「見てたんですか?」
「途中からじゃよ。見られて困るモノじゃなかろう?」
「困りますよ。対策を取られるかもしれないんですから。まぁあなたは上司ですから部下の実力ぐらい知っておかなきゃならないでしょうけど」
「分かってもらえてなによりじゃ。さて……エヴァよ」
近右衛門はレンジとの話を終らせエヴァの方に向き直る。
「桜通りでのことは、彼のお灸で無かったことにしておく。今後はおとなしくするがよい」
「ジ、ジジィ……」
口調は重い。だが、
「なにがおかしい!!」
学園長の顔は笑っていた。
「全部じゃ。お主がそんな醜態をさらすなどサウザンドマスターに呪いをかけられた頃以来じゃからのぉ」
の〜ふぉふぉふぉ、と小ばかにした感じで嘲笑う。それがエヴァの堪忍袋を刺激する。
「た、助けて〜、誰か助けて〜ん♪」
「こ〜の〜ク〜ソ〜ジ〜ジィーーーーー!!!ックウゥゥゥ……」
「あぁマスター、まだ安静にしてないと」
近右衛門を殴ろうとしたエヴァだが、立ち上がった瞬間傷が響き、また座る。
横から茶々丸が冷却材をかけているがその程度では気休めにもなりそうにない。
「ぅぅぅ……。大体、そいつはなんなんだ!こんなデタラメな奴今まで聞いたこと無いぞ!」
「あ、それ俺も聞きたいんですけど。なんでこのちっちゃいのが学園長と知り合いなんですか?」
ちっちゃいの言うな!とエヴァが抗議するがレンジは軽く無視する。
「そうじゃのう……。ではお互いの親睦を兼ねて、これから茶でもどうじゃ?お主等の質問そのときでも遅くはなかろう」
もうこれ以上ないくらい深い溝ができているような気がするのだが、相手のことを知りたいと思った双方はしぶしぶ頷いた。
ネギま×HUNTER!第3話『嵩田レンジのチカラ』
時間も遅いと言うことで4人はエヴァのログハウスで話をすることにした。
何故か2階の寝室に茶室を設けているので、茶々丸のお茶を飲みながら話が始まる。
「う〜む、また腕を上げたのう茶々丸君」
「ありがとうございます」
「………(うん)」
「……(普通の茶の方がいいなこりゃ)」
なかなか味わえない茶に満足する2人だが、レンジは泡っぽい本格的な茶に心の中で舌を出していた。
「さて、では何から話したものかのう」
「まずはこいつのことからだ」
「我侭じゃのう。よいかねレンジ君?」
レンジは黙って頷いた。
「ごほん……。彼のことはどこまで知っておる?」
「データに書いてあること全部だ。名前と経歴程度だがな。私が知りたいのは、コイツが何者かということだ。あれだけの力を持って、何故今まで騒がれなかった?噂すら聞いたことが無いぞ」
「私の調べでは両親から親戚にいたるまで裏に関係する人物は居ませんでした。ですが一般人であの力はありえないのでは?」
あまり自発的に喋らない茶々丸も質問をしてくる。レンジに興味でも持ったのだろうか。
「何故と言われても、彼は正真正銘一般人じゃったよ。少なくとも4日前にここへ来るまでは」
「エナ・アスロードが来た日か。……ん?一体どこから来たんだ?結界は反応してないぞ」
「うむ、そのことなんじゃが……、怒らずに聞けよ?」
「内容によるとだけ言っておく」
「じゃあ言わん。絶対怒る内容じゃから」
「このクソジジィ……。わかった、怒らずに聞いてやる」
エヴァの言質を取り、学園長は安心してその一言を放った。
「彼はその4日前に漫画の世界から帰って来たのじゃよ」
「おっとすまんてがすべった」
そう言ってエヴァは茶釜にかけてある柄杓をわざわざ手にとって学園長にぶっかけた。
頭の面積が広いだけに熱さも尋常じゃないだろう
「ほわちゃーーーー!!!」
「カンフーの真似しなくていいからホントのことを言えジジィ」
「怒らんと言うたじゃろ!」
「怒ってない。呆れてるだけだ」
その割りにはなぜか意地の悪そうな微笑みなのだが。
「誓って事実じゃよ。彼は元々この世界にいたんじゃが、何かの切欠で漫画の世界に飛ばされたんじゃ」
「お前はそんな話を信じたのか?」
「証拠は彼の力じゃよ。気を発展させたものに近いが使い方がまるで違うんじゃ」
「で、その漫画というのは?」
「ほれ」
学園長は懐から『フンテー×フンテー』(ローマ字読みしてみた)と書かれた漫画を取り出した。どうやら最初からこういう成り行きにするつもりだったのだろう。
横から茶々丸が覗きながらエヴァはそれをパラパラと読み始める。
「気は念として扱われ、生まれつき6つの系統に分けられる。念を体に纏い、練り、発する。この一連の動作で個人個人違う能力を身に付けるわけだ」
読み終わるのを待っているのも何なので、レンジは簡単な捕捉する。
「やはり主人公は才能という2文字を駆使してとんとん拍子に強くなるというわけか」
「気の概念は実際(この世界)とあまり変わらないように思えます。ですが特殊能力というのはこの戯画独特のもののようです」
エヴァの論点は少しずれているが気にしないでおこう。
大方読み終えたエヴァは本を閉じて学園長に返した。
「なるほど、たしかに気でありながら魔法のような効果、それを無詠唱で放つ理由にはなるな」
「まだ疑っとるんかお主は。あれだけ痛い目を見たというのに」
「黙れジジィ」
「ほわちゃーーーー!!」
どうやらエヴァの中で、さっきの戦闘は堪忍袋に認定されたらしい。
「となるとさっきはこの『念』というものの能力で戦ったわけか」
「元々そういう世界だからな。ある程度実戦向けの能力と熟練度がねぇとすぐ殺されちまう」
教室でエナの話とあわせると、なるほど確かにハードボイルドな世界で生きてきたようだ。
「話を続けるぞい。紆余曲折あってこっちの世界に戻れたんじゃが、相方のエナ君がちょっとした騒ぎを起こしてしまってタカハタ君と戦ったわけじゃ」
そのちょっとした騒ぎの被害者は眉をひそめる。
「タカミチと?」
「お互い本気ではなかったらしいが、タカハタ君がやや押されておったぞい」
「あの女、そこまで実力を隠してたのか」
まるっきり相手にされていなかったことにエヴァは奥歯を噛締める。
「…………。なぁ、ずっと気になってたんだけど、なんでそんなにエナを目の敵にするわけ?」
「なんでだと……?」
何故か空気の重みが増していく。どうやら堪忍袋どころか逆鱗に触れてしまったようだ。
「なんでもなにも……キサマの連れが私の家に不法侵入したからだろうが!!」
「ぬぉおおおお、やめやめやめ!」
レンジとの距離を一気に詰めてガクガクと揺らす。さすがに耐え切れなかったのか、レンジは堅を使って無理矢理押し剥がした。
「しかも茶々丸の制服とメイド服は持っていくわ、寝具はもっていくわ、財布から十数万持っていくわ、冷蔵庫から食事をもっていくわ。しかも食後のデザートに取っておいたケーキをーーー!!」
金や服よりケーキを取られたことのほうがよっぽど悔しそうに見える。
「え〜っと、マジすんません。今度本人連れて改めて謝罪しに来ます」
流石に弁解の余地はなく、非の打ち所がない。レンジはその場で土下座した。元々正座だったため頭を深く下げただけだが。
「フン!謝罪だけで済むと思うなよ!」
そう言ってエヴァは茶々丸の隣に座りなおした。学園長をジロッと睨み、話の続きを促す。
「戦いは2人が本気になる前に和解できたんじゃ。別の場所に居たレンジ君を連れて話を聞くことになったんじゃが、そのときはてっきりこっち側と思っててのぉ……。うっかり魔法のことを話題に出してしもうたんじゃわい」
「それであの女共々抱え込んだわけか」
「抱え込んだとは人聞きが悪いのぉ」
「事実だろうが。魔法関係の話をしたのもこちら側に引きずり込む布石だったんだろ」
「わしゃそこまで悪人に見えるんかい」
「知らないのか?『人が悪い』と書いて『悪人』と読むんだよ」
さて、と言ってエヴァはレンジに向き直す。
「念というものの実物を見せてもらおうか」
「そんなんその辺りの達人にでも見せてもらえや。念なんぞ結局のところ『かめはめ波』の世界となんら変わんねーよ」
「気で体を増強するだけならな。私が見たいのは特殊能力のほうだ」
「それこそ断る。対策でもされたら目も当てられねぇや」
「ほう?貸しのある身でそういうことをいうのか?」
ニヤァ、と悪人全開の顔でエヴァは切り出した。
「服や金、その他もろもろの貸しをお前の能力の情報でチャラにしてやると言ってるんだ私は」
「待て、確かにその件は悪いと思ってるが、実行犯はエナだろ」
「被保護者の責任は保護者がとるものだろ?」
ぐっ、とレンジは言葉に詰まる。
「別に話さなくてもいいぞ。私は後でジジィに聞いてもいいし、お前が戦っているところをこっそり見てもいい」
だがその場合謝罪に来たときどんな要求をするかわかったものじゃない。
「悪くない取引じゃないか?」
レンジは視線で学園長に助けを求めた。だが返事は首を横に振る=あきらめなさい、とだけ。
「他言無用だからな」
「それは約束しよう。自分の手札を無償で配るつもりは無い」
暗に有償なら考えなくも無いと言っているのだが、レンジは気づかなかった。
「…………」
レンジは常に使っている纏を広げて円を作る。
「能力を使うこと『発』という。人によるけど『発』を行うにはいくつか条件や過程がある。俺の場合、この『円』を使うわけだ」
「円?」
「気―――この場合は念ですが、薄く広げて感覚を広げるものです。主に索敵に使われるようです」
茶々丸がネットに接続して『フンテー×フンテー』(ローマ字読みしてみた)に関する情報を引き出す。
レンジはおもむろに茶碗を持ち上げた。まだ中が残っている。
「お味はお気に召しませんでしたか?」
「あぁ、悪いけど俺の口には合わんわ」
餓鬼舌め、とエヴァは呆れる。
「だから」
レンジはその茶碗を
「捨てる」
宣言どおり投げ捨てた。
「!?」
「な!?キサ―――ま?」
あんまりと言えばあんまりな行いにエヴァは怒って抗議しようとする。
だが、今投げたはずの茶碗は、何故かレンジの手の中に戻っていた。
お茶が零れた形跡は無い。
「なるほど、間近で見るとこのように見えるんじゃのう」
エヴァには何がなんだか分からないというのに、学園長だけはヒゲを撫でて納得した様子だった。
「ジジィ、一体どういうことだ!」
「それは本人から聞いたほうが早いじゃろ」
至極尤もな意見を言われ、エヴァはもう一度レンジに言う。
「今度は私にもわかるように見せてもらおうか」
「いやぁタネは簡単だよ」
レンジはリクエストに応えて、自分の周りを覆う程度の円を展開した。
そしてもう一度茶碗を持ち上げ、落とした。
茶碗はレンジの手から離れた瞬間、空中に止まった。
「……ほう」
内心かなり驚いているのだろうが、それをおくびにも出さない。
「どうだ茶々丸」
「わずかですが動いています。6秒で1ミリほどですが」
「なるほど、これが瞬間移動のタネというわけか」
「『クロノスライサー』。俺はそう呼んでる」
『不平等の時間(クロノスライサー)』
能力発動時にレンジが作った円に触れたもの全ての時間が遅くなる。ただしレンジは対象外。
円には一定量の密度が要求され、それにより能力の効果は増減する。
対象にレンジが触れるとその間だけ念の効果は解除される。直接触れられたり、物による連結も効果・解除判定にはいる。ただし足場は例外とする。
突発的に目覚めた能力なので、どんなに熟練しても変更はできない。ただし制約と誓約は可能。
一通り説明を聞いたエヴァは内容を整理するため、冷めたお茶を一口すする。
「おそろしくデタラメな能力だな。接近戦……いやオールレンジで対応可能じゃないか」
「見た目はただの円だからな、向こうじゃ皆簡単に騙されてくれたよ」
おかげで勘違い系主人公になりかけた。と何か分からないことを言っているがこれは無視する。
「さぁ、俺のことはわかっただろ。次はあんたの番だ」
「それもワシから話そう。茶々丸君、もう一杯」
「はい、…………どうぞ」
茶々丸にお茶のおかわりを貰い、喉を潤して学園町は切り出した。
「君は吸血鬼を信じるかね?」
遠まわしもへったくれもないストレートな質問だった。
「魔法使いが居るなら居てもおかしくないと思うちょりますが」
「なら話は早い。彼女はその吸血鬼じゃよ」
「はぁ……そうッスか」
「……リアクション薄いのぅ」
「吸血鬼が出るって噂があってそれっぽい格好してる人が現れたら、『あぁ、やっぱりいたんだ』程度にしか」
「そりゃそうか」
「そりゃそうかじゃない!!!」
うがーーー!っと、エヴァは茶菓子や茶器を乗せたお盆をひっくり返した。
「いいか嵩田レンジ!私は真祖(ハイ・デイライトウォーカー)であり、闇の福(ry」
「ふ〜ん」
「だからなんでそんなに落ち着いてられる!」
「その闇の福音ってのは、ドールマスターとか最強の魔法使いとか大層なこと言われてるのに、学校で授業を受けたり、騒ぎを起こしてデコピンされたりするもんなん?」
「それは全部サウザンドマスターの呪いの所為だ!こんな呪いさえなかったらとっくの昔にここから出て行っとるわ!」
「なんだ最強形無しじゃねぇか」
「違う!私は正々堂々と勝負を挑んだんだ!なのにあいつは落とし穴を使うわネギやにんにくを使うわで………」
言ってて虚しくなってきたらしく、段々語調が下がり、最後にはズ〜〜ンと重い空気がのしかかっていた。
「(なんかすっげー可哀想なんですが)」
「(気持ちは分かるんじゃが、サウザンドマスターの呪いはワシ等でも解けんでのう)」
「(性質悪いッスね)」
これは本人達が知らないことだが、ナギは呪文をかけたとき『あんちょこ』を見て唱えた。
つまりその魔法の構成を知らずに魔力だけで唱えたので、例え同じ魔法の解除魔法を唱えたとしても効果は期待できない。
最悪の場合ナギ本人にも解けない可能性があるのだ。
「あっちの世界なら除念でなんとかなったかもしれぇのに」
「除念…ですか?」
「掛ける念があれば払う念がある。世は常に表裏ってことらしいぜ」
もっとも優秀な除念師は雪男を探すより難しいらしい。漫画では一人いたが、妙なモンスターがまとわりつくというデメリットがある。
「除念…………。漫画では誓約と制約で念に能力を付与できると書いておりますが?」
「そうらしいな」
「条件が難しいほど強力な能力が使えると書いておりますが?」
「そうらしいな」
「嵩田さんは先ほどどちらもしていないとおっしゃられましたが?」
「言ったよ」
「………………」
「…………。……いや期待されても困るから。大体効くかどうかもわかんねぇのに貴重な制約使えねぇよ」
「念は気の一種なので魔力にも効くかと」
「俺はそんなギャンブルはしねぇの。大体一時的な除念ならエナでも使えるぞ」
『!!!???』
「あ、やべ!」
なにか約束ごとでもあったのか、慌てて口を塞ぐレンジ。だがもう遅い。
「除念はかなりレアな能力らしいが、あの女はそんなに特殊な能力を持ってるのか?」
「はぁ〜〜……。あいつはもう制約と誓約やってるからな。なんかとんでもないものらしいけど」
「ほう。ところで、エナ・アスロードの好物はなんだ」
「懐柔するつもりか?あいつは即物的なモンに興味……あ、でも人形があったな」
「茶々丸」
「はい、すぐ用意します」
エヴァに何か命じられ、茶々丸は階下へ降りていった。
「嵩田レンジ、お前とエナ・アスロードを明日我が家に招待しよう。先日のことも含めていろいろ話をしておきたい」
「お主はワシが居る前でよくそんなことが言えるのう」
「クラスメートと親睦を深めるだけだ。キサマにとって悪い話ではないだろう?」
「そんな下心見え見えで言われても説得力無いわい」
あ〜あ、とレンジは面倒くさそうに頭を掻いた。
「マスター、持って来ました」
しこたまエヴァと学園長が睨みあった後、茶々丸が分厚い本を抱えて戻ってきた。
「この中には私が収集してきた人形が写真つきで記載されている。600年分な。好きなもの選んで来いと伝えておけ」
「行くことがすでに決定しているな」
「来てもらうさ。あの女には茶々丸の制服を返してもらわなければならないからな」
「だが断りたい」
「明日教室でも話はつけておくからな。絶対来いよ!いいな!」
「なんだかな〜〜」
「なんてことがあったわけで」
「誉めていいんだか怒ればいいんだか………」
レンジとエナの初学校はこうして終った。