テントから出てみれば、さっきまで並んでいた客がゾロゾロと観客用のテントへ入っていく。
そろそろ時刻は6時半。興行を始めるのだろう。
無口の色黒少女が活躍するシーンを見てみたいと思うレンジだが、これから会わなければならない人物がいる。

時間もギリギリだ。名残惜しいと思いつつも、レンジはテントから離れていった。

夜になる前だからだろうか、昼にはあんなに行列していたパレードもナリを潜めている。しかし行き交う人の数は変わらず、まだまだ活気は続きそうだ。

ふと、急に視界が明るくなった。
レンジは顔を上げる。祭りの最中なので大量の灯りが遥か上空にある雲まで照らしているが、特別な発光機は見当たらない。

気の所為か――――もし彼が凝をしていたなら、強いオーラを出している世界樹に気づいただろう。
だが彼は気づかなかった。

それだけのこと。





ネギま×HUNTER!第33話「続々、彼女達の力。アスナ篇」





多くの魔法使いが世界樹の異常を感知している。
告白をした人物を探して慌てる魔法先生達を尻目に、一足早く強い魔力の流動を感じ取った刹那とアスナが現場に到着した。

そこには、軽くおしゃれしている宮崎のどかとネギがキスをしようとしている5秒前の状況があった。
アスナはそれを見た瞬間、世界樹のこととか忘れてネギにハリセンを振り下ろす。

「本屋ちゃんになにやってんのアンターー!!!」

頭上という死角からの――――例え叫んで自分の居場所を知らせていたとしても――――攻撃は避けられるはずが無かった。刹那もそう思っていた。

ところがネギは、極自然に後ろへ避けた。
アスナも刹那も驚愕する。古菲を師事してわずか2ヵ月で、それだけの実力があるとは。

「刹那さん、これもしかして!」
「えぇ、大階段でエナさんが神にしたのと同じです!ネギ先生は意識を無くしているようですが」
「………」
「………」
「刹那さん、その神っていうのはやめない?」
「いえ、そういうわけには」

ボケを一つかましたところで話を戻そう。

「刹那さん、私が時間を稼ぐから本屋ちゃんから事情を聞いて!」
「大丈夫ですか?先ほどの動きを見ると一筋縄では」
「大丈夫!」

アスナは曲芸のようにハリセンを回す。その動きは実に様になっていた。

「火羅凄さんに刹那さん、時々古菲で稀にエナさん」

最後に柄を持って刃先をネギに向ける。

「まだネギと戦ってない」

戦士として、アスナは笑う。

「このバカネギ!本屋ちゃんに何するつもりか知らないけど、まずは私を倒してからにしなさい!」
「わかりました、ではアスナさんからキスします」






「は?」

武者震いから一変して呆けてしまうアスナであった。







携帯電話を耳に当てるのはこれで何度目だろうか。
いくら祭りという騒がしい場所で、告白を阻止するために走り回っているとはいえ、コール音とバイブレートを気づかないような間抜けじゃないだろうと、半ばイラついている。

『犬 OF モモタロス』

呼び出し音を出し続ける携帯電話を耳から離し、かける相手は間違っていないかディスプレイを確認する。
リダイアルの履歴には猿と雉が順繰りに並んでいた。

先日の一件から、少し時間を置いて落ち着くのを待つつもりで一度も会っていなかったレンジだが、サーカスの件があるので連絡しているわけだ。

だのに件の子供は呼び出しを無視しつづけて3000秒(50分)。
せっかく修繕されたレンジの堪忍袋も、いい加減ほつれ始めている。

「しゃあねぇ。先に超の方から片付けるか」

腕時計を見れば時間もギリギリ。
すでに落ちた陽の代わりに灯り始める街灯が、麻帆良を夜の色へ染めていく。

いつまでも減らない雑踏を掻き分けながら、レンジは指定された場所へ向った。
また発光する世界樹に気づかずに。





あ…ありのまま起こった事を話すわ
『本屋ちゃんを守るために啖呵を切ったら私がキスされる羽目になった』
な…何を言ってるのかわからないと思うけど
私も何を言われたのかわからなかった…
頭がどうにかなりそう…
助けに来てくれた魔法生徒が一瞬で素っ裸(と書いてマッパと読む)にされたとか
本屋ちゃんの願い事が大人のキスだとか
そんなチャチなもんじゃ断じてない
もっと恐ろしいものの片鱗を味わったのよ。




「どこまでエロエロなのよ、このバカネギ!!」

戦いの歌で体力を増幅したネギが不整のリズムでステップする。相手に―――この場合はアスナ―――リズムを読まれないための基本姿勢だ。

対するアスナはアーティファクト『破魔の剣(ソード オブ ハリセン)』を両手で構え、前傾姿勢をとっている。守りではなく攻めの構えだ。

「逃げなさい神楽坂さん!今のネギ先生は魔法で操られています!おそらく命令を実行するまで止まりません!」

マッパの女子高生の助言も、今のアスナにとっては耳障りな騒音でしかない。
命令=大人のキスということは、負ければ自分が悶死しかねない

「上等」

戦うのならリスクを背負うのが当たり前。
喧嘩慣れしている友人は言った。そのリスクが重いほど、勝ったときに得られるものも重い、と。

修行でもない。手合わせでもない。しかし殺伐としたものでもない。
随分中途半端な状況だが、リスクは大きい。

「乙女の唇を簡単に奪えると思わないでよ!」

アーティファクト越しにネギから送られる魔力を迸らせ、アスナは叫んだ。
どんな相手でも必ず勝つ。その気概が大事だと言った友人の言葉を信じて。

「(………いざとなったら火羅凄さん召喚(よ)ぼう)」

8割程度しか信じられなかったアスナであった。


アスナの啖呵に反応したのか、ネギが拳に魔力を込めて地面を蹴った。
ロケットダッシュのごとく勢いでアスナに接近したネギは、彼女の手前でもう1度跳び、右から蹴りを打つ。
その一撃は難なく防がれ、繋げた2撃目は体を回転して遠心力を乗せた、左足の踵落し。
これもハリセンで防がれる。

体勢が崩れないうちに地面へ着地したネギだが、休む暇なく3撃目の突きを連続して打つ。
またことごとく防いだ。

重心を軸にして、回転してアスナの背後に廻ろうとしたところを、ハリセンの横薙ぎで阻止して、ようやく一合が終った。
時間にして5秒足らず。洗練された殺陣でもこんな芸当は出来ないだろう。
外野にいるマッパの魔法生徒がなにやら驚いているが、アスナはもちろんネギの耳にも入っていない。

互いに隙を伺って睨みあう最中、アスナは息を整えながら思う。

「(確かに強いけど………エナさんほどじゃない!)」

情け無用の爆弾魔と比べるのはよくない。しかしアスナからしてみれば、自分が知る限りの頂点と比べたときのネギは、辿り着けない場所にいるわけじゃない。

勝てる――――そう踏んだアスナは跳んだ。小手調べの守りから勝つための攻勢に転じる。

まず左中段蹴り。身長の関係でほとんど上段に近いところに当たっているが、難なく防御。
続いて予め捻っていた右足で初速を作り、素早く軸を替えての右回し蹴り。これも防がれる。
そして本命のハリセンアタック。威力素早さ共にうまくいったと賛美してもいい3連撃だったが、さっきネギの攻撃をアスナが防いだように、ネギもアスナの攻撃を防ぎきった。

ハリセンを左手で受け止めたネギは、もう片方の手に初心者用の小さい杖を持っている。
すでに彼の口から―――風花(フランス)―――と、アスナにとって聞きなれた単語が発せられていた。


次の単語が出るコンマの間に、アスナは笑う。


「エクサ――――!?」

風花・武装解除。武器と一緒に服までどこかに飛ばしてしまう、アスナにとってトラウマになってもよい呪文は発動しなかった。

「それを待ってたのよ!」

なんと、アスナは受け止められたハリセンを手放してネギに体当たりをしていた。
そのせいでネギは呪文を紡げなかったのだ。

さらに

「アベアット!」

ネギが掴んでいたままのハリセンを掴んで契約カードに戻す。

「アデアット!」

所有者の手に戻ったカードをもう一度呪文を唱えて、アスナは大きくハリセンを頭上へ持ち上げた。

おそらく脳天を叩くつもりだろう。体当たりによってやや体勢を崩しているネギだが、それでも杖で受けるぐらいの余裕はあった。
彼は両手に魔力を込めてハリセンを迎えうつ。

そして、アスナもそれに応えるようにハリセンを振り下ろした。



「アベアット!」



この瞬間では有り得ない単語がアスナから発せられた。アーティファクトをカードに戻す呪文はキチンと役目を果たし、ハリセンを契約カードに戻した。

振り下ろされた腕は当然空を切り、アスナは跪くように体を屈した。
彼女にとっては紛う事なき空振りだ。しかしネギもアスナのハリセンを受けるために構えていた。
ネギもまた、アスナを攻撃を受けられらなかったという『空振り』を起こしたのだ。

しかも意図して事態を起こしたアスナと違って、ネギにとっては完全に不意打ち。
それが大きな隙になる。

「アデアット!」

ネギが体勢を整える前にアスナがハリセンを召喚する。その一直線に頭上へ向けて振りぬいた。


ハリセンの小気味良い音は、なぜか甲高い金属音になって響いた。





「なんだろう………どこかでとても素晴らしいことが起きた気配がする」
「なんのことネ」

男として一度は味合わせたい苦痛を誰かがしてくれた気がしたレンジだった。
そんな彼の前には超包子のオーナー、超鈴音と写真部の朝倉がいた。

「いや、なんでもない。用件を聞こうか」

何が起きてもいいように円と纏を維持して、ポケットからホッピーが入ったフラスクを取る。
明日の昼まで影武者が働いてくれるので酒は飲んでもいい。だが病気なのでできない。
しかたなくビールっぽいジュースを飲むしかなかった。

「単刀直入に言うヨ。今日の夜、そして明日の朝、大きな格闘大会があるネ。その副審を務めてもらいたい」
「………わざわざ俺に言うんだ、何か理由があるんだろ?」
「アナタの力を知っている。そう言えばわかるかナ?」
「そう言えばどうなるか分かってて言っているのか?」

悪党ヅラと表現するのが適切だろうか。いやらしくニヤける超にイラついたレンジは、クロノスライサーを使って超の背後から質問した。

不意の瞬間移動が目の前で起こったからか、朝倉がビクっと震える。
かすかに『ヒャイ?!』と3人以外の声が聞こえたが、レンジは気づかなかった。

「おぉ〜これが念カ。なるほど確かに魔法とは違うネ」
「この後に及んで観察か?勉強熱心は結構」

結構だが――――そう続けようとしたレンジの背後から

「そして科学とも」

今まで目の前にいた超が背後に立っていた。
朝倉は「超まで!?」とか騒いでいる。傍から見ても、超は瞬間移動したように見えるらしい。

慌てて振り向こうとしたレンジだが、肩をがっちり掴まれて動けなかった。こうなったらクロノスライサーは使えない。堅を使えば拘束を外せなくは無いが、この場合どう動いてもレンジに勝ち目は無い。

超は念を知っている。茶々丸から事情を聞いているのなら、自分がHUNTER×HUNTERの世界から帰ってきた事も、能力の弱点も知っているだろう。肩を掴んでいるのがその証拠だ。
念の特徴も漫画を見ればすぐにわかる。

逆にレンジは超の能力がわからなかった。魔法も念も知っているのだから予想はいくらでもできる。
そしてさっき本人が呟いた『科学』という単語。話を聞く限りでは学園一の天才という彼女なら、魔法と念を科学で再現することに成功したのかもしれない。

ゆえにレンジは言う。

「降参」
「早!情けな!」

両手を上げて精一杯負けを示す姿に朝倉がツッコム。

「(奴の言う通り。確かにクロノスライサーは万能じゃない)」

自身の作戦がうまくいったことを内心で喜ぶ。

話し合いをしにきたのだから当然会話をしなければならない。
ところがクロノスライサーを使えば時間が止まり、会話は成立しない。
話の途中なら尚更能力を使いつづけるわけにはいかないだろう。

自身が作った機械で擬似瞬間移動を使い、クロノスライサーを解除しなければならない状況を作れば、超がレンジに勝つ可能性は十二分にある。

「では改めて、私のお願いを聞いてくれるカナ?」








フゥー―――――と口から紫煙が吐き出される。
日が完全に落ちて、ライトアップされた麻帆良の光のせいで煙の白がやけにくっきり見える。

大股に座って一際大きな建物から下瞰する先には、股間を抑えて蹲るネギといい顔で勝利を挙げているアスナ(+他数名)がいた。

「気の毒というより、自業自得ね」

正気に戻ったネギは魔法生徒に弾劾され、肩身の狭い思いをしている。どうせ10歳だから深く追求しないだろう。
そのあと、プリプリ怒る魔法生徒とネギに勝ってルンルン気分のアスナはパトロールへ戻った。

ネギはデートの続きだろうか、のどかと一緒に湖の方へ向った。妙にぎこちない動きが苦笑を誘う。
これで告白事件は終わり。世界樹の光が消えた以上他の魔法先生も通常のパトロールに戻るはずだ。

「こういうことか……」

意味不明の言葉を紫煙と共に吐き出す。どこか納得したような言い方だが。

ふと、彼女の携帯電話が震える。ポケットから出してディスプレイを確認すると『デコメガネ』と表記されていた。

「はいはい」
『どうも。警備員さんが超さんの要求を飲みました。至急龍宮神社へ来てください』
「りょーかい」

たった数秒で会話を終らせた女性は吸殻を携帯灰皿に入れた。
もう何本も吸っているようで、タバコの箱もすでに空に近い。それだけ長く彼女はそこに居たようだ。

一通りタバコを吸い終えた女性は体をすっぽり覆うフード付きのマントを着る。違和感があったのか右腕に目をやると、袖が腕一つ分盛り上がっていた。

「アベアット」

解呪の呪文を唱えたら盛り上がりは消え、代わりに煙とカードが袖から吐き出される。
彼女はカードを大事に仕舞い、目的の場所へ向うため颯爽とその場から立ち去った。








なんともまぁ奇妙な話ではあった。

『私はこの麻帆良祭で行われる格闘大会を全て買収し、一つの大きな大会にしたネ。表と裏を混ぜた正真正銘の異種格闘ヨ』

分厚い企画書から特筆するべき個所のみ説明する超の話にレンジは頷く。

『今日の夜、まとめて予選試合をして残った16名を明日の本戦で戦ってもらう』
『その場合は全員裏だろうな。組み合わせ次第じゃ表の混じるかもしれねぇけど』
『その通り。ほとんど裏の人間が戦うことになるネ。そこでアナタの力で行き過ぎないようにしてもらいたいヨ。死人が出てはカナワないからネ』

充分納得できる要望だったのは間違いない。少なくともクロノスライサーを使って妙なことを企んでいるようには見えなかった。それ以前に、似たような技を使えるのだから企むこと事態考えられない。

だが、レンジの第六感はイヤ〜な雰囲気を感じていた。
学祭前日に騒ぎを起こした女が、当日で何もしないわけが無い。ただ格闘大会をまとめただけで終るはずが無い。

絶対なにかやる。そう思うレンジだが

「どうでもよろす」

特に変なことをされなければ何が起きても気にする必要無し―――というのがレンジの見解だった。

少なくとも、魔法と念を知っていて学園一の天才でありクロノスライサーに似た妙な技を使う相手にどう抗えというのか。
基本能力頼りなので能力が効かない相手に滅法弱い。
元の世界に戻ってから人生守りに入ったレンジであった。



そんなこんなで、電車で向うこと数分。ようやく人込み溢れる龍宮神社に到着した。
複数の大会を纏めただけあって人の数はおろか、格好まで多種に及んでいる。まるで中途半端なコスプレ会場のようだ。

「さてさて、真面目に仕事するか」

そそくさと関係者通路を通って控え室に入る。すると、すでに着替えを終らせて化粧をしている朝倉が鏡の前に座っていた。

「遅かったね」
「ゆっくり来たからな」

入室してすぐ始まった会話は、ものの数秒で終ってしまった。
というのも、この2人は面識もあまりなく、どんな理由で超に協力しているのか分からないからだ。

おかげで微妙に気まずい雰囲気が部屋に溢れてしまっている。

それを破ったのは、意外な物だった。

「お疲れ様です朝倉さん、嵩田さん」

茶々丸である。雑用でもしているのか、手に大量の荷物を抱えて控え室に入ってきた。
名前を呼ばれた朝倉は快く返事をする。だがレンジは何も言わずイスに座って本を読んでいた。

「すでに選手の入場をはじめています。10分後には超さんの挨拶を始めますので、準備はそれまでに」
「あいよ」

朝倉は化粧の手を休めず返事する。さっきと同じようにレンジはだんまりしたまま。

「これが嵩田さん用の衣装です。どうぞ」

茶々丸が差し出す衣装も、レンジは黙って受け取った。

「………。それでは失礼します」

特に用事を承ることが無いと判断した茶々丸は次の仕事をするために部屋から出て行った。

「茶々丸に冷たくない?」

衣装を持って更衣室に入ったレンジに朝倉が問う。クラスメートを無下に扱われたからだろうか、それとも一般的な感覚からの抗議か。
どちらにしろ、何故警備員が茶々丸に冷たくするのか。それを確かめ無ければ話は始まらない

「ありゃ茶々丸じゃねぇよ」

レンジの返答はその根本を覆すものだった。

「茶々丸じゃない?」
「あぁ。アイツは俺のことを『嵩田さん』つっただろ?エヴァと一緒にいる茶々丸は俺のことを『レンジさん』と呼んでた。確証はないが、疑うには充分な理由だな」
「じゃあ今のは?」
「茶々丸はロボットだ。量産型が居てもおかしかないだろ」

そう言ってふと、レンジは思う。大量に量産された茶々丸が人類に対して反乱を起こしたらどうなるのか。
正しく映画のような事態になりかねない。

「ロボット三原則ぐらい組み入れてるよな………きっと」

朝倉に聞こえないぐらい小さい声で、レンジは超の良心を信じて呟いた。








突然の告知の割りに大勢の参加者と客で神社は充分盛り上がっていた。
メイクアップした朝倉の舌が回る司会や、超の『呪文詠唱云々』発言で、様々な思惑が入り乱れている。
賞金を狙う者、腕試しを試みる者、裏の世界と聞いて意気込む者、超の発言に目の色を変える者と様々だ。

「賞金1千万か………。エナが言ってたデケェイベントはコレだな」

魔法の秘匿やらに興味がないレンジは真っ先に金に食いついていた。段々金の亡者に成りつつある男は、自分も出ればよかったと内心溜息を吐く。

『では参加希望者は前へ出てくじを引いてください!』
「おっと」

朝倉のアナウンスを聞いてさっさと籤筒を並べる。
ズドドドドという擬音が聞こえそうな勢いで、多種多様の参加者が籤を引いていく。
関係ないところから改めて観察してみるとネギを含めた子供から、いかにも格闘やってン十年という風貌の中年まで幅広い。なんだかんだで格闘家が麻帆良に集まるのは例年のことらしい。

妙に顔見知りが多いのは、おそらく偶然だろう。

「なにやってんのアンタ」
「超に頼まれた結果がこれだ。深く追求しないこと」

予想通り大会に参加してきたエナ。

「ヤフー、師父。なんでここにいるアルか?」
「なんでだろうな、俺が聞きたい」

これまた予想通り。ウキウキしながら籤を引いて行った弟子。

「神、どうしてここに?!まさか超鈴音とグルなのですか!?」
「ただのバイトだ。あいつのやることは知らん。やりたいことがあるなら好きにやれ」
「よかった。神と戦いたくはありませんので」

神と呼ぶのも板についてきた神の僕こと刹那。

「おや、警備員殿はやらないのでござるか?」
「エナが出てる。そうなると俺の優勝は絶望的だからな」
「………エナ殿はそんなに強いと?」
「少なくとも俺が勝てた試しはない。気をつけろよ、あいつは究極のサドでマゾだからな」
「いや、意味がわからぬでござるが………」

エナがレンジより強いと聞いて武者震いする長瀬楓。

「ほう、超の方についたかレンジ」
「さっきも似たようなことを言われたけど、全然違うからな。俺をお前等のゴタゴタに巻き込まないでくれ」
「それは残念だ。ボーヤをイジメぬいて先日の存分を晴らせばよいものを。試合という形だ、誰も文句は言わんぞ」
「魅力的な提案をありがとう。だが、あいつはもう罪を償っている。そう……感じるんだ」

なかなか可愛い格好をしているエヴァンジェリン。

「俺は違います」
「ま、まだ何も聞いてないよ?」
「どうせ超と関係がどうとか言うんでしょ?俺はまったく無関係です。そこんとこよろしく」
「それならまぁ………確かに聞こうとしていたから……」

職務はどうした高畑・T・タカミチ。

「…………」
「…………」
「こういうイベントだからいいかもしれんが、傍から見たらただの変人だぞ」
「お黙りなさい!」

黒いローブで全身を隠しているウルスラのグッドマン。

「…………」
「…………」
「いくら年上の命令でもイヤな時はイヤと言っていいと思うぞ」
「はぅ!?」

祭り前日に苦手意識を植え付けられた佐倉愛衣。

「よお、久しぶり」
「あぁ。何故かな……修学旅行は1月ぐらい前だというに、もう何ヶ月も会っていないような気がする」

腑に落ちない表情の龍宮。

「どうも」
「おぅ、頑張れよ」
「はい!」

優勝賞金目指して意気込むアスナ。

「ようネギ。お前も出んのか」
「はい!優勝目指して頑張ります!」
「うん、無理だと思うぞ」
「えぇーーー!?」

無遠慮な言い草でハラハラと涙を流しながら籤を引く。

「そういやぁ小太郎知らねぇか?携帯にも繋がらなくて困ってんだよ」
「シクシク――――え?ここにいますよ?」

そう言って籤を取ってから横に体をずらす。
そこには確かに小太郎がいた。紛う事なき小太郎なのだが。

「なぜスカートを穿いている」

そう、小太郎は何故か女モノの服を着ていた。それによく見ると、全体的に体が丸くなっている印象を受ける。
俯いた状態なので顔は確認できないが、おそらく

「ホルモンクッキーを食ったな?」
「…………刹那の姉ちゃんに」

搾り出したように呟くその声は、声変わりが始まっていないことを差し引いても、男にしては高すぎる女の声。

「刹那の姉ちゃんが、『誰もが幸せになる罰』や言うて………それから木乃香姉ちゃんが『はあぁぁん!』とか言いながら無理矢理着せ替えて………」

レンジにはその時の光景が鮮明に思い浮かべることができた。おそらく刹那は『計画通り』的な顔をしていたことだろう。
女になるのが罰になるかといえば、なるに決まっている。自分の価値観が180度変えられるというのは思う以上に辛いものだ。
ましてや多感なお年頃。妙なトラウマが出来なければいいのだが。

「………兄ちゃん………俺……」

モジモジしてレンジを見上げる小太郎。先日の一件をまだ引きずっているのらしい。

「もう怒ってねぇよ。元々ちょっと説教して終るつもりだったんだ」

その瞬間、小太郎の表情がパァっと明るくなる。

「頑張って来い。優勝は無理だろうが、いい経験にゃなるさ」
「うん!俺頑張る!」

ちょっと女言葉を混じって返事をする小太郎。クッキーには性格まで換える効果があるというのだろうか。

籤を引いてネギと一緒に会場へ行く小太郎を見送りながら、レンジは思う。

「『誰もが幸せになる罰』って、誰が幸せになるんだよ」

その答えはもう少しあとになる。