「一千万円が欲しいかーーー!」
『オォーーーー!!!』

飛行船のライトアップと同時に朝倉が拳を突き上げ叫ぶ。マイクから受信した電波を増幅するスピーカーは朝倉の声を境内に響き渡らせた。
追従して野太い掛け声が大地を揺るがす。これにはアスナとエナも参加しているもよう。

「最強の座が欲しいかーーー!」
『ヌオォーーーーー!!!!』

またも野太い掛け声が境内を揺るがす。こっちは古菲やネギ達が参加していた。

「よろしい、ならばクリークだ!」
『イヤイヤイヤ』

全員のツッコミが朝倉に向けられた。






ネギま×HUNTER!第34話「戦いの歌」






一見バトルロイヤルは乱闘のように入り乱れて戦うような印象を受けるのではないだろうか?
しかしそれは間違いだと言える。

一対一で戦う1on1では、実力が大きく離れていた場合強い方が勝つ。これは当たり前のことだ。
しかし入り乱れて戦うということは、弱い者が協力して強い者を駆逐する事ができる、言わば弱者のためのルールなのである。

当然名前を知られている古菲は強い者代表。弱者たるその他大勢はこぞって古菲を標的にする。
中には狡い者がいて漁夫の利を取ろうとする者がいるが。
ちなみにソレは龍宮のことではない。彼女もまた強者、そのような手段をとらなくとも予選を勝ち抜くことができるだけの実力を持っている。

狡い者とは、大勢を相手にして疲れたところを撃とうと考えている者だ。
これを卑怯だと言う者はいないだろう。気を使えない者相手に気を使うことを卑怯と言わないのだから。

ただ、

「アーーーレーーー!!!」
『おぉっと古菲選手、体重差二倍もありそうな巨漢を難なくぶっ飛ばしたーーー!』

浅はかではあったかもしれない。

「随分余裕があるな。師を取ってから見違えるようだぞ」
「いやいや、この上に大勢控えてるアル。まだまだ強くなる予定ヨ」

ただの纏。それだけで古菲は素人(裏の実力者から見て)を払いのけることができた。
小太郎と競うように修練し、エナと創求人との組み手で飛躍的向上を遂げた古菲は、すでに裏から見ても一流の使い手になっている。(レンジはすでに念の修行ではオミットされている)

しかし周と流を含めた応用技は発展途上。ついでに体も。
まだ極めていないのだから、もう少し強くなることができる。

「師父〜、勝ったアルヨ〜!」

未だ弱いと自負する師匠に勝てないのだから、強くならないと自尊心を無くしてしまう。



『第一試合グループD予選通過者:古菲・龍宮真名』







10歳の子供が大の大人を殴り飛ばす。
先の古菲で驚いていた面々から見れば、度肝を抜かれる光景だろう。それ以前にありえないと疑う方が自然だ。
対面して戦う当事者から見ても同じこと。まさか子供が、拳一つで巨漢を殴り飛ばすとは。

誰もが八百長だ、道具だと言って自分を納得させるが、察しの良い者は、これこそ裏の世界だと武者震い起こすかもしれない。そういう者だけに足を踏み入れる権利が与えられる。

ようこそ表、こんにちは裏。



『第二試合グループB予選通過者:ネギ-スプリングフィールド・クーネル-サンダース』








「おや、可愛いおチビちゃんでござるな」

一通り参加者を駆逐して、最後に残った子供を見た楓は少し驚く。
ネギのように幼少から強い力を持っている例は多々ある。相応の組織に入っていれば、自分のように訓練漬けの毎日を送っているかもしれない。

ただ、この麻帆良にそういう子供が魔法使い以外でいるということに驚いたのだ。
杖も無ければそれに準じる媒体もない。ということは生粋の裏人だろうか。

「……………からな……」
「ん?」

ジロジロ見ていたのが気に障ったか?――――と、楓は首を傾げる。
ただ呟いた言葉があまりに小さかったため、ついでに耳を寄せるように体を傾けた。

「今度は負けへんからな!!」

まるでソレを狙ったように、子供は楓の耳元で大声を出して、そのままステージを走って降りていった。
キンキンと耳鳴りがする中、楓は思う。

「はて、どこぞで会ったでござろうか?」

気づいていないという。



『第三試合グループE予選通過者:村上コロ(偽名)・長瀬楓』







ただの女子中学生が大の格闘家に勝つ。一回戦の古菲も、形だけみれば同じことだ。
そういう人間がいるのだから、同じ人間がいると考えてもおかしくない。
参加している人も観戦している人も、そろそろ感覚が麻痺し始めているだろう。

ありえないことが起きれば現実逃避するのが人間。世界樹の魔力はそれを利用して軽い認識障害を起こすのだ。
そんなこともあるんじゃないかな――――ありえないことが起きても、そう思うように。



『第四試合グループC予選通過者:神楽坂アスナ・桜咲刹那』







裏の人間だけが強い。ある程度この試合の在り様を見ればそう勘違いする輩が多くなる。
事実、これまで合格した者の中に生粋の一般人はいない。
今この試合で勝ちつづけている2人も一般人ではない。

その一人が今、身長が二倍もある男をわずかな動作で投げ飛ばした。合気か柔道か。
そして倒れた男の頭を足で挟み背のツボを指で刺す。これだけで男は起き上がれなくなった。

そこに裏の技と呼ばれるものは一切無い。純粋な実力だけでこれだけのことができるのだと、証明された。
生きてきた時間は、少々反則気味だが………。



『第五試合グループF予選通過者:高畑-T-タカミチ・エヴァンジェリン-A-K-マグダウェル』







悪の手先、正義の味方。
誰でも聞いたことがある陳腐な表現だと思う。

手先とは他人の配下となって使われる者を指す。
つまり悪の手先とは――――ある組織が在り、そこは誰もが認める悪だと認識されている、形あるモノ、統一された思想――――を指すことができる。

逆に味方とは、自分の属する方。自分の方の仲間を指す。

しかし正義は概念であり、形は無い。
つまり正義の味方とは――――形の無い曖昧な思想に賛同する不特定多数――――を指すことができる。

乱暴に纏めれば、正義に味方しなければ全て悪なのだ。
悪の手先、正義の味方。少し考えれば、表現できないもどかしさがあるのではないだろうか。



『第六試合グループA予選通過者:高音-D-グッドマン・佐倉愛衣』







人と同じように動く。人に出来ない動きをする。
態々機械を人に似せる理由は多々あるが、最大の理由は人が使う物を代わりに使うことにある。
人がいけない場所へ赴き、動作をシンクロさせて人の代わりを勤めるのが人型機械の特徴だ。

外見を人に近づければ、完全に代わりを務めることができるかもしれない。

しかし、戦闘という技術は人型を必要としない。大きく無骨であるほど力強さがあり、小さく精密であるほど繊細な動きができる。
2本足で移動し、限定された個所からでないと攻撃できない兵器が何故必要になるのか。

だというのに何故勝ち上がってしまったのか。



『第七試合グループG予選通過者:田中・中村達也』







汗一つ、息切れ一つ起こさず終らせた。
それ自体何の問題もない。子供が、機械が勝っているのだから、もう誰も驚かない。

代わり驚いているのは、勝ち残った2人の内の一人。

「アンタ………何者?」

エナは瞼を鋭く細めて、勝ち残ったもう一人の背後から問う。
体全体をフード付きマントですっぽり覆い隠した相手は性別すらわからない。
だが服から滲み出るオーラが相手の全てを語っている。

硬気功か戦いの歌か、それとも纏か。
呼び方は違えど同じ技術はすでに世界へ拡散している。刹那が気を張るように、古菲が硬気功を会得していたように、ネギが戦いの歌を唱えるように。

相手は光沢でも見えるのではないかと見紛うほど、洗練されたオーラを纏っていた。
それをエナは数回見たことがある。

強化系を限りなく極めたウヴォーギン。暗殺者シルバ・ゾルディック。最終決戦のために琢磨したネテロ会長。

同等とはいかずとも、今のエナとレンジでは纏えないオーラを、目の前の相手が出している。
冷たい汗が一筋。戦って勝てるのかと自問すれば、おそらく予選を通過した誰が相手でも、目の前の化け物には適わないだろう。

かつて蟲の王とその側近に抱いた感情が、もう一度異世界で味わうことになるとは。

「何者と言うほどでもない………」

そんなエナの心境を笑うように、相手は軽い口調で返事をする。

「お前と同じだ」

エナはこのとき、ようやく相手が人間の女だと知った。



『第八試合グループH予選通過者:エナ-アスロード・アーネ-トム』










「参加しなかった俺は勝ち組み」

ただの予選で本気を出す裏の人間はいない。ネギが巨漢を殴り飛ばしたときはどうなるものかと冷や冷やしたが、世界樹のご加護があるからか、大きな事故は一切起こらなかった。

代わりに予選を通過した半分以上が子供という異常事態を巻き起こしてしまったこの大会、本当に大丈夫だろうか。

「師父〜〜!」

その子供筆頭である弟子が遠くから手を振って呼んだ。古菲の師匠という珍獣だからか、レンジに大量の目線が突き刺さる。
しかも目を合わせると慌てて反らされる始末。それなんてイジメ?

呼ばれたのでジャジャジャンと来てみれば、予選通過者の半分以上がたむろしている空間が出来上がっていた。全て顔見知りだった。

「まったくもって予想通りだよ」

一般人が勝てる面子ではない。むしろコレだけ居れば日本ぐらい簡単に制圧できそうな実力を持っている連中である。

「優勝はこの中から出るんだろうなぁ」
「師父はこの中で誰が優勝すると思うアルか?」

レンジはスィっと優勝者候補を見てみる。
ネギ、コロ(小太郎)、古菲、アスナ、刹那、高畑、エヴァ、エナ、長瀬。

「俺としては弟子と身内を一押ししたい」

期待されていると思い喜ぶ古菲。

「でもエナの顔を見るとそうもいかないらしい」

レンジがそう言うと周りの視線が一斉にエナへ向く。
勝ち残った喜びも、そこから来る余裕がない。それどころか薄っすら汗を流している。
間違いなく『緊張』していた。

「勝てるか?」

レンジは最初に相手のことを聞かない。エナがここまで緊張している時点で相手が規格外だと悟っているからだ。
レンジが聞いているのは、一人でもしくは2人でなんとかなるかということだ。

クロノスライサーで止め、カラフルクラスターで倒す。この成功法が成り立つからこそレンジは強くなる。リョウメンスクナのように、出来なければタダの雑用に徹しなければならない。

「本気出した会長を相手に?」
「お前はよく頑張った。次の大会で優勝すればいいさ」

もう全てが終った雰囲気をかもし出しながら、レンジはエナを肩を抱いてその場を去ろうとする。
2人の後姿はとても哀愁が漂っていた。ある地域を制圧できずに、叔母と去っていくヤクザの男のように。

「どこ行くつもりアルかー!」

古菲は創求人に陰を施して、2人の後頭部に蹴りを入れた。
そういうツッコミを期待していたようで、エナ達は抵抗無く受け入れてぶっ飛ばされる。

「妙でござるな〜。その会長という御仁は存ぜぬが、警備員殿が優勝すると言ったエナ殿が勝てぬと言う相手。何故そのような者がこんな大会に出ているのか……」

超鈴音がM&Aしなければこれだけの大会は起きなかった。
たかが十万そこそこの大会に裏の人間が出るわけが無い。古菲を例にすればわかるが、ただ気を使うだけの人間が裏というわけではない。それはただ表の世界の達人というだけ。

ハンター試験で言うところの、ハンターライセンスを貰っただけのこと。

一千万という金額は魅力的かもしれない。出場する理由なら充分だが、『予め知っていなければ』参加しなかったはずだ。

「つまり、それだけの人間が超鈴音側に加担していると?」

高畑がタバコを吹かしながら呟く。

「人間じゃない。あれは化け物よ」

間近でみたエナだからこその意見に、息を飲む音がする。
彼女の実力を知っている高畑や古菲もいわずもがな。

「正直な話、一千万円を競う相手にしちゃあ割に合わない。今回は諦めるわ」

金なら他の方法で稼げる。危険を犯すほどのことじゃないのなら未練は無い。



「そういうわけにはいかない」



ザっと、予選を通過した者達が一斉に後ろを向く。魔法使いは杖を出し、従者は剣を取り、高畑はポケットに手を入れ、念を使う者は堅を纏う。
臨戦体制に入らなければならなくなる状況にまで追い込まれた理由は、声を発せられるまで気配しなかったこと。
そして、発せられた気配に凄まじい殺気が込められていたから。

もうネギ達の周りに人は居ない。人の砂漠にぽっかりできたオアシスのように見えるが、荒れ狂う気の豪流は涼しいものではなかった。

「予選通過者は全員試合に出てもらう。拒否は認めんよ」

ネギ達の背後にいたのはHグループ予選通過者の一人、アーネ・トムその人。全身をローブで隠した体からは、もう殺気が出ていない。
だからと言って油断するわけにはいかなかった。何が起きてもいいように構えていなければと、不安に狩られてしまう。それが他人の為か自分の為かはわからないが。

「君は……一体何者だ?」
「そうやって銃を構えている状態での質問は尋問と同じだ。もう少し穏便に構えられないのか?」

あえて高畑の居合拳を銃に例えた。もし本気で撃てば同等の威力を見込めるかもしれない。
この二言で高畑は、アーネという人物がこの場で居合拳を撃てないことを察していると読んだ。

居合拳とて飛び道具。目標に当たらなくても真直ぐ進む衝撃波は、事の成り行きを見守っているギャラリーに当たる。
そして、音速並みの拳から放たれる衝撃波が避けられる。そんなイメージが軽々と想像できるのが、目の前の女の恐ろしいところだ。

「私が誰であろうとどうでもいい。話を戻そうか、エナ・アスロード」

それとその他―――――そう言ってアーネは未だ構えている参加者を見回す。

「棄権は許されない。大切なモノを無くしたくなければ試合に出ることだ」
「何が目的だ。貴様は超鈴音と関係があるのか!」
「あろうとなかろうと――――」

袖に隠れたアーネの腕が刹那の眼前に持ち上げられる。指が摘んでいる先には長い人の髪の毛がぶら下がっていた。
それは自分の髪か。そう思った刹那は頭に触れるが、変わった様子は無い。

「はれ!?」

代わりに後ろから驚いた声が。何が起きてもこの人だけは――――そう思って後ろに置いていた木乃香の髪が一摘み分切り取られていたのだ。

「出なければこうなるだけだ」
「貴様ーーー!!!!!」

刹那をよく知る者の間では、木乃香に手を出すのは禁忌だと知っている。
少なくとも、アーネは刹那と木乃香の関係すら知っているということだ。

「やめろ桜咲!ここで暴れてもどうしようもねぇよ!」

今にも剣を抜いて飛び掛ろうとする刹那を羽交い絞めにするレンジ。こういうときにクロノスライサーは役に立つ。

「しかし神!」
「油断しなかったのに、一瞬で近衛の髪を切り取ったんだ。お前が剣を抜く間に何回殺せると思ってる?」

後ろに居る木乃香を怖がらせないように小声で諌める。
それが冷却材になったのか、刹那から覇気が収まっていく。

「いやいや、お見事。よく調教しているようだ」
「動物扱いか?人間辞めた奴は大抵そういうこと言うぜ」
「ロープに繋がれた鳥が可愛そうと思っただけさ。そろそろ放してやったらどうだ?」

そこまで言われて、ようやくレンジは今の体勢に気づいた。傍から見ればセクハラストライクなので、慌てて刹那を解放した。何か言われるかなぁと心配したが、アーネの存在でまったく相手にされなかったので安堵する。

「もう一度言う。誰一人欠場は許さん。事を荒立てなくなければ超の周りを調べるのもやめておけ」

言い終わると同時に、持っていた木乃香の髪が一瞬で燃え、灰になった。暗に関係ない者まで巻き添えを食うと脅しているのだ。

高畑達は迷った。エナの証言通りの化け物の言うことを聞くわけにはいかない。平和を守る魔法使いが悪の言いなりになってはならないのだ。
魔法使いのほとんど――――それこそ学園長も――――を集めて捕縛するか。

少なくとも超鈴音と関係がある。それを踏まえた上で作戦を立てなければ。

そこまで考えたとき、急に周りがザワつき始めた。
神社に仕掛けられたライトが一斉に正門を照らす。

「皆様お疲れ様でした!そして本戦出場者16名の方々、おめでとうございます!」

朝倉のアナウンスに集中した所為で、アーネへの警戒が一瞬だけ緩くなってしまった。
その瞬間を待っていたのだろう。アーネは素早く移動し、レンジを羽交い絞めする。

「兄ちゃん!」

小太郎が助けようとして飛び掛りかける。だがレンジが苦しそうな声を出したので思いとどまった。

「一応、形の上だがこの男はコッチ側なんでな。身柄は預からせていただく」

返して欲しければ――――その続きを遮って、朝倉のアナウンスが一際大きくなった。

「では、大会委員会の厳正な抽選の結果を発表しましょう!」

朝倉が壁に手をかざすと、遠くからでも見えるぐらい大きな紙が降りてきた。





―――――勝ち上がって来い。

アーネの姿はレンジ共々、すでに消えていた。