「フゥ……ようやくいい絵が取れたネ」

カメラが捉えた第5回戦を編集している超は満足気に汗を拭った。労働の喜びに目覚めた不自然ないい笑顔だが、全体的にぎこちない。

「ヤツにはもう少し粘ってもらいたかたが、最後のアレはよほど予想外だたというわけか」
「楓さんが相手じゃ仕方が無いのかもしれませんけどね〜」

『分身する巨乳美少女忍者』とタイトルをいれてネットにアップロード。ここから人工知能を使ったあおり文で掲示板を炎上させれば第一段階終了。

動画はもちろんMP4で高音質&高画質。ダウンロードしやすいサイズに収め、ねずみ講のように増えていけば、計画の第二段階が完了する予定だ。

分身する楓。手に気を込める楓。肌を露出しかける楓。地面を叩き壊すアーネ。瞬間移動するレンジ。それらを一言で表すと、

「魔法的要素は一切ありませんよねこの動画」
「ぷぎゃーーーーーーーー!」
「超さーーーーーーん!」

彼女の計画がどこから狂い始めたのか。それはもう誰にもわからない。





ネギま×HUNTER!第話『お人形遊び』




タダの疲労。木乃香のアーティファクトで治療された楓は医者にそう判断され、しばしベッドで休むことで落ち着いた。

高畑に続いて楓のリタイヤにより戦力は大幅ダウン。彼等は早急に作戦を練り直さなければならなくなり、人目の無い選手控え室へ向った。

幸い部屋に人はいない。しかしレンジは円を広げて警戒する。
5分10分で早々工事が終るわけないかもしれない。だが不確定要素が二つも出来てしまった今では、どんな予想も半信半疑になってしまい、また出足が遅くなってしまう。
ましてや休憩中でさえ接触を妨げるアーネがいるのなら、時間は1秒もあるかどうか。

「共犯は茶々丸とデコメガネとポッチャリ料理人」

信用できる情報は嬉しいけども、せめて名前ぐらい――――しかもデコネガネことハカセはともかく、人畜無害そうな四葉さつきが絡んでいることを不思議に感じるネギ達だった。

「朝倉とエヴァちゃんは?ポン――――茶々丸ちゃんが関わってるんなら」
「なんだ?今更私を疑っているのか?」

心外だ――――と、エヴァが抗議する。

「あ、エヴァちゃんいたの?」
「ああ居たさ!なんだ、私が居て悪いか!!というか昨日からずっと一緒にいるだろうが!詠春みたいなこと言うんじゃない!」

ペチペチとエナを足を蹴るが、纏をしている彼女には意味が無い。それをわかっているから咳を一つして話題を戻した。

「茶々丸にとって超も私も創造主にあたる。奴の命令を聞くのは当然だ。学際中は貸す約束もしてたし」
「今から呼び戻せや」
「勘違いするな。今回の事件、私はどちらに付くつもりもない」

ピキっと、レンジの額に井桁マークが浮かんだ。この期に及んで関係ないとは、あまりにも投げやりすぎる。
関係ないと言い張るなら、なぜ彼女はこの大会に出たのだろうか。

「レンジ」

その辺りを問おうとしたレンジをエナが声を張って止めた。そんな時間は無い、と。
納得がいかないと思いつつも、優先事項を考え直せば当然だと諦め、エヴァと同じように咳を一つして場を改めた。

「この辺りのどこかに地下へ通じる下水がある。超の本拠地は多分そこだ」

目隠しされて大まかな位置しかわからない――――そう言うレンジに刹那は充分と答えた。

「式神を使って探らせます。今は増援を呼びに向わせているので、その人にも頼みましょう」
「増援?誰だよ」
「信用できます」

どこに耳があるかわからないので名前は伏せられた。刹那が信用している相手など、学園内には数えるほどしかいないだろうが………。

「ならそっちは任せる。あぁそうだ」

レンジはズボンのポケットから契約カードを取り出し、アーティファクトを具現した。12個の金の指輪が掌に収められる。

「いざってときの通信用に使ってくれ」

ここにいる仲間にジョイントリングが配られる。各々は早速指にはめようとしたが、なぜか左手の薬指以外に入らなかった。

「………あとは…そうだな、超とアーネの目的は違うらしい。お互い利用しているように見えたぜ」
「関係ないわ」

レンジの危惧している目的が見えない二重構えの事件を、エナは一言で一蹴した。

「潰せば問題ない――――でしょ?」

楓を倒した実力を見ても揺るがないほどの自信があるのだろう。ゾクっとするような微笑を頼もしく思うが、それ以上に恐ろしい。

「あの………もう話し合って解決できないんでしょうか?」

ずっと考え込んでいたネギが今更なことを聞いて来た。ここまできてまだ戦わない道を模索していたようだ。

「超さんと直接話してませんし、理由も―――――」
「ネギ先生」

最後まで聞くつもりはない―――――エナはピシャリとネギの口上を遮った。言いたいことは大体分かる上、どんなに贔屓目で見ても時間の無駄だと分かっているからだ。

「どんな理由でこんなことをするのか………それはもう関係ないの。頭がいい超はいろんな方法を考えて今を選んで、成功すると信じて動いてる。前しか進まない猪に止まれって言っても止まるわけないでしょ?」
「でももし、間違ったことをしていたとしたら、僕は止めなきゃいけないんです!」
「最初から間違ってるって決め付けてる辺り、随分正義の味方が板についてきたじゃない」

エナがドスを効かせたためビクっとネギが怯えた。こういうときは大抵論破されることが多いからだ。

「ぼ、僕は決め付けてなんて………」
「超が正しいことをしているかもしれないから協力しようなんて微塵も考えなかったクセに」

考えられるわけがない。大勢の前で魔法の存在を仄めかせ、レンジを拉致監禁し、楓に重症を負わせたのだ。その上何かを画策していると言われれば、正しいと思うほうが不思議だ。

若干しどろもどろになりながらもそのことをエナに伝えると、返された言葉に全員が身震いした。

「いい加減にしろよ糞餓鬼」

マズイ――――ドスを効かせているのは変わらないが、これは今までにない怒りの篭もった返答だと、誰もがそう感じた。

「桜咲、あと頼む」

エナの異変をいち早く察知したレンジがそう言うと、一瞬で二人の姿が部屋から消えた。
残ったアスナ達は状況に置いていかれてポカンとする。レンジが能力を使うといつもこうなるので、彼等は対応に困るのだ。

「僕…なにか悪いことを言ったんでしょうか」

エナの憤りを察し、その理由がわからないネギが呟く。
それはアスナ達もどう答えていいのかあぐねていた。ネギの言ったことは的を得ているし、少なくとも不愉快に感じるような言い方もしていないはずなのに。

「気にするなボーヤ。お前は何も悪いことを言っていない」

落ち込んでいたネギはエヴァの助け舟のお陰で、少しだけ気分が軽くなった。周りもエヴァがそう言うのなら――――と、この話題を終わりにした。

だが彼女達は気づかない。エヴァの寛大な心で出した助け舟は泥で出来ていることを。もし気づかないまま沖へ向えば舟はやがて沈み、溺れ死ぬ。
助かるには自分が立っている場所が泥の上と気づかなければならない。

それはいつになることか。気づこうと気づきまいと、エヴァにとって面白いことになるのは変わりなかった。







ガスッと鉄球に叩かれたような音を出して、やはり鉄球で叩かれたように壁がへこんだ。

「落ち着け。………つっても無駄か」

傍から見たら絶対に近付きたくないような相手に、彼は臆することなく声をかけてくれる。こんなとき自分を分かってくれているというのは都合がいい。

「人の話を聞かない。聞いても自分の都合のいいように曲解する。まともな人間の考え方じゃない」
「生まれたときから正義の魔法使い云々言われて育ったんだから、しょうがねぇだろ」

なら私が、生まれたときから人を殺して麻薬を啜って育ってきたら、今でもそうすることを彼は許してくれるだろうか。もちろんそんなはずはない。

彼がネギに対して楽観的なのは、あの考え方によって被る不幸や不都合を解決してやる気がない――――言うなればどうでもいいからだ。
私とてそれは変わらない。ネギがどうなろうと知ったことじゃない。

ただ単純に、ムカつくだけ。

「アンタを拉致監禁?雇われた以上超の指示に従うしかないのに。魔法を仄めかした?呪文を詠唱すればどれだけ強力な魔法を撃てるのかしらね!格闘大会に杖を持ち込んで矢を撃つのは悪いことじゃない!?子供を相手に大人が全力を出すのが良いこと!?」

裏と表の力関係を、私はあえてそう例えた。
道具すら使えるルール無用の大会だけど、そこに超の思惑が何らかの形で絡んでいるのは明白。
ならば尚更、超常的な技は控えるべきだ。

私はもう一度オーラを纏わせた拳で、壁にもう一つ凹みを作った。おかげで憤りは若干発散したけど、まだ足りなかったので大きく深呼吸することで発散する。

「長瀬に重症を負わせた?えぇそうね、あれだけ一方的に虐めれば悪人に見えても仕方が無いわ」

でも、やはり足りなかった。更なる憤りを発散させるため、今まで以上に込めた念は私の期待通りの威力で、

「ルール違反をしないで、正々堂々と実力差で勝っても悪人扱いなんてどういう了見よ!!!」

壁に私と同じぐらいの大きさのクレーターを作ってくれた。

「気に入らないモノをなんでも悪いってことにしておけば、さぞ気持ち良いことでしょうね」
「そりゃガキだしな」

レンジは続けた。

「生まれた時から育児放棄され、親の名声で周りの視線は色メガネ。故郷は悪魔に襲われて知り合いはほとんど石像。これで真直ぐ育てってのは無理だろ。お前がいい例じゃねぇか」
「はぁ?」
「生まれたときから歪に愛されて、親の悪名で学校の視線は色メガネ。ファミリーは念使いにやられて壊滅。こうやって挙げると、まったく逆だなお前等」

えぇ〜、そんなのヤダ。

「お前が悪徳なら、逆にアイツは役得だ。気持ちの良い言葉、気持ちの良い行動に皆惹かれて行く」

アスナとかがその典型。魔法という優れた力で正義を貫きましょうって言われて、単純バカが「私は悪人になります」なんていうわけがない。
長瀬や刹那は自分が歪んでるってわかってるから、ネギが真直ぐ育つように見守ってる。
でも彼女達のそれは、

「暗闇の素晴らしさを忘れた蟲が誘蛾灯に焼かれることと変わらん」

突然3人目の声がした。でも、来るだろうなと予想していたから私たちは特に驚かなかった。
私がこの世界に来て、殺してやりたいと思った2人目の女。

「随分派手に壊してくれたな」
「うるせぇ、消えろ」

この気に入らない女と話す気なんてまったくない。でも向こうもそれは同じ。このクソ女がここに来たのはレンジを連れて行くためだ。

「舞台の修理がもうすぐ終わる。選手より先に位置へ着いてもらおう」

案の定、私を無視してアーネはレンジの腕を取って連れて行く。でも私には何も出来ない。アーネは何一つ間違ったことをしていないのだから。









壊れた舞台は迅速に修理され、白い木目が綺麗に映える。
わずか10分の休憩が終わり、選手それぞれが試合場に戻ってきた。だがその中にエナの姿はない。
ルール上試合開始までに舞台へ上がっていれば不戦敗にならないので、居なくても別段こまることはなかった。
アスナ達からすれば、あんなことがあったばかりで不安に駆られてしまうけども。


『これより第六回戦を開始します!』


朝倉の音頭で歓声が轟く。それに応えるように、観客の声援をあびながら並んで舞台へ近付く龍宮と刹那。

「刹那、悪いがこの試合本気で行かせてもらう」

喚声で掻き消えてしまいそうな音量だが、特殊な鍛え方をしている刹那にははっきりと聞き取れた。

「超に雇われたのか?」
「さぁな………と言いたいところだが、ある程度バレているなら『そうだ』と言ってかまわんだろ。だがこの試合だけは、私の意思でお前を叩きのめす」

冷静沈着を地でいく彼女らしからぬ怒りにも似た感情が、魔法も気も使えない体に威圧感を纏わせる。
対する刹那は、まったく身に覚えのない憤りに戸惑っていた。

「………よくわからんが、本気で来るというのなら私も剣で応えよう」
「よくわからん……か。どうやら本気で性根が腐っているようだな」

そう言って真名は歩みを早くして先に舞台へ上がって、開始位置についた。ますますワケが分からなくなった刹那だが、もう会話が出来る状態ではなくなったため、渋々位置について剣代わりのデッキブラシを構えた。

『やってきました第6回戦!デッキブラシで戦うは和風メイド桜咲刹那。対するはここ龍宮神社の一人娘、龍宮真名!』

神鳴流に飛び道具は効かない――――などという高慢を持つほど、刹那は龍宮を軽視していない。数多の戦場を幼少の頃より渡ってきた経験は、神鳴流剣士の道と違った強さを彼女にもたらした。

『無名の2人ながら、予選を勝ち抜いた実力に期待して、第6回戦――――』

銃、それに類する物が使えないのなら投擲に類する物を使ってくるであろうと予測され、刹那は何が飛んで来ても対処できるように気を張る。



『Fight!!!』



宣言と同時に、刹那の目の前に大量の500円弾が飛んできた。
咄嗟に気による防御を高めてダメージの軽減を図った刹那だが、当たり所が悪くて予期せぬダウンを貰った。


『こ、これは500円玉!?』
『凄いですね。あれは羅漢銭ですよ。えぇ〜羅漢銭とは(ry』


一瞬なにが起きたか分からない観客が、解説の説明を聞いて盛り上がった。

「立て刹那。この程度で終らせる気はないぞ」

龍宮は袖から新たな硬貨の束を取り出し構える。
対する刹那は驚いていた。龍宮が指弾を使い、思う以上の威力を受けて倒れてしまったことに。

龍宮は気も魔法も使えない。なにも篭もっていないただの物理攻撃なら、気だけで防ぐことが出来る。銃やハンマーのような人を殺せる威力があるものは防がねばならないが、受けても常人と比べてダメージは少なくなる。

彼女の指弾は確かに威力があった。
受け止めたエアーガンの弾がガスガンの威力を持っていたと言えば分かってもらえるだろうか。

もう少し対策を吟味したいところだが、カウントが8秒を切ってしまい、刹那は慌てて起き上がった。

朝倉がカウントを止め、試合続行を促すとまたも龍宮が指弾の連打を繰り出す。今度は刹那も心得ていたので気を纏わせたデッキブラシで向ってくる全ての弾を弾き返す。

返された弾が盛大に床を抉り、外れた弾が堀池の水を飛沫る。

『凄い!超人的な連射もさることながら、それを防ぎきる桜咲選手も負けていない!』

でもこのままではジリ貧だと外側から声がする。両者とも一歩も引かない実力を持っているということは、先手を取った龍宮に軍配が上がるのは必至。

そうならないようになんとかしなければ――――龍宮の次の攻撃が襲ってきたのはちょうどそのときだった。


突然後頭部に衝撃を受けた。しかし相変わらず龍宮の猛攻は続き、いくつかいい当たりを食らう。
慌てて体勢を立て直して後ろを覗き見てみるが、当然誰もいない。離れた隅で神が外れ弾を受け止めているが、彼自身の行動から共犯はありえない。

そうこうしているうちに、今度は真横から襲ってきた。警戒していたおかげでなんとか防げたものの、四方八方から襲ってくる500円硬貨で徐々に翻弄され始める。

掠り傷が目立ち始めるが、無論気のおかげでダメージは少ない。それでも食らい続ければ蓄積するし、制限時間が過ぎればメール投票で確実に負ける。

「(いったいどうやって?)」

これらを無視して反撃に移るのは可能だが、トリックが分からないとどんな戦法を使ってくるかわからず、始終後手に回ってしまう。
京都で1度神鳴流と戦っている経験も侮りがたい。

だが、このまま削られていくぐらいなら活路を開いたほうがマシと決め、仕掛けることにした。

「奥義・斬空閃!!」

横薙ぎしたブラシから気の刃が放たれた。突然の反撃に一瞬怯んだ龍宮だが、ブラシの軌跡から刃の位置を把握してしゃがんで避けた。位置的に跳んだほうが余裕で避けられたのだが、動きが取れない空中に逃げるわけには行かず、結果体勢を崩してまでしゃがんだのだ。わずかな抵抗に一発放つものの、無理な体勢の所為かあさっての方向に飛んでいった。

攻防が逆転した。刹那はこの機会を逃さず、張っていた気の一部を足に集中して瞬動を試みる。
いざ地面を蹴ろうとした瞬間、膝裏に不意の一撃を食らってしまい、誤爆した気に煽られて盛大にこけてしまった。

しかし、こけて目線が下がったおかげでようやくトリックを見破ることが出来た。

舞台の四方に設置されている柵に500円玉が突き刺さっている。太陽光に反射する数は10や20じゃない。1度2度の跳弾を駆使すれば180度どこからでも狙うことが可能。唯一レンジがいる位置だけ配置できなかったようだ。

「気づいても、もう遅いぞ」
「!?」

しゃがんでも片手が使えれば攻撃できる龍宮は、刹那が体勢を立て直す前に先制を取った。狙いも正確で、瞼の少し上や関節などなど、ダメージにならずとも怯ませる個所に当ててくる。

容赦ない追撃で周りが悲鳴を挙げるが、刹那のダメージは見た目に反してまだ少ない。だが、いざ攻撃をしようとしても先手を取られて動きを封じられる。
強いと思っていたがまさかここまでとは――――彼女は改めて龍宮の非凡を痛感した。

体勢を立て直しても、また同じような状況に戻ってしまう。ブラシで指弾を防ぎながら、次の戦法を考える。しかしどの方法もさっきの二の舞になる確立が高く、刹那は思い切った行動をとれなかった。

そのときだった。

「せっちゃーん。がんばれー!」

客席から一際大きい声援が聞こえた。


――――そうだ。私はこんな所で手を拱いている暇はない。勝たなければならない理由がある。そのために、お前を倒す――――


「龍宮、我が神の力、見せてやる」


デッキブラシを片手に持ち替えて龍宮の猛攻を防ぐ。その間に懐に忍ばせておいたあるものを取り出し、口に含んだ。
サクサクとした歯ごたえと共に溢れる甘味。

その甘味が血管を流れて浸透していく感覚に伴って、身体に異変が起き始めた。
目立ちにくい筋肉がわずかに隆々と浮き出、骨が軋んでやや角張った身体へと変わる。

「……なん…だと?」

女の身体ではありえなかった躍動感が身体を満たす頃には、そこに桜咲刹那はいない。

「刹那・♂・桜咲、推して参いる!」
「ふざけるな!」

発声と共に駆けた。見越していた龍宮は一度に弾く量を増やして壁を張る。

奥技でもなんでもない剣閃で防ぐ。弾いた弾が埃や水飛沫を撒き散らせ、2人が客席をからかろうじて見えなくなる。

「伊達や酔狂でこの姿になったわけじゃない!」

これだけなら変身する前の体でもできた。ただそうするだけではなく、弾く角度を調節して龍宮本人と別の弾へ当たるようにブラシを振るう。それを奥技無しで成すことが重要だったのだ。

絶え間なく弾を打ち続ける龍宮を攻略するには、同じように絶え間なく攻撃して進むしかない。そうするために足りなかったのはスペック――――すなわち基礎体力だった。

烏族で鍛えている体と言っても所詮中学生。大人以上の活躍が行える理由は無論、気である。しかし気や念はあくまで補助と考えるべきだ。なぜなら同程度の気を使う者同士が戦えば、勝つのはやはり相手以上の鍛錬をしている者が勝つのだから。

そして第二次成長期の男性と女性の体付きははっきりと分かれる。男性のほうが若干運動に適した体になり、数割程度の差であろうと気で増幅すれば大きな差になる。

刹那が欲しかったのはその差だった。

柔軟でありながら硬質ゴムのような筋肉は、防ぎきれなかった指弾のダメージを蓄積しない。それどころか弾く。
何度腕を降っても、健康的な骨格は軋むことなく動き続ける。一足一足がしっかり大地を踏み、固定されているかのような安定感を与える。

龍宮の猛攻をただまっすぐ、力だけで押し通り、瞬動に似た中途半端なステップでついに眼前へたどり着いた。

それでも龍宮はあきらめない。彼女には苦手な間合いなどないのだ。

「防げるか!」

完全な無防備を覚悟して、龍宮は両腕を大きく開いた。その両手の先端には何十枚も重なった500円玉の束が握られている。ショットガンのように飛散させるときの持ち方だ。

超至近距離の左右2方向から広攻撃。相乗効果も含め、頭部を撃たれれば例え気を張っていようと大ダメージは確実だろう。当たり所が悪ければ失明、あるいは死。彼女の指弾の威力を考えれば当然だ。



そんな危険があるにも関わらず、龍宮は躊躇せず撃った。



傍からは追い詰められた龍宮が放った起死回生の一撃に見え、会場はシンとわずかな間、音が止んだ。



カラン―――――水煙が晴れて最初に鳴った音は、刹那が持っていたブラシが地面に落ちた音だった。次いで落ちたのは、夥しい血が付いた大量の500円硬貨。

「せっちゃーーーん!」

負けたのか、大怪我をしたのか。たまらず木乃香が叫ぶ。周りも悲惨な次の瞬間を連想して顔を歪める。

刹那が倒れるだろうか。そう覚悟していた観客達がようやく目にしたのは、血まみれになっている龍宮の手だった。

「まさか……神鳴流が武器を捨てるとは……」
「神鳴流は得物を選ばない」

ブラシを捨て、己の眼前交差する腕には大量の気が込められ、人差し指と中指だけを突き出した手は、丁度龍宮の手と同じ位置にある。

撃鉄と砲身の役割を担った龍宮の指は見るも無残に折れ曲がっている。銃で例えたうえで指がそうなった理由はただ一つ。
『暴発』だ。

指で弾く瞬間500円の束を反対側から押す。すると本来前方へ吐き出されるはずだった衝撃がほぼ100%内側に返ってきたのだ。
皮肉なことに、達人以上の威力を撃てる技量が仇となった。

「まだ続けるか?」
「この手ではもう無理だよ」

ボロボロになった手を降ろして降参を示す。だが彼女は一向に負けを告げない。

「難儀な奴だな」
「そういう性分だ」

負けを認めない。彼女は暗にそう言っている。審判の判断や観客の心象はどうでもよく、自分は絶対に負けていないと頑ななのだ。
刹那もそれを察してデッキブラシを拾う。

「ずっと考えていたんだが、私はお前になにかしたのか?」
「……………本当にわからないのか」

龍宮は刹那の一言で一気に不機嫌になった。

「ここ一週間の行動を思い返してみろ」

そう言われて、警戒しながら思い返してみる。





まだ太陽が昇りきらない時間に目覚まし時計から電子音が鳴る。慣れている頭は素早く覚醒し、ストップボタンを押す。
お気に入りの人形をモフモフしたあと、あらかじめ用意していたジャージに着替えて静かに外へ出た。
一剣士として健康的な一日を送るために、早朝はいつも学校の周りをジョギングすることから始まる。世界樹広場を通ると必ずアスナかネギに出くわし、場合によってはアスナの手合わせをして別れる。

寮に帰ったら汗を流し、制服に着替えてバランスの良い食事を取り、学校へ向かう。登校時間になると神とその僕達と共に校則違反者を捕まえ、お嬢様と一緒に教室へ。

学業や部活を一通りこなし、夜はエヴァンジェリンの別荘で男に変身し、お嬢様にモフモフされる。

寮に帰ったらお気に入りの人形を手入れして就寝。





「さっぱりわからん」

むしろ龍宮と関わること自体ない一週間だった。

「なら私から見た、ここ一週間のお前を教えてやる」








『せっちゃ〜ん、せっちゃ〜ん、せっちゃ〜ん、せっちゃ〜ん、せっちゃ〜ん』

同居人の護衛対象の声が目覚まし時計から発せられる。最近発売された『アラームを録音できる時計』はしっかり機能を果たしている。耳障りなアラームを聞いて龍宮は耳をふさいだ。今日も満足に眠れなかったのか、目の下にはくっきりとクマができている。
少ししてアラームが止まった。持ち主が起きた証拠だ。つまり、彼女にとって地獄が始まったということだ。

「このちゃんハァハァこのちゃんかわいいよウフフこのちゃん」

お気に入りの人形を心行くまで堪能している同居人の息遣いが大きく、さらに強く耳を塞ぐ。しかし数々の死線を潜り抜けて鍛えられた耳は意外に高性能で、完全に音を遮断することができず、布団の中で体を縮込ませることでようやく聞こえなくなった。

そんな状態が10分も続いた頃、ようやく部屋から同居人が居なくなって、ベッドから這い出る。揶揄ではなく本当に這い出ていた。

眠いと騒ぐ頭を無理やり黙らせるために冷たいシャワーと浴び、クマを隠すためにほんのり化粧をする。制服に着替えて部屋に戻ってみれば、ルームメイトのベッドには一つの人形が鎮座してジィっとコチラを見ていた。

笑顔を張り付かせたまま、まるで生きているような近衛木乃香の等身大人形が鎮座していた。

一秒でもこの部屋に居たくなかった龍宮は、必要最低限の荷物を持って部屋を出て行った。まだ登校時間までかなりあるのだが、コンビニかどこかで暇を潰せば問題ないだろう。
顔見知りができたコンビニの中から見る黄色い太陽も、もう慣れている。

退屈な授業を睡魔と闘いながら受け、フラフラになりながらもなんとか部活と仕事を終わらせ、またあの部屋に帰る。

「ほらこのちゃんこっちのスカートもかわいいですよバレッタは赤いものがいいですよねこのちゃんには赤が良く似合う今日は新しいマスカラを」

人形にカジュアルな服や髪留めや化粧を無遠慮に施していく。部屋の中はそういった材料で足の踏み場がない。

ふらつく足に渇を入れて、なんとかベッドまで戻った龍宮はカロリーメイトで夕食を済ませ、人形相手に延々と話しかける刹那の声を聞きながら眠った。

あぁ、今日と同じ明日が来る――――と、絶望しながら。






「おかげで私はこの一週間でノイローゼだよ!」

もう流れる涙も枯れた。今までの鬱憤を吐き出す龍宮の顔は涙がない泣き顔になっている。

「龍宮、いくら裏の人間でも私はれっきとした女の子なんだ。お人形遊びを興じてなにがいけない」
「お前がやってることは度を越しすぎてるんだよ!軽く大気圏突破だ!」
『おぉっとぉ?この2人試合そっちのけで口論始めましたよ』

正気に戻そうと、朝倉が2人の近くでアクションを起こすが、当人は周りのことが見えておらず更にヒートアップする。

「朝起きればこのちゃん、寝ていても夜遅くまで横でこのちゃんこのちゃん!おかげで近衛が邪神に見えて仕方がないんだ!たまに戦闘服を拝借されて「凛々しいこのちゃん素敵です」などと言っていた日には本気で撃ち殺そうかと思ったんだぞ!」
「天使より愛らしいこのちゃんを邪神扱いするな!」
「最近は幻覚や幻聴まで出始めた!」
「パライソだそれは!このちゃんが常に隣にいるんだぞ?夢のようじゃないか!」
「夢にも出てきた!」
「偶然だな、私のところにも毎日出てきてくれている!もう私達は仲間―――いや、義姉妹だな!」
「ふざけるな!」

暖簾に腕押しとはこのことなのか、このちゃん至上主義者は何を言っても聞き入れない。龍宮が「だめだこいつはやくなんとかしないと」と思ったのもうなづける。

『お〜いあんた等。もうすぐ試合終わるんだけど?』

朝倉が2人の間に割って入ってストップウォッチ見せる。彼女の言うとおり、残り時間は一分を切っていた。

「仕方がない。学園祭が終わったらじっくり話し合おうじゃないか。神を交えて」
「嫌だ!もうお前達とは関わりたくな―――――ゲフゥ!」

不意の鳩尾への一撃を食らい、龍宮はその場に倒れた。

『え〜……勝者、桜崎刹那!!』

歓声はなかった。











「うわ〜。こんなに白けた試合見るの初めて〜」

魔法的要素は無いから少なくともマイナスは有り得ないと高をくくった結果がコレだ。貴重な戦力がリタイア、加えて試合がこれ以上無いくらい盛り下がった。

世の中うまくいかないですね〜――――と楽観的な評価を出すハカセの横では

     _____
    /::::::─三三─\          
  /:::::::: ( ○)三(○)\ 
  |::::::::::::::::::::(__人__)::::  | _____
   \::::::::   |r┬-|  ::/ | |
   ノ:::::::   `ー'´  \ | |  

                       
超はこんな感じになっていた。まさか刹那があそこまで壊れているなど思いもしなかったのだろう。
いくら天才といえど、こんなことが起きるとは思わなかったようだ。

「龍宮さんのリタイアはどうします?」
「…………」
「だめだこりゃ。警備はしばらくアーネさんにやってもらおっと」

意外に動揺しないハカセであったとさ。