0――――と、エルは笑う。
 チェックメイトと表現してもいい。唯一効くシェリーの武器が仲間によって封じられた今、ウェスカーに抗う手段は一つも残されていない。今まで攻撃する標的にしか目をくれなかったバケモノは、積極的に人質をとることだろう。そして攻撃してくる者を襲うのだ。
 
 もうシェリーにできることはない。クリス達が必死に距離を開けようと頑張っているが、それも銃弾が続くまでだ。そして仲間が全て殺されたとき、シェリーが最期に殺される。
 
 予想した3つのプロセスを当てきったエルは、最期にそう予想した。
 
 そして、戯れに逆の予想を考えてみた。どうすればSTARSがウェスカーに勝てたのだろうか、と。
 彼女は今の状況から順に遡っていって、一つ一つ答えをはじき出していく。
 
 ―――――――――理想は焼き殺すこと。逃げ回るのなら誰かが犠牲になってシェリーが止めを刺せばよかったし、それ以前なら銃の集中砲火―――Meteorと一緒に、超振動が切れた瞬間を狙えば、もっと早く倒せたかもしれない。
 
 なら敗因は聖司の負傷にある?それじゃ辻褄が合わない。戦って出た犠牲を敗因にしたら限が無いし、どんなに不利な状況に陥りようと代案や補充を考えるのが指揮官の仕事でしょ。それができず、ただ闇雲に銃を撃ち続けたクリスはリーダー失格だし、それを咎めようともしなかった周りも同罪。
 
 宿敵が相手だったから冷静な判断が出来なくなったなんて、言い訳にもならない。
 
 ここで少し穏便に考えて、聖司の負傷が敗因だと仮定してみると、聖司を傷つけないようにする必要が出てくる。
 
 戦えば傷の一つや二つは当たり前。聖司はたまたま目を怪我しただけ。なら聖司が怪我をしないで―――それとも誰も怪我をしないでアレを倒せと?
 
 そんな無茶が――――実は一つだけある。
 さっさとここから逃げればよかっただけの話し。この海底施設は潜水艦を使わなきゃ出入りもできない。馬鹿になったアレじゃそんなことができるわけない。
 そして今ここに落ちて来ている魚雷で施設ごと壊してもらえば目標達成。誰も傷つかないし、アレも死ぬ。
 
 つまりクリス達は最初から間違えていた。楽して勝てる方法があったのに、わざわざ犠牲が出る方法を選らんでしまった。
 仇を取りたいなんて私欲的なことを考えるからこんな事態に陥る。あたしなら絶対しない―――――――――。
 これで、この戦いにおけるエルの興味は全て無くなった。自らが予想した未来を信じて疑わず、STARSを助けてやる気も無い。
 もしシェリーに覚悟があるのなら、誰かを犠牲にしてウェスカーを殺すことはできるかもしれないが、どう転んでもその程度の結果しか起きないというのなら、期待するだけ無駄だ。
 もうこの場にいる意味が無くなった彼女は踵を返した。クリス達が死ねば次に狙われるのは必然的に自分と聖司。倒す手段が見つからない以上、自分が考えた最善の方法を取ることに抵抗は無い。
 
 絶対に文句を言う聖司も、眠っていれば愛しい御荷物だ。
「どけよ」
 
 振り向いた瞬間、彼が彼女の前を遮っていた。














 どうにかしてシェリーの邪魔にならないようにしなければいけない。だが『言うは易く行うは難かたし』と塩鉄論にあるように、積極的に近づいてくるウェスカーから全員が離れることはできなかった。
 広い場所というのは案外厄介なもので、散弾のようなばら撒くタイプの銃を使う場合、他の銃より一際直線状に味方がいないことを確認しなければならない。
 
 また、弾き返すという特性上、仲間が撃った弾の跳弾も懸念される。これは自分が撃ったモノも含まれる。息を吸うときは振動が止まるとわかっても、そういった様々な要因が邪魔をしてまともに撃てず、結局逃げるしかなかった。
 
 解決策がない一進一退で状況は切迫している。ここまで犠牲者が聖司の怪我一つで済んでいるのは奇跡に近い。
 
 それも今終わる。
 誰かのトリガーが弾切れを示した。
「チッ!」
 
 クレアが恨めしそうに銃を捨てる。弾が無くなった銃は出来損ないの鈍器にしかならず、持っているだけ邪魔だ。仕方なく予備の小型マシンガンに手を伸ばす。
 
 その隙がいけなかった。
 
 ずっと逃げ回っていた獲物が牙を捨てて足を止める。それがハンターにとって何を意味するか、考えるまでも無い。野生動物レベルにまで上がった判断が瞬時にクレアを捉え、反発を駆使した瞬発力で跳び掛った。
 
 タイラントという巨体に跳び掛かられ、ほんの一瞬だけ狼狽してしまったクレアは逃げるという行動が咄嗟に出せなかった。我に返って跳び退いても一瞬だけ遅く、超振動を繰り返す爪が彼女の足を裂いた。
「ぅぐ………ッ!」
 
 感覚が無くなった足では大地を蹴ることができず、クレアは滑るように倒れた。ナイフで切られたような傷は彼女の細い足から夥しい血を流し続けている。
「クレア、早く離れろ!」
 
 レオンがウェスカーにショットガンを向けたまま叫ぶ。立っているウェスカーと倒れているクレアの間にはそこそこの距離があるが、万が一でも当てるわけにはいかなかった。
 
 片足を引きずりながら這い、ウェスカーから距離を開ける。レオンは改めて注意を引くためにトリガーを引いた。
 
 50AE弾が表皮に弾かれるが、別にそれでもかまわなかった。攻撃する者を優先的に襲う習性を持っているのだから、クレアから離すだけなら十分許容できる。
 案の定ウェスカーは足を止め、背後にいる大勢の獲物を肩越しに睨む。レオンはいつでも逃げられるように体を低くして身構えた。
 ところが、ウェスカーはレオンではなくクレアに向かって歩き始めた。慌ててレオンが、次いでクリス等が背中に向けて何度も撃って存在をアピールしてみるも、今度は見向きすらしない。
 ここへ来てウェスカーはもう一つ学習してしまった。先刻のシェリーとクリス等の関係を、今度はレオンとクレアの関係に当てはめたのだ。
 
 怪我をしたクレアが傍にいるとレオンが攻撃してこない。この関係を見つけたウェスカーの次の行動は考えるまでも無い。
「逃げろ!早く!」
 
 クリスは弾の残数など考えず、肉親の危機を救うためひたすら銃を撃つ。しかしショットガンの弾はすぐになくなり、サムライエッジの9mm弾も、バリーのマグナムを使い切っても、ウェスカーとクレアの距離は縮む一方だった。
 
「ウェスカーーー!!」
 
 銃では注意を引くことが出来ないと悟り、無謀にもナイフを片手に持って突撃した。クリスが大きな足音を立てながら接近してもウェスカーは振り向かない。シェリー以外を脅威と見ていない証拠だ。
 
 それを不快に感じたクリスは一際強くナイフを振り下ろした。
 
 銃弾を弾き返す表皮に、ただのナイフが少し力を加えた程度で刺さるわけがなく、
逆に目障りと感じたウェスカーに裏拳で殴り倒されてしまった。
爪撃ではなかったのは一助であったものの、振動する鈍器は、例え軽くと言えどモンスターの怪力が合わさって重い一撃と化している。爪による致命傷は免れたが、クリスは鈍い痛みですぐに立つことができなかった。
「くっ!」
 
 逃げることに集中していたクレアは、もうすぐそこまで来ていたウェスカーに気づいて銃を向けた。しかし、いざ引き金を引く瞬間、ウェスカーの右手が振るわれ、金属製のマシンガンはあっけなく断裁する。
 
 武器を無くしたクレアが次の行動を取るより早く、その鉄すら切る爪が彼女の細い首を掴んだ。
 
 その瞬間、誰もがクレアの死を覚悟した。
 だがそれは起きなかった。爪を使わなくとも、その怪力で簡単に散らせることが出来る命を片手で吊り上げ、眼前に持ってくる。
 
 体が変わる前のモノと違わない瞳が、クレアを興味深そうに観察する。彼女の首が無事ということは、ウェスカーは今文字通り丸腰。本来なら銃の一発でも撃つところだが、そのせいで振動を再開したらクレアもただではすまないだろう。
 
 人質のつもりか――――頭が猿並のモンスターではありえない行動を予想し、すぐその可能性を振り払った。それが間違いだと気づかされたのは、ウェスカーがクレアを掴んだまま、まっすぐシェリーへ向かい始めたときだった。
 
「この……放せ!」
 
 両手を使って解こうと暴れてても、固定具のような指を動かすことさえ出来ない。
 
「…ッ…シェリー、やりなさい!」
「!?」
 
 咄嗟にシェリーはフレイムを構えた。
 クレアの意図は分かっている。逃げられないのなら、せめて被害が及ぶ前に自分ごと焼き殺せと言っている。闇雲に刺激を与えて無駄死にさせるぐらいなら、そうしたほうが彼女の本望だろう。
 
 それでも、なんとかクレアを助けたいと思ったシェリーは軽く火を灯して威嚇する。すると、ウェスカーは引き摺っていたクレアを盾代わりに真正面へ突き出した。
 シェリーは慌てて腕を引き、フレイムの電源を切った。
 
 笑っている。この程度で誰も手が出せなくなるのだから、ウェスカーからすれば滑稽なのだろう。
「シェリー!」
 
 ウェスカーが一歩進めば、シェリーも一歩下がる。武器と標的の距離が近づきすぎれば炎の余波が使用者にも及ぶため、クレアは叱咤して急かした。犠牲者を増やしてはならない、と。
 
 シェリーを死なせたくない一心で叫ぶクレアだが、シェリーが考えていることも同じだった。
 ラクーンシティで出会い、今までずっと一緒に居てくれた家族を、よりによって自分の手で殺せるわけが無い。忘れてはいけない。彼女はまだ子供なのだ。
 
 できない――――フレイムをウェスカーに向けたまま、体はゆっくり後ろへ下がっていく。
「(誰か……なんとかしてよ)」
 
 助けを求めて、ウェスカーの後ろにいる仲間へ視線を送っても、帰ってくるのは沈黙と肯定だけ。それはそうだ。何かが出来るのならとっくにやっている。
 やるべきことはもう決まっている。その結果は悲劇だが、誰も彼女を責めるはずがない。
 
 シェリーは足を止め、もう一度電源を入れて構え直した。あとはボタンを一つ押せば何千度の炎が噴出される。
 同時にウェスカーもクレアを突き出す。
 
「クレア………」
 
 歯を食い縛り、涙を流しながらボタンに指を添える。自分の死を目の前にして、クレアは微笑んで頷いた。喉を絞められながら、精一杯の笑みは、とても痛々しい。
「兄さんをお願いね」
「―――――!」
 
 
 
 
 
 




 
              「ちょい右」












「どけよ」
 
 杭を支えにして、聖司はエルと対峙している。使えなくなった目では彼女の位置がいまいち掴めないのか、体の向きが少しずれていた。
「やーよ」
 
 神経という繊細な部分が、これほど早く治るとは思わなかったエルは驚いていたが、そんなものをおくびにも出さず聖司の言葉を拒否する。彼女は聖司のたった一言で、ある事実を確信していた。
 
 さっき己が弾き出した予想を、全て覗かれてしまったのだ。だから彼はエルを頼ろうとせず、退けと命令した。彼女がシェリー達を見捨てて逃げようとしているのがわかったから。
 そしてもう一つ。目が見えず、治りかけている神経に鞭を打って加勢しに行こうとしている。
 
「今から行って何すんの?」
「一発ぶちかます」
「無ぅ駄ぁ死ぃに」
 
 いつもの軽い口調からかけ離れた、軽蔑するようで癪に障る言い方だった。今まで聖司を心配し、助けてきた彼女が始めて見せる敵意に近い態度に、彼は若干眉をひそめる。
 そもそも彼の言うことをはっきり拒否の色を示したのも初めてだ。
 
「あの爪はコートもその杭も叩き切れる。甲羅を無くした鈍亀がトカゲに勝てる?」
 
 そのうえ、トカゲの体は鉄のように硬い鱗で覆われ、縦横無尽に跳び回る。
 
「鈍いだけでもハンデがあるのに、目も見えない」
 
 これが止めになる。リッカーのように聴覚が優れていれば、あるいは俊敏であれば一矢報いる方法はあったかもしれない。
 だが目を潰され、神経を傷つけられて動けなくなった聖司は、ここにいる誰より弱い。
「出来ないよ。なにも」
「させないんだろ?」
「わかってんじゃん」
 
 役に立つかどうかはともかく、出来ることは無くも無い。しかし、目立った行動を取ればウェスカーの目に留まり、攻撃対象にされかねない。
 今までのように、彼女が彼の危機を救えばいいのかもしれないが、それができないから『させない』と言ったのだ。
 
「何とかできるんじゃねぇのか?」
「だから?」
 
 聖司はエルの心を読み取って簡略的に、エルは聖司の言葉を汲み取ってどんな答えを出してもいいように応える。
 それが幸いしていた。この状況でゴチャゴチャと長話をしている暇は無く、聖司は早急にエルが望むことを肯定しなければならない。
 
「見ろよ、この目」
 
 指で瞼を押し上げ、形を無くした眼球を見せる。
 
「今の医学は知らねぇが、こんな傷が元通りになるなんて思ってねぇ」
「でもテレパシーで覗けるんでしょ?」
「四六時中ずっと傍に居てくれる人間がいるわけあるか。わかってるんだろ?」
 
 返事は無い。わからずに答えを出しあぐねていることはないだろう。聖司が言うように、わかってて続きを待っている。
 
「(オレはもうお前から離れられねぇんだ)」
 暗闇の中に彼女が蠢く音がする。使えなくなってしまった目では表情を見ることは出来ないが、高ぶらせた感情を発散するときに行う動作が、彼女の心境を物語っている。
 
「そんなに助けたいのぉ?」
 
 不満の声ではない。むしろ喜んでいるように聞こえる。もちろん仲間を助けようとしている心意気に感激しているわけではない。自分を犠牲にしようとしていることには感慨しているようだが。
 
「俺には……必要なんだよ」
「未練たらったら」
 
 いつもの口調に戻った声が、いつの間にか隣から聞こえた。
 
「方法はある」
 
 声は背後に周り、トンと軽く地面を蹴る音と、間もおかず左肩に僅かな重みが圧し掛かる。すぐにエルの目線を盗み見ると、ウェスカーに首を絞められているクレアが映った。
 急いで助けに向かおうとする聖司だが、エルが瞼を閉じて邪魔をしたため、たたらを踏んだ。
 
「どんなに振動させようが9パラは撥ね返せても大砲は撥ね返せない。あの体は高速で飛んでくる巨大な質量に耐えられない」
 
 耳元で囁く声は、まるでそうなることが必然だと確信している様。垣間見た状況は切迫しているはずなのに、エルはかまわず淡々と説明を続ける。
 
「アレを殴り飛ばす怪力は聖司しか出せない。でもそれだけじゃあだめ。確実に殺したいから…そう、シェリーの武器がいい。だから―――」
 
 スルっと、エルの触手が聖司の体中を撫でた。
 
「体が治るまで、もう少し待って」
「その後は?」
 
 杭を握る手に力を籠めて治り具合を確かめる。あの巨体を殴り飛ばすにはまだ足りないが、今も治り続けている神経のおかげで、まるで充電するように力が戻っているのがわかる。
 
「走って、思い切り殴る」
「上等」
 
 いつでも走れるように、杖代わりにしていた杭を両手に持ち、右肩に担いでジッと待つ。グジグジと音を立てて治っていく神経の様子はエルに任せ、聖司は耳で状況の把握に努めた。
 
 一つの感覚が使えなくなると他の感覚が敏感になると言うが、たかが十数分しか経っていない聖司には期待できない現象だ。
 だが集中すれば、思う以上の情報が彼の頭に入ってくる。
 
『ウェスカーーー!!』
『クリス、やめろ!』
 
 レオンの静止を振り切ってクリスが走り、ナイフが刺さらず逆に殴り倒される。首を掴まれたクレアの抵抗は意味を成さず、シェリーとの距離は縮まるばかり。
 
「(エル)」
「(まだまだ)」
 
 時間がないというのにエルは余裕がある口調で抑える。元々1人2人程度の犠牲は仕方が無いと考えているのだから、クレアの安否に関心は無いのだろう。
 
『…ッ…シェリー、やりなさい!』
『!?』
 
 叱咤する声と息を詰まらせる音がする。もう音だけでは現状が把握できなくなった聖司はシェリーの視線を盗み見た。
 
 シェリーの目が映したモノは脳に到達した瞬間、様々な情報に変換される。聖司はその情報をテレパシーで読み取り、頭の中で再現して、おおよその状況を垣間見た。
 
 憎い敵を捕らわれた家族共々焼き殺そうとする葛藤と、助けを求めても、何も出来ない仲間の所為で彼女は混乱している。切欠一つでボタンを押す準備が整っている。
 
 不意に耳元で大きな音が鳴った。シェリーに集中していた聖司は慌てて集中を解き、エルを伺う。
 
「GO」
『兄さんをお願いね』
 
 彼女は簡潔に述べた。
 聖司は一目散にシェリーの下へ向かった。目の代わりを務めるエルを背中に乗せたまま、合金の杭をコレでもかと言うぐらい握り締め――――
 
「ちょい右」
 
 彼女の指示に従い、杭の向きを少し右にずらして、振り下ろした。
 
 シェリー以外脅威と見做さなかった結果、大きな音を立てて走る聖司に気づかなかった。振動を行っていないウェスカーは聖司の懇親の一撃を受け止める羽目になった。
 
 振り下ろされた杭はクレアを捕らえている右腕を圧し折り、関節をもう一つ作る。脳の命令が届かなくなった手はウェスカーの意思に反してクレアを手放した。
「?!」
 
 フレイムのスイッチを入れたシェリーが驚愕する。覚悟を決めてボタンを押した瞬間、横から急に現れた聖司がクレアを救ってみせた。
 同時にそれは、射線上の中に入った聖司を焼き殺してしまうことでもある。
 虚を突くような電光石火ともいうべき事態に反応することができず、シェリーは構えた体勢のままボタンを押し続けた。
 炎が噴出されようとした瞬間、エルの触手がシェリーの腕を上に弾いた。射出口が上を向いてしまった所為で、炎は被害が及ばない天井に向けて飛んでいく。おかげでシェリーは仲間を殺さなくて済んだ。エルの思惑とは少し違うかもしれない、結果はオーライだろう。
 人質と眼前の脅威の排除に成功したエルは、次のプロセスを行うことにした。人質を使うために、わざわざ振動を抑えてくれているのだから、利用しない手は無い。
 
 予め用意していたガトリングをウェスカーの顔面に向けて引き金を引く。振動さえなければ並みのタイラントにすら劣るミュータントには十分だろう。
 銃身が回転し、十分な速度に達して、いざ銃弾を吐き出そうかという瞬間、
 
 一秒にも満たない僅かの間で、ウェスカーの防御を許してしまった。それでもエルは構わず引き金を引き続け、銃弾を発射させた。
 
 案の定、マグナムに劣る弾はウェスカーのHVに負け、全て弾き返されてしまう。しかし眼前でバチバチと散る火花は、丁度いい目眩ましになった。
「ぉぉおおお!!!」
 
 自身が持っている知識のうち、一番棒に力が入る振り方―――――野球のバットの振り方に似たやり方で、ウェスカーの胴体めがけて思い切り振った。
 接触した瞬間、僅かな抵抗を試みた表皮が一瞬だけ火花を散らしたが、正に大砲と表現していい一撃は衰えることなく、壁に凹みを作るほど豪快にウェスカーを弾き飛ばした。
『シェリー!!』
 
 聖司とエルが同時に叫んだ。
 彼女はやるべきことは全て承知している。余計な知恵を身につけたウェスカーを倒すには、おそらくコレが最後のチャンスと言っていいだろう。ウェスカーが起き上がる前に、全てを清算させるべく、シェリーはフレイムを翳す。
 
 しかしここで誤算が起きた。シェリーとウェスカーの距離が予想以上に離れてしまっていたのだ。走って距離を縮める時間さえ無いほどに。
 
 確実に殺さなければいけない――――そんな強迫観念に似た感情がシェリーの思考を全て遮り、咄嗟に反応した動作を速やかに行わせた。
 固定しているフレイムはボタン一つでサポーターから取り外し、
 
「伏せて!!」
 
 立ち上がろうとするウェスカー目掛けて投げた。クルクルとゆっくり回りながら、平坦な弧を描いて飛んでいき、ウェスカーの肩に当たって真上に跳ね上がる。
 しかしそれだけでは何も起きない。
 
「エル!」
 
 今度はシェリーが叫び帰した。
 ここまでお膳立てが揃っている状態で、エルが自分の役目を違えるわけがない。跳ね返ってなお、回転し続けるフレイムに、ガトリングではなく拳銃を選び、
 
 照準を一瞬で済ませ、指をトリガーガードからトリガーへ。彼女の目が写す照準の線は、50口径の弾丸はプラズマガスを収めている筒を素通りして、超伝導コイルを収めている容器に直撃した。
 
 
 
 
 
 
 
 
          空気は絶縁体である。
 詳しく言えば、この世に存在する物は物質であり、空気はもとより電気も突き詰めれば物質なのだ。
 異なる性質がぶつかれば当然反発が起きる。光速移動しかできない電気には、空気しかない空間が鉄の塊にも等しい壁に見えるだろう。
 
 では何故、雷は絶縁体である空気を割って落ちてくる?至極単純だ。
 雷にはそれだけの威力があるからだ。自然が生み出す雷は、たとえ厚さ6000mのゴムであろうと穴を穿つ。普段見慣れている落雷に、核爆発一発分のエネルギーが込められているなど、想像すら出来まい。
 フレイムに蓄電されている電気にはそれだけの威力がある。にもかかわらず、壊れた容器から露出したコイルの電気は流れようとせず、膨張による爆発を選ぼうとしている。
 総量数億ボルトでも、8つのコイルで小分けされている電気には、空気を貫いて誘電体に届くだけの威力を持てなかったのだ。
 
 だが、その電気より早く膨張爆発した物質が、ここにある。
 コイルを冷やすため、容器に満たされていた液体ヘリウムだ。
 最初に膨張爆発したヘリウムは空気を跳ね除け、超純度の空間を作った。そして爆発するはずだった電気は、意図せず作られた道に自ら飛び込んだ。その先にいる者へ流れるために。
 
 本来ならこの結末は感電という形で終わるはずだった。炎とは異なった焼却という形で終わるはずだった。
 電流斑と呼ばれる怪我がある。電流を浴びて生じた熱が皮膚を焼く現象だが、電気量が多くなると発光現象すら起き、炭化することも多々ある。
 世間で触れることが容易い電線は20000Vしかないが、それだけで上記の現象が起きる。
 
 では、落雷に相当する電流を浴びたらいったいどうなる。
 ウェスカーの体に到達した電気は内部へ潜り、発光すら伴うような熱を生み出していく。光のような速さで上昇した熱に最初に触れたのは水分を含む血液。水分である以上、熱に触れれば沸騰し蒸発する。
 だが、生物の体は血が詰まった袋だ。気化した血液が逃げる場所などどこにも無い。
 
 爆発的勢いで体積を増やした気体は肉の体に抑えられる。しかし、それも長く持たない。ウェスカーに人体の名残があるのなら、体を構成する物質の80%は水。それが全て気化すればどうなる?
 
 例えどんなに強靭な体を持っていようと、体の内外問わず全ての箇所から起きる気化現象に耐えられる生物はいない。
 避けようの無い死が待っているウェスカーだが、彼は一つだけ幸運と言えるモノがあった。
 
 発砲、着弾、破裂、流電、発光、帯熱、気化、膨張。
 8つという、多くの過程を行ったというのに、彼は全てを知覚出来ていない。例え人の姿と知能を保っていてとしてもだ。
 なぜなら全ての過程がコンマ1秒も経たず発生してしまったのだから。光速と爆速は音速を超える。
 
 クリス達はおろか銃を撃ったエルですら、認識できたのは結果だけ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 全ての過程を通り、辿り着いたモノは、『破裂』という形でモンスターの生涯を閉じた。