波止場に着いた頃には空と海は綺麗な青色に染まった。チラホラ見える観光客やシーズンを逃した海水浴客の姿が、日常への帰還を一層強調してくれる。
 
 友人や恋人と心底楽しそうにそぞろ歩く姿はシェリーにとって羨ましくもあり、同時に蔑みにも似た陰鬱な感情の露呈を促す。世の中はこんなに濁っているのにのんきな事で、ソレ等が奪われることなど微塵も考えてなさそうな、幸せそうな人の姿がほんの少しだけ身近に見えた。
 シェリーは己の姿を見た。華美な服も今は見る影がないほど破れて、硝煙と汚水に塗れ、手入れも満足に行き届いてない体は露なまま。まるで擬態が剥げたような錯覚さえ覚える。
 
 家に帰れば彼等と同じ物を享受できる――――が、いつか剥がされるという懸念がある限り、やはりシェリーは羨望と嫉妬を込めた視線で日常を生きるのだろう。
 
 嵩塚聖司が狙われ続ける限り。
 元凶であるラクーンシティから我武者羅に走り続けるクリス達についていくだけの日々が、さも当たり前のようになったのはいつからだろうか。
 
 テロリスト紛いのSTARSが出来る原因の身内という肩書きに怯え、言いがかりに近い期待のために追われ、誰も信じられない状況がシェリーに過去を過去を振り返る機会を奪った。
 
 しかし今は、そういうことを考えてもいいのではないか。
 
 ふと立ち止まる――――――シェリーは今の心境をそう表した。

「服買ってきたわ。サイズは期待しないで」
 
 半裸の集団と一緒に居たくないという理由で、レベッカは服を数点といくつかの雑貨を買いに行っていた。
 念願の服を手に入れたシェリーはそそくさと船内の奥へ着替えに行く。
 
「シェリー、先にコッチ使って」
 
 そう言ってレベッカが渡したのは4ガロンサイズのミネラルウォーターと、使い捨てのケアセットだった。女同士――――という単語があるが、この場合は誰でも察することができるだろう。車という密閉空間に汚水の臭いを充満させたくなければ。

「あと、セイジさんはこっちを」
 
 渡された別の紙袋にはいくつかの液状栄養剤と暖かいコーンスープが入っていた。聖司の見た目が以前より痩せていることを省みてのことだろう。
 
「いい加減硬いモンが食いたいよ」
「だったら早く元気になること」
 
 ずっと流動食しか口にしていなかった故の愚痴もどこか力が無い。







「―――――――っつー具合だな。俺達が潰した施設はソレぐらいだよ」
 
 移動の時間は易しい尋問に使われた。一年前から今日に至るまでどんな経緯を辿ったのか。協力してくれる人材もいないこの世界で、どうやって今まで逃げることが出来たのか。
 
 そのほとんどは人の監視が無い森や海を渡って成し得ていた。エルに掛かれば本来は難しい不法入国も突破は容易らしい。
 
 そして必要になる物資――――武器を含む――――や金銭の見当も、やはりまともな方法ではなかった。
 聖司に覚悟がなかったと言うのが一番わかりやすいだろう。ようするに一般人以外の、犯罪者と呼ばれる連中から金品を強奪していたのだ。
 麻薬のバイヤー、窃盗集団、場合には強盗を返り討ちにするという荒業まで多岐に渡る。
 当然自分の縄張りを荒らされて黙っていられるほど、悪党は御人好しではない…………が、訓練を受けた特殊部隊員やモンスターを平気であしらえる生物兵器と、問答無用で人の行動を察知できる超能力者に一矢報いれる猛者は皆無であった。
 
 と、ここまではレベッカとシェリーの予想に一致している。たった半年程度の関係であっても、この2人のプロファイリングはそれだけ簡単なのだ。
 ところが襲撃した研究所の数を言ったとき、レベッカの背筋は一瞬で寒くなった。
 
「イギリスからノルウェーに入って、そのまま陸続きでロシアに入ったんだ。俺達が襲ったのはフィンランドとロシアと………捕まったアラスカの三箇所だけだよ」
 
 所属不明の研究所は確かにその3つの国で確認されていた。だがSTARSに入った襲撃情報は、その4倍近くもあったのだ。更に予想外だったのは、聖司が関わった研究所には『NEシリーズ』の研究を行っていない、ただのウィルス研究所だったことだ。
 完全に当てが外れてしまったわけではない。可能性の一つとして頭の片隅に追いやっていたものが顔を出して驚いただけ。それも最悪なものが。
 
 襲われた全ての研究所にはある共通点があった。それはNEシリーズの特性上、あってもおかしくない現象であり、それはエルによって行われていたと、半ば決め付けていた。
 
 ここへ来て事実の暴露は、STARSの予定を完全に狂わすものだった。
 
「それは………困りま―――――――!?」

 あと少しでトンネルを出るという矢先に、後ろから猛スピードで走ってきた車がレベッカ達の車を追い抜いた途端、急旋回して道を塞いだ。
 レベッカは慌ててブレーキを踏んだ。巡航速度を順守していたおかげで衝突することなく停車した。

「Shit!!」
 
 ハンドル操作を誤ったとも見れるが、このタイミングで起こす偶然を信じなかったシェリーが咄嗟に動かした手は、フェリーから使い続けていたリボルバーへ伸びる。
 
 しかし――――――――先手とばかりにフロントガラスを撃たれ、全ての対応が一時的に封じられた。

「Freeze!Don't move!」
 
 車の後部座席から完全武装の2人組みが飛び出し、あっという間に鎮圧を成功される。それは見事なまでに精密かつ大胆な行動で、その道の人間が見れば惚れ惚れするような迅速だった。
 
 シェリー達は口惜しくも両手を上げて降参を示す。車のような密閉空間に居て外から抑えられるという状況は、ご都合が働くスパイ映画でも無残に捕らえられるシチュエーション。つまりそれだけ脱出や突破が困難なのだ。
 鎮圧と同時に遅れてやってきたワイドキャブトラックがシェリー達が乗る車の横に止まり、運転席から同じ姿の武装兵が降りてきた。
 
「Get in that!!」
 
 言うが早いかドアを開き、有無を言わさずシェリーと聖司を強引に引きずり出す。

「乱暴しないで!」
「うるさい!」
 
 インシュロック―――――ケーブル等を束ねるプラスチックのベルトで両手を締められ、2人はロクに抵抗できないまま荷台に押し込められた。
 
「Move!Go!Go!Go!」
 
 そしてレベッカに続いてエルが最後に入ると、入り口は勢いよく閉められ、掛け声と共に車は発進した。
 
 レベッカがブレーキを踏んで、わずか30秒の出来事である。









「(雨………か)」
 
 トラックに乗せられて3時間余り。緊張状態と暗闇に加えて休まず走り続けられたシェリー達はかなりグロッキーだった。特に聖司は虚弱と車酔いと相まって始終倒れたまま過ごしている。
 
 最初こそ暴れていたシェリーも、今までの疲れが祟ってベルトを解く智恵も力も出ず、なんとか体を休めようとジッとしている。エルとレベッカも同じような状況だ。
 誰が何処へ――――――考える暇だけは豊富だったが、答えが出た項目は一つも無い。
 誰が?心当たりはそれこそ星の数ほどある。何処へ?時間から予想する距離なら、北へ進んでいればまだアメリカ国内。南ならメキシコに入っても不思議ではない。
 
 唯一分かるのは、ただ道を走っていた車の中にいる人物の素性を知り、攫う動機を持っている相手だということだけ。そして自分達の行動が筒抜けていた事実。
 
 STARSには多くの協力者がいるものの、矢面に立つという意味では孤立無援に近い状態だ。製薬企業連盟、国家はそれこそ獅子身中の虫を飼っている。一年前の海底研究所の襲撃でそれは証明されているのだ。
 何度考えても結果は同じで、どんなシミュレーションも暗い結末しか出てこない。
 せめて仲間に連絡ができれば――――――否、両手が自由であれば車を止めることもできるだろうと考えるが、非生産的な妄想に浸れるほど楽観できる状況ではなかった。
 
「(やっとゆっくりできると思ったのに………)」
 
 今度から朝の運勢占いを見ておこう――――自分の運の無さを再確認したシェリーは、雨音に耳を傾けながら目を閉じた。目を開けたときにドアが開いていることを願って。
 
 
 何か忘れてる気がする―――――ゆっくり意識を手放そうとしている中、最後に感じた疑問に答えは出せなかった。











 シェリーの予想通り、どこかの施設らしい場所に連れられ、押されるままに中へ入る。建物内は閑散としているが、空調と人の気配だけはかすかに感じられた。
 
 だが研究所という雰囲気は感じられない。そういう場所は独特のケミカル臭がするものである。シェリーにとっては嗅ぎ慣れたものだが、ここにはそれが無かった。
 
 一体自分達はどこへ来たのか―――――黙って歩くことしか出来ない無力に、シェリーはそっと歯を食いしばる。


 入り組むほどではないものの、屋内にしては長い道のりの果てに辿りついた場所は、中が見えるように入り口面がガラス張りの独居房だった。それもただの房ではなく、ベッドにテレビに化粧台と、一人暮らしのワンルームを再現したような生活感溢れる内装に仕立てられている。
 
「入れ」
 
 先にエルが入れられ、続いて聖司が投げられるように放られた。次は自分だろうか――――と、シェリーは少しだけ身構えたが――――
彼女が入れられる前に入り口は閉ざされた。
 自分とレベッカは別の場所かと残念に思うものの、リスクマネージメントと考えれば納得がいく。
 だがシェリーは次の瞬間、思いもしなかったことを聞いた。放られた聖司をエルが受け止め、安全に立たされて聖司が発した言葉は――――。
 
「もうちょい優しくしてくれ」
「うるせーよクソジャップ。それで許してやるから有難く思え」
 
 ブチッ――――――ガラスの向こうでエルがインシュロックを強引に千切った音が一際大きく響いた。続けて聖司も千切ってもらい、ようやく開放された両手を振ってコリを解す。
 
 シェリーはやっとトラックで感じた疑問の正体に気付いた。たった三人しかいない武装兵を相手にジッとしていたのがおかしかったのだ。常人には当然のことだが、エルに限ってこの行動は大人しすぎた。
 現に彼女は道具を使わないで拘束を外す手段を持っていた。それでも今まで何もしなかったのは、抵抗する必要が無かったからである。
 
 ではどうやって抵抗する必要がないと知ったのか。エルなら独自の方法で探り当てそうな気もするが、この場合はもっと確実な方法がある。人の心を覗ける超能力者が。

「よう、久しぶり」
 
 顔全体を包むマスクを外した男は、さっきまでの態度を一変させて友人との再会を祝った。
「カルロス!?な、なんでここに!?」
「なんでって、裁判で皆ロスに集まってただろうが。あぁでも、レオンは仕事で南米に居るそうだ。ほら、切ってやるからアッチ向け」
 
 そういうことじゃなくて――――――インシュロックを切ってもらい、ようやく正面を向いて話をする。
 
「昼に電話が来たんだよ。セイジが見つかって近くにいるってな」
「誰から………って、レベッカ!」

 昼に聖司の近くにいて、STARSの誰かに連絡が出来る人物は一人しかいない。ほぼ確定した犯人の方を向くと、レベッカも別の武装兵に拘束を解いてもらっていた。
 
「ごめんねぇ。私は知らせてもよかったんだけど………」
 
 少しあざができた手をさすりながら、後ろの武装兵に目を向ける。それを催促と受け取ったのか、不要になったマスクをおもむろに外した。

「……………」
 
 嫌味ったらしく笑顔を向けられるか、危険を冒したと叱咤されると覚悟していた。しかしクレアがとった行動は『無言』だった。
 無言はときおり雄弁であり饒舌である―――――彼女の無言の意味を敏感に感じ取ったシェリーは、さっきの覚悟が嘘のようにしどろもどろになる。
 
 クレアは妹分のヤンチャを悪巧みで返すのではなく、歪んだ品行に憤りを感じているのでもなく―――――。

「ご…ごめんなさい」
「……………」
 
 悪戯がバレた子供は頭を垂れる。それを上から優しく包み込むのが母親の役目だ。
 
「心配かけて……」
 
 クレアはただただ心配していた。
 
「………ごめんなさい」
 
 もう一度謝ったシェリーは、何時かと同じようにクレアに抱きついた。これからはずっと一緒だと信じたあの頃のように。






「どうしてこんなことを?」
 
 絆の確認を済ませたシェリーは、自分の状況を改めて問う。再開を祝うには乱暴が過ぎるうえ、寛ぐ家は実験動物扱いもかくやといわん場所に連れて来た理由を。
 
「そのバカのことは前から話に上がってたんだよ。身を預けられる程信用できる相手なんかいねぇし、かといってその辺の借家に放り込むってわけにもな」
 
 それはシェリーも重々承知していた懸念だった。取らぬ狸の皮算用に費やす時間など無かった手前、追々考えることにしていたが。
「今はSTARSの大事な時期だ。救助されたとか実験中に助けたとか言うならともかく、適当にフラついてたSTARS関係者ですなんて言われりゃバッシングを受ける。口裏を合わせてもバレる時はバレるもんだ」
 
 むしろ捏造が怖い―――――とカルロスは言う。いわゆるサクラと呼ばれる人種にありもしないことを、事実と折り合わせて糾弾されれば世論もわずかに動揺するだろう。その隙を突かれて進行が不利になれば裁判は長期化し、全てが後手に回る。
 
「そうなるぐらいなら誰にも知られないまま保護しようってことになったんだよ。ここのことを知ってるのはSTARS以外じゃレオンの上司ぐらいだ」
「ウィスキーホテル?」
「アメリカで活動するには心強いだろ?」

 確かにその通りだが、エイダから伝えられたデータの内容を省みると、素直に喜ぶことは出来なかった。レオンが所属している手前大きな声では言えないが、ラクーンシティの滅菌作業を手助けした連中がいる所に貸しを作りたくないというのもある。
 
「それで……ここどこなの?」
 
 ロスの海岸からここまでかなりの距離を走ったのは自覚しているが、正確な場所は未だに聞かされていなかった。

「フローレンス刑務所」
「え?」
 
 聞き間違いか?―――と、シェリーはもう一度聞き返した。

「コロラド州フレモント郡フローレンス市ADXフローレンス刑務所。ここはその最奥の特別独居房よ」
 
 観光案内でももう少しマシな言い回しをする――――淡々と説明するクレアは、本当になんでもないようにこの場が刑務所だと言った。
 
「なんでそんなところに!?」
 
 犯罪人が居る場所。そこにいる誰かの事ではなく、聖司をそこへ連れてきたことにシェリーは憤慨した。確かにそれに見合うだけの行いはしてきたと後ろめたい自覚はしているが、聖司の身の上を考えれば情状酌量はあってもよい。

「そもそも裁判もしないで―――――!」
「落ち着きなさい。精々が強盗と正当防衛の殺人程度で、ここに入れられるわけないでしょ」
 
 クレアは順序立てて説明する。発端は嵩塚聖司を誰にも知られないように保護するのは実質的に無理と、レベッカが結論を出したことだと。

「チェコでこそあんな扱いだったけど、人里の近くに置くにはそれなりの設備が必要なの。警護も含めてね」
 
 バイオハザードを完封する設備をただの住宅に設置するだけでも、十分痛い出費になる。加えて住宅街で襲撃事件、それもSTARS関係者がとなるのは遠慮願いたいところだろう。
 
 ならば適当な研究所に―――――研究の内容にもよるが、武装した警備を設置する研究所は少ないものの存在する。シェリーはその中から信用できそうな所を見繕えばいいと進言するが、やはりレベッカは否と答えた。

「そこまではいいの。でも訓練してないただの警備員に武装集団やBOWの相手をさせるわけにはいかないでしょ?となると、それなりに実績と経験と信頼がある連中に頼むことになるんだけど………」
 
 クリスが表に立って目立たないようにしているが、STARSには訓練を受けてBOWと戦った経験を持つ逸材は数多く居る。レベッカはその中から精鋭を選ぶつもりだったが――――――。
 
「STARSが関わってついでに警備もして、用途不明の物資が運ばれる。どこの誰かもわからないけど、興味を持つには十分じゃない?」

 犯罪を辞さない連中が今更クラッキングや潜入を躊躇う事があろうか。そこに何があるんだろうと思わせた時点で襲撃は時間の問題だった。
 
 クリスの足を引っ張らないために、なにがなんでもスキャンダルを起こせない。それをなんとかするとめの苦肉の策が、今回の芝居だとレベッカは言う。
 
「脱獄者がロスで捕まって強制送還させられた。今後警備の人数を増やし二度とこんなことが起きないよう厳しく監視する。安い芝居だけど筋は通ってるでしょ」

 実のところ襲う側から見ればSTARSが関わっているかどうかはどうでもいいことである。だが世論を省みると、やはりこういう遠まわしも必要なことで、カルロスやクレアが駆けつけたのもその辺りを考慮してのことであった。
 
「でも誰かが脱走したなんて嘘、すぐバレんじゃないの?」
「レオンさんに頼んで刑務所から受刑者が脱走した偽情報を流してもらう手筈よ。ホワイトハウス経由だもの、後付でも十分効果はある」
 
 それが刑務所を選んだ理由の半分――――――と、レベッカは言った。
 
「半分?まだ何か理由が?」
「むしろこっちが本命だ。シェリー、今のSTARSの状況はわかるな?」
「それは…最後の仕上げってことぐらいは……」
「逆だ、これから始まるんだよ。ラクーンシティからここまで来てわかったことと言えば、アンブレラの犯罪とおこぼれを拾おうとする同業者と、買い手の要人やテロリストだ。比べてこっちはt−ウィルスやBOWの詳細をこれから調べる。仲間を揃えてな」
 
 その仲間はSTARSであってはならなかった。信用できる外部を作らなければ結局、テロと紛う数年間と同じことでしかない。
 これまで秘密裏に協力を応じていた各地の団体や組織を交え、自分達の正義を知らしめた上で合法的な活動が出来るよう下地を作らなければならない。アンブレラが潰れても後ろに続く連中がいるのなら、一切の弱みを持つわけにはいかないのだ。

「だが仲間にできるほど信用できる奴は?そもそも誰が敵なんだ?スパイだのなんだのも考えれば、俺達はそれすら満足にわからねぇ」
「でもそれは……セイジさんに……」
「さっきも言ったろ?コイツとSTARSを今関わらせるのはマズイ。少なくとも部外者に知らせることだけは防ぎたい。だからっつってこのまま遊ばせておくのももったいない」
 
 そこで―――――カルロスはもったいぶるような素振りを見せたが、すんなりネタをバラす。
 
「ここにコイツがいる噂をこっそり流す」
「今日やったこと全部台無しじゃない!」

 嵩塚聖司の知名度は本人に不本意ながら高い。しばらく行方不明だった彼が刑務所にいると噂が流れれば、それこそ珍しい動物園に来てくださいと言わんばかりの行いだ。
 そしてカルロスはソレが狙いだと言い放つ。
 
「真っ暗な海に隠れてるのならエサを仕掛けておびき出す。当然襲撃も視野に入れてな」
「STARSの関係とかいろいろ言ってたのに!?」
「あくまで庇護しているコトを隠したいだけなんだよ。セイジを探しているというスタンスは今後も続けるつもりだ」
「でも襲撃って……」
 
 襲撃という言葉はあまり現実味がない言葉なのかもしれない。ハンターやタイラントを送られた経験はあるが、今回は政府が管理する施設が相手だ。関係がない者まで巻き込むようなことか。
 
「ホテルが用意した部屋がここなんだよ。言い方は悪いが、ここで何かが起きても死ぬのは終身刑と死刑待ちの重罪人だけだ。オーナーも税金食らいを処分できて大喜びだよ」
「…………」
 
 シェリーは盛大に溜息を吐いた。STARSも聖司も結局誰かの思惑に沿って動くしかないのだ。利益が絡めば誰でも目の色を帰る。大小はあるにせよ――――。

「人を攫って化け物作って、それを使おうとする連中だ。確実になんかアプローチしてくる。そして――――」
 
 カルロスは目の前のガラスではない透明な壁を叩いた。厚さ数ミリという可愛いものではなく、爆発にも耐えれる様なぶ厚い板はコンクリートのような音を立てる。
 
「誘拐が目的で襲うのなら、ここはこの世で一番安全な場所になる。連れ出そうにもこんなもんがありゃあな」
「開ける方法は?」
「知ってる奴が知ってる。言っておくが俺も知らねぇからな」
 
 秘密を知る者は少ないほうがいい。どんなセキュリティでもそれは変わらなかった。

「窮屈だが我慢してくれよ。差し入れ持って来てやるから」
「ホテルならいっそのこと呼び鈴設置してくれよ。何この貧相な部屋」
 
 話をそっちのけにして内装を確認していた聖司は、画面が砂嵐しか映らないテレビとミネラルウォーターしか入ってない冷蔵庫に溜息をついた。
 急遽用意したにしては整っているが、やはり元々が自由を与えない部屋な所為かまともな生活が出来る仕様ではなかった。

「おい待て。シャワーはともかくトイレは工事現場でよく見るアレじゃねぇか」
「下水まで世話できなかったんだよ。週一で取替えに来てやるから感謝しろ」
 
 チェコに居たときの延長。むしろ前より酷くなっている。ウィルス汚染の心配がなくともこういう扱いはやはり変わらない。
 
「不満か?」
「まだ手を差し伸べてくれるだけでも有り難いと思ってるよ」
「そりゃ結構。わざわざここまでしてやったんだ、今度はもう少し身の振り方を考えやがれ」

 聖司がSTARSから消えた理由は巻き添えを恐れてのことだった。しかし今回は関係を作らないまま同じ場所に居ることができる。
ちょうど今の状況と同じように、見える場所に居ながら厚い壁が隔たる関係が出来た。
 
「どうすりゃいいのか見当もつかねぇよ」
「だったら相談しな。いい判断材料になる」
 
 蹲ったところで自体は好転しない。それが身に染みているからか、聖司はその言葉をすんなり受け止めることが出来た。
 
「だが話は追々だ、今は休め。俺達もやることがある」
「じゃあ私はここで――――――」
「アンタはロスに帰んの」
「どーして!?」
「当たり前でしょ!デスクワークを手伝うならまだしも、STARSでもないアナタがここに居ていい理由はないの!」
 
 高い確率で襲撃される施設に置きたくないと言うのは今更なのかもしれない。しかし以前と違ってシェリーも住める場所を選べるようになり、必ずしも傍に居る必要はなくなった。その結果が一人になる時間の多さにも繋がっているのに、クレアはまだ気付いていない。
 
「いや、絶対に帰らないから!」
「そんなわがままを――――――?」

 蚊帳の外に置かれるのが不満で癇癪を起こしたと判断したクレアは嗜めようとした。だが逆にシェリーがクレアを抑える切り札を服の下から取り出す。
 
「『G−ウィルス』………パパのレポートがここに入ってる」
「………っ!?」
 
 クレアのみならずレベッカも息を呑んだ。その存在が確認されてから一度も関連する資料を手に入れられなかった経緯から、その価値は計り知れない。
 
「レベッカはここに残るんでしょ?セイジさんを見てないと何かあったとき対処できないから」

 正解―――――ゆえに返事は出しかねる。レベッカにとってもシェリーが残るの歓迎できるコトである。しかし彼女の扱いは保護者のクレアに委ねられている。
 
「私はこれを調べる権利がある。でも一人じゃ時間が掛かりすぎる。こんなデータ、分けて置くこともできない」
 
 矢継ぎ早に出される言葉はクレアに選択を迫る。もしここでシェリーの意思に反しようものなら、即座にHDを叩き落さんばかりの気迫で。
 
 そしてクレアが出した答えは―――――。

「……はぁ」
 
 溜息という名の了承だった。
 
「オフィスは宿舎の方に作る事。それでいいでしょ?」
「十分。ありがとクレア」
 
 どうせ頻繁に逢瀬を繰り返すのだろうが、せめて狙われ難い場所に居て欲しいのは保護者の心境だろう。デリケートなデータを使うためその辺りの心配はせずとも良いが、クレアなりの精一杯の譲歩なのだろう。

「セイジさん」
 
 今の話し合いに沿った方針を決めるために、クリスと連絡が取れる上階へ全員が向かう途中シェリーが振り返った。
 
「おかえりなさい」
 
 『これからもよろしく』『もうどこにも行かないで』など様々なセリフが頭によぎり、その中で最も彼を縛る言葉をシェリーは無自覚で言う。
 
「………あぁ」
 
 何か思う所があるのか、聖司は『ただいま』と返さなかった。