「レオン!!」

 窓の傍にいたシェリーが、金切り声のような叫びを上げて強化ガラスを叩いた。
 
「やめろって、レオンに言ったって無駄なんだから」
「だからって!!」
「この場合はな、損をしてでも正直に話したことを有難く思う場面だよ。嘘吐きなら『体を元に戻すために最新の医療設備がある所へ行こう』とか言うのさ」
 
 自分の未来のことなのに、聖司は異様なまでに楽観的な態度を取っている。それは本当に楽観視しているわけではなく、諦観であった。

「俺達は貴重品なんだ。上手くいけば財力、名誉、権力、軍事力の全部が手に入る宝箱だ。素人でさえこれだけ思い浮かぶのに、専門家から見たらどういう風に俺達が映るのかわっかんねぇよ」
 
 それ等はアンブレラがウィルスの研究で手に入れたものだった。甘い汁を啜りたいと思うのは古今東西、誰も変わらない。
 
「じゃあクリスは私達を売ったんですか!?国連に組織を作るために!?」
 
 STARSはシェリーにとって拠り所であり、家族にも近い距離にある。家族は自分を裏切らないモノと信じているシェリーにとって、この状況はあまりにもな事態だった。
 
 本当の家族を疑い、2つ目の家族も疑うような状況など、シェリーにとってあるはずも無いことなのだ。

「その辺どうッスか?」
 
 流石に会ってもいない人間の心など読めないので、聖司は一番デリケートな話をレオンに振った。
 
「……………俺達にも限界がある」
 
 レオンはSTARSではなく『自分達』と言った。それはレオン個人だけでなくSTARSの総意として応えているに他ならない。政府という他人ではなく仲間として。

「具体的には金だ。レジスタンスだったときの資金を全部回せば、お前達を隅々まで調べられる………そこが限界だ」
 
 STARSの資金の90%が支援という形で世界中から集まっている。民間の微々たる量から銀行が動くほどの量まで様々だ。ちなみに残りの10%は襲撃した施設が関係している。
 
 クリス達の背景からしてみれば、この規模の部隊をよくここまで維持出来たと賞賛しても余りあった。クリスマスにはパーティーを開いたりしていたが、無駄と呼ばれる使い方をしなかった故の奇跡だろう。

 現在はほとんど機能していないSTARSだが、アンブレラが事実上残っているため資金の提供は未だに得ていた。
襲撃や武装の必要があまりない今では使われずに死蔵されているが、いざというときのために使われることは想像に難しくない。
 
「それとレベッカ並みの経験と知識を持っているSTARS隊員は居ない。そして、おいそれと民間に頼めることでもない」
 
 頼めたらとっくの昔に――――である。忘れられがちだがレベッカは18歳で大学を卒業するほどの才女であり、何故血なまぐさい特殊部隊に入ったのか疑問視するほどの経歴を持っている。
そのレベッカがサジを投げている現状では、進展するものは一つもない。

「じゃあどうやってお前達を調べて、解決策を見つけたらいい?そう考えたとき、この方法しか……思い浮かばなかったんだ」
 
 要するに『お前達に飯を食わせるために飲食屋へお前達を売った』ということだ。もちろん売ったというのは語弊があるものの、そのおかげでクリス達になんらかの恩恵が与えられる以上、遜色ない解釈である。
 
 ただ、クリスにとって苦渋の決断だったことは間違いない。妹のクレアにも言わないのは、必ず反対されるとわかってるからだ。例え肉親に嫌われてでもしなければならないことだと決断し、覚悟をしたからこそ、レオン達も従ったのだろう。

 ここで唯一の問題は―――――

「ふざけないでよ!!人を犬か猫みたいに……どうして私達には一言もないの!?」
 
 ―――――当事者が一切関わっていないことだった。
 
「言えば素直に従ってくれたのか?それは悪いことをしたな。次からそうしよう」
 
 レオンは素っ気無く言い切った。当人以外にとってこの問題はすでに決定されたことで、もう彼の身分ではどうしようもない。シェリーが言った例えは正にその通りなのだ。
 
 檻の中の犬がいくら吼えたところで、運ばれる先は保健所である。

「近いうちに迎えが来る。向こうでも時々顔を見せに行くよ」
「レオン!」

 世間話も、昔を懐かしむ暇も無い。役人らしく伝えることが終わった途端、レオンは踵を返して独房の前から去った。一方的に用件を言い、勝手に終わらせて反論も許されなかったシェリーは額をガラスに押し付けてレオンを呼ぶが、その背中と足音は間もなく消えた。

「…………どうして」
 
 怒りに近かった感情はレオンが消えた瞬間落胆へ変わり、矢継ぎ早に降りかかってくる状況に頭も心もついていけず、シェリーはその場に膝を着いて頭を垂れた。
 
「アイツも大変だねぇ〜、ホワイトハウスなのにブラック企業とはこれ如何に」
 
 当事者の一人が我関せずと言わんばかりに、すぐ傍に居る少女ではなく遠い同僚に哀れみの言葉を送った。
 
「セイジさんは……何も思わないんですか!?」
 
 それがシェリーにもう一度火をつけた。まず最初に言葉を掛けるのは同じ境遇の自分ではないのかという、悋気にも似た嫉妬を綯交ぜにして。

「セイジさんはつい先日までモルモットにされてたじゃないですか!私達のことなんて何も知らない人達が、勝手に何もかも決めて……レオンもこんなことを……!」
 
 感情だけ先走って目的も順序も無視した叫びはたどたどしく、しかしシェリーの心情をしっかりと示していた。このままでいいはずがない、どうにかしなければならない―――――人としての権利を踏みにじられようとしているとき、今までのような呑気を謳歌している場合ではない、と。
 
「じゃあどうしろっつーんだよ」
 
 ソレに対しての返事はシェリーが期待していたモノとは逆の、突き放すように冷たいモノだった。

「レオンか誰かに頼んでやめさせるよう仕向けるのか?STARSにそんなことができる重役が居れば出来たよ?居ねぇだろそんな奴。勤めて数年のエージェントが上司に意見できるか?それともお前、仲間に犯罪覚悟でどうにかして欲しいワケ?」
 
 聖司は珍しくイライラした口調で捲くし立てた。そう返されるとは思っていなかったのか、シェリーから覇気が消える。
 
「でも私達が――――――」
「仲間が困ってたら助ける?あぁそうだな、困ってたら『自分が出来る範囲』で助けるのはいいさ。クリスもレオンもレベッカも、皆今まで出来ることを最大限してくれたよ」
 
 シェリーが頭の中で漠然と浮かんだ主張を言葉にしようとして、聖司はそれを読み取って新しい主張を覆い被せた。

「いいかシェリー、今困ってるのは俺達じゃなくてアイツ等なんだよ。お前を……俺達をなんとか助けたい、でもクリス達にはやりたいことやらしなければならないことがあるんだ。その生贄に俺達を差し出せって言われてどうすればいいかわからなくて困ってるんだよ」
 
 生贄――――と聖司は言ったが、本来ならマシな例えはあるし、クリス達もそんなつもりは毛頭無いだろう。だが彼等を取り巻く状況から見れば正しい表現だった。モルモットとは本来そういうものだからだ。
 
「ほらシェリー、クリス達が困ってるぞ?俺達と政府が板ばさみにして困らせてるぞ?助けてやろうよ、仲間だろ?」
 
 強引に差し出された問題にシェリーはただ狼狽した。よく考えれば話の中におかしな点があるとわかるが、聖司をそれを見越して捲くし立てたのだ。

 彼の目的はシェリーが今陥っている状況だからだ。彼女の心境はレオンやクリスと同じで、してあげたくても出来ず、やり方もわからない『ジレンマ』と呼ばれるものであった。
 
「結局さ、俺がSTARSから出て行った理由ってこういうことなんだよな」
 
 わけがわからなくなって明確、かつ最良の解決手段がわからない。シェリーが陥っている状況は聖司も経験していることであり、今現在アンブレラ事件に関わっている者全員が陥っていることだ。
 
 世の中は八方丸く収まる方法など数えるほどもなく、誰かが幸せなれば誰かが不幸になるよう出来ている。人間ならば、その限りある幸せを掴み取りたいと思うのは当然だ。

 だから我先にわかりやすい利益に飛びつく。功労者のSTARSからお零れを預かること、STARSそのものを取り込んでしまおうとする者、アンブレラの技術の結晶を得ようとする者。STARSはコレ等となるべく波風立てぬよう付き合っていかねばならない。
 
 加えて彼等が物々交換という名目で差し出すものはSTARSにとって有益なものばかりだ。新組織の設立と多大な権限、研究を行うのに十分な最新鋭の機材、そして金。
 
 代わりにアンブレラから奪ったデータを譲渡しろ、代わりに自分達はアンブレラの敵でSTARSの味方だと宣伝させろ、代わりに―――――聖司とシェリーを研究させろ。

「手元に無ければ渡すことはできない………そう考えたから、俺は皆から逃げたんだ」
 
 聖司はみんなの為に消えたとは言わず、逃げたと言った。もし誰かと相談してSTARSの総意として聖司が失踪したのなら、どんな言い訳もできたかもしれないが、誰にも告げず独断で行ったのは明確な裏切りだと聖司は覚悟していた。

 聖司がここへ連れてこられたとき、シェリーが『おかえり』と言ったのに対して、カルロスもレベッカも何も言わなかったのは聖司と同じ見解だったからである。おそらくクリス達も、事情は飲み込んでいただろう。

「そりゃさ、アンブレラみたいにわかりやすい敵なら協力して倒そうって言える。でも今度は違うんだよ、敵にするわけにいかねぇし、味方にしても超面倒くさい連中なんだ」
 
 シェリー?――――――彼女を呼んだ聖司の声色は溜息に近かった。
 
「俺は例えどんなに待遇が良くても、二度とモルモットになんかなりたくない。死体にされたら何をされようが文句は言わない……でも、生きてるウチは好きなことやりたいんだ」

 シェリーはその気持ちが痛いほどわかる。監禁がタダでさえ精神的にキツいのに、勝手に体を弄られるなどどれほどのストレスになるか。ましてや聖司は2度も経験しているのだ、そう思うのは当然だろう。
 そしてそのストレスが、彼の体にとって致命的であるという事実もシェリーの共感を誘った。BOWはストレスによって変異する。ソレが必ずしもプラスとは限らない。
 
 同時にその言葉から、彼が画策している何かも敏感に嗅ぎ取った。
 
「レオンは、近いうちに迎えが来るって言ってた…………お前もその時までに答えを見つけてくれ」
 
 言いたいことを言い終えた聖司は再びベッドに横たわった。
 
 STARSを取り巻く環境と自分達の立場、それ等と付き合わなければならない現状に対してどうするのか。仲間の為に身を犠牲にするか、それとも聖司と同じ考えに行き着くか。


 これから先、生きていこうと言うのなら迷っている暇などありはしない。
 その答えは誰かの意思が混ざってたものであってはならない。シェリー自身が考えて決めなければいつまで経っても迷ってしまう。
 
 シェリー個人として、STARSの一人として、学術に詳しい者の一人として。
 
 そして―――――――。





「ではこれにサインを」
 
 良いスーツを体型で台無しにしている男はレベッカに会うなり本題を切り出した。商談でもなんでもない、義務だと言わんばかりに。役人の仕事とはこういうものだったろうかと、自身が役人だった頃の仕事ぶりを比べて軽く嫌悪した。
 
 一週間―――――168時間という長くとも短くとも取れる時間が流れ、とうとう2人の迎えが来た。STARSとして受け渡しに関するやり取りを行ったレベッカは遠めで見送ることしかできなかった。独房へ入れた時と同じように、大勢の武装兵に囲まれ、ガランとしたトラックに押し込まれて行く様を。
 
「協力に感謝する」
 
 スーツの男はそう言ってレベッカのサインが書かれた直後、強引にファイルを受け取った。それは聖司とシェリーを『譲渡』する旨を書いた契約書であり、その瞬間から2人はSTARSの預かりではなくなり、アメリカのワケの分からない部署の預かりとなる。

 シェリーと聖司は二台のトラックにそれぞれ別れて乗らされた。護送のリスクを分散させるオーソドックスな方法だが、シェリーにとっては有難みが微塵も無い迷惑行為である。
 
 それでも、素直に従うしかないのが彼女の現状だった。彼女自身に特別な力があるわけでもなく、彼女の意思で動いてくれる武装集団が居るわけでもない。ことここに至って、シェリーの優秀な頭脳は自分の立場を理解してしまった。
 
 『シェリー・バーキン』の限界を。

 別れを惜しむ暇も無い。全てが事務的・機械的に流れた時間はあっという間に過ぎ、シェリーと聖司を乗せたトラックは遥か荒野へ去って行った。スーツの男もすでにヘリで一足先に刑務所を出ている。
 
 ソレ等を見送ったレベッカは罪悪感で胸が一杯だった。仕方が無かったとはいえロクな説明もできずに突き放してしまった2人に対して、姉妹のような2人が離れてしまうのをなにもできずに居たことに対して。
 
 普段聖司の傍に居るはずの寄生生物を、この日に限って『一度も見ていない』ことを誰にも言わなかったことに対して。
 
 なにより、自分がそこまで善人ではなかったという、過去の自分に対して。



 刑務所から続く一本道の道路を二台のトラックと、前後に護衛兵を乗せた車二台の車列が陽炎の中を走っている。そのトラックの隅で、シェリーはいつかのように膝を抱えて蹲っていた。一応車内は換気用の小さな鉄格子があるため暗くもないし息苦しくもならないが、閉鎖された場所というだけで彼女にとって良い場所ではないのだ。手持ち無沙汰というのもあるが、なにより今後のことを考えるだけで精一杯なのが理由でもある。
 
 自分は今後どういう扱いをされるだろうか。G−ウィルスがこの世に出回ってしまっている以上、ワクチンを投与された自分は確かに貴重かもしれない。だがそんなものは血液を渡せばそれだけで済む話のはずなのだ。
少なくともラクーンシティから脱出後に保護されたとき、ウィリアム・バーキンの娘として政府に与えられるものは全てあの時与えている。今更自分に固執する理由はないはずなのだ。

 つまりこの事態の原因はあの雨の日の出来事にあると、シェリーがそう考えるのは自然なことだった。本来ここには聖司だけいるはずなのに、急遽自分まで連れて行かれるのは聖司と自分にはしっかり調べなければならない理由があるからだ、と。
 
 自分の体に何かが起きている………その原因が『あの日』の惨劇にあることを、シェリーは確信していた。
 
 そしてきっと、良くない結果が待っているであろうことも決定事項だろうと、今までの経験から確信していた。

『もしもし〜、聞こえるか〜?』
 
 突如頭の中に懐かしい感覚が湧き出てきた。そういえばこの人には壁は関係なかった――――と、ホッとしたシェリーは聖司が乗っているトラックの方を向いて返事をする。
 
「もう……もうちょっと早く話しかけてくださいよ。寂しかったんですよ?」
『用も無いのに話しててもすぐ話題がなくなるだろうが』
 
 ということは何か用が出来たと解釈するのが妥当だろう。用が無くても話しかけてくれるだけで嬉しいものなのだが、次の瞬間にはシェリーもそんなことを考える余裕は無くなる。

『とりあえず対ショック、対閃光防御しとけな』
「え?」
 
 言うが早いか、直後に荷台の出口の方―――――車列の後尾からけたたましい爆発が起きた。シェリーは驚いて身を竦ませたが、すぐに鉄格子から外を確認する。
 視野角が悪いため何を原因にして爆発が起きているのかわからないが、実行犯だけはすぐに検討をつけることができた。鉄格子の外から入ってくる音の中に、2輪駆動独特の軽いエンジン音が混ざっており、その発信源が鉄格子の正に真下だったからだ。
 
「エル!?」
 
 銀に近い白髪を靡かせ、ハンドルバーと座席を足場にして立っている寄生生物は、返事代わりに大口径のヘヴィマシンガンをシェリーに振って見せた。

 そこから事はあっという間に進んだ。バイクを捨ててトラックの屋根に跳び移ったエルは先頭の護衛車を狙撃して横転させてトラックを止め、速やかに聖司を救出した。
 
「なんてことを………」
 
 死人は出ていないか?バイクと銃はどこから?そもそもどうやって厳重の警備から抜け出せた?アレコレと瞬時に複数のことを考えられるのはそれだけ慣れているからだろう。

「シェリー」
 
 だがシェリーがソレ等の答えを出す前に、荷台のドアからノックがして、さっきまでテレパシーで聞こえていた声が彼女を呼び、
 
「来るか?」
 
 一言だけ投げかけた。

 シェリーは一週間という時間でこの瞬間が来ることを確信していた。そしてその後の事も、逆に行かなかった時のことも、今まで経験を参考に何度もシミュレートを繰り返してきた。
 
 得られるモノ捨てるモノ、決まること戻せないこと。もし一年前なら、シェリーは迷いはしてもソレを取る事はなかっただろう。だが彼女が置かれている現状に、今まで世話になった仲間の事を考えられる余裕は無かった。
 
 どうすればより良い方向へ行くのかわからない―――――ただ考えることがこんなに辛いのかと初めて感じたシェリーが、その答えに縋りついて誰が責められるだろうか。

「行きます」
 
 行かないと答えれば、まだ戦える余地が残っていたかもしれない。しかしシェリーは逃げる方に手を伸ばした。
 
 自分の意思で掴む権利を与えたのが聖司だけだった事が、シェリーにとって大きな理由だったのは察して余りある。
 
「OK」
 
 言うなり、聖司は頑丈に施錠されたドアを力任せにこじ開けた。この数週間ですっかり元に戻ったかつての怪力は、荷台から降りるシェリーを軽々と抱えて優しく地面へ下ろす。

 シェリーは聖司の手を引いて、脱走を手を拱いて見ている運転手を尻目に、エルが強奪したトラックに乗った。やはり彼女は自分の触手をブレーキやアクセルに添えている。
 
「街中に入ったら別の足を捜さないといけませんね」
 
 ただでさえ政府関係者を生かしてここに置き去りにするのだ、この脱走もすぐに報告されるだろう。運転席に座っているのが遠目でも未成年だとわかる少女ならば、常識的に考えて怪しすぎるのだ、一般人が通報することも当然ある。
 
「なぁに心配すんな、こういうのは警察に追われてからが本番だよ」
 
 これからのことを悲観しているシェリーに、まったく慰めにならないことを聖司はのたまった。慣れている男は言うことが違う。

 2人が車内に入ったと同時に、エルはアクセルを『押して』地平線の彼方へ走り出した。荷台の中とは違って、車内からは長い一本道と青い空の一面が見渡せる。
 
「さぁてシェリー、ここで種明かしといこうか」
 
 早速クラッシュパッドに足を投げ出して寛ぐ体勢になった聖司は軽い口調で切り出した。
 
「種明かし?」
「あんまり良い話じゃない……けど、お前のしかめっ面も少しは柔らかくなると思うわぁ」

 太陽が眩しいから――――といういい訳もできないほどシェリーの表情は暗い。捨てたモノへの後悔とこれからの不安は、手に入ったわずかな自由だけで拭えるほど小さくない。
 
「問題1、コイツはどうやって助けに来れたでしょう?」
 
 ヘヴィマシンガンを担いでバイクに乗ってきた――――と、シェリーは見たままを答えようとしてようやくまともな思考を取り戻して最初の疑問を思い出す。
 どこからそんなモノを調達したのか、遡ってどうやって出入り口が一つの独房を出て一本しかない表への道を通って外に出られたのか。

「まず最初に、レベッカとレオンが政府に伝えたのは俺とお前のことだけだった。だから三台目のトラックがなかったわけだ」
 
 言われてみれば――――――赤裸々に報告したのであれば、むしろエルこそ最大の収穫になるのではないか。
 
「でも…どうして?」
「調べたら都合が悪いものしか出なさそうだからってさ」
 
 レベッカとしてもNEシリーズの解析は望む所だろう。だが自我がある命が―――――それもエルに限って言えば―――――危険に曝された場合何をするか考えるだけでも恐ろしい。
 
 ただでさえT−ウィルスの塊のような生物が、聖司という枷を取られてただで許すとは考え難い。彼女の考え方はすでに人間に近く、恨みというものに身を委ねてしまうこともありえるだろう。

「ノーマークだったからベッドの下に隠れて、俺等が出たあと普通に出たわけだ。お前は先に出たから気づかなかったんだな」
「後ろを向く余裕なんてありませんでしたから………」
 
 振り向いても大勢の武装兵にエスコートされていては見ることもできなかっただろう。
 
「じゃあバイクと武器はどこから?」
「バイクは前の襲撃のあと、刑務所の外で見つけたらしい。それをバイクに詳しい心優しい誰かが態々修理して置いてくれたんだとさ」
 
 今日のために――――――聖司は少しだけ声を張って、おどけた言い方をした。

「…………あれ?」
 
 そこでシェリーは気づいた。レベッカもレオンも、身近で心当たりが1人しかいないバイカーもエルの襲撃に一役買っている。そして声を出さずに会話できる超能力者が居るとなれば――――。
 
「じゃあ……あの……この状況になるのを皆知って……?」
「イエース・ザッツ・ライト。皆グルで〜す」
 
 その一言を聞いた瞬間、シェリーは体中から力が抜けていくのを実感した。
 
「裏切られたとか思ってたんだろ?大丈夫だ、皆出来る限りの方法で助けようとしてくれてたよ」

 ただし―――――と聖司は続ける。
 
「政府が俺達をどう扱うか知らねぇが、STARSはもうあっち側だ………見つかったら撃ってくるぐらいの覚悟はしておけよ?」
 
 雇い主を裏切らないように動くのも限界がある。個人で会うのならともかくSTARSとして出会えば、彼等はそうしなければならない立場にある。
 自由を選んだ代償はやはり大きい……が、シェリーにも救いはあった。
 
「で、レベッカからのプレゼントだ」

 そう言って聖司が差し出したのは2枚のハードディスクドライブだった。2・5インチの、主にノートパソコンに使われる薄めのソレは刑務所で使うために発注していたモノだった。
 
「コレは?」
「片方は今まで解析したものを見れるようにまとめたモノで、もう一つは手付かずのデータを全部入れてるらしい」
「そんな大事なものを………」
 
 拡散を防ぐために刑務所から出さなかったものを、わざわざシェリーのために用意した。それだけでもレベッカの心遣いがわかる。

「さぁ、長い長い逃亡生活の始まりだ。飯に金にその他諸々、また揃え直さねぇとな。どこか行きたい所とかあるか?」
 
 ディ〇ニーランドとか――――――流石においそれと行けるような場所ではないが、それぐらいの自由はあると示したかった聖司は、なるべくシェリーの要望に応えるつもりでいた。
 
「………………。セイジさん!」
 
 ジッとHDDを見ていたシェリーが身を乗り出す。
 
「私、調べたいことがあるんです!」