クリスの自室。以前と同じようにパソコンの画面に複数の人間が陳列している。
クリスは例の件を承諾するとハロルドに伝えていた。

『本気かクリス』

ジャックはクリスらしからぬ行動に再度問う。

「彼も役に立てるならと進んで協力を申し出てくれました。それで提案なのですが、みなさんもその演習を見学してはどうでしょう。今後の参考にはなると思います。よろしいですね、ハロルド局長?」

『ああ。私としては一向にかまわない』

しばらく画面上で話し合いが行われ、全員が出席すると伝えられた。映像や資料でBOWを見たことはあっても、実物を見たことが無い彼等にとっては、またとない機会だからだ。

『二週間後にこちらから迎えのヘリを出す。誰がこっちにくるのかね?』
「「私の他に彼を含めて3人が同行します。それと、以前アンブレラがこの基地を襲撃しました。今後のことを考え、メンバー全員を一度別の場所に移動させようと思います。行き先は各人に任せます」
『了解した。では二週間後にまた』

ハロルドの挨拶が終わると、いつものようにジャック・ハミルトン以外の参席者がディスプレイから消えた。

『まさか飲むとは思わなかったぞ。何か理由が?』
「エジプトでの作戦で対テロ部隊がBOWに無力だったからです。ハロルド局長も言いましたが、我々だけでは世界中に支社をもつアンブレラには対処しきれません。それを解ってもらうためです」
『もっともだ。……あぁ、忘れていた。喜べクリス、吉報だ。ついに国連が動くぞ』
「本当ですか!?」
『元々ラクーンシティの失敗で、寄生していた政治家のほとんどが掌を返したからな。これでも遅いぐらいだ。近いうちに『ヤツ』の逮捕状も出るはず』
「すんなり捕まってくれるとは思えませんね」
『そのときは実力で捕まえるまでだ』
「ぜひとも参加させてもらいたいものです」
『もちろんだとも。それでは二週間後に会おう』

クリスが敬礼をしてジャックが通信を切ったのを確認すると次いでモニターを切る。続いて基地内放送用マイクのスイッチを入れる。

「各班長、それとセイジは会議室へ集まってくれ。今後のことについて報告する」










数分後、クリスが会議室に入ると談笑していたメンバーが一斉にクリスの方に顔を向けた。クリスは教壇の上に立つと淡々と説明を開始する。

「聞いてくれ皆。さっき定期報告を済ませたんだが、二週間後にフランスの対テロ部隊と対BOW戦の模擬演習を行うことになった。BOWの役はセイジにやってもらう。二週間後にヘリが迎えに来る手筈になっているが、幾分人数が多すぎるため、必要な人数だけ残してあとは各方面の拠点地に行ってもらう。行き先は部隊単位で任せる。質問は?」
「行くのは誰ですか?」

真っ先にレベッカが手を挙げるのと同時に質問した。

「俺の部隊とお前、クレアとセイジだ。バリーとレオンも現地で合流することになってる。変更は認められない。他には?」
「いつまで他所にいればいい?」

カルロスが問う。

「そんなに長く掛からないはずだ。だから召集には備えておいてくれ」

最期の質問だったのか、もう誰も手を挙げていない。

「この演習には多くの関係者が集まることになる。この背景には、国連によるアンブレラへの粛清―――セオの逮捕が関係している」

関心の声がそこらから聞こえた。アンブレラ側からの根回しで動かなかったモノが動いたのだから当然かもしれない。

「セオ?」

聞きなれない単語に聖司が怪訝な顔をする。

「つい最近……と言っても3年前ぐらいですけど、アンブレラの代表取締役になった人です。オズウェル・E・スペンサーの曾孫らしいんですが、資料がほとんど無くて、社内パンフレットに顔写真とセオという名前しか載ってないんですよ」

横から話してきたレベッカが、持ってきていたノートパソコンのデータを画面に出す。データの欄はUnknownの文字が目立ち、唯一セオという名前と性別が女性であることしか書かれていない。
画面をスクロールダウンするとスーツを着た女性の写真が現れる。どう見ても十代、下手をしたらシェリーより若いかもしれない外見に白人特有の白い肌。そして最大の特徴である白く長い髪をした少女が映されていた。

「この女の逮捕状が出たのか。やけにのんびりした対応じゃね?」
「非現実的だと言って誰にも信じてもらえなかったのよ……というより、事が公になると自分の立場が危うくなるから無視されてただけなんだけど」
「だが無視できない事情ができた……と」

大方裏切りか離反か。あながち間違っていない推理で聖司は納得した。

「そうだ。『アンブレラが生物兵器を違法生産している』と信じても、モンスターが相手と信じるのは難しいらしい。だがセイジの力でBOWがいかに脅威であるか示すことが出来るんだ。上手くいけば裏でコソコソ動かなくてよくなるかもしれない」

犯罪スレスレから犯罪そのものまでやってきたからこそ、表に出る意味をかみ締めることができる。罪悪を感じず正義を貫ける時がようやく来たのだ。彼等の表情は明るい。

「そういうこともあって、今は大きな活動は控えることになる。短いが、英気を養うにはいい頃合だと思う。存分に休暇を楽しんでくれ」

以上、解散――――クリスが会議の解散を伝えると部下の報告や引越しの準備などで次々と部屋から出て行った。その際向こうへ連れて行く3人を呼び止める。

「上手くいったのね」
「ようやく試合場にたどり着いただけだ。スタートラインまで気はぬけない」

国連主催の大試合で、対決するのはアンブレラとSTARS、そしてHCF。
今度の演習は、控え室でコンディション整えることに他ならない。
審判が買収されていると知った今、なおさらフェアになるよう調整しなければ、確実に負ける。

「頼むぞセイジ」
「頑張ってみるさ。他人事じゃねぇからな」

それはある意味全世界の人間全員言える言葉だった。タイラントを作成するためにあらゆる手段を使って若い男女を集めたシーナ島の悲劇が、いつでこで起きてもおかしくない。飛行機事故でそのまま拉致された聖司のように。

「……んでよ、迎えはヘリで来るんだよな?」
「長距離を安全に運ぶとなると、空が一番だからな」
「当然飛ぶよな?」
「地面を走るヘリコプターがあってたまるか」

だよな〜―――――と、聖司は大きくため息をついた。なんとなくその理由を察したクリスは、小さく頑張れと呟いて肩を叩くのであった。









暗い部屋だった。ドーム型の巨大な部屋の天井に申し訳程度に灯されている電灯以外に光は無く、その巨大ドームを形成している、ありえない厚さの強化ガラスの先をじっと見る影が一つ。
何一つ音のしない部屋で不意にパソコンの起動音が鳴り、モニターから出てくる光が影の後姿を映し出した。

「首尾は?」
『餌は満遍なく行き渡っております。すでに巣へ持ち帰った者も』

後ろを向いたまま影がモニターに向けて問い、問われた相手も淡々と報告する。

『それと、HCFに寝返ったあの裏切り者が奴に接触しました』
「餌の質を確かめに行っただけだ、放っておけばいい。どうせ何も出来ん」
『はい。こちらからはいかがしましょう』
「それも放っておけ」
『かしこまりました』

細身の中年の男は自分より遥かに若い少女に頭を下げ通信を切る。同時にパソコンの電源も切れ、部屋に静けさが戻った。

「頂きは一つ………か。くだらんぞ…オズウェル……」

巨大企業アンブレラ製薬代表役のセオが表情のない顔で呟く。ジッと光すら無い虚空を見ながら。











二週間後。大量の輸送車に荷物を積み終えた引越し組がクリス達に一時の別れを告げて基地から離れて、最後にジル達が残った。

「いいかげん機嫌直せ」
「………」

荷台に乗っている不機嫌顔のエルに話し掛けるが、荷物の影から顔を覗かせてプイ!と顔を背けることで返事をする。なにがなんでも傍を離れまいとした彼女だったが、ヘリの人数制限で挫折し、以降ずっと不機嫌なまま過ごしている。

「はぁ……。シェリー、悪いがこいつのこと頼む」
「はい。セイジさんも気をつけて」
「ああ。カルロスもな!」
「おお!」

運転席にいるカルロスが窓から顔を覗かせて軽く手を振る。

「……、あまり皆を困らせるなよ」

再度エルに話し掛けるが今度は完全に無視。荷物に隠れて蹲ったままだ。聖司は軽い溜息を吐くと足元にある荷物を持って車から離れ、それを確認したカルロスがエンジンをかけて基地から離れていった。
その直後にクリス達を迎えるヘリが上空に現れる。

「どこに行く?」

砂利道に揺られながら隣りで窓越しに遠くを見ているジルに問う。

「何かあったときのために近いところがいいんだけど……」
「あの辺りだとイギリスだな。トンネルもあるし」
「そうね。あっちの責任者とも、一度話しておきたいし。シェリーは何かある?」
「ううん。特に」

荷台につけられた窓からシェリーが返事をする。英気を養うと言っても、観光を楽しめるような状勢ではないし、どちらかというとインドア派である彼女には行き場所などない。
ふと横で蹲っているエルが目に入った。ふてているのか置いて行かれて寂しいのかわからないが、寄生している人間の年齢に見合った反応をしていて、今までの印象が掠れるほど微笑ましい。

慰めるぐらいしておこう――――言うべき言葉を少し考えたあと、隣りに座る。

「ねぇエル。セイジさんも悪気があった訳じゃないんだし、ね?機嫌直して」

シェリーがエルの右肩に手を置く。すると車の揺れも手伝ってか、エルは蹲ったまま横に倒れた。

「あ!ごめん………って、え?」









「あーーーーー!!!!」

シェリーの叫びが静かな山に木霊する。その遥か上空には四人を乗せたヘリがフランスに向けて飛んで行った。







午後六時、フランス対テロ前線強襲要員訓練所。
ヘリが所定の位置に着陸してすぐクリス達は大量の荷物を持って外に出るとハロルドと完全武装した隊員達が出迎えてくれた。

「クリス・レッドフィールド、他三名到着しました」
「ご苦労。局長のハロルド・パーカーだ。君がセイジ・カサヅカだね?」

クリスが敬礼してハロルドが返礼する。すぐに体を聖司へ向けると右手を差し出して握手をした。

「君の事はクリスから聞いている。今演習の協力に感謝する」
「アンブレラを潰すのに人数は多いに越したことはありません。こちらこそよろしく頼みます」
「うむ。準備はすでに整えてある。演習は明日の昼からにして旅の疲れを癒してくれ」

4人は来客用の貴賓室に案内され、クレアはすぐ荷物からトランシーバーのようなものを取り出した。

「………大丈夫。カメラも盗聴器もないわ」
「よし。セイジ、あの中で怪しいのは居たか?」
「全員白だった。HCFの線もなさそう」

銃が入った重いバッグを下ろし、備え付けのイスに乱暴に座った。
裏切り者はいない――――彼が感じ取ったものそれだけではなく、敵を見るような殺意も含まれている。
仲間を殺したバケモノと同じ。十分すぎる理由だ。
そんな一方的な言い分が納得できないからこそ、聖司も面白くなかった。

「これからどうしますか?」
「どうするったって……ん?」

口に手をあてて思案していると聖司の視界の端で、鞄がモゾっと一瞬動いた。

「…………」

きっと気のせいだ。そう思いつつもテレパシーで中を探ると、

《ヘイヘ〜イ》

さっさとここから出せとアピールしている生物が一匹。

「おいちょっと待て!」

慌ててバッグを開けた。文句を言ってやりたいというのが主な理由だが、本体だけでは何時間も動けないとデータに書いていたのを頭の片隅が覚えていた。

「ブフ!」

そんな気遣いもお構いなく、彼の顔に寄生体が飛びついた。触手ががっちり頭に絡められて聖司は息が出来ず、必死に引き剥がそうともがく。聖司がそのまま頭にずらすことで気道を確保すると、寄生体は聖司の後ろ首へ移動して神経針を挿入した。

「息できん!!」
《自業自得》
「(エル!?おまえ…っ…シェリー達と行ったんじゃなかったのか!?)」
《バックレてきた》

ペチペチと頭を叩いてくる触手と、身勝手に生きる後ろ首の物体へ向けて聖司が怨色を表す。

「あの……セイジさん?」

レベッカが説明を求める。そんなことをしなくてもわかることだが、一応確認はしておかなければならない。

「エルだよ……体置いて付いてきやがった。……アレ腐ったりしねぇだろうなぁ」

それもあるけど、取り扱いに困ると思う―――と、レベッカは苦笑した。脳がない以上、あの体は死体だ。旅行バックに防腐剤と冷凍パックを揃えて収めておけば時間を稼げるが、検問などを受けて露見すれば言い訳もできまい。
おそらくジル達は、今頃まっすぐこの基地へ向かっていることだろう。長い道のりをトラックだけで。

「どげんすっぺや」
「過ぎたことを悩むより前向きに考えなさい。これでいざってときにその子が助けてくれるでしょ?」
《そうそう。ソレの言う通り〜♪》
「…………ぁ〜ぁ。もうどうにでもしてくれ」

メリットとデメリットを天秤に掛けて、メリットの方があきらかに重いとわかると、どっと疲れた聖司はイスに座り直してお茶請けのクッキーをかじった。

「で…話の続きだが、どうするんだ?」
「調べるなら、なるべく一人ずつのほうがやりやすいな。まぁ大勢居ても出来なくはない……な。多分」
「よほどの理由が無い限り一人ずつというのは難しいぞ」
「直接対面できるかも怪しいもんだ。その場――――?」

聖司がクッキーをもう一つ取ろうとして手を伸ばしたとき、軽いノックをしてスーツを着た金髪の女性が部屋に入ってきた。

「局長秘書のイリスです。御寛ぎのところを申し訳ありません。ジャック・ハミルトン様から夕食会のお誘いをお伝えにきました」
「夕食会?ここで?」
「はい。演習の見学に来られた方々と催すのでぜひ参加して欲しいとの事です」

それは好都合。渡りに船と、クリスはすぐに了承した。











午後八時。すでに多数の人間が立食している部屋にクレアを除いた3人がいつもの格好で入室し、すぐハロルドが出迎えた。

「やぁクリス、どうだこの人数」

クリスの正面から退いて、部屋を見通すように腕を広げる。

「セイジ・カサヅカの知名度が伺える。彼の名前を出しただけでこの人数だ」

ハロルドがベラベラと聖司のことを喋って集めたのか、それともそれ以前から聖司のことを知っていたのか。どちらにしろ溜息ものだ。
たかが数ヶ月もしないうちに、聖司の事情が知れ渡っているということは、疑心の肯定に繋がってしまう。
しかし集まってくれたことには多大な感謝を送らねばなるまい。彼等の人数分だけ敵の情報が入ってくるのだから。

「準備の方は?」
「隣の部屋を即席の監禁室にした。防音も万全だ」

スパイを捕まえるという名目で、施設内にいる隊員は内外のトラブルに備えて待機していた。襲撃はもちろんだが、脱出しようとするスパイを逃がさない意味もある。
大勢のVIPが揃っている今なら、この厳戒に違和感を抱く者は居ないだろう。

「で、だ。注意を引くために、皆を代表して挨拶をしてもらいたい」

元々そのつもりだったらしく、壇上にはマイクと乾杯用のグラスが用意されている。
ここまでお膳立てしてもらったら嫌だとは言えず、多くの視線を受けながら壇上に上がったクリスは軽い挨拶から始めた。

「この度はこれだけの人が集まり、まことに感謝しています」

感謝しただけの笑顔で演説を始めた。内心の憤りを隠して、誰かもわからない敵を睨みながら。







クリスが壇上に上がった瞬間から、少しずつ客がフロアの外へ連れて行かれ始めた。緊急の用があると言えば責任ある肩書きを持っている彼等に断る理由がない。
あるいは、STARSからセイジ・カサヅカについて話がある、と伝えれば、渡りに船とばかりついてくる。
穏便に進めるための方便だと知った時には、すでに拘束されていた。

「そいつ、服の裏にカメラ。ライター型な。あとあそこのオバン連れてきてくれ」

あれよあれよと、レベッカが連れて来る容疑者を証拠付きで犯人にしていく。それが心地よいのか、聖司は妙に活き活きしていた。
元々隠す必要がある異能ゆえ頻繁に使えなかったモノが使えるからだが、自分以外のために積極的に使う機会が無かったことも理由として挙げられる。役に立っている、頼りにされている。周りが今までと正反対の反応をして、使うことを許されたのだから当然かもしれない。
STARSへ入る前、シェリーとジルが裁判官だの警察だのになって使うことを仄めかしたが、段々それも悪くないと、聖司は考えを改めていた。
正義の名の下なら、何をやっても許される。

「え〜と、あとは…………あ、居た」

そうしてまた一人、目をつけられる。







「ここにいる方々は、アンブレラの実体を知って見過ごすことが出来ない―――その旗の下に集まった同士です。そして国連もようやく動き出しました。長かった戦いの終止を願って――」

乾杯―――半分近く減った人数でも、歓声は大きく響いた。
クリスが壇から降りると部屋は徐々に聖司の話題で埋まリ始める。元々それが目的で来た集団だ、気になるのも仕方が無い。
そこへクリスにとって馴染みの深い人物が近寄ってきた。

「クリス、こうして会うのは二年ぶりだな」
「ジャックさん―――――!?」

挨拶の握手をしようと手を伸ばした瞬間、クリスはピタリと止まった。

「?、どうかしたのか?」
「………いえ、本当に久しぶりです」

クリスがジャックの手を取り、強く握り締めた。

「クリス、気持ちは分かるが力を緩めてくれ」
「いえ、まだ挨拶を終わらせていないので」
「いや、今したじゃないか?」
「初めましてだ。アンブレラアメリカ支社副社長―――」
「なに?」
「ジョエル・オールマン」

やけに軽い音が、ジョエルと呼ばれた男の手から鳴った。ちょうど中指と薬指の間を中心線にして、掌が真っ二つに折れている。

「ぐあぁ!」

慌てて手を引き抜いたジョエルが患部を庇う。彼の悲鳴で彼等に視線が集中した。
本来クリスは、なるべく騒ぎを起こさないようにジョエルを聖司の居るところへ誘導するべきだったのだ。それが思ってもいない相手からの裏切りで激昂してしまい、判断を間違えてしまった。
周りの喧騒が聞こえないのか、クリスは握手をした形のまま微動だにしなかった。

「3年も騙されていたのか……貴様からすれば、さぞ滑稽だったんだろうな」

強く握り締めた手が悲鳴を挙げる。それだけの憤怒を抑えて、クリスはようやく冷静に対処しようとしていた。目の前に居る男一人が持っているモノの価値は、施設一つ分に及ぶからだ。スパイとして、裏に関わっている重鎮として扱うレベルの情報を得るために、ひたすらホルスターに伸びようとする手を握り締めた。

「な、何を言っている」

言いつつ、ジョエルが少しずつ出口へ向かおうとする。

「動くな!!」

手を離して後退るジョエルに対してクリスは、念願の銃を取り構え、退路を断った。

「は、早まるな!待ってくれ!」
「あぁ待ってやるさ。時間はたっぷりある。知っていることを洗いざらい――――」

銃を向けられたからか、急に狼狽し始めた。辺り構わずやたら目線を向け、妙に大げさにも見える。
仲間でも探しているのだろうが、生憎スパイと思われる連中はほぼ全てホール外へ連れ出され、クリスとジョエルの邪魔をできる者はいない。

「ウッ!!」

そう思われた矢先、突然ジョエルが胸を押さえて倒れた。
遠くから見ていたレベッカが様子を見ようと近づこうとしたが、クリスがそれを止める。ジョエルは心臓を手で抑えて倒れた。絶命は免れない。
追撃が無いとも限らないので被害を抑える意味もあった。

「全員逃げるんだ!」

それが鶴の一声になり、パーティーの列席者は我先にと逃げ出した。
そのドサクサに紛れて、クリスは急いで狙撃手から見えない窓下の壁際に隠れ、極力顔を晒さないように窓ガラスの向こうを覗き見る。穿かれた穴の直線状に別の建物の屋上があり、狙撃箇所は断定できたものの、もう人影は確認できない。

「くそ……」

襲撃者の有無を確認したことで煮だった頭が急速に冷えていく。同時に、冷静になった思考がちょっとした違和感に気づいた。
クリスがいた位置の近くにジョエルがいたのだから、当然スナイパーはクリスのことも見えていたはずだ。なのにどうしてクリスではなくジョエルに当てたのか。あれだけ大げさに―――助けを請うような仕草をしていたのだから、逃げる手助けぐらいしてもよかったはず。なのにまったく逆の結果が、妙に納得いかない。

『早まるな!待ってくれ!』

目線を送り、助けを求めたのは狙撃の合図ではなく本物だったとしたら。辺り構わずやたら目線を向けていたのは、自分を監視している者の居場所がわからなかったから。

「全員、ここから逃げろ!」

その声に反応するようにジョエルの体が徐々に膨張を始め、異形の怪物に変態していく。その様子を見ていた、この施設の隊員はクリスの一喝で部屋から離れていった。

「レベッカ!」
「はい!ハロルドさん!あなたも!」
「しかし、彼等は!?」
「碌な装備をしてない私たちでは足手纏いです!早く!」

レベッカがハロルドを連れ出し、数分前まで賑わっていた部屋には化け物に変身中のジョエルとクリスと聖司の3人だけ残った。

「…………」

わざわざ変態を終えるまで待つことは無い。撃ちたかった衝動も相俟って頭を穿いたが、湧き出てくる肉が傷を修復して効果は無かった。

「…………。人間のうちに裁きたかった」

筋肉が盛り上がる。髪の毛が抜け落ちていく。人のものではない唸り声を挙げるこのモンスターは、二度と人間に戻れないだろう。スパイだと知られ、捕まってしまえばアンブレラが不利になる情報を引き出される。それをさせないため、そして反抗勢力を少しでも減らすための一石二鳥。
化け物にした仲間を元に戻すような慈善集団でもないし、元よりBOWが生きたまま人間に戻った記録など無い。

「(頼むぜ)」
《ういよ》

まさかのBOW登場は聖司に二の足を踏ませていた。
この場で戦うことになるのは明白だが、彼だけだったらマシンガンの一つでも無ければ戦力にならなかっただろう。エルがいるから銃一丁、ナイフ一本で戦えることができるのだ。
これが怪我の功名と呼べるか、それとも彼女が起こした偶然か、誰にも分からない。

《意外に斬新?》

前方では変態し終えたジョエルが低い咆哮を挙げ2人を威嚇している。
体中の体毛が落ち、テナガザルのように長い二対の腕と顔から大量に浮き出てきた目に薄い皮膚から見える血管がグロテスクな外見に拍車をかけている。
身長3bほどありそうな巨人は、生まれて初めて目に映った標的に対してゆっくり右両腕を持ち上げた。
聖司がHVナイフ一本、クリスはサムライエッジを構え、対峙する。

《ナイフと拳銃で倒せるとは思えねぇな》
「それはレベッカに任せよう。俺たちは時間稼ぎ―――だ!」

振り下ろされた腕が器用に2人の居た地面を叩き壊した。余裕で避けた聖司と違い、クリスは飛び退けて難を逃れる。
しかし戦い続けてきた経験からか、飛び退いた勢いで体を転がしながらも銃を撃つ牽制を忘れなかった。
聖司も負けじと、ナイフを巻きつけた触手を振って二の腕を切り裂く。
傷を負う化け物から血が噴出したところを確認し、ハンドガンでダメージを負わせることができることに安堵したクリスだが、彼の意表を突く現象が起きた。
飛び散った血が燃えたのだ。

「まさか、ベロニカ!?」

傷を癒すために、散乱した食べ物を口に運んでいるBOWの種類を知ったクリスの脳裏に、ウェスカーの影がチラつく。

「セイジ、ジョエルは本当にアンブレラのスパイだったのか!?」
《…………。間違いない》

クソ!―――悪態をつく間もなく、ジョエルだった者が傷を治し終えて突進してきた。

「ここは狭い。外だ!」

襲ってくる巨体を避け、タイミングを合わせ、体当たりをした二人はジョエルを窓から突き落とすことに成功した。
そのまま聖司は窓から飛び降り、クリスは近くにあった配管を伝って地面に着地する。
2人は起き上がって襲ってくるジョエルの腕を避けながら演習用のグラウンドへ向かった。










【全員重火器を持てるだけ持って集合しろ!これは訓練ではない。繰り返す、これは訓練ではない!】

基地の全てのスピーカーから大音量でアナウンスと警報が鳴り、さながら戦争を思わせる光景が広がった。

「指示を待つな!STARSの2人がBOWと応戦している!邪魔しないように援護しろよ!」

武器庫からバズーカやら地対空ミサイルを持ち出して行く部下達にハロルドが叫んで指示を出す。

「ヘリを使ってライトを照らせ!装甲車も全部使ってバリケードを作れ!若い奴が命賭けてるんだ、先輩として根性見せろ!」

局長の渇に隊員達は吼えることで応えた。








「おい、なんだあれは!」
「あれは……クリスとセイジか!?」

訓練所が遠くにみえる荒野から若い男と豊かな髭を生やした中太りの男が建物五階の窓から落ちる巨人を見て叫んだ。

「まったく、どこに行ってもトラブルばっかり起こしやがって!」
「急ごう!」

若い男はアクセルを思い切り踏むと基地へ向けて畑の中を突っ切って行った。









「グァァアァアアア!!!!」

喉が詰まったような雄叫びを挙げながら人一人分ある太い腕全てを縦横無尽に振り回す。余計な装備がない分軽々と避ける聖司とは対照的に、絶え間なく襲ってくる腕にクリスは悪戦苦闘していた。

「喰らえ!!」

大回りしながら、フルオートができるように改造したサムライエッジを乱射する。弾が着弾するのと同時に赤い液体が噴出すが、傷はすぐ塞がり液体が発火した。
別の腕が軽快に飛び回る聖司を狙って振り回される。いくつも増えた眼球と4本の腕は別々の動いて、彼の位置を正確に捉えてはいるが、単純な攻撃しかしないジョエルには、彼女と張り合うには役不足だった。
横薙ぎにした手の指をナイフで切り落とし、痛みに悶えている隙に素早くクリスの側に着地する。

《さっき言った『ベロニカ』ってなんだ?》
「t-ウィルスの改良版だ。長期間かけて体に馴染ませれば自我を失うことなく発火性のある体液を操ることができる。南極のアンブレラ基地でウェスカーが持ち帰ったんだが、アンブレラも持っていたのか」

2人が警戒する前でジョエルは切り落とされた指を拾い、発火している両断面を押し付け瞬時に接着、完治し、2人を睨む。

《きりがねー》
「頭が単純なだけまだマシだ。応援が来るまで持ちこたえるぞ」

逃げるだけでいい。口惜しいと思っても、武器が無ければ戦えない事実は変わらない。せめて聖司のような体があれば―――そう考えてはいけないというのに、ジョエルへの恨みはクリスを盲目にさせた。

「兄さん!セイジ!」

そこへクレアがジュラルミンケースを持って走ってきた。騒ぎを察して武器を持ってきてくれたようだ。
2人が後ろへ振り向くと、それを隙と判断したジョエルが突進してきた。

《ちょうどいい。俺の銃を使え!》

聖司が返事も待たずジョエルへ向かって走った。止めようとしたクリスだが、もう声は届かないだろうと諦めて、踵を返しクレアへ向かう。
急いで中からガトリングを取り出して筒状のマガジンを装填、次いで別のケースから手榴弾を拾う。

「セイジ、いいぞ!」

ピンを抜いて時間通り爆発するように間をおいてジョエルの顔面に投擲する。聖司は捕獲しようとしてきた手を細かく刻んでその場を離れた。
直後に手榴弾が目標である顔を半分吹き飛ばし、自らの発火性血液で体を燃やす。だが粘着質な音を立てながら瞬時に再生した。

《気を付けろ。だんだん頭使ってくるようになってきた》
「任せろ!」

ガトリングで体全体に掃射。痛みを感じるだけの神経は残っているようで、銃弾に怯み、後退を許す。吹き飛ぶ肉塊と体液が発火しながら飛び散り、消えていく様はまるで、

「ファイヤーフラワー……」

少し離れたところで展開している部隊からの援護射撃も手伝って盛大に弾け跳ぶ。まるで一枚の絵のような光景にクレアは呆然と呟いた。
巨大な敵を倒すために仲間が仲間を呼び、協力して倒す。どこにでもあるありふれた美談なのにクレアは、少しだけモンスターを哀れと思っていた。
あんな姿になりたくなったはずだ。例え敵で、赤の他人を化け物に変えることに何の躊躇もしない人間だったとしても。

その姿が自業自得だとしても。

《………まずいんじゃないのか?》

しゃがんで右腕にプロテクターを装着している聖司が、ジョエルの方をチラチラ見ながら呟いた。

「どういうこと?」

その言葉で正気に戻ったクレアが自分の装備を確保し始める。

《あんだけ食らって倒れねぇ》
「そういえば……再生するのが早すぎる?」

クレアがもう一度振り向くと、勇士による一斉掃射は続いていた。『まだ』続いているのだ。
例えタイラントでも、これだけの数を撃たれれば肉塊になると、すでに証明されている。

《さっきと大きさも違う。減っているはずなのに増えている》

肉と血液が飛び散っているのだから抉れて減っているはずなのに、湧き出るゲル状の肉が体を再生し、その部分を一回り大きくしている。それが何度も繰り返され、始めは2メートル前後の身長が、4〜5メートルも膨れていた。

「すいません、遅くなりました!」

慣れない推理をしていると、レベッカとハロルドの乗った装甲車が彼女のすぐ横に停止した。

「エル、貴女なんでしょ?アレはどういうこと?」

降りてくるなり、レベッカは彼女の意見を求めた。スパイを拘束するため別の場所に居たクレアはジョエルの最初の状態を知らない。その点エルなら前置きもいらないし、適切な返答を期待できる。
すると、今まで人間らしい顔をしていた聖司の顔から表情が消えた。事情はよくわからないが、彼女はずっと演技をしていたらしい。

《負傷、燃焼。マイナスしか起きていないのに、体は徐々に肥大。火に耐えられる体なら再生に伴う熱エネルギーぐらい耐えやすい。でも》
「欠けた体を補うモノと、肥大する理由がわからない?」
《ローストチキン一個であんなになるなら、人間こんなに小さくない》

話している間でも、ジョエルの体をどんどん大きくなっている。全体の厚さが大きくなって行くに連れ、傷の深さは反比例して浅くなっていくのだから、これ以上大きくなると大砲で応戦しなくてはならなくなってしまう。

《鉛…………重金属?》

何を糧にしているのか。あらゆる可能性の中で最も納得できるモノをエルが呟いた。

「――――生物濃縮………違う?いや…でも」

未知のウィルスが作った未知の生物を相手に、レベッカはなんとかして科学的常識に当てはめようとする。
もし常識外の結果しか出なかったら対処の仕方がわからなくなるからだ。

「レベッカ!」

思考の海に入ろうとしたレベッカをクレアが止めた。欲しいのは過程でも妄想でもない、確固たる事実と打開策だ。正気に戻ったレベッカは落ち着いて状況の判断に入る。

「エルの言ったとおり銃弾を食べてる可能性があります。鉛と錫なら、あの炎で液体になって吸収しやすくなってるでしょう」
「そんな生物だというのか!?」

側にいたハロルドが信じられないと叫んだ。重金属はほとんどの生物にとって有毒であり、しかもわずかな時間で巨大生物になれるような栄養などあるはずが無かった。

「ケイ素系生命体の雛形とでも思ってください。BOWやミュータントはそういうものなんです」

信じられない――――SFの知識を持ち合わせていないハロルドの顔はそう物語っていた。金属をも溶かす体液を持っている言われたほうがまだ納得がいく。
ジョエルに次いで聖司を見てみるが、いくらなんでも比べるのは無理があるし、失礼だと改めて首を振った。

「発砲を止めさせてください。このままじゃ手に負えないぐらい大きくなります」
「だが、足止めはどうする?」

絶えず撃ち続けている間だけ、化け物は怯んでいられる。それをやめてしまえば抵抗する手段が無くなり、全滅の恐れがあった。

《こっちでするから打開策頼むわ》

銃より効き目があるものを考慮したエルは剣を構えた。勝機は鈍鈍しくなっているであろう巨体への接近戦しかないが、彼女にしてみれば今更だった。

「待って!」

レベッカは自分がつけていたインカムを聖司の右耳につける。それが終わると聖司がジョエルに向かって走り、クリスと入れ替わる。

「ハロルドさん、止めてください!」

レベッカに促され、ハロルドはすぐにインカムで指示すると間も無く援護射撃が止んだ。
エルは足止めに重きを置いて、ジョエルの周りを絶えず動き回ることで注意を引き続けた。交代で戻ってきたクリスはレベッカの意見を聞き、クソッ――――と舌打ちする。
「バズーカや爆弾ならどうだ?」
「それも考えたんですが……ここから見るだけでも体の粘性や弾力が思った以上に強いのがわかるんです。爆発の影響が表面で弾かれ――――キャッ!」

突然ジョエルが口から火を火炎放射器のごとく噴出した。あまりにも予想外だった攻撃のため聖司は咄嗟にプロテクターを盾代わりにして顔のみガードすることしかできなかった。もちろん防火コート越しだったため外傷はわずかだがあまりの高温度にクラン鋼自体熱を帯びてしまい、かなり蒸し暑くなっている。

『特撮映画撮ってんじゃないっつーの!!』

インカムから聖司ともエルともわからない愚痴が聞こえる。

「体液自体が発火………でも……いやそれなら…………そうよ、これなら」

口から火を吐く姿を見て、レベッカが何かを思いついた。

「なにかいい案が?」
「内部、そして多方位からの一斉爆破。多分それしかないと思います。あれだけ強い可燃性の体液なら相乗効果で内部を誘爆できるし、内臓がやられれば再生にかなりの時間をとると思います。そこを外から一斉に攻撃を加えれば」
「再生が間に合わなくなる?だがそう上手くいくか?」
「零れたガソリンは燃えるだけですが、ドラム缶のガソリンは爆発します」

『爆轟』という言葉がある。例えば珠状のガソリンの表面に火を着けたとき、温度は表面だけではなく内部まで熱移動する。この移動速度が音速を超えてしまった場合、気化による膨張が衝撃波を生んで熱とガソリンを爆散させて炎を撒き散らす。

炎の熱はジョエルに効かないが、この衝撃波だけは防げる代物ではない。

「でも問題が一つ。体内に爆発物を仕掛ける方法が……」
「俺達がやろう」

急に後ろから居ないはずの男の声がして、4人は一斉にそちらを向いた。

「バリー!」
「レオン!……葉屑が付いてる」

呆れた顔したクレアが頭を指差しているのを見て、レオンはあわてて頭を掃う。しかしいくら髪を叩いても葉屑は落ちてこない。
その隙を突いて、クリス達は銃を腰溜めに構えた。こういう状況でも疑うことを忘れない。むしろ『だからこそ』と言えるかもしれない。合図も無くクレアの虚言に付いて来れたクリス等の手際が、今までの経験を物語っていた。

「君等は?」
「STARSのバリー・バートンとCIA所属のレオン・S・ケネディです。今演習のアドバイザーとして合流しました」

それでも、危機迫る状況を考慮して身元の証明は簡捷に済ませられた。

「で、どうするの?」
「あれだ」

バリーが指した先には偵察用の小型ヘリがジョエルを照らしていた。もっとも、火の海となった今ではあまり意味をなしてないが。

「ヘリのローターで胴体を切開、そこへバズーカを撃ちこめば同等の威力が期待できるだろう」
「無茶を言うな。そんなことをすればバランスを崩して墜落するし、上手く体勢を立て直しても直後に来る爆発に巻き込まれるぞ」
「だがこれしかないでしょう。手榴弾を飲み込ませるわけにもいかない」

様々な意見が交差するなか、少しづつ押され始める聖司を見てクリスは決断した。もとより、案がこれ以上出ないのなら、選択は限られている。

「レベッカ、バリーのやり方で胴体を完全に切り離すのは駄目なのか?」
「その方が怖いですね。上半身と下半身が独立した生物になる可能性を提起します」

蟲の遺伝子を組み込んでいるウィルスなら、ソレぐらい出来てもおかしくないとレベッカは考えた。クリスの報告書から蟻の遺伝子を利用したウィルスなのは知っているが、生物学に強いアンブレラなら別の遺伝子に組み替えてもおかしくなかった。

「なら、他に方法が無い以上仕方ない。ハロルドさん、部隊の指揮をお願いします」
「私が?BOWが相手なら君がやったほうが………」
「いえ、俺にはやることがあります」

そう言ってクリスは、未だ聖司を相手に暴れているジョエルを睨んだ。






どうしてもしなければならない――――クリスはそう言って砲手を買って出た。今まで死んだ仲間の仇に当たるのだから、引導を渡すなら自分の手でやりたい、と。
手渡された地対地用のランチャーを持って、フライトの準備にかかる。

「空軍以来だな。こうして乗るのは」
「そう思うと、長い付き合いになったもんだ。まさかお前とこんなことに巻き込まれるなんてな」
「まだまだ付き合ってもらうからな。気合いれろよ!」
「少しは遠慮しろ!」

悪態をついてもどこか嬉しそうにバリーは応え、操縦桿を引き倒した。
エンジン音が段々大きくなり、重力に逆らって空へ飛ぶ。助走をつけるために一度施設を旋回し、遠くからジョエルへ一直線に向かう。
クリスは窓を叩き破り、助手席から身を乗り出してバズーカを構えた。

「行くぞ!」

タイミングを合わせてレオンが装甲車を走らせた。車の屋根で聖司はコート以外の装備を外して剣を両手に構える。
ヘリがすれ違うとき、防がれないように腕を切り落とす役目を担ったのだ。

《……………》

エルは自己を高めるようなことをしない。必ず成功させることができるという自信を持って挑む。
なぜなら成功しないことを挑むような愚行をしないからだ。
装甲車に乗っていても、目の前にあるのは人間で言うところの膝。切り落とすべき腕は遥か上にある。
聖司の体では跳んでも精々腹の辺りが限界だった。
打開する方法は2つ。一つはジョエルの体を足場にして登る。

もう一つは――――直接腕に飛び乗る。

装甲車を狙って振り下ろされた巨大な左腕を辛うじて避けたレオンだが、普通車以上の重量の所為でバランスを崩して転倒してしまった。
その隙を捉えたジョエルはもう一つ残っている左腕を使って装甲車を叩き潰した。
幸いなことに操縦席ではなく車後部を潰されたため、レオンは無事逃げることができた。
そして聖司は、最初に振り下ろされた腕を伝って上へと向かっていた。ギョロギョロと蠢く多くの目玉は聖司の姿を捉えていたものの、重い体の所為で対処が遅れてしまい、
聖司の攻撃を許してしまった。
力一杯振り下ろされた剣はジョエルの左腕二本を一刀両断した。

腕と一緒に落ちていき、素早くジョエルから離れれば役目が終わる――――はずだったが空中で身動きが取れない聖司を、右手が掴み取ってしまった。両腕を拘束されて逃げることが出来なくなった様子を、クリスは見逃さなかった。

「まずい!バリー、一旦体勢を」
《かまうな、そのまま来い!》

捕まっている本人がインカム越しにGOサインを出した。バリーは一瞬戸惑うが、このタイミングを逃すわけには行かず、決意を込めてペダルを踏んだ。
急速に迫ってくるヘリコプターを確認したエルは自身の手を操り、聖司のコートの内ポケットからHVナイフを取り出した。
力を込められるようにしっかり撒きつけ、ジョエルの指を付け根から切り裂いた。無理を押して巨大化した肉は思った以上に脆く、勢いを付けただけのナイフはすんなり裂き通る。
骨と筋肉が断裂した指は聖司を拘束する力を保てず、内側から抉じ開らく力に負けてブチブチと千切れていく。
裂かれた断面から噴出した体液をモロに浴びたエルは、一度ジョエルの腕の上で足場を正し、高さを気に留めないまま勢いよく飛び降りた。その瞬間、空気に触れた体液は一気に燃え広がり、火達磨となって落ちていく。
だが人一人を受け止められない風は頼りないものの、燃える液体は綺麗に取り除いてくれた。
そして聖司とすれ違うように、ヘリコプターが急降下する。

「オオオォォ!!」

バリーが咆哮を挙げてジョエルの左脇腹を掠めるように突っ込む。ヘリのローターは通過する間に銃弾が詰まった腹を何度も抉った。

「喰らえ!!」

強烈な揺れがヘリを襲う中、その抉られた脇腹目掛けてクリスがバズーカを放つ。白い煙を残してロケットは吸い込まれるようにジョエルの体内に突っ込んだ。
瞬間、凄まじい爆発と共にジョエルの体が左半分綺麗に消し飛ぶ。

「掴まれぇ!」

予想以上に背後から襲う衝撃が大きく、2人を乗せたヘリがバランスを崩した。コマのようにグルグル回り、それでも体勢を直そうと四苦八苦するが、機体が建物へ吸い込まれそうになる。
もう無理だ――――そう直感したバリーは操縦桿を勢いよく倒し、地面へ向けて急降下した。
すると遠心力が働いてヘリが横倒れになって地面を滑るように衝突した。メインローターが折れ、テールも真っ二つになったが、操縦席にいる2人はなんとか息をしている。

「ぐぉお………」

地面へ向いていたのはバリーがいたメイン操縦席側だった。墜落した衝撃を受けた腕を押さえ、うめき声を挙げている。

「バリー!」
「折れただけだ………心配するな」

軽い脳震盪に出血と骨折。たしかにそれだけなら心配する必要はない。こういうことをしていれば腕一つ無くなってもおかしくない怪我をする者はいくらでもいる。
コレぐらい安いものだ――――そう2人が痛感していると、連続的な爆発が背後から起き始めた。




「撃てぇ!!」

バランスを崩して墜落したヘリが気になるが、きっちり役目を果たさなければ犠牲が無駄になってしまう。
ハロルドの合図でバズーカ、手榴弾。ありとあらゆる攻撃が全方位から放たれる。
数秒後、切り落とされた腕のみを残して全長7メートル以上あった怪物は姿を消した。
しばし、結果を把握するために誰もが呆然とする。再生して蘇るという生半可な情報を信じて、僅かな肉片が残っているだけでも油断はできないのだ。

「勝っ…た…?」

飛び散った肉片と体液はただ燃え続ける。人間という生物以外が動かないとわかったとき、ようやく誰かが声に出した。

「あぁ…勝った」
「勝ったんだ!俺達がやったんだ!」

エジプトで苦汁を飲まされた者が勝ち鬨を挙げた。BOWというトラウマを打破したことを喜び、互いに健闘を称え合う。

「あ、兄さん!?」

一足先に感動から冷めたクレアは落ちたヘリへ向かった。それから徐々に冷静になる者が増え、STARSが率先して指示を出す。

「すみません、すぐに冷凍キットを持ってきてください!あの腕を採取します!」
「残ってる奴はこの一帯を消毒するんだ。防護服を忘れるな!」

医務室へ運ばれたクリスとバリーに代わってレベッカとレオンがキビキビと動く。命令系統に組み込まれていないにも関わらず、GIGNの隊員は快く引き受けていた。共闘することで小さな絆が生まれた証拠だ。
これでわだかまりもなくなるだろう――――少し離れたところから様子を伺っていたハロルドは、思いもしない実戦の勃発が好転したことを喜ぶ。フランス内部だけでも大勢の警官や軍人がいるのに、たかが特殊部隊一つと友好を繋げられないで、巨悪と戦えるわけが無い。

「……む?」

そろそろ仕事をしようか―――乱れていたスーツを軽く整えて歩き出そうとしたとき、モンスターの処理をしようとしている輪から離れていく人影が目に映った。
ハロルドは少し考えて、早足気味にその人物の後を追った。
 
 
 
 
 
補給された水分はすぐに吸収され、火照った体を冷やし、火傷を迅速に治していく。なにせ体から湯気が出ているのがわかるほどの熱だ。どれだけ熱かったか想像するに難しくない。

「……………ふぅ」

乾いた体と喉を潤して、ようやく彼は一息つくことができた。その顔には、戦闘を行ったことによる疲労とは別のものが浮き出ている。
ネメシスt−型。この騒ぎの所為で本格的に露見してしまった自身の正体に頭を痛めているのだ。
今ここにはSTARSを支える有力者が大勢来ている。本来なら被害者という立場を強調して、彼等に紹介してもらう予定だった。
ところがこの騒動で『戦って』しまい、勝って、有用性を証明してしまった。
被害者である一般人ではなく、強力なBOWとして認識されてしまったはずだ。
 
 
 
 
 
赤頭巾を助けた狩人の中に狼が紛れ込んでいてもおかしくない。油断すれば狩人にも食われるかもしれん。
製造、教育、寄生対象の広範が成功すれば短い期間で最強の一個大隊ができる。
力の無い人間は君を容赦なく追い詰めるだろう。
君はBOWだ。よくてモルモット、悪くて処刑される。





聖司の脳裏にウェスカーの台詞が蘇る。
持っていないからこそ手に入れたい。人は多かれ少なかれ似たような欲求を持っている。核兵器がいい例だ。今もこうして未知の技術に興味を引かれて集まって来ているのだから。
なまじウィルスの研究を含めたバイオテクノロジーは軍事のみならず、様々な分野に応用が利く。アンブレラを世界的大企業に発展させた恩恵を授かりたいと思うのは、当然のことだろう。

「(……まるでゾンビだ)」

新鮮な肉(技術)を貪りたい――――人間の欲求を素直に満たそうとするその姿は、形は違っていても振りは変わらない。
これからどうなるのだろうか――――不安で一杯の未来を想像していた聖司は、不意に人の気配を感じ取った。
テレパシーで人物を特定するのに時間は掛からず、握りかけた銃から手を離す。

「やあ。傷は大丈夫かな?」
「軽い火傷で済んだんで」

建物の角から急に現れたことに驚かない。それで拍子抜けしたのか、ハロルドは少し面白くなさそうな顔をした。

「しかし、頬の火傷はひどいぞ」

体液を直接浴びたせいだろう、左の頬の皮膚は壊死して黒ずんでいる。このタイプの火傷は、局所とはいえそこそこ重度と認識されている。
早急に切除する必要がある、と判断したハロルドは医務室へ向かうことを促した。
この気遣いにはなんの含みも無い。怪我をしていれば治療を薦めるのが普通の反応だ。
しかし、聖司は必要ないと言った。そして指で傷を軽く触れると、端の辺りを摘んで一気に引き千切った。
本来なら、千切った皮膚の下は筋肉なり脂肪なり、損傷に該当するなんらかの負傷を示す状態になっている。だが彼の頬にはそんなものが無い。まるで絆創膏を今剥いだような、新しい皮膚が出来上がっていた。
ジョエルを倒して5分も経っていない。その事実がハロルドを驚愕させる。

「……それがBOWの力か」
「STARSの連中は、銃で風穴を開けても、数分後には元気に襲ってくるタイラントと戦ったとか言ってましたよ」

t−002シリーズはBOWの中でも再生力が格段に高い。調整され、限りなく完成されているという謳い文句は伊達ではないのだ。
もしこの力があれば、バリーの骨折も一週間で治るだろう。

「アンブレラがBOWに拘る理由も納得できる」
「それはアンタ等も同じじゃないんですか?」
「というと?」

口調が少しキツくなっていることを察し、ハロルドはとりあえず耳を傾けることにした。図星を言われるにしろ見当違いを言われるにしろ、まずは理由を聞かなければならない。

「傷が勝手に治れば衛生兵の負担を軽くして、隊全体が任務を長期間行える。怪力を持てば大量の装備が持てる。どんなに理不尽で危険な命令でも文句を言わず遂行する。アンタ等から見れば、こんな都合のいい兵士はいねぇよな」
「アンブレラを潰した後、私達がBOW―――ひいてはそれに準ずる何かを作ると?」
「施設襲ってデータ漁ってんのがいい証拠じゃねぇか」

なるほど―――と、ハロルドは心得た。そう考えるのは不思議でもない。むしろ当然と言えた。敵が持っていた技術を盗んで利用するのは古来から人間がしてきた戦術だ。同じものを作って対抗すれば、少なくとも同等の被害と戦果を得るのだから。
そしてもう一つわかったことがある。セイジ・カサヅカという男はそういう考えを持っていると踏まえて、やはり一般人であり、素人なのだと。
ならば教えてやらねばなるまい。人生の先輩として。

「同じ事をすればアンブレラの二の舞になるじゃないか」
「…………あ」

たった一言で示すことができる単純な答えである。
STARSはすでに数々のBOWと戦い、勝利を納めてきた実績がある。仮にフランスがt−ウィルスの研究を引き継いでBOWを作っても、矛先が向いて損をするだけだ。
そして、今日の事件も含めて、STARSはある一つの事実を証明している。
確認されている全てのBOWを撃退していることだ。

「ただの兵士に負けるBOWを作ってなんになる。局所展開がどうのというが、そういう任務は迅速さが求められる。単純な命令しか聞けない上、情報の交換ができないのでは話にならん。私の部下のほうが何十倍も役に立つぞ」

結局のところ、そういう結果になる。人間以上なのは体だけであって頭はそうもいかない。現場で手に入れた情報を活かせない部下などいらないということだ。

「じゃあ…国にとってBOWは意味が無い?」
「一概にそうとは言えないが、少なくともここに集まっている者ならそう考えているはずだ」

聖司の口調が柔らかくなり、ハロルドは論破できたことに安堵する。これで少しは信用してもらえただろう、と。

「さぁ、皆の所へ戻ろう。エジプトの謝罪を含めて、君とはじっくり話がしたい」
「お手柔らかに」
「それは保障できないな。あぁそうだ、柔らかいと言えば君の―――――」

ここぞとばかりにあれこれ聞いてくるハロルドの質問に答えながら、広場に戻る。
だがハロルドは気づいていない。自分と話している相手が嵩塚聖司本人ではないということを。

「(で、何が知りたかったんだよ)」

聖司はジョエルがモンスターになったときから、この瞬間まで表に出ていない。
エルが表に出て体を操れば、聖司は何も気にしないでテレパシーに専念できる。その方法を駆使すれば、周りの情報がほぼリアルタイムで収集され、エルの判断材料にされる。
STARSに会う前、公園で工作員と戦ったとき聖司が敵の数や位置を教えたように。

《本当にBOWを利用しないって思ってる?》
「(いや、どっちかっつーとあれだ。ウィルス研究して俺みたいになれねぇか期待してる)」

それはクリスマス前夜の食堂でクレアも提案していた。エルが分泌するなんらかの成分によって聖司の体が異常になったのなら、同じ人間が利用できないわけが無い。
レベッカは危険性を考慮して却下したが、国は違う。即効性の筋肉増強剤や自己治癒促進剤は軍事のみならず、医学やスポーツで十二分に発揮できる。

t−ウィルスの研究をしながら生物兵器ではないという主張が適用されるのだ。
もしそうなれば、一番最初に犠牲になるのは、この2人に他ならない。
被害者だろうがBOWだろうが関係ない。結局ウェスカーの言っていたことは当然の成り行きということだ。
狼に狙われ、狩人にすら狙われてしまったら、一体何にすがればよいのだろうか。

「(流れ星に願いでも託すか?)」

彼の願いは未だ一つも叶えられていない。









「彼らのデータを調べたけどまだ解析できてないわ。もうすこし様子を見てから……………えぇ、そうね。それと例の日本人だけど、あなたと同じぐらいでたらめよ。それだけ………いえ、多分素人じゃないわ。見ただけでも戦い慣れてる感じがする」
目線の先には局長を筆頭に隊員達から質問攻めにされている聖司がいる。事前にあることを知らされていなければ、自分もあの輪に加わって話しを聞きたいと思っていただろう。
「しばらくここにいるけど、何人か寄越して始末をお願い。確認にしただけでも8人はいるから。……………えぇ、それじゃ」

基地の窓から今までの状況を見ていた人影が通信機には見えないものを耳から離してポケットにしまった。

「………………」

人影は静かにその場を離れた。














インターミッション
※デフォルメレベッカ登場




炭素系からケイ素系に変換するにはナノマシンが無いとできないんですけどねぇ。自分で言ってて馬鹿らしく思えます。
でも栄養に換えるのは無理でも、食べるだけなら出来ると思いますよ。シロアリやゴキブリはアーキアって呼ばれる…………って、ここじゃ関係ないですね。説明いきま〜す。




ジョエル・オールマンについて

役職はアメリカ支社副社長。レオンさんがラクーンシティから持ち出したファイルにはそれだけしか書かれていなかったから、まさかスパイとして来るとは思いませんでした。
支部の重役として裏のほうにも顔は効いてるみたいです。


セオという人物について

会社パンフレットには性別、学歴程度しか載っていないので、人物像もまともに推測できない女性。ただ学歴を見る限り、アレクシアと同じように飛び級で大学を卒業してますから、会長役だか代表役云々は本当に肩書きなのかもしれません。


t−Veronicaについて

レポートによればアレクシア・アシュフォードが女王蟻の遺伝子から採取した古代ウィルスから作られ、始祖とその派生であるt・Gとは別物のウィルス。
ただ始祖ウィルスも古代遺跡に咲く花から採取したウィルスらしいので、もしかしたら系譜が繋がっているのかもしれません。

特性には他のウィルスと差異はなく、感染すればモンスターになるだけです。
詳細は別途資料を参考に。





彼に指名される人間が運ばれる度に、私は組織の脆さというものを知った。1人2人だけと予想していたのに、まさか半数以上が副業に手を出していたとは思わなかったのだ。いや、STARSに加担することが、彼等にとっての副業なのだろう。

スパイの脅威がなくなった反面、彼等から受けていた支援が絶たれる事も辛い。今後の運営も見直す必要がある。
心地の良い嘘が暴かれたとき、私達はいったいどうすればいいのだろうか。