白く照りつける太陽に当てられ色濃く浮き出る木陰。 
数少ない雲の間から見える青い空。それを映す海もまた青い。 
日本では味わえないこのリゾートは南国の特権。おいそれと来れる場所ではない。 
「さぁさネギ先生、あちらのビーチへ――――」 
『海だ!!!!!!』 
ネギの手を引いて浜辺を歩くいいんちょの横を何人もの同級生が走り抜ける。ピューンみたいな感じで。 
「何故……何故クラスの半数以上がここに………」 
白い砂浜の上でorzになるあやか。 
道端でネギを拉致するのに成功したのも束の間。チャーター機のある空港までいくと、スタンバっているクラスの面々がいれば連れて行かざるをえないだろう。 
泣きたくなるのも無理はない。 
「いいじゃないですかいいんちょさん。大勢の方が楽しいですよ」 
「そうですわね」 
天使のような笑み(いいんちょ視点)を向けられ、機嫌が一瞬でよくなるところは流石である。 
「親睦を深めると思えば、それもよろしいですわ」 
いいんちょの視線の先には、乗り物酔いしたレンジをお姫様抱っこする、水着姿のエナとエヴァがいた。 
ネギま×HUNTER!第20話「開眼」 
「楽園を一瞬で地獄に変える方法。それは海の中で吐くこと………」 
「酔い止めが欲しいなら素直にそう言いなさいよ」 
エナは体の傷など知ったこっちゃないと言わんばかりに露出の高いビキニを着ている。 
対するレンジはパーカーと半ズボンのみで、保護者丸出しのいでたちだ。 
「いや、酒でいいや」 
「あんた本当にバッカスの生まれ変わりじゃないの?」 
雪広グループが抱えているボーイにトロピカルジュースときつめの酒を注文し、3人は自然素材で出来た日傘に備えてあるビーチチェアに腰を下ろした。 
「わざわざこんなところに来なくともいいだろ。私の別荘では不満か?」 
半ば無理矢理連れてこられたエヴァは不貞腐れていた。これからネギの修行で潰れるであろう休日。その最後を堪能しようとした矢先、家を尋ねてきたエナにいきなり紫弾を食らい、有無を言わさず拉致されてきたのだ。 
幻影旅団とつるんでいた経歴は伊達ではない。 
「気にしないで。ただの宇宙意思だから」 
「それを言ったら元も子もなかろうが」 
単純に遊びたかったと言えないらしい。 
「古菲とアキラもこっちに行くって言ってたし、誘われて断れなかったから2人とも道連れにしたかっただけ」 
「性質の悪い女だな」 
その結果、レンジは酔いでダウン。いと哀れなり。 
「じゃあ私達遊んでくるから、適当にしといてね〜」 
「おい、私は行かんぞ!待てそこを掴むな、食い込む!!」 
猫のようにエヴァを持ち上げ、クラスメートのいるところへ向うエナ。 
一人残されたレンジは、遠くから聞こえる黄色い声に耳を痛めながらゆっくりした時間を過ごす。 
「平和だね〜」 
心底痛感する一言だった。裏に関わると言うことがどれだけ辛いか、自分の世界に戻ってきて思うというのは皮肉にもならない。 
一般人はやはり表にいるのが一番なのだ。殺伐とした世界など垣間見る必要すらない。 
それでもあの2人はネギについて行くだろう。人一倍好奇心が強い年頃なのだから。 
「あの〜………」 
「嵩田さんでしたね。話があるです」 
そら来た―――。 
レンジは閉じていた目を開いた。強い光にしかめつつ声のした方を見ると、胸元にCeltic moonとプリントされたおそろいの水着を着ている夕映とのどかがいた。 
「なんだ?ネギならあっちにいるぜ」 
「もちろんあとで行くです。ただちょっと聞きたいことがありますから、答えて欲しいです」 
「内容によるな」 
ボーイの姿はまだ無い。酒を掴もうとした手が一瞬動き、すぐに元の位置にもどった。 
「なぜ貴方方は一般人が裏に来ることを拒むですか?本人の意思を無視してまで」 
「そりゃまた初歩的な質問だな。そういう質問はネギにするべきじゃないのか?」 
「もちろんしたです。危険な目に遭うと言われて、実際に遭いました。それでも知りたいと思っているです」 
「ふ〜ん」 
長髪の娘から、となりで俯いている娘に視線を移す。 
「あんたもか?」 
「えぅ!?は、はい〜。少しでもいいからネ……ネギ先生の力になりたくて……」 
男性恐怖症にしてはしっかり話せている。それだけ意思が固いということか。 
「教えてください。それでも私達が進む道は間違っていますか?」 
「いや全然。行きたきゃ勝手に行きな」 
「………………へ?」 
てっきり全否定されると意気込んでいた2人だったが、レンジの素気ない返事に面を食らった。 
「でも先日、エナさんがあんなに」 
「あれはあくまでネギの不始末を責めてただけだ。何人も巻き込むな、いい加減にしろってな。当人同士の問題に口出す気はねぇよ」 
ただ―――とレンジは付け足す。 
「年長としてアドバイスするなら、平和な生活を心がけた方がいい。誰かが言ってたセリフだが、月は遠くから見るから綺麗なんだとよ。好奇心旺盛なのは結構。だがどんな理不尽が起きても文句は言えん。裏っつーのはそう言う世界だ」 
「覚悟の上です」 
夕映ははっきり答え、追従してのどかも頷く。 
「へぇ〜、なら俺から餞別をやろうか?」 
「餞別?」 
何かくれるのだろうか。そう思った矢先、2人の目の前からレンジが消えた。 
同時に、2人の背後に回り込んだレンジが首を掴む。 
「ひぃ!?」 
「な!?」 
短く悲鳴をあげる。掴む手の力は強く、息苦しさに顔が歪む。 
「裏にいる人間にとって人を殺すことは虫を殺すのと同じだ。お前等がこれからどういう道に進もうが、必ずそういう連中に会うだろうよ。俺ならお前等を殺すのに一秒もいらん」 
のどかが可愛そうなぐらい震えているので、レンジはゆっくり手を離した。 
「必要なのは裏に踏み込む覚悟じゃない。生き残ることだ。無様に、糞尿食らいながら、辱められても、自分が目指した場所に行ってみ〜」 
最後にポンっと頭を撫でられ、慌てて振り返る夕映。しかしそこにはもう誰もいなかった。 
「大丈夫ですかのどか?」 
「う、うん………多分」 
少し青ざめている友人を気遣いながらも、夕映はレンジの実力に戦慄していた。 
「(姿を消すタイミングと首を掴まれるタイミングがほとんど同時………。一体どれだけ素早く動けばそんな芸当を)」 
そんな化け物がいる世界。そんな場所に踏み込もうとしている自分が、どうしようもなくバカに見える。 
それでも怖気づくわけにはいかない。気の弱い親友のために、殺伐とした世界へ踏み込む覚悟は当に出来ている。 
「のどか行きましょう。ネギ先生に会って私達の覚悟を示すです」 
図書館島地下でドラゴンに襲われたときから、その道は決まっていたのだ。 
ありがとうございます―――夕映は小さく御辞儀をしてのどかを連れて行った。 
「ふぅ。やっと行きやがった」 
自然素材で出来た日傘の屋根から飛び降りるレンジ。 
自分が向おうとしている道がこんなものだと知ったら、夕映達はどう思うだろうか。 
「迷わず行けよ、行けば分かる。それでも分からなかったら少しぐらい迷ってみな」 
「は?」 
「いや、なんでもないです」 
怪訝な顔をするボーイから酒とジュースを受け取って、レンジも海へ向った。 
「いぃい古菲、周は物に念を込めて体の一部のように使う技よ」 
ビニールのビーチボールを持つエナは、ネットを挟んで対面にいる古菲に周の講義をしていた。 
即席コートにはその2人しかおらず、残りはコートの外で何が起こるか見守っていた。 
「百聞は一見にしかず。受け止めるなり避けるなりしなさい」 
「私は逃げないアルよ!」 
たった一言で百聞とはいかなものか。 
気合と共に堅を展開する古菲。その意気に応えるようため、エナも堅を展開する。 
そのオーラをビーチボールに込め、空に投げる。 
次いで自身も跳び、硬にした右腕でボールを叩いた。轟音を発しながら、ボールは古菲ではなく見当違いの方向へ跳んでいく。 
古菲を含め誰もががっかりした。わけのわからない大見得を切って暴投とは。 
その油断が命取りになった。 
自分の隣を通りすぎようとしたボールが、己の15年の人生を否定するぐらいほぼ直角に曲がった。 
「おぉう!?」 
慌ててレシーブの構えを取ってボールを迎え撃つ。 
ドズン!!!! 
軽いはずのビーチボールが有り得ない重量で古菲の腕に激突した。 
有り得ない回転数と伴って、堅では到底防ぎきれない。 
「くぅぁぁあああああ!!!!」 
耐える、耐える。その間に打開策も考える。 
今自分に欲しいのはボールを受け止めきるだけの力。だが全力の堅で受け止められないなら、これ以上の力を期待するわけにはいかない。 
ならば、 
「一点集中。それしかないわよ」 
足に最低限のオーラを残し、残りの全てを腕に集中する。 
「ぁぁぁぁああああああ!!!!」 
初めての試みが成功し、ボールは古菲の腕から離れて宙に舞った。 
しかし勢いが足りなかったのか、ボールは古菲のコート内に落ちた。 
ドス! 
ビーチボールにあるまじき音で。 
「はい、一点」 
人差し指をピンと立てて宣言する。その瞬間歓声が上がった。 
「この調子でいけば明日には全員裏側の人間になるな」 
「エナの馬鹿女ーーー!!!!」 
とりあえず演技と手品ということで落ち着いたという。 
「テメェ等帰ったらデコピンインパクトな」 
「しばらく別荘は控えようか」 
「偶には渋谷にでも行くアル」 
「じゃあこの場でやってやらぁーーー!!!」 
レンジの攻撃。古菲とエナは一目散に逃げ出した。 
「俺の能力から逃げれる――――ぬお!」 
二人の前に回りこんだ瞬間、レンジの足元から紫色の煙がシュボンと音をたてて浮かび上がった。 
『そんなあなたにタックル(アル)!!』 
「うぼぁ!」 
見事なほど息の合ったツープラトンでレンジをぶっ飛ばした2人は、今度こそ一目散に逃げ出した。 
「待てやコラーーー!!」 
砂浜に頭から突っ込むというお約束を起こさず、空中で体勢を立て直して見事着地。そのまま2人を追った。 
どうやら除念の効果は一瞬だったらしい。 
「…………ねぇ今、あの人瞬間移動しなかった?」 
「うん………わたしもそう見えた」 
釘宮と柿崎が太陽で出来た汗とは思えない冷たいものを垂れ流していた。 
その様子に、エヴァはただ呆れる。超能力も裏に入るのだろうか―――――そんなことを思いながら。 
白く照りつける太陽に当てられ色濃く浮き出る木陰。 
数少ない雲の間から見える青い空。それを映す海もまた青い。 
「待ちやがれーーーー!!」 
「待てと言われてーーーー!」 
「待つ馬鹿はいないアルーーー!」 
所により砂煙が舞うでしょう。 
念を使った全力疾走の所為でレンジはうまくクロノスライサーを使えず、結果追跡者となってしつこく2人を追っていた。 
「STARS!!」 
そう、そんな感じで。 
「ほ〜らレンジ〜、捕まえてごらんなさ〜い!」 
「くそぉ!俺にネメシスが、ネメシスが憑いていれば!」 
「触手プレイができるアルね」 
「おいこら中学生!」 
「にょほほほほ〜」 
エナの影響か、中々アダルトな思考をするようになった古菲であった。 
これからもそうやって逞しくなっていくのだろう。 
「でもこのまま走ってばっかりってのもつまんないわね」 
「ネギ坊主でも巻き込むアルか?」 
「OK採用。さっきいいんちょ達にもみくちゃにされてなかった?」 
「その後入り江の方に行ったアル。地獄は皆で行くヨロシ」 
「余裕だなあぁテメェ等よおぉぉ!」 
能力が使えなければレンジの扱いはこんなものだった。 
白く照りつける太陽に当てられ色濃く浮き出る木陰。 
数少ない雲の間から見える青い空。それを映す海もまた青い。 
そろそろこの文章も飽きたのでこれで最後にします。 
「平和ねぇ〜」 
マタ〜リ浮き輪で漂うアスナ。あやかのリゾートということであまり乗り気ではなかったが、ネギが来てからゴタゴタしていた学園生活に疲れを感じていたらしく、なんやかやで本物の休日を満喫していた。 
「お嬢様行きましたよ〜」 
「やん、お嬢様なんて言わんといて〜」 
「ぁ………」 
「えへへ〜」 
浜辺では仲睦まじく遊ぶ木乃香と刹那。大変幸せそうな場景の隣で 
「兄貴〜、大丈夫か〜?」 
「う〜ん、マシュマロが……マシュマロマンがこんにちは………」 
地獄と天国を垣間見たネギがダウン。 
いつものことですね。 
アスナは先日、暴言の謝罪を受けてネギを許している。それでも『那波の胸に頭を埋めて比較的胸の大きい女の子の胸を押し付けられながら溺れる』彼を助けなかったのは、『いつものこと』と呆れていたから。 
一体いつから『それ』が日常になったのか。 
もちろんネギが来てからであるが、アスナの頭の片隅にこびり付いているはるか昔の記憶が、彼女の心に波紋を残す。 
時折見る変な夢。いつかその正体がわかれば彼女の心は静けさを取り戻すだろうか。 
それとも 
「おーたーすーけー!………アル」 
「だからなんで語尾に『アル』をつけるんだよ!」 
「語尾がハートとかクローバーのピエロよりマシでしょー!」 
波乱が満ちた世界へ向う決意に満ちているだろうか。 
プシュ〜……。と額から煙を出しながら横たわる古菲とエナ。 
アスナ達と合流できたまではよかったものの、巻き添えにするための布石が無く、むしろ進行の邪魔にしかならなかったので、結局追いつかれてしまいデコピンインパクトの餌食に。 
「師父の能力は……反則アル。周とか流とか関係ないもん」 
「今更なこと……言うんじゃないの」 
そんな2人を誰も助けようとしない。薄情と見るか賢明と見るかはあなた次第。 
「くそ……酒飲み損ねちまった」 
「また飲んでるんですか?程ほどにしないと体壊しますよ」 
「お前にもいつか分かる。飲まなきゃやってらんねーって時があるんだよ大人には」 
「四六時中やってらんねーって感じなんですか?」 
アル中にならないのが心底不思議だと思う刹那だった。 
「警備員はんていつも飲んでんな〜。なんか嫌なことでもあるんやろか」 
パクティオーカードから召喚したコチノヒオウギでデコを治す。非常に贅沢な使い方だ。 
「カモな。酒ってのは嫌なこと忘れさせてくれるもんだぜ」 
「ニューヨークにいた頃なにかあったのかな。エナちゃんなにか知ってる?」 
「ん?……ニューヨークってなに?」 
まだクラクラする頭と戦いながら、エナはフラフラと立ち上がる。 
「何って、前に住んでたところよ」 
「向こうにニューヨークなんて無かっ…………」 
「……………」 
「……………」 
「……………」 
「あぁニューヨークね!そりゃあんた、向こうで人殺しばっかりして」 
「わざとらしいしそんないいわけで納得しろっての?」 
うっかりカミングアウト。幸い誰も信じなかった。 
「そういうのは本人に聞いてよ。子供だからってプライバシー無視してると痛い目あうわよ」 
ネギがビクゥっと反応した。以前勝手にエヴァの夢を見たことを思い出したのだ。 
「もうなんかしでかした後みたいね。ネギ先生」 
「いえ!もう昔のことなので!」 
また酷いこと言われるかもしれないと怯えたネギはあわわと言い訳する。 
「怯えてんじゃないの。この間レンジが言ってたでしょ。10歳のガキなんだから多少の粗相は仕方ないって」 
「そう言ってくれるのは嬉しいんですけどもう少し言い方を考えてもらえればもっと嬉しいんですけど」 
なにか納得いかないネギだった。 
それでも強く言えない。だってエナが怖いから。 
教職が暴力に屈した瞬間だった。 
「おーいそこぉ、俺等腹減ったから一旦ホテル戻るけどどうする?」 
いつの間にか復活した古菲が心なしかげっそりしている。念の使いすぎでバテたようだ。 
当然同じことをしていたレンジも消耗している。 
ネギ等は特に空腹を訴えていないので残ることにし、レンジはエナと古菲を連れてその場を離れようとする。 
「ネギ先生ーーー!警備員さーーーん!」 
彼等が来た方向の反対側から、息を切らして走ってくる裕奈と亜子が見えたのは、その直後だった。 
少し沖の方に行ってみよう――――――もう誰が言ったのか覚えていない提案に彼女達は頷いた。 
リゾートとして整備され、知った人間が大勢いる場所のせいで少々浮かれている。 
危機管理。遊び盛りの彼女達にとって無縁の言葉だろう。 
南洋の沖に出るということがどれだけ危険か、それを身をもって知ることになろうとは、このとき誰が予想しただろうか。 
「サメーーーーーー!!!!!!」 
さっきまで笑いあっていた様子は微塵も無い。 
悪戯でもなければ見間違いでもない。生々しい光沢を持つ背びれは、牙を剥き出しにして彼女達を襲う。 
いつの間にか『しきり』を超えてしまい、必死になって引き返すハルナ他4人。 
しかし時速数十キロで泳ぐ生物に敵うわけがなく、互いの距離がグングン縮まっていく。 
「きゃーーーきゃーーーー!!!」 
映画で見ればB級ホラー。しかし実際に襲われればこの世の何にも勝る恐怖を味わうことになる。 
背後から迫ってくる脅威に、まき絵はただ悲鳴をあげることしかできなかった。 
「待って!足吊っちゃった――――うきゃーーーー!!」 
「ぅおねぇぃちぃやーーん!!!」 
グワーーー!!と口を大きく上げて迫るサメ。その顎が目の前にいた鳴滝姉妹に迫る。 
「やめて!!!」 
サメの急所の一つである鼻先にアキラの蹴りが決まった。しかし海の中ではたいした瞬発力を得られず、一時しのげたものの撃退することはできなかった。 
サメは大きく旋回して一団から離れる。 
「早く!」 
次も同じことが出来るかわからない。チャンスができている間に浜へ。 
だが無常にも、サメはすぐに引き返してきた。 
『しきり』はまだ遠い。 
心優しき彼女が考えることは一つ。 
「あ、アキラちゃん!?」 
サメに習うように大河内アキラは引き返した。少しでも時間を稼げば助かる人は多くなる。 
最悪命が無くなる。生き残れても、もしかしたら体の一部を無くしているかもしれない。 
しかし逃げ切れる可能性があるのは水に慣れているのは自分だけ。 
覚悟を決め、彼女はサメに立ち向かう。 
楽しかったはずのバカンスが一転して一触即発の事態に。多くの同級生が浜に集まり、何も出来ない自分にやきもきしている。 
「ヘリでもクルーザーでも、なんでもいいから出せる物を出しなさい!手の空いてる人はあそこの手漕ぎボートを!あ、アスナさん!ネギ先生!」 
そんな中行動する者がいる。控えていたボーイに指示するあやか、無我夢中で海に飛び込むネギとアスナ。 
一歩遅れてレンジ達も海へ。しかしいかんせん距離が開きすぎている。念でオリンピック選手のように速く泳げるわけがない。 
ましてや15人以上の大観衆。能力を見せて怪しまれるわけにもいかない。 
ならば見えないところでやるしかないだろう。 
『硬』 
レンジは息を全て吐き出し、浮力を極限まで減らして海底に足をつけ、腕一つに全てのオーラを込める。 
その拳の先に、同じく硬で足を強化したエナが待機。 
「(ビッグインパクト!)」 
本来の持ち主ほどの威力はない。だがただの人間では打てない一撃がエナの足に直撃した。 
その衝撃に乗って、エナは魚雷の如き勢いで沖へ向う。 
水面でクロールするネギとアスナなどなんのその。 
「(師父師父!)」 
次は自分だとジェスチャーする。 
「(お前まだ硬使えねぇだろ)」 
「(流はできたのにorz)」 
古菲、出番なし。 
一秒が長い。そう感じ初めてようやく1分経った。サメは自分の思惑に乗りハルナ達を追おうとしない。ただひたすら目の前の獲物を狙いつづけている。 
これは今まで一度も有りえなかった事態だった。 
ある種の緊張に似ている。県大会を賭けた大会に出るとき、街で喧嘩をしている人を見たとき。 
手に汗が浮き出て体が震え、心臓が高鳴る。 
でもこれは、そのどれでもない。 
心臓が踊る。冷たい海水に浸っている体が熱く奮える。 
怖い。死にたくない。泣きたくなる。誰か助けて。生きたい。 
曖昧なものじゃない。生きるか死ぬか、その前者を掴み取るために体が奮えている。 
ならば逃げつづけよう。それも生きるために必要だから。 
………………。 
しかし、なんだ。もう2分は経っているだろうか。 
相変わらずサメは背後を追ってきているし、少し遠くにはなんだか凄い勢いで自分に向ってくる人影が見える。助けてくれるのはありがたいがもう少し常識的にして欲しいと思う。 
ならば常識的に考えてみよう。 
何故サメは未だに自分の後ろにいる。 
魚類に比べれば人の泳ぐ速度など高が知れている。ましてや相手は獰猛な海のハンター。生身の人間が逃げれる道理は無い。 
何故?何故? 
気付けば、彼女はそんなことを考える余裕までできていた。 
「(助けは必要なかったみたいね)」 
揺らめく自身の毛を払い、エナはその光景に見入っていた。 
水面の乱反射で波と同じように揺らめく光はスポットライト。神々しい光を浴びる役者は水の中を自由自在に泳ぎ、従者を伴って踊る。 
もう彼女の顔に戦慄は無い。ただ優雅に踊る人魚劇が開かれていた。 
「(念をあてまくった甲斐があった………。襲われた恐怖で目覚めたか)」 
2足の足は魚の尾びれと代わり、水着も貝殻や珊瑚で装飾されたものに変化している。 
大河内アキラの姿はまさしく、絵本に出てくる人魚と同じものになっていた。 
エナはこの神秘的な光景を、綺麗だと思いつつもどこか冷めた目で鑑賞しつづけた。 
ふと、今まで踊っていたアキラがサメの体にそっと寄り添う。お腹の辺り何度か撫でられたサメは、もう何もすることが無くなったと言うように、アキラから離れていった。 
演目が終了した。そろそろ息が限界に近づいてきた理由もあり、エナはアキラと合流して海面に浮かんだ。 
新鮮な空気を吸い込むエナだが、アキラはあれだけ激しく泳いでいたのに乱れ一つ無い。 
能力の恩恵だろうか。 
「無茶するんじゃないの」 
「ご、ごめんなさい」 
指先でデコをうりうりする。大惨事を免れ上々の結果ではあるが、あまり誉められた行動ではないのも確かだ。 
浜辺を見るとハルナ達は無事救出されている。ネギとアスナが受け持ってくれたようだ。 
「これは一体なんなの?ずっと水の中にいたのに苦しくなくて……それにこんな……」 
腰から下が魚になっていれば誰でも怖気づく。彼女も例に漏れず不安そうな顔をしている。 
「あとで説明するわ。その前にやることがあるでしょ」 
そう言ってエナは浜辺を指差す。 
アキラは心配そうにしているクラスメートに向って大きく手を振った。 
途端歓声が響く。 
「さっさと戻りましょ。多分皆から泣き付かれると思うから覚悟してなさい」 
「あ、あのその前に」 
少し言いづらそうにモジモジする。 
「どうやったら元に戻るの?これ」 
「…………」 
とりあえず紫弾を叩き込んでおいた。 
騒動から数時間。エナの宣言通り無事救出されたハルナ達と残りのクラスメートに泣き付かれ、オーナーとしてあやかに平謝りされてオロオロするアキラを放置して、レンジとエナは離れの休憩所で身を休めていた。 
「発が先に目覚めたのか。どこか変なところがあるとは思ってたが」 
「古菲に続いて二人目。煽っといてなんだけど念てこんな簡単に修得できるものだったかしら」 
「俺達が言っても説得力ねぇな。ネオンの例を見りゃわかるだろ?突然変異ってのはああいうことを言うんだ」 
「偶然とは思えないけどね。古菲、アキラ………長瀬や龍宮、それにアスナ、刹那、木乃香。佐々木も少し人間離れしてるし、予備軍はまだまだいるんじゃない?」 
「これ以上増えると……ネギを説教した意味がなくなるな。変なことにならなきゃいいんだが……」 
「例えばクラス全員魔法か念使い?」 
「最悪そうなる。古菲とアキラに充分注意するよう言っておこう」 
「OK。説明は私がしておくわ」 
話が一段落終えて、真っ赤な夕日を2人で眺める。 
「と・こ・ろ・で」 
そんなとき、不躾にエナが口を開いた。 
「頑張ったご褒美ほしいんだけど」 
「何もしてねぇくせに………。5万ぐらいでいい?」 
「そんなエンコーみたいなこと言わないでよ。いいムードなんだから考えなさいよもうちょっと」 
トスっとエナは体を傾けてレンジに預ける。 
「ま………冗談だけど」 
「なんだ。キスの一つでもしてやろうと思ったのに」 
「だったらお酒控えてよ」 
「本気で付き合うようになったら考えてやるよ」 
「こういうときは『誓約』してでもやめるって言いなさいよ。減るもんじゃなし」 
「誓約はもうちょっと大事なときに取っておこうと思ってな」 
「…………。ふふ〜ん」 
「にやけるな、キモイ」 
エナは確信していた。あと一年もすればその大事が起こる。 
予知でも予想でもなく、確定された未来だと。 
だから、顔が赤いのは夕日の所為にしておこう。 
「寒くなってきたし、戻ろうか」 
「そうだな」 
ホテルではすでに夕食の準備がされているのだろうか、食欲をそそる匂いが漂っている。 
そういえば昼のゴタゴタのせいで昼食は食べていない。 
いったいどんな食事だろうか。期待に胸を膨らませて2人はその場を離れ、 
『………………』 
『ぬお!?』 
ようとして大勢の観客と向かい合う羽目になりあとずさる。 
「いいな〜」 
「ラブラブだな〜」 
「ご褒美か〜」 
「確かにいいムードだったもんな〜」 
「一人だけ彼氏同伴か〜」 
「いいな〜」 
まだ名前を覚えていないエナのクラスメートがここぞとばかりにちょっかいを出してくる。 
「いつからそこに?」 
「『と・こ・ろ・で』あたりから」 
「そう」 
ボキボキボキ!とエナが指を鳴らす。 
「忘れるか、記憶を無くすか。どっちがいい?」 
『あれ〜…?』 
戦慄。からかうどころか阿修羅を呼び出してしまい戸惑うクラスメート。 
『撤退ーーー!!!』 
「待ちなさーーーい!!」 
蜘蛛の巣をつついたようにワラワラと逃げ出した。エナもそれを追って各個撃破。 
全員揃っての食事は、もう少し後になりそうだ。 
「…………。まさかな………」 
例えばクラス全員魔法か念使い。わけ有りの人間を集めたクラス。 
よからぬ未来が実現しそうで、レンジは大いに不安だった。 
とうとうアキラも開眼。能力の説明はもう少しアトになります。 
だいたい予想はつくでしょうけど。 
ネギまとHUNTERのパワーバランスがどうも難しいです。 
学祭の3日に楓が『1km先まで気配を読んだ』と言ってたんですが、円で表現するとネフェルピトークラスです。実力=円の幅では無いらしいですが・・・・。