「さて少年、瓶を渡して『少年言うなーーー!!!』ぷろぁ!!!!」 
全身を黒い服でまとめた初老のオジンの頬に後ろ回し蹴りが炸裂した。勢いがかなりついていたらしく、オジンはぶっ飛ばされて夕食が飾られたテーブルを壊してしまった。 
「ま、待て!ここは立場が逆ではないか!?」 
「知ったことかい!!」 
「待って」 
さらに追い討ちかけようとする少年を、那場千鶴が引き止めた。 
「失礼ですが、貴方がどちら様か知りませんが、挨拶もしないで他人の部屋に土足で上がりこみ、年端も行かない子供をかつあげするなどまともな紳士のすることとは思えませんが?」 
「前半はともかく後半については全力で否定させていただくよ、気の強いお嬢さん」 
コートについた木屑を払いながら、オジンは帽子を脱いで軽くお辞儀をする。 
「では自己紹介からさせてもらおう。私の名はヴィルヘルム・ヨーゼフ・フォン・ヘルマン伯爵。没落してしまって今はしがない雇われの身だがね。テーブルとフローリングは責任もって弁償させてもらう」 
頭を垂れたせいで鼻血が床に落ちた。 
しかしオジンは気にしない。 
「今ならサービス期間中で願い事三つを『格安』でお受けするが、どうかねお嬢さん?」 
「弁償して帰って死ね」 
横から少年が三つの願いを言ってしまった。断ろうとした那場もその手があったかと感心する。 
その2人の後ろでは生粋の一般人である夏見が怯えまくっていた。 
「ならば代金として、君が私から奪った瓶を返してもらおう」 
「なんのことかわからんわ」 
この少年、ネコババする気である。 
「おとなしく渡してくれれば、何もせず帰るのだがね」 
「だから知らんと―――」 
少年は那場と夏見を部屋の隅に押し倒し、 
「言うとるやろ!!」 
ヘルマンに飛び掛った。 
「馬鹿正直に真正面から来るとは……」 
少しだけ期待していたヘルマンは失望した。麻帆良に来る途中瓶を奪った手際から見て、己の眼鏡に適う人材と思っていた。それがただの猪とは。 
だが、状況は一瞬で変わってしまった。なんと少年がヘルマンの目の前で6人に分裂したのだ。 
「誰が馬鹿やって!?」 
「これは影分身!」 
左から蹴り、右からフック、正面から打撃の嵐。わざと防げる攻撃を繰り出し、相手の手を上げて正面から渾身の一撃を放つ。 
「ぐぬ」 
「油断しとるからやでオッサン。これで終わりや!」 
腹にめり込んだ拳を引き、 
「あれ?」 
それだけで終った。何かをしようとしたかったようだが、どうやら不発に終ったらしい。 
「惜しい………記憶が戻っていればもう少し楽しめものを」 
たいしたダメージではなかったのか、ヘルマンは少年の隙を逃さず、その腕を掴み取った。 
「前途有望な少年の「少年て言うなーーー!!」へぶし!!」 
顎を蹴り上げる少年。だがヘルマンが掴んだ手を離すことはなかった。 
「と、とにかく恨まないでくれたま―――スパン!―――もぷ!!」 
口からなにか撃ち出そうとしたところを、今度は那場の張り手を食らって失敗に終る。 
「どんな事情か知りませんが、手を上げるなんて子供に対してすることではありませんわ」 
「いや、私は一度も手を上げていないんだが………」 
むしろヘルマンが一方的に殴られている。 
『いいんちょさん!?』 
『大丈夫だ。寝てるだけだぜ』 
なにやら玄関から幼い声がする。 
「ふむ、もう来てしまったか。仕方がない、君にも来てもらおう」 
「…………」 
ネギま×HUNTER!第22話 『わずかな再会』 
んで 
「この変態親父!!!」 
「ほんもげ!!」 
またしても顔面を蹴られるヘルマンであった。 
「いやいや、捕らわれのお姫様がパジャマ姿では雰囲気にかけると思って趣向を凝らしたのだが……その下着気に入らなかったかね?」 
「常識的に考えなさいよ!その趣向が気に入らないのよ!」 
知らないとはいえ悪魔に常識を語るアスナであった。 
そんな彼女が拘束されているのは世界樹前の学際用ステージ。 
スライムの触手で拘束されているので、捕らわれというより生贄のように見えなくもない。 
「お姫様ってんならドレスの一つや二つ繕いなさいよ!」 
「…………ドレスは高くてね」 
「まさかこの下着買ってきたの!?変態ーー!凶悪な変態がここにいますーー!」 
それにしてもこの女、余裕である。 
「はっはっは、ネギ君のお仲間は活きがいいのが多くて嬉しいね」 
「笑って誤魔化すな。………仲間?ちょっと、仲間って何よ!」 
『アスナー!』 
頃合を見計らったかのように叫び声がステージに響く。拘束されている体をひねって後ろを向くと、大きな水玉がいくつか鎮座しており、中に見知った顔が閉じ込められていた。 
真ん中の水玉に何故か裸の朝倉、古菲、夕映、のどか、一緒にいた木乃香、そして変身したままのアキラがダンダンと水の壁を叩いている。 
向って左側に気絶している那場千鶴。真に残念ながら普通の格好だ。 
その真反対側には、同じく気絶している刹那と千草がいた。 
刹那は学生服のままだが、千草はモンキースーツを着用している。抵抗したものの返り討ちにあったのだろうか。 
「ちょっと!アキラさんと那場さんは関係ないじゃない!」 
「彼女達はなりゆきだ。もっとも、黒い髪の娘はあながち無関係ではない」 
にべも無い言い方にムッとしたアスナはヘルマンを睨む。 
しかしただの女子中学生―――それも拘束されているとなれば、彼が怯む理由が無い。 
「カサダ・レンジという男が使う、魔法とも気功とも見れる術。その正体をさぐり、あわよくばサンプルの奪取も依頼のうちに入っている」 
「奪取って………誘拐する気!?」 
「最悪それも視野にいれている。なに、任意同行は薦めるよ。そうすれば黒髪の娘も無事に返してあげよう」 
「………。人質……」 
「この状況でそれ以上も以下もあるまい」 
だが、そういう彼の顔はまったくと言っていいほど無表情だった。圧倒的優位に立っているというのに、何が面白くないのだろうか。 
「捕まえられれば御の字なのだが……さてどうなることやら」 
空を見上げるヘルマン。その先には小さな影がステージへ向ってくるのが見える。 
雨降るその場所で、仲間を助けるために。 
一つか、それともたくさんか。しかしそこには確かに一つがいた。 
流動生命体であるそれは大いに悩んでいた。 
仲間から承った仕事を遂行するため、標的をこっそり追ったまではよかった。 
だがそこには、なぜか大勢の魔法使いで溢れていると言うのはどういうことだ。 
「(いじめカ!?いくら下っ端魔法使いつったってこの量を相手にできるカ!)」 
捕らえるにしてもおびき出すにしても、1度相手の目の前で姿をあらわす必要がある。 
いやに殺気だっている場面でそんなことをすれば、おそらく唯じゃすまないはず。 
氷漬け or 蒸発。今夜はドッチ? 
一瞬そんな言葉と共に変なオジン2人が頭の中で微笑む。 
「(どっちも糞食らえだヨ!)」 
そう毒づき生命体はなるべく体を引き伸ばし、標的の会話を盗み聞きする。 
まずは状況を把握しなければ作戦も練れない。 
木を伝い標的の上へ。 
「うそぉマジ久しぶりじゃ〜ん。なに?こっちには観光かなんか?土産は?」 
「君らは誰だ。この2人とどういう関係なんだ!」 
「会って早々紺弾ぶちかます女が土産を催促するか」 
「こら、聞きなさい!」 
『いつものことやん』 
「嵩田君、君も説明しなさい!」 
なんかカオスだった。喧騒から推測すると、標的の知り合いが侵入してもめているようだ。 
だが標的は警備服の男と金髪の女。 
2人が一箇所にいるのは喜ばしい。隙を突いて誰か一人でも連れて行ければ任務完了なのだ。多いに越したことは無い。 
「みなさん、ここでもめても仕方が無いでしょう。嵩田君とアスロード君と一緒に、学園長の所に行ってもらいましょう。この雨の下では風邪を引きかねませんからね」 
色黒の男がそう言わなければ。 
「(え!?ちょ、待てヨ!?)」 
麻帆良学園長の近衛近右衛門は魔法使い全体で見ても屈指の実力を持つ。そんな奴がいる場所に連れて行かれれば拉致など到底不可能。 
焦る生命体だが、無情にも標的たちは魔法使いに囲まれて森を出て行く。 
こうなったら傍にいる魔法使いを人質にして標的を連れて行くか。 
それではダメだ。せっかくハイデイライトウォーカーに気付かれないで侵入できたのに、ここで騒ぎを起こしたら元も子もない。 
「(あぁ……あァ〜〜〜)」 
そして、ソレ以外誰も居なくなった。 
「アスナさんがまたエッチなことに!」 
「違ーーーう!」 
そこに反応するネギにはむっつりスケベの称号を与えよう。 
ステージに到着して早々人質の多さに驚いたネギだが、声を出して叫ぶセリフを間違えている。 
『みんなを返して下さい』だけでよかったのに。 
「ようこそネギ君……そして………」 
ヘルマンはネギの隣に立つ――――なにかとっても期待に満ちた視線を送る少年を見る。 
尻尾を振るという表現があるが、彼は正しく尻尾を振っている。 
「……………ウェアウ――――!?」 
ウェアウルフの少年。そう言おうとした瞬間この世のものとは思えない殺気が体中を拘束した。 
さながら鋭利なナイフを眼前に突きつけられたような、冷たい何かが少年から発せられている。 
「…………」 
「…………」 
沈黙。 
「君達の実力を知るためにこのような手を取った事を詫びさせてもらうよ私を倒すことが出来れば彼女達は返そうさぁ来たまえ」 
「……このジジィ」 
意地でも名前を言わないつもりらしい。 
「よし、ここは僕が行く」 
「何言うとんや!魔法使いが勝てるわけないやろ、ひっこんどれ!」 
「えぇ!?さっき負けたばっかのクセに!?」 
「アホ抜か―――!」 
「ボクにも負けたクセに!?」 
「コルァ、人の話―――!」 
「楓さんにも負けたクセに!?」 
「いや、ちょっ――」 
「名前すらまだ出せてもらえない脇役扱いのクセに!?」 
「ぬおぉぉん!!」 
痛いところを突かれて泣き崩れる少年。 
「というわけでボクが相手をします」 
「う、うむ。それは構わんが………。私もそのほうが安心できる」 
殺気が無くなってホッとしたヘルマンは指を鳴らす。 
するとネギ達の背後から2つの影が浮かび上がった。慌てて振り向くと地面から飛び上がるように伸びた透明な人型がいた。 
まるで鏡合わせのようにシンクロした動きで、ネギは少年もろとも蹴り飛ばされた。 
「なんやあいつら!」 
「気をつけな、ありゃあスライムだぜ!」 
何話ぶりに出番の気配を感じたカモがここぞとばかりにしゃしゃり出てくる。 
「(スライム……)」 
「(スライムかぁ)」 
透明な人型をしたそれは、少年達のイメージとかけ離れた姿だった。感慨深げに眺める彼等に、ソレは一言を口に出す。 
「てけり・り」 
なんとそっち系のスライムだった。 
「ぬぉおお!SUN値、SUN値が減っていくうぅぅ!」 
「アルさん、アル・アジフさんはどこですか!?この際赤貧探偵のほうでもいいですぅ!」 
回れ右をして逃げだすネギ達。 
それはそうだろう。捕まってしまえば彼等の頭上に狂気という名の祝福をもたらされてしまう。 
「落ち着けアニキ!本物は銀の鍵がねぇと召喚できねぇはずだ!ありゃただのスライムだよ!」 
「あ、バレましタ?」 
普通に話すスライムに驚いて二人は慌てて振り返る。なぜならヤツ等は『てけり・り』としか喋れないからだ。(多分) 
「へん!だったら怖ないわ、行けるかネギ!?」 
「大丈夫。『戦いの歌』!」 
現金なやつらである。 
気を纏う少年、魔力を纏うネギ。質は違えども見た目は同じように見える。 
それは正しく『練』だった。 
「(こいつらには打撃は効かん。狙いはジジィや)」 
「(わかってる。せーので行くよ)」 
眼前に立ちはだかる2匹のスライム。しかし標的であるヘルマンは自らの後ろにいる。 
後ろを向けば襲われる。ならば 
「(せーの)」 
一人が足止めし、一人が標的へ。 
「行けネギ!」 
2体に分身した少年がスライムに攻撃をかける。 
ネギは一切の躊躇もなく、ヘルマンの所へ向った。 
封魔の瓶は2m以内でなければ使えない。しかし相手がそう簡単に接近させてくれるはずがない。 
そこでネギは賭けに出た。 
出せるかどうかも分からないたった一本の無詠唱魔法の射手(サギタ・マギカ)を、初心者用の杖で出した。 
一瞬驚いたヘルマンだが、たった一発の魔法の射手程度など話にならない。彼の片手一本で矢は霧散した。 
ネギもそのことは覚悟の上である。大事なのは目くらましになるかどうかで、ダメージではない。 
飛び散る魔力に隠れてヘルマンの後ろを取った。 
「僕達の勝ちです」 
瓶の蓋を取り口をヘルマンに向けて呪文を唱える。 
魔法陣が出現し、瓶が標的を吸い取ろうした瞬間、 
「きゃーーーー!」 
悲鳴をあげたのは、ネギの後ろにいたアスナだった。 
攫われる前は着けていなかったペンダントから光が溢れ、瓶の魔法陣が掻き消されていく。 
「ふむ、実験は成功のようだ」 
「え!?」 
魔力が切れて地面に落ちる瓶。それを確認したヘルマンは手袋をはめなおす。 
「なに、こっちのことだ。それでは今度は本気で相手をしよう、ネギ・スプリングフィールド君」 
「妖怪か!」 
「キメラアントか!」 
「君等は喧嘩を売っとるんか」 
例のごとく勘違いされる学園長だった。 
ロイソン、クロロと呼ばれている2人はレンジ達に連れて行かれ、今学園長室のソファーに座っている。 
事情がアレなため、室内に居るのは葛葉刀子などといった、レンジの時と同じメンバーがいた。無論エナもいる。 
「まずは名前を聞こう。茶髪君からいいかね?」 
「ロイソン・クーガー……向こうで使ってた偽名で、本名は近藤タケシ。出身は鳥取だ」 
「ボクはクロロ・ルシルフル。この体の名前だけどね。本名は山崎シンジ。和歌山出身」 
それを聞いて葛葉が部屋を出て行く。早急に裏を取るつもりなのだろう。 
同じ名前の行方不明者を漁ればすぐに出てくるはずだ。 
「君等もレンジ君と一緒に………コレの世界へ?」 
近右衛門は懐からフンテー×フンテー(ローマ字読みしてみた)の単行本を取り出した。常に持ち歩いているのだろうかこの老人は。 
「そうですね。彼……ロイソンはトリップ、ボクは憑依という形で。そして2・3度逆行してレンジ君と会いました」 
トリップ・憑依(最強系込み)・逆行と、欲張りすぎだ。 
「その憑依とかトリップとか、なんなんじゃ?」 
「ネット小説を観覧していただければすぐにわかりますよ。個人の妄想が生んだ共通語みたいなものです」 
麻帆良学園都市最高責任者にネット小説を薦める最凶窃盗集団幻影旅団団長。なにがおかしいってそれがおかしい。 
「では、かいつまんで話してもらえるかな。君達の身に起きたことを」 
茶も茶請けもある。あとは肴だけだ。 
夜は長い。話をするには丁度よいだろう。 
「レンジの話を聞いたんなら、特に加えることは無いけどな」 
近右衛門が指示した通り、要所要所を捉えてロイソンが話し始めた。内容はレンジに聞かされたものまったく同じもので、とりわけ気になるようなことはない。 
キメラアントとの最終決戦までは。 
「なぁロイソン、あのあとどうなったんだ?」 
レンジが聞きたかったのはそこだ。自分はこうして元の世界に還れたが、ロイソン達は留まることになってしまった。心配もしていたし、負い目もある。 
レンジの心配を表すように、クロロは重い口調で話し始めた。 
「そのことで君に言っておかなきゃならないことがあるんだ」 
ずいっと身を乗り出したクロロに、レンジとエナは唾を飲み込む。 
何を言うのか。なにか悪いことでも起きたのか。 
そういえば仇討ちということで暴れまわると、最後に言っていたような気がする。もしかして返り討ちにあって旅団の誰かが死んだか。 
様々な憶測が巡る。しかし覚悟もできないまま、クロロは口を開いた。 
「マチはオレの嫁」 
…………………………。 
「まさかお前………」 
何をふざけたことを言うのか。誰もがそう思っていたが、レンジはその言葉に心当たりがあった。 
その反応に満足したのか、クロロは懐から一枚の写真を出し、渡す。 
黒基調のウェディングドレスを着たマチが幸せそうにクロロと腕を組んでいる写真だった。 
「テメェ、ついにやりやがったのか!」 
もう怒っていいのか喜んでいいのかわからない。オタク共の挨拶みたいなものを実現させた男になったと言われて、どういう反応をしろというのか。 
「ワァオ、マチ綺麗ねぇ」 
少なくともそういう反応は違うと思う。 
「そういうわけで、今のところ夫婦仲良く旅団やってるんだ。あ、もちろん君達の仇討ちは済ませたから」 
「…………。とりあえずおめでとうと言っておこう」 
「私からも。式に行けなかったのは残念だけど」 
クロロに写真を返し、話の続きを促す。 
東ゴルドー共和国から脱出したロイソン達は、すぐさまキメラアント達の住処を探した。 
新たな王が人を襲わないよう命令しても絶対ではない。いつか事件が起きるかもしれないし、人間側から厄介ごとを持ち込むことも懸念事項になっていた。 
どの国も簡単に永住を認めてくれるわけでもない。どこかに良い場所は無いかと、モラウ達と探していた折、ある場所が浮かび上がったのだ。 
『グリードアイランド』 
半永久的に続けられる仮想現実。モンスターもいれば人もいるし、大陸が一つの国として成り立っている。 
早速交渉しにいくロイソン達だが、すでに稼動しているゲームのルールを変えることは出来ないと、ドゥーン達は頑なに断る。無論不法侵入は問答無用でレイザーの強制排除を食らう。 
ゲーム本体から入っても数が限られる。何千というキメラアントを連れて行くには圧倒的に数が足りない。 
そこである裏技が使われた。クロロが陰獣の梟から盗んだファンファンクロスである。 
広げた風呂敷内に収まればどんなものでも小さくして持っていける。その能力を利用し、クロロはキメラアント達をグリードアイランドに連れて行くことができたのだ。 
さらに、兵隊蟻やハンター達が協力しあい電光石火の勢いでカードを全てコンプリート。 
ちなみに、奇運アレキサンドライトのイベントで身包み剥がされたのはシャウアプフだったという。 
更にちなみに、レイザーのイベントではひっきりなしにやってくる挑戦者がレイザーをボッコボコにしてやんよだった。彼等は文字通りボッコボコにされていた。 
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★ 
★No.000  支配者の祝福 
☆入手難度SS 
★カード化限度枚数1枚 
☆ 
★クイズ優勝のほうびとして城が与えられる。 
☆人口1万人の城下町のおまけ付き。 
★この町の人々はあなたの作る法律や指令に従い生活する。 
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★ 
このカードを使ってキメラアントの街を作り、事態はようやく収拾した。時間が経てば繁殖できないキメラアント達はいずれ絶えていくだろう。 
その後、幻影旅団は核ミサイルを撃った連中を次々に葬っていき、ロイソンは王女と細々と交際を続けているらしい。親衛隊とコルトに睨まれているのが悩みだと言う。 
その他の近況報告では、エナの弟のエドがヨークシンで一発当てたとか、バッテラ夫妻に第一子が出来たとか、当り障りの無いものだった。 
特に何かが起きるわけでもなく、おおむね平和ということだ。原作も止まっている今、話が再会しない限り新しい事件は起きないだろう。 
「とまぁ、こんな感じかな」 
双子の弟の詳細や、関係者の無事を知りホッとするレンジとエナ。ようやく肩の荷が下りたような開放感に見舞われる。 
「ふむ。大体のことはわかった。じゃが一つ気になることがあるんじゃが………」 
「どうして俺等がここに来た……か?」 
近右衛門の疑問に答えるロイソン。そう言われてレンジ達はハッとした。交際相手や伴侶が向こうの世界に居ると言うのに、何故わざわざこの世界に来たのか。 
そもそもどうやって来たのか。 
「まず、こっちの世界に還ってこれたタネは……これだ」 
ロイソンが懐から一枚のカードを取り出す。アカンパニー(同行)と書かれたそれはグリードアイランドのスペルカードだった。 
「こいつを使ってここまで来れた。世界を越えれるかどうかは五分五分だったが、成功したというわけだ。ちなみに、これは帰りの分だからやれねぇぞ」 
珍しそうに見ている近右衛門に釘を刺す。異世界のマジックアイテムというのだから興味を示すのも無理は無い。 
「こっちに来た理由だけど………ボク達は向こうに永住することに決めたんだ」 
「だから、後始末をしようってな」 
「後始末?」 
近右衛門の後ろにいた神多羅木が問う。 
「こっちにいる家族の記憶から、俺達のことを消す」 
タカミチが使う『居合拳』は純粋な拳圧で、『豪殺・居合拳』はそれに咸卦法を乗せた物理・魔力・気 
の3種を放つ技である。 
「ぬん!!」 
ヘルマンが放つデーモニッシェア・シュラークも原理は同じ。拳の勢いに乗せて魔力を放っているだけだ。 
しかし、両者の最大の特徴は呪文詠唱せずに一撃必殺を連続で出せる点にある。 
おかげでネギの魔法障壁では防ぎきれず、呪文を唱えての障壁は術後の硬直による隙ができてしまい、やはり完全に防ぎきれない。 
さらにヘルマンはボクシングの技術を使っているらしく、ジャブで『居合拳』ストレートで『豪殺・居合拳』と使い分けが出来ている。 
タカミチのようにポケットを使って負荷をかける必要も無いので瞬時に近・中・遠の全てに対応できる分、ヘルマンの方が性質が悪い。 
寮で少年にボッコボコにされていた名残は微塵も無い。そこには確かに暴力の象徴たる悪魔が存在していた。 
「ちぃ!瓶が使えんのやったらゴリ押しで行くっきゃねぇな!」 
少年が気弾で牽制。その間にネギは呪文を唱え、 
「白き雷!」 
名の通り、白色の雷撃を放つ。 
しかし、その2つはヘルマンに届く寸前で、壁に当たったように霧散した。 
「いやーーー!!」 
同時にアスナが悲鳴をあげる。 
「アスナさん!」 
「馬鹿な、なんで消されるんや!」 
防がれる、弾かれるではなく『消される』という事に少年は驚いていた。 
「マジックキャンセル………カグラザカ・アスナ嬢が持つ極めてレアかつ我々魔力を使う者にとって危険な能力だ。彼女のアーティファクトにもその一端が見えていただろう?」 
カモは京都で見せたアスナの不思議を思い出す。なるほど、ヘルマンの言う通りだと。 
だがカモはそれだけを納得したわけではない。 
そのマジックキャンセルがアスナの能力なら、ヘルマンはただ利用しているだけ。どこかに手品のタネがあるはず。 
アスナの肢体を観察して最初に注目したのは、彼女が持つはずのない装飾品―――ペンダントだった。 
「(アニキ、俺もなんとかやってみる。合図があるまで持ちこたえろ)」 
「(カモ君!?)」 
ネギの肩から飛び降りて、戦線離脱するカモ。ヘルマンは一応目の端に留めておいたが、その後ろをスライムが追って行ったので放っておくことにした。 
「さて、私に対して放出系の術や技は使えないぞ。男なら―――」 
ヘルマンは再度構え、ネギ達の目の前に肉薄する。 
「拳で語りたまえ!」 
再び暴力が荒れ狂う。その凄まじさはエヴァンジェリンの修行を超えるほど凄まじいものだった。 
些細な修行など意味を成さない。ネギと少年はただただ理不尽に翻弄されつづける。 
誰もがそれを良しとしない。しかし捕らわれている者達に力は無く、手助けもできない。 
たった2人を除いて。 
「記憶消すっつーのは………そんなんできたっけアンタ等」 
レンジが最初に思い浮かべるのはパクノダのメモリーボムである。サイコメトリングと自身の記憶を相手に伝える擬似テレパシー。そのもう一つの能力は、読み取った記憶を相手にぶつけることで記憶を相殺すること。 
それ以外無いのだ。グリードアイランドのアイテムにもそんなものは無い。 
「はいコレ」 
そう言ってクロロが出したのは、今まさに思い浮かんだ『メモリーボム』だった。 
「パクったんかい!」 
「違うよ、借りただけだよ。向こうに帰ったら返すって」 
返せるのだろうか。レンジはそこんところが非常に不安だった。スキルハンターの説明は単行本に書かれていたが、返却の項目はなかったのではと。 
誓約か何かでもつけたのだろうか。 
「記憶を消すというのは……穏やかではないのぉ。親に申し訳ないと思わんのかな?」 
「申し訳ないと思ってるし、人並み程度の愛情は持ってるよ。………だからこそってやつだ」 
「ほう?」 
「コイツは姿が変わっちまったし、俺だって4年も向こうにいたんだ。殺伐とした世界で人相もだいぶ変わっちまった。それに向こうとこっちじゃ時間の経つ早さが違う。こっちの一ヶ月ぐらいが向こうの一年だ。…………例えこっちに頻繁に帰ってこれてもすぐ親の歳を越しちまう」 
己がHUNTERの世界に飛ばされ、その一年後にクロロが、更にその一年後にレンジがトリップして来た。その時に世界の誤差は確認済みである。 
互いに想い人を残すわけにも、仲間と引き剥がすことなど出来るはずが無く、ならばもう片方の憂いを断ち切るしかない。 
だが彼等は、ただ忘れることができなかった。全て忘れて蜜月―――などと考えれるほど人をやめることが出来なかったのだ。 
心労で病気になったかもしれない。捜索願いに毎月痛い出費をしているかもしれない。 
そんな些細なことが気になって仕方が無かったのだ。 
「ただ記憶を消すだけでは、君等の痕跡を消すことなどできんぞ?」 
戸籍は病院や役所等、さまざま所に分布している。人のデータを完全に消すのは現代社会では不可能に近い。 
ましてや人脈はデータ以上に複雑になっている。写真から電話のメモリまで、ありとあらゆるところに痕跡は残るのだ。 
「もちろんそれについては対策を考えてます。肝心なのは僕等がもうこの世界にいないと示すことですから」 
自信たっぷりのクロロであった。 
一体どんな手を使うのか。そういうことに詳しいエナは大まかに把握していた。 
どうせこんなところだろうと。 
カモは忍び足でアスナに近づいた。 
だがスライムに捕まって水牢に放り込まれた。 
「役立たずアルね」 
「ぬおぉぉん!!」 
狗耳の少年のように嘆くオコジョ。所詮このオコジョはそう言う役回りだ。 
「ふふ〜ん、あの2人、もうダメかも知れないですね〜」 
「勿体無いけど………」 
辺りは結界が作動して侵入してくるものはおらず、ネギの仲間も全員捕らえて、ようやく一休みするスライム達。 
彼女(?)達が言った『もうダメ』と『勿体無い』という単語に反応して夕映が牢を叩く。 
「どういうことです!?」 
「どうもこうも見たまんまデス。あの2人じゃヘルマンさんに勝てませんヨ」 
「魔法使いが魔法を封じられれば当たり前のことアルな」 
『練』っぽいもの使う弟子をずっと観察していた古菲だったが、その評価は厳しい。まだ未熟なのだから、体を強化しても基礎が出来ていなければ話にならない。 
そこへ行くと、オジンは飛び道具も使えれば格闘センスも一流だ。正に大人と子供の喧嘩に見える。 
「勿体無いというのは!」 
「調査の結果がどうあれ、ネギ君はしばらく戦えないようにしとけと命令されてマス。ヘルマンさんが使う石化なら優秀な魔法使いでも簡単に治せませんヨ」 
「良くても片腕か片足は使えないようにする…………」 
「そんな……」 
「あぁ、あなた達は大丈夫デスヨ。ちゃんとうちに帰してあげマ…ス………」 
そこまで言って、自らをアメ子と名乗り、必要ないメガネの装飾を自分の構成物質で作っているスライムがは思い出す。 
ちゃんと返すと言っても、一人だけ返すわけには行かない人物が一人いたのだ。 
一般人なのになんか人魚ってる黒髪の娘だ。 
もし、拉致しに行っている仲間が失敗すれば、その娘を連れて行かなければならない。 
「(ま、仕方ないデスケド)」 
召喚された身で、しかもただの他人になにかしてやる義理はない。恨むなら自分の不運を。 
あまり面白くないとは思いつつも、アメ子はなんら躊躇することなくそっぽを向いた。 
「ねぇ……」 
そのとき、彼女(?)の後ろから己を呼ぶ声がする。 
「なんでスカ?」 
そこには黒髪の人魚がいた。それだけなのだが……。 
「ここから出して」 
その言葉の一つ一つが……。 
「…………。はい」 
己を縛る。 
少し迷惑だと、私は思っていた。 
確かにその人物のおかげで水泳のタイムは縮み、中学最後の大会に出られるようになった。 
そこまではとても感謝している。あまり意味が無い熱砂の上で座禅や木の板で肩を叩かれるのも、練習の一環だと思えば我慢できた。 
でも、こんな姿になるのはどういうことだろう。 
これのおかげでサメに襲われなかったのはいい。でも水に半分浸かると問答無用で変身してしまうのはいただけない。 
そのせいでここ数日部活にも出れないのだから本末転倒ではないだろうか。 
県大会までなんとか制御できるようになりたいけど、これがなかなか上手くいかない。 
その理由の半分は、コーチがヘコんでまともに教えてもらえなかったりで、もう半分は、私自身この妙な力を楽しんでいるから 
まるで鳥のように水の中を自在に泳げて、しかも息継ぎをしなくて半日保つ。 
なにより、海の生き物たちの心がわかるのが、一番嬉しかった。 
あのサメが卵を抱えてて、騒ぐ私たちに怯えて襲い掛かってきたこともわかった。 
まるで夢。まるで御伽噺。 
昔から憧れていた―――水の中を自由に動き回る人魚の物語。 
魚と戯れ、海を駆けるニンフ。 
人魚姫。 
私の憧れていた、遥か昔の物語。 
『ネレイス(人魚姫)』 
操作系能力。体の半分以上が液体に浸かったとき発動する。 
水棲生物とのコミニュケーション(会話ではない)がとれ、操作することが出来る。 
少量だが水も自在に操れるので水中で素早く動くことが出来る。海水もしくは綺麗な水に限り潜水もある程度持続で可能。 
下半身が人魚のソレに変わってしまうので陸での活動はほぼ不可能。上半身の貝殻や珊瑚でできた水着はおまけであり、特に能力は無い。 
誰もが呆気に取られる。ただの娘が水牢を破ると思うか、誰がスライムを操ることが出来ると思うか。 
「なんと!?」 
その場にいる全てが敵。仲間は人魚に従い、意識の無い神鳴流剣士や呪術師はいずれ目を覚ますだろう。 
気づいて見れば、アスナのペンダントも取られ、ヘルマン包囲網が完成していた。 
「立派な命令違反だが……どういうつもりかね?」 
「こうしなきゃならないという衝動に駆られてるデスぅ……」 
「命令が上書きされマシタ……」 
芸が細かいことに、スライムである彼女等の額から汗が流れている。 
通常召喚されたの者が依頼に反することは出来ない。召喚されたときに誓約のようなものを付加されるからだ。 
ヘルマンは驚いた。アキラがやったことは召喚術を根本から覆す行為なのだから。 
「形成逆転ってヤツやなぁ、オッサン」 
「僕達の勝ちです」 
マジックキャンセルの恩恵が無くなった今、ヘルマンには放出系の技が有効になった。さらに 
「アデアット!覚悟しなさいよ変態親父!」 
カモからコピーカードを受け取り、破魔のハリセンを出すアスナも参戦。非常にやばいことに、彼女の一撃を食らえば問答無用で還されてしまう。 
「破ぁ!」 
更にもう一人追加。2人になった古菲の横では封魔の瓶を構える夕映とのどかがいる。 
「まさか使い手がもう一人居るとは……。………やれやれ、仕方が無い」 
そう、こうまでされては仕方が無かった。 
「予定に無かったが、本気を出すとしよう」 
『!?』 
不穏な言動を聞いてすぐさま夕映は封印の呪文を唱えようとする。同じようにネギは無詠唱のサギタ・マギカ、狗耳の少年は気弾で牽制する。 
しかしそれより速く、ヘルマンの体から凄まじい勢いで魔力が噴出した。 
津波のように押し寄せてくる魔力に負けた弾は掻き消され、戦いに向いていない者達はその場所から押し離されてしまった。 
残ったのはアスナと古菲、ネギと少年だけ。 
「君たちはもう一度おとなしくしていたまえ」 
またステージに飛ばされた朝倉達の前にまた壁が現れる。ヘルマンが新しい結界を作ったようだ。 
「さて、この姿になったからには覚悟してもらおう」 
「あ……あなたは……」 
そこに老人はいなかった。特徴的な髪型は同じ形の角になり、怪しく光る目と奇妙な口だけのシンプルな丸い顔。 
体もコートではなく鎧で覆われている。 
ネギの動悸が早くなり、大きくなる。まるでハンマーで叩かれているように体中を揺さぶる。 
雨に紛れて汗が一滴、額に垂れた。 
「改めて挨拶をしようかネギ君。……6年ぶりの再会を祝してね」 
悪魔が一匹、そこ居た。 
「ヘッ、そっちが正体ってわけかオッサン!」 
ヘルマンの魔力に気圧されながらも、少年は渇を入れて飛び掛った。腕に気を纏い、更に6体の影分身を使って。 
「退きたまえ」 
目にも止まらぬ拳撃が影分身と本体を全て薙ぎ払った。分身は消え、本体の少年は客席の端に飛ばされてしまう。 
1度見た技で、しかも奇襲でもなんでもないソレはヘルマンにとって意味を成さなかったようだ。 
「このーー!!」 
「ほっ!!」 
今度はアスナと2人の古菲が別々の方向から襲い掛かる。さっきまでハリセンだったアスナの得物がいつの間にか大剣へ形を変えていた。 
しかし、それすらヘルマンには届かない。アスナの剣は空振り地面を壊し、古菲の拳は空を切る。 
「上!?」 
人並み以上の動体視力を持つアスナはかろうじてヘルマンが飛んだ先を捉えていた。3人揃って上空を見上げると、口の中に光を溜めている悪魔がアスナ達を見ている。 
ゾクっと、ネギの体に悪寒が走った。 
「ダメ……逃げ―――」 
言い切る前に、手を差し伸べる前にヘルマンは口から光を吐き出した。それは一直線にアスナと古菲へ向う。 
アスナは剣を盾にしてその場に留まり、 
「うぐ!!」 
古菲は分身である自分の回し蹴りを食らってステージに飛ばされた。 
その直後、残った分身とアスナを光が包む。 
「…………」 
全てが6年前の雪の日を再現していた。悪魔の口から放たれる光。自分を護るために立ちふさがった姉と小父。 
そのあと見たのは、石になったアスナ(姉)と古菲(小父)だった。 
ただ、アスナはマジックキャンセルが効いたらしく、下着だけ石になって朝倉達のように全裸になっただけで済んだ。 
古菲も分身が石になっただけなので大した問題ではない。 
だがネギの心情はそうはいかなかった。 
度重なるトラウマの再来は彼の心をことごとく削っていく。 
「6年前、僅かに召喚された爵位を持つ上級悪魔の一人だった私は、君の姉を、老人を、村人たちを石に変えた」 
羽を羽ばたかせてヘルマンは少し離れた所に着地した。 
「あのときの君はなにもできない子供だった。だが、今は力を持っているのではないかね?なぜ何もしない」 
弾劾するように話すヘルマンは、内心ほくそえんでいた。少し距離が開いているこの場所でもわかるほど、ネギの心臓は高く鳴っている。最後の一押しをすれば、自分が望むものを見れるだろう。 
彼は悪魔だ。だから、躊躇無くそれを言える。 
「それとも、また君はそこで見ているかね?護られて、石になっていく仲間を」 
ヘルマンは指を弾いて音を鳴らす。すると完全に石になっていた古菲の分身が音を立てて崩れた。 
「はぇ!?」 
その瞬間、古菲の体から念が消え、力が抜けて転んだ。念人がやられた影響で貯蔵している気を著しく消費したらしい。 
「崩れていく仲間を」 
ネギにはそれが、姉の足が崩れる瞬間と重なった。 
その瞬間、ネギの中で何かがキレた。 
風のように―――という表現がある。速度的な意味を思い浮かべるかもしれないが、頬を撫でる――という言葉が指すように、風を用いる表現は元来穏やかなものが多い。 
だがひとたび一転すると、それは怒りを含んだ激情の意味にもなる。 
荒れ狂う暴風。今のネギはその言葉を体現していた。 
「――――――!!」 
叫んでもいなければ、憤怒の表情を作っているわけでもない。形の無い怒りを吐き出すように、ネギは怒涛とも呼べる拳撃を繰り出していた。 
そこに技も魔法も無い。悪魔と同じように、純粋な暴力があった。 
「なんやあの動きは!」 
少年が驚くのも無理はなかった。数分前までとはまるで別人のような魔力の唸り、それを解き放つための猛攻はとても同じ人物のようには見えない。 
「魔力の暴走だ!アニキは元々容量は人並み以上だったが修行不足で上手く使えねぇ!ジジィの挑発で一気に解放されたんだ!」 
心配するカモをよそに、ネギは更にヘルマンを追い詰めていく。 
たった今へルマンの頬に力を込めた一撃を入れ、客席の方へ落とした。重力と勢いがプラスして落下速度が速い。 
ネギは彼に追いつくため、自分の杖をブースト代わりにして追いつこうとしている。 
どうやら完全に意識がなくなっているわけではないらしい。 
それとも、彼の中に眠る戦いの本能というものがそうさせているのか。 
「ふぅふふははははははは!!!」 
カモが説明した『魔力の暴走』を聞いた誰もがネギを心配するなか、ただ一人喜色を浮かべる者がいた。さんざネギに攻撃されているヘルマン本人だ。 
「そうだ、これが見たかったのだよ!さすがサウザンドマスターの息子だ!!」 
己を縛る一切を断ち切り、ただ一つのために行う姿のなんと美しいことか。 
追いつかれ、またも拳撃を食らっている最中でも、ヘルマンは笑みを崩さなかった。 
人質や挑発といった回りくどいことをして、ようやく発芽したソレは至高の花を咲かせるだろう。 
別の例えを使うなら―――そう、極上のワインを作った瞬間にも似ている。 
これから少年はありとあらゆる経験を積み熟成されていく。たった十数年待てば………。その光景が現実のように思い浮かべることすら出来る。 
だが、 
「その将来が潰えるのを見るのも、私の楽しみの一つだよ!」 
絶望こそ悪魔の体現。村人たちを石に変えた光が、かつて1度自分を襲った光が今またネギを襲う。 
「たーーりゃーーー!!!」 
ヘルマンの口から光が吐き出される瞬間、僅かに聞こえた掛け声と共に、ネギの目の前に大剣が現れた。 
急に壁が出来たことで、咄嗟の判断すらできずにネギは剣にぶつかり、とうとう発せられた光は剣に吸い込まれてしまった。 
「!?」 
今日何度も驚かされてきたヘルマンだが、今ほど驚いたことはなかった。 
剣を空中で操ることができるなら今の防御は必然であるし有効だろう。 
しかし彼女はただ剣を投げただけ。つまりネギとヘルマンの間に投げるコントロールと、石化の息を吐く瞬間に剣が届くようにタイミングを調整したのだ。 
なんということだろうか。ただの一般人ではないと思いつつもマジックキャンセル以外脅威になるはずのない娘が、コレほどまでの実力を持っていようとは。 
落ちたネギをアスナが受けたのを確認して、ヘルマンも地上へ降りる。 
「このアホネギー!!」 
ゴインとアスナの拳がネギの頭頂部を小突いた。 
「痛!なにするんですかアスナさん!」 
「それはこっちのセリフよ!あんな力任せのゴリ押しであの変態に適うわけ無いでしょお!あんなんじゃあたしだって勝てるわよ!いつもあーだこーだ理屈こねてるくせにあっさり挑発に乗って!」 
ネギの頬を摘まみ、グリグリと引っ張りまわす。 
一通りお仕置きをして満足したアスナは、ポンとネギの肩に手を置く。 
「一人で何でもやろうとするんじゃないの。皆でやっつけるわよ」 
皆で。その言葉を示すように調子を整えた古菲と犬耳の少年が集まる。アスナは落ちた剣を拾い、古菲はもう一度分身を出すが覇気は随分頼りない。 
「はい!」 
それでも皆で戦う。今更引っ込めと無責任な言い分は無しだ。 
ネギは杖を構え、少年は手に気を纏う。 
対峙、沈黙。雨の音だけが騒ぐその空間の終わりは近い。 
「行きます!」 
『応!!』 
「来たまえ、これで最後だ!!」 
多勢に無勢。実体を持った残像である影分身に加えマジックキャンセルまで使われては手も足も出ないのは必然。 
それでも戦いを始めた以上、どちらかが終らなければならない。 
「石化に気をつけぇやガングロ姉ちゃん!」 
「分かってるアル犬坊主!」 
先陣は少年と古菲が担った。2人は分身と共にヘルマンへ飛び掛った。 
「退きたまえ!私の狙いはネギ君ただ一人だよ!」 
人の姿に戻ったヘルマンは襲い掛かってきた者を全て薙ぎ払った。まだそれだけの力を持っていたのだ。 
「てやーーー!!!」 
弾き飛ばされる分身達の間を縫うように、アスナが肉薄する。召喚された者を一撃で還す剣と自身のマジックキャンセルというものを信じて。 
アスナはヘルマン目掛けて剣を縦に降りぬいた。 
「能力だけで私に適うと思ったのかね!」 
体を横にそらして避けられる。勢いがあったため剣は地面に突き刺さってしまった。 
がら空きになった背後をヘルマンの拳が襲う。 
「そう避けるって思ってたわよ!」 
深く突き刺さってびくともしない剣だが、それこそ彼女の狙いだった。アスナは突進した勢いを剣という台座で利用して、前転宙返りをするように跳んだ。 
勢いに乗ったアスナの踵がヘルマンの顎に当たる。 
「ぬお!?」 
彼等悪魔に脳があるかどうかわからない。だが一瞬だけ確かに、その一撃が隙を作った。 
「いっけーーー!!」 
アスナが吼える。体が逆さになって反転した視界の先には、魔力を纏ったネギがヘルマンのすぐ後ろに来ていた。 
「カクダチョウチュウ!」 
雷の矢を乗せた肘打ちがヘルマンの背に決まった。威力もさながら、雷の影響でヘルマンの動きが完全に封じられる。 
ヘルマンはその僅かな間に思う。 
召喚され受けた命令は自分にとって良いものではなかった。 
勝てば少年に石化をかけその将来を断ち、負けても自分が消えてしまうかもしれない。 
どっちにしろ、ネギの将来を見ることができなくなるのだ。 
だからこそ彼は執着した。人質をとり、挑発して、少年の将来を垣間見るために。 
わずかだが、その目的が果たされた今、 
「(悔いはない!)」 
「うわああぁぁぁ!!!」 
老人は静かに瞳を閉じた。次の瞬間来るであろう、少年の絶大なる一撃を迎えるために。 
そしてネギは叫ぶ。 
「吸血破壊光線!!!」 
チュビーーー!!「ぐわああぁぁぁ!!!」 
しかも何か出た。 
「目からびーむでござるか………」 
世界中の枝に影が三つ。 
不穏な気配を感じて馳せ参じた者の一人、長瀬楓は冷や汗を垂らす。 
「おかしいな……教えたのは昨日だから使えるはず無いのだが………。これがレンジのいう世界のデタラメということか………」 
「さっきまで内心ハラハラ半ばオロオロしていたではないですか」 
「いや、さすがに目からビームしか教えなかったのは悪いと思ってだな。あとその方向での突っ込みはやめろ」 
残りの2人、エヴァンジェリンと茶々丸も納得いかない顔をしている。 
ネギの潜在力を拝めただけで儲け物とはいえ、この結果までは想定していなかったらしい。 
「なんにせよ収穫はあったし、ボーヤにもいい経験になっただろう。ヘルマンとやらには礼を言わねばな」 
もうここに居ても何も得られないと踏んだエヴァは、南無南無とヘルマンに向って手を合わせ、茶々丸に抱えてもらって雨の中に消えた。 
「目からびーむ………」 
一人残った楓は、世界の理不尽を反芻していた。 
ただ、その顔は妙に神妙だったという。 
戦いは終った。 
人質という村人を助け、捕らわれの姫を救い仲間と共に魔王を倒してハッピーエンド。 
世の中が単純ならそれで終ったかもしれない。 
勝利を掴みながら、その場にいる誰一人も勝鬨を挙げる者はいなかった。 
「見事だった。君が……君の仲間がここまで戦えるとは思わなかったよ」 
足から煙となって消えていくヘルマン。体を構成する魔力が霧散し、完全に消えたとき召喚を解かれ故郷に帰ると言う。 
「さぁ、殺したまえネギ君。君にはそうする義務も権利もある。そのために我等高位悪魔を滅ぼす魔法を覚えたはずだ」 
6年前の雪の日から逃れるために、必死で覚えた魔法の数々はそのためにある。例えまた、6年前の悪夢が襲ってこようとも逃げることが出来るように。 
滅ぼし、消す。それが逃げることになる。 
「僕は………殺しません」 
だが、もう逃げないと覚悟を決めたこの瞬間、この一言がその第一歩なのだ。 
「召喚されたと言うのなら……貴方に非はありません。今日だって、貴方ほどの人が本気を出せば僕達は手も足も出なかったはずです」 
少なくとも途中まで手も足も出なかったのは事実。攻撃をやめて挑発をしなければそのまま終っていたはずだから。 
「僕には……あなたが本当の悪人には見えないんです」 
「どうかな、私は悪魔だ。買い被りすぎではないかね?」 
「そうかもしれません。でも、僕は貴方を殺しません」 
「……………。ふっふ……はっはっはっは!お人好しだな、君は!」 
戦いに向かないとヘルマンは言う。その言葉はネギにとって複雑なものだった。 
敵は生かせば更なる力を得てまたやってくる。トドメをささないことで足元をすくわれるかもしれない。 
この先まだまだ戦わねばならないだろう。そんなときに戦いに向かないと言われればどんな気持ちになるか。 
少なくとも、ネギは暴力沙汰を好んでいない。 
しかし力の方向は限りなく暴力へ進んでいる。 
父親を探すことで暴力を行使するのであれば、自らの目的が間違いのように思えてしまうのだ。 
そして悲しいことに、ネギの才能は戦うことで発揮されている。 
「悩んでいるようだね」 
「!?」 
生い立ちを知っているヘルマンは、ネギの心情をある程度把握していた。 
「それもいいだろう。将来の君がいまより遥かに成長していることを願うよ。できれば―――」 
もう顔は半分も無い。完全に消える前にヘルマンは、 
「目からビームを出さない普通の魔法使いとしてね」 
そう言い残して麻帆良の地から消えた。 
「それじゃあ私達も帰りマス」 
アキラに操られていたスライムもまた、返事を待たずに消えた。任務は失敗―――どんな経過があろうともそれは変わらない。 
彼女達には雇い主に報告する義務がある。 
元来ここにいてはいけない存在でもあるのだから。 
こうして、極僅かな者にしか知られていない激闘の幕は下りた。 
「えぐ……えぐぅ………出番がぁ………しかも置いて行かれたぁ………」 
「おーい、こっちで透明かつちっちゃい女の子が泣いてっぞー」 
「え?嘘、マジで?ハァハァしていい?」 
『いかーーん!!』 
今日の収穫 
ネギ=実戦経験。 
エヴァ=ネギの潜在能力を垣間見る。 
古菲=念能力の特徴発見。 
アスナ=修行の成果を確認。 
アキラ=念能力完全開眼 
レンジ=迷子スライム。 
2話分の量でした。疲れました。 
クロロの迷セリフは、単行本で旅団が初登場兼勢ぞろいしたしたときの「俺が許す」云々の顔です。手元に本がないので自信はありませんが。 
次の話は、このSSを書くにあたってブラが一番したかったことが載ります。