「宇宙開発おいてレールガンは無くてはならない技術だ。火薬やカタパルトとは違い、電力さえ確保できれば理論上無限の射出力を誇る」
 
 大きなトラックだが中は数人入れるかどうかと言えるほど様々な機材や資材で埋め尽くされていた。そしてPCを操作する女の傍には人種、性別、年齢がマチマチの人間が控えている。
 
「空高く飛ばすだけでは実に原始的な玩具にすぎない。しかし飛ばすものが―――ならどうか」
 
 ブツブツと言い聞かせるように講釈を垂れる女だが、彼等は相槌一つしなかった。
 
「実に……実にいい場所を選んでくれた。ここなら被害も応援も、増えるのに時間がかかる」

 女が手をつけているPCとは別の端末から音がする。その画面に映っているのは様々なメーターで、そのうちの一つが大幅に増えたことで音が鳴ったのだ。
 
「3……2……1……」
 
 アラート音が鳴っても一向に何もしない女はただカウントダウンをする。そして『ゼロ』と言うタイミングと合わさって、アラート音はフッと消えた。大幅に増えていたメーターが一気に平常値に戻ったのだ。
 
「もういい、開けろ。『ソレ』の準備もしておけ」

 空は相変わらずの灰色で雨の勢いもなんら変わらない。しかし人が感知できないだけで、空気は確かに変わっている。
 
「30分以内に終わらせてこい」
 
 命令を受けたソレ等は返事などせず、各々が与えられた役割を果たすべく動き出した。
 
 ある者は厚いボックスから銃を選び、ある者はその横にある様々な機材を手に取り、ある者は足となるオフロードバイクのエンジンをかけに。
 
 中には子供までいる不揃いの人間達だが、唯一共通しているものがあった。正しい使い方をしたソレは女が命ずるまま、黙々と『手』を動かす。








「停電じゃない?どういうことだ」
「電灯を含む一部の電化品は落ちましたが 発電機とホストコンピューターは稼動しています。避雷針に雷が落ちた報告もまだありません」
 
 男はそう言って手元の蛍光灯と無線機のスイッチを押して見せるが、プラスチックの軽い音がするばかりでそれ以外の反応は無かった。
 
「………以前ネバダで勤めていた父から似たようなことを聞いたことがある。50年も前の話だがな……」
「50年前…………核実験……!」

 答えへ辿りついたが一足遅かった。戦いの合図は侵入者の手によって発せられ、先手さえも奪われた。
 
「電磁パルスかぁ!総員持ち場に着けー!」
 
 『EMP』 人工的に発生できる自然災害で最も兵器として有効な手段は、今でも実用化されていない『はずだった』
 
「敵の狙いは『客』だ!AFSPC(コロラド州ピーターソン空軍基地)に伝令を送れ!」
「しかし外の電子機器は――――――!」
「お前の手と頭は飾りなのか!?無事なものを探して修理して来い!いいか、この事態は『想定されている』!!」

 司令官が活入れている間にまた爆発が起きた。最初の爆発とほぼ真反対の位置で、それは爆発という被害以上の悪い知らせを含んでいる。
 
「敵は複数!狙いに発電機も追加!だがマニュアル通りに動けば俺達が勝つ!行け、行くんだ!」
 
 ようやく調子を取り戻したのか、その場に居た隊員達は命令と伝令を遂行するべくその場を去った。
 
「ここまで形振り構わないというのか……アンブレラとは……」
 
 誰も居なくなったオフィスで男は呟く。しかし早速始まった銃撃戦がそんな暇さえ与えない。












 秘匿され続けていたものが公開されたことで、ソレに対処する方法は多く考案される。核を含む新時代の兵器は運用方法など多くなく、それゆえに防ぐのは容易い。
 
 スーツケース型爆弾で知られる通り、核爆弾の構造はシンプルで威力を考慮に入れなければここまで小さくなる。しかし対象が街単位ではなく施設一つに絞られれば、どんなに小さくとも十分な破壊力を持っていることだろう。ほとんどのコンピューターがシリコンで出来ている現代では核が作る電磁パルスの影響は凄まじい。
 
 各重要施設はソレを防ぐための処置を施しているものが多い。公共ではない場所ならば尚更外面を気にせず施すことが出来るのだ。頑丈な壁、様々な機器は内側の問題を防ぐだけではなく、外からの脅威にも効くよう設計されている。
 そしてここ最近では更なる新時代に生まれた兵器に対処するため、人間以上を想定した大口径のマシンガンから、鎮圧ではなく制圧を主とする火炎放射器や、人間に使う必要など無い冷媒放射器等、あからさま過ぎる様々な火器が刑務所に運び込まれていた。
 
 例えばソレは頑丈で銃が効き難い大男であったり、毒を持った巨大な昆虫であったり、あるいは新鮮な肉を貪る為に徘徊する囚人であったり、多種多様のモンスターを相手にするための装備である。
 
 無論彼のようなモンスターであっても同じことだ。
 ソレはこの場に似つかわしくない子供の姿をしていた。明かりが乏しい室内では全容まで確認できないが、STARSから事前に知らされていた特長と一致するモノがいくつか見受けられ、その外見は隊員達の指揮になんら影響は及ぼさなかった。
 
「撃て!」
 
 屋内であること、そして刑務所という特殊な場所であること。隠れるのに最適な遮蔽物やガラクタが放置されているはずもなく、例えどんなに素早く動ける生物でも遠くから見れば小刻みに動く的でしかない。
 
 発射された銃弾に生身は勝てない。この大前提が覆らない限り、生物兵器の効果は著しく下がる。

「Nicely done(よくやった)!このまま警戒を続けろ!相手がどんな姿をしていても躊躇するな!」
 
 人の思考を止めるのは有り得ない事態による放心と恐怖の二つがある。予備知識と気概を備えている屈強な男達の前では、そんなものはあってないようなものだった。
 
「ライトの復旧を急ぐよう伝えてこい!後ろの連中が煩くてかなわん」
 
 彼らが守る一角の背後では囚人達が突然の停電でパニックに陥っていた。施錠に使われる電子回路にシールド処理が施されていたおかげで脱獄者の心配は無いが、集中しなければならない時にこの騒音は耐え難かったようだ。










「これだ、この箱だ!」
 
 さほど重要ではないだろうと判断されたのか、山積みにされている荷物の奥にソレがあった。あらゆる電磁的影響と劣化を防ぐために作られたボックスの中に、予備のトランシーバーと各種電子回路が丁寧に納められている。
 
「こっちのLEDライトも使えるぞ!」
 
 電子回路を内臓していない単純構造が幸いしたのか、ハンディライトが眩い白色を照らす。
 
「いいぞ、各自ライトとフレアを持てるだけ持って行ってくれ!明かりの復旧はできない!」
「こんな暗闇で戦えるかよ!」
「所内中の蛍光灯を修理して回れってのか!そんなもん業者に頼め!」
 
 Holy shit!――――――口論をしながらも役割を遂行するために手と足だけは的確に動かす。
 そしてようやく、箱の奥に目的のソレを見つけた。ペットボトル程度の通信機としては若干大きいソレを握り締め、使うべき人間の所へ駆ける。
 
「Damn!余計な客が居るせいで貧乏くじがこっちに来やがる!」
 
 この騒ぎでも何もできないであろう『客』のことを思い浮かべ、当然の権利とも言える悪態をついた。











 一方的な勝利で終わった監獄区域とは違い、発電機制御室では激しい銃撃戦が繰り広げられていた。たった一人の侵入者だが、彼は両手にヘヴィ・マシンガンを持ち、あろうことかしっかりバランスを取って撃ち続けている。
 
 威力と射程距離が優れる分銃座に取り付けなければ運用できないソレを、どこにでも居そうな中年の男性が苦悶さえ見せない無表情で扱っていた。
 
「頭おかしいんじゃねぇかアイツ等!」
 
 幸いにも遮蔽物があるおかげで難を逃れているが、同時に張られ続ける弾幕に抗うこともできずにいる。遮蔽物越しでも銃だけ出して撃つことも出来るが、それをした新人の手は綺麗に無くなっている。
 メチャクチャに撃っているのは確かだろう。しかし少しでも身を出せばソレに向けて一斉射撃してくる。頭がおかしいと叫びたくなる気持ちもわかるというものだ。
 
 だが勝てない相手かと問われれば、この男は必ず否と答えるだろう。開けた場所に突っ立ったまま銃を撃つだけの敵に、アレコレ策を弄する必要など無いからだ。
 
 万が一の脱走と暴徒鎮圧用に支給されたスタングレネードのピンを外し、長年の厳しい訓練でグレネードが爆発するタイミングを熟知している男は、地面に落ちる前に爆発するよう、一呼吸置いて遮蔽物から乗り出さないように標的へ投げた。
 
 生き物である以上脳があり、感覚が正常ならば必ずこれは効く――――――STARSから講じられた教えを忠実に守って対応した結果、ずっと止まなかった銃撃が止むことで成果を現した。
 
 強烈な音と光で怯んだのだ。網膜に焼きつくほどのフラッシュと鼓膜が破れるのではないかと紛う轟音に形など無く、両手が塞がっている標的に防ぐ手段などなかった。
 
 念願の隙を手に入れた男は即座に姿勢を整え、ガンサイトに標準を合わせる時間も惜しんで、その経験からたたき出された着弾点に銃口を向けた。
 男が身を乗り出すと標的は武器を落とし、体は大きく傾けて倒れそうな体を触手で支えている最中だった。
 
 やはり化け物なのか―――――間近で見ることがなかったBOWというものに壮絶な嫌悪感と寒気を感じた男は、ソレを排除するために引き金を引いた。
 
 約30の弾は外したものもあるがほとんど人体の急所に命中し、宿主を使い物に出来なくされた寄生生物は無様に倒れた。
 
「こんなもんが作られてたのか………この時代に……」
 
 戦慄するしかなかったのだろう。男は死後痙攣のようにピクピク蠢く不気味な生き物へ、まだ残っている嫌悪感と寒気を消すために止めを刺した。











「………………」
 
 ディスプレイにはその光景がしっかり映されていた。暗闇でも映るよう暗視ゴーグル越しの映像は緑色と黒色だけで輪郭を現しているが、状況を大まかに把握する分では苦にならないほど鮮明だった。
 
 女はソレをジッと眺めている。『いる』だけだ。放った4体のシヴァはことごとく迎撃されているというのに、焦りも怒りも落胆も見せる様子が見られない。
 
「………………25分、まぁ及第点だろうか」
 
 女がそう呟いたとき、画面では最後の一体が倒れていた。
 女はそのタイミングを待っていたようで、手早くキーボードを叩いてコンピューターに命令を送る。すると30分前に女がソレと指した装置が重い音を立てて開いていく。
 
 その音と装置の大きさとは裏腹に、入っていたのはタイラントやBOWではなくさっきと同じシヴァが10体ほど収められていただけだった。
 
「あと何体増えるかな」
 
 解凍されて体のコリを取っているシヴァに、女はただただ期待と笑みを向ける。
 
「2陣目と行こうか。今度は最初とワケが違うぞ」
 
 ただただ笑みを向ける。













「今度は聞き間違いじゃねぇな」
 
 大きな爆発と同時に施設が揺れ、聖司はレベッカの推測が当たっていたことに大きく溜息をつく。保護されて一ヶ月も経たないうちに襲撃されたことは、ある意味でカルロスの言っていた試みが成功したことを証明した。
 
 だが早過ぎる。居場所を知った上で襲撃するのは当然の行為だとしても、聖司には一つだけ腑に落ちないモノがあった。音から察するに敵は大砲のようなものを使っているのだろう。先に停電を起こす仕掛けもレベッカの言動からかなり大まかな装置であるのは想像に難しくない。
 
 『そんなモノをアメリカで一ヶ月以内に準備できる』のだろうか、と。
 インターネットにニトログリセリンの作り方さえ載っている昨今なら爆発物程度いくらでも用意できるだろう。だがこの理由を挙げてしまえば、砲身や他の装置も手作りしなければならない。そんな図画工作が大好きな武装集団が居るわけがない。
 
「(日本なら居るかもしんねぇなぁ……)」
 
 物資の少なさや規制の激しさから、いっそのこと自分で作ってしまうのだろうと、自国の変態ップリに聖司は呆れる。しかしアメリカは比較的容易く物資を手に入れることができる。免許と許可さえ得れば空母や戦闘機、戦車すら所有できるのだ。
 
 初めから持っていれば準備に時間は掛からないだろう。そんなものを維持できる経済力を持っていればの話だが。
 そういうことが出来そうな連中が誰かと問えば、聖司なら間髪居れずアンブレラかHCFと答えるだろう。この2つの組織に嗾けられて政府の誰かが画策としたと考えるのは次点の話だ。
 
 そのうえで聖司は腑に落ちなかった。STARSの思惑と協力している政府の要望、そして目的が自分の奪取だったとしても、全てを踏まえて一つだけおかしいことがある。
 
「なんで俺がいる『監獄区域』に『一匹』しか来てねぇんだよ」
 
 自分を狙っているにしては、あまりに数が少なすぎる。
 昼夜問わず特別警戒を実施するのに刑務所は人里から遠すぎた。囚人は一日中監獄内に居るが、警備をする人間はそうもいかない。
家族もいれば恋人もおり、休日には出かけたいと思うだろう。そんなときにわざわざ監獄内からゲート――――防弾防爆仕様の頑丈な扉――――を頻繁に開け閉めするのは効率が悪い。
 
 そのため非番の人員は監獄より外に建設したオフィスに待機するシステムを作っている。施設をそれぞれ独立させることで様々なリスクを回避するためだ。
 
 シェリーとレベッカは刑務所に残るよう手配したが、住んでいるのは生活空間の基盤が整っているオフィス棟である。先のクレアが到着と同時にレベッカに連絡して刑務所へ向かったのも、彼女が持っているIDカードをあてにしていたからだ。
 リスクの分散は軍隊や警察から企業のセキュリティにまで幅広く行われている常套手段である。そして今、レベッカ達が扱う重要事項は聖司だけではなく、シェリーが持つ『DEVIL』と彼女が持ち出したデータまで及ぶ。
 
 だが優先度は聖司のほうが上であろう。G−ワクチンはそもそもウィルスそのものが無ければ意味など無く、ラクーンの惨劇から数年経った今ならソレの開発に成功してもおかしくない。
 
 データにしてもコピーして媒体ごと安全な場所に隠しておけば、例えEMPを使われようと完全に消えることもない。
 
 レベッカ達が失念していたのはそこにある。優先度が低いというのは決して意味がないわけではないということ。そして、その優先度は身内ではなく敵側に決める権利があるということを。
 
 
 
 
 

 
 
 
 今回はテレパシーを使えるネメシスより、G-ウィルスのワクチンと最近持ち去られたデータに価値があった。







「チクショウ!なんで……なんでこっちに沢山いるんだよ!」
 
 指示と伝令を交換するために監獄区域から来た男は到着と同時に第2波を受け、銃で牽制しながら闇雲に逃げていた。
 男は混乱していた。『客を狙った襲撃がある』と着任したときに知らされていたことが、今起きている事態とほとんど一致しなかったために。
 
 だが理屈は合っているのだ。隊員が待機している宿舎を攻撃して戦力を落とし、そのまま施設全体を制圧した後に『客』を奪取する。戦略として初歩にもならない単純なモノだが、正攻法でもある。
 しかしそれも時間を浪費できる場合の事で、今回のような誘拐を目的とした襲撃はなにより迅速さが求められる。攻める側は堅牢な刑務所を破り、応援に駆けつけた外部の部隊から包囲される前に逃げなければならないからだ。
 
 BOWの投入、少数精鋭のかく乱、EMPの使用。どれも想定されていたものだが唯一つ、標的だけが彼等の予想を裏切った。

「ぐぁ!」
 
 比較的頑丈な素材で作られた特殊部隊専用スーツでも、防弾処理を施された箇所は多くない。その中で最も致命的な足を撃たれた隊員は倒れた。
 
 逃げれぬのなら攻撃を―――――長年の訓練で培った経験が即座に次の手を取るために身体を動かすが、動かない的にシヴァが苦戦する理由など無かった。

 











 
「はい。小隊ほどの人数に重火器を装備。未確認ですが強力な大砲のようなもので攻撃されました。接近の際には注意を」
『了解フレンド……15分で行く、耐えてくれ。オーバー』
 
 部下が持ってきた衛星電話で援軍の催促をしていた指揮官は、要請の受理を確認できて安堵した。事前の打ち合わせはしていたものの雷雨にEMP、そして本来管轄外の場所からの応援に駆けつけてくれるかどうか不安があったのだ。
 
 ホワイトハウスからの肝いりというだけあり、おおっぴらに無視するわけにもいかないというのが本音なのだろうが、助けに来てくれるのならなんでもよい。

「伝令!伝令!!」
「歩いて来るとは随分余裕だな。外はどうだった?」
 
 屋内の銃撃戦は非情に目立ち、そのため外の音が聞こえなくなることもシバシバあると言う。逆に音が目立つからこそ、それだけで戦況を理解することもできる。走ってはいないが早歩きではやってきた隊員を見て、『走れないほど疲労か怪我をしている』ことを察した指揮官は追求せず、隊員の言葉を待った。
 
「こちらは第2波と思われる同じタイプの敵と交戦中。この建物にも何体か向かっている模様。内一体は先程」
 
 発射されて間もない銃は硝煙と火薬の臭いを僅かに漂わせていた。

「ご苦労、奥で休め。ジェイコブ、4人連れて15分耐えろと伝えて来い」
 
 新しい情報から次の指示を出し、指揮官は前線を確認でき、かつ安全なオフィスに身を潜めた。本来なら指揮官は最も後衛――――それこそ聖司いるような場所――――で指示を出さなければならないが、切迫した状況では仕方が無い措置だった。
 
「…………了解、奥で休みます」











「………………」
 
 ただ耐えるしかない。彼女が自分にそう言い聞かせ続けてもうすぐ30分になろうとしている。しかし部屋の隅で膝を抱いて蹲っているシェリーには我慢の限界が迫っていた。
 
 彼女の中の冷静な部分は、武器も明かりも通信手段も持っていない学生が外に出る無謀をたしなめている。同時に焦燥を掻き立てる部分が克服しかけた過去のトラウマを引っ掻き続けて止まない。
 
 あの頃と違うはずなのに同じ、あの時と同じはずなのに違う。その矛盾がストレスになり、彼女の冷静な部分をゴリゴリ削っていく。

「………そろそろ」
 
 未だ銃撃は続いているが音は遠くから。同じ建物内で起きたソレは10分前から途切れている。
 やはりセイジさんが狙いなのか――――――この場所で最も価値があるソレを狙うのは当然で、どういう方法にしろ居場所を突き止められればソチラに集中するのも当然。
 音だけで状況を確認するのは限度がある。それでもシェリーは自分が安全だと疑わなかった。
 
「(エルだってこの状況なら………)」
 
 そして鈍った判断力はあろうことか比べてはいけない生物と連累した。張り合うことで更に視野を狭くしたシェリーを諫める人が居ない以上、彼女の暴挙は止まらない。
 用心してそっと廊下に出てみるものの、窓が無い分僅かな月の光が届いていた室内より暗い。目が慣れるまでもう少し待てばよい――――そんな簡単なことすらシェリーは考えなかった。
 
 とにかく人が居そうなところへ。そして外へ出てクレア達が居るところへ。ここ数日何度も行き来した道順を思い返しながら、それでも自信なさげに壁伝いでゆっくり前へ進んでいく。
 
 息を殺し、足音も立てず、耳は服が擦れる音もしっかり拾い、鼻は空気の流れを敏感に感じ取る。使えない器官の代わりを別の器官が補うために性能を上げるのは生物学上ほぼ必ず起きる奇跡だが―――――
 この場で目が見えないという状況は――――――あまりにも致命的だった。
 
「…………ぁ」
 
 痛みを感じる暇も無い。胸を貫かれた弾みで僅かに肺を押されて出た小さな悲鳴は誰の耳にも届かない。
 初めから暗い世界の中で、シェリーは視界の暗転すら感知しないまま意識を否応無しに手放した。















 唐突にソレは静かになった。銃を撃つだけ撃ち、力の限り暴れまわっていたシヴァの大群が、一斉に動かなくなった。
 
「撃て!撃つんだ!」
 
 理由はともかく反撃のチャンスを逃すわけにもいかず、第二波が来てから防戦一方だった彼等は初めて攻勢に出た。
 数発も命中して我に返ったのか、シヴァ達は武器を捨てて射線から逃れた。そして安全な場所ひ避難すると反撃の準備ではなく、またも放心したように天を仰ぐ。すぐ近くを跳弾が通っても彼等は我関せずに時間を浪費していく。
 
 その中の一人が踵を返して外へ向かう。ソレに習って後続も一人また一人と増え、最後まで残った一人は何度か奥と外を繰り返し見比べるが、やはり残ろうとはしなかった。

「なんだ……奴等は何処へ行ったんだ?」
 
 掃射をやめても一向に反撃してこないことを不思議に思った隊員が様子を見に来たときには、敵の姿はもう何処にも無い。










「もう少し早く飛べないのか!?」
「無茶言うなよ。ホントはこんな天気に飛ばすのだってゴメンなんだぜ?」
 
 軍事行動上ではスクランブルに備えて竜巻や台風でもないかぎりどんな天候でも飛ばさなければならず、パイロットにはそれだけの技量が要求される。その知識と経験から、この天候で行うフライトはこの速度が限界だと知っているのだ。
 
 もちろんある程度の余裕をもって飛んでいるのもレオンはわかっている。スクランブル発進という形を取っているが、自分と何の関係もない施設――――それも極悪人が収監されている刑務所――――に早く着きたいと思うわけもない。
 車で向かうよりマシだろうか―――――レオンは雲間に見える紫電と雨に打たれる窓を眺めながら一刻でも早い到着を待つ。
 
「……ん?」
 
 そんな折、遠い地面に一台のトラックを見た。雨の所為で視界が悪く車種も形も確認できず、公道ならばトラックぐらい当たり前だろうかと気にも止めずに。











「そんな!?」
 
 刑務所内からオフィス棟へ戻ったクレアとレベッカは真っ先に司令官がいるオフィスへ向かった。棟内の状況を把握する意味もあるが、シェリーが保護されていないかどうかを確かめるのが目的だからだ。
 
 だが2人が入ったオフィスに生きている人間などいなかった。天井、壁、床が余すことなく血飛沫で彩られ、硝煙と鉄が混ざった部屋に。
 
 部屋を見れば惨劇が起きたことなど容易に想像できる。広くもないが狭くもない中途半端な部屋だが、落ちている薬莢の数から激しい抵抗を試みたことも。
 なのにレベッカの目には、ある肝心なものがどうしても映らなかった。
 
「誰かいませんか!?」
 
 部屋の中には誰も居ない。生きている人間はもちろん、この部屋を彩る羽目になった犠牲者達の残骸も。
 本来ならなければならない、敵と味方の死体が無かったのだ。
 
 死体でも寄生できるのだろうか―――――この期に及んでゾンビ化などと考えなかった。シーナ島で銃器を使うBOWが投入された記録をレオンの友人から得た経緯があり、最初はその類だと推測していた矢先、聖司から報せを受けたのだ。
 NEだ。この妙な感覚は覚えがある―――――と。彼の傍らにいる少女がその覚えの元なのだろう。おかげで対策とまではいかずとも、予想する範囲がある程度絞られたのは大きなアドバンテージが得られた。
 
 ジルの経験から重火器の使用、強靭かつ俊敏で、学習までするタイラントを想像し、聖司とエルという実物から個人戦において最強に近いイメージが描かれる。
 
 それだけ見れば絶望しかないが、所内で応戦した警備部隊が勝利を収めることで、ソレもいくらか温和されている。
 そしてNEシリーズなら、確実に行うであろう行動が『寄生』だと確信していた。シェリーも被害者の聖司ですらその可能性だけを強く推していた。
 
 だからこそこの状況はレベッカにとって半分だけ予想されていた結果である。
 
 そして死体がない事態も――――単純だが――――脳の代わりを務める生物ならば神経を繋げることさえできれば寄生のできるのだろうと、正解に近い推測をたたき出した。
 だがそれはクレアにとって何の慰めにもなりはしない。ここに居た警備部隊が全滅したということは、オフィス棟が占拠されたことを指しており、『もしここにシェリーが居たとすれば』どうなっていることか。
 
「シェリー!」
「クレアさん、待って!」
 
 敵がどこに潜んでいるかわからない状況でも、クレアは落ちていたLEDライトを拾い、レベッカの静止を無視して最後にシェリーが居たというコンピュータールームへ駆けた。
 
 動転した彼女は気付いていないが、血糊で作られた足跡は彼女が作ったもの以外にも沢山作られている。それは大勢の『人間』がコンピュータールームへ向かった証拠である。
 気付かないまま走り続け、叫び続け、小さな光が示してくれる先にあるモノを見つけた時、ようやくクレアは思い知った。
 
「シェリー!!」
 
 もう手遅れなのだ――――と。表札にコンピュータールームと書かれた部屋からわずか数歩のところで、シェリーと武装した人間が一人、揃って血溜りの上に倒れていた。
 
「シェリー!返事をして!」
 
 うつ伏せていた身体を抱き起こして顔についている血を拭い、シェリーの身に起きたことを解明していく。血溜りの上にいた所為で半身はほとんど血で濡れているが、その原因を作った箇所は心臓の位置で破かれた衣服が示していた。

「あぁそんな…神様!どうして!」
 
 時間が経っていないのだろうか、心臓は止まっているのに身体はまだ温かい。つい先日抱きしめあった温度がそのままなのに、一切動こうとしないだけで人形のような錯覚さえ覚える。
 
 涙と共に湧き上がってくるのは酷い後悔しか無い。こういうことが起きると分かっていて、その可能性が限りなく低いと信じてこの結果だ。
 ここに残ると言った時、自分は嫌われてでもここから離すべきだった。

「クレアさ―――――ぁ」
 
 一歩遅れて走ってきたレベッカは一目見てその状況を察した。こうなっているだろうと半ば諦めていた節さえ見える。
 
「(どうしてシェリーが………ウィリアム・バーキンのデータを持っているのなら、ワクチンぐらい再現できるはずなのに)」
 
 元アンブレラ研究所のデータバンクにさえあった情報が、本社に送られていないわけがない。この世はメカニズムさえ理解できれば大抵のモノを再現できる技術力が確立されている。G−ウィルスが有りDEVILも開発され、そのデータがこの世に残っているのなら、アンブレラが復元しない理由など無い。
 レベッカはそこまで考えたことを悪い癖だと自分を戒め、言ってもシェリーを離してくれなさそうなクレアを放ってもう一つの死体を調べた。
 
「(……これは?)」
 
 ソレをパッと見た感想は『案の定』だった。後ろ首に傷を作った警備隊員の姿は寄生という攻撃の成れの果てなのだ。彼の周りにはその寄生体が『そぼろ』のように崩れて僅かに残っている。
 だがそれが問題だった。一体誰が『この結果を出した』のだろうか。
 
「(NEにこんな効果を出すモノなんて知らない……)」

 ジルがラクーンシティの実験体処理工場で使った薬品にはネメシスを分解する効果があったが、そのサンプルを手に入れてないレベッカでは作れない代物だ。当然この施設にあるわけでもない。
 
 ならなぜ――――――不思議を突き止めようとしたとき、ソレは唐突に起きた。
 
「クレア?」
 
 レベッカではない別の声が彼女を呼んだ。クレアより年下のレベッカは上司の妹ということもあって『さん付け』で呼ぶ。
 なによりこの場には彼女の名前を呼ぶ者など数が知れている。

「……どうして?」
 
 クレアは信じられないものを見た。さっき同じ問いかけを居もしない何かに言ったばかりなのにまた繰り返す。
 もしもこれがドラマなら神の奇跡が起こした茶番になるが、そんなものと縁がない彼女達にはソレがどう見えただろうか。
 
 もしかしたらソレは、彼女の死を『どうして』と問いかけられた者からのギフトなのかもしれない。悲しみに暮れる子に親が与えてくれた優しさなのかもしれない。
 
 それは喜ばしいはずであって、現にクレアの涙は止まった。なのにクレアがシェリーを見る目は希望も歓喜も映さず――――。
 



 
 
 
 
 
 
 ここどこ?
「Where am I?」
 
 『G』ODの所業は悪魔の囁きにも似た奇跡を見せた。
 
 あの日と同じセリフが、まったく反対の意味を持って囁かれたのだ。