『アッーーーーーーー!!!』




ネギと分かれた部屋の壁が開き、ドサドサと刹那達が落ちてきた。その量は多かったため、下敷きにされた子鬼が強制的に還される。

「あたたたた………あ、ネギ!」

運悪く大鬼の石根に頭をぶつけたアスナが、視界の端にネギを発見した。
床には倒れた夕映とのどかもいる。それも珍しく、ネギが戦った跡にしては『素っ裸』ではなかった。

「あ……アンタねぇ……」

だがアスナは怒りブルブルと震える。確かに夕映とのどかは素っ裸ではないが、見るも無残な姿だったからだ。

「自分の生徒に『吸血破壊光線』なんか使うなーーーー!!」
「あぶぶぶ!すいませ〜ん!」

倒れている二人は真っ黒こげでアフロになっていた。







ネギま×HUNTER!第50話 『帰還』






「そんなにショック?自分の居場所が漫画ってだけで」

すでに経験したエナはこの事実を軽く受け止めた。コッチの世界でHUNTER×HUNTERの単行本を目にし、読破したがゆえの、ある種の諦観のようなものを漂わせて。

「あぁショックだね。魔法があるっつーだけでも唾きものだっつーのに、あのガキに世界の命運だぜ?やってられるかクソッタレ!」

嵩田レンジは珍しくイラつきを隠さなかった。京都ではその一端を見せ、ネギの弟子入り後にはすっかり成りを潜めていたが、ここへ来てまた発露した。

「今は超の気持ちがよくわかる。いくら防いでもソレが起きて、いくら逃げても巻き込まれる。ネギが、じゃない。周りがそういう風に動くんだ」
「バカじゃないの?そんなの漫画じゃなくても同じじゃない」

不幸はいつも外から来る。ソレが身に染みているエナは、今更なことを言うレンジを一蹴した。

「あぁその通りだ。で、このまま夏休みに入れば魔法世界とやらで大事件が起きて、世の中メチャクチャになるんだとよ」
「…………それだけ?」
「他になんかあんのか?」

レンジは世の中がメチャクチャになると言ったが、自分が死ぬとは言わなかった。どうやらアーネはそこまで伝えていないらしい。
ならば自分もソレを蒸し返す必要は無いとして、続きを促した。

「ワリィが俺はそんなモンごめんだ。向こうのように、また何度も同じ事を繰り返すぐらいなら、超の作戦に乗っかろうと思ってな」

以前レンジは『HUNTERの世界では何度も同じ時間を繰り返した』と言ったことがある。彼等はソレを、本来のシナリオとは別の進行にすることで状況の打破を行った。

今回もその延長だと言う。吸血鬼騒ぎから始まり、京都の死闘、ヘルマン来襲、超による学園祭襲撃。詳細は違えども単行本に書かれている展開とほぼ一致していた。

だが超の作戦が成功したこの世界は、本来の道筋には無い未来だった。

「『複合説』を例えるなら木。無数の根が過去という土から可能性を吸い取り、分岐点になる幹を通り、未来という葉を育てる」

でも―――――アーネは続けた。

「本筋……その木がたどり着く頂点がある。漫画や小説に書かれる本編が行き着く結末はその一本で、ここにいる私達は途中に生えた枝なの」
「枝というパラレルワールドは独自に進化して別の結末を迎えるんでしょ?でもそれって――――ーまた別の世界に行くんじゃないの?」

レンジはHUNTER×HUNTERのシナリオを狂わせて元の世界に帰ったと主張している。物語が終わった瞬間、別の世界へ飛ばされたことを理解しているエナは当然の懸念を問う。

終われば次へ。すでに異世界を体験しているゆえの質問であった。

「ははっ、もしかしたら魔法世界がソレなのかもしれないな。異世界じゃなくて火星っつー話だからありえねぇが」

レンジはエナが持っている本を取り、パラパラと捲る。彼が渡した本の内容にはすでに魔法世界が火星であると告げられた展開まで進んでいた。

そして最後まで捲くり終わると横にいるアーネに渡した。アーネは渡されたソレを赤弾で完全に燃やし尽くす。

「正直なところわからん。一応超に頼んでその辺りの予防策はしてもらってるが、どういう理屈で次元を超えるのかわからないんだとよ」
「いつ超と組んだのよ」
「魔法世界だの裏社会だの、俺にはそんなんどうだっていいんだよ。利用できるもんはウンコだって利用してやる」

カカッ――――と笑うレンジにエナは『汚い』と返したが、その顔は笑っていた。こういう泥臭いところはどうやら変わっていないようで安心したのだ。

「まぁ、何が起きてもソッチの私が助けてくれるから、大船に乗ったつもりでいなさいな」
「おぉう、頼りにしてるぜ。…………割とガチで」

クロノスライサーのような一点特化とは違い、汎用性が高いカラフルクラスターは現実世界だろうが異世界だろうが、どこへ行っても通用するだろう。
アル中もどきでサバイバル能力ゼロの青年にはなくてはならない相棒だった。

そう………魔法というわけのわからない世界では、より強い力のほうがいい。

「向こうでなにかするつもりなら、学園長になにか頼め。俺の名前を出せば聞いてくれる」
「コネクッションだっけ?OK、ネギに伝えとく」

それを長い別れの挨拶の終わりとして、エナは罠がある床を『凝』を使って思い切り踏み抜いた。

「待って」

エナがぽっかり開いた穴に飛び入ろうとしたとき、アーネが待ったをかける。

「これを向こうの私に」

そう言って投げ渡したのはどの規格にも属さない小さな銃弾だった。

「メモリーボム?」
「いろんな意味が篭ってるから、絶対無くさないで」

どうやら消された時間の間に、また友人達がこっちへ来たようだ。こっちの数日は向こうの数年に該当するということは、彼等にとって久しぶりの帰省になるのだろう。

おおかた成功した旨を伝えるつもりか―――――エナは絶対無くすなという忠告に従い、ポケットに入れた後黄弾で密閉した。

「じゃぁな、どうなるかわからねぇが、向こうの俺をよろしく」
「えぇ、アンタ達も――――――」

エナの最後の一目に映ったのは、自分そっくりの女がレンジと仲睦まじそうに腕を組んでいる姿だった。

「……………お幸せに」

とてつもない喪失感が湧き上がったエナは居た堪らなくなり、逃げるように穴の中へ飛び降りた。

「やれやれ、これでようやくひと段落か」

最後の異邦人が消えて気が抜けたのか、レンジは胸ポケットからフラスクを取り出して酒を呷った。

「少しは控えなさいよ。また検査に引っかかるわよ」
「そのための『大天使の息吹』じゃねぇか」

どんな病気も治すカードのもったいない使い方の一例である。

「これでよかったんだろうか。超は上手くやるとは言ってたが、万能のおもちゃを渡された一般人がこの先やっていけるのかねぇ」
「そんなの別にいいじゃない。困ってたら助けてあげればいいの」
「………………あ、読めた。だから超と組もうって言ったんだな?」

アーネはクスリと笑う。魔法が知られたからにはこの世の仕組みは緩やかに、あるいは急速に変わっていくだろう。
その中でも超は経済、軍事、政治を手中に収める力と準備をすでに整えている。近いうちに支配階級の頂点に立つことも出来るだろう。

HUNTERの世界ではバッテラに恩を着せて、経済的な面から様々な援助を受けていた。権力を持つ人間と太いパイプを持つというのは、それだけ有意義なのである。

だが同時に、厄介な頼まれ事聞かなければならない。持ちつ持たれつという関係はそういうものだ。

「退屈しないじゃない?」
「俺はその退屈が欲しかったんだよ」

レンジは盛大に溜息を吐いた。自分を一般人や弱い部類いると信じてやまない、ある種の女々しさゆえに平穏を求める。

「何が起きても守ってあげるって言ったでしょ?少しは楽しみなさいよ」

そしてアーネは逆に変化を求める男らしさを持っている。まったく正反対だからこそ、2人の相性は良いのだろう。

「ちぇ、ジジィより強くなった奴は余裕だねぇ。こっちは―――――――?」

もう一口飲もうとしたとき不意に別のポケットから呼び出し音が鳴る。さっきまで使っていたスマートフォンのディスプレイには大きく『超鈴音』と浮かび上がっていた。

「もす」
『用事が終わったならさっさと帰ってくるネ。明日はメガロメセンブリアの偉い人と会談するから準備しとくヨ』
「協力するっつったが部下になった覚えはないんだがねぃ」
『なら部下の如く協力するヨ』

そう言って超は通信を切った。

「なんぞや切羽詰ってんな」
「天才が狼狽えるときは予定通りに事が運ばなかったときだけよ。助けてあげりゃいいじゃない」

一応まだここの生徒なんだし―――――そう言ってアーネは『アカンパニー』のカードを取り出した。

「ぶっちゃけ田中と茶々丸を量産すれば手駒に困らねぇのに。まぁいいわ、行くぜ、エナ」

アーネは催促されて呪文を唱えようとしたが、口が『ア』の形を作ったままキョトンとする。

「どうした?」
「……いいえ、なんでも」

いくらなんでも安すぎただけ――――――意味がわからないことをのたまい、カードを頭上に掲げて呪文を唱えた。

「『アカンパニー』オン、超鈴音!」









ズザザっとエナが落とし穴から降りてくると、ネギ達が扉を開ける作業に入っていた。何故か夕映とのどかが黒焦げのアフロで、ネギの頬が赤く腫れているが、エナには別にどうでもよかった。

「(なるほど、むしろネギを勝たせるために分けた……か)」

夕映達も別荘で修行したのだろうが、実戦を積んだ天才には流石に敵わなかったようだ。しかしレンジとアーネがいればどうなっていたか。

そして最後の別れというシャレたこともついでに都合してあげたのだろう。

「時間は大丈夫?」
「はい。世界樹の根は十分光ってますし、一日ずつ戻れば魔力が足りなくても大丈夫だそうです」

エナと千草が見上げる先ではネギと刹那が同時に石版をはめた所だった。カギを挿された扉はその役目を終え、非常にゆっくり開口する。

「あの……エナさん」

一人通るのがやっとというところまで開いて、横から夕映が声をかける。

「向こうへ帰ったら―――――コレを私達に渡してください」

そう言って夕映が取り出したのは、さっきも同じようなものを渡されたばかりの物だった。

「一緒に行くことはできません。ですから……せめて託したいんです」
「負けることを見越してたの?」
「この世に絶対なんてありませんから」

例え数ヶ月特訓しても、例え2人がかりでも。不測の事態すら含めればこの世の成功確立は総じて5割しかない。
成功するか否か。その否のために備えておくのは秀才として当然の行いだったのだろう。

だがエナはあまりいい顔をしなかった。

「託される方の気持ちは考えた?」
「………」

夕映は答えなかった。記憶を譲渡する弾丸は後戻りさえ出来ない束縛も約束する。

「自分のことですから……外野は黙ってください」
「あらら」

エナは笑う。彼女はこういうリスクと悪事を承知の上で行動する者に等しく好感を持つ。それは同族意識なのだろう。あるいは傷の舐め合い候補を見つけた喜びなのか。

「いい結果が出るといいわねぇ」

そう言ってエナは弾丸を受け取ってポケットに入れた。
不安を誘うような言い方をするのも、彼女の歪んだ愛情なのだろう。

そして丁度良いタイミングで扉が開ききった。奥の道は世界樹から漏れる魔力で明るい。

「あ、エナさん。もういいんですか?」

空を飛んでいたネギがエナの傍に降りてきた。

「えぇ。そっちもいいの?」
「はい。行きましょう皆さん!」

この時代に未練がある2人は別れを済ませた。この時代の恋人に、この時代の生徒に。

「……………」

だがネギは最後に夕映とのどかに向き合った。別れを済ませても未練だけは残る。
この時代へ置いていくこと、彼女達の意思を汲んでやれなかったこと、もしかしたら消えていなくなるかもしれないこと。
それらの後ろめたいことを自覚しながら、しかし彼は謝らないと彼女達と戦う前に断言してしまっている。

ゆえにネギは無言で頭を垂れた。そして踵を返し、アスナ達の後を追う。

「ずるいですよ……ソレは」

どうとでも取れる仕草は謝っているようで、切り捨てる決意を込めているようにも見える。ネギの背中を見送る夕映はポソッと呟いた。

「ゆえ〜……もう……いいよね…」
「………えぇ…もういいでしょう」

始終ポロポロと涙を流していたのどかは夕映の一言で号泣する。夕映もその姿に触発され、号泣とまではいかずとも泣いた。
2人が互いの傷を癒すように抱きしめ合うのは間もなくのことであった。