「すんません、ホントすんません」

ひらにごかんべんもうしわけない。壊れた変態人形の横で警備服の男は土下座していた。

「同じ事しか言えないんですか?少しは気の効いた事の一つでも言ってみたらどうです?」
「ル、ル、ルナリアさん、こんなに謝ってるんですから、もう許してあげても〜」
「あなたは黙っててください!」

orz状態の彼の前には青緑色ツインテールをした気の強そうな女性が仁王立ちして加害者を睨んでいる。今にも彼の頭を踏みそうなところを、横に居る金髪の女性がなだめてくれているので、まだ後頭部は無事だ。

「ジェルマーノさんに高いお金を払って、あんな人でも作る途中で何度も嘔吐しかけたほどの変態人形ですが、今ではもう絶対手に入らない貴重品なんですよ?」
「その貴重品をなんであんな変態にしたのか聞いていいですか?」

頭をあげて訪ねてもルナリアはギロっと睨むだけで、ワケは話してくれない。

「ここまで壊れたら私達でも直せない。興行の最中にそんな時間もないんです。どうしてくれるんですか?」
「すん―――」
「謝罪はもう飽きました。どう責任を取るのか聞いてるんです!」

さっきから堂々巡りしている会話に、ルナリアのイラ立ちは上がる一方だった。
ただでさえ下準備で忙しいのに、団長は挨拶と買出しに行ったっきり帰ってこない。どうせ道に迷っているのだろう。
ノエルは共演する現地サーカスと打ち合わせ、ペルラ・イリス・コルナリーナは準備。
彼女とアンナとて仕事が残っているから無駄な時間は使えない。

いっそのことペルラでも連れてこようか――――とさえ考える始末。彼女ならそれはそれは心地の良い返礼をしてくれるだろう。

「責任もって修理させてもらいます!」
「あなたが?」

それはない。もしこの人形を直せるというのならベルモントで今以上の稼ぎを出せる。だとしたら技術を盗んだ職人か企業がこの国にあって、そこで直してもらうつもりか。
どちらにしろ金も時間もかかる。

「2時間以内には直すんで!」
「真面目に聞いた私がバカでした」

電気式(イミテーション)の自動機械人形(オートマタ)とはいえ、職人の手でなければ作れないほど自動機械人形は複雑で、一から作るより難しい修理を男は2時間以内に終らせると言った。

話にならない。もしそれができたらジャケ・ドローを超える職人の再来だ。

「とにかく、ロメオさんが来るまで客寄せと宣伝を――――」

無難な提案で時間を稼ごう。彼女がそう思ったとき、

『あっだーーー!痛ぇよクソッタレ!いい加減離せよ!謝っただろ俺!』
『うっせーよ!いいから黙って来やがれ!』
『どこにだっつーの!同じとこばっか廻ってなんですか?人間メリーゴーランドですかあんたは!?』

聞きなれない喧騒の中にいつも聞いている声が近付いてくる。
どうやら、また厄介ごとを持ってきたのだと、長い付き合いで培った感が一瞬で察した。





ネギま×HUNTER!第32話「という名の外伝だよ」





チルチェンセス団長ロメオ。かつてオルマロッサの副頭領(ビーチェ・カーポ)を務め、組織の爪として貢献し剣奴の名(グラディアトーレ)と賞賛された。彼と肩を並べることができる実力者は片手で数えるほどしかいない。あくまで『人狼に限って』の話ではあるが。

要は責任ある立場にいて強い人狼なのだ。そんな彼は今とっても困っていた。

まず一つ。変態だが使える人形が壊れた。
唯一直せる職人は遥か彼方のベルモントにいる。出費も痛い。
それ以上に演目に支障が出てしまう。イリスと変態人形の掛け合いはこのサーカスの定番だ。
事情が少し複雑なので最低限の人員しかいなかったのが仇になったようだ。

その2。人狼一の馬鹿が記憶喪失になっていること。

「テメェ、大して何も入ってない頭の持ち主のクセに何ややこしい症状に見舞われてんだ!」
「うるせぇなぁ!拉致って逆ギレとかマジありえねぇぞ!つぅかなんでアニキが土下座してんだ!?テメェ等嵩田のアニキになにしやがった!」

カルメロが騒いで話も進まない。

その3。ロメオ自身も責められていること。
理由は単純。どこで油を売っていた?――――とルナリアに詰め寄られているのだ。

「迷子?情けないですね。いい歳こいて恥ずかしくないんですか?」

土下座している男の体がビクっと振るえた。
それぞれ自己中な方々なので、テントの中は話が進まない喧騒で満たされる。

「あぅ〜、どうしよう〜、どうしたらいいんでしょう〜」

三すくみのように対峙している3人を宥めようと努力するアンナだが、完璧に無視されて対応に困っている。土下座したままの警備員も同じ心境だった。
何故カルメロがここにいるのか。何故人の頭の上で騒いでいるのか。

それ以上に、何故カルメロを連れてきた男はカルメロを知っているような口ぶりなのか。
もしかすると関係者では?ならば話を聞く必要が彼にある。

「カルメロ」
「ウッス」

レンジが顔をあげて名を呼ぶと、今まで怒鳴りあっていた相手をガン無視して返事をした。
ルナリアはその隙をついてロメオと口論を始めた。

「知り合いか?」
「冗談言わないでください。こんなウンコ野郎と会ったことなんてありませんよ。それより早く立ってください」

立っている自分の下にレンジがいるという構図が気になって、無理矢理立たせた。

「記憶が消える前は分かんねぇだろ?もしかしたら関係者かもしれねぇ」
「こんな情けない野郎と?」

2人はルナリアに説教されているロメオを見る。カルメロの言う通り、実に情けない。

「いつの世も、女は強いんだ」
「姐さんを基準に考えるのはやめましょうや」
「そうだな。悲しくなるもんな」

主にカルメロが。
拾われた当初のカルメロは、それはもう手の付けようがない暴れん坊だった。
しかし、エナとレンジがただの暴力しか使えない人狼に負けるような人間なわけがない。
エナによる暴力言語はしっかりカルメロのトラウマになった。

「まぁともかくだ、せっかく手がかりが見つかったんだ。無理矢理連れてきたってことはそれだけの理由があるってことでもある。今日の仕事はいいから、話をきいてみろ」
「借金取りとかだったら全力で逃げてやる」

おもしろくない――――カルメロは心底面倒臭そうに溜息を吐く。








サーカスのテントに名刺とカルメロを置いて、レンジは壊れた変態人形をリサイクルルームに放り込むため別荘へ向った。
サーカスが始まるまで戻ってくると確約して。

別荘へ行けば、昼休みはすでに消化しているので一時間も仕事をサボることになる。一区域丸々担当している身なのでそれはいただけない。
本来なら迷子になっている暇もなかったのだが、それはこの際無視する。

そこで、千草からもらった身代わりの符をに自分の名前を書く。
煙と共に現れた、ちょっと間が抜けていそうな自分の分身に影武者切符を貼り付ける。

途端、顔つきが変わった。と言っても間が抜けている顔から普通の顔になっただけ。

「気張らんでいいからな。適当に」
「OK」

相方の口癖で返事をして、´レンジは自分持ち場へ向った。ザジからもらった地図を持って。

そして本体も別荘へ。








別荘には多くの生物がいる。不思議ヶ池の魚、少女シリーズ、シルバードッグ、手乗り人魚。
それらの面倒を見ているのがメイドパンダと茶々姉達。多くの人形が池の管理、豊作の樹の収穫、シルバードッグの銀糞採取、金粉少女の砂金採取という仕事をこなしている。

レンジは巨大な塔に入り奥へ、更に奥へ降りていく。
暗い石積みの廊下に、リサイクルルームの入口があった。
手前には茶々姉が待機している。

「へーい、もつかれ」
「いらっしゃいませ。現在この部屋は誰も使っておりません」

砕けた挨拶など返してくれるわけがない。少しはチャチャゼロを見習って欲しいと、レンジは思った。

「そんじゃコイツ頼むわ」
「承知しました」

しかし人形全部があんな破滅的性格をしていたらと思うとゾッとするので、やっぱ見習わなくていいと思い直した。

壊れた変態人形を渡して、暇な24時間を解消することに。

「なんだか眠いんだよ………パトラッシュ以外に有名な犬っていたかな………」

どうでもいいことを考えながら、たった数時間しか働いていない男は眠った。








レンジが寝て数時間経ったあと、外へ繋がる魔法陣から光が溢れ、一人の女が現れた。
転移魔法を体験して驚かないところを見ると、何度か別荘に訪れているとわかる。
だというのに、女はしばらくその場でジッと景観を眺めつづけていた。

一頻り景色を堪能したら、南国の暖かい風で踊る自身の髪を掻きあげて、塔へ向う。

塔の中に入った女は迷わず奥へ入った。すれ違う人形やメイドパンダに軽い挨拶をしながら、下へ下へと階段を進んでいく。

間も無く砂浜へ到着。アイテムカードによって様々な建物が設置されて、雰囲気が壊れているのが少し残念でならない。

女はそれらの建物も無視して、浜辺の中心にある小さな林に入った。
2つの木を使って設けられたハンモック。そこにレンジは居た。

警備帽をアイマスク代わりにしてユラユラと揺れながら、小さないびきをかいて熟睡している。

好都合だといわんばかりに女はレンジに近付いた。だが、2メートル手前まで来て急に足を止める。
そして足元にある小石をレンジに向って弾いた。そうしたら小石は空中で止まった。

寝ながら張れる―――――というより勝手に発動しているクロノスライサーだ。どうやら女はそれすら知っているらしい。


そう、女はレンジの力を知っている。知っているにも関わらず、女は躊躇することなく前へ進んだ。
彼女の後ろで浮いていた小石がポトっと落ちる。

「…………」

彼を起こさないように、そっと帽子を顔からどかして――――なにをするでもなく、ジッと寝顔を見つめている。
時折頬や額に手を添えたりしながら。



クロノスライサーには円の効果も残っている。触感が捉えるもどかしさと時々顔に触れる何かが鬱陶しくて、レンジは瞼を開いた。

「ハァイ、久しぶり」
「たった2時間そこらで久しいもねぇだろ」

ゴメン―――2時間前に別れたエナは、薄く笑って謝罪した。









おなかが空いた――――さっき食事をしたばかりのエナはそう言って、レンジの料理を所望した。
勝手知ったる別荘で、メイドパンダに手伝ってもらいながら簡単なものを作る。

「あんま食ってばかりだと太るぞ」
「成長期だからいーの」

おろし生姜で味付けしたから揚げにポテトサラダ、その他残っていた惣菜をひょいひょいと食べる姿は、とてもさっき一緒に食事をした人物には見えない。

いくら念使いで、通常より多くのカロリーを摂取し消化するといっても限度がある。

「小遣い稼ぎの方は?」
「クラスの手伝いが終ったばかりだからこれから。ちょっと大きなイベントを見つけたから充電しとこうと思って」

充電―――。ということは体を動かすものだろうか。

「それで、伝言預かってきたんだけど」
「誰から?」
「超よ。頼みたいことがあるから5時に学園4丁目の路地裏に来てって」
「頼み?また変なこと企んでるんじゃねぇだろうなぁ」
「いろいろやってるみたいだしね〜」

先日の集会覗き見大作戦を決行した女だ。怪しい所ではない。

「………あと20時間………。ダリィな、さっさと外出るか」

別荘で過ごす上で一番厄介なのは、24時間経たないと別荘から出れないことだ。外では一時間という魅力は捨てがたいが、余計な時間というのは思う以上に辛いことだ。

だがレンジはソレを解決する手段を持っている。



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No.062  クラブ王様
入手難度 : B   カード化限度枚数 : 20
この店の中にいる間は、店内の誰もがあなたの指令を聞いてくれる。
ただしこの店での1時間は店外の1日を意味する。
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これで外と同じ時間を過ごすことができる。クラブの音楽等はうざくとも、それに見合う効果がある。本来の使い方とだいぶ違うが。

「それじゃあ、また明日ね」
「あぁ、また一時間後に」

奇妙な挨拶を交わして、レンジはクラブの中に入った。

「ふふ」

クラブの中は大音量で音楽が流れているだろう。中途半端ではあるが、外の世界と隔離するのがこのアイテムの特徴だ。
レンジを見送ったあと、唐突にエナは笑った
最初はくぐもるような小さいものだったが、やがて堪えきれずに大きく声を出して笑い始めた。ひたすら笑う姿は狂っているようにさえ見える

何故彼女は笑うのか。今はまだ語る時ではない。








実世界――――約一時間後。







「いやいやまいった、流石の私もまいったね。人が親切に声をかけた途端、顔を潰されるとはぁ、神様も思わないだろうね」

黒いシルクハットとマント。眼球に直接付けているのかと見紛う筒状の眼鏡。
う○こっぽい髪はいわゆるドレッドヘアー?それとも単なるパーマーか。
真っ赤な唇、ちょび髭、大柄な体格、そして奇妙な喋り方。

加えて上半身を左右に揺らしながら歩くその姿は、紛う事なき変態。例え人形でも。

リサイクルルームは人形を完璧に直してくれた。凹んだ顔も綺麗に元通り。直視できないほど変態顔だが、『綺麗』に直った。

その変態人形と、人で溢れる学園を一緒に歩かねばならないレンジの気持ちを、どうか察して欲しい。
完全に自業自得だとしても、これは度が過ぎていた。

「もしもこれでぇ、お払い箱にでもなった日にはぁ」

さんざ無視して歩いていたレンジの前に、人形は前に回り込み、

「祟るよ」

一歩前へ、

「祟るよ」

もう一歩前へ、

「たぁたぁ〜〜るぅぅうぅよおぉおおぉ〜」

マントを翻し、大きな体を誇張する。一歩間違えれば今にも襲ってきそうな勢いだ。

「わかった、わかったから顔を近づけるな!むしろ近付けないでくれ、頼む!」

ひゃひゃひゃ――――と、人を小馬鹿にするような笑いをしながら、レンジに先へ進むよう体をずらした。

「(なんの悪夢だこりゃ……)」

背後で子供達にトラウマを残す人形を連れて、レンジはサーカスのテントへ、それはもう傍から見てもわかるぐらい早歩きで向った。

ただ、そういう仕様なのかわからないが、彼に付いていく変態人形も早足で歩くわけだが、何故か上半身の揺れも比例するように早くなっている。

女子供の悲鳴が更に増えたことは言うまでも無い。

「(あと少し、あと少し!)」

アドバルーンや垂れ幕で飾ったテントが見えてきた。
それに比例して悲鳴も増えた。もうすぐ開演なので並んでいる客がいるからだ。

「やぁやぁお嬢ちゃん、一人で並んでいるのかぁい?」
「ふぇ!?」
「それはそれは可愛そうに。おじちゃんがこのペアチケットをあげよう」
「えぇ?……ぇえ!?」
「このチケットをあげよう」
「ぁぁぁぁぁぁ………」
「くぉぉぬぅおおぉぉ、チィイィィケットおおぉぉぉぉを〜〜〜」
「イヤ〜〜!ハルキ君〜〜〜!!」
「おんどれは何やっとんじゃボケーーー!!」

ちょっと目を離した隙に仕事をする人形を、壊れない程度に殴り倒した。

レンジはこのまま去ろうとしたが、ワンワン泣いている子供を置いていくわけにはいかなかった。なにせ周りの客の目が痛いくらい突き刺さっているから。
なんとかせねば―――――レンジは身代わりに『移り気リモコン』を渡したことを後悔した。恐怖という感情が下がればすぐに泣き止むというのに。

しかたなく、懐に収めてあるカードから一枚選び、そっと具現する。

「ほらお嬢ちゃん、この時計持ってごらん」

半ば無理矢理時計を持たせる。そして素早く針を12時にセットした。
するとどうだ、今まで泣いていた子供が一瞬で泣き止んだではないか。


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No.020  心度計
入手難度 : B   カード化限度枚数 : 30
あなたの今の精神状態を測ってくれる時計。
12時に合わせると平静な精神状態に戻る。
TPOにあわせて自身の心をコントロールできる。
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できれば記憶も消してしまいたいが、その手のアイテムはないからできない。

「ごめんな、変なおじちゃんのせいで。お詫びにこれをあげよう」

それは何かあったときのために持っている銀細工。よりによって銀細工だ。元が犬の糞の。
何が起きているのか理解していない女の子へ突くようにペアリングを渡して、レンジは人形を引きずってその場から離れた。

「ひゃひゃひゃ、愉快愉快。やはり仕事をしている時が一番楽しいものだねぇ」

レンジは殴りたかった。壊れるほど殴りたかった、蹴飛ばしたかった。
だができない。できるはずがない。もう一度別荘に戻って直す時間なんかないのだ。
いっそ壊れればいいのにと思いながら、レンジは襟首を掴んでテントへ向った。

あと100メートル、あと50メートル。

入口の隙間からカルメロや責任者らしい男が見える。
あぁ、これでやっと終る。

レンジは万感を込めて、天幕を退けてテントの中に入った。

「パーティーターイム!!!!!」

出迎えてくれたのは両手に鉈を持ったカルメロだった。
引っ切り無しに交差する刃からキャリキャリと耳障りな音が出る。

周りに居る男や女性達は複雑な表情でカルメロを眺めている。

「狼の神様ありがとう!まさかあの屈辱、晴らせる日が来るなんて!神にありがとう、世界にありがとう!そして俺様に感謝します!ビバ俺!」

圧倒的な存在感はその場にいる全員の目線を集めている。
彼等の言いたいことはただ一つ。――――真性のアホだコイツ。

「……………。言いたかないし思いたくもないけ・ど・も!」

レンジは今日何度目になる頭痛を堪えて、責任者らしい男に尋ねた。

「記憶が戻ったんですか?コイツ」
「…………あぁ、そうだ」

灰を溜めたタバコを叩き、心底面倒臭そうに男は返事をした。
記憶が戻らなかった方が面倒が少なくて済んでいたと、今更ながら気づいたのだ。少なくともコンシリェーレのグリエルモが来るまで――――いや、いっそのこと帰る直前まで待てばよかったのだ。

彼――――ロメオにとって今に限ったことではない。要領が悪かったことなど吐いて捨てるほどある。

「じゃあ後の事はお願いします。あ、それと人形は直したんで確認してください。それでは!」

もうイヤだ、もう付き合ってられない。
記憶が無くなっていたときよりアホの子になってしまった元従業員を引き取ろうなども微塵も思わないレンジは、変態人形を渡してさっさとその場から消えようとした。

だが振り向いた瞬間足を止めた。その直後目の前に鉈の腹が頭上から降ってきた。

「惜っしいぃぃいぃ!あとちょっとで西瓜の気持ちを体で理解できたのによぉ!」

レンジが円を張っていなければ、理解できる前に天に召されていただろう。

「カルメロ、ここで問題を起こすな!」
「あぁん?なんでこの俺様がアンタの命令を聞かなきゃなんないんデスカ?」

止めに入ったロメオに鉈を突き出す。それに反応して後ろに控えていた女性達が構えた。

「テ、テメエ等ルパーリヤのアルジェント!?しかも5体ぃ!?テメェいつの間に人形フェチになったんだよ!やーい、変態!」
「諸々の事情ってヤツがあるんだ。それより、もうすぐ開演だ。騒ぎは起こすな」

はぁ?――――今度こそカルメロは混乱した。
ベルモントで方向音痴のタクシードライバーをやっていた男が、開演という縁のない言葉を使っているではないか。
自分が記憶喪失の間になにがあったのか。

「でもそんなの関係ぇねぇ!」

何があってもどうでもいい。カルメロにとって重要なのは一つ。
躾という暴力言語を奮ったパツキン女にオシオキして、こき使ってくれた目の前の男をぶっ飛ばす(別に死んでもいいや)ことだ。

「涅槃へボンボヤージ!」
「カルメロよせ!」

刃を反した鉈をレンジに向って振り下ろした。一応ミジンコぐらいの手加減はしている。
ただ人狼の力で叩かれたら、刃物が鈍器に変わった程度の手加減にしかならない。
普通の人間なら関係なく死ぬ。

止めようとするロメオ。追従してカルメロの武器を叩き落そうと構える人形達。
その中で一早く反応したのは、懐中時計(サポネッタ)を持ったペルラという人形。


―――『フェアベイレ・ドッホ』刻よ止まれ―――


その一言がキーになる。
瞬間、彼女の周りで、まるで時間が止まったかのような現象が起きた。
しかし彼女は普通に動ける。

それはペルラが持つ錬金術の秘儀の一つ。認識という現象を極限まで高め、体の歯車も高速で動かすことで実現した擬似時間停止。

超がつくほど精密に絡繰る歯車の体では長時間・多用はできない。
今も歯車の軋む音が彼女の体から聞こえる。それほどまでに負担の大きい技だ。

故に彼女は、即行でカルメロの得物を叩き落そうとして、跳んだ。
手に持っている懐中時計は魔物を殺すために作られた銀器。仕込まれた刃でついでに傷の一つでもつければ、カルメロの意識は警備員の男から外れるはず。

サーカスの開演まで時間がない。警備員の男が起こした面倒も厄介も、ひとまずはそれで収まるだろう。

「デコピンインパクティャウ!」

そんな意味不明な言葉が聞こえてくるまで、彼女はそう思っていた。







鉈を振り下ろす元従業員、変態中の変態人形。

「なんかさ〜」

クロノスライサーを使っている最中でも、若干早く動く無表情メイド。

「もうさ〜」

理不尽理不尽。全てが理不尽。人狼も自動人形も。

溜まりに溜まった鬱憤はレンジの忍耐という袋をぶち破り、

「デコピンインパクティャウ!!」
「げっはーーーー!!!」

カルメロを中指でぶっ飛ばした。






ロメオ達から見れば、実に奇妙な現象だった。
カルメロが鉈を振り上げたと思ったら、何故か一瞬で移動した男からデコピンをくらってぶっ飛ばされ、いつの間にかペルラが懐中時計を構えている。

ペルラのことは分かる。そういう秘儀があると皆が知っているから、今更驚く道理はない。
だが警備員の男はどういうことか。

ふと、ルナリアは変態人形――――ダヴィデ人形を遠目で観察する。
もぎ取られた上、凹んでひび割れた顔が、まるで新品のように直っているではないか。例え職人――――ジェルマーノでも数日はかかる仕事のはずが、たった一時間で直してきた。

一時間前に、ルナリアが自分で思ったこと。
――――もしそれができたらジャケ・ドローを超える職人の再来―――――
あれは比喩だった。実現できたらもはや人間業ではありえない。

なのに、この男はやってのけた。

「っがーーー!!!痛ぇな、ンの野郎!!」

彼女の視界の端で額を赤くしたアホ狼が起き上がった。

「テメェ、いつの間に避けたんだ!?俺様の動物的勘でも捉えられねぇなんて有り得ねぇ!つーかデコピンで人ぶっ飛ばすのも有り得ねぇだろ!」

カルメロの叫びはレンジを除いた全員の代弁でもあった。ただの一般人と思っていた男が人狼以上の異常をやってのけたのだから。

「うるせーよもうダリィよ面倒臭ぇよお前等!」

ただの悪ガキ相手なら、レンジがここまで心乱されることはなかっただろう。
人の物を壊したら弁償するのも道理。

「オレに拾われたのを忘れたのか?オレがどれだけ、恩をかけてやったと思ってるんだ?!」

ところが記憶の戻った問題児(カルメロは年上だが)はアホのまま狂暴になり、壊れた人形は悲しみを撒き散らす変態。



「……………」
「うわ、ご主人様すごい汗ですよぉ?大丈夫ですか?」
「なんでもない。ただなんつーか………どっかで聞いたことあるセリフだなぁと」

昔のトラウマが思わぬところで現れ、ロメオの額から嫌な汗がダラダラ流れる。
後ろめたさで悶えてしまう一歩手前だ。




「テメェはよく働いてくれた。俺と一緒に、店を継ぐんじゃなかったのか?」

なにも起こらなければ、学園で店を構えて悠々自適な生活ができていた。面倒がかかる同居人や弟子を交えて、笑える人生を送るはずだった。
レンジにとっては、過去形の話ではない。その未来を未だ疑えないでいる。

だから、厄介を持ち込んだロメオ達を恨むのだ。それはもう堪忍袋が破裂するぐらい。



「……ッ……ッ……!」
「ごごご、ご主人様が変なダンスを〜〜」

レンジの何気ないセリフがロメオの古傷を抉りまくる。当時のことを思い出して、激しくいたたまれないようだ。



「最後のチャンスだ。もう2度とオレに関わるな」
「最後どころか最初で最後じゃねぇか。つーかここで引いたら俺の気がすまねぇだろうが!」
「済む済まないの問題じゃねぇんだよッ!お前はアイツ等とここを去るんだ。わかるだ――――「ストップ、ストーーーップ!!!」―――?」

とうとう我慢ができなくなったロメオが二人の間に入った。話を聞いていただけなのに汗だくである。

「いいかカルメロ、俺達はシルヴィオの頼みでココに来ている。余計な面倒を起こせばアイツに迷惑がかかるぞ」
「アニキの?」
「呼んだ?」
「テメェじゃねぇよウンコ野郎!」

茶々を入れてきたレンジに中指を立てながら、カルメロは少ない記憶容量を復元しながら思い出す。


ルパーリヤに捕らわれたアニキ分を助けるため、一人でアルジェントが警護する敵本拠地へ向った。
途中でロメオとノエルが援軍に来た。そのもう少し後でオルマロッサが援軍に来た。
彼等の後押しが効いて、カルメロは一人で敵のトップと対決する。

罠で負った傷、消耗した体を麻薬でごまかし、それでも負けて谷底へ落ちた。

そこまで思い出して、カルメロはロメオの胸倉を掴んだ。

「おい、アニキはどうなった!あのあとどうなった!」
「…………」

やはり真性のアホなのだと、ロメオはかわいそうな子を見る瞳でカルメロを見る。

「そのシルヴィオからお願いされてここに来たんだが?」
「……………あ」

あのあとどうにかなっていたら、そもそもここにロメオ達は来ていない。
ロメオはかいつまんで、その後のことを話した。

頭領になったシルヴィオが、分裂しかけていたオルマロッサをまとめ、教皇庁と一応の協力をしながら組織を広げていると。

それらはカルメロにとって、べくもない結果だった。
兄と慕うシルヴィオは人の上に立てるが、頂点に立つだけの器を持っていない。それは本人も認めていた事実。
その兄がロメオの助力無しで組織を立て直すという偉業を成した。

やっぱアニキはすげぇや、そこに痺れる、憧れる!

と思っていたのも束の間。
頭領になったシルヴィオには、それこそ何百という部下がいるだろう。グリエルモが生きているなら、身辺警護にも穴がない。

カルメロは自分に学ないことを痛いほど理解している。脅迫文一つ書くのに一苦労するほどだ。
副頭領(ビーチェ・カーポ)になって人を使うことも昔は考えたが、そういう器用な真似ができるわけない。
そんな自分に、今更居場所があるものか。

だが、

「シルヴィオは、あのあとお前を探していた。組織の連中総出でな」
「マッジで?」

ロメオの一言で希望を見たカルメロだった。

「あ〜〜〜、今は時間が無ぇ。あとで電話でもさせてやるから、適当にしてろ。………邪魔しない程度に」

腕時計の針は開演の30分前を指している。
他のサーカスと共演する手前、こうしている時間すら勿体無い。
シルヴィオの頼みもあるとはいえ、一応サーカスをするために日本へ来たのだから。

「よ〜しよし、うんじゃカルメロ様復活記念出血大サービス!テメェ等がアニキに頼まれた仕事をオレが片付けてやる!」
「……本気か?」

いろいろ不安だ。カルメロはベルモントでロメオを探すとき、手段を選ばなかった。
この祭りの最中に事件の一つでも起こせば―――――そこまで考えて、ロメオは気づいた。

「シルヴィオの顔に泥を塗るなよ」

暗に面倒を起こすなと言う。
こう言えば、カルメロは大抵のことは我慢できる。そういう男だ。

当たり前だと意気込むカルメロに、ロメオはシルヴィオから言われたことを伝えることにした。




なんだかんだで話は収まった。そう見ていい。むしろ見る。
存在を無視されたレンジは心の中で大きくガッツポーズをした。

同じく存在を忘れられている変態人形や女性達にあとのことを任せ、テントから出ようとした。

『同族探しぃ?こんな外国に?』
『家族の輪を広げたいそうだ』

なにやら話しているが、関係ないのでスルー。

『あ〜、なら心当たりがあんぜ。そこのウンコ野郎と一緒にいたのを見たことある』

お生憎様、そうはいかないと、誰かが言った。
カルメロがこの場で言うウンコ野郎は一人しか居ない。それがわかっているから、レンジは外へ出る足を止めた。

レンジは、自分の背中に視線が突き刺さるのを実感する。沈黙が痛いとはこういうときに使うのだと。

「なぁアンタ、ちょっと話があるんだが」

ロメオは名前も知らない人間に話し掛けた。思いのほか早く仕事が終るかもしれないと、期待を込めて。

「オレ達は人狼を探してる。いや、別に危害を加えようとか思ってるわけじゃない。ただ話をしたいだけなんだ。…………同族として」

カルメロの世話をしていたのなら、彼が人狼だと知っているだろう。ならばもう隠し立てすること必要は無い。

「揉め事も起こすつもりは無い。………会わせてもらえないか?」

言葉はそれっきり。少しだけ静かな時間が流れる。

実際のところレンジは迷っていた。これ以上この連中とかかわりたくないと自分の全てがそう訴えている。
だが断れば、それ以上の面倒が起こるのは明白。居場所を知っているカルメロがいるなら時間の問題だ。

「…………オレはこれから用事がある」

レンジは大きく息を吐いた。世話を見ている身。保護者が面倒を被るのは当然。
可愛い弟分のために、もう少し肌を脱ごう。

「本人の意見も聞かなきゃならん。明日のこの時間までにはどうするか連絡する」
「あぁ……頼む」

レンジは思う。まだ一日も終ってないのか――――と。












ところで彼等は何語で話しているんでしょうか。