【夕方のニュースの時間です。司会はティファニー・ローズです。一年前のアンブレラ事件で活躍したクリス・レッドフィールド氏が先日、アメリカ政府も関与していたとして起訴しました。政府側は事実無根として真っ向から対立、裁判は長期化すると専門家は見ています。法廷前から中継が繋がっています。ロイさーん!】
 
 画面が替わり、法廷の前でマイクを持った青年が慌しく動くシーンになる。
 
【繋がってる?え、マジ?あぁぁはいはい!ロスの法廷前からの中継です。まもなくこちらにクリス・レッドフィールドが到着するという情報がはいりました。一年前のアンブレラ強襲事件以来様々なところで活躍していたクリス氏ですが、今回のような大きな――あ!来ました!今、クリス氏が同僚のジル・ヴァレンタイン氏と共に到着しました!】
 
 青年は器用に走りながら喋り、弁護士や協力者を連れているクリスにマイクを突きつける。同時に、多数のフラッシュがクリスの顔を歪めた。
 
【クリスさん、今の心境は?勝算?】
 
 次々と質問を浴びせるがクリスは
 
【仲間のために、全力を尽くす】
 
 とだけ言って建物の中に入っていった。そして再度画面がニュースステーションの風景に切り替わる。
【今回の裁判には各国からクリス氏へ様々な支援者が応援に駆けつけ、今後の展開が注目されそうです。続いて次の
――】
 
 次のニュースを聞く前にテレビの電源が切られた。

「クリスも相変わらず。変わんないな〜」
 
 何ヶ月ぶりに見る知り合いは、少しばかり頬がこけていた。この1年のほとんどを裁判と事後処理に費やしているのだから、慣れない作業で疲れているのだろう。
 それでもシェリーが変わらないと言ったのは、『活き』とでもいうのだろうか、そういう雰囲気がテレビ越しにも充分伝わってくるからだ。
 逆にシェリーの生活は180度変わった。クレアを保護者にして学校に通い、少ないながらも友達までできた。今では運動神経に目をつけられサークルに誘われるほど、普通の生活を送っている。
 
 同時に増えたナンパの数が鬱陶しくあるのは同居人に内緒にしている。

「手が離せないから出て〜」
「は〜い」
 
 もちろん海底研究所で行われた暴虐を忘れたわけではない。ウェスカーが死に、各国の違法生物実験が晒されてもHCFが残っている。乗じて新たな勢力ができるのも時間の問題であり、すでに売られたBOWの行方も追わなければならない。
 
 そして、探し人が見つかっていない今、自分だけ安寧を享受するわけにいかなかった。

「もしもし?」
『はぁいシェリー、私』
 
 電話から聞きなれた声がした。
 
「私私詐欺は間に合ってます」
『誰がそんなことするもんですか!』
 
 冗談―――と言ってシェリーは電話の相手―――レベッカに謝った。
 彼女は裁判に列席する傍ら研究の手伝いを依頼することがある。データの解析やパスワードの打破は潜伏時のノーハウをそのまま流用しているため、共に作業を請け負っていたシェリーと行うほうが効率がいいらしいのだが、クレアがあまりいい顔をしないので頻度は少ない。
 
 今回の電話は、その数少ない逢瀬の件であった。
 
『今日は少し風が強いでしょ?危ないから迎えにいこうと思って』
 
 言われてカーテンを開けて外を見てみる。昼だというのに雲の所為で街灯やビル街はすでに灯りが点いている。だが、その光に当てられている外の人影は、何も起きていないかのように平然と歩いていた。
 別に風など強くないのだ。
 
「う〜ん………確かにこの風は勘弁したいなぁ」
『でしょ?ちょうど休憩もらったから、夕食ついでに拾ってあげる』
「どうせなら食べる前に来てよ。ただで手伝ってあげてるんだから甘い物ぐらい奢って」
『がめつ〜。太っても知らないから』
「お生憎、育ち盛りなの」








「ようこそ、スペンサーレイン号へ」
 
 いかにも―――という出立ちの男が、タラップの終着で待ち構えていた。彼が導いてくれる方へ顔を向けると、入り口をいっぱいに使った金属探知機を兼ねたゲートが鎮座している。
 
 すでにシェリーの前には招待客の列ができており、誰も彼も煌びやかに着飾って、乗船を待ちわびていた。
 普通なら乗船したあとに着替えるものだが、出港と同時にパーティーが始まるため、皆初めから着替えを終えている。
 
 一人、また一人とスムーズにゲートの向こうへ流れて行き、シェリーの番はすぐに訪れた。
 
「ご協力ありがとうございます。こちらの通路をお通りください」
「この航海にはスペンサー卿も同乗すると聞いたんだが?」
「はい。社運をかけたプレゼンテーションということで、明日ヘリで往訪されます」
 
 楽しみだ―――シェリーより一足早く船に乗り込んだ男は、同じ黒服にエスコートされ、足取り軽く奥へ消えた。
 
 今の会話を聞いてシェリーは内心ため息を吐く。あれだけの事件を起こしたのに、アンブレラは未だに業務を続け、こうやって商品の売り込みまでしている。
 
 今の男のように取り入ろうする連中まで後を絶たないのも、彼女の頭痛のひとつだ。
 
「レディ、貴女の番です」
「すみません、綺麗な夕日でしたので」
「海に出たあとのデッキなら、ここよりよく見えます。その前に、まずは招待状を」
 
 そう言われてシェリーは、小物入れからスペンサーの印が入った封蝋付の招待状を出して差し出す。
 
「…………本物です。どうぞお通りください」
「ありがとう」
 
 ピアスとネックレスを外しゲートを通る。反応しない機械に、改めてガードマンの顔色を伺うと顔色を伺うと、今度は笑顔で先を催促され、シェリーはようやく船の中に入った。
 
 だが先ほどの男性に習って同じ道を進もうとしたとき、
 
「お待ちください」
 
 ガードマンが待ったをかけた。
 
「貴女はそちらではありません」
「何か不都合がありましたか?」
「いえ、そちらは倉庫です。ゲストルームへはこちらの廊下をお使いください」
「でも先ほどの方は――――――!?」
 
 ほんの少しだけ聞こえたソレは、おそらく船の外にいる賓客には聞こえなかっただろう。それだけ小さく、しかし聞き覚えのあるものであった。
 なるほど、客船だけあって他の客に対する配慮は考えられているようだ。

「御丁寧にありがとうございます」
「こちらこそ不備を御詫びします。あとでルームサービスを向かわさせていただきます」
「おかまいなく」
 
 シェリーは漂ってきた硝煙の臭いの反応を極力見せず、割り当てられたゲストルームへ向かった。







「ふぅ」
 
 一人になれてようやく緊張が取れたシェリーは、大きくため息をついて、そのままベッドに体を投げ出した。
 羽毛だろうか、とても柔らかく暖かいかけ布団は彼女の体を優しく受け止め、彼女の心地を幾分やわらげてくれる。
 
 このまま眠れたらどんなに幸せだろう。だがこのあとはパーティーに加え、個人的な用事が詰まりに詰まっており、彼女の願いは当分叶えられそうになかった。
 
「(新型BOW………か)」
 
 目と耳を恐れて声には出さなかった。しかし布団に埋もれて見えない顔は、苦慮を思うそのものだった。








「アンブレラ事件のあと、BOWデータがブラックマーケットに流出したでしょ?」
「うん。誰がやったか知らないけど」
「そのせいで今度は国が秘密裏にBOWを開発しはじめた。さらに悪いことに、一つ二つじゃない」
「元々大なり小なり手を出してたけど、この事でいっきに増えた」
 
 シェリーが苦い顔をする。アンブレラが何十年にも渡って研究してきたものは、おいそれと再現できるモノではなかった。だからHCFを含め、様々な連中がアンブレラに関わろうとした。
 全てはBOW―――ひいてはウィルスの秘密を得るために。
 そしてBOWの開発は成功しつつある。準主力のハンターシリーズはHCFを筆頭に量産に成功し、タイラントも時間の問題である。
 
「その船で行われてるレセプションは、言わばアンブレラの悪あがき。懲りずに新型BOWを作ったって」
「敵に対抗するため優良品を造る。他はさらに優良品を造る…か」
「目的はその船に積まれている新型BOWを見つけて、証拠を映像にして確保。招待されてる連中の素性を暴くことの2つ」
「まだアンブレラに縋る人がいるなんて………」
「後に引けない、甘言に騙される。理由なんて作れば沢山あるから。勘違いしないでよ?そこにいる人全員がってわけじゃ無いんだから」
「じゃあどうやって調べろっていうの?」
「品評会なら当然実物を見せないと話しにならないでしょ?いいのを選んで来たから、うまく紛れてね」
「仮面舞踏会だったら諦めてよ?」

 一応長距離航行できるボートとGPSで追跡をしてもらっているが、ボートの限界距離を過ぎれば引き返すことになっている。
 つまり、それまでに仕事を終わらせるか、失敗が決まったら始終客の振りをして最後までやり過ごすかしなければならない。
 
 彼女には時間がなかった。客として紛れ込めたものの、周りが敵だらけという居心地が悪い場所に、バカンス気分で居られるはずもなく、気を引き締めてベッドから立ち上がる。
 
「(あ、化粧直しとこ)」
 
 とはいえ、オープニングセレモニーに出るための準備は怠らなかった。





 仕事をするためにはどうしても調達しなければならないものがある。
 カメラの類は探知機に引っかかる可能性を見越し、装飾品に偽装して紛れ込ませることすら出来なかった。倉庫に連れて行かれた男は、そういうことをしていたからだろう。
 
 同じ乗客はいざしらず、VIPっと呼ばれる連中もしくは従業員の中から拝借する必要があった。
 最悪の場合警備室の監視カメラの映像を取らなければならないが、それは最終手段になる。
 
 そして武器の調達。これが必要になる事態は極力避けたいところだ。海の上の密室では海へ逃げることすら困難。加えてBOWが詰まれているのなら、隠して持って歩けるような小さいものでは駄目だ。
 
「きゃっ」
 
 最悪の事態は避けたい。その解決策をアレコレ考えて歩いていると、廊下の丁字路で誰かとぶつかった。
 
「す、すみません」
 
 服装と背丈からして男性だと気づき、シェリーはすぐ顔を上げて謝罪した。
 見上げた瞬間、その男は妙に冷めた顔をしていた。不機嫌ではあるようだが、どうもぶつかったことに対してではないように見える。
 だがそれも錯覚に思えるような一瞬で、シェリーと顔を合わせるよう下を向いたときには、紳士らしい柔らかな顔を浮かべていた。
 
「こちらこそ、余所見をして申し訳ありません。美しいお嬢さん」
 
 ナンパとは一味違う、歯の浮くようなセリフだが、シェリーは努めて表情を崩さないようにした。これがこの世界の常識なのだと、間違った認識を植えながら。
 
「セレモニーに参加されるのなら、急いだほうがいい。よろしければエスコートをしますが?」
「ありがとうございます。ですが連れを待たせていますので、お気遣いなく」
 
 それは残念だ――――ちっとも残念そうに見えないが、社交辞令ではそういうしかないのだろう。
 
「では馬に蹴られないうちに失礼を。良い船旅を」
「はい。またどこかでお会いしましょう」
「…………もう二度と会うことはないよ、美しいお嬢さん」








 船から陸地が見えなくなった頃、一時間以上かかったオープニングセレモニーがようやく終わり、メインホールはパーティーらしい華やかな雰囲気に包まれた。
 客のほとんどVIPというだけあって、部屋の装飾の華美はもちろん、料理の豪華さも一際上質なものだ。
 
 いつかSTARSで催したクリスマスパーティーでは到底及ばないほどに。
 この船に乗った客は、楽園を満喫している間に、命を賭けて犠牲になった人間が血と涙を流していたことを知りもしないだろう。要人と呼ばれるこの人間たちも、一皮向けばアンブレラとそう大差のない事業に手をつけているのがほとんど。
 
 しかし清廉潔白を証明できる人間はいない。STARSとて叩けばいくらでも埃が出てくるのだ。見る目が違えば、あのときのSTARSは性質の悪いテロリストそのものである。
 
 それでも、ここに居る連中よりはマシなのだろうか――――答えを出せないことで気分を害したシェリーは、人垣の合間を縫ってデッキに続く扉を開けた。
 残暑で暑かった昼も、太洋の夜に吹く潮風は意外に冷たかった。だがきつい香水や人の熱気を払うには丁度いい。
 
「………………」
 
 あれから一年経った。バリーの偽者が現れ、病院の片隅にある部屋で大量の死体が見つかり、一台の車が逃げるように病院から離れ、大事な人が一人の少女を伴って消えてしまった。
 
 それからのSTARSは地獄のような忙しさだった。証拠になるはずの2人が消えて裁判は満足に進まず、しかし偽者のバリーが持ってきた情報は本物で、様々な板ばさみを食らい、カルロスやクレアの除隊も後回しになるほど人手に余裕が無かった。
 それでも自分だけは―――と、忙しい中復学の手続きをクリス達が協力して取ってくれた。その心遣いは涙が出るほど嬉しいと思う。事実、学校に通うことで得たものはたくさんある。
 
 代わりに一人になる時間が増えた。昼は学校の友人と一緒にいるが、同居しているクレアは多忙で夜遅くまで帰ってこない。
 流石にラクーンにいたときのような駄々をこねることは無いが、やはり一人の食事は寂しいものだ。
 そしてこの寂しさを癒してくれるのは、やはり彼しか居ないのだろうと、シェリーは思う。一応アンブレラの被害者という名目で保護の対象にしているが、連れが有能なおかげか、まだ有力な情報がない。
 
 こうしてスパイ紛いなことをしているのも、STARS以外の組織が彼の情報を扱っていないか探るためだ。
 この船にシェリーが乗り込んだのも当てずっぽうではない。この一年で匿名名告問わず情報提供が相次ぎ、アンブレラが隠し持っていた研究所がいくつか公開され、STRASが関わっていない研究所が壊滅している場合があった。
 
 HCFのような他組織の関与を疑うのは簡単だが、その研究所のほとんどに『NEシリーズの製造』の跡が残されていたことで、彼女は一抹の望みに賭けることにしたのだ。
 
 フランスで彼が使っていた隠れ家がもぬけの殻になっていたことも、理由の一つである。
 彼は今もこの海の向こうで生きているはずだ。もしかしたらこの船に乗っているかもしれない。いつも抱く淡い期待は決して色あせず、シェリーにとって唯一の糧となっていた。
 
「随分遠くまで、雉を撃ちに行ったんですね」
 
 次に会ったら絶対言ってやろうと決めているセリフを反芻し、冷えた身体を温めるためにゲストルームへ帰った。
 彼のことを思い出した途端やる気が出た、自分の現金さに苦笑しながら。












 9月22日 22:00 太洋上航海中のスペンサーレイン号より以下が来電。
 
「――――のウィルスによる襲撃、乗客乗員共生存は絶望。至急UBCCによる鎮圧求む。集団にモーフィアス・D・デ――――」

 
 以上の電文を傍受したと思われるUS・STRATCOM及び中国安全部から諜報員の出向を確認。
 本社の指示により、本事件による介入は見合わせとする。
 
 備考:これ以降PTからの連絡は一切途絶える。