「ウギャーーー!」

見た目はアッパーカットに似ている攻撃が雑魚鬼に炸裂した。
更に古菲は活歩で間合いを詰め、攻勢を衰えさせない。練で大幅にアップした体力は疲れをまったく感じさせない。

龍宮が予想していたより戦況は優位に進んでいた。2人分働くと言った古菲の宣言通り、彼女は龍宮の背中を護るように右へ左へ動き回って敵を撃破していく。

「ほい!!」
「ぬぅ!」

先端を重くした三節根が大鬼の石根とぶつかり合う。だがすぐに全体を小さく、そして軽くして手元に戻し、もう一度同じように根を振るう。
ただの三節根ではこうは行かないだろう。初めて召喚してからわずか数時間で、古菲は武器の特性と有効活用を会得していた。

「(はて、何故だろう。さっきまで雑魚を相手していた古菲がいつの間にか大鬼の相手をしている)」

生憎彼女は神鳴流剣士の足止めをするのが精一杯なので、振り向くことすら出来ないが、音は確かに2つ。
右へ左へ――――龍宮はそう思っていた。だが実際は違ったようだ。

『炮拳!』

シンイ―ケンの基本であるカウンターが、別々の場所にいる中堅の烏族と兜をかぶった鬼に決まった。

「う〜む、大陸の拳法使いは影分身も使えるんかぃな」
「オヤビン、影分身なら叩けば消えますぜ」

小鬼が言う。実際2人の古菲は何度かイイ攻撃を貰っている。だがどっちも消えない。
おかげでどっちが本物かもわからない。

「(いやいや、まさかこんな能力になるとは思わなかったアル)」

急な能力開眼は古菲にとっても予想外だった。
発を知った日から、あまり使わない頭を知恵熱出しながら考えたというのに、結局思いつかなかったのだ。

だが常々思っていたことがある。これは格闘をする者なら誰でも考えたことがあり、そして絶対実現しないことだ。

『自分と戦う』

エナ達と出会う前は自分より強い奴がいなかった。だから自分がどれだけ強くなったか知りたいと思うのは当然。
手っ取り早いのはライバルを見つけることだが、同じ門下にも、他流の者にも、相応しい人物はいなかった。

そして、この鬼達と戦うとき彼女はこう思った。

『自分がもう一人いれば』

この結果は、彼女の念が主に応えた成果そのものなのだ。

「『創求人(ドッペルゲンゲル)』。これがワタシの能力ネ!」






ネギま×HUNTER!第13話『修学旅行珍事件その6〜続・彼女達のチカラ〜』






桜林を駆けていたアスナ、刹那は湖に見える巨鬼を見て戦慄していた。
アレはどう考えても自分達に何とかできる相手じゃないと。
所詮召喚された鬼なのでアスナならハリセン一発でなんとか出来そうな気がするが、ここはあえて無理だと言っておこう。
刹那とて同じである。斬魔剣を何度撃てば傷の一つをつけられるだろう。

だがエナは違った。何故か妙に落ち着いている。その理由はもう少し後で知ることができる。
とにかく今は急いで湖へ。

そのときだった。急に3人の頭の中にカモの声が響く。
アスナとエナは念話のために武器をカードに戻した。

「何!?今そっちに向ってるんだけど!」
『それじゃあ間に合わねぇ、今すぐカードで呼ばせてもらうぜ!こっちは今大ピンチなんだ!』

アスナ達は、カモが昼に言っていた『呼び出す』という単語を思い出した。状況からして魔法で転移させるということだろう。
だがエナは待ったをかけた。

「どうピンチなのよ!」
『そりゃ来てもらえば――――』
「カモ、あんたじゃ話にならないわ!レンジと代わりなさい!」

有無を言わさぬ覇気に押されて、カモだけでなくアスナ達も一瞬引く。
数秒もしないうちに、今度はレンジの声が3人に聞こえるようになった。

「状況は?」
『ビル一個ありそうな鬼だ。まだ呼びきれてないが時間の問題だな。クロノも効かねぇよ多分』
「OK。でかいだけならまだなんとかなるわ」
『どうする?』
「10分足止めして。『黒』を使う」
『!?…………タイミングは気にするな。きっかり撃て』
「了解。幸運を祈るわ」

念話はそこで途切れた。今ごろレンジが作戦を伝えていることだろう。もちろんエナにもその義務があるため、アスナと刹那に説明する。

「話は簡単よ。10分後に私がコレであの鬼を片付けるから、それまでにこのかを助けて逃げて」
「いくら爆弾だからってそれは無理では?」

エナの『マテリア・ストライク』なら、視認できるこの距離からでも充分攻撃は可能である。だが威力はどうだ?刹那はそこのところが不安で仕方が無かった。

「大丈夫。10分も時間かければ面白いのが作れるから。ほら、お迎えよ」

アスナと刹那の足元に魔法陣が形成され始めた。ネギが召喚呪文を唱えたということだ。

「いい、10分よ?障壁を張ってもらうか、湖から離れなさい!」
「一体なにを使うつもりなの!?」

2人の姿がブレはじめる。消える瞬間、2人はエナの小さな呟きを聞き取った。

人が想像しうる最強の爆弾、と。








2人が召喚された目の前に、例の巨鬼がいる。
傍から見ると一際大きい。
その傍には疲れ果てたネギと、まだ余裕のあるレンジがいた。

「何よこれーーー!」
「落ち着け。口からビーム出すだけでまだ動けん。今のうちに近衛を助けるぞ」

それだけでも充分脅威ですが?
などと言っても、実際動けないのであれば対処のしようはある。
問題はどうやって木乃香のところに辿り着くか。それが今の最大のネックになっている。

「仕方ねぇ、お前等のどっちかを投げてやるから、鬼を足場にしてなんとかあいつの――――」
「させないよ」

さっきのお返しと言わんばかりに、白髪の少年がレンジの背後に現れた。
背筋が一瞬で冷えたレンジはすぐクロノスライサーを使おうとする。
だが、

「『石の息吹』」

少年が呪文を唱えるほうがわずかに速かった。だがレンジの円もわずかに広がっている。おかげで魔法でできた煙はネギ達に届かなかった。

「逃げろ!!」

レンジが叫ぶ。状況を理解した刹那はネギとアスナを引っ張って祭壇から素早く離れた。

「いい判断だ。そのわけの分からない能力といい、脅威に値するよ」
「スカしやがって。またさっきみたいにやられたいか?」
「その腕で出来るものならね」

クロノスライサーが解除され煙が消えた。呪文を唱えた少年に被害はないが、レンジは四肢の先端が完全に石化している。

「煙を全身に浴びてたったそれだけか。他にもまだ秘密がありそうだね」

単純に『堅』で抵抗しているだけだが、少年にはそこまでわからない。ただレンジを見る眼が、まるで
実験動物を見つけたような、レンジを酷く不快にさせるものだった。

「あの金髪の人もそうだったし、生かして捕まえないと」
「…………」

少年が話している間にも。レンジの四肢が徐々に石化していく。エヴァが言ったように進行が遅いのは幸いだが、状況がまずかった。このままでは抵抗しても、最悪腕を折られるだろう。

せめてクロノスライサーで足止めしようかとも考えたが、今『堅』をやめると一瞬で体が石になると予感が告げていた。
尚更足手纏いにしかならない。せめて一矢報いる瞬間が来るまで、レンジはジッと耐えた。






「この辺りね。……あら?…………あなた達どうしたの?」

アスナ達と別れた場所から少し離れた所に、木が無い広場があった。ちょうど巨鬼の体が見えて、絶好の狙撃ポイントだ。

なぜかそこには消えたはずの夕映とチャイナ服の長瀬楓と、ちょっとズタボロの少年がいた。
エナは知らないことだが、長瀬と少年はさっきまで戦っていて、長瀬の勝ちで勝負が終ったところだ。

だが、エナの質問は『何故ここにいるのか』ということではない。

「くぅ……うぐぅ………」
「泣くな少年、拙者にもその気持ちはよく分かるでござる」

何故か腕を組んで仁王立ちして男泣きしている少年と、同じように目頭に涙を溜めている長瀬に、何があったのかと聞いているのだ。

エナは2人の様子を呆れた顔で眺めている夕映に、目で何があったのかと訴える。

「エナさんが来てから急に泣き始めたです。なにかしたですか?」

い〜え、と心当たりが本気でないので首を横に振るエナ。
このままではらちがあかないので、エナは少年に優しく尋ねた。
一体なにがあったのかと。
少年は涙ぐみながら答えた。

「やっと描写が」

バーイニー! ガタン!!





エナはすぐカードを武器に換え、念弾を作り始めた。両手の間から小さな光点が現れる。
それがある程度の大きさになったとき、エナが知る上で最強の爆弾が生まれる。

残り7分。







「え!?ちょっとマジでこれで!?ま、待って!Please One more!い〜や〜〜………」






今、純白の羽が夜空へ飛び立った。皆の想いを背負って、刹那は木乃香のもとへ。
邪魔をする無粋者は彼等が退けてくれるだろう。

「いきます、アスナさん!」
「OK!」

ネギの魔力がアスナに注ぎ込まれる。目の前の少年を倒すには足りないが、足止めなら充分だ。
だが時間の余裕は無い。

「でも………このガキが来たってことは、嵩田さんは…」
「レンジさんなら大丈夫です。祭壇近くで石にされかかってますけど生きてます」
「わかるの!?」
「はい。多分このアーティファクトの能力だと思います」

ネギの左薬指にはまっている金の指輪が光る。

「だったら、さっさとコイツをぶっ飛ばして助けに行きましょ!」
「来るのかい?だったら相手をしよう」

今から刹那を追っても間に合わないと判断したのか、それとも単純に興味が湧いたのか、少年はネギ達と戦うことを選んだ。

カモの掛け声でアスナが走る。人間相手にハリセンがどれだけ効果を持つのか分からないが、魔力で強化されているのだからそこそこ痛そうではある。
だがそう簡単に当たる相手ではない。

魔法の一種なのか、一瞬でアスナの背後に現れた少年は回し蹴りを打つ。
すぐにネギが反応するが、同じようにネギの背後に移動した少年は魔力が篭った拳を真直ぐ突き出した。
同じ体格の子供が打ったとは思えない衝撃がネギを突き飛ばす。そのまま一直線にアスナのところへ。

起き上がってすぐのアスナは反応が遅れてネギを受け止めることが出来なかった。2人は衝撃に負けて共々弾き飛ばされた。

「つ、強ぇ!」

カモは、あまりの実力の差に驚愕する。
今まで戦った――――と言ってもゴーレムとエヴァぐらいしかいないが――――どの敵よりも強い。
その理由は容赦の無さにある。
学園長が扮したゴーレムは最初から傷つける気はなく、エヴァも自身のルールに従って遊んでいただけだ。
千草もどこか甘いところがあった。
しかしこの少年は違う。ネギ達を積極的に倒そうしている。
そして戦い慣れている。そこがネギと大きく違うところだ。

「『ヴィシュ・タルリ・シュタル・ヴァンゲイト』!」

少年は2人が立ち上がりきるのを待たず、呪文を唱え始めた。
どんな効果を持つ魔法なのか、本来アスナにはわからない。
ただ警告する感に従って、ネギを護るように抱きしめ少年に背を向けた。

「『石化の邪眼』!!」

2人に向けられた指先から一帯の光が放たれる。
余波を食らって橋が石に変わる。
無論アスナとて例外ではない。ただし、石に変わったのは上着だけだった。

「やはり魔力無効化………。君から始末させてもらう、カグラザカアスナ!」

まともに呪文を使えないネギより、魔法が効かない従者のほうを脅威と見た少年は、石になった上着のせいで動けないアスナに向って拳を繰り出す。

「させない!!」

なけなしの魔力を使って、ネギは少年の拳を止めた。掴んだ手から煙があがるほど、少年は手加減せず、ネギはそれを止めた。

「いたずらが過ぎるガキには、おしおきよ!!」

石になった服が完全に砕け、自由になったアスナはハリセンを思い切り少年に叩きつけた。
その瞬間、何かが割れる音と共に少年の周りから魔力の欠片が散らばる。

「障壁が!?」
「兄貴、今だ!」

カモは少年に起きた現象をいち早く察知し、ネギを促す。
対するネギも、もう考えている余裕はない。残りの魔力を右腕に込めた。

石にされた生徒、呪術会の人たち、攫われた木乃香のことを思い、少年の頬めがけて拳を突き出した。






残り5分





巨大、それゆえ鈍い。翼により滑空する刹那を、スクナは捕らえる事が出来なかった。
そのため簡単に千草への接近を許す。

「貴様ァァアァ、神鳴流剣士!」

鬼の気に当てられたのか、千草の顔が狂気とは別の、まるでなにかに取り憑かれたようなモノになっていた。

「お嬢様を返してもらうぞ、天ヶ崎千草!」
「吼エルナヒヨッコガァアァァ!!」

千草は猿鬼、熊鬼を呼び出し応戦した。彼女の善鬼護鬼は最後に見たぬいぐるみのようなものではなく、正しく鬼の形相に変わっていた。

「(スクナの気に当てられた?いや、制御しているのならありえない。……まさか!)」

刹那は気を込めて千草を見据える。すると、彼女の背後にどす黒い瘴気が漂っていた。
それはかつて見たことがある『悪霊』とそっくりだった。

「(最初から憑かれていた?いや、ならもっと早い時期に行動していいはず………)」

そこまで考えて、刹那は夕凪を構えた。千草がどうなっていようと知ったことではない。今やるべきは木乃香の救出ただ一つ。

「はあぁぁぁああぁあぁ!!!」

刹那は滑空しながら猿鬼と熊鬼を切り裂いた。そしてまっすぐ木乃香のもとへ。

「死ネエェェェ!!」

般若を彷彿させる形相で、千草は隠し持っていた短刀を構えて刹那に襲い掛かる。だが所詮素人。
剣士に敵う道理は無い。

刹那は一瞬躊躇し、その技を放った。

「斬魔剣・ニの太刀!!」

人のために魔を討つ。そのために生まれた技が千草を切り裂いた。
消える千草の意識。同時に千草を縛り付けていた悪霊はこの世を去った。

「お嬢様!」

無事木乃香を救い出した刹那は素早くその場を離れた。制御するために必要な木乃香と千草の両方失ったため、スクナは見境なしに暴れまわっている。
これで完全に召喚されたら、もう止める手段はないだろう。

「(エナさん、頼みますよ)」

何が起きるかわからない。だが刹那は祈らずにおれなかった。





残り3分。





渾身の一撃を、障壁を纏わないその体に当てた。本来なら大人ですら気絶ものなのだが、少年には傷一つついていなかった。

「今日で2人目だよ、殴られたのは」

しかも感に触ったらしく、無表情なりに憤りが浮かんでいる。
アスナが反応するが、もう間に合わない。
気を込めなおした拳がネギを襲った。



それを掴んだのは、影から現れた小さな手。


「私の従者に随分なことをしてくれたな、若造!」


闇から現れた人物は福音をもたらす。

「(影を使った転移!?)」

掴んでいる手を振り解こうとしてもビクともしない。
ならばと、少年はネギではなくその人物に向って拳を突き出した。

それより速く転移してきた人物のもう片方の手が少年を襲う。
莫大な魔力を纏った拳は、その細い腕から考えられない威力をもって少年を湖の彼方まで弾き飛ばした。

「エヴァンジェリンさん…?」
「なにをグズグズしている!早く桜咲達をここに集めろ!」

ネギの呟きを聞かず、現状の確認もせずエヴァは怒鳴った。彼女にしては珍しく『急いで』いる。
その迫力に押され、ネギはパクティオーカードを取り出し、召喚呪文を唱えた。
だが、カードはうんともすんとも言わない。

「さっきので魔力を使い切っちまったんだ!」
「ちぃ、肝心な時に!仕方ない……神楽坂明日奈、私とぼうやを祭壇まで連れていけ!」
「えぇ!?だだだ…だったらさっきみたいに影から移動すれば」
「できることならやっている………。急げ、時間が無い!」

できることなら。そう聞いてアスナはエヴァを見てみる。
彼女はただ立っているだけなのに、体中から汗を流していた。
そしてようやく思い出した。エヴァの呪いのことを。

アスナは露出している胸を隠そうともせず、エヴァとネギを担いで祭壇に向った。
その際、カモはエヴァに言われて刹那達を祭壇に呼ぶよう指示した。

「なんでそんなに急いでるの!?」
「この馬鹿が、もう忘れたのか!エナがここを狙っているんだぞ!」
「あ!でもなんでエヴァちゃんが知ってるのよ!」
「コウモリを媒介にして様子は見ていた。……お前達と別れるとき、エナが言ったことを覚えているか?」
「え!?えぇっと……『障壁を張ってもらうか、湖を離れなさい』?」
「そうだ。そのあと奴はこう言ったはずだ。『人が考えうる最強の爆弾』とな。湖ほどの広さを巻き込む人が生んだ最悪の爆弾。いくらお前でもわかるだろう」
「人が生んだ最悪の爆弾……まさか!?」
「そう、核だ。おそらくエナはそれを作っている」
「何よそれ!いくら魔法だからってそんなのあり!?」
「厳密に言えば魔法じゃないんだがな。それに、あいつなら恐らくできるだろう」

わずかな期間で、エヴァはエナの性格と実力をある程度把握していた。だからこそ言える。彼女なら必ずやると。

「で、でもそれじゃあ尚更遠くに逃げないと!」
「石化して動けない嵩田レンジを置いてか?そうするとお前達がエナに殺されかねんぞ」
「じゃ、じゃあ」
「私が障壁を張ってやる。放射能も防いでやるから心配するな」
「ホントに!?」
「勘違いするなよ。ついでだ」

話が終わり、アスナ達は祭壇へ着いた。すでに刹那が木乃香を抱えて待機しており、レンジもまだ石化しきっていない。

「あれほど気をつけろと言っただろうが」
「あぁ、まったく油断しちまったぜ」
「ふん。……ところで」

エヴァはレンジの足元に目線をずらす。
そこには気を失っている天ヶ崎千草がいた。
ずぶ濡れのところを見ると、一度湖に落ちたのを拾い上げたらしい。

「なぜこの女がいる」
「なんか知らんが上から落ちて来たんだよ。放っておくのもなんだから拾っといた」
「どうなっても知らんぞ。こいつは敵だ」
「なおさらケジメはつけてもらうつもりだ」
「フン…………。来たぞ」

エヴァは正面を見てそう呟いた。スクナがようやく大岩から出てきたのだ。
この鬼から見れば、レンジ達のなんと小さなことか。
サウザンドマスターと詠春でなければ封じられなかった意味が、このときようやく分かった気がする。

そして、

「タ〜イムア〜ップ」

訪れたのはスクナだけではなかった。







使ったのはキメラアントとの最終決戦のとき以来。先手必勝が戦いの基本なら、この力は個人のアビリティとして最強だろう。

エナは大きく息を吸い、いろいろ溜まっていたモノを体から吐き出した。
熱い息、緊張、それらを作る切欠になった砲弾が今完成した。

拳大の黒い砲弾がアーティファクトに装填される。
狙うは動きがとろい大鬼ただ一匹。
ちょうど召喚されきったようだが、もう遅い。
照準はすでに終っている。

「バァイ、木偶」

○○○と呟き、エナは鬼に向けて黒い弾を放った。







「いいか!外との繋がりを完全に断ち切る結界だ、何が起きても慌てるな!」

エヴァを中心にしてネギ達は互いに身を寄せ合う。
呪いのせいでうまく魔力を扱えず、あまり大きな結界を張れないらしい。

「あ、アレ!」

アスナが遠くから飛んで来る物体を見つけた。放物線を描きながらスクナのところへ向っている。
やけに小さいが、それは大した問題ではない。

「リク・ラクラ・ラック・ライラック!」

エヴァが始動キーを唱える。呪文が進むに連れ、ネギ達を囲うように現れた薄暗い膜が濃くなっていく。

「でもホントに大丈夫かな。核爆弾だったら中性子が停滞するから、結局被爆するんじゃ……」

聡明なネギらしい意見だった。チェルノブイリやヒロシマで二次被爆を受けた例は数え切れない。
爆発そのものを防げても意味は無い。だからこそ、最悪の爆弾と言われているのだ。

「核?なんの話だ」

ネギ達の暗い雰囲気に怪訝な顔で質問するレンジ。
もう四肢が完全に石になっているのが痛々しい。

「何って、アレよアレ!鬼を倒すためにエナちゃんが作ったヤツ!」
「アレが核だって?馬鹿言うな、いくらエナでも核爆弾なんか作れるわけねぇだろ」

レンジのセリフに、その場にいる全員の目が点になる。
エヴァなんて呪文が一瞬途切れたぐらいだ。

「し、しかし『人が考えうる最強の爆弾』で『湖全体を巻き込む威力』の爆弾なんて、巡航ミサイルでも無理じゃないですか!」

刹那の言う通り、何気にこの湖は大きい。例えペットボトル程度のテルミットを使っても精々巨大な水柱が上がる程度ではなかろうか。
そして、この場ではエヴァにしかわからないことだが、弾の大きさを考えても核爆弾以外ありえない。
なぜならカラフルクラスターは大きさによって威力が変わるからだ。
拳大の大きさでこの湖を巻き込む威力の爆弾など考えられない。
しかし、レンジは言う。

「確かに、あいつは昔核爆弾を作ろうとしたさ。でもアレって結構難しい機構みたいで、結局作れなかったんだと」
「じゃあ一体何を創ったんですか!?」
「来たぞ、伏せろ!」

ネギ達の頭上を弾が通過する。その瞬間を最後に、ネギ達の周りが完全に黒一色で覆われた。結界が作動したのだ。

「なんか無いかって言われて俺が教えたんだけど………」
「なんと答えたんだお前は」

静かになった結界内で、レンジの一言がやけにはっきり聞こえた。






「反物質」






核子と電子の反粒子、すなわち反核子と陽電子とからつくられる物質。
そこに存在することすら許されない未知の物質は、現世に現れた瞬間対消滅の法則に従い、ほぼ100%エネルギーへと変換される。
わずか1グラムで90兆ジュールという、途方にくれたエネルギーは核爆発すら及ばない。
正に人類が考えうる最強の爆弾と言えるだろう。






召喚されてわずか数分たらず。スクナは核並の爆発を食らって還された。
合唱。







「この馬鹿モーーーン!」

ゴメス!とエヴァはレンジの頬を殴る。
数分後に結界は解かれ、ネギ達が見たのは隕石でも落ちたのかと勘違いするほどでかいクレーターだった。

しかもそういう風に調整したのか、湖の大きさと丁度同じぐらいである。爆風で桜の花びらが盛大に散っているが、木自体は焦げ跡すらない。

「この際エナが作れるのはどうでもいい!なぜそんな物騒な物を教えたんだ!」
「しゃーねーだろ!虫キングと戦うのに必要だって言われたんだから!」
「だったらクラスター爆弾を練りに練って使えばよかったではないか!見ろこの惨状を!」
「私有地だからいいじゃねぇか!こんな山奥ならキノコ雲も人里から見えてねぇよ!」

そういう問題ではないが、無事スクナを倒せて放射能の危険もないので、結果だけみれば問題ないような気がする。少なくとも、犯人を無事確保できたので、事件としては良好の結果ではなかろうか。

エヴァもその辺りを心得ているので、レンジへの追求はそこまでにしておく。

「まぁなんにせよ、これでこの件は片付いたと見ていいだろう。犯人も捕まえた、あの白髪も水がなければ転移できん」

湖の水は一滴も無い。エヴァの影と違い、水を媒介にする白髪の少年はもう現れないだろう。

「だったらさっさと治してくれねぇ?これ」

レンジが石になった腕を振る。完全に石化していないのでまだ少し動けるようだが、そろそろやばそうである。

「私は治癒関係は苦手だ。………それに、そろそろ限界だ」

呪いの所為で魔力の供給がうまくいかないのか、エヴァはその場にへたり込む。早くエナに除念してもらわねば。

だが四方は深いクレーターで、しかも橋は結界で守った場所以外は綺麗になくなっている。木乃香の家に帰るのにも一苦労しそうだ。

だが、これで終ったのだ。
そう思うと自然と気が緩む。

だから、ネギは反応が遅れてしまった。




「『障壁突破』」
「エヴァンジェリンさん!」


水を滴らせた天ヶ崎千草がつくった水溜りから出てくる白髪の少年への対処が。
すでに呪文を唱え終えてから転移したのか、少年の魔法はすでに発動直前だった。
そして、ようやく気配に気づいたエヴァンジェリンへ向けて、

「キサマ!!」
「『石の槍』」

石筍のような石の槍がエヴァへ。



「頭が出た時点で気付いてたんだよ、ボケが」



半径2メートルの円に全員が納められていた。当然人間はおろか、魔法も止まる。
全ての時を遅くさせた空間で、唯一動ける人物が居る。

「ネギ!!」

堅を解いたレンジの体は急速に石化していった。もう時間が無い。
レンジのアーティファクトにより念能力を受けないネギだけが、この事態を解決できる。

「うあああぁぁぁ!!」

もう魔力はない。殴るだけの力も無い。
だから、ネギは勢いに任せて体当たりした。

「くっ!」

ネギが触れても解除判定はあるらしい。突然の衝撃に少年は狼狽した。
そして、ネギはなにも考えずに体当たりしたわけではない。

彼らが居る場所は、エヴァンジェリンを襲おうとして伸びかけている石の槍の前。


その瞬間、レンジは完全に石に侵蝕され、クロノスライサーが解除される。


「ぐっ!!」
「うわぁ!!!」

一瞬で伸びた槍に刺さる少年とネギ。幸い、ネギは脇腹を抉られるだけで済んだ。

クロノスライサーに当てられていた刹那達は電光石火の事態についていけなかった。
エヴァはなんとか反撃しようとするが、思うように体が動かなくなってしまっている。呪いが本格的に作動し始めたのだろう。

「く……せめて…この男だけでも」

ネギを振り払い、少年の手がレンジへ伸びる。アスナと刹那が慌てて得物を手に取る。しかしそれでは遅すぎた。

「死ね!」

少年の腕がレンジの首を落とすため振るわれた。





「ウキ!」





その腕を、ファンシーな猿のぬいぐるみが受け止めた。続いて現れた熊のぬいぐるみが石のレンジを抱えて、召喚した主の傍に降り立つ。

「裏切るつもりか、天ヶ崎千草」
「先に裏切ったのは……どっちや!」
「ちっ、祓われたのか。ヴィシュ・タルリ・シュ―――!?」

少年は千草もろともレンジを破壊しようとして、素早く呪文を唱える。しかし始動キーすら終える前にその場から退いた。
妙な形をしたナイフが刺さったのはそのコンマ数秒後だった。

「串刺シト輪切リ、ドッチガ好ミダ?クソガキ」
「マジックドールまで………」

大小のナイフによる連撃が少年を襲う。魔力で強化された体はうまく防いでいるが、怪我をしているのが原因か、動きが鈍い。

しかし鈍いのはチャチャゼロも同じだった。エヴァの魔力で動くマジックドールは本体の影響を免れない。

「覚悟!」
「てぃやーー!」

それを補うには余りある剣撃が少年を逃がさない。

「さすがに分が悪い。今回は引かせてもらう」
「逃がすか!」

刹那の斬岩剣が少年を襲う。だが剣が当たる前に、少年は札を使ってその場から消えた。

「ケッ、逃ゲヤガッタ」
「くそ!」

刹那は悔しそうに剣を納める。チャチャゼロも敵が居ないか周りを確認するが、自身が言った通り、もう誰もいない。

「ちょっとネギ、しっかりしなさいよ!」
「馬鹿、揺らすな!肺まで届いているかもしれんのだぞ!」
「なんとかならないの!?」
「さっきも言ったが、私は治癒魔法は苦手なんだ!」

魔力だけで治せない怪我を前にうろたえるエヴァ。アスナ達もただの女子中学生なので応急処置すらままならない。
加えてネギにはもう魔力がない。精神的にも限界なのだ。このまま放置すれば確実に死ぬ。

もちろんそんなことは誰も良しとしない。
だから、彼女は名乗り出た。

「アスナ、ウチ…ネギ君にチューしてええ?ほら、パクテオーとかいうやつ」

その言葉に、カモと刹那はハッとした。

「そうか、このか姉さんの潜在能力なら、あのシネマ村の時みたいに………」
「うん、修学旅行中ずっとみんなに助けてもろたし……ウチにはこれぐらしかできひんから」

木乃香の決意は固い。なによりそれ以外の手段はないのだ。
この場にいる全員が、木乃香に全てを託した。

「ネギ君……しっかり…」

カモが書いた魔法陣の上で今、契約が成された。







その後、治癒の力を持つアーティファクトを手に入れた木乃香によってネギは一命を取り留めた。
白髪の少年によって石にされたレンジや長達も無事救出。
古菲達も無事に生還し、事件はこれにて一応の終わりとなった。





かに思えた。






発端はこの2人の些細なセリフから。







「大きい鬼が、今度会ったら酒でも飲もうって言ってたアル」
「よし、宴会準備だ」
「合点ダ」
『えぇーーーー!!??』


まだだ、まだ終らんよ。








それなんてARMS?というつっこみは受け付けておりません。
次の話で修学旅行編は終わりです。
早く祭り編を書きたいものです。