「どうだ、茶々丸」

カタカタと、暗い部屋に響く電子音。
使う予定が無い時間帯に使われているパソコンには、容易に拝見できない情報が羅列している。

「マスターの言ったとおりです。サウザンドマスターがかけた呪いの他に、マスターの魔力を抑える結界が常時展開されています」
「やはり……。十年以上も気づけなかったとはな」

エヴァは口惜しげにディスプレイを睨みつけた。

「無理もありません。この結界は電力によって維持されているようですから」
「魔法使いが電気に頼るか。時代も変わったな」

手作り人形から機械人形に代えているエヴァも充分変わったと思うのだが。

「せっかく呪いがなんとかなったと思ったらこれか……。だがこれで魔力も元に戻る。そうだな?」
「はい、システムは旧式のままですから時間もとりません」
「よし、予定通り今夜決行だ。フフフ、坊やの驚く顔が目に浮かぶ………アーハッハッハ!」

真昼間の屋上にエヴァの高笑いが轟く。それは構わないがわざわざ高いところに登る必要はないのではないか?
××と煙は高いところが好きというアレだろうか。

「今宵こそ坊やの体液を絞り尽くし、呪いを解いて夜の女王へと返り咲いてやるーー!」







魔法先生ネギま×HUNTER!第5話『学園都市防衛隊』







この日の昼休み、レンジはエナと共に学園長室へ呼ばれた。中に入ると何人かの魔法関係者が集まっている。
物々しい雰囲気に2人は一瞬たじろいだ。

「なんか事件ですか?」
「それをこれから説明するんじゃよ。まずはこれを受け取ってくれい」

学園長は手元に置いてあった冊子を2人に差し出す。表紙には大きな字で『麻帆良学園都市大停電時における防衛マニュアル』と書かれていた。

「大停電?」
「電力を一箇所から供給しとる関係で、メンテをするとどうしても電線を遮断せねばならん。この学園都市では年に2回行っておるんじゃ」
「それと防衛となんの関係があるのよ。たかが都市学園じゃないの」

エナが冊子をペシペシ叩きながら愚痴る。不遜な態度に周りの何人かが冷めた目をする。

「この学園には強力な魔道具が多数安置されていてのう。それを狙う不届きな輩がおるんじゃ」
「学園にそんな危ないモン安置しないでよ」

尤もな意見だとレンジは頷く。だがそれができたら苦労はしない。おそらく絡み絡まりあった大人の深い事情があるのだろう。とレンジは勝手に推測した。
それが建前で本音は孫娘の木乃香を守ることだと知ったら、おそらくレンジなら複雑な気持ちになるだろう。
おもっくそ私事に走っているとはいえ、不届きな輩が本当にいるのだから性質が悪い。

「この時期を狙って世界から少なくは無い数の敵が集まっておる。主に魔法使いじゃが、雇われた泥棒から陰陽師まで幅広い。ガンドルフィーニ君」
「ここからは私が説明しよう。湖に面しているため大抵は陸路……おそらくほとんどが森を通ってくるはずだ。そこで空を飛べる魔法使いは湖側を中心に、残りは陸路の各所に配置する。2〜3人でグループを組み、停電する夜8時から復旧する深夜12時まで死守。結界は発動と同時に最大出力。召喚された使い魔は還るだろう。相手の大半は徒党を組まないから難なく撃退できるはずだ。ただ……」

ガンドルフィーニはチラッとレンジとエナを見た。

「今回から新人が参加する。各々方は不測の事態に備えて行動してもらいたい」

レンジ達の周りからクスクスと笑いが零れる。レンジはそんなに気にした風でもないが、エナはピクっと眉が動いた。どうやら気に障ったらしい。

「この時点で意見がある者は?………居ないのならグループを決めたいと思う。今夜参加できるのはここにいる者を含めて63人。内27名は空から防衛してもらう。残りの36名は力量を均等にするため、すでにこっちで決定してある。異議は認められないのでそのつもりで」

ガンドルフィーニは別の紙を取り出し、部屋に居る者を中心にして班を発表していく。
近距離に長けた者と遠距離に長けた者を組み合わせたり、仮契約を交わした者同士だったり、実力に大きく開きがある者同士を組み合わせたりと様々である。

「嵩田レンジ君」
「あいよ」
「………。君は桜咲刹那君、龍宮真名君、そして私と組む」

その発表に周りがざわつく。2〜3人編成と言ったのに、一人でも戦力になる神鳴流の剣士と組ませるなんて、と。レンジは知らないが、この3人はこの場に居る中でも上位に入る戦闘力を持っている。
ただでさえ人手が足りないのに新人のためにそこまでする必要はないのではないか。

「彼はまだ戦闘経歴が確認されてないのでこのような形になった。さっきも言ったが異議は認めない」

周りを静めるためにガンドルフィーニが付け足す。だが彼自身納得してない感じだ。
この采配は彼のモノではないのだろうか。

「最後に、アスロード君は高畑先生と組むことになる」
「げっ!」
「はは、君と一緒なら心強いね。でも女の子で『げっ!』はないと思うよ」

初対面のときに苦手意識でも植え付けられたのか、エナはあからさまに嫌そうな顔をする。
逆にタカミチは愉快そうに笑った。

「(『げっ』て、何様だあの子は)」
「(高畑先生は知ってるみたいですけど……どういう関係なんでしょうか)」
「(あの2人が雇われる前に、高畑先生があの女と戦ったことがあるらしい。なんでもほとんど互角だったとか)」
「(馬鹿言うな。あの高畑先生だぞ?どうせ手加減したに決まってる)」
「(でも心強いと言っているし、あのエヴァンジェリンから戦って逃げ切れたという噂まで流れてる)」

そんな話がヒソヒソと交わされているが、当の本人達は無意味な喧騒を続けている。
話が進まないので、ガンドルフィーニはわざとらしい咳をして周りを静めた。

「税関に問い合わせたところ、海外からかなりの数の魔法使いが確認されている。国内勢力の分も考えると今回の敵戦力は史上最多数になるだろう。初めてチームを組む者もいると思う。コミニュケーションは欠かさないでくれ」

ガンドルフィーニは言うことを言い終え、最後の仕事を学園長にゆだねた。

「こちらの防衛力を示せば後々の抑制へとなるじゃろう。しかし命を賭して戦う必要は無い。どんな状況になろうと無事生還することを第一とせよ。今宵は諸君等の働きに期待する!」

激励は士気を上げる手段の一つである。その言葉が示すように、部屋にいる魔法使いたちの顔は気合で満ちていた。





解散命令が出た後、タカミチとレンジ達は学園長に呼び止められた。
どうやらエヴァの近況を聞きたいらしい。

「とりあえずエヴァちゃんの呪いは、一時的にだけど消せたわ」
「やはり4日前の欠席はそのせいじゃったか」
「もう効果は切れてるはずだけど」

その後風邪を引いたり部活に出たりして、割りと普通の学園生活をしているようである。

「ということは彼女は学園の外に出たのか」
「もちろん。お礼だってことで街でいろいろ買ってくれたわ」
「なるほど。だから君も欠席したのか」

人形のほかに服やアクセサリーを貰い、ここ3日間のエナは非常に機嫌がよかったらしい。

「それにしてはおかしいのう。報告では今日の停電を利用してなにか企んどるらしいが、外に出れたのなら魔力は戻ってもいいはずじゃ」
「あ〜、それね」
「心当たりが?」
「いや、本人から聞いたんだけど……呪いを一時的に消した変わりに魔力もついでに消しちゃったみたいなの」
「なんと!?」
「だから外に出れるだけで他は学園にいるときと変わらないって。魔力が戻ると呪いも戻るから、長くて3日ぐらいしか学園の外に出れないってわけ」
「なるほどのぅ。ただでさえ敵がいるかもしれんのにわざわざ力が無い状態で外に行くわけにもいかんか」
「エヴァもホント報われないな」

今夜も停電を利用して何か企んでいるらしいが、おそらく失敗するだろう。あの吸血鬼は不幸の星の下に生まれている。

「ではエヴァのことは心配いらんのう。むしろ外に出れるようにしてくれてこっちが感謝したいぐらいじゃわい」
「あらら、エヴァちゃんも愛されてるわね」
「そりゃあね。顔見知りが何年も閉じ込められてて平気な顔はできないさ。君は大したものだよ。僕達でも手も足も出なかったナギさんの魔法を、一時的とはいえ解くなんて」
「あんまり煽てないでください。図に乗る」
「あっはっは!僻みか?嫉妬かレ―――!」

演技っぽい口調でレンジの背中を叩こうとしたエナだが、平手が当たるまえにクロノスライサーで止められた。

「やれやれ。用件はそれだけですか?」
「実はのぅ、君が配置される場所は霊的地脈の通り道で、召喚された鬼や使い魔が一番力を発揮しやすい場所なのじゃ。もし彼等に危機が及んだら」
「助けろ、ですか?」
「うむ。ガンドルフィーニ君達は君の力を知らんから、少々気に障ることを言うかもしれん。じゃが彼は優しい人間じゃ。そこのところをわかっとくれ」
「分かってますよ。それじゃあ夜に備えるんでこれで失礼します」
「無理はせんように」

学園長の言葉に、レンジは軽く手を振って返す。
レンジがその場から離れると、クロノスライサーの範囲から外れたエナが平手を空振ってたたらを踏んだ。

「ちょっと、待ちなさいよ!」

置いていかれたエナは慌ててレンジの後を追った。ドアを勢いに任せて閉めたため少しヒビが入る。
誰もいなくなった部屋で、タカミチはタバコに火をつける。

「あれが彼の能力ですか。時を遅くするなんて魔法でも難しいですよ」
「しかも自分は自由に動ける。エヴァも言っておったが、まったくもってデタラメじゃのう」
「効果範囲は?」
「エヴァのときは5メートル以内じゃった。おそらくもう少し伸びるじゃろ」
「接近戦では確実に反撃され、飛び道具では確実に避けられる。本気を出しても勝てるかどうか」
「敵になって欲しくないのぅ」

その後、しずな先生が来て話は終る。
得体の知れない力を持つ2人の実力が今日はっきりとわかる。しずな先生に、学園長室でタバコを吸うなと叱られながらも、タカミチは今夜のことが楽しみで仕方ない様子だった。






午後8時 麻帆良学園都市電力供給停止。


その瞬間予め召喚していた化け物達が暗闇に紛れて学園内に侵入した。ある者が目指すは図書館島にある魔道書。ある者は巨大な魔力を持つ近衛木乃香。
それぞれの獲物を求め、彼らは都市中心部へ向った。

「緑弾!」

森に巨大な爆発音が響く。爆炎と衝撃が術者と使い魔を吹き飛ばし、森に小さな盆地を作る。

「エナ君、殺しはご法度だ!」
「うっわ、超メンド!」

相手はおそらく殺すつもりで襲ってくるだろう。なのに自分は手加減をしなければならない。数だけでも不利だというのに、ややっこしいことこの上ない。

「あとなるべく地形を壊さないでくれ!隠蔽するのに時間が掛かる」
「文句は向こうにいいなさいよ!!!」

居合拳を何度放っても、森の置くから無数の鬼が出てくる。
かなり強い術者のようで、出てくる鬼は中級ばかりだった。
タカミチは咸卦法を使うか迷った。しかしこの戦いは殲滅戦ではなく持久戦であり、魔力と気を著しく消耗する咸卦法は向いていない。
結局ただの居合拳で対処するしかなかった。
エナは能力を控え、『練』だけ使って接近戦に移っている。

「せめて位置がわかれば……」

停電で森の中ということもあり、5メートルも離れれば見えなくなる。居合拳の射程は10メートルなので、敵が見えさえすればまだ楽になるというのに。
タカミチがボソっとつぶやいたその一言を、エナは耳を大きくして聞いていた。

「灯りがあればいいのね!」
「あったほうが有り難いけど、何かあるのかい!?」
「山火事ってことで処理してくれればね!」

言うか早いか、エナは両手に赤い念弾を出した。色からイメージできるそれの効果は容易に把握することができる。

「ちょ、それは!」
「うるさい!赤弾!!」

タカミチの静止を無視してエナは念弾を投げた。地面に着弾した弾は炎の濁流となって森を焼き、化け物を焼く。
いささか大きすぎる灯りだが、その分広囲に渡って化け物達の姿をさらし出す。
タカミチは手加減無しの居合拳を射程内にいる全ての化け物に放った。
行動不能に陥った化け物達は召喚を解かれ消えていく。

「(戦い始めてからずいぶん性格が変わってるな。こっちが地なのか?)」

時間を追うごとに狂暴になっていくエナに溜息を吐く。
とてつもない暴力的な音がしたので見てみれば、彼女はその細い腕から考えられない威力のパンチを打ち、化け物達を一瞬で昇天させている。

「(彼女の手綱を引いていたのがレンジ君というわけか………)」

ドゴン!と爆発音がした。一瞬だけ見えたのは上半身を消し飛ばされた上級の鬼の姿。なにか新しい弾でも使ったのだろうか、エナは手を広げて腕を伸ばしたまま止まっている。

失礼にもほどがある感想だが、タカミチは思ってしまった。

どっちが化け物だかわからない、と。







一方、もう一人の新人のレンジはというと。

「暇だ〜」

タカミチ達が聞いたら豪殺居合拳とか跳んできそうなセリフを吐いていた。
だが実際暇である。人数が揃っている上に、野太刀による近・中距離を担当する刹那を始め、苦手な間合いが無いと豪語する龍宮とCQCでナイフによる接近戦と銃による中距離を担当するガンドルフィーニ。
流石にナイフで使い魔は倒せないので中距離から援護をしているが、魔法を施している銃弾は一撃必殺の威力を持っている。
役目が決まっている上に、近距離専門でスタンドプレーが基本のレンジではやることが無い。
迂闊に前に出ればクロノスライサーで味方を巻き込んでしまうオチになる。
極めつけはガンドルフィーニ先生からのお達しで、

「君は後衛をしててくればいい」

とのこと。
敵の侵入ルートが一方通行のこの状況でそう言われたのだ。戦力外通告のほうがまだ慰めがあるように思える。
というわけでレンジは暇を持て余していた。
知っててこういう采配にしたんじゃなかろうかと疑ってしまうほどに、暇なのだ。

「ま、楽でいいんだけど」

レンジは、タカミチが聞いたら豪殺居合拳とか跳んできそうなセリフを吐いていた。





あれから2時間もした頃だろうか。双方に疲労の色が見え始めた、正にそのときだった。
突如大量の銃弾がガンドルフィーニ達を襲った。
慌てて避けるが、銃弾の嵐は止まらない。

「クッ!風花、風障壁!!」

ガンドルフィーニが咄嗟に障壁を展開して銃弾を防いだ。
龍宮や刹那も防弾衣だったり叩き切ったりと、各々で対処している。

「傭兵か」

龍宮は銃弾が跳んできた方にマシンガンを撃つ。確かにそこに人影はあった。だが、

「風花、風障壁!!」

人影はガンドルフィーニがしたことと同じことをする。
そしてまたお返しとばかりに人影は銃を撃つ。影の形、そして連射製から、龍宮はそれがガトリングだとすぐに気づいた。
そんな凶悪な武器を受けつづけられるほど防弾衣は頑丈じゃない。
さっさと木陰に隠れた龍宮にならって、ガンドルフィーニ達も人影を囲むように展開し、隠れた。

「(あんな重装備で来るとは……)」
「(厄介ですね。風障壁が使えるのなら他の防御魔法も使えるかもしれません)」
「(それだけじゃなさそうだ)」

龍宮の警告を聞いて刹那達は敵を覗き見る。すると、防護マスクにアーマータイプの防弾スーツ、さらに巨大なドラムマガジンを背負った人影が、月明かりに照らされてはっきり見えた。

ただし、人数は3人いる。

「(魔法で体を強化しての完全装備か!)」
「(あぁ。しかもマガジンの大きさからみて、我々が隠れてる木なんか数秒で撃ち壊せる量だ)」
「(どうします?一旦退いて応援を呼んだほうが)」

後退を進言する刹那だが、おそらく応援は無駄だろう。この手の敵は味方の人数が増えるほど厄介なものになる。
標的と犠牲者が増えるだけだ。

だがナイフと拳銃だけのガンドルフィーニでは戦力にならない。龍宮でも同じだろう。
刹那の斬鉄閃ならあの程度のボディアーマーぐらい斬り落とせるかもしれないが、敵は物理防御魔法を使い、さらにガトリングで常時弾幕を張る。

接近することすら難しい。それが3人もいる。

「(ここで抑えねば敵の後続に侵入路を確保されてしまう。なんとしてもここで抑える)」
「(やはりそうなるか。私がグレネード系でかく乱してみよう。ガンドルフィーニ先生は魔法で援護、刹那は隙をついて接近しろ)」
「(わかった)」

龍宮は武器が納められているケースからありったけの手榴弾と閃光弾を取り出す。ガンドルフィーニも残りの時間に支障が無い程度の『魔法の射手』を詠唱し、浮遊させた。

合図を合わせ、龍宮とガンドルフィーニがそれぞれの武器を放った。

「レジスト!」
「風花、風障壁!!」

呪文を唱えながらガトリングで反撃する。
しかしグレネードの中に隠れた閃光弾が誘爆し、3人は一瞬だけ音と光の衝撃に怯んだ。

「隙あり!斬鉄閃!」

合図と同人飛び出していた刹那が野太刀を振りかぶった。

「風花、風障壁!!」

だがそれも3人目の防御魔法により弾き返される。さらに、

「風花、武装解除!!」
「!?しまった!」

逆に隙を取られ、野太刀と服をどこかへ飛ばされてしまった。
得物がなく、完全に無防備の刹那にガトリングの銃口が向けられた。

「(こんなところで!!)」

刹那の脳裏に親友の顔が浮かび上がる。それを掻き消すように、銃弾の嵐が刹那を襲った。


しかし動体視力に優れた刹那にははっきり見えていた。

「なんつーセクハラ全開の魔法だよ」

銃弾が撃たれた後に、この男が現れたのを。

「あ、あなたは」
「はいストップ!言いたいこととか聞きたいこととかあるんだろうけどな、まずは前を隠せ」

そう言われて刹那は、自分の服がさっきの風花武装解除で、微妙な部分を残して消えてしまっていることに気づいた。
レンジから差し出された上着を慌てて受け取り、言われた通り前を隠す。

「ほらよ、あんたのだろコレ」

今度は夕凪まで渡された。

「な、何から何まで」
「気にすんな。暇だったから出番が貰えて逆にこっちが感謝したいぜ」
「出番って………」

随分ノンキなことを言う新人だと、刹那は思った。この状況で不謹慎にも程がある。
だがそこまで考えて、刹那はようやく『この状況でのんきに話している自分達』に気づいた。
何故敵は撃ってこない。なぜ龍宮達は動かない。
そして刹那はようやく気づいた。妙な気がこの辺り一帯を覆っていることに。

「あなたの仕業ですか?」
「他に誰がいるよ。それより早く物陰に隠れてくれ」
「あ、はい」

なにか威圧感のようなものを感じ、刹那はその言葉に従って近くの木に隠れた。


ここで一つ捕捉しておこう。なぜクロノスライサーが効いているのに刹那が自由に動けたのか。
タネは実に簡単である。レンジが渡した服にほつれが一本、それをレンジがつまんでいるため念能力の解除判定に入っていたのだ。
これが『連結による解除判定』だ。


レンジは現在進行形でほつれていく服を見て、心の中でそっと涙を流す。買い直さなきゃならないんだろうなと。少なくとも今日は刹那の上着としてお持ち帰りされるだろう。
経費でなんとかしよう、と考えて糸を離す。これで刹那の時もほぼ止まる。

その場で動いているのは、もうレンジ以外いなかった。

レンジ自身も思う。この能力は実に卑怯臭い。
能力を発動している最中の円に触れればミサイルですら止まる。しかもゴンやクラピカのように系統別の修行ではなく、円を広げる努力さえすればいいのだ。

しかし欠点はある。一つはレンジ自身にまったく才能が無いこと。世界を渡って比較的早い時期に能力開眼したのだが、ビスケを交えた修行をしても『周』や『流』等の応用技は習得に至らなかった。
その割りには応用技の中でも特に高度(らしい)『円』には少ないにせよ才覚を見せ、チマチマと範囲を広げているが、努力の賜物だろう。

もう一つは接近戦しかできないこと。正確には飛び道具や中距離系でも使いにくい武器が扱えないのだ。
飛び道具は問答無用で能力の餌食になり役に立たない。槍や鎖鎌といった中距離系も『周』が使えないので威力は限られる。
結局『硬』で思い切り殴る以外の選択は無かったのだ。

ビッグインパクトとか使えれば関係ないかもしれない。しかしそんな反則技ができるはずもなく。

能力以外を見れば円が得意な強化系(中途半端)と大差がなく、ウヴォーギンには一生負けないが一生勝てないというビスケ印の太鼓判まで貰っている。

制約で能力を使うどころか、能力を使うことで制約されるという皮肉。それが彼の運命。

と、ここまで書いたモノのほかにも弱点はあるが、それは追々話す事にしよう。
なんだかんだで、この状況を打破できる数少ない人物であることに変わりはないのだから。

「ジャーンケーン………」

パントマイムのように止まっている3人組の後ろに周り、円を張りつつオーラを収縮させていく。知り合いの技をパクッているようだが著作権は無いので構わないだろう。

「ツッパリ!!」
「!?」

素直にパーと言えないらしい。

「拳骨!!」
「!?」

と書いてグーと読む。

「Peace!!!」
「ギャーーー!!」

平和に程遠い指突だった。



彼女達が気づいたときには全て終っていた。
彼は一秒にも満たないわずかな時間で刹那を助け、敵を殲滅するという大それた芸当を見せたのだ。

「良かれと思って加勢したんですが、余計な御世話でしたか?」

ちょっと皮肉を込めて言うのは察してもらいたい。8時からず〜っと無視されて少々ご立腹なのだ。
楽できたことには感謝しているようだが。

「一体なにをしたんだ………君は一体何者だ?」

新人に助けられたとかどうのより、純粋に疑問をもっているようだ。龍宮と刹那もガンドルフィーニと同じ心境らしく、何も言ってこない。
一方レンジは予想外の返しだったため毒気を抜かれた。

「履歴書は全部見たはずですよ。ただちょっと他の人より気が使えるだけです」
「今のを見て、数日前気に目覚めたと本気で信じろと?」
龍宮が威嚇を兼ねて銃の撃鉄を起こす。
「あっれ〜?じゃあなんつって欲しいんだよ。秘密組織に育てられた最強のスパイとか、実はもっと小さい時から麻帆良の裏仕事をやってたとか?漫画の見すぎだってそんなん」

その漫画の世界に行っていた人間に言えることではない。

「どーせガングロフィーニ先生辺りは学園長に聞いたんでしょう?それで教えてもらえなかったのならそういう理由があるってことでしょうが」

教えてもらえるはずがない。『彼は漫画の世界に行って還ってきたんじゃよ』なんて言えば一体どんな精神病院を紹介されるかわかったものじゃない。
一応彼に近い者には信じてもらえたが、この目の前にいる頭の固そうな2人に言ったところで嘲笑が関の山だろう。

事実を言われてガンドルフィーニは言葉に詰まった。

「………わかった。これ以上詮索はしない」

あるいは問答は時間の無駄と判断したのかもしれない。

「話をする暇も無くなったしな」

彼らの背後の森から大量の悪魔が飛び出してきたからだ。

「あと一時間、ここからが正念場だ!気を抜くな!」

了解!と返事をして刹那と龍宮が展開する。龍宮は敵が使っていたガトリングで応戦するつもりのようだ。

「レンジ君、君も前に出たまえ!私は龍宮君の護衛に回る!」
「あいよ!」
「それと、私はガングロフィーニじゃない。ガンドルフィーニだ。間違えないでくれたまえ!」

レンジはサムズアップで応えた。





そして午前0時7分21秒前 麻帆良学園都市電力供給再会。


その瞬間、レンジ達の前から悪魔が霧のように消えていく。同時に都市の街灯に明かりが灯り、学園都市は復活した。
学園のいたるところからかすかに歓声が聞こえる。

「(敵勢力が撤退を始めました。学園側の被害は極少数です)」
「(深追いはしないでください。手配書を作成して後日魔法界で指名手配します)」
「(ガンドルフィーニ班が多数の術者を確保しています。近くの班は応援に行ってください)」
「(高畑班の方で火事が発生しています。水系と氷系が得意な方は鎮火にあたってください)」

空を飛べる魔法使いが念話で戦況報告をしている。20人以上が箒で空を飛ぶ様は正に絶景だった。

「こんなおおぴらに空飛んで大丈夫なのかよ」
「認識を阻害する魔法を使っている。今日の騒ぎも魔法関係者じゃなければわからないのさ」
「ふ〜ん。ん〜と」
「龍宮真名。好きなほうで呼んでくれ」

接近戦のときGUN型みたいな動きをしていた女性がレンジの隣に立つ。少し遅れてレンジの上着を来た少女も来た。

「この度は助けていただき、ありがとうございます」
「私からも礼を言う。正直、あの戦術を打破する自信がなかった」
「仲間だろ、当然当然。最初の二時間は楽させてもらったし」

手をひらひらと振って、たいしたことじゃないとアピールする。

「エナさんの話は聞いていたんですが、これほどとは思いませんでした」
「エナの?」
「はい。私達は同じ学級なんです」
「あ〜、なるほど。…………『達』?」

レンジはスイ〜っと龍宮の方を向く。すると、額に冷たい金属を押し当てられた。

「私が同級生だとおかしいかな?」
「マダ何モ言テナイネ」
「目が……その目が全てを語っている!私はまだ未成年だ!」
「ウルスラの方ですか?」
「中学生だ!!」
「いたたたたたたた!」

グリグリと銃を額にこすりつける。撃つ気は無いらしいが、それでも結構痛そうだ。
その様子を呆れた表情で見る刹那。とてもじゃないがさっきまで死闘を繰り広げていたとは思えない。



龍宮の癇癪が収まった頃、捕獲した術者を連行するための人員が揃ってやってきた。弐集院や瀬流彦もいる。服が結構ボロボロで、どうやら彼らも苦労したらしい。

「お手柄だガンドルフィーニ君。これだけ掴まえれば次の抑止に使える」
「あ、いや……」
「凄いですね。ざっと見ただけでも30人はいますよ」

他の魔法使いもこぞってガンドルフィーニを褒め称える。しかし当の本人は良い顔をしていない。
なぜならこのチンピラ魔法使い共を掴まえたのは全て嵩田レンジだったからだ。

逃げようとする術者を一瞬で捕らえるその素早さは龍宮ですら捉え切れないほどで、そのおかげで誰一人逃がすことがなかった。

そのことを伝えようとする。しかしレンジは遠くから内緒にするようにとジェスチャーしていた。
それを見てガンドルフィーニは軽く葛藤する。
嘘はつきたくない。しかし本人が内緒にして欲しいということは、何か知られたくないことがあるのかもしれない。

ちょうどそのとき周りにいる誰かが、どうやって掴まえたのかと聞いてきた。

「チーム全員が頑張ったお陰ですよ」

結局当り障りの無い答えで誤魔化す。
これでいいのだろう。今は事情を話してもらえないが、いつかわかるかもしれない。

合流してきた高畑班と笑いあうその姿に、強者とは程遠い笑い顔がある。
同じ強者である龍宮のように達観したモノではなく、歳相応笑顔が。
立場上容易く信じるわけにはいかないが、無闇に疑うのもよそう。
ガンドルフィーニはそっと決意した。






「オーラが充実してると思ってたけど、こっち側だったのね」
「それはこっちのセリフです」
「バイトすると言ったときはもしやと思ったが」

意外な場所で会った為改めて自己紹介をするエナ達。
離れた所でタカミチとレンジもなにやら話している。

「エナが迷惑をかけたようで」
「結果オーライだからいいんだけどね」

所々焦げているタカミチにレンジは頭を下げた。しかしタバコは死守したらしく、タカミチは労働後の一服を吸っている。

「君だけデタラメだと思ったけど、彼女も充分デタラメだね」
「あれぐらい戦えないと死ぬ世界の住人ですから。世界が違うとポテンシャルが変わるのかもしれません」
「なるほど。それと気になることがあるんだけど」

タカミチはフゥッと紫煙を吐く。

「戦い始めてから彼女の性格が変わったように見えたんだけど、なにか理由が?」
「は?どんな感じでした?」
「う〜ん……妙にイライラしていたというか、なんで自分がこんなことしているんだって感じかな」
「そりゃおかしいですね。あいつは人形と三度の飯の次に弱いものイジメが好きな奴ですよ」
「(中級の鬼を弱い者……か)」
「知らない世界に来たから多少の鬱憤でも溜まってたかもしれません。なんだかんだで向こうの世界に残してきたものが多すぎますから」
「そうか………。心のケアは頼んだよ。人が見ているところで鬱憤を爆発させられたら困るからね」
「了解です」

保護者にしか分からない苦労とでもいうのだろうか、レンジとタカミチは顔を見合わせ苦笑した。

「(学園長から伝言です。『学園の防衛、ご苦労だった。例の広場で超包子を臨時出店してもらっている。代金は経費で落ちるので存分に英気を養ってくれ』とのことです。早く行かないとなくなっちゃいますよ〜!)」

最後に残っていた空飛ぶ魔法使いが、それだけ言い残してさっさとどこかへ行ってしまった。
報せを聞いた周りの魔法使い達は喝采をあげる。

「超包子ってなんスか」
「それは……行ってからのお楽しみってことで」

レンジは周りの喜び様をみて首を傾げるだけだった。






あとがき

中途半端ですねごめんなさい。
次の更新まで長すぎですねごめんなさい。
とにかくごめんなさい。

そんな私をサディスティックにののしってください。