「……………」
 
 聖司は非常に気まずい思いをしていた。先の襲撃の後始末が続いているために一連の事情を聞けずにいるので、何故シェリーがこの隔離部屋にいるのかわからないのだ。
 
 当人に聞こうにも分からないの一点張りで、話題を逸らすような娯楽物が無い部屋の中では、丸一日中PCに噛り付いている始末である。
 
「(せめてソ〇ティアぐらいやらせてくれねぇかなぁ……)」
 
 狭い部屋の中で、聖司の行動はさらに制限されたため、もうベッドの上から起き上がることも億劫になっていた。
 一番の問題は、それでもまったく問題が無い生活を送らせてくれる相方がいることだろうか。



「それ……解析してなにかわかったのか?」
 
 父親のデータと聞いていた聖司は興味本位で聞いてみた。それなりにプライベートな部分を刺激する質問だが、この空気とあまりの暇さに気にしている余裕などなかった。


「私に笑ってくれていた顔の裏で大勢の人を殺していたこと程度なら」
「あ、そうッスか」
 
 聖司は聞いて激しく後悔した。どうも今のシェリーには余裕が無いようで、彼の言葉でもまともな受け答えはしなかった。
 君子は危うきに近寄らず――――――事情もはっきりしないうちはそっとしておくのがベストだろう。
 
「……………、ごめんなさい」
 
 ところが『危うき』の方から近寄ってきた。さすがに無碍にするわけにもいかず、覚悟を決めて体を起こす。



「何が起きたんだ?あの襲撃で」
「わからないんです……。爆発が起きてすぐ停電になって、所内中から銃声が聞こえて…………私はずっと」
 
 部屋の中に居たはず―――――シェリーが目を覚ましたとき、『ここはどこ?』と言った理由は想像に難しくない。大怪我を負ったショックで記憶が消えたり混乱するのはよくあることだ。
 
「何がなんだかわからないうちにここへ入れられて………まぁ…これがあるので暇はしていませんが」
 
 一日二日では終わらない量の未解析データは、この場では逆に有難かった。没頭できるものがあれば時間もすぐに経ち、現状がなにかしらの変化を起こすのを待つのに好都合だ。



「レベッカか誰かの説明待ちか………。ロクな理由じゃねぇのは確かだよな」
 
 ロクでもない状況の自分と一緒にいるのだから――――――自虐めいたセリフは気遣いが多分に含まれていた。年上ゆえか、それともこの道のエキスパートだからか……こんな状況でも余裕を持てるその態度は―――――。
 
「………そうですね」
 
 沈んだシェリーを僅かな笑顔にするだけの説得力はあった。
 
「話も一段落したところで、ちょっとカーテン開けてくんねぇ?」
「え?」

 今までの話とまったく関係が無い突飛な提案や話題は、聖司のいつものクセだった。その意味を知るのは大抵、なんらかのアクションがあった後である。
 今回はチャイムという洒落たモノなど無い独房の入り口からノックが響くことで、聖司の意図が知れた。エルの要望で真っ先に取り付けられたカーテンのおかげで外から中を覗くことができない。
 テレパシーというものがあれば、このノックも本来はいらないのだろう。
 
「眠ってるときに来たらどうするんでしょうね?」
「次はアポが取れるように内線でも付けてもらおうか」
 
 太陽の光が入らない屋内では時計だけが唯一時間を知る術だが、それだけで生活リズムを整えることは不可能である。特にすることがない人間にとっては、気が向いたときに寝て起きる生活は当然になりつつある。

 カーテンを開くとシェリーにとって気心が知れる数少ない男が立っていた。
 
「レオン?」
「静かでいい所に引っ越したな」
 
 カーテンを開けたのがシェリーだと確認したレオンは軽い笑みを浮かべて挨拶をした。

「換わってやろうか?代わりに南米まで行ってやんよ」
「生憎、数年先までデートの約束が入ってるんだ。世界が平和になったらそうさせてもらうさ」
「そんな先まで居たくねぇなぁ……」
 
 それは誰にとっても同じであろう。STARSにしてもレオンの上司にしても、核より扱いが難しい男をいつまでも宙ぶらりんにしておけるほど余裕など無いのだ。



「シェリー、レベッカから―――――」
「うん、コレでしょ?」
 
 レオンが早速本題を切り出すのとほぼ同時に、シェリーは今までラップトップに繋いでいたフラッシュメモリを抜き取った。外と唯一繋がっている引き出しに入れ、殺菌エリアを通って、ようやくレオンの手元に届く。
 
 随分遠い関係になったものだ―――――1年前では考えもしなかった距離に心を痛めつつも、メモリースティックを新しいものと入れ替えて引き出しを閉める。
 
「ねぇレオン、クレアは?」
「気持ちを整理できるまで来ないそうだ」

「レベッカも?」
「らしい。彼女は『状況』みたいだがな」
 
 本当に特殊警察部隊かと疑いたくなるほど、レベッカは学者然としていた。今回の騒動で知った様々な原因と影響を調べ、結果を弾き出すためにこんなところへ来る暇など無いのだろう。
 当然その中にはシェリーの疑問に対する答えも入っている。憶測ではなく正解に近い推測を伝えるために、彼女はここに来ない。全てがわかるまで、レベッカは沈黙を貫くのだ。
 
「で?ついでの用事から先に始めたのは何か理由があんのかい?」
「わかっているのなら察してくれ」
「俺一人ならともかく、今回はシェリーもいるんだよ」



 要所を抜かした会話は聖司独特のクセで、いつもシェリーを置いてけぼりにする。現在確認されているたった一人の、本物のテレパシストとの会話は他人を寄せ付けないのだ。
 
 そして――――その状況が面白くないと思っている彼女の心境も察せるのも、彼の力の一端である。
 
「いくら襲撃があったとはいえ、南米から帰ってきたばかりのエージェントがこの近くまでヘリで来てたわけないだろ?つーことは、なにか用事があってここに向かってたってことだ」
「あ、そっか。ソレがレベッカのお使いってだけじゃ………」
 
 数年先までデートの予定が詰まっているレオンはとにかく忙しい身分である。たかが友人の見舞いに来る暇など無い。それでも来たということは彼が所属している組織の毛色からして、ほぼ聖司にとって確実に歓迎されない用事を持っているに違いなかった。



 事実、レオンは優先するべき用事を後回しにして身内のお使いを先に済ませた。その態度が彼の内心を表している。
 
「一応……だが、俺のクライアントはBOW否定派だ。当然アンブレラや奴等に関与している連中とは立ち向かう姿勢を取っている」
「ポルトガルの港で襲って来たのはMADE IN USAだって、アンタの恋人が教えてくれたんじゃなかったっけ?」
「国内の全てを掌握できていたらCIAなんかハナッから作られない。……………それとエイダとはそういう関係じゃない」
 
 口ではそういうが、内心を把握している聖司は言い表し難い笑顔でレオンをからかった。
 
「………本題に入る前に外の状況を伝えておく」
 
 隠し事ができないと改めて思い知らされたレオンは、これ以上ボロを出す前に前口上を切り出した。



 アンブレラ社長のダニエルが死亡したことで、保護を名目としたオズウェルとセオの探索が世界的に行われることになり、インターネットで懸賞金付きのガセネタとして一般人も巻き込んだ大規模の捜索になるという。
 
 また、シェリーが持ち帰ったデータはレオンを通じてSTARSからホワイトハウスに届けられ、アンブレラが関わったルートを追っている最中であること。直接裏家業に関わるデータのおかげで一年前の強制捜査で得たモノより遥かに信憑性があるモノだったため、新たに隠蔽された私設が見つかる可能性も高くなるだろう。
 
 なお、この話題のときにブルース・マッギャバンを匂わせる話題が出たが、シェリーはあえて無視した。



 そして、ソレ等の捜査にまたSTARSが関わる可能性が出てきた。
 
「強襲したときにBOWが出る懸念はわかる。でも世界の警察がなんでまたSTARSに頼るんだよ。戦車でもパワードスーツでも持っていけばいいじゃん」
「表面上は裁判で運営を一時凍結している企業だ。有罪判決も出ていないのに国が襲撃したらゴシップどころじゃない」
 
 その襲撃を密かに行うのがデルタフォースのような非公式組織なのだが、政治的な理由でもあるのだろうか、今回は彼等の出番は無いらしい。
 
「表には表の、裏には裏のパフォーマンスがある。詳しくは省くが、今回の捜査は企業連盟の主導で行われるそうだ。私設の対バイオハザード部隊としてな」



「アメリカさんはスポンサーってわけか」
 
 アンブレラを憎んでいるゲリラが、何故か良質で大量の銃器を持って襲撃した―――――表に流れる情報など精々この程度に収まるかもしれないが、裏ではこのやり取りがほぼそのまま流れるだろう。
 
 つまりアンブレラが研究していた成果が丸々企業連盟とアメリカに渡るということだ。敵が多いアメリカにとっては良い牽制になるだろう。



「この捜査が成功すれば、関わった人間を前身にして国連直属のバイオハザード対策部隊が作られる。クリスを含むSTARSのほとんどは、この創設に大きく関与して貢献するだろう」
「なにを土産にして貢献すんのかねぇ?」
 
 その答えが分かっているのだろうか、ベッドに寝転んだ聖司は瞼が閉じられたままの顔をレオンに向けた。その表情には怒りも疑心もなく、愉快そうに続きを催促するものだった。レオンが最も言いにくかった部分はそこにあるのだから。
 
「………不完全ながらも機能するワクチン保持者であり友好的で生きたサンプル」
 
 その意味を一瞬理解できなかったのは、一人だけだった。