『またしても瞬殺!謎の犬耳美少女、村上コロ選手の勝利です!』

試合より美少女の観覧が主になりつつある今大会の三回戦目が終った。女を傷つけないという自分の流儀にのっとり、風圧だけで勝利した小太郎はさっさと控え席に降りていく。

「ごめんなさい、兄ちゃん……ウチ………」

池に落ちて溺れた愛衣を助けたレンジは控え席近くに上がっていた。
余計な仕事を増やされて怒っているかもしれない人に謝る小太郎。

「気にすんな、お前のしたことは充分正しい。教師にビーム食らわせたり、年上に鈍器をぶちかます奴等にも見習って欲しいもんだね」

ずぶ濡れになった手で小太郎の頭を撫でる。
なるべく女になった自分を同居人に見られたくないので、始終俯き前髪で顔を隠しているため、表情がよく見えないが、

「………うん」

その声色は嬉しそうなという例えがよく似合う。




段々口調が女の子になってきた小太郎の後ろで、何か企んでいる女は誰にも見られないように『計画通り』と呟いたそうな。






ネギま×HUNTER!第37話「第4回戦?なにそれオイシイの?」






準準準決勝の過程が半分ほど終ったところで一旦休憩が設けられた。
まともな試合など一つもしていないのにも関わらず、誰もブーイングをあげない。

理由は簡単。前述の通り格闘大会ではなく美少女博覧会になってしまったからだ。
少なくともギャラリーは、事情を知っている者以外の全員がそう思っている。
初戦の目からビーム事件で、この大会の主旨は概ね決まってしまったのだ。

「俺から見たらザマーミロってことだな」

缶コーヒー片手にクックッと笑うレンジ。休憩時間すら薄暗い地下室に閉じ込められた彼の隣には見張り役のアーネがいる。
最初は隙を突きクロノスライサーを使って逃げようと画策したが、地下室に閉じ込められた瞬間手錠で互いを繋ぎとめられてしまい、あっけなく断念。

ちょっとでも嫌がらせをと考えた結果が、今のセリフだ。

「世の中うまくいかねぇってこった。何するつもりかしらねぇが、さっさと諦めたらどうだ?今なら『御免なさい』で済むぜ」

無駄だと分かっていてもレンジは喋りつづける。こうして喋っていれば、余裕があれば鼻で笑い、イラ立っているなら多少痛めつけてくる。
それだけで相手の心理が読めるということを知っているだろうか。彼女の反応次第で大会にどれほどの重要性があるかわかるだろう。

舌が回って余計な情報を喋ってくれるなら、なお良い。否定して理由を述べてくれれば。だが、

「同感だ。さっさと諦めればいいものを、頑固に続けているよ」

同意を得られたならどうすればいい。

「同感?テメェの仲間のことだろうが」
「便利な奴とは思うが、仲間と呼べるほど親しくはないな」

これで一つ分かった。アーネの目的は別にあり、両者は互いに利用しあっているだけということが。

「奴が居なければ私はここに居なかった。恩は相応に感じているが、屑にも劣る計画に加担するつもりは無い」
「…………大天才の中学生が練った計画が屑?なにしようとしてんだアイツ等」
「さぁな。知りたければ自分でなんとかしろ」

内心舌を打つ。これ以上情報を得るのは無理だろう。しかも得た情報から推測できるのは厄介ごとだけ。
この魔法学園で問題を起こそうとしている相手が2人に増え、それぞれが別々の目的をもって行動している。しかも一人は瞬間移動能力を持ち、もう一人は化け物。

もしくは超の計画の上にアーネの目的があるのか。

少なくとも二段構えの事件が起きようとしている。これは是が非でも誰かに知らさねば、対処が後手に回ってしまう。

「時間だ、そろそろ行こうか?副審殿」
「嫌がらせのごとく不利な判定ばかりしてやるから覚悟しやがれ!」

ズビシ!と人差し指を突きつけて断言するレンジに、アーネはくぐもった声で笑う。鍵を使わず、手錠を壊して部屋を出て行く瞬間、振り返り――――。

「できるものならな」

実際できはしないとお互い分かっている。判定は観客のメール投票で行われ、それ以外は選手自身が勝敗を決める。所詮は飾りの副審だ。

どうするべきか―――――手錠を壊して部屋を出たレンジはただ考えることしか出来なかった。







時間にして15分。アーネがレンジの見張りをしていた間、長瀬楓は控え室で黙々と座禅をしていた。周りも気遣って部屋に入ろうとせず、静かに時は過ぎていく。

努めて無心になろうとするも、思い出されるのは予選会場での一端。
古菲の師を務めた男が勝てないと断言した同級生。その同級生が勝てないと言った女。

ただひたすら修行に明け暮れていた自分に勝てるだろうか。未知の敵を相手にルールという不利を抱えて。

―――――甘えるな。

誰に言ったわけでも、誰かから言われたものでもない。ルールを不利と考えることが甘えだと、彼女は自分を叱咤する。

試合、仕合、死合。全ての戦いは互いの全てをぶつけることに他ならない。ルールを設けられて負けるのは単に己の実力不足。

ならば何を怖じるというのか。
心構えを定めた彼女は、ほとんど閉じているように見える瞼を薄く開く。

「楓、時間――――」

襖の向こうから刹那の呼び出しがかかる。だが、すべてを言い終わる前に楓は襖を開けた。

いつもと変わらないとぼけた微笑が、どこか刹那を不安にさせる。

「………わかっていると思うが、無茶はするな」
「大丈夫でござるよ」







『これより第5回戦を開始します!』

場を盛り上げる朝倉の演説に反応して客の歓声があがった。わずか十数メートルしかない舞台に立つ楓とアーネにいくつもの視線が飛び交う。

ちょっと変なエンターテイメントとしか思っていない客は、今度はどんなハプニングが起きるのかと待ちわびていた。(脱衣的な意味で)

「楓のやつ、大丈夫かしら」
「無茶はするなと言っておきましたが、相手の出方次第でしょう」

控え席にいるアスナと刹那の心配を他所に、朝倉の口上が徐々に終ろうとしている。
殺しても事故扱いと聞いたエナと同じことを質問しかけた女と戦うのだ。彼女と戦う当事者は一体どんな心境だろうか。



「忍びとして生きて十余年、今ほど心躍ることはなかった」

楓の声は歓声に掻き消されそうなほど小さい。当然朝倉も観客も聞こえていない。

「エナ殿には悪いが、拙者は感謝しているでござるよ。貴女のような強者と戦えることを」
「酔狂にもほどがあるな」

なのにアーネは軽く笑い、返事すらした。

「気すらまともに使わなくなったこの時代で、お前は何を求めている。出来もしない勉学を受け、休みには目的も無く山奥の修行を繰り返して」
「よく知っているでござるな」
「超の情報網はそれだけ広いということだ。答えろ、お前は何を求めている」
「古菲と同じ、ただ強者を」
「強くなり続けて得られる物は高が知れている。裏にいるお前なら尚更知っているはずだ。空虚で、焦り、そしてもどかしい。ジレンマだ」
「この時代で個人の強さはさほど重要ではない。しかし拙者にはこれしか残されていなかった。其れ故のジレンマと?考えたこともござらぬよ」
「ほう?」
「少なくとも今、この瞬間は、貴女がいる」
「ハッ!とんだ戦闘狂だ。私がいることで空虚も、焦りも、もどかしさも消えたか」
「そう。貴女が居ることで、この十余年は無駄ではなかった。強くなり続けることにようやく意味が出来たでござる」

楓は一拍置いて大きく深呼吸する。同時に朝倉が号令を挙げるために右腕を頭上へ持ち上げた。

『それでは第5回戦、長瀬楓対アーネ・トム』
「甲賀中忍長瀬楓……」

歓声はいつの間にか止み、朝倉の号令を待つ。

『Fight!』
「参る!」

号令と同時に長瀬が仕掛けた。






通常、達人と言われる人種は対峙しただけで相手の実力をある程度計ることが出来る。身体つき、構え、気の張り具合など、相手から発せられる様々な情報を掴み取って適切な対応をする。

昨日の一件と周りの反応、そしてこの瞬間。疑い様の無い実力を相手にすることは一つ。

『おぉっと楓選手、予選で見せた分身の術だーーー!』

初手から全力で。本人をいれて4人の楓が一瞬で散開した。
しかしすぐには仕掛けない。己の実力の一端を見せて相手の反応を見るためだ。さらにもう一つ。まったく同じ姿の影分身に紛れて自分を捉えられないようにすること。

だったのだが、

「一人少ないな、私を相手に手を抜く余裕があるのか?」

開始位置から動かないアーネの周りを縦横無尽に動き回る楓群の、本体のみに視線を送るアーネが呟く。間違いなく見えているのだ。

「無論、手は抜かぬでござるよ」

そんなことは想定内だと楓は言う。前述したように、この行動は相手の反応を見ることにある。
今のアーネの言動一つで二つの事実がわかった。

影分身は古菲の創求人と同じ原理の代物で、込める気の密度によって威力が代わる。楓自身とほぼ同じことができる密度の分身の最高数は4体。誰にも知られていないはずのソレを、彼女は知っていた。
超の情報網はそれほどまでに隠密性に優れ、深く探れるようだ。

もう一つは、縦横無尽に動き回る分身の中から本体を捉えたこと。つまり何かしら、分身と本体の差を見つけられる技を持っていること。

以上を踏まえると、分身を騙し矢に使うのはもう無理だろう。

「仕掛ける勇気が無いならこっちから行こうか?」

ならば相応の戦術を用いるのみ。

「及ばぬ」

少し離れた場所に立った本体。同じ姿勢でアーネの3方を囲む分身。安全な場所から分身を放ち、消耗戦行うようだ。
例え本体の居場所がわかろうとも近づけなければ意味が無い。単純なる3対1ならば僅かでも消耗し、それが15分保てばメール投票で勝ちに行けるかもしれない。

姑息――――あえて楓はこのような手段を取った。アーネと超の目的がわからないこの状況だからこそ、どんな手を使ってでも蹴落とす必要がある。
多少不恰好になるが、前途有望な10歳の子供と裏に足を踏み入れて間もない少女に戦わせることを考えれば安いものだ。

なるべくなら健全に育ってもらいたい――――そう願って、楓は全ての分身をアーネへ嗾けた。

『これは酷い!正に多勢無勢、3人の楓選手による一斉攻撃だーーー!』

一方的な蹂躙は楓への心象を悪くするだろう。
悪役決定でござろうか――――迎え撃とうともしない相手を怪訝に思いつつも、内心苦笑する。
元より潔白とは程遠い人生。丁度いい箔かもしれない。

さて、アーネはどう出る。そう考えたことを後悔したのは――――

「言った筈だ、仕掛ける気が無いならこっちから行くと」

全ての分身から放たれた渾身の一撃を、防御することなく身体で受け止めた事実を知ったときだった。







控え席にいる戦士達が一斉に壇上を注視した。
なにかアクションを起こすと警戒していたというのに、まさかノーリアクションとは誰も思うまい。

「どういうことアルか?!」

単純計算で3倍。そんな一撃をノーガードで耐えるなど自分には不可能。秘密を暴くことが出来なかった古菲はエナに助けを求めた。気に関しては彼女のほうがまだ知っているはずだから。

「………普段垂れ流しているオーラを留めておくのが『纏』。自発的にオーラを生み出すことを『練』」

イスに座ったまま、腕を組み、足を組み、しかし視線は鋭くアーネを捉えている。

「その二つを合わせる――――つまり、噴出し続けるオーラを留めておく技を『堅』と呼び、事実上これ以上の防御力向上方法はない。でも」

エナは人差し指を立てて、その先に全てのオーラを集中させる。

「全てのオーラを一点に集めれば、例え指一本でも鉄球を貫くことさえできる。対戦車ロケットすら防ぐ事だって不可能じゃない」
「つまりアーネは……」

凝のことを思い出した古菲は急いでアーネを観察した。すると、分身の拳が触れている部分にのみオーラが集中していた。体の先端ではない位置にきっちり三等分して。

「少しでもずれれば死んでいたかもしれないのに、わざわざ実力を見せるためのオフザケしたのよ」

多対一を想定した技術。彼女はそれだけの修羅場をくぐってきたというのか。

オーラの高速移動、それに加え敵が打ってくる位置を正確に掴んだ先読みの技術。
何より問題は、三等分してでさえ楓の気拳を防ぎきったオーラの量と収束率。

「だから言ったじゃない」

言われても信じられないことがある。事実、刹那も古菲も、楓すら信じていなかったかもしれない。
例えどんなに強いと言っても人間の領域は越えられないと、人を信じていたのかもしれない。

「アレは化け物だって」

また一つ、彼女たちの世界は開けた。表の人間が裏を知ったときのように、裏の世界の深遠は絶望を持って彼女達に牙を突き立てるだろう。

臆する面々の中、エナは切り札となるカードを懐で玩ぶ。
使うべきタイミングは近い。






数メートル離れた本体へ近付くための時間。楓や高畑なら一秒も要らない、文字通りコンマの間さえあればいい。
3体の攻撃同時に受け止めた瞬間、楓とアーネの間に邪魔をするモノがなくなった。
まったく効かなかった攻撃を見て唖然とする楓を誰が責められるか。

正しく、コンマの空白が会場を覆う。

たったそれだけで、いつか誰かがしたように、アーネは一瞬で楓の背後を取った。

振り上げられた拳には込められた気が迸る。長身の楓を叩き落すべく、わずかに高い位置から鉄球のごとき拳が、爆音を立てて楓を叩き潰した。
ステージ端にできた直径2メートル小のクレーターの中心に、アーネの拳と楓の顔面が突き刺さっている。

歓声が止んだ。

「……………最後の一体、まさかこんな使い方をするとは」

アーネがいるステージ端の真反対に、服が裂けて肩を露出した楓が膝を付いていた。
一撃を食らう瞬間、残しておいた分身を代わり身に使い難を逃れたらしい。

アーネが拳を引き上げると潰された分身は霧散し消え、残りの3体も消えた。
観客達は安堵した。なんだトリックか――――ネギ達も似たような安堵感に溜息を吐く。

唯一認識の違いはその後。

服が破れて胸が見えそうな楓の肌に不埒な感想を持つ一般人と、露出している部分の負傷を見て取れたネギ達。

彼女は完全に避けきれなかったのだ。右肩から肩甲骨にかけて痣が広がりかけている。

砕けた――――本人と、この手の傷に詳しい者の意見が合致した。これで右腕が使い物にならなくなった。

「楓、もうやめろ!」

控え席から刹那が叫ぶ。

そうだ、ここから先は無茶になる。例えここで抑えられなくとも、ルール無用の戦場なら打つ手はいくらでもある。そのために、今は力を温存するのが得策。

最低限の偵察は成し遂げた。

「すまぬ、刹那」

だが納得いかぬ――――そう思ってしまった。
力の差は歴然。負傷した体では万に一つの勝機もない。おなけに開始から数分しか経っていないのに、この体たらく。

「参る!」

一歩踏み出すたびに反動が傷に響いた。
頭の中で戦略を築いても、成功するビジョンが浮かばない。

それでも立ち向かおうと思うのは忍びの――――

「武士(もののふ)の意地!!」

一撃を入れるために必要な気を残して、楓はもう一度分身を出した。怪我の影響で弱弱しい気を纏う、たったの2体。
その分身は本体より早くアーネへ攻撃する。

何も言わない、ただ落胆と言う溜息を吐き、アーネは左右から襲ってくる分身を軽々と弾き飛ばした。
隙にもならない動作を隙と読んだのか、拳に気を溜めた楓がアーネの真正面から襲い掛かる。

それすら回し蹴りの一撃で終了。骨の折れる音が打撃音として現れ、楓はステージから弾き飛ばされてしまった。

死んだか―――――そう思ったのは、意外にもアーネだけだった。
なぜなら今しがた蹴り飛ばしたはずの楓が、真正面に残っているからだ。

おそらく初めてアーネは驚いただろう。楓の気の残量を計り間違えるはずもない。試合開始から今まで必要最低限の分身しか出さず、その全てを叩き伏せたのだから伏兵がいるとも思えない。

次を考えなかった回し蹴りのせいで全ての動作が遅れてしまった。

そのときアーネが見たのは、一切気を纏っていない楓だった。

「(残りの気すら囮に使ったか)」

楓の分身と本体を見分けられるアーネが、この程度の罠に気づかなかったのは、そんな方法を取るなど思いもしなかったからだ。

気を纏っていない身体で、化け物のような気を纏っている相手にダメージなど与えられるものか。
そう考え、アーネは今この瞬間も、大して動揺していない。

相手もそんなことは知っているのでは?と、ようやくそこまで考えたとき――――――楓は笑った。





自分の役割はなんだったのか。分身がいとも簡単に葬られたのを見て、次の瞬間には己の番だと思っていたとき、ふと湧き上がった疑問だった。

忍びの―――武士の意地だといって突撃して。それで全体の戦力が落ちてしまったら、一体自分のしたことはなんだったのだろうか。

しかし一矢報いらなければ気がすまない。なにかできないのか。

そうして彼女は思い出した。自分の任務が『偵察であったことを』。






気が著しく減った身体では長く動けない。ゆえに楓は最低限の動作で目的の物を掴んだ。
アーネの顔を隠しているフードである。

このときようやく、アーネは楓の意図を知った。

「剥ぎ取り御免!」

誰も知らないアーネの素顔。隠しているということは相応の理由がある。そこから得られる物があるはず。それゆえの行動だった。

だが

「(重い!?)」

重いのだ。風に靡くただの布が、鍛えている楓の腕で僅かしか持ち上がらないほど重かった。
固定されているのかと錯覚するほどに。

しかし僅かに上がったおかげで、眼前にいる楓のみがかすかにアーネの顔を拝むことが出来た。
一体どんな女なのか。脳裏に焼き付けるため目を凝らした。

「――――――――!」

アーネの素顔が見えたのだろう。驚愕した表情で何かを叫ぼうとした楓だったが、それより早くアーネの手が彼女の口を塞いだ。

「あぁ…そうだ、そうだったな」

ギリギリと骨を軋ませる腕には手加減など微塵も見えない。いや、まだ死んでいない時点で手は抜かれている。ただ、これから半殺しにあうだけのこと。

「しばらく眠ってろ」

それが死の宣告になる。

アーネは片腕で軽々と楓を振り上げ、最初の一撃と同じように彼女を地面に叩きつけた。
クレーターのように凹むステージ。倒れる楓。先と違うのは分身ではないため霧散しないことか。

さらに楓は気を出し切っていたため、もうまともに防御する力は残っていない。今だアーネが抑えている口からはとめどなく血が漏れている。最初の攻撃で受けた傷が、更に拍車を掛けたのだろう。

もう彼女は戦えない。誰もが分かっているこの状況で、アーネはトドメをさそうと、掴んでいた手を離し、振り上げた。

『ス、スト――――』

級友の惨事を見て呆然としていた朝倉が慌てて止めようとしたが、もう遅い。
3度目の衝撃がステージを揺らした。








シンとする会場で、観客の誰もが驚いた。同じようなことが二度も起こったからだ。

「審判が選手に手を貸すとはどういう了見だ?」
「できるもんならっつったのはテメェだろうが」

ステージの端にいた副審が、またもステージの中央に―――倒れていた楓を抱えて立っていた。第2回戦のときと同じ不思議に、観客がざわめく。

「これ以上の試合進行は不可能と判断し、副審である自分が試合の終了を進言する。どうだ?これで文句ねぇだろ」

実際楓は気絶していてもう戦えない。どう見てもアーネの勝ちだ。

「どうだ?なにか異論はあるか?主審」
『い、いえ!楓選手の負傷が著しいものとして、主審と副審の判断により、この試合はアーネ選手の勝ちとします!』

アーネを指して勝利を明言しても、歓声は上がらなかった。

「どけ!コイツを医務室へ連れて行く!」

楓を抱えたレンジは颯爽と建物の中へ向った。ネギ達も急いであとを追う。

『ステージの修復のため、一端小休止します!完了次第、第六回戦を始めさせていただきます!』

歓声は無かった。






医務室へ向う途中の通路でレンジは足を止めていた。楓の容態が余りにも酷すぎて、素人目から見ても回復は絶望的に見えたからだ。

もとより、そんな悠長なことをするつもりはなかったというのもある。

「近衛!」
「うん!」

試合が終ってすぐではなく、人気の無い場所まで来なくてはならなかった。木乃香の治癒を誰かに見られるわけにはいかない。

レンジを追ってきた木乃香はすぐにパクティオーカードを持って呪文を唱え、コチノヒオウギを振るう。
本人曰く、頭がクチャっとならないかぎり3分以内の怪我は治せるらしい。

レンジの腕の中で見る見るうちに怪我が治っていく楓に、全員が安堵した。

「怪我は治るんやけど、他のは治らへんからしばらく寝かせといたってな」

怪我に気や体力の減少は含まれないらしい。当然といえば当然だ。

「……ちょうどいい、このまま医務室へ行こう。集めた情報の整理と今後の方針を決めておきたい」

異論は無い。揃って医務室へ向う中、誰にも聞こえない声で誰かが呟いた。



「いつまで抱えてんだか………」