ネギま×HUNTER!第49話 『瓦解の始まり』





半径100メートル。刹那達が居る部屋の面積はそこまで大きくない。それは部屋全体がレンジのテリトリーであると証明していた。
だが幸いながら、遊びと称したこの戦いでレンジが入り口から離れることはなく、そして遊びであるがゆえに相手を必要としていた。問答無用で時間切れを待たされることが無いのは救いだが、彼女たちに打開策が思い浮かばない限り、それも大差のないことだった。

楓の撃墜を皮切りに、初めこそ刹那達は猛攻による突破を心がけた。格闘大会から満足に休めずのままここまで来てしまった手前、本来の全力には程遠いが、少なくとも人数と手数でたった一人に負けるようなメンツではない。
なにより木乃香という回復役もいる。

かれこれ10分近く同じ事を繰り返しているだけと気づいた時には、それが甘えだと痛感した。

刹那のような腕が立つ部類の人間にとって、10分の猛攻は常人が認知するソレより密度が濃い。分かりやすい例をあげるなら、常人が一秒に打てるパンチは一撃だが、刹那は数発〜十数発。

当然行動回数も比例する。

そこに刹那、楓、古菲、アスナ、千草の五人による波状攻撃ともなれば、いったいどれほどの実力で防ぎきることができるのか。

自分では絶対できない――――それほどの凄絶極まることを、普段頼りない男が平然をやってのけている。そして、その当人は………。

「『日本の酒と言えば米から作る醸造酒が代表され、その起源は炊いた米を口で噛み砕き、唾液と共に保管して発酵させた【さる酒】である』ってさ。へぇ、知らなかった」

のんきにスマートフォンでウィ○ペディアを閲覧・朗読していた。レンジにしてみれば、獲物が網にかかるまで待ち構えていればいいだけの話なのだ。

条件は最良、だが状況は最悪の一言に尽きる。
時間に押される刹那達は否応にも攻めなければならず、其の度に迎撃されては木乃香のアーティファクトで治癒。

怪我は治る。だが疲れと気力だけはどうにもならない。

なによりレンジのやりかたはえげつなかった。
喧嘩にもよく使われる方法で、倒れても追い討ちせずに起き上がるまで待ち、構えさせる前に間髪居れず倒す。これを何度も繰り返すと立ち上がろうという気が無くなる。

「(せめてあの力をなんとかできれば)」

エナと本人が散々言っていた。クロノスライサーが強いのであって本人は対して強くない。さらに弱点まで明確にある。
京都ではその一端を晒したが、警備やイベント、あるいは命を賭けた戦いの最中にそんなものを見る暇など無い。

例え知っていても仕掛けることもできないだろう。一歩も動きそうにない敵に罠を仕掛ける余裕はない。

「アイヤー!」

わざと一発食らい、代わりに解除判定を得て反撃をする『肉を切らせて骨を絶つ作戦』を実行した古菲がぶっとんで帰ってきた。

「駄目アル〜……来ると分かってても狙ったところがわからないから受けられないアル。はっ!まさか止めてる間にHなことしてないアルか!?」
「千年殺しされないだけありがたく思えよバカ弟子」

千年殺しの意味を知っているのか、日に焼けた顔を赤くした古菲はサッと臀部を隠して『う〜』っと唸った。
正面突破は無理、奇襲ができる状況でもなく、カウンターも意味が無い。更に――――

「たりゃー・・・・・あぁあぁ!?」

なにも考えずに突撃したアスナが、古菲と同じ末路をたどって帰ってきた。
そう、魔法を無効化するアスナの能力も効かないのだ。魔法や気を形にしたものは難なく凌げる代物だが、直接的な害が無い、あるいは効果が発動するまでタイムラグがあり、発動する時間すら遅くするクロノスライサーは唯一の天敵に近い能力だった。

「(なにか…手は無いのか!)」
「あきらめれば?」(安西AA略)
「心を読まないでください」

だいたいさ〜―――レンジはタバコを吸うフリをして、おどけて刹那達に話しかける。

「そりゃ時間をどうこうするってのは反則かもしんねぇけどよ、もう起きちゃったことだから受け入れようよ。過去より未来を見ようぜ」
「鏡があったらアナタに向けてやりたい」
「いいじゃん。神様からのお願いだよ〜?」

愚問―――――刹那はそう言って夕凪を構えた。

「私はこのちゃんのためなら神すら斬ってみせる」
「お〜怖い怖い」

本当に斬り捨てそうな殺気もレンジはどこ吹く風といわんばかりだった。

「一皮ずるむけた奴は言うことが違うねぇ?初めての女の子の味はどうでした?」
「最高でした」

え?!―――――問いた本人と答えた本人以外と、観客以外の全員が一斉に刹那を見た。

「セッチャン////」

若干一名、別の意味で見たあと、顔を赤くしてそっぽを向いた。

「せ、刹那はん?アンタなに言うてますの?」
「性春の話ですがなにか?年齢的にアウト?何のための年齢詐称薬でしょうか」
「お、長にはなんと言うつもりで?」
「娘さんをください」

そう言う刹那の顔はボッ切れていた。

「何時!?何時ヤったの木乃香!?」
「この前のデートの帰りになぁ、なんか気分悪くなったからホテルで休んだんよ。四時間ぐらい」

そう言って笑う木乃香は確信犯であった。

「で、ど、ど、ど、ど、どんな感じだったでござるか?」
「ん〜、薬使ったけどやっぱり最初は痛いな〜って。でも【ピー】が【ピピー】で【ピロピロポーン】なのが」
『キャー////』

実体験という生々しい猥談に年頃の娘達は興味津々でかぶりついた。
そして彼女達が遊んでいる間に、大切な時間はどんどん削れていく。

「みなさん、今はそんなことを話している場合じゃありません!私達は一刻も早くネギ先生と合流しなければ!」
「(引火した当人がよぉ言うわ)」

千草は声に出して言いたかったが、これ以上グダグダすることを恐れて口を紡いだ。

「でもあんなのどうしろってのよ。咸卦法も全然役にたたないし」

どこかでタカミチが涙目になった。

「師父〜せめて手加減して欲しいアル〜」
「ここから動かないだけでも十分ハンデだろうが」

そう思うのは当人だけで、被害者にしてみればあまり変わらないハンデだった。

「じゃあヒント!なんでもいいからヒントください!」

もうヤケクソなのか、アスナが駄目押しとばかりに叫んだ。

「いいよ」
『いいの!?』

いくらなんでもそれは――――そう思っていた矢先の返答は提案したアスナも驚くものだった。

「6人もいらん。2人だけ使えば俺を倒せる」

流石にその2人が誰かは言わなかったが、このヒントのおかげで刹那達はようやく『自分と仲間はそれぞれ何ができるのか』考えるようになった。

戦い………とりわけ集団戦において大切なのは連携(チームワーク)であることは周知のことだろう。
そのチームワークをスムーズに行う鍵がある。それは『リーダー(ブレイン)』の存在だ。

個々の技量を把握し、全体を見通し、最良の結果を出す布石を整える。
刹那達の集団にとってリーダーはネギであった。それが居ない今は戦いに精通している刹那が一時的に率いているが、集団戦の経験に乏しいクラスメートを操るには、ネギと比べて圧倒的に足りないものがある。

それは『理解』だ。力量は当然として性格、クセ、限界。それ以上に大切なのが『リーダー自身も理解してもらっていること』である。

ネギは生徒に馴染むため、日々コミニュケーションを欠かさなかった。対して刹那は表面上の付き合いで、仲間としての付き合いはネギより少ない。
相互理解を深めれば自ずと『信頼』が生まれる。集団を率いるに足る信頼が。

そしてこの集団の中で、もっとも人を理解していたのが――――

「あっ」

バカレッドこと、神楽坂アスナであった。

「えーっとえーっと……千草さん、アレできるアレ!?」

わたわたと、慌てて千草に駆け寄ったアスナは何かを耳打ちする。

「できることはできますが……」
「じゃあやってみましょ!木乃香、ちょっとこっち来て」

チョイチョイと手招きするアスナを疑いもせず、木乃香は駆け寄る。バカリーダーがなにをしでかすのだろうかと、刹那達も興味本位で同じところに集まった。

「……で……が……って」

身振り手振りでアレコレ説明していくと、最初は疑っていた面々の顔が徐々に真剣みを帯び始める。

「どう?これ」
「いけるかもしれません。いえ、手段が無いのならなんでも試してみるべきです」

形振りかまっていられるほどの余裕はなかった。

「ではお嬢様、失礼します」

千草はそう言って木乃香の周りに魔方陣を敷いた。そして自身も呪札を構え、言霊を紡いでいく。
彼女と木乃香を中心に光が溢れ、たった一つしかなかった魔方陣が少しずつ辺りに出没しだした。

そして、そこから現れたのは―――――

「おう、お嬢ちゃんやないか」

巨大な石棍を担いだ鬼であった。彼に追従して、烏天狗や子鬼、狐女まで溢れてくる。

「………ダメですわ、これが限界どす」

総勢20。距離の問題か、それとも学園を覆う結界の所為か、アスナが予想していた人数より少なかった。

「じゃ…じゃあ、火羅凄さん!」

アスナは千草からもらっていた札を使って、自分の前鬼を召喚した。時間を跳躍したために契約が切れていないか不安げだが、それは杞憂だった。

「久しいなぁ。しばらく呼ばれへんから忘れられたかと思ったわ」
「アハハ……」

久しぶりの登場一発目のセリフにアスナは乾いた笑いを返す。

「駄目押しでござるが……」
「ワタシもやるアルよ!」

楓が分身を使い、古菲はドッペルゲンゲルを発動する。
全ての手札を出した彼女達は、総勢35人の集団に成った。

「で、なんやら異なことになっとんや。ヤるのはあの兄ちゃんでええんか?」
「そ、そんな物騒なもんやないんよ。ちょっと小突く程度でええの」
「ほならこれで小突こうか」

大鬼は担いでいた石棍を構えた。ほかの妖怪達も各々の武器を構えて臨戦態勢に入る。

「怨むなや、兄ちゃん。これも仕事やからな」
「そっくりアンタ等に返してやんよ。そんなことより終わったら一杯どう?おごっちゃうよ俺」
「ぐぁっはっは!変わらんなぁ!」

どうやらそういうものではない――――と悟った大鬼は、石棍を地面に突き立てた。これが彼なりの、手加減を表す行動なのだろう。

「で、ワシ等の役目は?」

作戦を考えた手前、指揮権はアスナに委ねられていた。しかし彼女の頭では漠然とした図しか描けておらず、またそれを言語にして説明できる知能を有していなかった。

分かりやすく言えば、彼女はこの案を直感で構築している。

「え……ぇ……そのぉ……」

期待を込めた数多の視線に晒されたアスナは、今更何も考えてませんと言えるはずも無く―――

「と、とーつげきーーーー!!!!」
『ぬおおおぉぉぉぉぉ!!!!』

ビシっとレンジを指差して総攻撃を言い渡した。そして妖怪達は、命令という言霊に導かれて一斉にレンジへ突撃する。

「行くでござるぁーーー!!」
「赤信号、みんなで渡れば怖くないアルーーー!!」

空気に当てられた楓と古菲も妖怪に混じって走る。レンジにしこたま殴られてイラついていたのだろうか、アスナと同じようにヤケクソ気味で。

「ウチも行くで〜!」
「このちゃーん!」

空気を呼んだ木乃香も混ざり、追従して刹那と千草も走る。35人という大勢がたった一つしかない出口をめがけて走った。

迫ってくる壁を眺めながら、レンジは盛大に溜息を吐く。

「(もうちょっと考えて作戦たててくれりゃあ………)」

アスナが考えた攻略法は正解だった。リョウメンスクナを召喚できる木乃香の魔力総量はレンジを遥かに凌ぐモノであり、スクナを呼び出せなくとも、比例する量で子鬼を召喚すればクロノスライサーの許容量を超え、レンジの攻略が成る。

彼が思った以上に召喚する数は少なかったが、忍者と弟子がそれを補った。この時点でレンジの負けは確定し、彼女達は晴れてネギと合流できる。

だがせめて、案を煮詰めて確固たる成功をたたき出してもらいたかったのがレンジの本音だった。勘は時として99%の成功さえ覆す力を持つが、根拠の無い大バクチでもある。

毎度毎度行き当たりばったりでは勝てる戦も勝てない。どんなときでも自ら考えて打開策を見つけるクセを養ってもらいたいという思惑があっての行動であったが、実を結ぶまでには至らなかった。

「(まぁ…それはネギの役目かもしらんが……)」

ネギ達は様々な強敵と戦っている。だが解決に至るまである種の壁が存在していた。

例えば京都でスクナと戦ったときは『スクナを真祖の吸血鬼に止めをさしてもらい』、刺客である悪魔には『人質を使わず、手加減すらしてもらっている』
いわゆる『主人公補正』がかかっていたようなものだ。事件がおきても都合よく解決できてしまう。

ネギ達が真剣であろうとなかろうとだ。命がけで戦っている彼等にそれを言うのは侮辱以外のなにものでもないが。

「(だがネギがいつも傍にいてくれるとは限らん)」

先頭の鬼がレンジの円に触れて止まり、その後続も次々とクロノスライサーの餌食となって止まる。
その度に円の密度は加速度的に薄まっていった。

「(テメェ等には世界の命運を預けるんだ……少しはキバってくれよ)」

そして最後に木乃香と刹那がレンジの円に触れた瞬間――――クロノスライサーの発動条件は崩れ、止まっていた壁は再度進行する。

「はいおつかれさん」

ガコン!という音と共に、刹那達はレンジの目の前に出来た落とし穴に落ちた。初めから備え付けられていたのか、わざわざ作ったのか定かではないが、入り口より大きな口は彼女達を全て飲み込んだ。

『アッーーーーーー!!!!』
「ワシ等出オチかーーーい!」

子鬼の一匹がレンジに文句を言うが、彼はいい笑顔で見送り、穴を閉じた。
シンと静かになった部屋にはレンジとエナとアーネしかいない。

「アーネから話は聞いた。どうも面倒くさいことになってるみたいだな」
「他人事みたいに………」

誰のためにそういう思いをする羽目になるのか。だがレンジに自覚が無いのもおかしくは無い。
彼の傍には常にエナという少女がいる。15歳相応、もしくは100年以上生きたどちらかの少女が。彼は何一つ失っていないのだ。

「ある意味他人事さ。俺は主役じゃないんだからな」
「またおかしなこと―――――?」

セリフを言い終える前に、エナはレンジからなにかを手渡された。

「物語ってのはプロローグから始まる。例えば過去に起きた何かを伝え、例えば何かが起きる前の日常が書かれる」

まだ日本語に乏しい彼女でも、カタカナとひらがなで大きく書かれた表題は読み取れた。

「HUNTER×HUNTERという漫画があって、それに類似した異世界があって。深く考えなくても考え付くことだったよ……」
・ ・
ソレは!―――――レンジの口調が荒くなった。ソレと言って指したモノは手の平より少し大きい小さな本で―――――

「ネギマ?」

デフォルメされたキャラのそれぞれが持つ特徴は彼等も良く知っているものだった。

「漫画だよ……この世界も」

その中にレンジとエナは、いるはずもない。