「―――てなわけで、アイツの武器の選びなおしだ」
 
カルロスはMeteorの説明書と重火器のカタログを机の上に広げた。
 
「『ある程度軽い』『セイジが使える程度のコンパクト』『絶え間なく発射できて』『尚且つ高威力』の4つが揃ってる物なんかあってたまるか」
「今さらオーダーメイドというのもな………時間が無さ過ぎる」

元軍人の評価は実に的を得ている。重量、体積、発射速度、威力は銃の歴史において常に問われてきた問題だ。
Meteorですら聖司の体を考慮して作られた逸脱品だというのに、それを凌駕する代物を専門家ではない連中で作るのは到底無理としか言いようがない。
 
「そうなんだよな〜。だから今爆弾使って考えてるんだけどよぉ……」
「爆発系だと味方を巻き込みますし、かと言って威力を抑えたらショットガンと変わりませんし」
「どっかから小型レールガンとかもらえねーもんか?」
「移動砲台なら『雷神』がありましたけど………」







突然インターミッション

デフォルメレベッカ・カルロス登場。
 
現在(2001年)の技術では兵器として携帯可能サイズのレールガンの作成は非常に困難です。
元々レールガンはローレンツ力による電磁飛翔体加速装置の一つで弾丸を加速・射出するEML(Electro magnetic Launcher)をレールガンと言います。
 
「ローレンツ力ってのはフレミングの左手法則のことだな」
 
その構造はいたってシンプルで、銃で例えると火薬は電力、薬莢はレール、弾は伝導体にあたります。
ちなみにレールも伝導材質です。
構想自体は第一次世界大戦以前からあって、最初にレールガンを搭載したのは戦車だと言われてます。
銃の場合火薬量∝弾速になるため、電力で供給されるレールガンも電流・電圧に影響して射出速度も変化していきます。
 
「∝は比例って意味だ。つまり弾を速く撃ちだすには大量の電気が必要になるってことだ」
 
その通り。でも、そこでいくつか問題が発生します。
高電流・高電圧ともなれば当然発電機・蓄電器が必要であり。メガジュール・ギガジュール級の運動エネルギーまで達するには、それこそ大量の電気が生産されないと話しになりません。
 
「それだけ巨大な電気を使えば熱量も馬鹿にならねー。鉛なんて使えばレールから飛び出す前に気化しちまう」
 
またレールも伝導体であることから、気化まではしないでしょうけど融けてしまう確率が大きいんです。弾を射出したときの熱や衝撃で砲身のレールが歪めば、それこそ兵器として成り立たちません。
最後に、発射時の衝撃・反動が凄まじいこと。レールガンから打ち出される弾は秒速何kmという超音速域まで達します。そのため射出の際は衝撃から起こる騒音で耳が使えなくなるかもしれません。ていうか使えなくなります。
 
「反動も砲身になるレールが短いほど比例して大きくなる。短い加速時間で秒速何kmの弾を射出するんだから当然加速による反作用も大きくなるわな」
 
ちなみに上記の文は現在製作可能なレールガンを元に小型化した場合の問題点を記述してます。
これらの問題を一切無視した上で大きさが対戦車ライフル並のレールガンをカルロスさんが撃つとこうなります。
 
1:反動で撃つ度に30b後ろに吹き飛ぶ。ついでにソニックブームで耳がイカれる。
 
2:射出した瞬間吹き出る高熱ガスで大火傷する。ついでに銃自体も熱を帯びるので融けた銃が腕にかかる。
 
3:そうなるまえに電力不足で撃てない。撃てても威力はない。
 
以上の点が挙げられます。

人が持てる程度のレールガンを作るには『高性能小型発電機・蓄電器』『弾、レール材共に高度の耐熱材であること』『反動を抑えるためのなにか』が必要になります。
 
「もしレールガンを通常兵器として気軽に使えるとしたら、原子力潜水艦か空母ぐらいだろうよ」
 
ちなみに、レールガンの亜種は多々あってその一つにリニアガンっていうものがありますが、レールガンとは性質が違います。
レールガンは発射に電磁力によるローレンツ力を利用しますが、リニアガンは磁極の反発力の利用……つまりはリニアモーターカーと同じ。
 
「電気を使う兵器は電力の確保が最大の課題になるわけだ。ぶっちゃけこんなもん撃つより戦艦の主砲撃ったほうが早いし安上がりだがな」
 
でも作る意味はあるんですよ。理論上物質を可能な限り加速させることができるんですから。宇宙開発の一端を担ってます。









「ゲームや映画のようにはいきませんね」
「まったくだ」
 
本部強襲まで時間が無いため、レベッカとカルロス、バリーとクリスの4人が古今関係なく銃のカタログに目を通しているが、どれも少し鍛えた人間の使用を基準にしているものが多く、標的の基準ももちろん人間だ。
故に内容はほとんどアンチマテリアルや新商品ものに集中する。台座、もしくは2人係で使用するものが聖司一人で使えるため、高い威力でも扱う分には関係なかった。しかし、今回はその高威力が問題だった。
 
《深海で大砲撃ったらどうなると思ってんの?》
 
よりによって一番言われたくない相手に『施設の強度を考慮しなければならない』ことを指摘されたのだ。
 
最初に浮き彫りになったのは施設の壁が、『どの弾丸の威力』を考慮した設計になっているか。50口径ライフルを撃って穴が開いては話にならない。
 
次に耐衝度。前述の弾丸云々が強度であるのに対し、こちらは衝撃の吸収に的を絞っている。銃を撃つだけでも音という衝撃があるのに、爆発による空気圧の急変は想像以上に大きく、耐えられなければ最悪崩壊する。
 
しかしアンブレラ側の武装を予想すれば、BOWの暴走を考えて当然重武装で配備しているだろう。施設の強度も見合ったものになっているはず。STARSが使う予定の武器と大差はないに等しい。
 
問題はアンブレラ側と大差ない武装でBOWと戦えるのかということだ。
タイラントやハンターならまだいい。ジョエルのような巨体を使えないのはアンブレラ側がよくわかっているはず。
 
ならばエジプトで使われたBOWはどうだ。タイラント並の大きさながら、外殻の硬さは数発の50口径ライフルにも耐えた。
もし建物の強度が50口径ライフルに耐えられなかった場合、ライフル以下の装備で戦わなければならなくなり、当然勝ち目は薄い。
 
「なにか……なにかないのか」
 
強引に進めた計画の不備が目立ち始め、誰もが大きく溜息をつく。もう止められないのがわかっているからこそ、なおさら悔やまずにおれなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
更に、もう一つ問題が発生した。

「シェリーは連れて行かない」
 
もちろん本人はこの言葉に素早く反応した。だがシェリー以外は納得がいく顔をしている。
 
「確かに年齢以上の体をしているのは認める。だが今回はおそらくこれまで以上の数のBOWが相手になるだろう。長期戦になればなるほど銃を使えないシェリーには不利だ」
 
実際シェリーは射撃が下手というわけではない。9ミリ弾程度なら普通に撃てるし、マシンガンも十分扱える。
だが今回の相手はゾンビではなく、調整された実戦用のBOWが相手になるとクリスは推測していた。
つまり、パラペラム弾程度では威力が心許無いのだ。ゾンビに三発以上使う弾程度では。
 
「でも、私はセイジさんと40体以上のBOWと戦って―――」
「シェリー!」
 
抗議の最中に横から大声でレオンがストップを掛けた。

「あのとき、お前は何体BOWを倒した」
「……え?」
「45体の内、お前が直接、襲ってくる倒したのは何体だと聞いている」
「そ、それは」
「2人で45体のBOWを倒した、と言えば確かに聞えはいい。だが、仮にセイジじゃなく俺と一緒だったら、同じ結果を出せたのか?」
「でも」
「お前がいなくても一人で全滅させることができたはずだ。居ても居なくても変わらないのなら居ない方がいい」
 
最後の言葉にシェリーの目が大きく開かれる。
実際活躍したのはエルだが、そんなものは理由にならない。
 
「だけどよぉ、それはあくまで戦力だけ見た場合だろ?。STARSの中でコンピューターに長けているのは今のところレベッカとシェリーしかいない。他は皆どっこいどっこいだ。貴重な人員を―――」
 
聖司はシェリーを一瞥するとレオンに顔を向けて軽く口の端を上げる。
 
「割くわけにはいかないだろ?用はシェリーがそれなりに強くなりゃいい話じゃないか?」
「どうやって?夜通し訓練でもさせるの?」
 
クレアが聖司に聞くが、答えたのは聞かれた本人じゃなく隣りにいたエルだった。
 
「素手でハンター倒せんの?」
 
あたしはできるけど――――言ってもいないのに、シェリーはエルの嫌味が憎いほどわかってしまった。
 
「だったら装備で補うしかないな」
「そんなものある?」
 
確か玩具みたいな小型戦車があったはず――――ジルが該当しそうなものを思い返していると、隣りにいるレオンが何かに気付いて顔を上げた。
 
「ある」
「どこに!?」
 
シェリーが期待を大にして聞き返す。
 
「DARPA」
「ダーパ?」
 
聞き慣れない単語に聖司が首をかしげる。
 
「国防省付属機関先進研究局。あそこには人口筋肉を使用した全身強化服が研究されていた。以前実験をかねて使わせてもらったことがある」
「DARPAか……。そこなら何とかなりそうだ」

様々な思惑が交差する中でアンブレラを憎く思う同士は大勢いる。
技術、情報、経済、人員。それらを供給・支援してくれるから、STARSは今までやってこれた。
しかし、アンブレラを潰す――――こんな大事をただの慈善活動で満足するような相手はいない。それが私怨を晴らす者であったり、正義を貫く者であったり、ライバル会社を潰すための投資など、何かしら得がなければ財産を犠牲にしようなど思わない。
今回はボランティアではなく、思惑の一致による支援を申し出るつもりだった。










数日後、クリス、ジル、シェリーの三人はアメリカのとある企業へ赴いた。
DARPAは専用研究所を持たず、企業や大学の施設を間借りして研究を行っている。その所為かわからないが、軍人が雇用されることは多くない。
レオンの口利きのおかげか、さすがに大手を振って歓迎はされなかったが、アポイントメントを取らないままでもほぼ無条件で入所を許可された。
 
「ホントに大丈夫かな〜」
 
勢いで来てしまったものの、いざとなって緊張してきたシェリー。使い物になるのか、そもそもそんなものが完成しているのか、不安要素は多々ある。
 
「何言ってんの。残ってバリーと待ってたいわけじゃないでしょ?」
「それはイヤ」
 
バリーと待つのがイヤなのか、それとも置いていかれるのがいやなのか微妙な言い方だった。
 
それから数分後、秘書を連れた黒人男性が部屋に入ってくる。
 
「ようこそレッドフィールドさん、遠くからお疲れ様です」
「初めまして」
「申し訳ありませんが、歩きながら話をしましょう。ここでは時間がもっとも貴重なので」
 
軽い握手をして間をおかず、自己紹介も儘ならないまま男性はそう切り出した。
クリス等はにべも無く了承した。手っ取り早く用事を済ませたいと思っている双方にとって、座って歓談など不要らしい。
いくつものセキリュティを抜け、5人はようやく研究エリアに入室した。通路から見えるいくつもの部屋には物々しい機械が忙しなく動いている。
 
「最先端技術は軍にあると勘違いされる方が多いですが、とんでもない。技術とは理論や学術的なものが組み合わさってできるもので、当然その分野に詳しい者が居る場所から新技術は生まれる。DARPAはその技術を、速やかに軍事利用するための機関です」
「でも、民間から生まれる技術はせいぜい新素材とか理論で、軍事に転用できるものはそう多くないはずじゃ?」
 
シェリーは珍しそうに周りを眺めていた。見たことが無い物が動き、大勢の人間が何かしらの実験に着手していて、まるで異世界に来たように興味津津だ。

「その素材が肝なんですよ。レッドフィールドさん、貴方が知っているDARPAの作品はありますか?」
「自分が最後に見たのは、核爆発を利用した破城鎚ですが………確か地球に衝撃を与え、反対側を振動させて攻撃する兵器だと聞かされました」
「とまぁこういうふうに、作れるようになったらとりあえず作ってみようが我等のモットーです。理由なんて後からでっちあげればいい」
 
本末転倒とはまさにこのことか。










「では本題に入りましょう。ホワイトハウスの用命は強化スーツの譲渡ですが、それでよろしいですか?」
「はい。そしてこちらは試用データの提出。例え雲行きが怪しくなってもDARPAと合衆国は感知しない」
「結構。君、彼女に資料を」
 
秘書は抱えていたノート一冊分ありそうな仕様書をシェリーに手渡した。
 
「これは………」
 
読み進めていくうちに、この装備がどういうものなのか理解し、絶句する。

「筋電義肢と人工筋肉、小型の超強力モーターを併合し、BLEEX計画とは違い肉厚の装甲で覆いました。一応コンピューター制御ですが、バッテリーが続く限りアナログでも十分使えます」
 
使われている素材はすでに他企業が開発しているものだった。筋電義肢は医療から、人工筋肉は波力発電から、小型モーターとバッテリーは電気自動車から持ち込まれている。
 
これらは全て人のため、環境のために作られたものだ。なのに武力として使われようとしている。
軍事利用されているもののほとんどは同じ経緯を辿っている。
代表的なものに飛行機がある。世界最初の有人動力飛行を行ったライト兄弟は元々自転車屋で、同時にガソリンエンジンも開発している。
弟のオーヴィル・ライトは日本に原子爆弾が落ちたことを悔いたと言うが、もしこのスーツが後の歴史で大虐殺の引き金になったとしたら、おそらく彼等も同じことを思うだろう。

私はこんなことのために作ったのではない―――と。

「軽蔑するかい?」
「………いいえ」
 
男性の質問に、シェリーはそう答えた。一般人のままなら、彼女は軽蔑する資格を持っていた。だがこの兵器を使って戦うことを選んでいる今、ここで働いている研究者と同じ場所に立っていることになる。
 
「この国で、これを使っても罪が起きないなら、私たちは恥じることをしていない」
「結構。こんな場所で道徳を言われたらどうしようかと思ってたよ」
 
それはとても悲しいことなのかもしれない。

「非公式の記録ですが、1998年の約半年の間に、最低でも4箇所でバイオハザードが起きたことを懸念した大統領は、アンブレラ……ひいてはBOWとゾンビに対抗する研究を、早いうちに発令されていました。向こうのずぼらな体制に備えてね」
「バイオハザードがどこで起きてもおかしくないことを理解していた?」
「軍需産業に遅れをとるわけにはいかないというのが本音でしょうね。ここは戦争ばかりしている」
 
今やアンブレラの株は下落して倒産寸前。それでもt−ウィルスの研究は必ずどこかで継続される。食い逸れた研究員は雇ってもらうためにその知識を最大限使うはずだから。

「メタボリック・ドミナンスを聞いたことはありますか?」
「『最高の兵士能力計画(Super Soldier Ability Project)』。兵士の最高の状態を不眠不休不摂食で維持し続け、軍事行動を超長期従事させる。さまざまな方面で不可能だと言われているようですが?」
「その構想を聞いたとき、私は真っ先にゾンビを思い浮かべました」

その爆弾発言に対し、クリス達はなんと答えていいのかわからず、足音だけが廊下に響く。
 
「不眠不休で彷徨い、摂食という名の攻撃を行い数を増やす。他のことには眼もくれず、ただただ健常者を襲い続ける。感染の拡大さえなんとかすれば、立派な兵士ですよ。死なない限り戦い続けるんですから」
「命令を理解せず使い捨てで、後始末も大変なモノが兵士の理想と?」
「長所だけを見れば。その長所だけを取り分けるのが我々研究者の仕事でもある。そしてアンブレラはBOWという形で長所を引き伸ばした」
 
まさかこの男は――――そんな懸念が浮かび上がったが、彼の話にはまだ続きがあった。

「それでは誰も納得しない。兵士だって人間……化け物になってまで国に尽くしたいと思っている人がどれぐらい居るとおもってんですかね」
 
それは軍人の誇りを汚すものだと言う。厳しい訓練を仲間と受け、危険な仕事を請け負ってきたというのに、ぽっと出のモンスターのほうが優れていると、誰が認めるというのか。
ましてや人生を犠牲にすると言われれば、志願兵など数えるほどしか出ないだろう。
 
「BOWは遺伝子で成功が左右するらしいじゃないですか。どんなに強力でも生産が間に合わなければ意味が無い」
「道具は誰でも使え、誰が使っても同じ結果を出さなければいけない。だから私は――――これを作ったのですよ」
 
扉が開いてすぐ目の前に、件の強化スーツは鎮座していた。ある程度完成されているのか、外見は綺麗に整っている。
物々しく、ゴツゴツしたイメージを持っていた三人の予想を裏切り、陸軍のフル装備よりコンパクトだ。
 
「これが歩兵強化兵装のプロトタイプです。まだ名前は付けてませんが」
「随分と……」
「小さい?」
 
男性の問いにシェリーがコクっと頷く。
「幸いにもここの企業は小型にするのが得意で、内密で手伝ってもらったんですよ。加えて技術は日々成長しますから」
 
シェリーは改めて手元も資料からスペックを確認する。
新素材で作られた薄めのゴム質スーツで網目状の硬化電線が覆われている。これだけで衝撃吸収と防刃の役をこなし、更に各部位に装着するモーターや人工筋肉に脳波を伝達する仕組みだ。
 
筋電義肢は技術を応用され、瞬間的に強い衝撃を受けたとき、各種装置と連動して任意で硬直するようにできている。重量さえ整えば、タイラントの打撃を受け止めることもできるだろう。
そしてモーターは元々自動車を動かすことを想定して作られており、重いものを持ち上げるときに人体の稼動箇所を補佐する。
装甲を含め、使われている金属にはカーボンナノチューブが加えられ、従来の合金より強度を増していた。
 
「カーボンナノファイバーが実用化されてるなんて………」
「将来的には金属フレームは全てカーボンになる予定です。今は合金に混ぜてる程度ですが」
 
コンピューターと通信の性能が上がり始めた頃から、技術の進歩は革命的なまでに成長している。近未来SFと呼ばれる分野も、現代の最新科学ではほとんど実現可能なものが多い。
その分見えなかった問題も浮き彫りになる。カーボンナノチューブはさまざまな分野で使用が期待されているが、体内に吸入するとアスベストを吸ったときと同じ病にかかることがわかった。
 
新しい技術は必ずしも良いことだけではない良い教訓だ。
 
「義肢を動かすにはどうすれば?」
「一応2つ用意してます。一つはヘッドギアで脳波を感知して、そのまま背中のCPUに送信。ただし、この方法だとコンマ数秒の誤差が指摘されました」
 
報告したのは多分レオンだ――――正直、その報告はありがたかった。
戦場ではそのコンマが命取りになることがあるからだ。

「もう一つは動く部位とモーターを連動させます。体の各所に感知器を埋めれば、理論上誤差を数%まで下げることができる。お勧めはしませんが」
 
サイボーグ化というほど深刻なものではないが、たかがコンマの誤差のために体を傷つけてまでするほどのことではない。今の外科手術なら傷跡を残さず施術できるが、完璧ではないらしい。
女性の―――それも子供が受けるには酷ではないかと、男性は研究者としては珍しい思いやりを見せた。

「脳にコンピューターを入れたり、体の中に電線を入れるぐらいの覚悟はしてました」
「ん………」
 
覚悟は立派だが、やはり決定には欠ける。男性は生返事をすると、保護者に確認を仰いだ。
そして、彼女がそう言うのならと、クリスは頷いて見せた。
 
「では手術の前に調査をして―――――」

男性が部屋を出ようとした瞬間、部屋の灯りが消え暗くなった。数秒もしないうちに非常灯が点くが、部屋全体が広いため暗闇とさほど変わらない。
 
「停電?」
「気にしないで下さい。いつものことですから」
「ここでそれはまずいんじゃないんですか?」
「いえ、超伝導コイルを充電してるだけなのでそれほど大事には―――そうだ、どうせなら見ていきますか?」
「超伝導コイルを使った兵器ですか?」
「プロトタイプという点は同じですがね」









3人が案内された場所は今いる階層より、更に地下にある大きな部屋だった。
大量の機材やケーブルが所狭しと並べられ、その終着点に小さな兵器が置かれていた。

「これですか!?これに超伝導コイルを!?」
「かなり小型ですけど、それが8個入ってます。はい、これが資料」

男性から渡された紙の束を取り、すぐにシェリーが読み始める。クリスとジルも後ろから覗いてみるものの、化学記号の羅列を見てすぐに断念した。

「御二人には私が説明しましょう」
「頼みます」
「これはプラズマガスを使用した……簡単に言えばガスバーナーです」
「ガスバーナー?そんなもの精々1000℃2000℃が限度だろう」
「既存の可燃性ガスならそうですが……最近の技術では℃15000ま出せましたよ」
「15000!?鉄なんか一瞬で蒸発するじゃないか!」
「そんなもの尚更兵器にならないわ。火を噴いただけで使ってる人間も熱で蒸発するじゃない」
 
火に触れてもいないのに熱を感じるのは誰でも知っているだろう。火は灯ると様々な物質を放出し、熱もその中に入る。そして熱は空気を伝わって拡散する。
アメリカのとある事件に、燃料タンクが爆破した熱波で、数百メートル離れていた野次馬の体が火傷をしたという記録がある。
空気はそれだけ移ろいやすい。
そもそもそんな熱に耐えられる素材が、施設に使っているかどうかもわからない。
 
「施設に関しては……バーナーを直接着けなければ大丈夫でしょう。火災対策は施してあるでしょうし。使う側も…………磁場に断熱効果があるのは知ってますよね?」
「それぐらい知ってる。だが磁場そのものも強力なものじゃないと駄目なんだろ?15000℃の余波を防ぐ磁場なんか、どれだけ巨大な装置になるんだ」
「だいたいこれぐらいですね」

男性は近くに置いてある箱から、掌が余るほど小さいコイルを取り出した。

「これは?」
「さっき彼女が言っていた超伝導コイルの模型です。大量の電気を蓄積したコイルは強力な磁場を形成し、使用者を熱から守る。これを8個も取り付けました」
「こんなに小さい物ができるの?」
「理論上このコイルの蓄電量は宇宙と同じです」
「………無制限?」
「未知数って所ですかね。一般の電池は電気を浴びせた水銀などを用いていますが、これはコイルの周りを電気が循環し続けるんですよ。電気は実態がありませんから質量や体積が増えることもありません」
「それを8個も付けた理由は?」
「さっきも言ったとおり大量の電気を蓄積したコイルは強力な磁場が発生します。℃15000の熱を閉じ込めるわけですから規模は想像できるでしょう?そんな場所に人が五体満足で居られると思います?」

ジルはすぐ首を横に振った。熱という不定形なものにまで影響を与える磁界が、物質の塊である人体に無影響などと、都合のいい話は無いだろう。
クリスはすでにチンプンカンプンのようだ。

「熱を閉じ込める磁場を閉じ込める……中和と言ったほうがいいですか?使用者に磁場の影響が無いように磁場で中和するんです」
「周りに居る私たちは?」
「あのスーツにも中和装置を着けますから、彼女の後ろに居れば問題ないでしょう」
 
それを聞いてクリスはホッとした。周りにも近づけないのであれば援護のしようも無く、スタンドアローンで行うしかない。
チームで動かなければならない作戦に、それは禁物だ。使用を控えてもらうことになっただろう。

「燃料はフル稼動で何時間保ちますか?」
「17時間。車より燃費がいいですよ」
 
ただし――――と男性は続ける。
 
「コイルの電気を維持するには、液体ヘリウムを器に満たしておかなければなりません」
「電気の熱でコイルが壊れるからですね?」
「その通り。一つにつき約6千万ボルト。それが8つ同時に放出されれば、防ぐ手段はありません」
 
電気に実体は無い。例え絶縁体で体を包んでいても、電気が作る熱までは防げない。
熱と電気を完全に防げる絶縁体のスーツを作ると、厚さで人間が動けないほどに、放電という現象はやっかいだ。

「そうなる前にアラームが鳴ります。専用ソケットをはめれば空中に電気を分散出来ますから大丈夫ですよ。電気が無かったらただのガスボンベですからね」
「冷却材は一回の補充でどれくらい保ちます?」
「約15分」
「この大きさのボンベを持っていくとして……結局2時間ぐらいしか保たないじゃないですか!」
 
課題を一つ解けばまた課題が出てくる。科学とはこの繰り返しなのだ。
 
 
 
 
 
 
 





 
強襲一週間前。




「それでは、互いの健闘を」
 
ハロルドの激励にクリス達が無言で敬礼する。
本部強襲班の彼らはこれからポルトガルの港からクルーザーで沖に出たあと潜水艦と合流し、そのまま本部を目指す手筈になっている。
 
「頼むぞクリス。毎年お前の墓参りに行くなんて御免だからな」
「皆で帰ってくるさ。パーティーの準備でもしていてくれ」
「うちのに作らせておく」
「モイラは手伝わせないでくれ。あいつはいつも焦がす」
「わかってる」
 
自分の娘のことなのに、バリーは愉快そうに笑った。

「これを持っていってくれ」
 
懐のホルスターからマグナムを出しクリスに渡す。
 
「この3年間ずっと使ってきた俺の相棒だ。行くことが出来ないのは不本意だが、これで奴らをぶっ飛ばしてやれ」
「ああ」
 
バリーが目の前に右手を持っていくとクリスは力強く手を叩き合わせた。
 
 
 
 
 
 


 
 
強襲4日前アメリカ、ニューヨーク。




暗い一室でコンピューターをあたりながら、青年が顔を合わせずに女と会話する。
 
「いやいや恐れ入るね。STARSの奴らもやるじゃん」
「なにかわかった?」
「全部っつってもいいんじゃね?ご丁寧に作戦の内容まで入ってっし」
 
画面に映っているのは今回STARSが行う作戦の全容だった。今頃にポルトガルの港で最期の準備をしていることまで筒抜けになっている。
 
さらにデータを漁ると、アンブレラが売ったBOWの種類や買い取った組織の名前まで載っていた。

「アルの旦那も喜ぶぜこりゃあ。ボーナスもらえりゃいいけどなぁ。あぁっと、ついでにラスキーにも送っとくか」
 
STARSが命を掛けて手に入れたアンブレラのデータがHCFとどこかの誰かに流されていく。
 
「アンタこれからどうすんだ?パーティーには行かねぇんだろ?」
「モンスターとダンスなんてゴメンよ。別の仕事が入ってるからそっちへ行くわ」
 
女はそう言って、今回の仕事で使った道具を全てゴミ箱へ捨てた。通信機や盗聴器など、まだ使えそうなものが入っているのに。

「おいおい、タバコぐらい持ってていいんじゃねぇの?」
 
捨てられたスーツの内ポケットに入っているタバコの箱を見つけ、男はもったいないと言って勝手に吸い始めた。最低限の荷物を持って出て行く女は、部屋を出る瞬間振り向き、言った。
 
「禁煙することにしたの」
 
 
 
 
 
 
 



 
強襲2日前。



その夜、港はいつもの静けさとはかけ離れていた。あちこちに火が燃え盛り、そこいらで銃声が鳴る。



ことは1時間前に遡る。出港を真近に控えたクリス達は荷物をクルーザーに運び入れていた。
 
「このあと丸一日船の上か」
「海は広いし、潜水艦もそんなに早いわけじゃないからな」
 
カルロスとレオンが装備を積んだケースを二人掛かりで運ぶ。

「喋るのはいいけどキビキビ運んでくれ」
 
2人が持っているものと同じケースを聖司とエルとシェリーが一つずつ持って横を素通りした。
中は一番重い弾薬で、聖司とエルはともかく、重そうなスーツを着ているシェリーにまで抜かれてしまい、大きくため息を吐く。
 
「………俺らって」
「そういうのはあまり考えない方がいいぞ」
「だな」
 
2人は2人のペースで地道に運んでいった。元々これが普通なのだと、自分を慰めながら。
 
「――――――ん?」
「どうした?」
「いや、なんかラジコンカーみたいなもんが」

後ろに注意しながら歩いていたカルロスの後ろにタイヤ着きの小さなオモチャがあった。
小さなモーター音と共にカメラ着きのローラーが回転するとカルロスに向けて赤外線のような赤い光を照らしてさっさとどこかへ行ってしまった。
 
「……………」
「………まさか」












荷物の搬送のために2人一組でバラバラに行動していたのが仇となった。おまけに通信機も持っていないだけでなく主要武器はケースに詰め込まれて碌な装備が無い。
 
「(戦況を報告してくれ。なるべく手短―――うわぉ!)」
 
聖司が精神感応を使い全員に呼びかける。最後の悲鳴はハンターに襲われたようだ。
 
「(カルロスだ。レベッカ以外全員ここにいる!倉庫内に残ってた装備で応戦中!)」
 
ついでにとばかり、聖司の頭の中に応戦している彼等の目線が入ってきた。相手は量もそこそこ多いが、銃口を向けた瞬間物陰に隠れたり、なかなかの頭脳プレイを見せている。
頑丈に作られているタイラントとは違い、爬虫類特有の瞬発力で翻弄されていた。エジプトで使われたタイプでは無いところを見ると新型を匂わせる。
 
「セイジ、みんなはどうだ!?」
 
先にクルーザーに乗っていたクリスがバリーのマグナムを撃ちながら尋ねる。
 
「レベッカから返事が無い!」
「たしか……医療具を取りに宿舎に行った筈だ」
「俺が行ったほうがいいな。エルはここで援護してろ!」
「O〜K〜」
 
聖司から受け取った剣を横薙ぎしてハンターを切り裂いた。人の手と自身の触手を駆使すれば、広範囲に渡ってフォローができる彼女はこういう場面で役に立つ。
 
「シェリー、アレは使えるか!?」
「携帯ボンベを向こうに置いたままなの!取りに行ってくる!」
「無茶はするなよ!」
 
聖司がレベッカを迎えに行ったのを確認して、クリスはシェリーにも指示を出した。
武器と人員を天秤で比べると、人員のほうが遥かに大事。クリスはその辺りを心配してシェリーに忠言したのだが、武器ケースからよりによってただの金属棒を取って向かったのを見て、意味の無い言葉だったと諦めた。












「ハァ……ハァ……」
 
後ろから迫ってくるハンターから逃げるため階段を跳ぶように駆け下りる。銃を持っていないわけではないが、レベッカはこんな状態ではまともに撃てるわけが無いと判断していた。
 
「(レベッカ!返事をしろ!)」
 
脳裏に声が響き、一瞬動きが止まりそうになった体勢をすぐ立て直して逃走を再開する。

「(セイジさん!今2階の西非常階段を下に!)」
「(そこはハンターが待ち伏せしてる。中央フロアに来い!)」
「(はい!)」
 
降りかけていた階段を引き返して言われたとおり2階中央フロアに向かった。
後方に威嚇射撃をしながら扉に体当たりをしてフロアに出る。すると目の前で聖司が武器を構えていた。
 
「伏せろ!!」
 
レベッカが前方に転がってやり過ごすと聖司は手持ちの杭を、レベッカを追って寸前まで近づいていたハンター2匹に向かって思い切り振り抜いた。
成人男性より重いはずのハンターが、まとめて階下へ殴り飛ばされて、レベッカはようやく人心地がついた。
 
「助かりました。本当に」
「怖がり方が尋常じゃなかったぞ。なんかトラウマでもあんのかよ」
「いえ、アークレイで少し」
 
どんなに経験を重ねても心的障害は抗いにくいらしい。初任務に従事した結果がモンスターホラーだったのだから、尚更だろう。

「……たく、なんなんだこの大量のモンスターは」
「本部強襲を聞きつけて妨害しにきたのかもしれません。これだけの数を用意できるところは他に無いですし」
「往生際の悪い。……さっさと合流するか」
 
言うが早いか聖司はレベッカの頭が背中に向くよう肩に担いだ。どうも緊張だか疲労だかの所為で足が笑っているように見えたので、戦うより逃げるほうを優先したのだ。
 
「え!?」
「揺れるからちゃんと掴まってろ」
「きゃ〜〜!」
 
人一人担いで数メートルの高さから一階のホールへ飛び降り、無事に着地。聖司の腕力なら体重が50も行っていない彼女を担ぐぐらい簡単かもしれないが、腕一本という不安定な体勢はジェットコースターより恐ろしかった。
更に―――――。
 
「後ろ!後ろにーー!!」
 
ハンターが群れを成して2人を追って来る。着かず離れずといった具合に、彼女のトラウマを無駄に擽るような光景が広がる。
 
「両手空いてんじゃねぇか。撃ちまくれよ」
「うえ〜ん!セイジさんのバカー!」
 
レベッカは更なるトラウマを植えながら、悪夢の終わりを願って銃を撃つ。














広い倉庫内で4種類の銃声以外の音が響く。妙に生々しい音の発信源は強化服を着たシェリーだった。
 
「せぇぇあ!!」
 
杭の細い方を持ってバットのスイングのように振り、その直線上にいたハンターの頭部が飛び散った。
 
「俺……シェリーからかうのやめるわ」
「賢明ね」
 
ショットガンを撃ちながらカルロスが何気なく呟き、ジルがマシンガンの最後のマガジンを装填した。その隙を狙ったハンターが一匹、コンテナの上から2人を襲おうとしたが、シェリーが槍投げの要領で放った杭がハンターの脇下に突き刺さり、そのまま持っていかれ鉄柱に磔られた。その様はまるでモズのはやにえのよう。
 
「遠慮しなくていいんですよカルロスさん。エジプトのときみたいなことしても怒りませんから」
「バカ!後ろ!」
 
目立つような攻撃したシェリーに周りにいたハンターが襲い掛かる。
 
「ハァ!!」
 
先頭にいたハンターの胴に中段蹴りを当ててつんのめったところを踵落としでコンクリートの地面に叩きつけた。
 
そして素早く姿勢を整えてボクシングの構えを真似たポーズを取り、一番近くに居たハンターの顔面に右ストレートを放った。拳大の窪みを顔面に作り、倒れてピクリとも動かなくなったBOWを見てシェリーは内心ガッツポーズをとる。ようやくエルを見返すことができたからだ。
 
「どっちが生物兵器だかわからないな」
「あいつらが不憫に思えてきたよ」
 
と言いつつ援護射撃を忘れていない。
 
「弾はもうないぞ、どうする?」
「俺に聞くな」
 
実力が勝っていても多勢に無勢、シェリーを援護できなくなれば順番にやられるのは確定している。
こういう状況にこそMeteorが有効なのだが、生憎すでにクルーザーへ運んでいるし、聖司のテレパシーは一方通行により援軍も要請できなかった。そもそも援軍に来たのがシェリーだ。
 
打開策が思い浮かばないままレオン達がシェリーを援護していると、搬送扉のシャッターを一台のジープがブチ破ってきた。
車はハンターを蹴散らしながらレオンの横で急停止した。
 
「乗って!」
「エイダ!?」
「早く!!」
 
レオンが率先して座席に乗り込み、訝しみながらジル達も後へ続いた。
乱入してきたエイダも標的と判断したハンターが一斉に車へ殺到した。とっさの判断で点けたライトが直線状にいるハンターを怯ませ、荷台と運転席からマシンガンが乱射された。
 
「シェリー、急いで!!」
 
全員が乗り込むと、最後まで残っていたシェリーは突き刺さっていた杭を引き抜き、ついでに新兵器用の荷物を取ってジープに飛び乗った。
今しがた通ってきた道を後ろを見ないでバックする。ある程度引き離すとスピンで正面を向いて倉庫から飛び出した。

そのあとを大量のハンターが追う。
 
「足元に武器があるわ!」
 
カルロスが荷台のシートを剥ぐと大量の銃器が無造作に置かれていた。四人は思い思いの武器を取り、追ってくるハンターを蹴散らしていった。















レオン達を乗せたジープとレベッカを担いだ聖司が同時にクルーザーの停船してある場所に到着する。
 
「すぐ出るぞ!急げ!」
 
クルーザーからハンターの死体を退かしながらクリスが叫ぶ。かなりの数が転がっているのは、それだけエルが奮闘した証拠だろう。BOWの血で海が汚染されなければいいが。
 
「レオン」
 
レオン達がジープから武器を持てるだけ持ってクルーザーに乗り込んでいると彼女は一人だけ呼び止めた。すぐに振り向くと目の前に何かが飛んできたので反射的に掴んだ。
 
「餞別はそれだけよ。精々頑張りなさい」
 
エイダが渡したのは一枚のMOディスクだった。中のことを聞こうとしたが、エイダはレオンの言葉を待たずにさっさと港から離れていった。
このタイミングで渡す情報ならさぞ重要なものだろう。戦闘で減った武器弾薬も補充でき、至れり尽くせりだ。
 
また借りができた――――遠くなっていくテールランプに感謝を送り、ディスクを大事に持ってクルーザーに乗り込んだ。
 
「時間を稼いでくれ!」
 
宿舎と倉庫にいたハンターが追いついてきた。クルーザーが安全に出港できるようにするため、装備を整えた3人は何十匹ものハンターを迎え撃つ。
 
「このヤルォ―――――えっ!?」
 
眼前にいたハンターに思い切り振った聖司だが、バックステップで避けられて空振りしてしまった。
反撃を覚悟した聖司に応える形で、避けたばかりのハンターは反動を利用して飛び掛る。
 
それをエルが放った自身の触手でハンターの顔面を貫き叩き落した。器用に別のハンターを剣で叩き切りながら。
そうやってチラチラと聖司の様子を横目で見ている様は、過保護にも似た手助けに見える。
 
実際銃を持っていない聖司は弱く、俊敏を武器とするハンターについて行けていない。エルが居なければとっくに死んでいるだろう。
だが表情一つ作らない彼女の姿を見ると、まるで足手纏いを見るように冷たい何かを感じる。
 
一体彼女は何を考えているのか、シェリーにはわからなかった。
 
「(う〜ん、いい囮)」
「(チキショー)」
 
何も考えていないと気づくことも無い。
 
そうやってようやく一分が経ったとき、最期の死体を海に落とし終えたクリスがようやくエンジンをかけた。
 
「乗るんだ!!」
 
レオンとカルロスがロケットランチャーを放って時間を作った。
クルーザーへ三人が飛び乗り港を完全に離れたところで、皆が一斉に安堵の溜息を吐く。













クリスが運転するクルーザーは合流地点に向かうため真昼の大西洋を南下していた。
 
「……今なんて言った?」
 
装備の点検をしていたレオンがレベッカの言葉を信じられずに聞き返す。
 
「さっきのハンターの群れはアンブレラでもHCFのものでもなく、アメリカが作ったBOWみたいです。このまま作戦が実行されればアンブレラに関わってる政治家の癒着が暴露されるから、特に顧客が多い国は必死になってるって、ここには書いてます」
 
船上でエイダから受け取ったMOを開けば、なんとアンブレラに関わっている国の動向が記されていた。国力上アメリカが率先して動いているが、各国も大なり小なり動きを見せている。
 
「ちょうど今辺りノーフォーク港に命令が下っているそうです。来ますよ、海軍が」
 
世界最大と謳われている海軍基地なら潜水艦も融通が利くだろう。BOWを想定した重装備も十分考えられる。ただ潜水艦といえど何百人もの兵士を乗せられるわけじゃない。物量ではなく部隊の質で勝負するところに救いがあった。
 
更にHCFに加担する勢力も確認されていた。ウェスカーを筆頭に今回の作戦に介入することも、すでに決定している。
 
「こっちは私達より数時間早くアンブレラ本部を強襲するみたいです」
「クソっ、狡い野郎だぜ!」
 
カルロスが嫌悪感を露にして悪態をつく。
 
「アンブレラ側も凄いですよ。各研究所で作っていたBOW――――ハンターを中心に、施設へ集めています。迎え撃つつもりなんでしょうか」
 
これじゃあまるで戦争だ――――予想だにしなかった事態に、誰もが絶望の色を顔に出す。
何故このタイミングで――――そう勘違いしているクリス達だが、この結果は至極当然と言えた。
悪い話ではあるがBOWはすでに裏市場に上がり、高額で売買されている。人間以上の兵隊と死ににくい兵隊を生み出すウィルスは、頭が足りない人間から見れば魅力的な兵器に映り、狡い人間は有意義な可能性を期待し、すがる。
 
その可能性を見出したのがアレクシア・アシュフォードであり、ウィリアム・バーキンだった。
生物の可能性を広げ、コントロールして共生し、最終的にはヒト以上の何かに至るまで、BOWの研究は終わらない。
そもそもバイオテクノロジーは近年目覚しい発展を遂げ、ゆくゆくは汚染という名のつく災害全てがウィルスや微生物によって解決することもありうる。
その点で言えばt−ウィルスの研究は進め『られなければならない』ことだ。
 
だが世界は使い方を間違えてしまった。核爆弾を作った時の権力者のように。
 
そんな彼らが狙っているものなど高が知れている。t−ウィルスを利用した技術の最先端をいくアンブレラのデータとサンプルが欲しいのだ。
 
そのサンプルにはタイラント化したにも関わらず原形を保っているウェスカーと、G−ウィルスのワクチンを投与したシェリー、まったく新しい方法でタイラント化した聖司も含まれている。
 
結果として、深海という狭い空間に4つの勢力が揃いなおかつ全てが敵という、人類史上初、極めて小規模の戦争が起きようとしていた。












船尾ではエイダの持って来たデータのことでなにやら話し合いが行われていたが、そんな喧騒とは無縁の船首では聖司達が体を休めていた。
 
「あと何時間こうやってるんだ?」
「2時間もすれば合流域に着くと思いますよ。そこから潜水艦で一時間行けば」
「そうか……」
 
その会話を最後に三人はしばらく風を浴びることに集中する。
 
船のエンジン音と水面を突き進む音はそこそこ大きいのに、周りの景色の影響だろうか、妙に静かな気分になる。数時間もすれば世界中で一斉摘発が起こるなどまるで実感が湧かない。
 
これが嵐の前の静けさにあたるのなら、あの程度の騒ぎはもう強風にも感じられないほど、度胸が鍛えられたということだ。クリス達の心境も怯む様子は伺えない。
 
シェリーとエルに問題があろうはずもない。力を手に入れて足手まといにならなくなったことを心底喜び、負ける要素を微塵も考えないようならいい。
 
ならば聖司はどうだ。武器も力も仲間も上等―――なのに、結局ここまで来てしまったという後悔の方が上回っていた。彼の場合戦う度胸ではなく、覚悟のほうが問題だった。
 
ガトリングショットガンがあれば引き金を引くだけで安全を勝ち取れる。狭い通路で使えば散乱する弾を避けるのは実質不可能で、生身に近いモンスターが相手なら何も心配することはない。
だがSteelyのように外殻が硬ければそうもいかない。そういうBOWがいる以上、命の保障は無かった。
エジプトでも訓練所でも条件は似ているのに、今回に限って彼は無性に怖くなったのだ。
 
原因は隣にいるエルにある。戦いが始まればまず先に聖司を操り、完璧と言っても過言ではない勝利を収めて来た。この戦いもずっと隣に居て聖司を守りきることができるだろう。
 
だが心はそうもいかない。今まで楽観視していた一方的殺戮は、彼女の恩恵を与えられなくなったことで一転し、彼自身が命の駆け引きを興ずることになる。
 
聖司はコートの上から、先日エイダの銃で穿たれた箇所に触れた。発達した筋肉により浅いところで止まっていた銃弾は難なく抜かれ、たった数日で完治してしまうまでになった自分の体。
 
どうしてこうなってしまったのだろうか――――体のこと、これから行おうとしていること、遡ればSTARSに助けを求めたこと。元凶を手繰って辿り着く場所は結局、あの飛行機事故に他ならない。
 
アンブレラが潰れれば、少しは平穏を享受できるだろうか。













一人の少女が水中に漂う。暗い大きな部屋で少女は水の音を子守唄に目を閉じる。脳裏に浮かぶはただ一人の人物。アンブレラ、HCF、世界でBOWを生成している者全てが注目している人物。
自我を失わずにt−生命体と共存する男。だが彼女は知っている。彼がもっと特別な力を持っていることを。それこそt−生命体との共存を可能にしたことを。
 
 
【お休み中のところ申し訳ございません】
 
急に水槽の横に置いてあるパソコンが起動していつぞやの細身の男が画面に出てきた。
 
彼の呼びかけに応えるように、妙な液体で満たされたカプセルが排水を行い、中にいた少女は目を覚ます。
液体が全てなくなると円柱状のガラスが下がり、ようやく外へ出た彼女は緩慢な動作でイスにかけてあったガウンを羽織った。
 
【例の裏切り者が部下を連れて襲撃してきました。いかがしましょう】
「届いた商品を全て使え。誰一人私に近づけるな」
【はい】
 
男が頭を下げると画面が消え、また暗闇が部屋を包んだ。
 
「皮肉だな。私の理想がことごとく、お前に崩されていく」
 
耐圧構造の建物から見えもしない海上に顔を向ける。