『アメリカ合衆国のトップクラスの重罪人が集まる、ADXフローレンス刑務所は同国で唯一特殊警備が敷かれおり、世界でも有数の厳重な刑務所である。この刑務所にいる受刑者の5人に1人以上が前の施設で囚人殺しを行っており、受刑者同士が顔を合わせることや、日光を浴びることはほとんどできません』
 
 その施設内を暢気に散歩しているシェリーは観光パンフレットの不吉な文句に苦笑を浮かべる。国内トップクラスの刑務所と言われれば世紀末のような様相を思い浮かべていた分、ゴーストタウンにも似た静けさは別に意味で不気味さを出していた。
 
 危険なモノほど厳重な監視体制が敷かれているとは、当然でありながら皮肉なものである。
 しかしそのおかげで内外に対する威嚇は十分すぎるほど厳重だった。レオンの上司が後押ししてくれたおかげでもあろうのだろうが、外聞を気にせず重装備の警備を配置できるのは心強い。
 
 そして有事の際には許可を待たずに解決できる程度の自治権を持っている。銃火器による応戦にはしばしばそういう手続きが必要になるが、そういう煩わしさなどここでは無縁である。
 
 チェコの隠れ家のようなこじんまりした施設ではなく要塞化した牢獄内は、カルロスが言う通り凄絶たる安全が約束されていた。

「おかげでお土産一つ持って来れません」
「責任者連れて来い!」
 
 厳重ゆえの弊害の一つが各種の検査と監査だった。一応STARSには入り口から聖司がいる独房間のみ出入りが自由になるICカードの所持を許されたが、持ち込みは銃はもちろんジュース一つでも事前申請が必要とされている。当然すぐ許可が降りるわけもなく、本格的に物資が届けられるのは一週間は先であった。
 
「せめて携帯ゲームでもいいからくれよ。この三日間トイレとシャワー以外でベッドから起き上がったことねぇよ」
「食事のときは?あと掃除なんかも」
「メイド付きなんで」
 
 自堕落ここに極まれり。
 
「元が監獄ですから……申請が通るまで我慢してください。あと一週間の辛抱ですよ」
「一生ここにいる、なんてのは勘弁してほしいな」

 しかしどういう状況になればここから出られるのか、というビジョンも想像し難かった。裁判が終わってもSTARSの活動は終わらず、違法のウィルス研究も続けられるだろう。
 仮に出られたとしても元の体に戻れない限り似たような生活が続くのは目に見えている。医療技術が足りなければ、なし崩しで現状維持を強制させられるのだ。
 
「外はどうよ?テレビはほとんど見る暇がなかったんだ」
 
 未来があまりにも暗かったため、聖司はなるべく考えないよう話題を変えた。
 
「世界中で裁判の嵐です。ICC(国際刑事裁判所)まで出てきてアンブレラだけじゃなく、連盟してた企業までてんやわんやですよ」
「連盟?違法行為で社長だか会長だかを逮捕してアンブレラを解体ってワケにはいかないのか?」
「人体実験だけならそうでしたけど、実験の理由が軍事使用を前提にしていたでしょ?言ってみればテロなんですよ、これは」
 
 BOWは言わずもがな、t−ウィルスさえそのまま使おうとしていた経緯もある。世間には知られていないが一年前の海底研究所ではHCFが拠点攻略にt−ウィルスを使った形跡もあった。許可されていない企業が軍事目的の品を作る。言うまでも無くそれは薬物法以上に重い罪だった。
 
「でも裁判には持ち込んだんだろ?なんで長引いてるんだよ」
「創始者で前会長のオズウェルは行方不明ですし、現会長のセオ・D・スペンサーは逃亡中。この2人のどちらかが居ないと責任を問えないと言って行き詰ってるんですよ」
「支社長とか個別で逮捕できねぇの?」
「みんな急性痴呆症候群を発症したんですよ」
 
 時間稼ぎが見え見えであった。今の段階では事情聴取と変わらず、本格的に始まるのはもっと先になるだろう。例え関係者が白状したとしてもオズウェルとセオが居なければ立証すらできない。
 
 違法薬物不法所持、被験者保護法違反、誘拐罪、殺人罪、不法建築。数えればキリが無い罪を、このままうやむやにしようというのだから、大した肝の持ち主達だ。

「この分じゃ、俺が居てもあまり変わらなかったんじゃないか?」
「わかりませんよ………もう過ぎたことです」
 
 シェリーは本当にわからなかった。あのまま聖司を公表したとして、いったいどこまで曝け出せば世間は声を揃えて弾劾してくれるのか。
 
 自分が正義だと信じて疑わなかったからこそ、今の状況は彼女にとって看過できない。それはラクーンシティを経験した者達の代弁でもある。
 
「悪いニュースばかりだな。なにかいい事は無いのかよ」
「極個人的なことですけど、パパのレポートの復元に目処が立ちました」
「孤島の土産か。どうも遅いと思ってたらそんなモン探してたのか」
「見つけたのは偶然ですけどね。もし当時のままならG−ウィルスの全容があきらかになりますよ」
「そのGってのはなんなんだ?tより凄いってことしか聞いてないんだが」
「……実は私もよく知らないんですよ。クレアがラクーンシティから持ち出した資料も、レオンに渡したままどこかへ行ったそうですし」
 
 その資料はCIAの手で厳重に保管されていた。しかし今回の裁判で使われるはずだったのだが、すでにアンブレラの手が伸びてしまい、もうSTARSの手元には戻らない。
 エジプトでニコライがDEVILの存在を知っていたのもこういう経緯があったのだろう。

「でもクレアの話だと、t−ウィルスの完全抗体になるウィルスだそうです。人体に影響を出さないよう調整すれば、以前言った複数のワクチンを作る必要がなくなるんですよ」
「そりゃスゲー。Gの抗体もお前の中にあるし、対策が一気にできるじゃねぇか」
 
 ウィルスに関してのみという頭文字が付くが、どの組織より前に進む大きな一歩であった。危険なものがそうじゃなくなれば、人はソレを活用するための努力を惜しまない。
 同時に大きな釣餌にもなる。ウィルスの効果を抑制できれば、ゾンビやリッカーのように効きすぎた結果まで行かず、適度な効果を検証できるのだ。
 それがGにまで及べば、手に入れたい連中など星の数ほど――――である。
 
「あとは実物があればいいんですけど……流石にそれは」
「もうどこにも無いのか?」
「いえ………先日の研究所でtとGを用いたウィルスが開発されてました。少なくともアンブレラは持っています」
 
 しかし度重なる各地の捜査でそんなモノが出てきた報告は無い。STARSでも確認できていない極一部に配給されたのか、それともあの研究所が独自にどこかで入手したのか。
 
 見つかったが報告されていない―――――その可能性だけはシェリーも考えたくなかった。

「いいコトなのに悪いことばかり引き寄せそうだ」
「予測できるだけいいじゃないですか」
 
 まだ備えることができる立場にいるだけ、幸せなのかもしれない。











「(なんのために残ったんだか………)」
 
 解析の手伝いをするという名目でわざわざ残ったというのに、当の本人はこの三日間の半分近くを逢瀬に使っている。することはしっかりしているものの、人手が足りない現状では一分一秒も無駄に使って欲しくないのが本音だった。
 
 ソレを強要することができないのは、偏に解析しているモノが特殊だからである。
 
 ウィリアム・バーキン―――――実父の所行とその集大成のほぼ全てがこの中に収められている。断然興味があるものだろうが、同時に悪行をさらけ出すことでもある。
 いや、天才にとって善悪など関係なく完成という結果しか興味がなかったかもしれない。その結果が生む悲劇は単なる副産物に過ぎないのだ、と。
 だからこそシェリーの手で――――とレベッカは思う。ウィリアムが生んだ作品は立派にその役目を果たしている。今まで悪用されてきた遺産を彼女が正しく使えば、ウィリアムの罪も少しは軽くなるだろう。
 
 実際に復元した内容を吟味しても、G−ウィルスの用途は医療のほかにバイオレメディエーションを含めて多岐にわたる汎用性がある。調整するプロセスさえ見つければナノマシンに代わる新技術となってもおかしくない。
 
 同じ学者としてレベッカは、ある種の敬意すらウィリアムに向けた。一割にも満たない内容でさえこれだけの想像力を掻き立てられるのに、全容を知れば一体どうなるのか。
 同時に口惜しくもある。もしラクーンシティに惨劇が起きなければGの研究は更に進められ、その一部は社会のために役立てられたはずだ。発表されれば学会に激震すら招いただろう。
 
 だが現実は非情なもので、もし彼がアンブレラと関わらなければG−ウィルスなど完成しなかっただろう。市井に彼の才能を開花させるほどの設備など無いのだから。
 
 内部告発の類がほとんどなかった背景にはこういう事情もあったのだ。誰だって自分が活きる場所を失いたくない。
 
 長い秋になりそうだ――――――レベッカは未だ未整理のデータを複雑な思いで一瞥した。

「(そういえば………)」
 
 残暑薫る秋。レベッカには遠い地の出来事であったが、もうすぐ『あの日』が訪れる。
 
「(今年も行くのかな……ジルさん)」
 
 全ての始まりから四年経った今でも、各地に出来た傷跡は未だ消えずに。










 ラクーンシティがあった場所から100Km離れた荒野にポツン立てられた慰霊碑があった。10月1日の今日、10万人あまりの犠牲者の中に親類に持つ大勢の人々が、飾り気の無い大きな石柱に思い思いの追悼を捧げている。
 
 その中にSTARSの面々はいた。更にはラクーンシティで人気のあったバンドのビッグEやかつての生き残った市民もいる。どうでもいいことだが当時の市長もいる。
 
 裁判のこともあってか、去年に続いて今日も多数のプレス記者が押しかけており、そこにいる全員がSTARSの一挙一動を伺っていた。
 ジルはその群集に紛れて居た。目深にかぶった帽子の中に髪を纏め入れ、一般参列者と肩を並べて慰霊碑に花を捧げる。
 ここはお祭り騒ぎをする場所ではない。犠牲者を偲ぶ日でそういう場所という理由で、彼女は誰にも告げずにここへ来た。その甲斐あってか去年のようにフラッシュを炊かれながら黙祷という耐え難いイベントとは無縁の、本当に静かな祈りを捧げることができた。
 
 ジルは慰霊碑を挟んだ向こう側を見た。たった100km先の荒野にはクリス等と共に直走った街と仲間の残骸が、今も風雨と放射能に晒され続けている。終わりの瞬間まで見たあの日の情景は、今もまだ彼女の記憶から鮮明さを失わない。
 
「あの…後ろが」
「あ、ごめんなさい」

 背後から促されその場を退いた。流れる列に逆らえないまま、今度は慰霊碑の横にある大きな大理石の前に並んだ。慰霊碑よりも広く場所を取っているソレには、まばらに名前が彫られている。
 
 全て参列者が彫ったモノだ。ラクーンシティそのものが消えてしまったため、誰が亡くなったのかわからない状況に陥ってしまった。ソレを少しでも解決するべく、知人親類に名前を彫ってもらうことになったのだ。
 
 そこにも花束や写真、思い出の品が多く添えられている。10万人分とまではいかないが、最初は真っ白だった石版も今では半分以上が名前で埋め尽くされている。
 ただ、お約束というのか、やはりこういう場所でも凝った遊びをする輩も多く、観光客の悪戯書きや名前の代わりに似顔絵まで追加されていた。後者に関してはある意味大理石の正しい使い方なのだろうと、ジルは思わず苦笑する。
 
 世界的大遺産でさえこの手の悪戯には頭抱えているという。やはりどこにでもこういうことをする愉快な人間はいるのだ。
 
 そして踏み越えてはいけないラインというモノを心得ていたことにも感心した。
 
「流石にその程度の分別はあったようね」


       エンリコ・マリーニ   ケネス・J・サリバン
 
       リチャード・エイケン  フォレスト・スパイヤー
 
       エドワード・デューイ  ケビン・ドゥーリー
 
       ジョセフ・フロスト   ブラッド・ヴィッカーズ
 
       マービン・ブラナー   ペイトン・ウェルズ
 
       マーフィー・シーカー  ミハイル・ヴィクトール
 
                                     
 STARSの関係者が彫った名前の周りは遠慮がちに空白の垣根ができていた。有名になったことで様々な弊害が生まれたが、稀にこういう恩恵もある。
 石版の一番中心という目立つところなのが気に入らないが、分かりやすさと有名税と思えば苦にはならなかった。
 
「ごめん、もうちょっと掛かりそうだわ」
 
 もしこの世に霊や死後というものがあったとしても――――――モンスターという現実を突きつけられた手前、そういうことを信じられなくなったジルは、仲間ではなく自分に言い聞かせるように呟いた。ソレはいったい何時の自分に言っているのか…………本人もおそらく分からないと答えるだろう。
 
 意味や理由を伴わない行動は生物の特権なのだから。

「………………?」
 
 ただぼんやり眺めていた。STARS以外にその場に立ち止まる者も居ないため、流れる人の列を背中に感じながら、ただぼんやり眺めていた。
 
 だから気付けた。注意深く見てた石版に一つだけ歪な文字があるのを。流し目で見つけることができない小さな文字を。
 
 ソレは専用の機械で彫られたのではなく、鋭利ななにかで刻まれ、抉られた荒々しい文字だった。
 
 一年前には確実に無かった。その間に誰かが刻んだとしても別段不思議ではない。
 
 しかしあってはならない文字だった。知っている人間はいるかもしれないが、少なくとも海底研究所の詳細を知る人間でなければ記することさえできない文字。


                 『A・W』が。


「どうして……」
 
 このイニシャルを持つ人物の死を知る人間は少ない。否、この世に居たことさえ知らない者のほうが多い。あの男は一度死に、STARSの前に立ちはだかり、また死んだはず。それを知っているのは雇い主のHCFとその内部の人間しかいないだろう。
 
 それは構わない。一年も音信不通ならとっくに事情を把握していてもおかしくない。だがここに記す理由は何処にも無かったはずだ。
 
 アンブレラもそうだがウェスカーが所属していたHCFも謎に包まれた組織の一つだ。仮にこの文字を彫ったのがHCFの関係者だったとして、危険を犯してもこの場所に来る必要はあったのだろうか。
 あったとしてもこの文字の意味は?名実共に死を迎えた男の名を、今更ここに記す意味などどこにある。
 
 その答えは様々な仮説という形で出てきた。HCFの単なる嫌がらせ、あるいは何かの工作のための布石。そういう楽観的な推測のあとに出てくるのは、決まって最悪なモノしかない。ソレしか残っていないからだ。
 
「(ホントに……しつこい男!)」
 
 アルバート・ウェスカーは、まだ生きている。















 一台の車が慰霊碑がある広場から遠ざかっていく。ソレ自体は別段珍しくも無く、他にも用事を終えた参列客の車がチラホラ遠ざかっているのが見える。
 
 その車は日系人の女が運転していた。口寂しいのかガムを噛みながら、ワイヤレスのヘッドセットをつけて誰かと会話していた。
 
「何か意味があったの?死んだままのほうが動きやすくなくて?」
『元部下が無事生還したお祝いだ。このまま裁判で負抜けてしまわれても困る』
 
 確かに活を入れるという目的なら十二分に効いただろう―――――女は話し相手の腹黒さに心中で舌を出す。

「見つかったの?」
『目処は立ったがまだ先の話だ。君は引き続き情報を集めろ』
「STARSは?」
『私に一任されている。用ができればその都度連絡を寄越す』
 
 出会ってから何も変わらない関係は2人にとってなんの感慨も起こさない。仲間ではなく他人でもない関係は奇しくも良好な関係を築いていた。
 
「好きにすればいいわ………でも今日のようなことはこれっきりにして。私はアナタの親でもメイドでもないの」
『一年前に向かわせた場所へ一日遅れた理由を教えてくれればな』
 
 しつこい男―――――エイダがジルと同じ感想を覚えたのは偶然ではない。ウェスカーという男はそういう人物なのだから。