大量の蟲に襲われ、私達は発狂した。いくら払っても、いくら潰しても数を増して迫ってくる。
たかが蟲。打算も目的でもなく、ただ本能で動く奴等には、私達の抵抗と悲鳴は取るに足らない雑音なのだろう。
一つの意思で統一された有象無象がこれほど厄介なこととはついぞ思わなかった。

私達は逃げるべきだった。見栄も外聞も理解できない奴等を相手にしたとき、私達も本能に従って逃げるべきだった。

だが、もう遅すぎた。露出が多いこの服では纏わりついてきた奴等の触感が鮮明に伝わってくる。
爪を引っ掛けている奴がいれば、毛深い足を持っている奴もいる。最悪なのは粘着質な奴だ。

生理的嫌悪というのだろう。体中から冷たい汗と鳥肌が沸き、ただただ悲鳴を上げて暴れるしかできなくなる。
そして歩くたびに、振り払おうと体中を叩くたびに奴等の体液が体にかかり、その嫌悪感はますます膨れる一方。

こうして私の心は壊れた。

倒れる直前、遠くから、ニコニコと変わらない笑みを浮かべるクラスメートがいた。
それが私が最後に見たモノだった。








ネギま×HUNTER!第43話「続々々、彼女達の力 エナ編」








山場も無ければ脱げもない、観客にとって最もつまらない第11回戦が一分と経たずに終わった。
そろそろいい加減にしろと怒りを挙げる客の相手をする朝倉は、段々涙目になり始めている。
物が投げ込まれないだけまだマシだが、時間の問題かもしれない。

『皆様落ち着いてください!一発KOで終わる試合があれば、時間いっぱい使って終わらない試合もあるのが武道です!』

己の快活を買われて、学際中に起こす事件の情報をリークしてもらう報酬として大会の司会を請け負った。
餌に釣られて来てみれば、なんだかよくわからない失敗の不始末を一身に受ける羽目に。

「(なにやってんの超!こんな話聞いてないっつーの!)」

これ以上の失態は暴動を引き起こしかねない。
なのに、すでに決まっている試合進行は変えれるはずも無く、朝倉に一切の決定権はなかった。

『次の試合は期待できるかもしれません!前戦で古菲選手と見事な試合を演じたクウネル選手は』

あ、なんかだめそう―――――舞台に向かってゆっくり歩いてくる彼女を見て、朝倉は本能的に察知した。
おそらくこの試合も瞬殺で終わるのだろう、と。

『鋼鉄の体を素手で引き裂いた怪力を持つエナ選手とどんな戦いを繰り広げてくれるのか!両選手入場です!』

まばらな拍手に出迎えられた選手は、顔をあわせるどころか一言も交わさないまま位置に着いた。









「今のアンタでは、アイツに勝てないよ」

アーネは不躾に言った。

「限界があるとはいえ、この体ならそう簡単に負けるとは思えませんが」
「その体を壊すほどの一撃を与えられれば別だ。新しく体を構築するには、15分以上かかるんだろ?なんなら賭けるか?」
「約束を違えない程度なら。私は先の大戦の情報と向こうの実力者の詳細を」
「私はコレクションを一つ譲ろう。エナ・アスロードは一歩も歩かず、お前に勝つがな」
「見くびられていると見てよろしいのでしょうか?」
「アンタの実力は認めている。その上での判断さ」







「(さて……彼女の言うことは本当でしょうか……)」

開始の合図を前にして、クウネルは変わらない笑みを少しだけ深くした。
実力はどう見ても自分の方が上。しかし同じ上位にいる者は、エナが圧勝で勝つという。

目の前で気だるげに腕を組んでいる少女は、この矛盾はどういう形で正しい法則に変えるのか。
そう思うと、クウネルの心に久しく躍動するものが沸く。

『第2試合最後の対戦。レディー!』

全力まではいかずとも、小手調べに強力な一撃を加えるべく、クウネルは重力の魔法を開始同時に放つ準備をする。
凝でクウネルを覆うオーラの変化がわかっているはずのエナは、それでも腕を組んだまま気だるげに最後の合図を待つ。

『Ready―――――――GO!』

始まりの合図と同時にクウネルはその一撃を放つべく、エナに向けて手を伸ばした。



「………………おや?」

だが目の前に広がっているのは、見慣れた地下の巨大空間。
分身に繋げていた意識が無理やり本体に帰ってきたのだ。そうなる理由はただ一つ。

『影』が破壊された。これでエナ・アスロードの勝ちは確定したようだ。

魔法は奇跡を起こすが、しっかりと辻褄を合わせて初めて効果を出す。相性を考えなければ、格下の魔法使いが格上の魔法使いに勝てる見込みは99%無い。
クウネルにとってエナとの対戦はそれに近かった。
油断は心の片隅でしていたかもだが、それでもこの結果は受け入れねばなるまい。

「……素晴らしい。これが『念』という技術」

ぜひ彼女の半生を――――どこか変態チックなこと呟いて、クウネルはもう一度分身を作る準備を始めた。







試合場は騒然としていた。
開始の合図が示された瞬間、クウネルが紫色の煙に覆われて姿を消してしまい、試合続行が不可能になってしまった。

『クウネル選手!すぐに舞台へ戻ってください!』

朝倉は必死に叫んだ。瞬殺しようがエナが脱げようが、敗者としての無様をさらしてくれれば朝倉の責任は軽減される。
しかしジャッジが勝敗を決めるとなれば別だ。そうする以外手段が無くても、

『ク、クウネル選手の消失が10秒を超えたことにより、エナ選手の勝利――――あ、物を投げないでください!物を投げないでください!』

Booingの矛先は主催者側にも及ぶ。

「(超の馬鹿ーーー!)」

朝倉は心で泣くしかなかったという。
彼女の耳に、どこからか『プギャー!』という叫び声が聞こえたような気がしたが、別にそんなことは無かった。








ブーイングの嵐を朝倉一人に押し付けたエナは、途中ネギやコノカが話しかけてきても目も合わさないまま、さっさと舞台から降りて神社の奥に引っ込んだ。
石垣と木製の壁は大雑把な作りをしていながら、舞台の騒音を遠ざける。そして神社の境内に植えられた木々と木陰が、夏に間近い気温を数度も下げてくれる。
一人になった彼女は冷たい石垣に背を預け、大きく息を吐いて熱くなった体を冷やした。その途端、体中から汗が吹き出て、息も荒くなる。

「だいぶ疲れているようだな」

注意力が散漫になっていた所為か、すぐ隣に誰かがいるなど気づきもしなかった。
だがそれも仕方が無い。隣にいる人物は故意に気づかれないように立っていたのだから。

「魔法使いに『隠』は効かない。クウネルと古菲の試合でよく気づいたものだ」

エナは返事をしない。顔も合わせない。聞いているのかどうかもわからない。
それでも隣にいる女――――アーネは口を止めない。

「あのクウネルの体は、言うなれば具現。お前の紫弾なら一発で消えて当然。だが、賭けではあったな。紫弾の配置が少しでも遅れていれば、お前は負けていた」
「…………」
「リスクを負って底上げか。無駄だと言っているのに」

ボスッ――――エナの裏拳がアーネのフードに当たった。だがフードはわずかに動いただけで、アーネの頬には触れてもいない。

「念が篭っていない。気絶する寸前まで使いきったのか。なぜそこまで――――?」

ずっと開いていたアーネの口が、ようやく止まった。

「どうやらお前の王子様が来たようだ。邪魔者は退散するとしよう」

そう言い残してアーネは霧のように消えた。幾ばくもしないうちに、反対側からレンジ走ってくる。
もう奴はいないようだ―――それで安心したエナは、レンジに背中を預けるように倒れた。

まだレンジとエナの距離は数十メートルもある。それでも、クロノスライサーのおかげでエナが地面に倒れる前に受け止めることができた。

「大丈夫か?さっきまでもう一人いたみたいだが」
「あのクソ女がいたの………。オーラが残ってれば張っ倒すチャンスだったのに…」
「あんな技使うからこうなるんだよ」

エナを石垣にもたれかからせ、少ししか使えない強化系を応用してエナの回復力を向上させる。

「なんで『リアクティブアーマー』を使った」
「初っ端から殺る気満々だったから………先手を打たないとやられてた」




両手がふさがった時に発動する能力。

『生者的嫌悪(リアクティブ・アーマー)』

『円』の外側に弾を一種類のみ無制限に配置でき、任意で色を変えれる。この技を使用中に限り、精製する時間は必要無く、一定の威力が約束される。
ただし爆発範囲と制約は通常と変わらず、ある程度広げていないと自分も巻き添えを食う。
『円』を広げるごとに弾の使用量は増え、オーラも比例して減る。なお、解除しても使ったオーラは戻らない。




「クウネルにギリギリ届かないところで紫弾の壁を作れば、なにかアクションをした途端触れるわけだ。ヨガテレポートみたいなことされたらアウトだったな」
「コッチの例えで言わないでよ。なんて返していいかわかんないじゃない」

ありがとう――――エナはそう言って立ち上がった。立てるぐらいには回復したらしいが、オーラは傍から見ても弱弱しい。

「他にもやりようはあったんじゃないか?」
「リスクを上げてね………底上げするつもりだったんだけど、この程度じゃ足りないみたい」
「手はあるか?」
「奥の手を使う。使いたくなかったけど」

エナは懐から一枚のカードを取り出した。ゲインと言って具現させると、手の中に小さな小瓶が現れる。

「レンジ」
「ん?」

その小瓶の蓋を開け、

「信じてるから」

レンジの頭に中身を全てぶちまけた。










『じゅ、準決勝を始めたいので、両選手は舞台へ上がってください。それと副審も位置についてください』

ゴミだらけだった舞台の掃除が終わり、朝倉は休みを取らず、さっさとこの仕事を終わらせたい一心で次の試合を促した。
もう観客の数は半分近く減っている。むしろまだ半分も残っているのかと思うぐらいに。

そして舞台に姿を現したのは、学園内で人気沸騰中のネギと師匠のエヴァンジェリン。紹介の文句は適当に流す朝倉だが、彼女は密かに期待していた。

魔法は無しというルールでも、2人の強さは別荘で確認済み。この2人ならきっと凄い戦いを魅せてくれるに違いない、と。

「わ、わるい、またせた」

少し遅れて副審が帰ってきた。持ち前の奇妙な技を使って、気づいたときには舞台の端に陣取っている。

「あのさ、ちょっと聞きた――――」
「おれのそばにちかよるな!」

うわ、厨二くさ―――――内緒話をしようとして近づいた途端、この場で比較的常識がありそうな大人が、どこかのディアボロさんのようなことを言い出した。

姿を消したわずかな時間で邪気眼にでも目覚めたのだろうか。
ともかく、そんな痛い人と話すのは真っ平ごめんの朝倉は、もうこの場に味方が居ないことを覚悟して試合を進めた。

『初戦で目からビームを出し、次の試合では教え子を容赦なく叩きのめした、巷で噂の子供教師と、無難な活躍を見せ続けたエヴァンジェリン選手はどんな戦いを魅せてくれるのか!』

ネギの煽り文句だけひどかった。彼女が陥っている事態はある意味彼の所為なので、若干の私怨が混じっているようだ。

やけっぱちとも言う。

『Ready GO!』

さっさと終わってくれ―――そう願って、朝倉はタメをいれずに開始の合図を出した。
だが彼女の期待は裏切られることになる。



合図が出て最初に動いたのは、オーラを練ったエヴァだった。封印の所為で10歳程度の力しか出せないという言葉とは裏腹に、一足で何メートルも跳び上がり、ネギに向けて拳を打つ。
拳法ならネギも慣れたもの。中国拳法特有の攻防を兼ね備えた対術を駆使して、エヴァの拳を逸らし、引き込み、反撃の肘を打つ―――はずだった。

「私は格闘家じゃない、人形使いだ。忘れたか?」

肘を打つ格好のまま硬直したネギは、着ているローブがボンレスハムのように締め付けられていることに気づいた。
太陽光が反射して、目に見えないほど細い糸が舞台いっぱいに広がっているのが見える。

エヴァは2、3度糸を振り回して、ネギを地面に叩きつけた。
ネギを心配する声がまばらに鳴るが、それがむしろ心地よいのか、エヴァは楽しそうに笑う。

「どうしたボーヤ。この程度の糸も抜け出せんのか。私の弟子が聞いて呆れるぞ?」

倒れているネギを宙吊りにして、眼前に持ってくる。魔力を体に纏っているおかげでダメージはなさそうだ。

「僕は――――」
「『僕はマスターと戦う理由がありません』か?」

図星なのか、ネギは否定しない。

「やれやれ、頼まれてここまで来たつもりだったが、どうやら本気で矯正せねばならんようだな」

彼の言い分を良しとしないエヴァは大げさに、嫌なものを見るようにため息を吐いた。

「15分は足りん………ボーヤ、私の目を見ろ」
「な、なにを………」

それでも眼力に圧されてエヴァの瞳を見る。人とは違う瞳に、ネギは徐々に意識を吸い込まれていった。






『なに見詰め合ってんだアンタら!頼むから試合を!試合をしてくれ!』

意識が消える瞬間、朝倉の悲痛な叫びが聞こえた気がしたが、別にそんなことは無かった。









僅かしかなくとも人の声は煩苛を誘い、気を逸らすもの。
それらが消えた瞬間、ネギは閉じていた瞼をあげた。

そこは見慣れた別荘だった。ログハウスの地下から転移したばかりと紛うほど、空気と質感は舞台とかけ離れている。

風が揺らす椰子と波の音しかしないそこは、比べ物にならないほど静かで、心が落ち着く。

「精神世界。幻術で術者が思い描いた場所へ対称を連れて来る術だ」

声がした方に振り返ると、黒い外殻を着たエヴァが宙に浮いていた。

「ここなら私もかつての力を使える。貴様も全力が出せるだろ?」

エヴァが手を振ると、ネギの手に魔法の杖が現れる。

「さぁヤろう。存分に暴れてみせろ」
「でも…マスター!」
「この期に及んで言う事はそれだけかー!!!」

エヴァは無詠唱で巨大な氷の玉を具現し、ネギに向かって投げた。
逃げ道を無くしてしまう様な大きさだったが、瞬動を会得しているネギには避けられない範囲ではなかった。

足に魔力を込めて跳躍。氷塊が建物を破壊する頃には安全圏の空に逃げ果せていた

「………本当に感心するよ。ここまでされて反撃もしないとは」

ネギは空中で杖を構えてはいるが、魔法の矢一つ出していない。次になにかしても防御魔法で迎え撃つだろう。
なるほど、筋金入りの頑固だ―――――まったく正反対の父親のことを思い出し、エヴァは内心苦笑する。

だがこれは、彼女にとって予想の範囲内である。戦う理由が無ければ作ればいいのだ。

「戦う理由ならあるさ。お前は悪いことをしているんだからな」

この言葉でようやくネギが反応した。
彼はまだ善悪を基準にして物事を進めようとしている。悪党を自負するエヴァは、そろそろ目を覚まさせてやろうと、一計を案じた。

「理由は………強いて言うなら暴力を振るっていることかな。格闘大会に出てタカミチを再起不能にしたり、京都では猿女一党に暴力を振るったな」
「そんなことを言ったらキリが!」
「誰かを傷つけるのは悪いことだろ?」

災厄に抗い、立ち向かうことで相手が傷つくのなら、それも悪いことだとエヴァは言う。

「なぁボーヤ。『お前は悪いことを言っていない』と、私が控え室で言ったのを覚えているな?では試みに問おう。『悪いことをしていなければ全て良いこと』なのか?」

はい―――――と答えるには、ネギは賢すぎた。揺らぎすぎた。
たった一つの問いに対し、頭の中で幾重もシミュレーションを構築し、普段なら絶対に考えないような思考を発生させる。

「逆も然りだ。『良いことをしなければ全て悪いこと』になるのか?宗教では怠慢は七つの大罪の一つらしいが、何もしないことが地獄に墜されなければならないほどのモノか?」

別にネギは、魔法使いが絶対正義や法の番人だと思っているわけではない。
悪事を働く人間は種族や国など関係なく発生する。だからこそ力を持つ魔法使いが正義を貫かなければならない。

力を行使するなら必ず人を助け、一片の非義も認めてはならない。

「それじゃあ、超さんとアーネという人が何かを企んでいても、僕達は黙って見ていろと言うんですか!?」
「超側を悪と決め、自分がその対極にいると信じているのならその通りだ。相手を傷つけてはいけない、誰にも迷惑をかけてはいけない。それが正義の本質!」
「そんなこと!」
「もう少し噛み砕いて言おうか?確かに超一味は事を起こすようだが、別にボーヤが解決する必要はないんだよ。ガキのオイタは大人が片付けるモノだ」

幸いなことに、この事件はタカミチが巻き込まれていた。超の計略で手を出せなくなったレンジもいた。
なのに自分の生徒の責任を取るためにネギが率先し、ネギの成長を願うタカミチはそれを許し、物語の主人公だからとレンジはなるようになると諦めた。

なのに一回戦目でタカミチをビームで倒し、周りを嗅ぎまわるなというアーネの忠告を無視して、アスナ達が地下へ行くことを止めなかった。

様々な負い目や勘違い、行き違いの果てに指令系統はメチャクチャ。
その所為で超が毎回プギャーしているのは、ひとえに予測できない事態が多すぎたからだ。

「超を説得したいのなら、試合など無視して話しに行けばよかったじゃないか。超は試合に優勝しないと会わないとか言ったか?」
「(そういえば!!)」

エヴァの一言でネギの顔はドーーンと青ざめた。

「思慮も配慮も足りないのに、よく一つの事件を解決しようと思ったな。私やヘルマンを倒して少し調子付いていたんじゃないか?」
「な、なんでマスターがそのことを?!」
「一部始終見ていただけだ」
「なら助けてくれてもよかったじゃないですか!」

そこでエヴァはニヤッと笑う。

「そうか、私は助けないと悪かったのか。魔力を封じられ、子供程度の力しかない私は悪魔貴族と戦わないといけなかったのか?命が惜しかったから見ていただけなのに悪人扱いか?」

良いことをしなければ全て悪いこと――――エヴァの質問でネギはようやくこの意味を捉えた。ようやく泥舟に乗っていると自覚した。
そしてエヴァは呟く。チェックメイト、と。

「私を殺しに来た連中の中に、命が惜しいからと土壇場で逃げ出す者はいた。その者は臆病者、裏切り者と罵られ、時には仲間に殺されることもあった。おかしな話だ………彼女達は悪い事をしていないというのに。生存こそ弱者の願いだというのに」

悪である彼女は人間という正義に倒されてしまうことを必然と考える。
相容れない異種生物同士。それも人間を糧にする吸血鬼なら、人間は脅威を排除する正義を掲げてしかるべきなのだ。

「なのに」

悪である私を倒しに来た彼等は、正義ではなかったよ―――――エヴァはほんの少しだけ悲哀の表情を出した。

「本来この世に正義も悪もない。だが人が生む千差万別の理が、本来一つしかないものを2つに分ける。己の理は正義か悪か、とな」

それはそれぞれが半分ずつのパズルという不完全なもので、決して片方だけで完成するものではない。

「そして人は貴様のように正義を追求する。自分は間違っていないと胸を張りたいために」

しかし正義しかない世界があれば、人間は生きていけない。
その逆も然り。

「他者を脅かすことが悪であるなら、正義は食べてはならない、歩いてはならない、息をしてはいけない!なぜなら―――」
「僕達の世界は犠牲で成り立っているから」

エヴァの演説を黙って聞いていたネギは、ようやく言葉をつむいだ。
そして彼女は口上を遮られたことを不快に思わず、続きを聞くために沈黙する。

「ようやくわかった………エナさんが言っていた意味が………」

彼女の予想は外れ、ネギが垂らしたのは言葉ではなく、涙だった。だがその構は言葉以上の意味を見せてくれた。
人が涙するのは感動以外ない。それだけ彼にとって大きな解になったのだろう。

なおさらエヴァは沈黙し、見守る。ネギとエナの間に何があったのか知らないが、詮索しても口に出せないし、出してはいけない。その代わりに涙が出ているのだから。

「マスター……一つだけ……教えてください」

内容による―――そう言ってエヴァは続きを促す。

「エナさんは言っていました。善悪を分けるのは3流、理解して2流。両方どうでもよくなって1流と下衆に分かれるって。1流って何なんですか?」

エヴァは感心したような溜息を吐く。よくもまぁ20に満たない餓鬼がそんなことを、と。
それだけエナの人生は太かったのだろう。

「(このまま答えを言うのは面白くないが)」

恩人から頼まれた約束を果たすために、最強種の真祖は己の気分を後に回した。

「目的も理由も無く善を行い、意味も信念も無い悪が1流と思うか?」

自分の道を貫くと言えば良い建前になるが、犠牲になる者からしたらいい迷惑だろう。それすらないのなら、それは正しく下衆だ。
陳腐な理由で世界を滅ぼす3流の悪役のほうが、よほど救いがあるというものだ。

「例え史上最悪の悪魔と伝えられ続けても、己の信念を貫く者こそ評価に値する。命令と贖宥状を頼る輩が優れていると思うのか!」

冗談抜きで悪魔とか言われたことあるから――――ネギは世界樹前の大階段でエナが言っていたことを思い出した。
彼女が本当に悪魔のような人間なら、例えどんな理由でも人を助けたりしない。それこそ助けることでその人物が苦しまない限り。

つまり彼女には信念があったのだ。悪魔と罵られても人を助け、悪魔と恐れられるほど血を被るほどに。

それに比べたら自分は………なんと小さい。たった5歳の差が、とても大きい。

ネギは今までのことを嘆き、今度こそ泣いた。































厨二ってキモくね?

また卑怯くさい能力作っちゃったし。