ロッジの入り口をノックして、返事を待たずに入ったエナを出迎えたのは、刀とクナイの刃先だった。
ご丁寧に首筋のギリギリまで押し当て、即座に殺すことが出来る力加減で。

そしてエナは、そうされて当然という風に刹那と楓の殺気を軽く受け流す。

「私がどっちのエナ………面倒ね。アーネかどうか確認する方法は無いわ」
「いや、その雰囲気だけで十分でござる」

外見まで一致する同一人物同士を見た目で判断することはできない。しかし培ってきた経験や、長年生きてきた落ち着きのようなものが今のエナには無かった。
まだ青い。普段の彼女から微塵も見えない雰囲気が、逆に信憑性を増した。

「ネギ先生もさっき来たので、これで全員揃いました」
「………レンジは?」

周りを見渡せば、アーネの特殊弾で跳ばされた面々は揃っている。しかし引率者の姿だけがない。

「それも含めて、私達が置かれている状況の説明をします。ネギ先生、お願いします」

刹那に勧められ、カシオペヤを持ったネギがテーブルの上座に立った。
今まで見たことが無い――――迷いなど微塵も見当たらない顔つきで。

「まずは、皆さんに謝らなければいけません。ボクと刹那さんは、超さんが怪しい技術を持っていることを、皆さんより早く知っていました」

そう言ってネギはカシオペヤをテーブルの上に置いた。

「航時機……タイムマシンです。コレを使ってボクと刹那さんは何度も学園祭の一日目を繰り返していました」
「お〜なるほど。だからクラスの催し物に参加したり部活の出し物に来れたアルな?」

普段のバカイエローからは想像もできない意見が出たが、この状況ではスッパリ無視された。

「そうです。そして超さんの言動や今の学園の静けさ。これらが示すのは――――」
「私達は学園祭が終わった未来にいる…でしょ?でも問題はそこじゃないんじゃない?」

ネギのセリフを遮って、エナが答えを言った。

「私達はタイムマシンを持ってるんだから、すぐに元の時代へ帰れる。今ここで起きてる問題に目を向ける必要がどこにあるの?全員揃ったのなら、さっさと帰ればいい」
「それがそうでもねぇんですわ、姐さん」

ネギの背中からヒョッコリ顔を出した小動物に、誰もが驚愕する。

『居たの!?』
「いやしたよ!ずっと兄貴についていってやしたよ!なんで兄貴まで―――って、今は漫才やってる場合じゃねぇ」

存在感がほとんどなかったカモはわざとらしく咳きをして場を収めた。

「この航時機―――カシオペヤが動かねぇんですわ。世界樹の魔力を使って動くらしいが、放出現象が無くなったこの時間じゃ時計にもなりゃしねぇ」
「じゃあ作った本人にゲロらせる。例え何十年かかっても、過去に戻れれば私達の勝ちよ」

戻ること自体絶望的。そう言い渡されてもエナの余裕は消えなかった。
彼女はある程度予想していた。アーネが未来から過去へ帰ることで現れるのなら、次にその役目を背負うのは自分。
百年は長いかもしれないが、信頼できる仲間はこの世界にも、元の世界にもいる。修行をしつつ暇を潰せば、取るに足らないものだった。

むしろ、あの力を手に入れられるのなら望むところと内心悦に入る。

これが長い時間を生きられる生物の考え方だ。待てば確実に得られるのならば、今をあせらなくとも良い。
千草も最悪な事態にはそうするしかないだろうと、似たようなことを考えている。
しかし一般人はそうもいかない。

「ちょっと待ってよ!次に世界樹が発光するのって20年後でしょ!?そんなおばさんになって帰るなんて絶対イヤーーー!」

アスナの魂の叫びに以下数名は同意を示す。

「そんなのぁオレッチだっていやさ。だから、みんなで何か手を考えて―――「シッ!」―――!?」

窓際に立っていた長瀬が掠れた声で静止を示した瞬間、カモの慰めのセリフを断った。
その楓に続いて殆どのメンバーが侵入者を確認しようと窓際に寄る。特に古菲とエナは『陰』で奇襲の準備をするあたりが流石に手馴れている。

全員が各々の位置から外を見遣ると、土と樹木には似つかわしくない色が2つ、ロッジの前に鎮座していた。

「刀子先生?もう一人は……」
「神多羅木先生ですな。風系統の魔法を使う手練ですわ。よくここがわかりましたなぁ」

同門と同職が突然訪問しても、千草はあまり不思議に思っていない。未来へ飛ばされる直前の状況、そして超と関係がありそうな人物など、ここにいる面子以外いないからだ。

「(さてどうするか。戦える者………しかおらぬでござる)」

楓は忍装束を正して自軍を確認すると、頼もしいまでに武闘派しかいない現状に溜息をつく。
交渉人―――ネゴシエーターがいないのだ。自分達が未来に来ていることしか知らない自分達は、一刻も早く外の情報を仕入れる必要がある。
今この時のように、誰が敵で味方か分からないからだ。

この中で一番慣れていそうなのは、残念ながらエナと千草しかいない。しかし前者は完全に戦闘態勢に入り、後者はかつての敵を信用するに足りず。
ならば別の人選をと思いきや、ネギや刹那もどこか頼りなく、自分を含めたバカレンジャーは論外。
頼れそうなのはオコジョだが、なんとなく頼りたくないのが本音だった。

「誰が行く?」
「あの2人でしたらウチ等に任せてくださいな」

自分一人では決められない。そう判断した楓は文殊の智恵に頼ったが、返事は楓の予想を外れたところから来た。

「かまいまへんやろ?」
「うん…まぁあの2人なら」

この場合に限れば、単に交渉するだけが仕事ではない。決裂したときに戦って勝つぐらいの心構えをしなくては、交渉人は務まらない。
視線で指名された刹那は渋る様子も無く了承した。どっちへ転んでも、自軍にマイナスを出さないという自信が垣間見える。

「(それだけの修練を積んだということか)」

刹那と古菲は共通の人物と関わってから見違えて覇気がある。特に古菲は気を覚えて数ヶ月だと言うのに、もう学園上位の実力持ちだ。
その恩恵を刹那も受けているのなら、この余裕も納得がいく。

これ以上の手札がないと見て、楓は静かに2人を見送った。窓越しでも援護ができるように得物を持って。

対峙する4人。戦う気配はないものの、話し合おうともしない態度は逆に警戒心を煽る。
黒か白か。その葛藤の答えは、




『ハイル・クロノス!!!!』
『全ては我等が神のために』




みんながズッコケて決まった。







ネギま×HUNTER!46話  『シリアスがなんぼのもんじゃい』






「なんかもう…なんでもありでござるな。あの御人は」
「深く考えると負けちまうぜ、忍者の姉ちゃん」

ただ一人、エヴァの別荘に入り浸っていない楓は、レンジとエナの出鱈目について行けず隅っこで蹲る。

「というわけで嵩田はんの忠実なる下僕その4と5ですわ」
「よろしくお願いします」

今年で三十路に手が届く。そう噂されている葛葉刀子は十代に紛うほど若返っていた。もちろんお肌も赤子のようにツルツルだ。

「神から連絡を受けて、大会当日から今日まで情報収集に徹していた。この学園で起きている……いや、起きたことを伝えておく」

神多羅木は懐から魔方陣が書かれた玉を出し、宙に浮かせた。そして呪文を唱えると、玉から光が発せられ、壁に映像が映し出された。





学園祭二日目の夜、君達及び魔法教師が軒並みロストしたあと、学園の裏の機能が一時的にストップ。
OBと在野の魔法使いにヘルプを頼み、その日はなんとか事なきを得た。

「裏の機能?」

エナ君は大停電時の襲撃を知っているはずだ。この学園はいつでも悪意に狙われている。
それが無くとも、この学園の不祥事や事故は他より常軌を逸脱している。面積も広い。一般の技術では補えないのだ。

続けるぞ。一夜が明けた3日目の午後、突如謎の集団が襲撃。俺と刀子を含む前衛の魔法使い全てがロスト。
その日の夜午後八時。超鈴音の企みが全て終わったと同時に、ロストした魔法使い全員がこの世に帰還した。君達を除いてね。

「超の企みってなんだったアルか?」

『強制認識魔法』と、つい先日結論が出された。麻帆良を含む世界中の聖地と連鎖して、世界中に魔法使いの存在を認識させるんだそうだ。

「じゃあ、僕達魔法使いの存在が一般に知れ渡ったんですか?!」

そうだ。おかげで我々は事態の確認に追われ、超鈴音一味を取り逃がす羽目になった。神が警備を一手に引き受けてくれなければ、学園の存続すら危うかった。








「今は一般人も我々も落ち着いて、収集にあたっている。その中には、君達を重要参考人として本国に移送する話もある」
「私達も、超を目論見を防げなかったペナルティとして数年間オコジョにされます」

もちろん引き渡すつもりはない―――――神多羅木が付け加えた一言で一同は安堵した。

「………ねぇ、コレ全部レンジの指示?」

例え仲間でも疑う。そんな環境で生きてきたエナは神多羅木に当然の質問した。
それを聞いた楓もこっそりクナイを手に取る。

思えばタイミングがよすぎた。全員が揃ったところに現れ、状況を説明する道具まで揃えている。
レンジが指示したにしては、奇妙なほど手際がよく、状況を知りすぎている。少なくともエナ達が別荘に集まることは誰にも分からないはずなのだ。

「指示を出したのは――――アナタですよ?」

刀子は首をかしげて、エナの顔を見ながら答えを言った。

「(でしょうよ)」

被害にあった当人ならばこそ可能な情報がある。この状況を知り、指示を出せるのは未来の自分以外ありえない。
だがエナだけは、まだ腑に落ちなかった。

「本国ってアナタ達魔法使いが住む所?」
「厳密に言うと僕の故郷に本国へ行くゲートがあって、そこから異世界に」
「(はいかいいえで答えろよ……)」

ネギは親切のつもりで説明しているが、エナにとっては余計な情報だった。
しかし必要な単語は引き出せたおかげで、彼女は腑に落ちなかった原因にたどり着いた。

もしもこのまま過去に帰れない場合、アーネが言っていたことと矛盾が発生することに。
アーネは『夏休み』に『ネギ達』と『魔法使いが住む国』に行って『レンジが命を落とす』と言った。
異世界へ行くタイミングはある程度誤差があるだろう。ところがこの世界にはエナとアーネが両方いる。

これでは『過去の自分と入れ替わっていると言えない』
ただ時間を跳躍しただけだ。

「(つまり……アーネの目的はまだ達していない)」

その答えにたどり着いたエナは、一瞬でアーネの目論見に気づいた。

「(流石自分ってとこかしら……考えることがよくわかる)」

となると次の行動は――――この状況で自分ならどうするかと、未来の思考をトレースして、エナは刀子と神多羅木に言った。

「どこへ行けばいい?」
「学園地下、世界樹真下の遺跡です」

質疑応答は簡潔簡素に。裏に属するだけあって、その辺りをわかっている様にエナは「GOOD」と称えた。

「エナはん?」
「ん?あぁ、ごめんなさい」

状況がよくわからない―――横槍を入れてきた木乃香に、軽く手を振って応えた。
外人だけあってジェスチャーをするクセがあるらしい。

「(さて……戻る手段は整ったけど……コイツ等をどうやって連れて行こうか)」

身内どころか己自身の不祥事で陥ったこの状況を、エナはなるべく伝えたくなかった。弱みや貸し借りになるうえ、彼女にとって恥以外のなにものでもないからだ。

「(いっそのことカシオペヤを奪って―――――?)」

もの凄く駄目な方向に思考を傾けかけたとき、エナはロッジの外に気配を感じた。
それに準じて、その場にいるほぼ全員がエナと同じモノを察知する。

「20……30……。こりゃ多いですな」
「流石に、今度は教徒じゃないアルな」

窓の外に現れた人物は全員フードと杖を持っていた。もし彼等全員が教徒ならば、さぞかし一大勢力になるだろう。
だが彼等は神多羅木や刀子には無い、闘る気というものを滲み出していた。
何を吹き込まれたのかはともかく、誰が差し向けたものなのか。それだけはエナにもはっきりわかった。

「(グッドゥタイミングぅ、私)」

いたれりつくせりとはこのことか。未来の状況から過去へ戻る手段までの全てを、アーネは用意していた。
ここまでされてエナも確信する。

アーネは『さっさとこの世界から消えろ』と言っていると。

「セツナ、復唱」
「え?ぁ……私達は過去へ戻るために学園地下にある遺跡を通って、世界樹真下まで行きます」
「OK、居残りは私がするから、引率お願いね」

勇ましく『練』を纏ったエナだが、準決勝で負った疲労は未だ治らず、寒気がするほどの威圧感は出ない。
精々4・50%程だろうか―――――30人の魔法使いを相手に、その程度で十分だと嗤う。

『へ?』

その直後、神多羅木と刀子は揃って素っ頓狂な声を出した。瞬動に似た瞬間移動で目の前に現れたエナに、胸倉を掴まれて持ち上げられたからだ。

「30分以内に合流。それ以上待たせないでね」

言うが早いか、エナは窓の外へ掴んでいる者を勢いをつけて投げた。

「ちょ、エナさん!?」

突然の暴挙にネギを初め、一同は顔を青ざめる。気を練って体を守ったかもしれないが、ほぼ無防備の状態でガラスに突撃すれば傷は免れない。
せっかくの味方をどうしてくれるのか。そんなささやかな抗議をする前に、エナは外からも見えるように割れた窓の前へ立つ。

「あ〜はっはっは!正義の魔法使いが聞いてあきれるわねぇ!私を捕まえたかったらあと100人は連れてきなさい!」

あきらかな敵対行為とわけのわからない挑発に、ネギ達は揃って『ムンク』になった。
そんな彼等の心境とは裏腹に、集まってきた魔法使い達は殺気立ち始め、ソレを見たエナは為て遣ったりと嗤う。

「エナさん、これはどういう――――」
「そんなのセツナから聞きなさい。以上、解散」

毎度のごとくネギの質問をバッサリと切り捨てたエナは、窓から身を乗り出して魔法使い達の目の前に降り立った。
そして即座にオレンジ色の弾を炸裂させ、ロッジとその周辺を煙幕で覆う。

「(皆さん、裏口から!急いで!)」

ネギ達は一足先に裏口を開けていた刹那に先導され、流されるままその場から離れていく。

「クソッ!裏口か、逃がすな!」

裏に関わる人間だけあると褒めるべきか、煙幕に覆われていても幾人かの魔法使いはネギ達の気配に気づいた。
だがその行動は頂けない。目の前にいるライオンを無視して獲物を追おうなど、自然界ではあり得ない行為である。

更に付け加えるなら、煙幕で視界を遮られている状況で大声を出せば、当然居場所が特定される。
『橙弾』が持つ制約では瑣末なことだが、自軍が取る行動を知られれば、それだけ後手に回り、

『ウギャー!!』

犠牲者が増える。

「さぁて……」

エナは拳を作って指をパキパキと鳴らす。レンジほど得意ではなくとも、彼女の『円』の中には狩るべき獲物が全て収まっている。
その全てが悲鳴に反応して臨戦態勢に入っていた。

「死にたい奴から来なさい」

この世界に残るアーネの置き土産に、本当に殺してやろうか――――少しだけそう考えたエナは、残念そうに『堅』と『凝』、そして『発』を解いた。
そんなことをしてしまっては、レンジにも迷惑がかかるからだ。