その直後にドアが開き、彼女の心臓が跳ね上がった。血流が急速し酸素の消費を増やし、肺の筋肉をこれでもか急かした。
 だがシェリーはその欲求に抗い、息を止めて身体を硬直させ、空気を震わす要因を全て消す。それでも神経はより過敏に。
 
 この施設にどれだけの生き物がいるかわからないが、ドアを開けるという当然の行動をできる生物にソンビは含まれない。シェリーにとってソレは口惜しいほど致命的だった。
 タイラントかハンターか、それとも未確認のBOWか。どちらにしろ彼女はソレ等が屠れないことを当然としたくなかった。
 
 しかし現実は彼女に逃げの手を選ばせる。幸いシェリーは部屋の一番奥に隠れていたため、入り口からは見えない。
 足音は金具の音をたてながらゆっくり部屋の中に入ってきた。その靴の質から、ハンターでもブルースのモノではないと察したシェリーは素早くトリガーに指をかける。
 
 自分が知らない生存者が居てもおかしくない。むしろそうであってほしい。こんなときに新手のスパイやモンスターと会うのは御免こうむりたかった。
 
「(最低でも人間でありますように)」
 
 徐々に近づいてくる足音は、自分がここに居ると知っているとさえ疑える。完璧な袋小路にはまったシェリーには、もう前に出る以外の選択は無かった。

「(1………2………3………4………)」
 
 歩幅と音元から距離を測り、出るタイミングを計る。
 
「(5!)」
 
 そこに誰もいない。さっきまでの足音が幻聴だと言われても信じることが出来るほどの静寂が部屋を満たしていた。しかし、キィ――――っと揺れ動くドアは確かに誰かが入って来たことを主張している。
 
「(居る………でも、どこに……!)」
 
 頭に思い浮かべた言葉ではなく、目と耳から入って来た情報に対して脳が判断した対応だった。リンゴを見て瞬時にリンゴだとわかるように、誰も居ないという状況はありえないと、シェリーの感覚がありえない速度で答えを出す。
 そのまま身体を次のフェイズ――――探索に切り替えた。すぐ隣の棚付近と更に置くの棚を流し目で確認するが、やはり人影は無い。 ではどこだ、隠れる場所はもう―――――。
 
「っ!!」
 
 ――――後ろしかない。
 
 勢いをつけて振り向き、そのまま構えた銃を彼女は人差し指だけで軽く逸らし、シェリーの胸に残った片手の人差し指をトンっと立てた。
 後ろを取られた時点で負けは確定。急所を押さえるのは武道において勝利宣言にあたる。
 本来なら彼女にとって死こそ最上級の勝利になるはず。それをせずに完全勝利を演出するのは偏に、己の自尊心を示し、保つ方法なのだろう。
 
 どうとでも捉えられる行動だが、一年の歳月は彼女をより理解しがたい生き物に変えてしまったようだ。
 彼女は長い髪と妙に大きいコートを整えて、少しだけ抑揚を込めて口を開いた。
 
「おひさ」
 
 白々しいとはこのことか。少なくとも彼女はここにシェリーがいることを知っていた。部屋の一番奥に居たのも知っていた。
 薄っすらと笑うその顔からそれを察したシェリーは、ようやく見つけた手がかりに笑みを返す。
 
「今度はちゃんと一声かけてくれる?」
 
 二人の笑顔は再会を喜ぶソレではなく、仲間とは呼びがたい別の何かを見つけたモノだった。









「聖司が捕まってここにいるから」
 
 再会に花を咲かせる暇は無い――――信用できる戦力を手に入れたシェリーは足早に探索を開始した。実際エルの活躍は昔と変わらず、ゾンビもハンターも文字通り一蹴で終わらせてくれる。
 
 しかし休んでいた時間が長すぎたのか、施設に残っていたほとんどのモンスターは別の誰かが始末を済ませており、聞きなれた銃声ももう聞こえてこない。おそらく『この施設から離れたところ』に行ったのだろう。
 だとすればシェリーの任務は完全に横取りされたことになる。ブルースの探索が終えた所をどれだけ荒らしても、目ぼしいモノが出てくるはずも無い。なんだかんだで彼もプロのスパイなのだ。
 
 さてどうしようか――――とシェリーが考えた所で、ある疑問が彼女の頭に浮かんだ。『何故エルはここにいるのだろうか』という、単純で当然の疑問が。
 
 そして、それを聞いたシェリーに返された答えが、先程のセリフだった。

「(うそ……)」
 
 自分は運がない。そう諦めていた矢先の幸運は信じるのに時間がかかった。アンブレラの施設を訪れるたびに居て欲しいと願い、収穫の一つも見つけることが出来ない日々を送っていた彼女には、歓喜より先に疑心のほうが強く出る。
 
 本当にここにいるのか、もしかしたらどこかに連れ出された後じゃないだろうか。今はこんな状況だが、つい先日まで稼動していた研究所が人間一人を搬送するのに多大な手間を労するものか。
 
 それでも、本当にいるかもしれないと希望を持つのは、ひとえにエルという生物の存在が非常に大きな要因だった。
 しかし一つの問題が解ければ別の問題も出てくる。エルという生き物をある程度理解していれば、これからシェリーがする質問の意味も難なく理解できるだろう。
 
「どうしてソレを私に教えるの?」
 
 忘れてはいけない。聖司とエルは自らSTARSを抜けた。どんな理由があったにせよ逃げたのだ。STARSからも、アンブレラからも別の組織からも逃げ続けて、今になってシェリーを頼る理由がどこにある。
 
 エルなら誰に頼らずとも自力で解決できそうなイメージが定着しているからこそ、他力を求める理由が見つからなかった。

「……………」
 
 エルは答えなかった。だが彼女自身がグチャグチャと動く様はまるで不機嫌を現しているようで、シェリーはそれ以上聞く気が起きなかった。
 
 藪をつついて出てくるものが蛇ではなくモンスターと知っていれば、それは賢明な判断である。









 t−ウィルスの研究を行っていた区画なのか、エルに案内されて入った場所はシェリーにも見慣れた設備が鎮座していた。科学防護服にエアクリーナーはウィルスの研究に不可欠。つまりこの一画はそういう場所なのだろう。
 
 そして床には今は正常な屍骸になっているゾンビと、見たことが無い羽虫の屍骸が散らばっている。虫のBOWを見て反射的にラージ・ローチを思い出したシェリーは、清浄された空気が出す冷気とは違った寒気を感じた。
 
 どうして自分はこんなにトラウマだらけなのだろうか―――――ズカズカと気にせず前を歩くエルを恨めしく思いながら、彼女の後ろをついていく。
 そうしてたどり着いた部屋は、他の区画と比べて一際大きいと呼べる場所だった。広いスペースと、かなり間を開けて設置された機材の数々は、ここに大勢の研究員が居たことを物語っている。
 
 その研究員達も、今は仲良く床で消し炭になって転がっていた。例の電気を使うモーフィアスというテロリストにやられたのか、それとも別のなにかか。ただ焦げているだけでは判断のしようもなかった。
 
 一応とばかりに行った安全の確保を終わらせたシェリーは、ようやく眼前の装置の物色に入る。

「まさか……この中に?」
 
 人一人ぐらい入りそうなシリンダーの中に何かが入っていても不思議ではない。そして囲むように設置された複数のジェネレーターらしき装置が、まだ動いていることから、何かが行われているのは明白だった。
 
 シェリーの問いにエルはなにも答えない。それはイコールで肯定を指す。人とのコミニュケーションを軽んじているエルは単純な返事すら乏しい。
 以前はもう少し愛想がよかった―――――なんとなく不快を感じるシェリーだが、注意をする暇など無いと自分に念を押し、外からシリンダーを調べた。
 触れるか触れないかという位置に手をかざし、シリンダーを覆う金属の表面温度を計る。すると、数ミリほど離れている手の平に強い冷気が襲った。空気が乾燥している所為で霜や蒸気は出来ていないが、この冷温なら水ぐらい凍ってもおかしくないと錯覚するほど冷たかった。
 
「(冷たい………コールドスリープ?)」
 
 シェリーはその可能性を一瞬だけ疑った。BOWの運搬にしばしば使われる処置だが、完全に凍らせてしまえば細胞が壊死してしまい、保存という本来の意味をなくす。
 
 故にロックフォートやエジプトで使われた装置は基本的に『低温』であるが、体温を25〜30度ぐらいに下げただけでも血行は殆ど停止してしまう。血液が流れなければ細胞は死ぬ。当然脳もだ。
 つまりこの処置自体、生命力が強いBOW専用の保存方法なのだ。ここで彼がどういう扱いを受けたのか、レポートの類を見るまでも無く明らかだった。
 
「……………」
 
 それが悲しいかと問えば、シェリーは同意するだろう。だが今はそれ以上に悔しいと答えるだろう。
 
 自分達と一緒にいればこんなことにはならなかったのに!――――と。
 もし彼が『酷い目にあった』と言えば、必ずそう言ってやろうと心に決めたシェリーは、早速彼を解放する手段を探した。手始めに一番近くにあるPCと、用途が良く分からない機械を片っ端から起動していった。
 
 案の定PCにはアンブレラ社専用のOSが使われおり、データの解析やクラックで散々扱ってきたシェリーには見慣れたもので、各種ソフトを滞りなく起動していく。
 
 シリンダーとその周りにある機材と連動しているのか、ナンバリングされたソフトと機材のナンバーが一致しており、それぞれの機能の把握が用意だったのは救いだった。
 心電図、血流と電位を示すポリグラフ、各種脳波の数値。それらは非常に小さい値を出しているが、中にいるモノが生きているという証拠にもなった。
 
 とすれば、シェリーが懸念するものは後二つ。一つは中にいるモノが本当に聖司であるか否かであり、もしいたとしても――――
 
「(低温で脳がやられてないといいんだけど………)」
 
 半身不随ならまだ救いがある。いっそ首から下が動かなくとも、世話をする人材は欠かない。だが彼の意思が無い場合、ただでさえ皆無に近い人権を全て手放すことになるだろう。彼の身体は例え犯罪という行いを用いてでも調べる価値があるのだから。
 懸念の答えだすべく、シェリーの手はシリンダーを開放するためにキーボードを叩く。慎重に一つずつ、障害になる項目をクリアしながら、確実に。
 
 そんなシェリーの苦悩などお構いなしに、エルはジッとシリンダーを見つめている。それしかすることがないとはいえ、もう少し協力的な態度を取ってもらいたいと思うのは、シェリーの我侭でしかないのだろうか。
 
 それとも中にいる人物はすでに起きていて、彼女と秘密の会話でもしているのか。どちらにしろシェリーにとって不愉快なものであることは変わらなかった。
 最後のロックを解除すると、画面上に大きく『OPEN』という文字が赤く表示され、連動して機械の駆動音が激しくなった。BOWを解凍するために様々な処置を施しているようだが、初めて見るその過程はシェリーが予想していたものよりしっかりしていた。
 
 組織の負荷を抑えるために低温から常温への移動は非常に緩流で、同時に微量の電気的刺激を与えて神経の活性化を促す。これらはすぐに活動するための処置であると同時に、品質の劣化を防ぐもの―――――と、通常の冷温保存ならそう思うだろう。だがシェリーとレベッカの解析は、この作業にはBOWにとって別の意味があることを発見していた。
 『再生による素体の強化』を計っているのだ。著しく消耗した体は外的損傷として捉えられ、電気的刺激は細胞を活性させて通常以上の再生を促す。t−ウィルスはその負荷から身を守るために突然変異をいう進化を起こし、素体の体をより頑丈に作りかえる。
 
 BOWならではの力技というべきだろう。少なくとも常人の生命力では冷温保存そのものが不可能に近い現代で、この方法は画期的な一石二鳥である。
 シェリーはこういうものを見る度に、自分は学者畑の人間なのだとつくづく思い知らされた。違法であり常人にはあきらかな異端でありながら、非常に有用なモノであるという評価もまた、彼女は下してしまう。
 
 『違法であるがゆえの躍進を認めることは出来ない。しかしそれがあるからこそ―――――救われた命もある』
 『アンブレラは善ではない。だが悪で在るには人を救いすぎた』
 
 様々なメディアは彼女と同じ評価を世間に示す。同僚のレベッカも、一年前に同じ言葉を紡いだ。
 自分はどんな心構えでアンブレラに………ひいては派生した組織と対峙していけばいいのだろう。彼等にこの問題を投げつけられたとき、どんな答えを出して自分を示せばいいのだろう。
 
 悪事を働いてでも研究する覚悟を持った人を納得させる答えなどあるのだろうか。
 
 千差万別の主張をたった一つの理屈でまとめきれるだろうか。答えが出ない問題に仮解答をつけたところで、もっと良い式と解があるのではと考え、示されるオチしか無い。
 ならば―――――――
アンブレラの悪に染められた彼を救うことが、彼女の答えになるのかもしれない。
 シリンダーを覆っていた金属製の壁は収納され、脆いガラス管が露になった。その中にはしっかり、2人が望んでいた人物が保存液に漬けられて浮かんでいる。
 
 その姿は痛々しいの一言に尽きる。冷温のままでも生きられるように体中は様々な大きさの管を張り巡らされ、生体反応を採取するための電極は心臓近くと頭部を中心に埋め込まれている。
 
 早く出してあげなければ――――シェリーは電極やチューブを格納する操作に移った。ソレさえ終われば蘇生作業はすでに完了しているので、あとは排水を待てば良いだけなのだが………。
 そんなものを待つ気などサラサラ無いのだろう。エルは自身の手を一本だけ使ってシリンダーを貫いた。硬く尖らせた先端は見事試験管に穴を空け、中の溶液は多少の粘着性を維持したままタレ流れていく。
 ソレが簡単に砕ける物と悟るや、元々無かった遠慮が積極という形に変わり、聖司を覆うガラスのほぼ全てを砕いてしまった。
 
 そして浮力が無くなって倒れかけた彼を素早く触手で絡めと取った。長期間拘束された彼の体は以前のソレよりか細く、自重で損傷を負う事はなかった。それだけ疲弊しているのは容易に見て取れる。
 こんな取り出し方で問題ないのかと問われれば、実のところ深刻な問題は無い。
 電極の類は簡単に抜き取ることができるように刺され、チューブの類も内臓が傷ついていなければ無理やり抜き取っても構わない。
 
 唯一の問題は内蔵や脳に雑菌が入ることだが、彼に関してそれは愚問と言えるだろう。
 
 ただ、万全を期したかったシェリーには、酷い不評を買ってしまったが。同時に、何ヶ月も会えなかった彼を愛し気に触れるエルには共感がもてた。

「ん……うぅ……」
 
 冷たい棺桶から出て暖かい空気に晒された人体は通常通りの運動を開始した。それは覚醒も促し、聖司は産声のようにうめき声を発する。エルは吊るしたままにしておくのが本意ではないらしく、安全な床に下ろして彼の顔中に付いた液体を優しく払う。
 
「誰だ……そこにいるのは……」
「…………」
「あぁ…お前か。まだダルい、もう少し待ってくれ」
 
 彼の目は開かれない。治るかもしれないと希望を見た帰郷を蹴ってまで逃げる理由が、必要があったのだろうか。
 それを思うシェリーにはもう、さっきまでの激情など枯れ木のように萎れていた。

「セイジさん…」
「!?」
 
 第三者の呼びかけは聖司にとってあってはならない突然で、よほど驚いたのだろう―――痙攣に紛うほど体全体が震えた。
 そして健在の耳は、シェリーの位置など簡単に特定してみせた。
 
「………どうしてここに?」
「偶然です………本当に………」
 
 出来すぎた偶然だとシェリーも実感していた。一年以上も繰り返された常が、今日で崩れるとは思いもしなかっただろう。
 その実感を確かめるべく、シェリーはそっと聖司の頬に触れた。濡れた肌は外気で冷たくなっているものの、地肌の奥から伝わってくる熱は生物の証として彼女の手を温める。
 
「ジッとしててください」
 
 聖司の体に付けられている者があまりにも目に余り、話をするより先に電極やチューブの除去から行った。細い針はなんの抵抗もなくスルスルと、保存液と混ざった血の糸を引いて抜けた。エルもシェリーに習って、胃や動脈に繋げられたチューブを外す。

「………怒ってるか?」
 
 されるがままだった聖司はボソっと呟いた。悪戯を見破られた子供と同じような行動は、彼がSTARSに対して行った事を理解している現われである。
 
 自分は叱咤されることをした。それが分かっているのなら、弾劾や罵倒を浴びせられる覚悟も出来ているだろう。
 ゆえにシェリーは、遠慮なく答えた。
 
「怒ってますよ………決まってるでしょ」
 
 それは声音だけでおなか一杯になりそうな、低い声だった。黙々と続ける作業がその迫力に拍車をかける。

「潜水艦じゃ『ここから始めよう』とか言って、病院じゃなんて言いました?家から出たら蚊帳の外以前の問題でしょ」
 
 抜いたばかりの針で眉間をツンツンと突付き、如何に自分が怒っているのか示した。大した痛みではないのか、そもそもその程度で痛みを感じないのか、聖司はされるがまま黙る。
 
「気ままな2人旅は楽しかったでしょ。みんなは後始末やら裁判で暇なんかありませんでしたけど」
 
 嘘だ、楽しいはずが無い―――――こうやって捕まってモルモットにされていることを踏まえれば、満足に寝ることもできない逃避行だったと想像するのは難しくない。
 彼等が襲撃したであろうアンブレラ関連の施設も、聖司が何度も捕まり、その度にエルが救出した痕とも捉えられる。一年間の苦労はお互い様なのかもしれない。
 
 それでもシェリーは、彼女なりに精一杯の嫌味を紡いだ。
 
「私は学校に通いましたよ。友達もできて一緒に遊んで、普通の女の子をして」
「人気者だろ」
「えぇ、容姿端麗頭脳明晰ですから。ナンパが無い日が無いくらい」
 
 断るのが大変なんですから―――――自慢げに言うシェリーに聖司は苦笑した。以前聞いた人間不信の面影など微塵も無く、一年前と比べても随分社交的になった。

「それで、鼻の下伸ばした連中から逃げてここまで来たのか?随分しつこいナンパ野郎だな」
 
 聖司はもう一度『どうしてここに居る』と聞いた。彼はここがアンブレラの施設で、かなり厄介なところに建造されている所まで明確に掴んでいる。
 
 シェリーが捕まって連れてこられたと言えば、全てが偶然という形で済ませただろう。しかしシェリーは偶然だと答えた。どうすれば地図はおろかGPSでも感知できない、太平洋沖の孤島付近に来る理由ができるのか。

「二ヶ月前」
 
 その答えと60日前にどんな関係があるのか。聖司は黙って続きを促した。
 
「STARSは一旦解散しましたけど、あの頃のネットワークが時々生物兵器絡みの研究所を報せてくれるんです。HCFとかどこの所属か分からないのも余計に増えて」
 
 その報せはクリス達の頭痛をさらに強めるものであったが、同時に予てから懸念事項であった『アンブレラを後継した企業』の把握に役立った。情勢が不安定な現在ではどこも派手な行動を取れないが、クリス達にとっては証拠の山になるからだ。

「と言っても無事だった施設はほとんどありませんでしたけど。火の気が無いところから爆発が起きて、調べたらそうだったってだけで………それが一年間定期的に」
 
 まるで誰かが襲った痕のよう―――――推理モノで犯人が追い詰められる心境とはこういうものだろうかと、聖司は抑揚が無い声で語るシェリーに戦慄を覚えた。
 
「探しても探しても見つからなくて………それでも生きてるから報せが来るんだって思ってたのに……」
 
 聖司の頬を触れる手に少しだけ力が篭った。

「二ヶ月前にソレがぱったり途絶えた」
 
 声が少しずつ近づく。そして聖司の頬を触れる手とは違う温もりが、反対の頬を暖めた。
 
「心配した………心配したんですよ」
 
 耳元で囁かれた声は震えていた。ライトキスと紛うほど寄せられたシェリーの頬をゆっくり流れるものはなによりも暖かく――――
 
「だから私はここに居る」
 
 頬を触れた手は離れ、頭を丸ごと包まれた。元々厚手ではなく、露出が少なくないパーティードレス越しの抱擁は、素肌と大差無い近さで―――――
 
「生きててよかった」
 
 シェリーの気持ちを代弁した。