強襲30分前
クリス達は無事潜水艦と合流し、突入に備えて各々が最期の準備に追われていた。
武器の整備に内部の情報確認で動き回っている中、寛いでいるのは聖司とエルしかいない。
「潜水艦の狭さに私は失望感を禁じえません」
「ゼータクぬかすな」
STARSや元々の乗組員が右往左往している中、歓談室のソファーをいっぱいに使い、エルの膝を枕にして耳掃除をしてもらっていた。傍を通る人皆から恨めしそうな目線を受けても、聖司は無視を決め込んで相手にしない。
「港でも整備してたのに、なんでまだやってんだよ」
「こいつはあの女がくれたモンだ」
カルロスの目の前には数丁の銃が並べられ、その一つ一つが一度分解され組み立て直されていた。
新品には見えないが、かと言って使い古されているようにも見えない。
「装備は半分近く置いてきちまったし、弾薬も少ねぇ。使う使わないはともかく、不良品は持ちたくねぇよ」
暴発でもされたらたまらない――――そう言ってカルロスは慣れた手つきで銃の分解と組み立てを繰り返す。
「手伝おうか?」
「銃の仕組み知らねぇだろうが」
数ヶ月仮入隊していたものの、武器の整備は非常に複雑で早々慣れるものではない。彼ができることは精々ク○5-56を吹きかけることぐらいだ。
「本番はしっかり働いてもらうからな」
「………わかってるよ」
反対側の耳を掃除してもらうため、聖司は寝返って背中を向けた。
「…………」
潜水艦はソナーという音の反射を利用して海中の状態を探る方法を主と見られているが、実際は慣性航法装置(INS)、GPS、海底追随航法を使用し、ソナーは地形や同じ潜水物の把握に使われ、通常航行での使用回数は頻繁とは言いがたい。
レーダーに感あり――――そんな暇を持て余していたソナー係りの耳にようやく変化が訪れた。
通常のソナー音に混じって断続的なノイズが、目的の海域に近づくに連れはっきりとした信号に変わっていく。半信半疑だった高深度海底研究所の存在を、彼ははっきりと認識することができた。
「反応がありました。座標の一致を確認…………目標です」
測定器のすぐ後ろで、海図を眺めていたクリスは了承の意を伝え、艦内放送用のマイクを手に取った。
搬入口へ突入した潜水艦は広いドッグに着く。
シンと静まり、潜水艦の動力音しか聞えない司令室に勇士が集まった。
各々が個人の装備とは思えない数々の武器を持ち、リーダーであるクリスの言葉を待つ。
全員が集まったのを確認するとクリスはゆっくり口を開いた。
「3年だ。アークレイからここまで来るのに3年かかった」
アークレイ、ラクーンシティー、ロックフォート。この3年間で関わったもの全てが彼等の脳裏に蘇る。
「たとえ今日アンブレラを潰したとしても、すでにBOWは世界で作られ始めている。残念だが俺達はすでに負けていると言っていい」
こんなものが作られてはならない――――人の命を犠牲にして人を殺す兵器、剰え環境汚染すら引き起こすウィルスの使い道を正すために戦ってきたが、残念ながら誰も彼も同じような研究しかしていないのが現状だった。
いずれ人を生かすための研究が行われるかもしれないが、そこに至るまでどれだけの生命が犠牲になるのか、考えたくも無い。
その所為でこの私怨が混じった戦いは、単なる強制捜査だけではなくなってしまった。
「BOWに価値は無い。生物兵器を作るのが人間なら、倒すのも人間だということを教えてやる!」
全員が強く頷く。数多くのBOWと、時には最新型と戦ってきた彼等は、敵がどんなに人間離れしていても知恵を駆使して勝ってきた。悪夢を生き残った彼等の実績が、BOWの価値を物語っている。
「研究員及び代表取締役『セオ』の逮捕!障害はすべて排除!もし、『セオ』がBOW処理を受け、抵抗するのなら生死は問わない!」
STARS、出動だ!!
同時刻、イギリスSAS本部
『こちら日本派遣班、配置完了しました!』
『インドネシア方面、準備できました!』
『アメリカチーム、いつでもかまいません!』
各地に散らばった部隊から次々と連絡が入る。世界中何百とあるアンブレラの施設、支社には私設軍が配備されている。場所によってはBOWも出てくるだろう。
「全部隊、出動!!」
バリーが叫び、一斉に返事が返ってくる。
様々な思惑が交差するこの日、その中心にいる人物は何を思うのか。
クリスが先行してドッグに出る。誰もいないことを確認すると全員に合図を送り、次々と潜水艦から出てくる。
「荒れてるな……」
カルロスがかつての同胞の死体を見ながら呟く。
ドッグ内は誰もいない代わりに、死体と貨物が散乱していた。アンブレラのロゴ入りベストを着ている兵隊の割合が多いが、ところどころにタクティカルスーツを着たハンターが倒れている。
おそらくHCFの商品なのだろう。
「腐食が大分進んでる。少なくとも2時間……」
クレアが調べようとして死体に近づく。途端、死体の目がギョロリと動いた。
「やっぱり、感染してる!」
クレアの叫びに反応したのか、あちこちに倒れていた死体が一斉に起き上がる。
「セイジ」
「OK」
弾の節約を考えて、聖司が持っているガトリングで一気にゾンビの集団をなぎ払った。
「こんなところでバイオハザードが起きたの?」
「『起こした』が正しいみたいよ」
クレアは足元に転がっている壊れた容器を爪先で突付いた。おそらくウェスカーがSTARSを足止めするためにばら撒いたt−ウィルスだろう。
ゾンビやBOWは局地展開によって効果を出す――――兼ねてから検討されていた運用方法が、今ここで試されているということだ。
「完全に先を越されたな」
「この後海軍も来るんですから、やってられませんよ」
レオンとレベッカが出口を調べ、安全だと合図を送る。それを見たクリスは一度全員と向き合う。
「見ての通りバイオハザードが起きている。何が出てくるかわからない以上、十分注意しろ」
その言葉に全員が頷き、次々と施設内に続く扉を潜る。
少ししないうちにY字路に突き当たる。予め手に入れていた情報のおかげで立往生することなく、各々は担当する通路へ進んだ。
「こちらβチーム、カマキリの新型BOWと遭遇。動きが速いから注意して」
その動きが速いカマキリ型BOWにエルは軽々と刃物を突き刺し、上に振り上げ頭部を両断。そして後続のゾンビとBOWの集団にガトリングを放つ。
昆虫類がt−ウィルスに感染するとほとんど巨大になる特徴がある。ウィルスが進化を促すというのなら、生態系の頂点に立つために成長を促すのは当然だ。
しかし無理を押した巨大化は細胞や外殻の軟化を招き、飛び道具を使う生物からみれば大きな的にしかならない。
「いいぞ、どけ!」
エルが後ろに飛び退くと聖司とカルロスの銃が直線上にいる対象を全て破壊した。
「量が多いな」
「ゾンビに加えて中型BOWのオンパレードか……。世界中から集めただけはあるよな」
他の標的がいないことを確認すると再度進行を開始する。部屋を一つ一つ調べては研究員だったゾンビが襲い、扉をくぐるごとにBOWと鉢合わせ、なかなか目的の物が見つからない。
更にコンピューターが全て壊されていた。BOWのデータどころかマップすら手に入らない。
「先を越されたのが痛いですね。この分だともう……」
「絶望的観測はあとにしてくれ。まだやり始めたばかりなんだからな」
「……はい」
一つ目の区画を全て調べ終わり、また次の区画に移動する。
隔壁扉を開けた瞬間雪崩れ込んできたゾンビを、聖司が持つMeteorが全てを一掃した。
「なんだかんだ文句言ったけど、結構いいなコレ」
ゾンビは拳銃で倒せる、重くて動けない等の理由で使用を渋っていたが、いざ使って見れば着眼点の間違いを認識した。
一秒間に12発吐き出される散弾は弾幕ではなく銃弾の壁と言っても過言ではない。確かにSteelyのような硬い生物が相手では意味を成さないが、それ以外のBOWだと楽に倒せるのだ。
貫通力の高い拳銃で頭を撃ち損なえばそれだけ相手の接近を許してしまう。だがMeteorは大まかに狙うだけで相手をミンチにできる。
素人が持つ武器にしてはまぁまぁ使い勝手がよいものだった。
「よ〜し、片付いたな。キリキリ歩けよ前衛」
「だから重いんだよ!」
始めから指摘された問題はフォローのしようもない。
ソンビにBOWと、扉をくぐる度に交互に現れる通路を進んで行くと、少しして死体となったタイラントの集団に遭遇する。
「先客の仕業か……」
「薬莢が落ちていないところ見ると……やっぱBOWっつーことか」
拘束を兼ねた防弾コートは無傷。代わりに肌が露出していたであろう部分はゾンビに食われているのでどういう方法でやられてのか見当がつかないが、銃を使った痕跡が無い以上そう推測するしかなかった。
素早く動けるのなら生物の絶対弱点である頭部を、折るなり切るなりすればいい。だがそれができるのは人間以上の何かでしかない。
「ねぇ、これもタイラント?」
エルが指したのはリミッターが外れて暴走したS・タイラントのなれの果て。これも例外なくボロボロなっている。
「うんそうだけど……エルちゃん危ない!」
壁に寄りかかって倒れていたタイラントが急に動き出し、鋭利になっている爪でエルを襲った。
「うっとい」
慌てる様子も無く、先端を尖らせた触手でタイラントの頭をメッタ刺しにした。頑丈な体でも脳を破壊されてはどうしようもなく、力無く地面に落ちた腕がタイラントの絶命を証明した。
「武器持たなくても十分強ぇじゃねーか」
「あって困るもんじゃねぇってよ。……これは刃物の切り傷っぽいな。HVか?」
うつ伏せに倒れていた死体を引っ繰り返して調べていた聖司が、特徴のある切傷を見てそう断定した。
フランスで聖司を襲った工作員でさえ持っていたものだ。普及率が高くてもおかしくない。
ジルはナイフだけでS・タイラントと戦えるものかと疑問に思う。しかし―――認めたくは無いが―――勝てそうな仲間が2人もいるので、やはり聖司のように人の形を保ったBOWが来ている可能性が高い。
もしくはウェスカー本人が戦ったのか。誰にせよ、この状況を作った相手と戦うことになる。
果たして勝てるかどうか。
「(……ここで考えてても仕方ないか)――――先に行きましょ」
二度と復活しないように念を入れて頭部に一発ずつ銃弾を叩き込み、五人はボロボロの廊下を進んでいった。
『おい』
「なんだ?」
ウェスカーが目の前にいるBOWと向き合っていると、不意にインカムから呼び出しがかかった。
応答ボタンを押すと、訛りのある英語がスピーカーから出てくる。
『お前の部下が2人、デビルフィッシュタイプのBOWにやられてるぞ』
「奇遇だな。今私の目の前にそのデビルフィッシュタイプがいる」
実験用の大型シリンダーを破って、巨大なタコがグジュグジュとウェスカーをねめつけていた。
『それと、ようやくSTARSが来た。足止めはゾンビだけで十分だと思うんだが?』
「それは私が決めることだ。お前は引き続きデータ収集に専念しろ」
ウェスカーは返事も聞かずに通信を切り、タコ型BOW『デバウアー』へ向かってナイフを構えた。
居住棟だけあっておびただしい量のゾンビがαチームを襲った。しかも銃声を聞いて部屋の中から次々と出て挟み撃ちにあっている。
前衛のシェリーはフレイムが放つ高温度の火炎でゾンビを瞬く間に炭へ変えていく。威力は申し分ないが、燃えて倒れるまでのタイムラグと残り火のせいでなかなか前に進めなかった。
突然シェリーの得物からアラーム音が鳴った。
彼女が持っている兵器はプラズマガスを使って超高温度の火炎を放つ代物だが、高温すぎて使っているシェリーにも熱波がふりかかってしまう。
この兵器の開発段階ではすでに指摘されていた問題で、一時はお蔵入りされかけたのだが、ある方法で解決された。
超伝導コイルから作られる『磁場による断熱』。そのコイルを保つために液体ヘリウムが消費され、このアラームは補充の催促をしているのだ。
仲間に援護を任せ、ガス切れを起こしたフレイムに使う液体ヘリウムが入ったボンベを腰に巻いてある弾帯――本来はグレネード弾を挿す物―――から抜き取り、セットを終えようとするが、
仲間の援護も空しくゾンビが一匹、シェリーへ近づいてきた。
「えい!!」
ナックルがついた拳を握り、邪魔するなと言わんばかりに斧のように振り下ろして首をへし折った。そのまま腹を蹴り、後続が断った隙を使ってセットを完了。即座に火炎を放ち、進行を再開する。
しかし、その歩みは決して速いと呼べるものではなかった。
背後を守るクリス達も同様に、撃てども撃てども多すぎるゾンビは止まることを知らず、波ではなく壁のよう迫ってくる。炭になった人間をザクザク踏みながら後退する速度は、シェリーの進行に比べてかなり早い。
「ぁ…!」
撃つことに集中していたクレアが、予期せぬ眩暈に襲われ、膝から力が抜けて尻餅をついた。
「クレア!」
隣りにいたクリスが手を取って起き上がらせる。周りの仲間は援護して2人に近いゾンビを率先して狙う。
「大丈夫か?」
「急に頭が………」
足取りがおぼつかないクレアを支えながら、クリスは考える。
何か毒でも食らったのか――――ゾンビ以外出てきていないならウィルスに感染したとしか考えられない。しかしクリス等はt−ウィルスに感染しても発症しない遺伝子を持っている。だからこそ、悪夢の町を生き残れたのだ。
仲間の援護が効いているうちに答えをださなければ、最悪全員ここで死んでしまう。
もう一度クレアを見てみた。なんとか銃だけは撃っているが、息は荒く汗の量も夥しい。仲間を見てみれば、クレアとさほど変わらない状態だ。
このとき初めてクリスは自分も同じ状態だと気づいた。
銃は撃つだけでも疲れるものだが、慣れている彼等からすれば序の口のはず。ではやはり毒の類か。
だとしたら一刻も早く解毒剤を見つけなければ――――熟考しなければならないこの状況で、クリスは即決してしまった。
「全員シェリーのえ…………」
この区域から脱出するために前進集中を命令しようとしたクリスは、『周り』の状況を理解してようやく全ての謎を解いた。
『区画』ごとに『密閉』された『狭い通路』で『高温度の火炎』を『放射』すれば『酸素』はどれだけ『減って』いくのか。
「シェーーリーーー!!!」
酸素欠乏症による昏睡まであとわずか。
「普通に考えれば当然」
「なにが?」
「な〜んも」
いささか銃を撃つのに疲れた頃、ようやく手を付けられていない部屋を見つけたジル達は、情報の収集を兼ねて休憩をとっていた。ここには血臭も腐敗臭もない。人工的に作られた空気ではあるが、今まで場所とは一線を画す澄んだ空気が残っていて、体だけではなく心を休めるのにも悪くなかった。
「やっとあった。壊れてないの」
レベッカが嬉々としてキーボードを当たり始める。すぐにマップをメモリースティックに写し、残りのデータをMOに写していく。その合間にノートパソコンにメモリースティックを挿してマップをダウンロードした。
「どれぐらいかかりそう?」
「量が結構ありますから……おおまかに見て20分」
「ちょうどいい。一休憩―――」
聖司が腰を下ろすと部屋の外から何か重いものを引きずる音が聞えた。
「……もさせてくれないか」
「ぼやくなよ、どうせゾンビだろ」
「待って!私も行くわ」
カルロスと聖司が武器を持って出て行く。ジルはレベッカの護衛をエルに任せ、二人の後を追った。
嫌な予感を抱えつつ、3人は部屋の外に出た。徐々に大きくなる音の主がゆっくり角から現れる。
「……やっぱり。こういうときに限って予感が当たるなんて」
「なんだアレ」
「……リサ・トレヴァー」
ボロボロ、というわけではないが返り血やらハンターの爪跡やらで汚れた服、妙な形をしたマスクに手枷足枷につけられた鉄球。3年前のリサ・トレヴァーがそこにいた。
「BOWにしちゃあ可愛い名前だな」
カルロスがちゃらけてジルをうかがった。だがジルの顔があまりにも真剣だったため警戒して銃を構える。
「特徴は?」
「目立って強いわけじゃないのよ。不死身という点を除いたら」
「そんなもんありゃしねーよ」
どうせ再生が早いだけ―――、と思った聖司は一歩前に出てMeteorをリサに放つ。5秒も経たずにリサの服はズタボロになり、押されるように倒れる。
「…………この程度じゃだめか?」
「ええ」
いくらもしないうちにリサの体が起き上がった。服は更にボロボロになり倒れていた場所は血の量が夥しい。なのに傷一つ負った形跡がなかった。
「ぁ………あぁ……」
掠れてガラガラの『音』がリサから発せられる。
「なら、このグレ―――」
「避けて!!」
アサルトライフルに弾を補充するため少しだけ相手から目をそらした。
ジルの叫びを聞いてカルロスがリサに向き直ると、鼻先一ミリのところにリサの放った鉄球が接近していた。あまりの勢いのため風圧がカルロスの前髪を持ち上げる。
「なんだよアレ。ジョエルと同じタイプか?」
鉄球は聖司が鎖を掴んで止めていた。もし聖司がいなかったら、そう思いカルロスは尻餅をついた。
「3年前は大きくなるなんてことはなかったけど、再生が早くなってるみたい」
「今もそうだといいな」
近づこうとしてきたリサにもう一度Meteorを撃って距離を開ける。だがすぐに起き上がり迫ってくる。やはり傷は綺麗に消え、病人のような土色の肌に戻った。
「………弾の無駄遣いか」
Meteorを外し、杭をプロテクターにはめてHVナイフを構える。
「頭がなくなりゃ!」
「…ァア………!!!」
リサは腕を大きく振って、鉄球を一番近くにいる標的に向けて投げた。聖司は飛んできた鉄球をプロテクターで防ぎ、HVナイフの電源をいれて突進する。
そのまま杭で心臓を貫き、素早く引き寄せて首をナイフで切断した。肉の詰まったボールが鈍い音を立てて地面に落ちる。
「……あっけね〜」
腕を振ってリサの胴体を落とし、懐からペーパータオルを取り出して武器に付いた血を拭取った。
「やっぱ首がなけりゃなにも起きねーよ」
すれ違い様にジルの肩を叩き聖司は部屋へ戻ろうとした。だが服の背中を急に掴まれ、たたらを踏む。
「……まだよ」
驚いた聖司が振り向くと、切り落ちた首から伸びる触手が体を、命令系統がなくなったはずの体が首を求めて動いていた。
「…………」
珍しく聖司の顔が青ざめる。ここまでグロテスクなモンスターを相手にしていないことからそれなりに恐怖を覚えたようだ。
彼女から出ている触手に見覚えがあったからだ。
聖司は慌てて自分の首に触れた。大丈夫、触手は二本しかない。自分の首が跳んでもああはならないはずだ。
生きることより、死んだ後のことを考える異常。聖司はまだ気づいていない。
3人の目の前で首と体が繋がった。それも瞬時に。そして、
「M…………MAm…………」
完全に元通りに戻った。
「マジで不死身じゃねーか。それに今の触手…」
「NEシリーズを取り込んだことがあるらしいわ。セイジ、とりあえ――――――セイジ?」
ジルが振り向くと聖司は頭を抱えて何かに耐えるように震えていた。
「おい、どうした!」
「大丈夫だ………っ…………あいつがさっきMAmって言ったから何考えてんのか覗いてみただけだ」
息が荒く、顔色が悪い。時折吐きそうになって喉を詰まらせている。
「MAm……ママ?」
「独房で実験台にされて一人が寂しい、母親に会いてぇ。そう考えてるうちに……っ……それしか考えられなくなったんだ。母親のことだけしか考えてないんだ」
聖司はおもむろにプロテクターから杭を外した。
「それが気持ち悪かったんだよ」
2人を押しのけ、聖司は思い切り振りかぶった。
ゾンビから逃れたクリス達は倉庫のような部屋へ一時避難した。頑丈にできている水密扉は人の手で壊すことができず、ゾンビが侵入する心配はない。
おかげで目一杯新鮮な空気を堪能することができる。
「まさか……こんな落とし穴があるなんて……」
四つんばいになって頭を垂らすシェリー。付いて行くことや施設の構造にばかり目がいって、武器の特性を熟知できなかったことを恥じている。一歩間違えれば全員死んでいたと思うと、尚更だった。
「(人選を間違えたかな)」
たった一区画を通るだけで大量の弾薬が減ってしまった。ショットガンに限れば、聖司のマガジンから分けてもらえばいいのだが、他の弾はそういうわけにもいかない。
向こうのチームと連絡ができればいいのだが、生憎通信機は何も反応してくれなくなっていた。壊れたのか、別の理由か。とにかくこれで互いに孤立無援になったわけだ。
海軍が来る前にゾンビ共がどこかへ消えてもらいたいものだ――――だが、泣きっ面に蜂という言葉は、まさにこういう時に使うのだろう。
扉の向こうからゾンビのうめき声に混じって、別のモノが響いた。
聞き間違いであって欲しい。そう願っても重たい足音は徐々に大きくなっていく。
足音の重さから察すればかなりの巨体を誇っているように思えるが、それにしては歩幅の間隔が短い。相当の筋力を持っている証拠だ。
さらに何かで叩きつけるような音まで聞こえる。金属的な音であることから、道具すら使える知性も兼ね備えているのがわかる。それがゾンビをなぎ倒しながら、真っ直ぐ向かってきていた。
そしてついに扉の前までたどり着いてしまった。クリス達は殺していた息を蘇らせ、扉から離れたところで銃を構え、何が起きても対応できるように備えた。
構造上壊れにくい扉は何度も叩かれていくうちに拉げ、固定している金具があれよあれよと外れていく。
あんな一撃を食らったら自分はどうなるだろうか――――冷まない体から出る汗は妙に冷たい。
戦いへのカウントダウンのように聞こえた破壊音は扉が弾き壊されることで止み、とうとうモンスターが部屋の中に入って来る。
「……どうして」
その姿に彼女は見覚えがあった。この場に居る誰にもわからない、自分だけが知っている相手の名前を悲懐を込めて呟いた。
「スティーブ!!」
人は、例え敵であろうとも同情する心を持ち合わせている。自分ならここまでしない。誰でもそういう境界線をもっているものだ。
だが、もしその境界線以上のことを誰かがすれば、
「セイジ!セイジ!!」
誰でも止めようとする。
「もう死んでる」
聖司の目の前には体のパーツはおろか、原型すら分からないほど殴り潰された物体が散らばっていた。
怪力を用いた殴殺はあまりにも無残で、床…壁…天井…彼自身の体に大量の血が飛び散っている。
「フゥ………フゥ………ゥグ!」
頭が落ち着いてようやく周りが見えるようになった聖司は、目の前の惨状と生もの特有の臭いで嘔吐した。
もう何度目になるかもわからない行為だが、今度はいつもに増してひどい。
―――――匂いが取れないのだ。体中に掛かった血は新鮮な人間のものではなく、ゾンビの腐ったモノとも違う異様な匂いがこびり付いて、まるで染み込むようにしつこい。
唯一露出した皮膚――――頭に付着していないのが幸いだった。
「……ほらよ」
汚物を吐き終えた頃合を見計らってカルロスが水筒を差し出した。それを手早く受け取り口をゆすぐ。
それは3人にとってとても居心地の悪い時間だった。何故あんなに激怒したのか?と2人は聞きたかったが、察しているであろう当人は何も喋らない。
居心地の悪い時間だ。
「セイジ、あなた――――――」
とうとう我慢の限界がきたのか、ジルがなにか言おうとしたとき。
「すっごい音が聞えたんだけど?」
何も持っていないエルが部屋から出てきた。
「なに?そのミンチ」
「バケモノを叩いて潰しただけだ」
それを行った本人が応えた。水筒の水を全て使って、服についた汚物と血痕を洗い流して元の姿に戻っているが、疲憊というものを漂わせた彼の姿は元通りとは言い難い。
「悪ぃ、後始末頼む」
カルロスにそう言い残して聖司はエルと一緒に部屋へ戻った。
ジルは火炎弾を込めたグレネードをかつて強敵だったモノに向けた。リサ・トレヴァーの特殊性を考慮すれば、コレぐらいの処置をしておかないと安心はできない。
炎で弔うことがアンブレラの犠牲者を慰めるものと信じ、血溜まりになっている箇所へ撃った。
「母親……か」
揺れるの炎の中に、今しがた見た聖司の狂乱が映る。
「あいつがキレた理由が?」
「虐待されて恨んでたんでしょ?それを思い出したんじゃ……」
「……俺ぁガキの頃からゲリラにいたから親の顔は知らねーし、興味もねーからわかんねーけどよ、このバケモンが母親探してただけで怒るか?普通」
「…………。何を見たか知らないけど、セイジにとって気に入らないことだったってことは……」
確かだ――――その一言が言えなかった。親を含めた周りの人間に虐待されて育った青年。ソレしか知り得てない相手に対し、確かだと言える自信を彼女は持っていなかった。
「やめやめ!この話は終わりだ」
理由は考え出すと掃いて捨てるほど出てくる。
本人が何も言わないのなら聞くべきではないとして、カルロスは無理矢理話を終わらせた。
『グァアアア!!』
狭い倉庫で四方から放たれる銃撃に怯み手も足も出ない。傍から見れば一方的展開に見えるが、追い詰められているのはクリス達だった。
最初は部屋に入らせないようシェリーの火炎放射で足止めしながら、手も足も出させない状況に持ち込んで倒すはずだった。
しかし、入り口の前にクレアが立ってしまったのだ。スティーブと呼びかけ、正気に戻ってもらおうと必死に叫ぶ彼女を思うと、誰も無粋を起こせなかった。彼が死んで泣いていた妹を知っているクリスは尚更だった。
だが現実は非常という言葉通り、モンスターの返事は鉄筋を振り下ろしてクレアを殺すモノだった。
間一髪、飛び出したシェリーのおかげで一命を取り留めたものの、自らを助けるために銃を撃って注意を引く仲間と共に戦おうとはしなかった。
「クレア、撃って!」
もうスティーブはいない。シェリーの言葉に含まれた意味がクレアの体を抑える。
銃を構えようとすればロックフォートと南極の記憶がフラッシュバックし、銃を下ろせば仲間を襲っているスティーブを止めるために構える。
その葛藤の所為で未だに動けない。
しかし彼を知らない者にとってはそんなことは関係なかった。目の前にいるのはモンスターであり、理由もなく仲間を殺そうとする害獣にすぎない。
ワクチンを打てば元に戻る、胚を取り除けば元に戻る。もしそんな方法があればシェリーとて助けようとしただろう。だがそれはクレアが見つけてこなければならないものだ。
当然t−ベロニカの臨床データがあるはずもなく、希望は無い。
「合わせて!!」
シェリーはなにもしないクレアをあっさり見限った。モンスターとはいえ、かつての仲間を撃ちたくない心境はわからないでもないからだ。そういう事態が起きても対処できるように、日ごろから教えられていた成果でもある。
体格の割りに俊敏な動きを見せるスティーブの猛攻を避けながら注意を引いていたクリス達に、シェリーが指示を出した。
BOW全般に見られる発達した筋肉のせいで銃弾は大したダメージを与えられなかったため、シェリーが持っている火炎放射器で倒そうというのだ。
ここでの合わせるとは、クリス達が放射線状に入らないことを指す。
言うのは簡単だが、戦いながらスティーブの攻撃を避け続け、加えてタイミングよくシェリーの直線状から離れなければならなかった。
クレアの指は、未だ引き金に触れない。