ネギま×HUNTER!第48話 『Time Crime』





光に包まれたのも束の間。周囲が高速で流れていく様を何も出来ずに見送っていたアスナ達は、その終着点に下りて愕然とする。
さっきまで居た部屋はどこからか溢れてくる光と、世界樹から生える草木のによって室内ということを忘れさせてくれる場所だったが、今立っている所は世界樹の根はあるものの、無機質なレンガに覆われた広場だった。

「ここは元々魔法使いの要塞―――ってのは、デコ娘から聞いてるだろ?この部屋は魔法処理が施されていて、かなり頑丈に作られてるそうだ」

つまり壊して出口を作ることは出来ない―――言葉の中に絶望を込めた本人は、唯一の出入り口の前に陣取っていた。
隣には彼が絶対の信頼を置くパートナーのエナがいる。

ただし、アスナ達のすぐ隣にもエナは居た。

「ルールは至ってシンプル。俺を倒すか攻略して下に居るネギと合流しな。サービスとしてクロノスライサーの中に入って来ない限り攻撃はしない」
「そっちの都合に付き合うつもりは――――ないわ!」

エナはさっき作っていた紫弾をフリスビーのように投げた。除念の効果を持つ紫弾はレンジとアーネの間で破裂するよう調整されて放たれたが――。

「アデアット」

アーネもまたマテリア・ストライクを素早く構え、緑弾で撃墜した。チッ――――と舌打ちしたエナはもう一度紫弾を精製する。
撃墜されても紫弾の煙は互いの間でしっかり広がっていた。この煙は全ての念や気・魔力を消してしまうため、停滞している間は誰も行動を起こせない。

煙が晴れた瞬間を―――完成には程遠い紫弾を構えていると、煙が徐々に消えていく。

「説明を最後まで聞かなかったからペナルティね」

煙の先にうっすらと見えるアーネはマテリア・ストライクに何かを入れた。どうせ攻撃系の弾だろう―――と判断したエナは構わず煙が完全に晴れるのを待った。
そして、煙が晴れる瞬間を見計らって紫弾を投げようと振りかぶった瞬間に。

「銀弾」

彼女の右腕が宙に舞った。
勢い余って部品がすっぽ抜けた――――その光景はこの言い回しが一番的を得ていた。

「黄弾!」

エナは残った左手に接着剤の効果を持つ黄弾を出し、右肩で破裂させた。その瞬間傷口に粘着質の液体が張り付き、簡易の止血になった。天空闘技場でカストロと戦ったヒソカが『バンジーガム(伸縮自在の愛))で止血したのと同じ理屈である。
この辺りの機敏は、彼女がいかに手馴れているのかよくわかる行いだ。

遅れて出てくる激痛に顔を歪めながら、エナはさっきの出来事の解析をした。

銀弾はエナ・アスロードが持つ発の一つで、『円』の中にいる者にだけ有効の照明弾である。ただし『エナ・アスロードの円』である必要は無く、嵩田レンジの『円』でも効果を出す。もちろん本人も被害を負う。

ただ強烈に光るだけの弾は殺傷力など皆無であり、『堅』を纏っていたエナの腕を切るような効果などない。それを可能にしたのは間違いなく―――。

「(マテリア・ストライク)」

入れた物の属性を強化して打ち出す大砲。視認できる範囲ならどこでも爆発させることができ、エナが持つ唯一の遠距離武装。
エナの疑問の答えは、その中に含まれていた。

「(閃光……光…光を強化すれば!)」

念で擬似的に再現したものとはいえ、熱を持たない光は無い。本来拡散する光を収束・強化し、光を当てられた部分が素粒子レベルの爆発に晒され続ければ、焼き切れるのも納得がいく。

それにアーネレベルの『周』を加えれば、事実上防げる方法は――――アスナの体質と、紫弾しかない。

「おい近衛、早く治療してやれよ。お前の役目は『クレイジーダイアモンド』だろ」

漫画の知識にあまり詳しくない木乃香は、治療という単語に反応してすぐにアーティファクトを身に纏い、エナを治療する。
3分も経っていない傷は見る見る塞がっていき、一際強い光と共に新しい腕を生やした。

「(クラピカのホーリーチェーンより強力ね。制約が時間制だからかしら……)」

エナは新しい腕の感触を確かめながらも、仲間の調査を怠らなかった。しかし、それはエナにとって日常茶飯事である。
信用や信頼以前に、共に戦う人間の使い所を誤らないための、一種の処世術なのだ。

味方を敵と同じように考える。その非情の行いが、まさに役に立っている最中だった。

彼女は想い人にも同じことをしたのだから。

「(たった一週間でレンジが強くなるわけがない。でもなにか制約していたら………)」

嵩田レンジの攻略法はある。レンジ本人もエナには勝てなかったと証言していることからも、確立されたものであるのは違いない。
この場を収めるにはエナがそれを行えば良いだけなのだが―――――。

「そんなに私が気に食わない?そりゃそうよね。どう考えても無理ゲーなんだもの」

彼の隣にいる女が邪魔だった。例えアーネではなく、刹那か古菲であっても変わらなかったかもしれないが、この場はよりにもよってと言うことになる。
以前彼は言ったはずだ。自分の能力とエナの能力の相性は抜群に良いと。その戦略は多岐に渡り、蟻の王のような化け物が相手でなければ後れを取ることは無い。

戦いのセンスがないレンジだけなら勝てた。それだけがエナの無念だった。

「でもレンジを倒すか攻略するって言ったでしょ?つまり私は加勢しないの」

ただし―――アーネは続ける。

「そっちのエナが私の話相手になってくれればね。レンジの相手はアンタ達だけでやりなさい」

思わぬ提案は疑うべきものだった。確かにエナの戦線離脱は痛いが、その恩恵は計り知れない。
むしろアーネ達のマイナス面しか無かった。

その意味をこの場で知るのは当人のみ。つまりエナも含まれている。

「………OK、わかった。言うとおりにするわ」

エナ抜きでレンジと刹那達を戦わせる―――この意外な提案は奇に、この場の誰もが望んだことだった。
刹那達にしてみれば勝てる可能性が0%から大幅に上がり、歓迎される以外は無い。

ならばアーネ達の狙いはなんなのか。これではまるで―――――。

「さぁ始めようじゃねぇか。もたもたしてると世界樹の魔力が消えちまうぜ?」

もう少し考えれば意図が読めるかもしれないものを、あいにく状況は刹那達に時間をくれない。

「では初手は拙者から―――行かせてもらう!」

飛び掛るのと同時に一瞬で分身を出し、腕に気を纏う。忍者の肩書きに相応しい応変は不意打ちにも近い初動で先制を切った。
ゆえに刹那達は、彼女に待ったをかけるタイミングを逃す。

待て―――たったこれだけを言ったときには、楓はレンジの『円』の中に入っていた。

「忍者っつーとハンゾーを思い出すなぁ。あの人試験が終わってから一度も見てねーから心配なんだよ。そういえばもらった名刺、もう消えちまったんだっけか。向こうに行ったら電話ぐらいしてみよう」

腕を振りかぶった楓の前で堂々と長い独り言を言い終えると、ご丁寧に分身を一体ずつ破壊してから、最後に本体に向かって―――

「中学でその乳は反則じゃろがごちそうさまです」

いつものようにデコピンをかまして、楓はようやく不平等な時間から解放された。






「でしょうよ」

入り口から離れたところに避難しているエナは、見当違いの戦い方をしている楓の結果を当然と受け止めた。旅団の人間ですら初見で対処できない能力に、全体的に劣る中学生が勝てる代物ではないのだ。

「それで、何よ話って」

生えたばかりの右腕で髪を掻き上げ、隣にいる同一人物に催促する。

「ん」

だが出てきたのは、煎餅だった。こういう状況になるのが決定されていると知っていたからか、アーネは徳用の煎餅をバリバリ齧っていた。
エナは差し出されたそれを跳ね除けるように受け取った。どうせ言うとおり、やるとおりにしなければ先へ進んでくれないのだから。

自分ならそうする―――と、諦めて煎餅を齧ろうとした。

「………」

自分ならそうする………ならこの状況ならどうする―――エナは齧りかけた煎餅を引っ込めて『凝』で見た。
すると溢れんほどの念が煎餅に纏わり付いてた。もしそのまま齧っていたら、エナの歯は確実に壊れていただろう。

えげつないことを咎めようにも、自分が自分にしたことなら怒るに怒れない。
結局エナは『紫弾』で除念してから煎餅を食べた。

「まだ使ってないのね」
「まさか使えって言うの?判断を任せるって言ったのはアンタでしょ」

エナはポケットに仕舞っているモノを意識した。銃口が真後ろを向いている不親切設計の銃には、まだ弾丸が二つ込められている。

「えぇ其の通り。何時何処で誰に使うのもアナタの自由。ただ使ってなかったか確認したかっただけ」

エナは紛らわしいという意味を込めて鼻を鳴らした。

「そんなにイライラしてると美容に悪いわよ。元の時代に帰してあげるから、この茶番が終わるまで待ってなさい」
「………やっぱりそのつもりだったのね。なんでこんな回りくどいことを。私達が戻ったらこの世界が消えるんじゃないの?」

そのイライラを食べ物にぶつけたエナは次を催促した。今度渡されたものはなにも仕掛けられていない普通のものだった。

「消えないから帰すの。それぐらい察してるでしょ?」

アーネは夕映の懸念を全否定し、そしてエナもそれには頷いた。
詳しい理論はさておき、もし消える可能性があったとして、エナの思考トレースでもアーネが幸せを放棄する理由がどうしても浮かばなかったからだ。

そして最大の理由は――――自身の出自が答えになった。

「私達は漫画の世界っていうパラレルワールドから来た。これで『不動説』が消えて残り二つ」

異次元ともう一つの地球はすでに証明されている。遥か昔に分かれた二つの世界はとあるきっかけで認知されるようになり、行き来が可能になったのだ。
これにより新しい世界の誕生と別の未来を築くことが許容された。

だが、これでは一つだけ疑問が残る。

夕映は『ネギ達が消えた事実により作られた世界』を説いた。土台が崩されれば倒壊するのが常だ。

「そんなの受け取り方でどうとでもなるわ。『飛ばされた未来から帰ってきた』って考えればどう?」

アーネが説くに、次元や未来の発生には一つの『点』があると言う。

「今を例えて言うなら、学園祭という大広間に未来や次元という名のアトラクションがある。ネギは観覧車に乗りたいけど、超に誘われてジェットコースターに乗った」
「不本意のアトラクションに乗らされたネギは大広間に戻って観覧車に乗る。つまり?」

そのジェットコースターが飛ばされた未来、つまりこの次元である。意味を理解したエナは補足して続きを催促した。

「ジェットコースターに乗った記録が、記憶が残る。それは未来に行った事実が消えるのなら、『未来から帰ってきた事実も証明できない』ということ………因果って良く出来てるわ、ホント」

親殺しのパラドックスとは違った矛盾だが、夕映が出した問題の答えにはなる。
そしてここで、もう一つの合点が生まれた。

「どうして超が妨害しないのか、ようやくわかった。むしろ居なくなってくれたほうがいいから………」

企みが成功した超にとって、反乱分子に足りうるネギ達は居なくなったほうが好都合。
それとも関知する必要がないのか。どちらにせよ超にとってどうちらでも良いことなのだろう。

ところがアーネは、『否』と応えた。

「残念。『くれたほうがいい』じゃなくて『くれないと困る』が正解。だってそうしないとこの世界が消えちゃうんだもの」

はい?―――――エナは素っ頓狂な声を出した。
夕映は帰らせないことで世界の滅亡を阻止しようとしている。だが主犯の超は帰らせることで阻止しようとしている。
どこをどうすればそんな話になるのか。

「これぞ典型的なタイムパラドックスよ。超の計画が成功したら、平和な未来が訪れて過去に飛ぶ理由がなくなるでしょ?」

そう言えば――――夕映の話にばかり気を取られていたエナは、元々の問題である超の方の矛盾を失念していた。

「だから超には過去に戻る理由がいる。自分の計画が失敗して、悲劇的未来が来て、過去に戻る理由が。そのために超は平行世界の自分を犠牲にしたのよ」
「確実に成功するために失敗を作った?それは………」

それはどんな気持ちなのだろうか。どんな行為も成功が前提にあってこそ実行される。なのに失敗が前提で、しかも必ず行わなければ成功しない。
なにより、自分が成功する可能性は半分になり、その美酒に酔えるのがどちらかもわからない。とんでもないバクチである。

超鈴音は、いったいどんな気持ちでこの計画の一歩を踏み出したのだろうか。成功するかわからず、しかし必ず失敗するこの計画を。

「100年後の未来で超にこの話をしたときの顔は閉口に尽きる。しかもその時点で過去に戻らないという選択もできない。当事者の私達が生き続けてるんだから。これが――――」

時間に関わった者の末路よ――――これを最後にアーネは話を終わらせた。

時の流れは『残酷で無慈悲』と言われている。時の法も同じく、破る者に『残酷で無慈悲』であった。