綾瀬夕映の不幸は彼女と関わったことから始まったのかもしれない。

「エナさん!?あ、あの…ネギ先生達と一緒なんじゃ!?」

突如光と共に降ってきた人に驚きつつも、そういうことが出来るクラスメートと知るや安堵し、昨晩から続けているネギ達の探索を続行する。
一緒に消えたエナならその行方も知っているだろう、と。

「やることがあって別れてきたの。皆無事だから、あとでパクティオーカードで連絡を取ればいいわ」

彼女の言葉はポケットから妙なものを取り出してゴソゴソと弄っていることなど気にも留まらなくなるほどの吉報だった。
同じように学園内を走り回っているのどかに早く知らせてあげようと、携帯電話を手に取る。

「それでねアヤセ、ちょっとお願いがあるんだけど」
「え?なんでしょう?」

嫌な予感しかしない―――――彼女が自分にお願いするということ事態珍しいことで、超鈴音が暗躍している現状ではその中身が非常に不安だった。
そして、綾瀬夕映の予感は当たる。携帯のディスプレイから正面へ顔を向けた時、もうそこにエナの姿は無かった。その代わり――――

「その前にちょっと撃たれてくれない?」

その声が聞こえたのは夕映の背後で、エナの代わりに目に入ったのは妙な形をした拳銃の銃口だった。









ネギま×HUNTER!第52話「The Greed:強欲が募る学園都市」







カシャン―――――メモリーボムを撃たれた夕映は持っていた携帯を落とし、しばし呆然とする。

『もしもし夕映〜?どうしたの〜?』

電話の通話口からのどかの声が漏れた。すでに発信した後のようだ。
夕映はおもむろに携帯電話を拾い、耳へ当てる。

「すみません、猫に驚いて電話を落としてしまったです。のどか、先生が帰って来たそうですのでパクティオーカードで連絡を取ってください」
『え、ホント?うん、すぐ聞いてみる』
「場所がわかったらメールに入れてください。途中で合流しましょう」

一秒でも無駄にしたくないのか、夕映は返事も待たずに電話を切った。そして神妙な顔でエナと向き合う。

「感謝します。これで私も『コッチへ帰って』これました」
「どういたしまして。どう?過去の自分を殺してまで得た幸せは?」

リスクを犯して勝ちを得た夕映にエナは冷やかな笑顔で賞賛を送った。
本来この時間に『向こう側』の夕映はいない。メモリーボムで追加された記憶は未来の夕映が絶望と切望を込め、過去の夕映に託された。
その瞬間、この時間軸では持たないはずの感情を彼女は手に入れた。怨念にも似た執着を。

「その問いは正確ではありません。私はただ、未来の自分に教えてもらっただけですから。そういう意味で言うのなら、好都合……ですかね」

アブ・オー ウォー・ウス クェ・アド―――――未来の夕映しか知らない始動キーを唱え、手の平大の火球をエナの後ろに生えている木に放った。
着弾と同時に木が勢い良く燃え、上昇気流が彼女達の長い髪を揺らす。

「まだまだ未熟ですが、この力は魅力的ですよ」
「そ。それじゃあお願い聞いてくれるかしら?」
「構いませんが……私達はアーネさんのお願いも聞くつもりなので、そこは折れてください」

ピクッとエナの眉が釣りあがった。どうにも夕映の口から不快な言葉が出たからだ。

「修行を付けてもらい、メモリーボムを作るときには口添えしてもらいましたし、ネギ先生と話すこともできました。なるべく恩は返すつもりです」
「なんて言われたのよ」
「ネギ先生を助けて成り行きのままに人生を過ごせ……と。そしてアナタに一言預かっています」

夕映はスッと人差し指をエナに向けた。

「『私は100年前――――ソコに立っていた』」

自分の声が夕映の声と重なったように聞こえた。未来の自分が心優しくも助言をしてくれているのだ。

「へぇ……そう……」

背後に燃えている木が彼女の心境を表している。メッセージを受け取ったエナの声はそれほどまでに壮絶だった。
つまりエナがこれからすることは全てアーネにとって予定調和に過ぎないということになる。一度通った道を戻って来たアーネにはエナの抵抗など赤子に等しいのだろう。

「メモリーボムと銃をください。のどかの分は私がやります」

もうエナの頭の中はアーネのことで一杯だろう。そう悟った夕映は手遅れにならないうちに友人の分を確保した。何かの弾みで壊されたり、紫弾でメモリーボムを消されてはたまらない。

「それで、あなたのお願いはなんですか?」
「もういいいわ」

エナは先の一言で理解していた。すでにこの時点でアーネが作ったレールに乗っているのなら、ここでユエに何を頼んでもアーネの手の内に収まると。
本来不確定である未来が決まってしまうのは、ここまで人の可能性を潰す。

「(このまま秩序通りに進むのなら……)」

敷かれたレールを壊すにはどうすればいいか。たどり着きたい結果を弾き出すにはどうすればいいか。
勉学からは得られない実戦で培った知識を総動員しながら、エナはその場からある場所へ向かって歩き出した。

きっとロクでもないことを考えているんだろう―――――ユエは去り際に見せたエナの表情に対して、そんな感想を漏らした。









「だ〜れ〜か〜た〜す〜け〜て〜く〜れ〜」

マラソン選手でもここまで走り続けることはないだろう。朝から走り続けてもう数時間になろうというのに、嵩田レンジの背中を追う砂煙は減りそうにない。流石に幼い子共や老人は早々に息切れして姿を消しているが、活力に溢れた若い女性はしつこくついてきている。

最初こそほぼ全力で逃げ回っていたレンジは、一般人が『何時間もしつこくついてきている』事実に気づいて、割と切実に助けを求めていた。

とある国の競技に馬を駆けて遠距離を走るというものがある。この競技の特徴は馬を限界以上まで走らせてしまうというものだ。馬は走ることに集中すると何も考えられなく習性を持ち、飲まず食わずのまま一日中走ることができる。

しかしその結果、ゴールして足を止めた瞬間死に至る。レンジはこの現象を彼女たちにも当てはめた。
フェロモン剤で判断力を著しく落とした結果、最悪運動過多で死んでしまうだろう。複葉機に乗っている女性は、操縦を誤って墜落してしまうだろう。

ソレを善しとしないのは当然だが、なんとかしたいと願うレンジには切実な問題があった。
いったい誰に助けを求めればよいのかという、単純かつ困難な題名が。

まず真っ先に思いつくのは魔法に長けた職員。しかしコレはつい先ほど超鈴音の策略で大半がロストしたと、知り合いの魔法生徒に聞かされ、思いついた矢先に却下した。
次に頼りになりそうなのは魔法生徒だが、その半分は土煙にまぎれてレンジを追っている。つまり魔法『女』生徒はすでにフェロモンの虜になっていた。

では男子生徒はどうか。残念、これは告白阻止のためにロストした魔法先生の穴をうめるために総動員している。とてもレンジの方まで手はまわらない。

彼の上辺だけしか知らない者は、気絶させればいいのではと思うだろう。よく後頭部を叩いて気絶させる方法が様々なメディアで描写されるが、打ち所と力加減を間違えれば最悪死ぬのだ。一応レンジは学園屈指の実力を持っているが、そんな器用なマネができるほど修練などしていない。

「(そろそろ学園長のところへ行くか?)」

今回の騒動のために自室を根城にしている最高責任者の所へ行く決意をし始める。この方法を取らなかったのは建物内に入れば袋の鼠であり、かつ校舎を崩壊しかねない危険があったからだ。



だが、それに待ったをかけた救いの女神がレンジの横に現れる。古い草箒に座り、長い金髪を風で揺らしながら女は哂う。

「だいぶお困りのようじゃないか、色男」
「うるさいロリババァたすけてください」

今のエヴァンジェリンには罵倒さえ心地よいモノなのだろう。ククッ――――と気にした風もなく、ただ笑いを洩らす。

「つーか、なんでお前は平気なん?」
「見くびるなよ若造。テンプテーションを得意とする吸血鬼に道具のまやかしなんぞ効くものか」
「風邪ハ引クケドナ」

じゃかぁしい!――――――チャチャゼロに突っ込みをいれる姿はいつものエヴァそのものである。しかし目を凝らしているレンジには、つい先日とは違う雰囲気を感じ取っていた。

「で、助けてくれんの?くれねぇの?」
「助けてもらう立場なのになんでふてぶてしいんだお前は」

所詮エヴァの扱いはこんなものである。

「正直なところ放っておいたほうが面白そうだが、友人の頼みでな……ホンットに不本意だが助けてやろう。這いつくばって感謝しろよ」

そう言うエヴァの顔はニヨニヨと、面白そうな物を見ているソレである。他人の不幸という蜜は吸血鬼までも虜にするようだ。

「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック」

エヴァは箒の上に立ち、その小さな体を包むほど大きな魔方陣を宙に描く。そして――――

「解呪(Dispel)」

指をパチンと鳴らした瞬間、今まで鳴り止まなかった地響きがピタっと止まった。レンジを追っていた女性達から、走り続ける理由が掻き消えたのだ。

「俺の数時間の苦労が指パッチンで一回で………」
「念も気も魔力も根本は同じ。それから生まれたアイテムの効果なんぞ、解くのはたやすい。魔法も使えん脳筋にはまず無理だろうがな」

尊大な態度で笑うエヴァにとって、そのセリフは冗談の類に入るのかもしれない。しかしレンジは似合っているという感想を抱いた。
蟻の王にも届きそうな、ケタ違いのオーラは、それを許せるだけの納得感があったからだ。

「(最強キャラが味方にいるってのはクソゲーだと思っていたんだが……)」

何か思うところがあるのか、レンジはそれ以上の感想を止めた。どうせ考えても無駄なことだと悟って。

「なんにせよ助かったよ。あのままじゃ超の対策が取れねぇからな」
「ほう、抗うつもりか。魔法関係者はほとんど消えたというのに、勝算はあるのか?」
「これから作るんだよ、その勝算って奴を」

レンジは胸ポケットから小さいフラスクを取り出した。彼なりの戦うための儀式として、医者から止められているはずの酒を呷る。

「アイツの目的なんざ知らねぇし、興味はあるがソコは問題じゃねぇ。アイツは何かをする上で俺達(大人)を頼らなかった――ーこれが問題だ」

超の目的は不特定多数に知られれば必ず綻びが生まれる。ゆえに誰にも相談せず、わずかな人数で画策してきた。だからこそ彼女は覚悟しているはずだ。

「夜中に催し物のセットを作るぐらいなら見逃してやるさ。だがここまでシャレにならねぇことしたんなら、俺のデコピンを食らう覚悟があるってことだよ」

バシン―――ーと、凝を使って放った本気のデコピンは空気を叩いただけだが、その威力はソニックブームを起こすほど強烈だった。

「例え世界を救うためだとしても…か?」
「そんときゃ事情を聞いて協力してやんよ。ソレをしない今は、アイツは俺の敵だ」
「………やっぱり脳筋だよ、お前は」

そう言うエヴァの顔は笑っていた。彼のわかりやすい短絡的な思考に、誰かの面影を見て。

「テメェはどうすんだ?」
「是非参加したいところだが、生憎呪いを解く準備がある。今回はパスしておくよ」

エヴァは『聖騎士の首飾り』が入った箱をレンジの前で揺らす。彼女にとって一大イベントとなるだろうと察しているレンジは、それ以上の追求はしなかった。

「最後にいい事を教えてやろう。未来へ跳ばされたボーヤ達が帰ってきたぞ。今は図書館で休んでいるから、何か差し入れでも持っていってやれ」
「やっぱりネギか………」
「ん?何か言ったか?」
「なんでもねぇ。アリガトよ、全部終わったらまた一杯飲もうぜ」

そのセリフを最後にして、レンジは疎らに帰っていく女性達にまぎれて図書館島へ向かった。