聖司の入隊から三週間。初めはいろいろと問題が起こったが、時間が経つに連れ周囲も彼を受け入れた。
その際に一騒ぎ起きたのだが、それは割愛させていただく。
そして今日、聖司は様々な武器の並ぶ開発室へ連れられた。
日々進化し続けるBOWに対抗するため、この部屋では試行錯誤で武器が作られている。
 
というのは建前で、本当は経費削減を目指して使えなくなった材料から無理やり組み立てているのだ。
 
この場所で作られた武器が日の目を見たことは無い。それだけ武器を作るというのは難しい。
しかし今回はいつもと違う。
 
自分の持つ怪力を有効利用してくれと頼まれていたカルロスは、人の枠で作る規格を大きく逸脱して武器の作成にあたっていた。
その一部が完成したというのだ。いったいどんなものを作ったのか―――――興味本位でジルも見学に。

「まだ試作品だが充分使えると思うぜ」
 
その完成したばかりの装備を聖司に渡す。

「ぅお、スゲェ!」
 
渡されたのは銃器ではなく、分厚い金属板やら鋭い鉄根やら、ジルの視点からみれば装備とは絶対に言えない。
子供が作った玩具と見るのが精々というところだろう。単純な形―――それだけ使い方も見て取れる。
 
人を逸脱した聖司用に作られた、普通では使わない異常な厚さの防弾プロテクターと、その表面につけられた厚さ3cmの2連四角錐型の杭。
長さを見れば随分あるように見える。だが人を刺すなら1人2人が限度か。
 
「いろんなところから送ってもらった『クラン鋼合金』で作ったみた。ぶっ叩いてもそう簡単にゃ曲がらねぇぜ。それと」
 
カルロスはさらに見覚えのあるコートを持ち出した。重いのだろうか、妙に持ってる腕が震えている。
 
「このまえ襲ってきたやつらのコートに、厚さ5_のクラン鋼板を仕込んだんだ。おかげで全部あわせた重量が80sになるけどな」

聖司は差し出されたコートに袖を通し、杭を装着したプロテクターをはめる。
重さを感じていないのだろうか、実に動きがスムーズだ。

「結構重いな。もう一つの方は?」
「それはもうちょっと待ってくれ。代わりのモン注文したから。ほらっ」

黒い外見に五つもある銃口。両手で持っていたカルロスと違い、片手で軽々と小型ガトリングを受け取る。

「M1L1アサルトライフル、中国製だが威力は保障するぜ。五連のガトリングに自動冷却装置をつけて連続一千発の射撃ができる優れもんだ」

筒状のマガジンを装填して腕を伸ばして構える。
通常、アサルトライフルは『体を低くした体勢で突撃しながら撃つ』がコンセプトなので腰の位置から構えるのが常識だ。銃を使い慣れていない日本人が知る由もないが、知っている者から見れば微笑ましく見える。

「デルタフォースでもこんな重装備しなかったわよ」

一瞬で凶悪な姿になった聖司を見てジルが率直な感想を述べた。鉄板を仕込んだコートなら9パラ程度、弾き返せるはず。
盾の様に大きなプロテクターは、おそらく唯一の弱点になる頭部を守るため。
準備も無く遭遇すれば、確かに恐ろしい相手になるだろう。準備をしなければ―――の話だが。

「こんだけ重いと人並みにしか動けねぇよ」
「それでも充分だろ」
「いざとなったら捨てればいいのよ。せっかく使い減りしない物があるんだから」

銃は確かに使い勝手がいい。だが1人が持てる弾数は限られている上種類も多く、現地で調達できる可能性は高くない。
だが使わなければBOWに、ゾンビにすら勝てない。
 
ゾンビは体全体がt−ウィルスの苗床で、空気感染と接触感染が確認されている。そんな相手に態々近づいてナイフを振るう危険を冒すのは、ただの蛮勇。
しかも弱点は頭部ないし脊柱の破壊。真正面から戦うには、分が悪いことこの上ない。
だが聖司はウィルスに感染せず、怪力の続く限り銃に頼らなくてもいい。

「刃物は無いの?」
「ナイフが持ってっからいらねぇかな〜と思ったんだけど、一応作った」

ほらよ――――と言って、どこからどうみてもグラディウスにしか見えない剣を差し出した。

「……もらい物でふざけるんじゃないの」
タクティカルアドバンテージなど微塵も無い、言わば研いだ板金。一般的なナイフより大きく、かといってそれほど長くない。その上力任せに切る西洋剣の特徴を考慮すると、あきらかに聖司の怪力をアテにして作ったのだろう。

「いいじゃん。俺こういうの好き」
「アンタまで?」

昨今では魔法や神話を題材にした映画が流行っている。彼等の感性もそこから影響を受けた可能性が高い。元来剣や銃を好む男性も多く、ソレが使える環境にいるとなれば心が躍っても仕方が無いのかもしれない。

「この銃が代わりって言ってたけど、何作ってるの?」
「そりゃあ……秘密っつーことで。正味な話、できるかどうかわかんねーし」

兵士や技術者はある共通の理想がある。こんな武器があったらな―――こんな武器を使える奴がいれば―――。
 
兵士はコンパクト&ハイパワーを想い、技術者は絶対的威力だけを求める。
代表を一つ挙げればS&W M500が浮かび上がる。兵士全員が使えるわけじゃない………が、絶対的威力を約束されている。
 
この技術と理想の隔たりを消したのが聖司だ。異常になった筋肉は50口径のデザートイーグルを軽く連射し、重さと反動をものともしなかった。
最強の兵士の雛形が目の前にいる。カルロスがいろいろ試したいと思うのは当然のことだ。

「(なに作ってるのかしら……どうせろくでもないものなんだろうけど……)」

常人では使えないが、聖司なら使える。どこぞの国の兵器廠なら試作品という形で目にすることができるかもしれない。

「これ絶対ぇ盾だって!」
「いーや、プロテクターだ!それ以外の意見は認めねぇ!」
「(アホらし………)」

代わりが小型アサルトガトリングというのだから、M61A2――――戦闘機用ガトリングぐらい出てくるのではないだろうか。
 
材料があればの話だが。
 
 
 

その後、聖司は一通りカルロスに用件を伝え、そのままトレーニングルームへ赴いた。
STARSに仮入隊したとはいえ、ズブの素人であるため訓練は欠かさず行うように言われている。
 
 
 
 
とはいうものの、体格のいいバリーですら腕力でねじ伏せることができるので、これもはっきり言って意味がない。
技術を知らないよりマシ。ということで納得するしかない。

「お〜〜〜…」

畳の上でクリスとシェリーが模擬戦をしているのを見て感心した溜息を漏らす。
2人ともクラヴ・マガ(軍格闘術の一つ)の構えで休む暇無く戦っている。

「ハァイ」

入り口のすぐ近くに置いているベンチで休んでいたクレアが聖司に気づき、軽い挨拶をする。
彼も挨拶を返し、同じベンチに座って目の前の組み手を見物することにした。

「ど〜見ても15歳の動きじゃねぇ………。どんなドーピングしたんだ?」
「G−ウィルスの所為よ」
「G−ウィルス?」

また変なウィルスか――――もうアルファベット全部のウィルスがあるんじゃないか、と心の中で毒づく。

「彼女の父親が作ったt−ウィルスの改良種。死体を蘇らせ、死ぬまで進化を続ける最悪のウィルスよ。シェリーはそれに感染したんだけど、ワクチンを打って命は助かった。レベッカはその影響じゃないかって言ってるわ。頭は元々よかったみたいだけど」

助けた当事者のクレアが成り行きを説明する。

「ラクーンシティから脱出した後誘拐されたのをレオンと私で助けたんだけど、一緒に戦いたいって迫ってきたから皆で鍛えてるのよ。今じゃ兄さんも手を焼いてるわ。一応本職はコンピューター系だけどね」
「へぇ」

射撃、格闘共に部隊でトップクラスのクリスの攻撃をシェリーが巧みに避け、防いでいた。
手加減はしているかもしれない。しかしそれを差し引いても、シェリーのフットワークは同年代以上に見える。
進化し続けるというのはあながちガセではないらしい。

《でも今の体じゃ補いきれないものがある》

クリスがフェイントを利かせた左フックを軽く当てて、すかさず右ボディブローを放った。

「きゃ!」

シェリーは両腕を交差してガードするが威力に負けて軽くよろけた。こけないように勢いづいた方向へ足を出すが、クリスが先に足を置いて引っ掛けた。
その結果、シェリーは盛大な尻餅をつく。

《ウェイトと攻撃手段の問題》
 
格闘という技術は体格差という問題を覆すことができる。しかしそれも裏を欠く、もしくはタイミングを合わせるといった条件が必要で、通常真正面で戦うときはかなりの技術がいる。
ボクシングや柔道でウェイト別の試合が行われるのが、そのいい例だ。
必ずしもウェイトの大きいほうが勝つとは言わない。だが有利になるのは事実。
 
「少し太った方がいいかもな」
「アンタよくそんなこと言えるわね」
「真面目な問題なんだけど……」
「女にとっては死活問題よ!一`・百cで全てが決まるんだから」
 
妙な力説をするクレアに聖司は苦笑いするしかなかった。
 
《よくわからない》
 
体重2キログラムに満たない生命体には程遠い話題に違いない。
 
「あ、セイジさん!」

クリスから駄目出しを食らっていたシャリーが戻ってきた。

「よぉ、お疲れさん2人とも」

クレアはさっさと兄に、セイジがシェリーにタオルを渡す。

「どうでした?」
「正直驚いた。こんなに細い腕なのによくあれだけ動けるな」

手にとってシェリーの細い腕をマジマジと見る。

「少し休憩したら俺とやらね?毎回クリスとバリーばっかりでツマンネーんだよ」

毎度毎度加減を間違えられて痛い思いをしている男は顔をしかめた。

「今からやります」

シェリーは防具を外して、畳の中央で対峙する。自信か、それとも試したいのか。
生身で聖司と戦う意味を理解しているシェリーの内心は読み取れない。

「《BOWの模擬戦だ。俺の攻撃をかいくぐって頭にナイフが触れればお前の勝ち》だって」
「はい!…………だ、だって?」

コートの右袖から飛び出したエルの触手を鞭のように振るう。いや、エル自身が己の手を振るっている。
戦いになるといつもエルが表に出てくる。理由を考えるのもアホらしい。

「セイジさんの訓練にならないじゃない!」
《ちゃんと見てるから大丈夫》

口調も変わった。本格的に聖司は奥へ引っ込んだようだ。
こうなってはどうにもならない。わずかな付き合いで2人の関係はほぼ固定している。
そして誰も勝てないのも。

「今日は絶対勝つんだから!」
 
それが合図になって2人は同時に動いた。
聖司が鞭を右に振ればシェリーはしゃがんで避け、そのまま
左斜めに振り下ろせば右に跳ぶ一進一退が続いた。

「避けてるだけじゃ勝てないんじゃね?」
「攻撃が当たらなければ負けません!」
《こんな状況でそんなことやっても意味無いのに》

一方的な攻防は続いた。







「……兄さん、貧乏揺すりはやめてちょうだい」
「ん?ああ……。あれは、コートのせいで動きが鈍ってるな」
「あれで?」

休む間も無く鞭を使った変幻自在の繰り出す聖司だが、いつも戦っているクリスには遅いと感じたようだ。
クレアは呆れた。どう見ても彼の動きは人間技ではない。
だからこそ見るだけでも参考になる。タイラントではないネメシス−t型がどんな動きをするのか。
だが、

「に・い・さ・ん」
「ん?ああ……」

隣の挙動のせいで気がそがれて仕方がなかった。

「はぁ……。そんなに暇なら一緒にやってきたら?」
「そうだな!」

いいのかな―――と問うまでもなく、クリスはプロテクターを脱いでシェリーの加勢に向かった。

「こういうのを日本のコトワザで『水を得た河童』って言うのかしら」

楽しそうなクリスを見て間違った諺をつぶやくクレアだった。

「でもこのままじゃ不公平よね」

何かを思いついた彼女は、そのまま用具室へあるものを探しに行った。







「二対一は卑怯じゃね?」
「実戦に卑怯もなにもないだろ!」
「そっちも2人(?)だからいいじゃないですか!」

異なった方向から攻めて来る2人に両袖から出した触手で応戦する聖司。徐々にお互いの距離が縮んできたが、天は聖司に味方した。

『バイオハザードが発生しました!五分後にこの部屋は爆破されます!!』

彼等と妙に縁がある時間制限を再現するため、メガホンを持ったクレアがストップウォッチを押して叫んだ。

「えぇーー!!そんなの無理ーーー!!」
「ぼやくなシェリー!最悪の状況はこういうときにくるもんだ!」
《でもこの場合あたし達も死んじゃうよね〜》
「(ね〜)」

作戦を練っている2人に警戒しながら聖司は再度距離を離した。

『あと3分!!』
「よし!いくぞシェリー!!」
「了解!!」

クリスが先行し、その後ろをシェリーが続いた。

「玉砕?……《なわけない》」

右腕を横に薙ぎ払う。
皮手袋をつけたクリスの手が鞭を掴み、そのまま前進を続ける。

《おっと?》
「これで動けないだろ!」
《全然》

走ってくるクリスの足を左腕の鞭で絡め取る。

「おわ!」
《ざまーみ》
「そうするとわたしがノーマークになる!!」

倒れたクリスを踏んでシェリーが素早く聖司に迫った。触手を引き戻そうにもクリスががっちり掴んで離してくれない。
両手をふさがれた聖司の眼前にシェリーが跳んできた。

「チェックメイト!…………あれ?」

ナイフを前に突き出した姿勢でシェリーの体は空中で停止していた。

《誰が二つしか使わないって言った?》

聖司の右袖からでた三本目の触手がシェリーの腰に巻きついていた。
服の隙間という隙間から6本の触手が這い出て、訓練じゃなければ悲鳴ものの姿になった聖司は、そのまま2人に巻きつけて羽交い絞めした。

「(やめて〜、せめて人間らしく戦って〜)」
《や〜よ》

悲しいかな、聖司がいくら嘆いても2人は開放されない。
クリスとシェリーは、クレアが終了を告げるまで触手に蹂躙され続けた。








「こらシェリー!人を踏んで行くとはどういう了見だ!!」
「あ〜ん、ごめんなさ〜い!」

背中に足跡をつけたクリスがシェリーを追って部屋中を駆け回る。

「元気ねぇ」
「ほんと。じゃあ俺はシャワー浴びて寝るよ」
「疲れてないでしょうけどお疲れ様」

聖司はコートを手に持ってトレーニングルームを出た。

「あ、待ってくださいセイジさ〜ん」
「ぐあ!」

迫ってきたクリスを足払いでこかせてシェリーも続いて部屋を出た。

「まったくシェリーの奴……」

体についた埃を払いながらクレアに愚痴ついた。

「まだ遊びたい年頃なんだし、同年代の子がいないから嬉しいのよ」
「アイツは二十歳だろ?」
「それでも一番近い年齢よ。それだけじゃないでしょうけど……」
「他になにがあるんだ?」
「………キャリアーでしょ?彼も」
 
普通じゃないという重みは本人が一番身に染みている。どんなに周りが気にせずとも、シェリー本人の障りは完全に解消されない。
そこへ来て、似たような境遇の聖司が拠り所になったとしても、別段おかしいことじゃない。
 
「元々暗い子だったから………セイジに合わせようと必死だけど」
 
もう少し自分を出してもいいのに――――クレアは残念そうに溜息を吐いた。









「あ、セイジさん待ってくださ〜い!」

世間話してシャワールームまで歩いていた2人の後ろから私服を着たレベッカが紙袋を持って来た。

「今日の買出しのときに新しいのが出てたのを見つけたんです。どうぞ」
「ああ、いつもすまないな」
「気にしないで下さい。わたしもそれ好きですから。あとで見せてくださいね」
「あぁ。あ、そういえばこの前のやつは?」
「今クレアさんが持ってます。結構人気があっていろんなところに出回ってますよ」
「なんの話?」

放って置かれてやや不機嫌にシェリーが尋ねた。

「これだよ」

紙袋から出てきたのは雪の降る公園の真ん中で抱き合う男女の挿絵が載っているDVDディスク。

「これ、『冬のヒナタ』の最新巻じゃないですか!セイジさんのだったんですか!?てっきりクレアのだと思ってたのに」
「いや、俺はこういうのは性にあわないんだよ。見てるのはこいつ」

そう言って後ろ首を指差す。

「……………その子がああぁぁぁ!!??」
「以前街頭で流れてたのを見て興味をもったらしいんだ。いつも世話になってるし、情操教育も兼ねて」
「…………そういえばエルちゃんはどうやって見てるんですか?」

不思議に思ったレベッカが問う。

「俺の目でだよ。そんなんだから俺も見る羽目になってさ。金は明日払うよ」

聖司がDVDを紙袋に仕舞う。
レベッカの心遣いが嬉しくて聖司は微笑んで礼を述べた。横でシェリーが少し顔をしかめたのに気付いてはいない。

「はい。まだ仕事がありますから、それじゃあ」

同じ女としてシェリーの変化に敏感に反応したレベッカはすぐにその場から退場した。

「さぁって、今日はもうシャワー浴びて寝るか」

そう言って聖司が欠伸をした瞬間――――。

「あいたたたたた!何?!」

突然聖司は後頭部に痛みを訴えた。言動からわかるように原因はエルだ。

《早く続きが見たい》
「そんなの明日でも」
《…………》

またもキリキリと神経を締め付ける。無論聖司に断れるはずもなく、

「わかったわかった!シャワー浴びたら見せてやるから」

容易く陥落した。さらに、

「あ、じゃあわたしも見に行っていいですか?」
《駄目》
「いいけど、クレアが心配するからちゃんと言ってから来いよ?」
「わかりました」
《………ちっ》

エルはシェリーの意外な申し出に舌打ちした。他人がいると落ち着いて見れないタイプらしい。
一旦部屋に戻ったシェリーはお気に入りの寝巻きと夜食用のスナックを手にとり、『今夜はセイジさんのところで寝ます』とルームメイトのクレア宛てに置手紙を書いて、共同のシャワールームへ向かった。

「♪〜♪♪〜〜〜」
「あら、随分ご機嫌ね」

ドラマの主題歌を口ずさみながら歩いていたシェリーの前に、湯上りしたばかりのジルが通りかかった。

「どうしたの?やけに嬉しそうだけど」
「『冬のヒナタ』の最新巻がはいったからこれから見せてもらうの」
「あぁ……」

ジルはこういう話題はあまり好きではなかった。23歳で特殊部隊の訓練プログラムを終了している経歴から想像しやすいと思うが、一応仕事一筋で生きてきた女だ。
ドラマより銃のカタログ雑誌を見ている姿のほうがしっくりくる。そんな女が甘ったるい異国のドラマを見るわけがない。

「そう。でもそれだけにしては妙に嬉しそうね」
「え!?えっとぉ……買ったのがセイジさんだからセイジさんの部屋で……そのぉ……あ!別にたいした意味はないの。早く続きが見たいってだけで」

ドツボの見本ここにあり。

「……頑張りなさいな」
「…………うん」

ジルの言葉を理解して体中真っ赤にして頷くシェリーだった。










「大丈夫……よね」

聖司のドアの前でストライプの寝巻きをチェックしながら、大きく深呼吸した。

「大丈夫。ただ一緒にテレビを見るだけよ。なにもやましいことなんて……」

そのやましいことを想像してしまい、顔を朱くするシェリーだった。

「……よし」

意を決して聖司の部屋のドアをノックすると少しも経たないうちに聖司が中から出てくる。

「いらっしゃい。入ってくれ」
「お邪魔します」

シャツとジーンズを着た聖司に入れられ、シェリーはすぐソファーに座った。

「コーヒーとジュース、どっちがいい?」
「ジュースでいいです。あ、これ夜食にもってきました」

冷蔵庫からジュース二杯と少し小さいカップにコーヒーをいれて聖司もシェリーの隣りに座った。

「そのコーヒーは?」
「コイツのだよ。こうやって飲むんだ」

左腕に巻きついた触手の先端がコーヒーに浸った。

「コーヒーを飲む寄生体…………」
「飲むというか染み込ませてるというか」
「毛管現象でしょうか?」
「どうよ本人」
《知らね》

ある意味最初の人口知的生命体が、自分のことを知らないのはおかしいと思うだろうか?そんなことはない。
人間すら長い年月をかけて医学を発達させてきた。彼女は自分の資料がなければ知りようがないのだ。

《それよりは〜や〜く!》
「(俗物くさいモンスターだよ、まったく)」

聖司はリモコンを押してあらかじめセットしておいたDVDを起動させる。その途端、体が勝手に動く。エルが主導権を奪った所為だ。
もうあきらめている聖司はドラマが終わるまで、エルの触手をイジイジと弄くり続けた。もちろん意識はドラマに向けられている。

「(早く終わりますように早く終わりますように)」
《うるさいから》









『大きい口だな』
『ふふ、誰かさんそっくりでしょ?』
『誰かさんって?』
『さぁ……』

一面銀世界の公園に備え付けられたテーブルに座り、小さな雪だるまを作っているカップルが映っている。

『あ、貸して』

男が相手の雪だるまを自分の雪だるまに近づけ、木で作られた口同士をあわせた。

『ふふ、キスしてるみたい』
『……いいなぁお前達』

このドラマの本命である主演男優の微笑を雪だるまに向ける仕草を見て、女性が男の頬にキスした。
恥かしいのだろうかうずうずしている女性を抱きしめ、今度は男性が女性の口にキスをした。
こんな砂糖を吐きたくなるような演出が延々一時間も続いて、そろそろ聖司の限界が近づきつつある。

「(眠くはない……眠くはないのに…………なぜこんなに疲れるんだ)」
《黙って!今いいところ!》

シェリーはだいぶ前から聖司の肩に寄りかかり、空ろな顔でテレビを見ている。眠いのか没頭しているのかよくわからない。

「早く終んねぇかなぁ……」
《黙れ!!》
「(ヒデぇ)」

さらに一時間後。ようやくエンディングテーマが流れ始め、聖司は固くなった体をほぐすため伸びをする。

「くぁ〜〜〜。やっと終わった」
《じゃあおやすみ》

後片付けをするなど微塵も思わないのだろう。今まで巻きついていた触手が全てダランと垂れた。

「楽しやがって………。シェリー寝る……とぉ?」

聖司の肩にもたれていたシェリーは小さく口を開けて眠っていた。

「15歳には少しハードな訓練ってことかな」

例え自ら志願したことでも、やはり遊び盛りの女の子ということだ。
聖司はゆっくりシェリーを抱え、ベッドへ運んだ。細い体が軽く思えるのは、化け物になった体の所為だと思いたい。

「ん……」
「あ、起きた?」

シェリーはうっすら目を開けて聖司を見ると、布団をかけてようとしている手を掴んだ。

「…………」
「ベッドのことはいいから。もう寝ろ」

手を離してソファーに向かおうとすると、シェリーはまた聖司の手を掴んだ。

「どうした?」
「…………」

返事が無いのは完全に覚醒してないからだろうか。半分夢心地ということだ。
それにしてはどこかおかしいと思い、聖司はシェリーとリンクした。そこから流れてくるイメージに集中する。




保育所に預けられる小さな女の子。
小学校から帰っては自分で自分の世話をする日々。
誕生日は親から送られてくるメッセージカードとプレゼントを一人で開ける孤独感。
珍しく家に帰って来て、初めて手渡ししてもらったペンダント。そのあとすぐに出て行く母。
化け物の徘徊する警察署で震える時間。
原因不明の腹痛に怯える脱走劇。
襲ってくる化け物。
保護された後誘拐されての監禁生活。
唯一信頼できる大人に救われても、トラウマのせいで周りに溶け込めない。そんな自分を嫌い、しかし変えるだけの勇気が持てない自己嫌悪の連鎖。
 



「(特殊な事情か………俺よりよっぽどハードじゃねぇか)」
 
不幸は差も程度も曖昧で、受け取り方の違いで捉えは大きく変わる。シェリーは心を傷つけられ、聖司は心も体も傷つけられた。
プレゼントをくれるだけの優しさは持っていた両親。
蔑まされた記憶しかない人生。
 
聖司にとって天国のような環境も、幼いシェリーには地獄だったろう。
 
聖司はベッドに横たわり、シェリーの頭を胸に抱きしめた。
似ている。それだけが寄りかかろうとする心を支える理由。
唯一つ、決定的に違うものがあるとすれば、

「お前には……もう家族がいる」

ここではだめだと、彼は暗に言う。

《…………》










「ん………」

ゆっくり目を開けて周りを確認すると、聖司に抱かれていることに気付いた。

「えっと……あれぇ?」

現状を理解して顔が赤くなる。

「ん〜〜」
「え?セイジさん、あの」

少し身じろぎをすると離れそうになったシェリーの体を、再度自分の方へ引き寄せた。

(……まぁいいか)

心音を子守唄にして、シェリーはもう一度目を閉じた。抱き枕扱いも悪くない、そういう夢を見ながら。







その日の朝、大量のテーブルが並べられた部屋は朝食を摂りに来た人たちで溢れていた。その中にいるカルロス、ジル、レオン、クレアの目はある人物に向けられていた。

「……………」

皆の視線に気づかずシェリーは目の前のテーブルに置かれたサラダをフォークでつつきながら、なにが面白いのか知らないが時々顔が笑っていた。

「おい……どうしたんだシェリーの奴」

小さな声でカルロスがロールパンにスクランブルエッグとベーコンをはさみながら、コーヒーを飲んでいるジルに聞いた。

「さぁ。なにかいいことでもあったんじゃないの?」
「ふ〜ん。クレアはなんか知らないのか」
「昨日部屋にセイジのところで寝るってメモがあったのよ。だから多分……。自分を出せとは思ってたけどねぇ」

そう言ってクレアたちは厨房でお握りと厚焼き玉子を作っている聖司に顔を向けた。やることをやっていたら心労で頭が痛くなっているところだ。
フライパンを振って半ば形が整ってきた出汁巻きを宙に舞い上がらせ左手に持った皿に見事落とす。
日本食が珍しいのか、周りにいた見物客が感心した声を漏らした。

「手の早い奴」
「多分違うわ」

料理が出来上がったらしく、皿に二つのお握りと一口サイズに切った卵を皿に乗せて聖司が席についた。

「おはようございますセイジさん」
「ああ、おはよう」

新調した強化コートを着た聖司と軽い挨拶を交わして談笑する。

「…………なんだ?」

横からじーっと見られてたまらなくなった聖司が問う。

「いやぁなんかいい雰囲気だと思ってな」
「いつもと変わらないだろ」
「そうかしら。そういえばシェリー、昨日セイジの部屋でなにしてたの?」
「一緒にドラマ見てただけよぉ」
「それだけにしてはなんか嬉しそうじゃない?隠してないで白状しなさい〜」
「う……」

顔を赤くしてうつむくシェリー。それとは反対に何一つわかってない聖司は怪訝な顔をしている。
そのまま食事の時間が過ぎると、どこか間違ったチャイムが鳴った。

【各隊の班長は十時までに作戦室へ来てくれ。繰り返す各隊の班長は十時までに作戦室へ来てくれ】

基地内アナウンスからクリスの声が流れる。

「なにか見つかったのかしら」
「行きゃあわかるよ」

食事をその場に置いてシェリーと聖司以外の四人が席を立った。

「これ食ったらトレーニングルームな」
「はい」

班長じゃなくてよかったと思うシェリーだった。
なれるわけがないのにホッとしている様は滑稽というべきなのだろうか。








「エジプトぉ!?」

トレーニングルームの端で荒い息をついて仰向けに倒れているシェリーと、汗を拭いている聖司にレオンとクレアが報告しにきた。

「ずいぶん……遠い……ね……ぜぇぜぇ」

どんな拷問モドキの訓練を受けたのか、シェリーの息は一向に整う気配が無い。逆に聖司はケロっとしている。

「民間の情報を調べてもらったものよ。三日後に出発するわ」
「やけに急だな。なにか理由が?」
「砂漠の中心へ定期的に用途不明の大量の荷物が運ばれているらしい」
「それに便乗するってことか。誰が行くんだ?」
「バリー以外の班長とあなた達2人。それとサイカ・フォース777とGIGNね」
「ずいぶん縁起のいいそれってなに?」
「エジプトとフランスの対テロ部隊」
「対テロ部隊が出るなら俺らいらねーんじゃねーの?」
「あくまで、『フランスのテロリストがエジプトで非合法の研究を行っている』を前提にして、合同強襲しようってことだからな。向こうが出るのは俺たちが基地を制圧した後だ。あくまでSTARSは非合法の警察組織だ、合同強襲するわけにはいかない。それにBOWのこともある」
「餅は餅屋……ねぇ。そういえば、なんでSTARSは非合法やってんだよ」
「なにか問題でも?」
「いや……気になっただけ。しかし…エジプトかぁ」
《……ピラミッド……スフィンクス……カメラ用意しといてね》
「(観光じゃないんだぞ)」













インターミッション

「あ〜疲れた。セイジが来てから急に騒がしくなった気がするのよね。それじゃあ行ってみようか」


G−ウィルスについて。
 
シェリーの父親、ウィリアム・バーキンが開発したウィルス。
死人を蘇らせることができるという謳い文句がある割には生き返らせたことがなく、お約束のように化け物し
か生み出していない。しかもこの化け物は性質が悪い。
t−ウィルスとは違った意味で進化を促すけど、適応というより対応と言った方がしっくり来る。
おかげで出会うたびに大きく凶悪になっていくから………っと、話がずれたわね。
感染した人の細胞を徐々にG−生命体に変えることから、レベッカは乗っ取るウィルスって皮肉を言ってたわ。
まさか碌な殲滅手段を確保しないまま使うなんて思わなかったけど。


セイジの武器について。
 
『使い減りしない』『絶え間なく撃てる』『銃弾では壊れない防具』『それだけでタイラントぐらいは倒せる武器』
この4つをコンセプトに作られた(もしくは発注した)のが例の武器。
『叩く』が主な使い方だけど、杭状になってるから、思い切り刺せばタイラントぐらい倒せると思う。
グラディウスのほうは…………これは注文になかったけど、材料が余ったからカルロスがついでに作ったらしいわ。
形も本人の趣味みたいだけど、セイジは気に入ってたみたい。男ってああいうの好きね。


冬のヒナタとかいう物について。
 
何か言いたいことでも?


サイカ・フォース777とGIGNについて。
 
サイカはエジプトの対テロ部隊。GIGNはフランスの対テロ部隊。普通はこんな合同強襲なんて絶対しないんだけど、それだけアンブレラが脅威であることが伺えるってわけ。それだけじゃないでしょうけど……。


STARSが非合法組織のことについて。
 
組織の元は反アンブレラ組織で、それを兄さんが警察の一部に加えたのよ。
イギリスじゃ早いうちからアンブレラのことを調査してたんだけど、なかなか尻尾を掴めなかったワケ。逆に、組織は情報を掴んでもそれを利用する方法が無かった。そこで兄さんが取り持って、組織に警察の権限を与えた。ただし、いかなる状況になっても警察と組織は別物であり、例え一方が互いの関係を誇示したとしても、もう一方はそれを関知しないことが条件。つまり私たちが掴まってイギリス警察の人間だと言っても向こうは知らないふりをする。
代わりに私たちは物資を補充してもらうって寸法よ。
ちなみに、STARSには実戦部隊と経理部隊がいて、実戦部隊は言うまでも無く人質とデータの奪還を目的に、経理部隊は経済的見地からアンブレラの動向をさぐるのが目的よ。
最も、私はそっち方面じゃないから詳しいことはわからないけど。



他の部隊、しかも国が違う特殊部隊と合同で捜査(事実上は強行捜査)なんて前代未聞よ。ましてやBOWに慣れてない素人。居ないほうが楽なんだけど、手柄とかそういうことが絡んでるからアッチも必死なのよね。
そういえばセイジも初任務ってことになるわね。来たときはゴタゴタしててあまり気にしなかったけど、この作戦で実力の程を見せてもらいましょうか。
頑張りなさい、ルーキー。