逃亡生活において必要なものはそれほど多くない。普通の生活を維持したままならば衣食住を考えるものだが、常に逃げ続けるのならば『足』と『金』さえあればいいのだ。
だが着の身着のままで外に出た3人にはその『さえ』すらなく、まずはその辺りの調達から始めなければならない。
 
 初めに聖司がしたことは今まで乗っていたトラックを捨てることだった。しかしただ捨てただけでは芸が無いので、鍵をつけてドアを開けたまま路上に放置という形にして、適当なところに身を隠すことにした。
 
 そうなると当然群がってくる者がいる。窃盗目的のギャングスター達である。

「小銭稼ぎによくやったんだ、コレ」
 
 集まっていざ発進しようという時から五分ほどで、7人ほど集まった白黒様々な若者達は仲良くうめき声を上げて地面に倒れていた。
自分より小さい日本人と少女2人だけ。これで喧嘩を売ってくるのだから粋がっている若者が買わないわけが無く、結果として所有物の全て剥ぎ取られることになる。
 
 サイフにナイフと回収していくウチ、1人の青年から見慣れた物を手に入れることができた。銃社会ならではの恩恵である。

「え〜っと、コルトガバメントかな………コピー品の」
「これだから銃社会って奴は……」
 
 聖司には見えないが拳銃にはしっかり銃の名前が書いてある。100年も前の銃だと聞かされて渋い顔をするものの、現在でも十分使えると教えられてホッとした様子だった。
 
「いつもこんなことやってたんですか?」
 
 こういうことをしていたのは刑務所に入る前の車の中で聞いていたため、シェリーがそれほど驚くことはなかった。だが異様に手際がいい所に疑問をもち、あえて質問をしてみたのだ。

「………どこ行っても、同じことをすりゃ同じことしてくれる奴が居たから」
 
 悪事にその土地特有と言うものは無い。車があれば乗って逃げ、財布が落ちていればポケットに仕舞い、金が無ければ脅して奪う。違うのは人種と得物ぐらいでしかなく、一年も放浪した聖司は様々な人と出会い、その度に同じものを見てきたのだろう。
 
「善人と悪人、考えることはそれぞれ一緒なんだよ」
 
 人が考えていることを覗き見れる人間が出した結論は、人として大切なものを抜き取った寂しいものだった。

 こうして小銭と護身に使えそうなものを手に入れたものの、長く逃げ続けるにはまだまだ足りない。ナイフは倒れている人数分だけ得られたが、銃は一つで小銭は40ドルにも届かない。
 
「しょっぺぇ……マジしょっぺぇコイツ等」
 
 何気にクレアから多めのお小遣いをもらっていたシェリーも同様の感想を持った。アメリカでは奪った金額が少ないという理由で強盗から殺人へ至るケースもあり、極端な例ではあるがシェリーと聖司はなんとなくその気持ちが身に沁みた。
 
 「これじゃトラックのガソリン代にもならない……」
 
 また別の場所で同じ事をするのか……と、シェリーはうんざりする。覚悟を決めてはいるものの、彼女の根の部分が悪事を良しとしないためその程度のことで溜息が出る。

「違うな」
「え?」
 
 何か別の………もっといい方法でもあるのだろうか?―――――そう期待して聞き返したシェリーに聖司はきっぱりと言った。
 
「もっと悪いことするんだよ」
 
 Oh my god―――――顔を手で覆って呟いた一言は、おそらく神への冒涜なのかもしれないが、シェリーにはどうでもいいことだった。









 その夜、町中の灯りが少なくなって久しい時間に、3人の人影が小さな家電量販店のシャッター前に立っていた。
 
「ハードディスクしか無いから本体が要るよな〜?」
「………はい」
「生活必需品とかも欲しいよな〜?」
「……………はい」
「お金ももちろん?」
「…………………欲しいです」
 
 聖司が一つ聞くたびにシェリーの返事が小さくなっていく。

「いらっしゃいませ強盗ですってな」
 
 無理矢理押し上げられたシャッターは金切り音を奏でながら、本来の役割まったく果たさずスクラップになった。その奥にあるガラス付きのドアもわざわざ割って入るという上品な方法ではなく、力任せにこじ開けられ暴漢の侵入を許してしまう。
 
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
 
 頭でわかっていても実際に目の当たりにして凄まじい罪悪感がシェリーの心に絡みついた。なにもこんなギャグみたいな方法でやらなくても―――――と悪態をつきたくても、まともな収入がない者が家電製品という高級品を手に入れる方法などなく、やりたいことがあると言ってソレに協力してもらっている手前、文句など言えるはずも無かった。

 そしてなんだかんだ言ってシェリーも状況を楽しんでいるのか、予め昼間に偵察した店内を外から漏れ入る光を頼りにスィスィと歩きまわして、今後必要になりそうなものを適当に収集していく。
 
 別のところで、セイジは入り口付近にあるレジで目当ての物があるか相方に物色させていた。ガサガサと乱暴に漁っていた音が止むと、やはり聞き慣れた小さい音が暗い店内に大きく響いた。
 
「銃社会の恩恵その2、護身用のショットガン」
 
 映画などでよく目にする展開だが、アメリカではこれが普通の状態だった。銃に対抗するために銃を持つという矛盾した社会は、聖司達にとってどこにでも武器庫があるのとほとんど変わらない。
 唯一の難点は弾の補充ができないことだが、同じことを繰り返せばその必要もなくなるだろう。
 
「シェリー、そろそろ行くぞ!」
「はい、もう大丈夫です!」
 
 シェリーは店に置いてあったバッグ一杯に戦利品を詰め込んて店内の奥から戻ってきた。ズボンや上着のポケットも小物で一杯で、強盗に否定的だった割りにちゃっかりしたものである。
 
「(万引きする人の気持ちがちょっとわかっちゃった)」
 
 そして変なことに目覚めつつあった。










「へっへっへ、チョロイもんだぜ」
「そういうこと言ってると正義のヒーローが来ますよ」
 
 持ち前の体力で大荷物を抱えたまま走り続け、現場からかなり離れた所で戦利品の確認をしている。オレンジ色の街灯はあまり目に慣れていないが、文字と商品を確認するには十分だった。
 やはりと言うべきか、ロクな光源もないまま大急ぎでかき集めたために取り違えや足りない物がいくつかあった。シェリーもそこは覚悟していたらしく、軽く溜息を吐くだけで心の整理を終わらせる。

「まぁお金があるんなら普通に買えばいいし。それで、いくらぐらいあったんですか?」
「え?無いよ?」
 
 ん?―――――とシェリーは一瞬理解できなかった。だが自分が主語を抜かしていたのが原因だから齟齬が出たのだと思い直し、改めて聞き返してみる。
 
「2人ともレジに居たんでしょ?ならお金を取ったんじゃないんですか?」
「いやレジに金はないだろ、一応確認したけど」

 ん?―――――とシェリーはまたも理解できなかった。紙幣や貨幣を使わずに買い物をする方法は現代社会にゴマンとあるが、出来ない人やしたくない人のためにレジスターというものがあるのだ。ならばそこにお金が常備してあって当然ではないか。
 聖司はシェリーが口を開いて聞く前に、彼女の意図を読み取って答えを出した。
 
「売り上げの両替とかあるんだから、金庫とか事務所に持って帰るだろ普通」
 
 金銭のやり取りをする仕事を経験した者にはわかることだが、店内に金銭を残したままシャッターを下ろす店はあまり無い。理由があったり頑丈な入れ物があればズボラな店主がしそうなことではあるが、大事な金銭をそこまでぞんざいに扱う人は多くない。
 聖司は知っていて強盗をした………つまり今回の強盗はシェリーのために行われたのだ。護身用のショットガンもあくまでおまけにすぎない。
 
「でもそれじゃお金が………」
「ちゃんと考えてるよ」
 
 悪いことだけど―――――駄目押しに付け加えたその一言で、シェリーは次に何をするのかおおよそ検討がついた。
 
「とりあえずあそこのATMに行こうZE」
「こんな遠くまで逃げたのはアレが理由ですか……」
 
 今日で何度溜息を吐いただろうか。シェリーは今までの人生が普通ではないと胸を張って言えるが、これからの生活に比べれば恵まれていた方なのだと改めて実感した。












 様々なことをしでかした結果は実に上々で、ATMから拝借した金銭が大いに役に立ち、町を出る頃には3人の逃亡生活を支えるに足るものとなった。
 都合よく『落ちていた』タクシーを拾って、現在東南へ向かって走らせている。
 
「路地裏で立ちションなんかしてるからこういうことになんだよ」
 
当然運転しているのは聖司――――――の横から触手でハンドルとペダルを操作しているエルだ。どうせ警察も居ない荒野の一本道だからとアクセルを全開にして星と月しか見えない闇夜を突っ切って行く。
 
「これで要る物は大体揃ったんだよな?」
「えぇ、大体。代りに大事なものがなくなっちゃいましたけど………」
「もっと大事なモノを確かめに行くんだろ?こんなところでクヨクヨすんなよ」

 こういう映画があったような―――――大抵バッドエンドで終わるありふれた題材のメディアを思い浮かべ、シェリーは盛大な沈痛に眉間を寄せた。先はどこまでも暗いのに……しかし、聖司はやはりなんでも無い様に笑う。
 
「さぁ、お客さんはどちらまで?海の底まで付き合っちゃるぞ」
 
 乗っている車がタクシーならではの軽口は彼なりの気遣いの表れだった。それなりに無理をしているのは同じだろうに、自分の我侭に付き合ってくれていることをまざまざと痛感する。
 
「このまま東南へ行けばオクラホマ州ですけど、念のためにテキサス州に行きましょうか」

 シェリーは未だコロラド州から出ないのにいくつもの州を跨ぐ大移動を提示した。直線で結んでも結構な距離であり、様々な足止めを食らうことになるのは必須の旅ではかなり長い道になるだろう。
 
「目的の物はどうするんだ?」
「最新設備じゃないと……ってわけでもないんで、ちょっと大きな病院なら多分どこでもあると思います」
「時代が進むと便利だな」
 
 あらゆる面で不便を被る旅になるかもしれないが、監禁や逃亡生活を経験している2人の切り替えは早い。手札だけで勝負をしなければならないのはSTARSに居た頃から変わらないのだ。