撃とクレアの援護が効いたのか、次第に動きが鈍くなるネメシスを見てついに聖司が動いた。

《爆葬って斬新じゃない?》
「(悪役モンスターの定番じゃねーか――――て、おい!)」

シェリーを追って後ろを向いた瞬間を狙い、木の上から飛び降りて背中にあるガスタンクの表面をナイフで切って盛大に火花が散らせた。

「(爆発するだろ!)」
《でもしなかった》

そう、しなかった。うまい具合にタンクの表面を薄く削り取っただけらしい。

「離れろ!!」

聖司の口からエルの言葉が吐き出される。シェリーが離れたのを確認すると、厚みが減った箇所に向けてイーグルを放った。
命中した瞬間、飛び散った火花に引火したガスは持ち主であるネメシスを巻き込んで大爆発を起こす。

「シェリー!」
「わたしは大丈夫!それよりセイジさんは?」

二人は急いで聖司を探した。すると煙の上がっている方に聖司を確認できた。
爆発の余波に巻き込まれてススだらけである。

「うぇっほ!」
「大丈夫ですか?」
「爆発が思ったよりでかかった」
「もう少し離れてから撃てばよかったのに」

デザートイーグルならわざわざ近づいてナイフを使わなくともよかったはず。それをしなかった理由はエルにしかわからない。
何故―――と後日誰かが聞いた問いに、エルはこう答えた。

《なんで銃で壊れるものを使わなきゃなんないの?》

エルの弁では、銃しか使わない歩兵相手に、銃で壊れるものを持っていくことがナンセンスらしい。人一人を片手で持ち上げる怪力に軽装備を施してなん
になるのかと。
相手が相当の脳タリンじゃなければ銃弾を通さないように、タンクの厚みを増やすか外装に仕掛けを施すと考えての行動だった。
もし思惑が外れていたらどうなっていたのか。おそらく彼女はもう考えないだろう。自分の推理が証明されたのだから。

「……日本人」

2人の様子を見守っていたクレアが会話が途切れたところを見計らって話しかける。

「クレア、ちゃんとセイジさんって名前があるよ」
「そう。ありがとうセイジ。おかげで助かったわ」
「そちらこそ。いい腕前だ(よくわからんけど)」
「クレア・レッドフィールドよ。シェリーの……姉みたいなものね。向こうでは助けてもらったって聞いてるわ、ありがとう」
「セイジ・カサヅカ。妹さんのおかげでここまで来れたんだ、こっちも感謝してるよ」

二人は力強く握手を交わした。








『カルロスだ、ネメシス2体倒したぜ。3人が怪我、2人やられた』
『こちらクレア班、2体のネメシスの殲滅に成功。シェリーと新入りのセイジのおかげで殲滅できたけど……八人全員やられたわ』
「わかった!こっちは現在一体を殲滅に成功、引き続き殲滅に入る。各自ネメシスの処理が終わったらレオン班かこっちの援護に向かってくれ!」
「状況は?」

グレネードに新しい弾を換えながらジルが問う。

「レオンの班だけ連絡がない」
「あいつがてこずってるのか」
「らしい。急いだ方がいいな」

クリスはそう言ってマグナムをプロテクターに身をつつんだネメシスへ放った。









「情けないな。これだけやって片方だけか……」

ガトリングとロケットの嵐にとうとうレオンは行動不能に陥った。なんとか前衛のネメシスのガトリングを一つ破壊したがそれが限界だった。
10人近くいた仲間も飛び出せばガトリングの餌食にされ、隠れればロケットで吹き飛ばされて、今は誰もいない。
後衛のネメシスがレオンに向けてロケットを放とうと構える。

「くそ………」

もう助からないという絶望からか、レオンはつなぎとめていた意思を手放した。
だからこれから起こることを覚えていない。








「やべぇ!!」

聖司達が到着したと同時にロケットが発射された。間に合わないことを確認した聖司は触手をレオンの体に巻きつけて一気に引き寄せた。
同時にぼろぼろになった木が爆散する。

「あなた……それ…………」
「クレア、今は聞かないで!」

こんな切迫している状態では確かにそれどころではない。

「でも……これは………………あとでちゃんと説明しなさいよ!」

この状況で尋問などしている暇はない。そう判断したクレアはレオンをおぶってその場を離れた。残った二人は隠れながら2体のネメシスを観察した。

《ガトリングにロケット……やな組み合わせ》

イーグルとナイフを構えてすぐに飛び出せるように構える。

「(この前みたいに後ろの奴が持ってるランチャーを奪えばいいんじゃね?)」
《ガトリングの餌食になるのがオチ。あそこまで辿り着けるかどうか……》

そろそろ限界が近いであろう自身の防弾コートではガトリングの弾幕を受けきることはできないと、エルは確信していた。

「セイジさん。あんなのとまともに戦えません。皆が来るまで時間稼ぎしましょう」
《妥当なところかなぁ……》

案がまとまりかけたとき二人を発見したネメシスがガトリングを構えた。
2人は別々の方向へ飛び出す。

「(コレは繋げておくから、なにかいい案があったら教えてくれ)」
「(はい!)」

2人の銃が同時に火を噴いた。










「とどめだ!!」

ベコベコにつぶれたプロテクターをつけたネメシスにクリスがロケットランチャーを放つ。
貫通型ナパームロケットはプロテクターを貫き、ネメシスの体にめりこんだ瞬間爆発した。

「よっしゃ!ざまーみやがれ!!」
「あとはレオン班だけだ。まだ動ける奴は―――」
「兄さん!!」

再度ロケットを補充するクリス達にレオンを背負ったクレアが息を切らして走ってきた。

「クレア!?レオンは大丈夫か?」
「気を……失ってるだけ……。それよりジル?聞きたい事が……」

息を整えたクレアが低い声でジルに問う。

「あのセイジとかいう日本人………BOWじゃない。どういうこと?」
「そうだジル、俺も見たぞ!あいつの背中に……ネメシスがついているのを」

カルロスも話しに加わり、生き残っているメンバー達がざわつきだした。

「寄生体って……」
「やっぱりスパイじゃないのか?」
「あいつが来るのと同時にヘリが来たし……」

聖司に対して不審感が広がっていった。外部の人間というだけで怪しいのに、彼が来た途端アンブレラが襲ってきたのなら、疑わない余地などない。

「クレア、あなたはどう思うの?」
「……わからないわ。さっきネメシスを倒してもらったし、レオンも助けてもらった。でも……」
「納得できない?」
「…………」

今まで敵でしかなかったBOW。それが急に仲間になると言われて、納得できるほうがどうかしている。
しかしジルは言う。

「彼もアンブレラの被害者よ。私たちが手を差し伸べなかったら誰が彼を受け入れてくれるの?」
「でもなぁジル」
「あたしが信用してるのよ。もしスパイなら、エル……寄生体のことをバラす必要なんてないわ」

ジルの言葉に全員が黙った。
そのとき遠くから爆発音が響く。

「話は後だ。レベッカ、負傷者の治療を頼む。残りはついてこい!」

クリスがランチャーを担ぎ煙の上がる場所へ駈けた。それに続いてジル達もシェリーのもとへ。









「はあっはあっ……」

絶え間なく放ってくる弾丸を避けること20分。シェリーの体はあまりの負荷に悲鳴を上げていた。

「(なんで?もう弾が尽きてもいいはずなのに……)」

イングラムのマガジンを外し、最後の一本を装填してその場を離れた。直後に無数の銃弾が打ち込まれる。

「(使えなくなったもう片方の弾装を使ってるんじゃねーか?)」

聖司が枝から枝へ飛び移りながらイーグルを放つ。ランチャーを持ったネメシスが着地地点を予想したかのようにロケットを放つ。聖司は触手を使い巧みに
避け、障害物に隠れながら休まず動き続ける。
そんな攻防がずっと続いていた。

《せめてガトリングを何とかできれば……》

いささか疲れたようにエルが体を隠すとシェリーも岩陰に隠れる。

「(押されてるじゃねーか。このままだと追い込まれるぞ)」
《相性が悪すぎ。あたしにはコート邪魔だし、武器も貧弱すぎ。シェリーは論外》

最強の拳銃形無しである。

「(セイジさん、提案があるんですけど。手前のネメシスはわたしが曳きつけますから後ろのネメシスからランチャーを奪ってください)」
「(却下だ、危険すぎる)」
「(逃げに徹すれば何とかなります。お願いします……)」
「(……どう思う?)」
《囮はいいと思うよ。どうなってもしらないけど》
「(そこをなんとか。な?)」
《…………奪うなら最低でも10メートル離してから。ここにイーグルを置いとくからシェリーに使うよう言って》

聖司は銃とマガジンを置くともう一本のHVナイフを構えた。ランチャーを持つタイラントにそれだけでなんとかするというのだ。

「(悪ぃな)」
《いいよ》

聖司がネメシスの前に飛び出し、シェリーがイーグルを拾いに行った。
正確に狙ってくる銃弾を木に隠れながら避け、シェリーが牽制を始める。
その隙に聖司が後ろに回り、ランチャーを持ったネメシスに牽制する。
2体のネメシスは目の前の獲物を殲滅するべくゆっくり離れていった。

「くぅ!反動が強すぎる!」

木と木の間を飛び回りながらイーグルを放つが反動が強すぎてうまく当らない。

「あ!!」

足が限界に近づいたのか思うように動かなくなってきたとき、運悪く跳弾がシェリーのふくらはぎに当たり、バランスを崩して地面に倒れてしまった。
ネメシスのガトリングがゆっくりシェリーに向けられる。

「(……セイジさん!……)」

ガトリングの銃身が回転し始めた。
そのとき――――突然ネメシスの正面から爆発が起きた。

「撃てぇ!!!!」

クリスの指示と同時に展開したSTARSからグレネードやらマグナム弾がネメシスへ放たれる。
体に当たる銃弾に踊らされながら、ネメシスは肉塊と変わり果てた。

「シェリー、大丈夫!?」
「うん……一発足に当たっただけ。それよりセイジさんが!」

クレアが倒れているシェリーを介抱する
……と、少し離れたところで聖司と戦っていたネメシスが突然爆発した。

「そんな……セイジさん!っ痛……」

シェリーが爆煙で見えなくなった聖司を探そうと立ち上がったが、足から伝わる激痛に再度地面に手をついた。

「動いちゃ駄目よ!骨が折れてるかもしれない!」
「あんな近くで爆発に巻き込まれたら死んじゃうよぉ!!」
「勝手に殺さないでくれ」

半泣きで聖司を探しに行こうとするシェリーの目の前に、すでに原型をとどめていないコートを着た聖司が木の上から降りてきた。
ネメシス特有の寄生体を露にしながら。
痛いほどの視線を浴びながら、聖司はSTARSの並ぶ正面を向いた。
この期に及んで―――と言ってもいいかもしれない。彼等は聖司に銃口を向けた。
それをクリスが無言で手を振り、下ろせとジェスチャーした。
クリス自身も武器を納め、その場にいる者全員を代表して聖司に歩み寄る。

「協力に感謝する」

クリスは右手を差し出した。聖司も右手を出し、手を握る。

「一体……なんなんだよおまえは」

もう訳がわからなくなったカルロスが問う。

「……中で話さねぇ?経緯からこいつのことまで全部話すから。シェリーの手当てぐらいしてもバチはあたらねぇだろ?」

異論は出なかった。










「ここで詳しい話を聞こう」
「皆に聞かせなくていいのか?」
「カメラ付きだから気にしなくていいわ」

倉庫の奥に通されて聖司は簡単なつくりのパイプイスに座った。中にいるのは主要メンバーの七人。レオンは別室でこの会話を聞いていた。

「とりあえず1から話す前にこれだけは知っておいてくれ」
「(俺はこういう人間だ)」

聖司がテレパシーを使った瞬間、ジルとシェリー以外の全員が聖司を凝視した。

「(ここにいる全員に聞えているだろ?これが事実だと受け止めてこれから話すことを聞いてくれ)」

そして聖司は話し始めた。
子供の頃この力が原因で誰も近寄らなかったこと。
ヨーロッパ旅行に出て事故が起きてアンブレラ施設に入れられたこと。
そこでネメシスの幼生体に興味を引かれ、共に脱出したこと。
フランスに渡り、ジルを探すために一つの研究所を襲ったこと。
言葉と送られてくる念で誰も声を発しなかった。

「今はコイツも抑えれるし、エルのおかげでこんな力が手に入ったってわけだ」
「あの、いいですか?」

レベッカが手を上げた。

「その、あなたがエルと呼んでるソレに危険はないのでしょうか」
「どういう意味で危険はわからねぇけど、ソッチが納得するまで調べてもいいよ」
「そうですか……ありがとうございます」

確認したかったことを知り、レベッカは納得して一歩下がる。

「にわかに信じがたいな」
「信じがたい?冗談じゃねぇ、目の前で証明されたら何も言えねーよ」
「カルロスの言うとおりだな。クリス、問題はないだろう」

仲間に催促され、クリスは首を縦に振った。

「どこか身寄りはあるのか?」
「無いけど、日本に帰れるなら帰りたい。あんな親でも死ねば財産だけは残るからな」
「あのぉ……セイジさん?」

シェリーがクリスとの話を遮った。

「飛行機事故って2ヶ月前にテロで落ちたやつですよね?」
「あぁ。そのあと救助隊に化けたアンブレラの連中に攫われた」
「ニュースでもやってたんですけど、乗客は全員死亡ってされてましたよ」
「……まぁ、そうでもしないと後々面倒だろう」
「死んだ人は遺産なんて受け取れないんじゃ……?」
「…………」

失念していたし思いつきもしなかった。聖司はそんな表情だったという。

「実は生きてましたっつって政府に掛け合うとか」
「インド洋に落ちたあとどうやって日本まで帰ってきたのか事細かに聞かれますよ?多分」
「ヒッチハイクで帰ったって言うさ」
「本人確認のためにDNA検査とか身体検査されますよ?さすがにそれは」

シェリーの目線が背中のエルに向けられた。

「ペットだって言うさ!」
「それは無理だろ」
「検査されてる間だけ外して―――――」
《脳障害》

トドメをさされ聖司はグッタリと頭を垂れた。

「先に言っておくが、新しい戸籍を用意できるような権力はもっていないからな」
「じゃあもうダメやん」
「身の振り方を決めるまでここにいなさい。保護する立場としては、その方が都合がいいわ」
「ついでに手伝ってくれると嬉しいな……てか?」
「えぇ。どう?」
「はいはい。どうせジッと監視されるのは勘弁してもらいたいし、やるよ」
「……随分あっさりしてますね」
「列車でそういう話はしておいたからな。あくまで日本に帰るのを前提に、それまでの間だけな」
「何時の間に……」
「それじゃあ、仮入隊するということでいいな?」

確認のため聞きなおしたクリスの問いに聖司は了承した。

「反対意見はあるか?」
「俺はねぇよ。むやみに覗かなけりゃあ」
「(そういうと、俺がとてつもないスケベみたいじゃないか)」

別の隊員からも特に反対意見は出なかった。というのは出してはいけないと気づいているからだ。
被害者の保護。それ以上に懸念しなければならないのはBOWと共生していることに他ならない。それ自体希少価値のあるものだが、t−ウィルスを持った
まま動かれてはならなかった。
予測不能のバイオハザードが一人歩きするなど、考えるだけでも恐ろしい。ここに留まらせる以外の選択肢など、最初からないのだ。

「改めて、STARSの指揮を取っているクリス・レッドフィールドだ」
「嵩塚聖司。肩書きは適当で」

2人が強く握手する。それを合図にそれぞれの自己紹介が始まった。

「バリーだ。ここでは新兵訓練の教官もしている。みっちりしごいてやるからな」
「お手柔らかに」

「医務とサイバー班担当のレベッカです。あとで体を調べさせてくださいね」
「俺も自分がどうなってるのか知りたいんだ。念入りに頼む」

「これからよろしく」
「こちらこそ、先輩」

「今更だけど」
「形式みたいなものですから」
「確かに」

聖司が最後に残った人の前に右手を差し出す。しかし一向に握り返されなかった。

「カルロス」

同僚に促されても、彼は挨拶をしようとしなかった。ジッと険しい目で聖司睨み続ける。

「悪ぃな、仲間になったからってそう簡単に信じられねぇんだよ」

正論だ。信用や信頼というものは言葉や形式で生まれるものではない。ジルとシェリー以外の全員にも当てはまる言葉だ。

「仲間になるって言うんなら、いや」

ズイっと聖司が差し出した手をどけて眼前に立つ。
一悶着起きるか。聖司も含め誰もがそう思った。

「男としてこれだけは聞いておかなきゃならねぇ」

一呼吸置いて、カルロスは尋ねた。

「ジルの下着の色教えて―――――」

それは男所帯でよくあるジョークだ。元にクリスやバリーは予想通りといった感じで軽く笑っている。
しかしジョークのネタにされた本人にとっては堪ったものじゃないだろう。

「アンタさっき、むやみに覗くなとか言ってたじゃないの!」

カルロスは強烈な拳骨を後頭部にもらって、その場にうずくまった。

「………。ジルがなんだって?」
「ただの戯言ですから、気にしないでください」

と言われても気になってしまうのが人間の性というもの。早速破って悪いなと思いつつも、聖司はカルロスの心を読み取った。
途端、納得した。なるほどこれは殴られて当然だ、と。
是非も無い。聖司は蹲って患部を押さえているカルロスの肩に手を置いた。
言うべき言葉は決まっている。

「BLACK」

ガバっと顔を上げるカルロス。眼前に居るのは優しい笑みを浮かべる日本人。
このとき彼らは、確かに通じ合っていた。

「今日からよろしく頼むぜ、相―――」

今度は2人して殴られた。
この意味がなさそうな一連の行動で、ここにいる全員が一つの事実を悟った。
言葉が通じないのにカルロスの意図を読み取ったこと。ジルとシェリーがすでに得ている情報だが、これではない。
ジルの秘密がカルロスの質問一つで暴かれたことだ。
おそらく『下着の色は』と聞こえた時点でジル本人がその色を思い浮かべてしまったのだろう。
少なくとも、聖司のテレパシーはこの程度で情報を読み取れることになる。
―――――これは使える。交渉や化かし合いにうんざりしていたクリスは密かに喜んだ。

「セイジ、英語を覚えろ」

コンピューターの秘匿なら時間をかけて解決できるが、人の頭の中にある機密はどうしようもなかった。
常に心のどこかに潜んでいる疑心暗鬼が少しでも減るのなら――――聖司のチカラは非常に魅力的に見えてしまう。

「いつもシェリーが傍にいて通訳するわけにもいかないんだ」
「そ、それはそうだけど」

テレパシーでどうにかできるが、赤の他人に何度も使うと眩暈が起きて会話どころじゃなくなる。それを知っているからこそ反論できない。

「安心してください。優しく教えますから」

シェリーがやる気満々な顔をして聖司の腕に抱きついた。
これからのことを考えて疲れた顔をするしかない聖司だった。いっそのことエルに全て任せてしまおうかと思うほどに。













「説明を聞こうか?」

どこかも分からない建物の中で大勢の人間が中央にあるホログラムを視聴している。
その中の1人がこの映像を持って来た人物に聞く。

「見ての通り、ネメシス−t型と思われます」
「そんなことは百も承知だ!何故、あそこまでネメシスを操っているのか聞いてるんだ!しかも、あの男は……」
「そのことについては早急に解析を進めています」
「そんな面倒なことしなくても、総力をあげて捕らえれば―――」
「できるものか」

出席者の中では一番若い青年が声を荒げる。それをさらに幼い女の声が遮った。
丸い卓の上座にあたるところに、いつの間にか人影が浮かんでいた。
その人物に向けて若い青年以外の全員が深々と頭を下げる。

「出来ない……とは」
「彼はすでにSTARSに保護された。もちろんあの力を利用しないわけは無いし、捕らえるには相応の被害が出るだろう」
「ですが!あれが解明できればそんな被害など……」
「我等の敵はSTARSだけではない。あの男の組織以外にも、我等の技術を欲しがっている者は大勢いる。この均衡を崩す訳にはいかない」

それに、と少女は付け足す。

「今回の重武装、G−ウィルスまでも仕込んだタイラントを退けた相手にどうしろと?使えるだけのBOWを使ったとして、こちらの防御はどうなる」

そこまで言われて青年も口を閉じた。
タイラントに類するBOWは局所展開において―――敵側の武装によるが、通路のような場所で向かい合って戦えて―――最も真価を発揮する。
障害物、展開できる広さ、そして敵側の補給。この三つが強力な爆発物の使用に繋がり今回の敗因になった。

「他のサンプルは十分届いている。アレ一つに拘る必要は無い」

そう言って人影が瞬時に消えた。椅子に仕組まれたホログラムが停止したのだ。
反論しようとした青年は、行き場を失った熱を暴力に変えて発散した。

「楽観しすぎている。この計画に失敗は許されないのに」
「会長の方針は絶対だよ。この会議に参加する条件を忘れたわけではあるまい」
「分かってますよ!でも皆さんも納得してるわけじゃないでしょう」

そう言って青年の姿も消えた。

「若いな、彼も」
「実験は成功し有用性も実証された。あの程度の流出、多少の犠牲にもならん」
「ああいう馬鹿がバーキンの二の舞になる」

残っている出席者が軽い笑いを漏らす。

「精々楽しませてもらおう。我々の勝利は目前だ」















インターミッション
デフォルメカルロス登場

「いや〜、終わった×2。一事はどうなるかと思ったぜ。そんじゃ、例の奴いってみようか」

我が祖国とかスメタナについて。

1800年代に活躍した作曲家。梅毒に侵され聴覚障害になっても作曲を続け、プハラで60年の一生を終えた。
最も有名な『我が祖国』は6つの交響詩で成り立ち、モルダウが一番有名……かな。


HVナイフについて。

超高周波振動ナイフのこと。高周波で物を分子レベルで『分離』させることができる。『切断』と違って断面が綺麗だし、大抵の物は切れるぜ。
分かりにくかったら電動ハブラシを参考にしてくれ。


ナパームロケットについて。

パーム油などを使った油脂焼夷弾。アメリカ軍が開発したもので、きわめて高温(900〜1,300度)で燃焼し、広範囲を焼尽・破壊する兵器。
ゲリラ時代は燃焼したとき酸素が減って、窒息死する奴もいたなぁ。


新しい戸籍を用意できるような権限はもっていないことについて。

映画やドラマじゃないんだ。たかが一組織にそんな権限与える国があってたまるか。


セイジのテレパシーについて。

なんかいやに使い慣れてたっぽいな。それにまとめて話すこともできるみたいだし、マンガとかで出てくるテレパシーよりもうちょっと使い勝手がいいのか?
俺もあんな力があったらポーカーとかに使ってレオンから巻き上げんのに。






というわけで、セイジは俺達と組むことになった。こう言っちゃあなんだが、化け物に対抗するにはやっぱり化け物が一番だからな。
期待させてもらうぜ、Shavetail。