「どういうこと!?」
 
 クレアはレベッカと顔を合わせるなり、胸倉を掴んで壁に叩きつけた。
 
「アナタ、シェリーはGに感染していないって言ったじゃない!なのにアレは!」
「落ち着けクレア!落ち着くんだ!」
 
 自分と一緒に事後処理をしていた身にあんまりの仕打ちだと思い、レオンは無理矢理レベッカから剥がした。それでも興奮冷め遣らぬクレアだが、逆にレベッカは怖いくらい静かに服を正す。

「言い訳にしか聞こえないでしょうけど聞いてください。私が調べた限りではシェリーがGに感染している事実は無いんです」
「でも現に!」
「あの場所で調べるには限度があるんですよ。なによりGのサンプルが無いのに、どうやって陰陽性を調べろと?」
 
 あの場所と指したのはもちろんチェコのことだ。レントゲンまで用意していたほどの設備だが、レベッカにとってはそれでもウィルスを調べるのに不十分らしい。
 
「ならどうやって調べたんだ?」
「………tに限らず、Gもある程度感染宿を選ばないと、当時の資料に載っていたので―――」
 
 その辺にいたラットにシェリーの血を使いました―――――あんまりと言えばあんまりで、無謀とも取れる行動をレベッカはなんでもないように言った。
 クレアがもう一度レベッカに詰め寄ろうとするが、今度は事前にレオンが止めた。これからこの手の話が出てくるであろうに、その度に話を中断されてはたまらないからだ。
 
「その結果、ラットに異常は見られなかったと?」
「えぇ。餌と一緒に血も定期的に与えていたんですが、一年と少しで老衰が原因で死にました。死後数週間放置しましたが、やっぱりなんの変化もありません」
 
 Gに感染しても結果がソレなら、確かに陰性だと判断するには十分だろうか。レオンはそう解釈したが、クレアはまだ納得がいかないようで、更に尋問を続ける。

「じゃあこの一年何してたのよ!しっかり調べる機会なんていくらでもあったでしょ!」
「科学は完璧じゃないんですよ?サンプルが無ければ比べることなんてできません」
 
 結局はそこへたどり着くのだ。G−ウィルスがそもそもどんなウィルスなのかはっきり分かっていないのが現状な今、どんなに推測しようとそれ以上にはならない。
 レベッカが調べるために行った方法はある意味でギリギリなのだ。拡散を防ぎ、確実な結果を出し、後始末も秘密裏に行える最低ラインのところだ。

「……………。レベッカ、そういうことならシェリーはGに感染しているということになる。だが実際にクレアがワクチンを打って、シェリーが昏睡から目を覚ましたのはどういうことだ?」
 
 ラクーンシティ地下の惨劇はすでにSTARSに伝えている。その中にはGに関することからDEVILのことまで事細かに。レオンはクレアがシェリーにワクチン投与した瞬間を見ている。
 
「……………シェリーが持ち帰った情報は2人だけで手分けして解析作業を行っています。時々サボってた彼女と違って、私は結構な量を終わらせてるんですよ」
 
 そう言ってレベッカは小さなラップトップをバッグから出した。

「私の憶測が多分に混ざっている推測でよければ、説明しますが?」
 
 クレアとレオンは顔を見合わせ、是非も無いとレベッカに続きを求めた。この地球上でシェリーの状態を知っているのはもう彼女しかいないのだから。
 
「まず、あらかじめ知っていて欲しいことがあります。勘違いされやすいことなんですが、ワクチンと呼ばれるものでウィルスは死滅しません」
 
 専門家のレベッカが切り出した話は、クレア達の間違った常識を正すところから始まった。




「人が予防接種という形で投与するものは、その効果が認められた物質か弱めた病原体の二つ。前者はともかく後者はどうしてこういう方法を取ると思います?」

 生物学に関する初歩的な問いに、レオンは免疫という言葉を使って答えた。そして、レベッカは知っていて当然という風に話を続ける。

「免疫力とは一朝一夕で得られるものじゃ有りませんから、予め有害物質を身体に教え込むわけです。次は繁殖する前に滅菌できるように」
 
 しかし人の身体とて穴はある。予防しても100%かからないというわけでもない。あくまでかかりにくくするのが限界なのだ。予防と言えども結局は確立の問題だ。
 
「元々ワクチンと呼ばれる薬剤は、マクロファージの作業スピードに追いつく程度まで対象を減らすだけ………補助という位置が適切な表現でしょう」
「ならどうして!?私はマニュアル通りに作って打ったのよ!?」
「間に合わなかったと考えられないんですか?」
 
 レベッカはピシャリと言い切った。クレアもその懸念は常々思っていただろうが、改めて突きつけられれば、黙るしかなかった。シェリーはあの時、『腹部』の鈍痛を訴えて昏倒した。それだけウィルスが発症して人体に影響を与えていたのは言わずとわかる。
 
 それから何時間経ってワクチンを打ったのか、当事者のクレアだからこそ思い知らされる事実である。
 
「あるいは生成に失敗したとか?」

 『わずかな衝撃と温度変化で変質する』脳裏に蘇ったファイルの文字が止めになった。クレアその大事なワクチンを持ったまま、シェリーの父親と死闘を繰り広げた。否、ただ走るだけでも致命的だったかもしれない。どの程度まで大丈夫なのか、クレアは知らないのだから。
 
「そんな………」
 
 当時の状況を考えれば仕方なかったとはいえ、クレアは自身の不甲斐なさにただただ絶望するばかり。
 
「だが現にシェリーはあのとき目を覚ましたし、今も変異して化け物になっていない。もしかしてセイジと同じようにGを遺伝子レベルで取り込んだとは考えられないか?」

 ワクチンが効かなかったと仮定しても説明できないことは残っている。レオンは身近な例をシェリーに当てはめてレベッカに尋ねた。
 
「セイジが言うには、本来感染してそのまま発症するはずだったが、どうやってか免疫を高めて微弱な発症と抗体の生成を繰り返して取り込んだそうだ。シェリーをこの線に当てはめれば」
 
 ワクチンは変質した、しかし効果は微弱ながら残っていた―――――レオンが口にしたモノは、最低でもそうであってくれという希望的観測だった。
 
 だが学者として立っているレベッカは、そんな素人の考えなどとっくに考察している。
 
「クレアさん、私が記憶が正しければ、Gは『胚』を使って自己複製をする………で合ってます?」

 えぇ―――――この場で最も重要なことをだと自覚して、クレアはアネットから受け取ったファイルの内容を出来る限り思い出し、自信を持って肯定した。
 
「私の憶測が正しければ、もしかしたら彼女が陥っている事態はワクチンとか、ウィルスに感染したとかいう次元ではないのかもしれません」
 
 まだこの下があるのか―――――最低の下にあるのは最悪だと、経験から思い知っているレオンは嘆息を漏らす。それが正解だと半ば確信しながら。

「元来ウィルスは細胞を持ちません。従って多細胞生物の特徴である『胚』という言葉にG−ウィルスを当てはめるのはナンセンスです。ウィルスが持つのはむき出しの遺伝子ですから」
「でも『胚』を埋め込まれることでG−生物になるんでしょ?アネットの資料にもそう書いてあったわ」

「その『胚を埋め込む』というのが、ミソ……なんですよ。人の体に隙穴というものはありません。微量の汚れや雑菌でさえ膿になって体外排出されるのに、大型のクリーチャーが作るような『胚』なんて異物が体の中に入れば、拒絶反応でショック死しますよ」
 
 拒絶反応という言葉に、クレアの脳裏にとある犠牲者の末路が浮かんだ。『胸部』に痛みを訴え、そのまま内側から身体を裂かれて絶命した警察署長が。
 
 そのときの事を鮮明に思い出したクレアは、彼の悲鳴が聞こえて絶命するまで30分も経っていないことに気付いた。つまり幼体が『胚』から孵化するまで、その程度の時間で足りるということは―――――。

「植えつけられたなら、外科手術で取り除くのが安全かつ確実。アネットはソレができないからワクチンを打つように言ったんでしょう。除去が不可能な場合、胚が悪性物質を出せない状態にして、体内に取り込ませるのも外科治療ではよくある方法です」
 
 またもクレア達にとって聞き逃せない単語が出た。それもおそらく決定打になるほどの。
 
「『取り込む』ってどういうこと!?」
「身近な例で言えば、普段私たちが治療を受ける腫瘍は悪性と言われて、体にとって害しかないものなんですが、発育がゆるくて周りを破壊しない腫瘍もあります。そういう親和性が高い異物は、体内に溶けて無かったことにされます。細胞が異物を取り込むんですよ」
 
 悪性の異物なら膿になって出てくる―――――ラクーンシティで別れ、再会して数年経った今までに、シェリーからついぞそんな話は出ていない。クレアが知らないのなら、レオンもまた然りである。

 もう答えは出ているだろう――――それを踏まえてレベッカは結論を出すためにPCから解読した文章を読み込む。
 
「『子孫を残すには血縁者が望ましい』…………これは臓器移植と同じ理屈ですよ?『胚』はGを打った父親のウィリアム・バーキンのもので、彼の遺伝子とGの遺伝子が混ざったモノ。その『胚』は拒絶されず、Gを含んだままシェリーの体内に取り込まれた。つまり彼女は発症しているので

はなく………シェリーはもう―――――」
 
 もう言うな、わかっている―――――段々と近づいてくる事実に耐え切れず、首を横に振るクレアに、レベッカは無慈悲な一言を吐き出した。


 
 
 
 
 
 
 
「G−生物そのもの」








 考えられる最悪の結果は、クレアの立ち続ける気力さえ奪う。シェリーにどう詫びればいいのか、これから彼女はどうなるのか。そして自分は彼女に対してどうすればいいのか。後悔と一緒に目まぐるしく回る不安がクレアを縛る。
 
「Gそのものと言ったが、何故シェリーの体が……あの化け物に変わっていないのはどう説明する?」
 
 レオンはラクーンシティで計3度、ウィリアム・バーキンが人を捨てていく瞬間を見た。アンブレラが作るウィルスは総じて変異という形を成すが、シェリーにはウィリアムのように変態するわけでもなく、聖司やウェスカーのように人の姿を保ったまま異質になってもいない。

「最初に言いましたが全て憶測なんです。現場の状況から彼女が一度死んだと信じられる証拠はいくつかありますが、それが本当かどうか調べる方法はありません。隔離したのもあくまで保険のためです」
 
 同時に憶測を否定できる材料がないことも事実であった。彼女の身が潔白だと信じたくとも、証明できなければ全てが五分の信憑性でしかない。
 
 そして、潔白を証明できる材料がほとんどない今、レベッカの憶測は99%の正解であった。

「シェリーは………」
 
 へたり込んでいたクレアがポソッと呟いた。
 
「シェリーはどうなるの?」
 
 せめて何か一筋の希望にすがりたく、クレアはレベッカに問う。
 
「………覚悟はしていてください」
 
 最悪の――――とは言わなかった。それがレベッカにできる精一杯の慰めなのだから。