「馬鹿な!」

また成功しなかった。2ヶ月前から実験を開始して、成功とは程遠い結果がレポートに羅列している。
どれも同じ内容で埋め尽くされ、減っていくのは時間とサンプルの数ばかり。

彼女自身、計画の成功を信じて疑わなかった。少々遠回りと言える手段を用い、自分でサンプルの成功を確かめてまで労力と長い時間を掛けて準備してきた計画が水泡に帰そうとしていた。

何故駄目なのか――――何度考えても答えは得られない。考えるだけ時間が削られていくだけだ。
成功しているはずなのに――――計画の成功を信じたのは成功例がいるからだ。

しかし結果は目の前に山積みしている、失敗が綴られたレポート。対して、別の報告書には自身が望んで止まない結果が記されている。
拘る必要はないと自身が言った言葉が、皮肉にも自身の行いで覆してしまった。

「頂は一つとでも言うのか………」

このまま無駄な浪費を続けるわけにもいかず、なにか手を討つ必要がある。彼女には誰もが考えるような単純な方法しか残されていなかった。










エジプトから帰って一週間。クリスは自室のパソコンで今回の作戦の結果報告をした。
ジャック・ハミルトンを始めとする国連内偵調査官や先の特殊部隊が所属している所の責任者などが画面に陳列している。

『今回も研究所の確保は無理だったか』
『こちらの襲撃は予想されてたようですから仕方ないでしょう』
『データの解析はどうかね?』
「現在解析してるだけで分かっているのは、BOWの研究データと出荷データだけです」
『出荷?すでにどこかで使用されているということか』
「そういうことになります。おそらく内政の安定しない中東、アフリカあたりではないかと」
『ふむ……では引き続きデータの解析はそちらに任せる。こっちも内通者の調査を続けよう』
「了解しました」

クリスが画面に向かって敬礼すると画面のいくつかが通信を切った。そこに今まで会話に参加しなかったフランス特殊部隊(GIGN)総責任者のハロルド・パーカー局長が口を開いた。

『クリス君。以前報告されたセイジ・カサヅカについてだが、彼の身柄をこちらで預からせてもらいたい』
「その類の要望はしないと確認したはずですが?」

聖司の特殊性は言うに及ばず。いくらSTARSと共闘していても各々が独自に動いているのは確認せずともわかることだ。現状を打開するために調査する数は多いに越したことは無い。
出資してもらっているということもあり、クリスはその辺りを強く言えないのだ。

もしここでハロルドの要望にYESと答えたら、他の施設にも貸さなければならなくなる。
贔屓や待遇の違いは、今最も避けねばならないことだから。
画面の男もソレを知っているはず。

『今回うちの部隊がBOWにまったく無力だったと報告を受けている。こちらとしてはそんなことではいかないのだよ。そこで、彼と共同訓練を行いたい』
「彼をBOWとして扱うつもりですか!?」
『戦うのは君達だけではない!個人でBOWと同等の戦力を持っているのなら模擬戦を行うには申し分ない』
「ですが!」
『友の仇を討ちたい者も一人や二人ではないんだ。分かってくれ。それに対テロ部隊でこのような結果では、世界中に支社をもつアンブレラにSTARSだけで対処しなければならなくなる。それができるのなら私も何も言わないが……それは不可能だ』

アンブレラの支社は世界中にある。万が一BOWによる事件が起きたとき、入国手続きや武装許可を得るのにどれだけの時間がかかるか。先日のエジプト戦も、GIGNとサイカフォース777を隠れ蓑にして行えたのだ。
そういう意味で、同志が増えるのは歓迎されるのだが、今回は勝手が違った。

嵩塚聖司がBOWであることは、今クリスと話しているハロルドを含めて、画面に映っていた者全員が知っている。これは最低限知ってもらわねばならない事項で、テレパシーに関しては今のところクリスのグループしか知らない。
その報告の際、大きく分けて次の案が出された。

BOWとして証拠にするか。
被害者として証言台に立ってもらうか。

一見人間として見るかバケモノとして見るかの違いに見えるが、中を開けばどっちも内容は変わらない。
被害者として見るなら、STARSから離れて信用できる医療機関に預け、人の尊厳を取り戻すために、一刻も早くエルを摘出し、体を元に戻す必要がある。
同時にBOWを調べるうえで、これ以上に無いサンプルでもある。治すという名目で可能な限り調べつくすだろう。

BOWとしてみることも、結局調査という名目で可能な限り調べつくすだけの話しだ。どちらも命の保障がされているものの、聖司が日本へ帰れる可能性は少なくなるだろう。生憎日本はSTARSの息が掛かっていない。
約束のこともあるが、色々有用なモノを持っている彼を調査という名目で拘束させるのは忍びないと考えたクリスは、事前調査という名目で手元に置くことを彼等に了承させた。

ところが先日のエジプトで思わぬ失態を犯してしまった。エルというもう一人の被害者を見せてしまったのだ。
そして2人は戦うところを見せている。部下の報告だけで知ったハロルドには、魅力的に見えたのだろう。

「…………私個人で決め兼ねます。本人を交えて相談させてください」
『吉報を期待している』

そう言ってハロルドも通信を切る。
最後に残ったのは、ラクーンシティにいた頃からつながりのあるジャック・ハミルトンだけだった。

『あまり気にするな。単にいこじになってるだけだ』
「はい」
『そっちの被害は?』
「幸い死者はいません」
『それはよかった。これからも頑張ってくれ』
「はい」

ジャックの通信が切れ、クリスはドカっとイスに座った。
どうやって言い出そうか、それに対する周りの反応をどうするか。クリスは思案し続ける。








12月23日 

様々な地域がクリスマスの準備で賑わうこの日、STARSの基地も例外ではない。
盛大に賑わうわけにはいかないが、軽い祭り的な雰囲気が基地内に漂っていた。
食堂に入ればサンタやトナカイの飾り物が貼られ、廊下を歩けば明日明後日の過し方を相談する男女。

「(いいな。人間、やっぱりこういう雰囲気を堪能するべきなんだよ)」

その廊下を、痛々しいギプスをはめた足をしっかり地面につけて歩いている男がいる。人の心を敏感に触れることが出来る彼には、言葉を盗み読まなくとも感じ取れるものがあるらしい。

「ハァイ」
「オイッス」

そこへ大量の資料をキャリアで運んでいるクレアが通りかかった。

「まだ一週間しか経ってないけど、もう治ったの?」

例えヒビが入ったとしても、骨の異常は長くて3週間以上固定しなければならない。だというのに一週間しか経っておらず、リハビリもしないまま普通に歩いている姿を見せられたら、心配より先に疑いが出てくる。

「昨日エルが『もう使えるよ』って言ったから、歩いて見たらマジだった」
「あんた、一回しっかりした所で調べてもらったほうがいいんじゃない?」
「だったら紹介してくれよ。こんな体でも診てくれる所をさぁ」
「ごめん、私が悪かった」

それが出来ていればSTARSを頼っていない。暗に彼はそう言う。

「こんなときも仕事してんのか?」
「元々事務は仕事の後に出来るから。それでもこれで2割ぐらいよ。残りは全部別のグループがあたってるの」
「サイバー班だっけか?ここじゃシェリーとレベッカが………って、これ全部アイツ等だけでやんの?!」
「人手不足なのよ」

そこが大々的に募集ができない非正規の辛い所だと、彼女は言う。ましてや15の少女が現場と事務を引き受けているのだから、手伝おうと思うのは当然だろう。

「大変だよなぁ」
「トップが筋肉で出来てる分、なおさらね」

そう言ってクレアは荷物を押して去った。
クリスマスの雰囲気を堪能していた聖司は、聞かなきゃよかったと後悔しながら医務室へ足を運ぶ。

「…………いったいどういう身体してるんでしょうかね?」
さっき撮り終えたレントゲンのフィルムを見ながらレベッカが困惑を込めた声で聞いた。ライトに照らされているフィルムには骨折跡は消え、他の部分より若干太くなっている。
やはりタイラント並の再生力が備わっている証拠だ。それを踏まえて一ヶ月で治ると断言したレベッカだったが、まさか4分の1の日数で治るとは思わなかった。

「その口ぶりからすると、もうギプスは要らないんだな」
「ええ。今切りますから……」

待っててください―――と言う前に聖司は素手でギプスを壊した。

「どこに捨てる?」
「…………そこの不燃物入れでいいです」

器具を取りに行こうと立ち上がったのだが、それが無駄となったのでそのまま2人分のコーヒーを煎れて戻ってきた。

「砂糖は?」
「二杯、牛乳無しで」

注文通りに砂糖を入れて聖司の手渡すと自分の分も煎れてイスに座った。

「今度の買出しはいつになる?」
「今日の午後です。クリスマス用の食材とかは今日明日中じゃないと安く手に入らないんで。……なにか入り用ですか?」

唐突に聖司が尋ねてきた内容にレベッカは首をかしげた。

「ああ、個人的な奴だから一緒に連れて行ってくれないか?」
「かまいませんけど。じゃあ1時にガレージへ来てください。許可証は一緒に出しておきます」
「あんがと」

基地から出る際は誰であろうと届けを出さなければならない。これは所在を明らかにする理由以外に、アリバイにもなる。
以前ジルが語ったように、顔や身分は単純に偽装され、利用される。何度もできないことではあるが、いつ起こるかわからない罠でもある。そのためクリス本人すら勝手に出歩くことはできない。
聖司に関しては別の理由もある。が、その理由は語るのもばかばかしい。

「ごっそさん」

コップの中を全て飲み干して、聖司は自室に財布を取りに行った。
彼の足音が遠ざかったのを確認して、すぐに紙コップを回収し、ウィルスの有無を調査するマシンにセットする。その間に彼が触れた物や周りの空間に殺菌剤を撒いた。
唾液、汗の一滴にどれだけ危険があるのか。検査では問題が見つからないからと、医務室以外ではなにもさせていないが、清潔を保たなければならない場所ではそうもいかない。

「(人でなし……だなぁ……)」

一通り薬剤を撒いた部屋で、自身の頭をコツンと叩く。こんなことはしたくないと思っていても、最悪の事態を防ぐためには止むを得なかった。











「そうやってると仕事が恋人って感じだな」
「ほっとけ」

自室の途中にあるトレーニングルームから人の気配を感じ、皆が浮かれているこの時期に誰が使っているのだろうかと、聖司は中に入ってみた。
彼の予想に反してカルロスと、その他の隊員が3人4人トレーニング機と戯れているだけで、女っ気が微塵も無い。

「だいたい野郎の数に比べて女が少なすぎんだ。この前補充された十五人の内、女はたったの三人だけだったんだぜ?何が悲しくてクリスマスのこの時期にトレーニングルームで良い汗かかなきゃならないんだよ」
「まだフリーの奴がいるだろ?ジルもクレアもそんな話は聞かないし、レベッカだって……」
「あいつ等が相手にするわけねぇだろうが」
「いっそのこと二次元に逃げちゃえよ」
「うるせーよHENTAI日本人」

2人の会話を聞いていた数人は涙を流しながら黙々と器具をを動かしていた。やはりこういう職場は出会いが少ないのだろう。当然のこととは思うが。

「あら、2人ともここだったのね」
「セイジさんここにいたんですか?」

そんな男の園に入ってきたのは胴着姿のジルとシェリーだった。豊満な色気を撒き散らす2人に聖司とカルロスは軽く挨拶をする。

「ちょうどよかったわ。どっちか相手してちょうだい」
「俺々。今ならベッドの中までお供するぜ」
「じゃあセイジでいいわ」
「ああ嘘々。軽いジョークだよ」
「あんたが言うと冗談に聞えないのよ!」

不真面目な言動に怒りながら二人は畳の中央で組み手を始めた。柔道や空手という形に拘らず、様々な格闘技を駆使して右へ左へ動く。

「セイジさんは明日予定あります?」
「いいや、特に無いけど」
「あ…じゃあその…皆で一緒にパーティーしますから参加してくれませんか?」
「誰が参加するんだ?」
「バリーさんや他の人は家族に会いに行ったりとか町に出かけるみたいですし、あとレオンは用事で出るからだいたい20人くらい」
「まぁそのメンツなら」

基地にいる人数の半分といったところだろうか。

「この時期になると大体こんなもんなのか?」
「ちゃんと給料払ってますから。使う機会がないと寂しいじゃないですか」
「ごもっとも」

当然シェリーや聖司にも給金は出されているものの、外に出歩く機会が少ないため手付かずになる月もある。通販という居場所を特定される行為は論外だ。
結果、外出許可が出た身内に頼むことしかできないが、それも頻度は少ないため、STARSの隊員はそこそこ小金を持っている。
一応代行してくれる協力者はいるものの、マジメに戦おうとしている時にアニメだのDVDだのを頼むのは気が引けた。

「この馬鹿!!」
「Oh yes!!」

顔をあわせずに会話していた2人の目線は、ジルに投げ飛ばされるカルロスに向けられている。

「痛そ〜〜」
「どうせまた怒らせるようなこと言ったんだろ」

受身を取れずに背中から叩きつけられ悶絶しているのを観戦していたギャラリーが医務室へ運び出す。普段聖司の力加減が拙い所為でクリス等を運ぶ機会が多く、こういう有事の連携は手早い。

「次!誰か来なさい!」
「シェリー行ってくれ。俺はこれから町に出かけるんだ」
「はい」

2人に軽く手を振って聖司はトレーニングルームから出て行った。













「……あ〜も〜、またかよ」

自室に入ってまず目に入ったのは、服を脱ぎ散らし、聖司のベッドで全裸で寝ているエルだった。
しかし生憎、この状況は彼等がやましいことをした後というわけではない。なぜなら今日、彼が部屋を出る寸前まで、彼女は服を着ていた。

まずはエルが聖司の部屋に居る理由から語ろう。

パスポートどころか戸籍すら見つからない少女を、なんとか密入国させてホームに帰ることが出来た聖司は、シェリー以下他の女性隊員からエル用の衣服を買収し、倫理的問題から別々の部屋で過ごそうとした。

「あれ?あたし一人にしていいの?」

という、どこか脅迫めいたことを言うエルが怖くなった聖司は、彼女なら大丈夫だろうと高を括って一緒の部屋に住むことになった。
その際レベッカから、

『精神衛生上よくないことがおきますから……覚悟しててください』

という忠告が出たが、何故か詳しく語らなかったため、訳がわからないと頭の片隅に置いていたら、一緒に暮らして一週間も経たずにその意味を理解した。
まずエルには人としての概念があまり無い。それは当然として、問題は口調こそ女のそれなのだが明確な区別は出来ていないことだ。

人の体を清潔に保つために入浴や排泄は必要不可欠。知識として男女の体の違いを知っていても、それがどうしたと言ってシャワールームやトイレに入るなどして大慌てしたこともある。聖司の体液にウィルスが紛れている可能性を考えて個別にしていたのが幸いし、他の隊員の目に着くことは無かったが。
さすがに言えば理解するだけの頭は持っているため、わずかな期間で改めることはできている。

ただしそれで解決したわけではない。

彼女が言うには服は鬱陶しいらしい。宿主の体を守るという意味でガチガチの装備をしていた割に、自分の事に関しては随分ズボラだった。好き勝手に使える体がある故の我が侭だが、二次成長期を迎えている体を素っ裸で歩き回らせることができるほど、この部隊は聖人の集団ではない。
万が一スパイが居て妙な噂でも流されたら、紛う事なき致命的打撃を負うこと請け合いである。

説得するまでもなく、皆が困るという理由で服を着ることを承諾したものの、言質を逆手に取って自室―――つまり聖司の部屋では自由にしている。
そんなわけでエルは基本的に禁止事項を逆手にとることもしばしば。

昼はともかく、夜はエルにベッドを使わせて聖司がソファーで寝ているが、一旦寝たのを確認してわざわざベッドに運んで添い寝するまど日常茶飯事。
レベッカの宣言通り、聖司にとって精神的に辛い日々が続き、こうやって裸体を見ても何の反応も示さなくなった聖司はそろそろ末期なのかもしれない。
だが同情の声は一切無い。
カルロス曰く「あたりまえだ!!」だそうな。

「エル、おい」
「ん〜〜〜………」
「起きろ」

ペチン!と本体であるムラサキ色の物体を叩く。

「痛ぁ!」

痛みで軽くのたうち、叩かれた本体(自分)を抑えながら勢いよく起き上がる。

「服は脱ぐなと言っただろうが」

ベッドの隅で丸まっている毛布を取ってフワリと頭から被せる。エルは両手で剥ぎ取るとムッとした顔を聖司に向けた。

「な、なんだよ」
「………………」
「?」
「………最近冷たくない?」

そっぽを向いて呟く。

「……どっかで見たことあるぞ、そんなシーン。ドラマの真似だろ」
「『そんなことないよ』とか『あぁ、ごめん』とかさ〜、わかってるんなら言ってよ」

いかにも残念そうに抗議する。しかし面倒くさいと思った聖司は軽く無視する。しかしシチュエーション真似をするということは、例のドラマは情操教育としてそれなりに役立っているらしい。

「これからレベッカと町に行ってくるから土産はいるか?」
「やっぱり冷てぇ。なんでもいぃや〜い」

ふてくされて毛布に包まるとベッドの端に転がっていった。

「一応カギはかけていくけど、出るときはちゃんと服着ていけよ?」

エルは返事代わりに毛布から触手を出して振った。まるで猫のような仕草に苦笑いし、外からカギをかけてガレージへ向かった。
いつものコートを着て冷え切ったガレージでレベッカを待つこと数十分。

「すいません。カルロスさんがなかなか放してくれなくて」

約束の一時を過ぎて、30分後に息を切らせたレベッカがガレージに入ってくる。そのまま車に乗り込むとすぐに道路へ出た。
帰宅ラッシュを避けなければ帰りが大幅に遅れるため、舗装どころかガードレールすらない崖道を猛スピードで駆け抜けていく。

「またナンパか」
「作戦中は頼りになるんですけどね〜」

長い山道を二人は世間話で暇をつぶした。

「エルちゃんどうです?」
「相変わらずスッパだよ」












以前ジル達と寄った小さな町の、割と大きいデパートの駐車場に車をとめて、レベッカは早速食品売り場に足を運んだ。小さな町と言う割にたくさんの親子連れが羊肉やら七面鳥を物色している。

「えーっと、ホイップクリームにイチゴ、砂糖とチョコにカラメルが……唐辛子……をワイン……で……アルミホイールして……」
「なに作るつもりだよ」

何か呟きながら商品をトレイに放り込むレベッカを見て聖司は聞こえないように呟いた。
そのままレベッカに付いていきながら、何か無いかと周りを物色する。すると小さい袋が陳列する棚の前で立ち止まって、商品の一つを手に取った。

体が変わってから妙に腹が減るようになり、この手の栄養剤は彼の生活で欠かせないものになっている。普段から人並み以上に食べてはいるが、それでも足りないのだ。結果、本来なら百貫肥満体になってもおかしくない栄養を日々摂取している。
彼が注目したのはなんの変哲も無いサプリメントだが、製造会社は、

「アンブレラ………」

ADRAVILやSAFSPRINといった家庭用薬品に混じって、とうとう健康食品にまで手を出し始めていた。
それだけじゃない。ガーデニングフロアに行けば植物成長剤にもアンブレラの名前があり、特殊なところでは日曜大工用の大型工具にまで、アンブレラの名前はそこかしこに散らばっている。
CM、通販、インターネット。全ての情報媒体に現れる彼の名前を知らない者はいない。世界的に有名……それは世界が安全を保障していることに他ならず、一部の事実が心地よい嘘で覆い隠されて誰も疑わない。今ここでアンブレラの正体を叫んでも、阿呆の戯言だと誰も信じないだろう。
例えラクーンシティのような悲劇がこの街で起きても、前例のように全て消されるのがオチだ。

「連中もそんなに馬鹿じゃない」

いつの間にか横から覗いていたレベッカが商品を横取り、裏に最低限表示されている内容物をチェックする。

「表向きと呼ばれている研究所にt−ウィルスが持ち込まれることはありません。精々ウィルスを活かすために作った薬品を再利用する程度です」

何億ドルもするウィルスをこんなことに使いませんよ―――そう言って彼女は陳列棚に商品を戻した。

「買わないのか?」
「劇薬が1・2つ入ってます。私が作ってるもののほうが安全、確実ですよ」

法の網目を掻い潜るのは表も裏も変わらないらしい。






「174789コルナです……」
買い物籠が計10個に及ぶ商品のバーコードを読み取るのは、いささか拷問だったらしい。腕をプルプルと痙攣させている店員は、有り得ない数字を読み上げてようやく一息ついた。
コレだけの金額ならクレジットカードで、すぐ精算するだろう。もう金を数えることすら億劫になった店員はそそくさとレジスターを操作して、カードを挿す準備を整えた。

「現金で」

そして店員は倒れた。

「車まで御運びしましょうか?」

流行の財布から札束を取り出すと、別の店員が会計を済ませ、ついでに買い物袋に詰めるのも手伝ってくれた。

「大丈夫です。頼りになる連れがいますから」
「でもこんなに……」

店員がもう一度袋の方を見ると聖司が両腕に巨大な買い物袋を抱えていたので唖然とした。

「あ…えっと…これは当店からのクリスマスカードです」
「どうも」

出口に向かう二人に店員があわててカードを渡した。その後二人は小さな町の些細な伝説となった。

「この後どうしますか?」
「近くのブティックに寄ってくれ」

食料を車に積み込むと町唯一のブティックへ車を移動させた。

「誰に贈るんですか?」
「あの露出狂に決まってんダーロ」

カランという音をたてて聖司はドアを開いた。すぐにビシッと決めたスーツを着た店員が二人を歓迎した。

「いらっしゃいませ」
「女物の革製の服を見せてください」
「かしこまりました。そちらの方は?」
「あっちで適当に見てます」

店員に案内されて聖司は奥に行き、レベッカは辺りに陳列されている服を見始めた。改めて考えると、ブティックに入ってじっくり服を眺めるのはラクーンシティ以来ということを思い出し、久しぶりのウィンドウショッピングを堪能することにした。








それから一時間。

「ん〜〜〜イマイチ」

右手に持っていた黄色のブラウスと換えて左手の白いスーツを肩に当てて鏡の前に立った。

「……もうちょっと…………」

とかく女というものは難しいものである。
持ち出した服を元に戻し、一通り物色した列から別の列へ移動した。同じ列の遠くで聖司と店員が服を選んでいた。

「だからよくないって言ったのに」

自分の忠告を無視した報いを受けている聖司に、ただあきれるばかり。
なまじ中途半端に人間扱いするからこうなる。犬が服を着ないように、エルだって服を着る義務なんか無い。
別にレベッカはエルを犬や猫のように扱っているわけではない。彼女が服を着るという当たり前の考えを持たないとわかっているからだ。
情操教育のために買ったDVDは肝心なところで役に立っていないらしい。

「あ……」

自業自得っぽいけど――――と、同情はしつつも助ける気がない彼女の手が止まった。ハンガーを掻き分けて引っ張り出したのは、濃緑の細い毛糸で作られた無装飾のセーター。
昔から緑色の服を好む彼女は、当然のごとく気にいった。

「ん……悪く…ないかなぁ」

鏡の前でポーズをとると割と似合うことに満足していた。

「それがいいのか?」

居妻に来たのか、鏡の横から顔を出した聖司が問う。

「え!?え、ええ。まぁ」
「じゃ、それも買うか」
「えぇ!?そんな悪いですよ」
「いや……なんつーか、お疲れさんだから」
「??」

レベッカからセーターを奪い取り、そのままカウンターへ持っていって勘定を済ませた。

「よいクリスマスを」
「ありがとう」

何着か詰めた手提げ袋とレベッカのセーターを、入れた包みと共にクリスマスカードを受け取って二人は店を出た。

「俺の用事は終わったけど、他に何かあるか?」
「ん〜〜……特にないですね。帰りましょう」

日が傾き始めたのを確認してレベッカは基地へ車を走らせた。



2人の乗った車が交差点を通り過ぎて、信号が変わらないうちに一台の黒い車が静かに後を追ってきたのを、彼等はまだ気づいていない。










山道に入った頃、すでに日は沈んでちらほら雪が降り始めていた。舗装されていない道を走る車は二つ。

「ここからじゃ顔は見えねぇな」

バックミラーを動かして車内にいる人間の顔を覗こうとするも、ライトを上向きにしている所為でよく見えない。

「このまま家まで連れて行くのも手ですよ?囲めばそう簡単に逃げられません」
「そりゃそうだが…………シェリーに会わせたくないんだ」

トラウマの元凶にわざわざ鉢合わせる必要はない。シェリーの心境を知っている聖司は基地に着く前に処理することを強調した。
逆にレベッカは捕らえるか仕留めるか、どちらかにしておきたかった。相手が誰だかわかった以上、ただで相手をするわけにはいかないからだ。

しかし人情を考えると、やはりシェリーに会わせないのが妥当ということで納得し、アクセルを緩めた。
交差用に作られた幅のある道に差し掛かった途端、2人を乗せた車が止まり、習うように後ろの車も距離をあけて停止した。

レベッカはドアを盾にして銃を構え、聖司は素手で車の後部に移動する。
同様に追跡車からコートを着た男がヘッドライトの前に立った。

「銃を下ろしてくれないかなレベッカ君。今日は話をしに来ただけだ」

ライトのせいで顔が確認できないが、その声は予め知らされていたモノとピッタリ一致している。

「どうしてここに来たんですか?」
「ん?もっと驚くかと思ったが」
「驚いてますよ、この上なく」

そう言いながらレベッカの銃は常に人影の心臓を狙っている。

「銃を下ろしていいレベッカ。本当に話をしに来ただけみたいだ」
「………」

聖司の言葉にレベッカは素直に従った。ここで難癖を付けられて貴重な情報を得るチャンスを逃したくない故の、苦渋の判断だった。

「すまないね。銃を向けられると気になって仕方がない」
「たかだか9パラでやられるほど軟弱じゃないだろ?」
「それとこれとは別だ。自己紹介は必要かな?」
「元ラクーンシティ特殊部隊STARS隊長兼元アンブレラ・ラクーン支社諜報員アルバート・ウェスカー」
「今は」
「今はHCF強化人間実戦部隊隊長…か?」

サングラス、そしてライトの光で表情は見えないが、アルバート・ウェスカーは驚いた。

「………ほう。HCFだけでなく、私の所属まで知っているとは」
「有名人は大変だな」
「なに、君に比べたら微々たる名声だ。アンブレラの研究施設一つを単独で壊滅し、寄生体を有しながらも自我を損なわぬ未知の男。我々の所でも持ちきりだ」
「そりゃ光栄なこった。それで?」
「端的に言おう。私に就く気は無いか?」
「なにを!?」

ウェスカーの爆弾発言にレベッカは驚愕する。しかし言われた当の本人は至って涼しい顔で受け止めていた。

「ネメシス……NE−α型やネメシスt型の存在はすでに裏では有名だ。様々な国や企業がそのデータの収集を血眼で行っている」
「アンブレラに対抗するためさらに優良品を造る。アンブレラはさらに優良品を造る。トカゲの尻尾切りだな。際限がねぇ」
「そんな狼のうろつく森に君と言う赤頭巾が迷い込んできた。t−ベロニカとは違う形でt−ウィルスと共存する方法というバスケットを持ってね」
「赤頭巾は優秀な狩人を連れてるぜ?」
「狩人の獲物が狼だけと思っているのか?バスケットのワインは極上なんだぞ」
「そんな!!」
「考えても見ろレベッカ君。三年前のあの時点で合衆国はGウィルスを奪取しようと動いていた。そして私が知ってるだけでも10以上の組織がBOWの精製に着手している。これが互いにとって何を意味するか」
「少なくとも…既製のタイラントやハンターでは戦力にはなっても抑止力にはならない?」
「その通り。だから互いに革命的な商品をだそうと躍起になっている。そのカギを握るのがセイジ・カサヅカというわけだ」
「セイジさんが?」
「………」

ウェスカーは一度話しを区切るとサングラスをかけ直す。

「知っているだろうがBOWのほとんどは知性が無い。もっとも使えるネメシス−t型でさえ使えるように調整するにも多大な時間と費用がかかる。しかも、いくら知性が向上したからと言って臨機応変というわけにはいかない。戦場においてそれは致命的だ」
「人を殺すんなら銃のほうがよっぽど役に立つ。生物兵器自体役に立たねぇしナンセンスってことじゃねぇか」
「それは違う。BOWが作られるまでは生物兵器は細菌を利用したものが主だった。つまり目に見えない、破壊しない。これが生物兵器の利点だった。代わりに汚染され、除菌にも多大な時間と費用がかかる。しかしBOWは人間以上が人間と同じように戦う。このスタンスこそ誰もが求めていたものなんだよ」
「それで、あんたのように人間並の知性を手に入れれば言うこと無しか?」
「私の例だと成功率は低い。だから世界は君のように寄生体で手軽に手に入る力を欲している」
「手軽に手に入る?」
「昔と違い、NEシリーズの培養はタイラントを作るより簡単だ。製造、教育、寄生対象の広範が成功すれば短い期間で最強の一個大隊ができる。君が思っている以上に君の存在は、実に魅力的だ」

NE−L型はそのうち2つを攻略している。最大のネックは教育して知識を植えることだが、それはBOWに限っての話しで、人間がそのままBOW並みの力を持てば教育は必要ない。今の聖司のように。

「それでSTARSや他の組織に渡るぐらいならHCFに来いと?ふざけんなや。わざわざ実験されに行くほど俺はお人好しじゃない」
「勘違いしてもらっては困るな。私は君のためを思って提案している」
「話を聞く限りじゃとてもそうは思えませんが」
「もし、アンブレラを潰すことが出来たとして、彼の処遇はどうするつもりだ。君達の認識はどうであれ、彼はBOWだ。よくてモルモット、悪くて処刑されるだろう」
「そんなこと絶対にありません!」
「ジルもそうだったが、お前たちはよく個人の意見しか言わなかったな。少しは視野を広げてみたらどうだ?」

気に入らないことを否定するだけなら動物でも出来る。正義感が加わればさぞかし気持ちの良い言葉になるだろう。こうするべきだ、そんなことはさせない。いくらそう叫んでも、どうしようもならないことは確かにある。
聖司がSTARSに入らざるを得なかったように。

「力の無い人間は彼を容赦なく追い詰めるだろう。だが我々は違う。彼を受け入れるだけの器がある」

しばし沈黙が流れるとウェスカーは運転席のドアを開け、

「いずれ答えは出る。そのときは私の言ったことを思い出してくれたまえ」

運転席に座ると車を反転させて元の道を引き返していった。

「……どうでした?」

レベッカは、おそらく聖司が行っていたであろう読心の結果を聞いた。

「嘘は言ってないな。t−ウィルスとの共存方法のノウハウ、スパイの有無。受け入れると言ったのも本気みたいだ」
「何故………」
「そこまで読めるほど集中できなかった。ただ……とてつもなく嫌な感じがした。信用はできないな」
「それを聞いて安心しました」

ウェスカーの車が消えるのを確認すると二人も車に乗って帰路につく。

「(身の振り方か……)」

いずれくるであろう向こうからのアプローチに聖司は思案する。









日もすっかり暮れた頃、あれから何事も無かったレベッカ達は無事帰還した。

「全部食材ですから食堂に運んでください。明日と明後日分のケーキを作りますから」
「お〜、クリスマスらしいじゃん」

2人が食堂に荷物を運ぶと、すでに準備を終えているシェリー、クレア、ジルの姿があった。
三人ともエプロンと三角巾を装備し、やる気満々といった感じだ。
それから、五人の戦争が始まった。

「俺も!?」
「ケーキは力仕事ですから」

レベッカに腕を掴まれガックリ肩を落とした。



数十分後。

「シェリー、そこのヘラとって!」
「イチゴのストックが無くなりました!」
「他の柑橘類を使って!黄桃は5_で切り分けないとすぐなくなるわよ!」
「缶詰の果汁は捨てないでね!クリームに混ぜて風味を変えるから!」
「クッキーに使う型取り用の金具は?」
「今使ってるから別のを使って!」
「セイジ!そっちはいいからスポンジの元を作って!力一杯かき回すだけでいいから!」
「チョコレートが全部溶けた!セイジさん、出来てる分だけこっちに回してください!」
「待って!先にデコレートに使うからチョコはこっちに!」
「レーズン、ヨーグルトは出来たわ!バターショートもできるからお皿の用意をお願い!」
「スポンジ用の小麦がなくなったけど?」
「じゃあそこはいいですから向こうのフルーツ全部角切りにしてください!」
「ブランデー用の酒知らない!?」
「そこのテキーラでも使って!どうせ酔うんだから味なんてどうでもいいわ!」
「本末転倒だろそれ」
「あーー!!卵の欠片入ってる!」
「ホワイトチョコ溶かして黒の板チョコに文字を!」
「型に塗るバターはどこ!」
「あ、G」
「「きゃーーー!!!」」

ややハプニングもあったものの午前二時には半径10センチぐらいの様々なケーキが食堂の中央テーブルに並べられた。

「はいよ。おつかれさん」

端のテーブルで突っ伏している4人に聖司が余った材料で見よう見まねのパフェを振舞った。
聖司はそのまま厨房に戻って後片付けを始めた。明日には別の料理も作らなければならないからこのままというわけにはいかない。

「セイジさんって疲れないのかな」

休む間も無く動き回るセイジを見ながら、角切りフルーツをクリームに混ぜて頬張り、シェリーは小さく呟いた。

「エルが分泌する成分が原因ね。アミノ酸の類と思うんだけど、多分アデニン合成が頻繁に起きてるんじゃないかな」
「外見が変わらないのは分泌量を抑えてるから?」
「どうだろう。t−ウィルスだけでも代謝が増えるから、相乗効果も考えられる。もしそうなら分泌量の多少は参考にならないし」
「ふ〜ん。ねぇ、セイジとエルに頼んでその成分抽出できないかしら?」

もし抽出できれば聖司と同じように動ける。クレアはそう考えていた。だがレベッカの返答は期待を外れていた。

「抽出しても量を間違えれば取り返しのつかないことになりますよ?その成分が人に害を及ぼさないかも分かりませんし、体がリッカーみたいになるかも」

自分がリッカーになった姿を想像してしまったクレアはパフェを少し戻しそうになった。
元々リッカーはt−ウィルスとの相性が合い、かつウィルスによって活発になった代謝を補える栄養を摂取して表れる突然変異の結果である。
ラクーンシティで確認された固体のほとんどは視覚をほぼ無くし、聴覚を増幅させたり壁に張り付いて移動できる進化を遂げていた。その背景にはコンクリートジャングルに閉じ込められたというのが大きい。
条件が少しでも違えば多種多様のリッカーが発生していただろう。今この場所だったらどうなるのか―――あいにく、クレアにそんなものを試す気は無い。

「結局セイジにしか扱えないってこと?」
「そうですね。あの人の状態は今微妙なんです。変な刺激を与えない限り、エルちゃんがいないとやり過ごせない体をしている」

レベッカは一度聖司を見ると、俯いて何か思案した後ジルに顔を向けた。

「ジルさん、今日買出しの帰りにウェスカー隊……ウェスカーに会いました」
「なんですって!?」

使っていたスプーンを叩きつけるように置いたジルは、話しの続きを促した。シェリーとクレアも名前を聞いただけで、保護された後での誘拐、ロックフォートの苦渋が頭をよぎり眉間に皺が寄る。

「危害を加えられたわけじゃないんです。ただ……セイジさんをHCFに誘いました」
「セイジを?」

レベッカはその出来事を詳しく話した。
その内容に誰もが大きく溜息をはく。
ウェスカーの行動も気になるがスパイの存在というのも頭が痛い。

「…………クリスには私が報告しておくわ。皆に余計な心配させたくないからあまり言いふらさないようにしてちょうだい」

三人は黙って頷いた。
 
仲間同士で情報を抑えるのは内部分裂の要因になりかねない。同士の集いで成り立っているこの組織で、ないがしろにされているとわかれば反感も覚えるだろう。
しかし、今回はモノが違う。その同士の中に敵がいるとなれば、重要人物ですら疑わなければならない。つまり、ここにいないクリスを含めた5人以外に教えられないのだ。これはカルロスはおろかレオンやバリーにも当てはまる。

「それでセイジさんはなんて言ってたの?」
「世話になる気はないって」

レベッカの返答にシェリーはホッと安堵した。

「あイテ」
「………!?」

洗面台で洗物を聖司が突然痛みを訴えた。咄嗟に出た日本語だったのでわからなかったが、それが英語でいう「Ouch」に当たる言葉と知ったシェリーは、急いで聖司の様子を見に行った。

「大丈夫ですか!?」
「え?いやぁ皿で指挟んだだけだから」
「診せて!」

水道で洗っていた指を無理矢理引き寄せて、じっくり観察する。確かに赤みがさしているが、血は出ていない。
よかった―――と、安堵の溜息を吐くと、ようやくシェリーがしていることを見つめている聖司に気づいた。

「あ!その……ごめんなさい」

いくらなんでも不躾すぎた。これではまるで――――。

「いい、わかってる。わかってるんだ」

それでも、自分の手を見る彼の顔には、笑顔のカケラも無い。
血で感染する類の病気ならまだ救いがある。そもそも感染経路がはっきりしているのだから、それさえ気をつけていればいい。

「(やっぱり無理ですよ、クリスさん)」

しかし彼が持っている病気はまったく未知数。ここで調べるられることは限られているし、なによりt−ウィルスというレッテルが拍車をかける。STARSをまとめている概念はt−ウィルスへの恨みが主なのだから。
レベッカは彼から差し出されたパフェをもう一度見た。余ったクリームにフルーツとフレークを混ぜた少し日本風のDishing upが美味しそうだ。
なのに、自分だけ一口も食べていない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
その後、女達は厨房の片付けを手伝って自分の部屋へ戻った。聖司は倉庫でやることがあるっと言って開発室へ向かい、待たせていたカルロスに怒られる。

「クリスマスプレゼントにしちゃあ色気がねぇなぁ」

寒い地下室に並べられている工具を手にとって、町で買ってきた女性用の革のトレンチコートにクラン鋼合金板を接着していく。体―――特に本体を守るため、背中を重点的に厚くして、小柄な体でも素早く動けるように、カルロスの助言をもらいながら、自分が着ているモノと同じ防弾コートを作成していた。

「色気で命は守れねぇよ」
「でも『できちゃう』もんじゃねぇか?」

普段の彼女の行いから、何が起きてもおかしくないと予想してニヤニヤ笑うカルロスだが、聖司の顔は―――

「作ってどうすんだよ………アイツと」

面白みの無い、無表情だった。











「メリークリスマス!」
『メリークリスマース!!』
「イブだけどな」

クリスの音頭で食堂に集まった皆が一斉にクラッカーを鳴らした。それを機に全員が料理を物色しながら日ごろの苦労をお互い労う。
一名余計なことを言ったがその呟きは周りの喧騒で誰一人として聞いていない。
いつ死ぬかも解らぬ身。こういうときだからこそ遊んでおきたいものだろう。
唯一の不満があるとすれば…………女性の人数が少ないことだろうか。
なんせこの場にいる以外の女性隊員は皆恋人と出かけてしまった。残っているのはジル、レベッカ、クレア、シェリー、エルの五人のみ。
そうなれば当然夜のお誘いをするのが一人身の男のサガというもの。だが彼女達の返答はというと、

「クリスと今後の方針について話し合わなきゃいけないからパス」
「エジプトから持ち帰ったデータの解析が残ってるから」
「左に同じで〜す」
「ちょうど良かったわ。後片付け手伝ってくれる人探してたのよ」

皆それぞれのやり方で受け流している模様。そんな彼等を聖司は遠くから眺めていた。
先日の死闘や命の危険を乗り越えて今を楽しんでいるのが目に見えてわかる。正義感や使命感でそれだけのことができるのは、聖司にとって賞賛と羨望の対象だった。
一緒に戦った。そう言えば確かにSTARSの輪に加わっているように思えるが、彼にはクリス達のように『アンブレラの悪事』が許せないからという、自主性がない。
ここにいる全員は、例え明日にでも戦うことを受け入れているのに、彼だけはもう一度銃を取る気になれなかった。
この場は合わない――――ジュースを手に持って、あっちからこっちへテーブルの料理を拝借しながら俳諧していく。




「じゃあしばらくは現状維持でいいのね?」
「ああ。データの解析が終わればそうも言ってられないがな」

料理が盛られているテーブルの前でスコッチの入ったグラスを飲んでいるクリスが、同じく赤ワインを片手に持っているジルと今後について相談していた。

「ジル、実は……」
「何か面倒ごと?」
「二日前報告をしたときGIGNのハロルド局長がセイジの身柄を引き受けると言ってきた。模擬戦をしたいってな」
「やっぱりそう来るワケね」

納得できないわけではない。彼がいることで訓練の幅が大きく増えたのは間違いなく、予習にはもってこいだ。

「40近くのBOWと戦って勝ったことは報告書に書いてしまったし、それを見て提案したんだろうな。申し分ないと言っていた」
「人を想定した対テロ部隊じゃBOWに通用しない。解ってもらえたのはいいけど、さすがにそれはね」
「あぁ。断るつもりだが、一応本人には聞いておこうと思う」

そう言って残った酒を一気に口に含む。

「おもしろそうじぇねーの」
「ブフ!!」

急に後ろから声がした。そのせいでクリスは勢いよく噴出す。

「セイジ!聞いてたのか!?」
「途中からな。いいじゃん引き受けろよ。ドンパチよりそっちのほうが楽でいいわ」
「いいのか?」
「いいよ。ついでだから他のお偉いさん共も呼んでみちゃどうだ?」
「?」

聖司の意味不明な発言に2人の頭に?マークが浮かんだ。

「グラサン野郎の話は聞いたよな?」
「ああ、ジルから今日聞いた」

正確には今日の午前4時に叩き起こされて聞かされていた。

「協力してくれてる連中の中にスパイがいる。信じたくは無いがエジプトでの件もあるし、無視できることじゃない」

「だからっつって全員に嘘発見器を使うわけにはいかねぇや。そこでこれの出番だ」

聖司は自分のこめかみをつついた。その意図に気付いたジルは納得した顔をする。

「できるの?」
「どうだかな。よほど嘘が上手い奴だったらお手上げだ」

聖司の冗談に2人は軽く笑う。

「でも、随分やる気じゃない。どうしたの?」
「後腐れは無い方がいいってことさ。いつかここを出たときに、あんた等に迷惑かけたくないんだよ」

出られるのだろうか――――クリスはあえて考えないようにした。
状況が切迫している今だから、聖司はSTARSの保護下にいる形で容認されている。もし彼がSTARSを抜けたら、この微妙な均衡を崩しかねない。
ウェスカーが狙っているとわかった以上、尚更のことであった。

「承諾の連絡はしておく。返事はすぐ来ると思う」
「どんな理由でもいいからできる限り集めてくれよ」
「まかせろ」

聖司はクリスの返事を受け取るとその場を離れた。

「…………」
「どうかした?」
「別に」











インターミッション
デフォルメシェリー登場。

「平和が一番ですよね。こんなパーティをあと何回できるのかなぁ。………説明、いきます」



ジャック・ハミルトンについて。

クリスが洋館事件のあと、ラクーン警察署長やG−ウィルス関連の調査を依頼した人物。その調査報告書を署内のファックスへ送るのはどうかと思うんだけど。



HCFについて。

今のところたいした情報もなく、アンブレラ以上に謎の組織。洋館事件のあとウェスカーはこの組織に移ってハンター等の亜種を作りつづけたみたい。ちなみに私を誘拐したのもこの組織。