空気の震動が徐々に大きくなり、今はもうはっきりと悪魔の兵器がその全貌をさらしている。
大きい。TNTにして何トンの威力を持っているのだろうか。
「さぁて…………つってもそんなにきばることじゃねぇんだけど」
誰も聞いていない独り言も、爆音の所為で草木にすら聞こえなかっただろう。
仲間の情報により、着弾地点にピンポイントで待機している青年のわずか10km先に巨大なミサイルが迫って来た。
亜音速に近い速度で迫るそれは、10kmというわずかな距離を一瞬にして縮め、
「!!!!!」
青年の目の前で止まった。
次世代モデル学園都市
「あ〜あ、まさかこんなオチになるたぁな〜」
空に白い雲を残し、巨大な円柱状のモノが今目の前にある。
一人の青年はそれを見つめつづけた。
「ヒソカは再起不能、クラピカは試験を不合格」
ブツブツ呟いて、どうやらこの一年近くに起きたことを思い返しているようだ。
「闘技場とクジラ島のイベントは素通り。ヨークシンじゃウヴォーも助けた」
少しずつ、ほんの少しずつミサイルが地面に近づく。
「グリードアイランドはゴンに助言して原作より早く父親に会わせたし、虫キングのために役に立ちそうなカードも手に入れた」
彼が居る場所はキメラアントと呼ばれるアリの一種が異常繁殖・進化をして、人間の頭脳を持った化け物達が作った城。
すでに瓦礫の山と化しており、彼の周囲には兵隊アリの死骸が散乱している。
「結局倒しちまったのは王女様だったけど……。それでこのオチか………」
青年はついさっきまで起きていた大イベント思い返した。
保育園から大学まであるマンモス学校
女王アリは新しい王を生み、死んだ。主を失った兵隊アリは各地で暴れまわり、また新たな王は自分の王国を作るため旅立った。
このままでは人類は終る。
そうはさせぬとハンター協会会長のネテロは立ち上がった。
世界に依頼され、ゾルディック家が雇われた。
シナリオを変える為、青年とその仲間は幻影旅団と共に乗り込んだ。
しかし最悪の王を倒したのは彼等ではなく、たった一人の少女。
正確には女王アリが遺したもう一人の王。新たな王に栄養をほとんど取られ満足に成長できなかった胎児が、わずかな時間で成長し、王を討ったのだ。
その瞬間世界は救われた。
しかし、その王女が新たな悲劇になると考えた世界は、なにもかも帳消しにしようと画策した。
そしてその世界は魔法が存在した。ただし、表には決して出てこない夢物語のような存在
核による一斉除掃。
城は虫との最終決戦場。当然彼等はそこに集まっていた。
王女に従い、人を襲わないと約束したキメラアントもいた。
戦いは丸一日もかかった。王の兵隊と王を警護する親衛隊。
皆、傷だらけになりながらも戦った。
誰かの片腕が欠けた。誰かの片足が欠けた。誰かの命が消えた。
様々な犠牲により、王女は王を討った。
戦いはそれで終了。兵隊アリの一部は抵抗して始末され、残りは親衛隊のように新たな王に従った。
監視衛生でその旨を知った世界は、現地にいたスパイの報告と共に、核を放った。
効果範囲半径500キロメートルという冗談にしか聞こえない威力のミサイルが15分後に降ってくる。
「冗談じゃねぇ!畜生、あいつ等ぶっ殺してやる!」
強化系に富んだ筋肉質の男が叫ぶ。
「生き残れたらね。いくらあんたでも無理でしょ」
念を糸に変える女が、もう諦めたような口調で言う。現実的なのか、今から逃げようとは考えないらしい。
なにせ一秒間に300メートルほど走れなければ逃げ切れないのだ。
「ノブナガ、カタナで切れないか?」
「団長、俺をどこかの泥棒一味と間違えてねーか?」
「放出系の連中集めて迎撃はどうだ?」
「亜音速で迫ってくるミサイルを落とせるか!」
あーだこーだと案が出されるが全て却下。
このままでは核が落ちる。
「………俺なら…時間稼ぎぐらいならできる」
そのときだった。青年が名乗り出たのは。
その一声で皆が青年の念能力を思い出した。
しかしそこは魔法だけではない。気と呼ばれる力で超人になる存在もいた
「一人だけ残すなんて出来ません!これは私たちの問題だったんです。なのに!」
人の姿形だが、どこか人外の部位を体に持つ少女が叫んだ。
少女は部下である兵隊アリと青年の仲間に育てられた。生まれたときから一緒にいる友達が一人だけ残るということに、王女は耐えられなかった。
しかし、現実は彼女の願いを聞き入れない。
他のキメラアントを導かねばならない彼女は、半ば強引にその場から遠ざけられた。
核の威力が届かない安全な場所へ。
彼と面識の無い者はさっさとその場から離れ、逆に面識のある者は一声一言ずつ交わして逃げていく。
「じゃあな」
と命を助けられた筋肉質の男は去る。
「おまえなんか死ねばいいネ」
と、初めて会ったときのいざこざの所為で最後まで仲が悪かった小さい男が去る。
それから続々と続き、最後に残ったのは青年と最も関係深い者だった。
「まさかこんなことになるなんてね」
クロロ・ルシルフル。彼は心底申し訳なさそうな顔をした。
「いいさ、これも修正力ってやつだ。このままシナリオが進んで、また始めに戻ったらまた会うことになるんだし」
「うまくいっても、もしかしたらテメェだけ残されるかもしれねぇんだぜ?」
もう一人残っていた、茶髪の青年が言う。
「全部うまくいくかもしれねぇ、いかないかもしれねぇ。言っても無駄だろそういうことは。俺たちはやることをやったんだ。あとは結果だけ待つしかねぇんだよ」
「………そうだな」
「王女さんと幸せにな」
「上手くいったらな」
2人は軽く拳を叩き合わせ、茶髪の青年はその場を去った。
「じゃあ僕も行くよ。再会を願ったほうがいいのか、願わないほうがいいのか微妙だけど」
「向こうに帰れたら会えばいい。どこに住んでんだよ」
「和歌山の××××の×××‐×××××にいるよ。ネットじゃ××××でよく××××って名前で書き込みしてるから、ググれば見つかると思うよ」
「その顔でオタッキーなこと言われるとすんげー違和感が……」
「それが憑依系の面白いところ。ロイソンは?」
「あぁ俺が前に聞いといた。もし向こうに帰ってたら連絡するよ」
「彼は王女さんと上手く行って欲しいから帰らなくてもいいんだけど。……それじゃあ行くよ」
「もし帰れなくてここに留まったら旅団の皆によろしくな」
「あはは、しばらくは君の敵討ちってことで暴れまわるさ」
そう言ってクロロ・ルシルフルに憑依した青年は去った。
「どういうことよ……」
最後の一人、長い金髪の少女が低い声でそう言った。明らかに怒っている。
「こんなことになるとか、修正力とか、向こうに帰るとか、一体どういうことよ!」
少女は青年の胸倉を掴んだ。慎重差があるため持ち上げるのではなく引き寄せる形になったが。
「答えなさいよ、レンジ!!」
魔法使いが居る。悪魔が居る。鬼が居る。吸血鬼が居る。幽霊が居る。ガイノイドが居る。
「俺達………俺とロイソンとクロロはこの世界の人間じゃない」
「大事なことしなきゃならないのにもう狂った?時間が無いんだからしっかりしなさいよ!」
「ロイソンはこの世界を3年、クロロは2年、俺はお前等と会うほんの数日前だ」
「だから、そんな作り話に」
「俺がこの世界の文字を読めない理由。何の接点も無い幻影旅団の団長と親しい理由。さっきの会話が全部お前騙すための芝居とでもいうのかよ」
「………」
「なんでか知らねぇが、俺達は別の世界からここに来た。理由は言えねぇが未来で起こることも知ってた。だからハンター試験のとき、ゴン達を落とそうとしたし、ウヴォーをクラピカから救い出したんだ」
「なんでそんなこと……」
「一年を皮切りに最初まで戻るんだよ。あのステーキ定食の試験までな。詳しいことはロイソンかクロロに聞け」
レンジと呼ばれた青年は胸倉から少女の手を外し、そっと少女の肩に手を置いた。
「俺達は元の世界に帰るためにここまでやってきた。そして、これがこの世界の最後の抵抗だ。核で何もかも無かったことにして、また始めからやり直す。これを乗り越えれば何かしら活路が見つかるはずなんだ」
「………どっちみち………レンジ達の思惑がうまく行っても行かなくても」
「お前達とは別れることになるな」
それを聞いた少女は即座に拳を握り締め、レンジの頬を強く殴った。
レンジは少しよろけたが、また胸倉を掴まれ引き寄せられた。
「勝手に…勝手に……!」
俯いて、歯を剥き出しにして、震えている少女から、小さな雫が落ちる。
しばらく、2人はそのまま止まっていた。
しかし無粋なことに、白昼の空に光る一つの点がタイムリミットを告げた。
それを確認したレンジは少女の肩にもう一度手を置き、
「もし歪な意味で上手くいけばロイソンとクロロはここに残る。それで我慢してくれ」
少女はなにも応えない。
「……エドと仲良くな」
それを聞いた少女は歯を食いしばり、振りほどくようにレンジから手を離し、去った。
そして青年は空を見上げる。
そして彼等は行く
巨大な質量が亜音速で動けば当然衝撃波が発生する。事実、止まったミサイルとレンジの周りは衝撃波で散乱した死骸が吹き飛んで綺麗な更地になった。
しかしレンジはその影響を受けていない。それが彼の念能力。
ミサイルと地面との距離は約10メートル。1cm進むのに1分掛かるこの能力では地面に着くまで16時間掛かる。
NGLから脱出するには充分な時間だろう。
その間レンジはずっとこの場に居なければならない。そして逃げられない。
更に、能力を維持しつづけるのもそれなりに気を使う。レンジには16時間も張りつづけるなどできはしない。
粘ってその半分がいいところだろう。
走馬灯を見るには長すぎる時間だった。
しかし、その終わりは近い。念の使いすぎでオーラの残量が残り少なくなってきたのだ。
能力の効果の幅を縮め、それでもミサイルが範囲から離れないように気を配る。
もう7時間も経つ。
「ほんと……なんでこうなったんだか……」
「自業自得でしょ」
極限状態が続いたからか、これは幻覚だ、幻聴だ。
それは三時間も前から続いていた。
「この、馬鹿ガキが……」
「あ、あー。聞こえない」
だからここまで頑張れたのかもしれない。
「なんで残ってんだよ……『エナ』」
「さぁ……最後の嫌がらせかな……」
「聞こえてんじゃねーか」
「あ、あー。聞こえない」
三時間前、逃げたと思ったエナが戻ってきた。もちろんレンジは是が非でも逃がしたいと思っているのに、当の本人は都合の悪いことにだけ、
「あ、あー。聞こえない」
と言って耳を抑えてやり過ごす。
力で分からせようとしてもレンジはその場から離れられないためそれすらできない。
そのままダラダラと三時間。レンジはとっくに限界を超えていた。
「もういいよ、レンジ」
「知るか」
汗だくで目は虚ろ、息も荒い。ミサイルは後数センチで地面に着く。
「今更逃げられないんだし、ほら、死ぬ瞬間は2人きりラブロマンス」
「お前と俺の間にラブとロマンスがあったかよ」
「そうねぇ、少し前ならライクだったんだけど……」
そう言ってエナはレンジの能力に触れないように隣に座る。
「もう会えないって思うとさ、なんか勿体無くなって」
「なんじゃそら…」
「無くして初めて分かる大切なものってこと。察してよ」
呆れて溜息を吐く。
「あんだけ毎日のようにいびられて、しかも14歳のお前に惚れろとでも言うんかい」
「昔のことは忘れましょ。それに、あと2年もすればいい女になってあげるから」
「2年なぁ」
「そ、2年」
「期待せずに待っておくよ」
「期待しなさいよね」
エナはレンジの腕を取ろうとした。しかしレンジ念能力によりエナは止まってしまった。
「一緒に死んでくれる……か。そんなもん望んでなかったよ…俺は」
もう未来は無い。期待が出来様も無い。
あの世があると言うのなら、そこで期待しろとでもいうのだろうか。
レンジはエナに触れて能力の効果を解除した。
そして腕に抱きついてきたエナに体を預ける。
「もし……未来があるのなら……」
「うん……」
「少しだけ……期待してみようか」
「それでいい」
やさしく、エナは小さく呟いた。
「おやすみ…」
「うん……」
レンジは限界が来たのか、ゆっくり瞼を閉じた。次第にレンジのオーラが消えていく。
「次に起きたときには、必ず私がいるから……」
それが誓約だから。
エナがそう呟いたとき、レンジのオーラは完全に消え、二人は濁流たる光に覆い尽くされた。
次の瞬間、気づいたときには、何故か一糸纏わぬエナとレンジの姿があった。
「なんでよ!」
ネギま×HUNTER!第1話『パーティから外れるとき装備を全て脱いでいく』
さきに気づいたのはエナだった。レンジはおそらく念の使いすぎでバテているだけだろう。
ミサイルが爆発する前は、2人は瓦礫と死骸の山にいた。しかし今は草木が生い茂る森の中。
「状況整理なんてしてる場合じゃないわ。とにかく着る物を……」
レンジをその場に置き去りにして、エナは着る物を探して夜の森を彷徨い歩いていた。
幸いというのだろうか、川を見つけたエナはそのまま河口を目指して走った。
そうすれば少なくとも人里は見つけられる。
金すら持っていないので勝手に拝借するか、譲って(強盗)もらうしかないが、この際些細な犯罪は無視するつもりらしい。
人間切羽詰ったらなんでもできるものである。
そして彼女は見つけた。
少し寂れたところにある小さなログハウスを。
これ幸いと、エナは円を使って家の中を調べる。せいぜい4・5メートル程度の大きさだが、簡単に調べる程度なら十分だった。
どうやら人はいないらしい。
「盗らせてもらいま〜す」
もうお邪魔がどうのという問題ではない。
しかも慣れているのか、窓に使われている金具を外し易々とトイレから侵入した。
ちなみに彼女はボルトを素手で回すという怪力を見せたのだが、タネはすでにわかるだろう。
『堅』もしくは『硬』を使って体を増強したのだ。
キメラアントとの最終決戦に参加しただけあってその辺りは並以上の力量があるらしい。
そうこうしているうちに、エナはさっさとトイレから出て目的のものを探す。
ずばり服と金である。
レンジのために食べ物も持っていきたいところだが、とりあえずこの2つが最優先というところだろうか。
エナは服を求めてトイレから一番近くにあった部屋に入る。
しかし、そこには多種大量の人形が鎮座しているだけだった。
「あら、ここの人なら趣味が合いそう」
エナは人形マニアだった。
しかし今欲しいのは人形ではない。
部屋にクローゼットが無いと知るや、エナはさっさと部屋から出て行った。
「………オホ♪」
かすかに聞こえた、そのセリフを聞き逃して。
暗闇は全てを塗りつぶし、包み込む。故に闇の眷属はおぞましい姿をしている。闇が全てを隠してくれるから。
しかし一度空を仰げば、わずかな光がいらぬ世話を焼いておぞましい輪郭を映す。
その闇を纏うおぞましい者が一人。
桜が舞う一本道にて人に害を成す。
その名は
「うむ、中学校は青い果実の宝庫だな」
「マスター、その科白は危険なのでおやめください」
エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルという。
夜に黒いマントを羽織ってメイドの格好をした従者を連れているが、
決して変態ではない。
これが彼女の普通なのだ。
今しがた食事を終えてご満悦のエヴァは月見散歩としゃれ込んでいる。
「いい月だ」
「今日は十日夜なので形としては中途半端なものではないでしょうか?」
エヴァンジェリンの従者で中が機械の『絡繰茶々丸』は機械的な抑揚の無い声で言う。
機械なだけあって情緒も減ったくれもないようだ。
エヴァそれを無視する。毎度のことでいちいち構ってられないのだ。
「こんな日はなにかある………」
『いいこと』と言わないのは、それだけ何度もいい月を見てその分だけ何かが起きたから。
いいことも悪いことも。
「……?。マスター、姉さんから連絡が来ました」
「暇だとぬかしたらテルテルボウズの刑にしてやると言え」
「いえ、どうやらハウスに侵入者が出たようです」
それを聞いた途端、さっきまで満悦していたエヴァの顔が一変した。
「詳しく話せ」
昔のことだが600万$の賞金首であり、魔法使いであるエヴァを狙う者は多い。最近は沈静していたが、どこかで漏れた情報を拾った者が奇襲に来たのではないか。
しかし、
「外見年齢14・15程度の女性、私と同じくらい長い金髪で、人形部屋に入った途端趣味が合いそうと呟いたそうです。なにか探し物をしていたとか」
「ほう?」
年齢から見てこの学校の者だろうか。そう考えたが、家の戸締りは茶々丸が徹底しているので偶然入ったとは考えられない。やはり何か目的があってのことだろう。
趣味が合いそう、ということは同じ人形使いだろうか。
そこまで考えて、茶々丸が最後に受信した内容を読んだ。
「尚侵入者は一糸纏わぬ全裸だったそうです」
「ほ………ん?」
全裸?クロスアウ?キャストオフ?
「………その場で脱いだのか?」
「部屋に入ったときから全裸だったそうです」
「なんだ唯の変態か」
おそらくこの女にだけは言われたくない言葉なのかもしれない。
「しかし変態とはいえこの闇の福音の住処に侵入したのだ。相応の償いはしてもらおうじゃないか」
とにかく、暇つぶしが出来たと思うことにしたらしい。
エヴァ達は颯爽とログハウスに向った。
そのころエナは、一度エヴァンジェリンの寝室で服を見つけたのだが、サイズが合わずに断念し、もう一つの部屋でサイズは合う服を見つけ、試着している最中だった。
いつ家の者が帰ってくるかもわからないのに余裕である。
「なんでメイドっぽい服しかないのかしら」
調べども出てくるのはメイド服と上下セットの服だけで、カジュアルなものは一切なかった。
ついでに男物も無いので、レンジの分は毛布で代用することにした。
エナはメイド服と上下セットの服(一般的には学生服という)を拝借して、次の獲物を探した。
部屋の隅に置いてあったバックの中から財布を見つけ、さっそく中を拝見。
そこには見慣れた札束が入っていた。
「ジェニー?ってことはレンジの世界じゃないんだ……」
福沢諭吉がかかれている紙幣を十枚ほど取り、一枚一枚丁寧に確認していく。
どれもヨークシンで見た物と変わらない。
「レンジの言う通りだったら、始めに戻ったとかそんな感じかしら。………まぁいいか」
目的のものは全て手に入れた。もうここに用はない。
「あとは冷蔵庫でも覗い―――」
「それだけでいいのか?」
突然かけられた幼い声に、エナは即座に臨戦体勢を取る。
暗くてよく見えないが、小さい女の子と自分と同年齢ぐらいの女性が部屋の入口に立っていた。
雰囲気から推測してこの家の者だというのが見て取れる。
「えぇっと…この家の人?」
「あぁそうだ。食事から帰ってきたんだが、まさか盗人がいるとは」
エナは自分の失態に呆れた。円を張っていれば彼女達が帰ってきたのにも気づけただろうに。
「空き巣したのは悪いと思ってるわ。でも今はちょっとだけ急いでるの。服もお金も返しに来るから、見逃してくれない?」
我れながら馬鹿らしいと思う。こんな盗人の言うこと真に受ける人間が居るわけが無い。
しかし、
「服と金だけでいいのか?」
幼い声の者が妙なことを言いだした。
「この闇の福音『エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル』の首は持っていかないのか?」
それを聞いてエナはいぶかしんだ。
なにか演技ぶった言い方をしているが、物腰はかなり落ち着いている。泥棒を前にしているのに随分と余裕がある。
エナは『凝』でエヴァという少女と後ろに控えている女性を見た。
すると、エヴァンジェリンは本来一般人であれば垂れ流し状態であるオーラが綺麗に体の周りを漂っている。
それは『纏』。
女性のほうは逆にオーラが少しも表に出ていない。こちらも一般人ではない
それは『絶』。
「(同業………賞金首?!)」
エナは即座に『練』を展開する。念能力者同士が戦うときに使う基本技術の一つである。
「(咸卦法?いや、魔力は無いな。気だけならただの硬気功程度か)」
程度というが、魔法が満足に使えないエヴァでは充分脅威になりうる相手である。
「茶々丸、生かして捉えろ。多少痛めつけてな」
「………はい」
即答しない従者に呆れつつ、エヴァはことの成り行きを見守ることにした。
いい暇つぶしになりそうだ。
その考えは数秒後に覆されることになる。
「失礼します」
一言断って、茶々丸はエナに飛び掛った。
「(絶のままでこの動き!?)」
何かしらの念能力か、それともレベルの高い能力者なのか。
どれに当てはまるか分からない以上、さっさと逃げるが上策。
そう考えたエナは茶々丸の回し蹴りをバック転で避け、黄色い弾を掌に出現させた。
茶々丸は一瞬躊躇したものの、それを使われる前に決着をつけようとしてもう一度跳んだ。
「はいっと!」
エナは弾を茶々丸とエヴァの間に投げる。
そして次の瞬間
パン!「ぶわ!!」
「!?」
風船が割れる音に似た破裂音のあと、中から飛び出した黄色い粘着質の液体が茶々丸の背中、エヴァの体に張り付く。
それはまるでトリモチのようにネバネバして、2人は体の自由を奪われた。
「な、なんだこれは!」
「あ〜大丈夫よ。無害だし30分もすれば消えるから」
パンパンと服をはたくエナ。
30分。その長い時間で彼女は何ができる?
30分もあれば何度首を掻き切れる?
磔にして心臓に銀の杭を打たれる?
最悪の事態を考えてしまい、エヴァの顔に絶望の色がにじみ出た。
まさか気しか使えないと思った者が、見たことの無い効果の魔法を無詠唱で行うとは思えなかったのだ。
2人が何も抵抗できないと察したエナは練と凝は解かずに緊張だけをほぐした。
「さてと」
ビクっとエヴァの肩が強張る。
「じゃあ冷蔵庫の中貰ってくね。あ、でも落ち着いたらちゃんと全部返しに来るから」
そう言って服と毛布が入ったカバンを担いで、エヴァンジェリンの横を素通りする。
「え?」
エヴァは信じられなかった。服とか毛布とか、そんなものがいくらでも買える賞金が目の前にあるというのに。
「見逃すと言うのか!」
「どっちかってーと私が見逃してもらう立場なんだけど、まぁそういうことね」
「何故だ!私の賞金さえあれば何不自由なく暮らせるんだぞ!」
「あ、やっぱり賞金首だったんだ」
「貴様……まさか本当に何も知らずに、ただ服と金だけが目的で」
「最初に言ったじゃん」
暗い廊下に消えていく金髪の女性を睨むエヴァ。命が助かったというのに、どこか納得がいかないらしい。
「待て!貴様の名は!」
30分も縛られれば、彼女を追うのは不可能だろう。だからせめて手がかりだけでも。
「エナ・アスロード」
完全に姿が消え、声だけがエヴァに届いた。
「私はエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルだ!覚えていろ!」
学園に縛られている以上2度と会えない可能性の方が高い。それでもエヴァは言わずにいられなかった。
「この屈辱、次に会ったとき晴らさせてもらう!」
その叫びを聞いたエナは、もう2度とここには来まいと心に誓った。
しかし二人の誓いは果たされることはない。
冷蔵庫から調理しなくても食べられそうなものを拝借し、エナはすぐレンジがいる森へ戻った。
幸いなにもなかったようで、念で作った簡単な洞窟の中で眠りつづけている。
今日は本当にいろんなことがあった。
虫キングと決戦。核ミサイルで妙な場所に。そして素っ裸。
「あぁふ……」
大きな欠伸がでる。決戦の疲れがまだ残っているからだろうか。
今日はもう休もう。
幸い毛布はある。
たった一つしかない、けれどとても暖かい毛布が。
「お休み」
今日2度目の「おやすみ」を言って、エナは瞼を閉じた。
明日はレンジの服を買いに行こう。
素肌をさらす隣人のために。
次の日。
午後二時。昼休みも終って閑散とする学園内にエナはいた。
「は〜、広い所ね〜」
服屋とスーパーを探して数時間、未だにコンビニのコの字すら見つけられない現状に嘆息する。
しかしそれには理由があった。看板から標識にいたるまでエナには読めない文字で溢れていたからだ。
エナのいた世界では母国語のほかに世界共用語であるハンター文字があったため、その辺りの心配は無かったのだが、ここにはそれが無い。
ジェニーはあるのに何故。言葉は通じるのに何故。
そこまで考えてエナはふと思う。
『違う世界から来たと言っていたレンジと言葉が通じているのは何故か』
それがヒントになった。
「…………誰?」
だが答えを出す前に無粋な者が一人、エナの前に現れる。
腕章を着けているが、生憎エナには読めない。
「見ての通り『広域指導員』だよ。君はここの学生だね?昼休みはとっくに終ってるよ」
学生、ということは近くに学校があるということだろうか。そういえばビルとは違った妙な建物があったのを覚えている。
「あ、私は学生じゃないですよ」
「でもその服はうちの中学の制服じゃないかい?」
「これ、借り物なんです。ちょっと事故にあって服がなかったから借りたんです」
それで今は服屋を探している、と伝える。
嘘ではないが、『空き巣』や『無理矢理』という単語が抜けている。
「この平日に制服を貸す子なんていないよ」
「いえ、2着あるからって」
「制服は夏冬合わせて一着ずつ。まだ寒いのに夏服を着て登校してきた生徒は今のところいない」
「…………」
「ついでに、今日は滅多に休まない子が休んでてね。なんでも空き巣に入られて私服と制服がなくなったとか」
「バレてーら」
実にあっけない展開だ。
おそらく向こうは昨日の事を知ってて話し掛けてきたのだろう。
「あ〜、借りてるってのは本当ですよ。落ち着いたら返すつもりなんで」
「そうらしいね。それじゃあ一緒に来てもらえるかな?責任者のところで事情を聞きたい」
広域指導員と名乗った男はおもむろにタバコを咥え、ポケットに手を入れる。
「………。なるほど、それが貴方の戦闘体勢ってことね」
凝をしていたエナの目にははっきり見えている。幻影旅団並とはいかないが、充実したオーラが漂っている様子が。
「悪いけど、人を待たせてるの。用事が済んだらさっさとここから出て行くから見逃してくれない?」
そういえば昨日も同じこと言った気がする。だとすると相手の返答は
「悪いけどそれはできない」
当然こうなる。
溜息一つ。エナは凝と堅を展開した。
「聞いておくけど、用事ってなんなんだい?」
「服買って御飯買って人を迎えに行く」
「それだけじゃないんだろ?」
「それだけよ」
そこで問答は終った。