目的の場所へ向かう途中、レンジは出店から大量の食料を買っていた。祭りの最中であるからか、その手の店には苦労しない。
それと忘れられているかもしれないが、祭りで得た金銭により、彼は今非常に金持ちである。あくまで個人単位ではあるが。

「(無駄にならなきゃいいんだが……)」

買い物袋の手提げの部分が限界まで伸びきるほどの荷物を持って、レンジはそそくさと図書館島へ向かった。

その道すがらに周りを観察するのも怠らない。だが麻帆良の地は、数時間後に騒ぎが起こるなど考えられないほど活気に満ちている。
魔法関係者の量が少ないことを除けば、少し派手な学園祭で賑わっているだけだ。

「(これがテロってやつなのかねぇ……)」

レンジはほんの少しだけ、人知れず戦う正義のヒーローの気持ちが分かった気がした。仲間がそれなりにいるだけまだマシなのだろうが、自分しかできない、自分しか知らない事態に立ち向かうというのはこんなにも―――――心が折れそうになるほど辛いものか。

ひねくれた大人になってしまったレンジには、特撮ヒーローとは質対量というある種のプロパガンダが含まれたストーリーにしか見えない。しかし現場に立ってみると、やはり人間は変わるものである。

誰かの為に戦うのは悪くないと思える程度には。







ネギま×HUNTER!53話 『反撃!――――の準備』








どえらい荷物を担いで、レンジはようやく図書館島へ辿りついた。イベントが無いおかげで、島には人の気配が微塵も無い。
だからこそレンジの『円』にはしっかりと、九つの気配が入っている。

「邪魔するぞおら〜」

両手が荷物で塞がっているため、カギが掛かっている扉を足で強引に蹴り開けた。
次の瞬間、レンジ目掛けて自己主張が激しい忍者とツインテールと小麦色のチャイナ娘が襲ってきた。一声かければよかったものを、派手な登場の所為で敵が来たと判断されたらしい。

いや、例え一声かけたとしてもレンジは疑われていただろう。彼女達は帰ってくる直前までレンジにしこたま殴られていたのだから。この一撃はその報復の意味もあったのかもしれない。

だが案の定、彼女達の攻撃がレンジに届くはずが無かった。
攻撃態勢のまま固まっているアスナ達の顔面近くに、熱々のお好み焼き(カラシマヨネーズ付き)を凄くいい笑顔でセットする。

「ちょっと見ない間に随分攻撃的になったじゃねーか。超になんかされたのかよ」
「いえ……些細なことです」
「ふ〜ん、まぁいいけど……な」

なにか後ろめたいのか、刹那は苦笑するが決して止めなかった。レンジもまた深く追求せず、パチンと指を弾く。その瞬間アスナ達は囚われた時間から抜け出せたが―――――

『ずぁっちゃーーーーー!!!!!!』

お好み焼きを顔面で受け止める羽目になり、凄い勢いでのた打ち回った。

「未熟者め」
「どのような修行をすればアレを防げるでござるか?」

楓はちゃっかりと、分身を用いて被害を免れていた。その分身は現在進行形でのた打ち回っている。

「可哀相そうだろ、消してやれよ」
「消したら地面に落ちてもったいないでござる」

レンジは『グビッ』と唾を飲み込んだ音と腹がギュウっと鳴った音を聞き逃さなかった。どうやら払った犠牲は無駄にならないらしい。

「神、コチラの机を使ってくださいです」
「おぉ……ってあれ?お前等……?」

ずっと荷物持っていたレンジに綾瀬夕映が供え付きの机を差し出した。てっきり刹那かと思っていたレンジは、夕映の不可解な言葉に反応する。

つい面白半分で刹那の遊びに付き合っていたレンジだが、彼女を筆頭に段々と数を増やしていく信者に少し引き気味であった。
魔法教師達の一部にも浸透しはじめて、そろそろ宗教登録されかねないと心配なのである。

「いつ入信したんだよ」
「そうですね……一週間後というところでしょうか」

意味が分からない言葉に、レンジは首を傾げるばかりであった。











『はむ!はふ!はふ!はふ!!』
「落ち着いてしっかり噛みんしゃい」

思いのほか消耗していたアスナ達はとてつもない勢いで焼きそばやお好み焼きを頬張る。それも仕方が無かった、格闘大会の時間も合わせればほぼ丸一日動き詰めで、その後の激動もあって満足に食事を取れなかったのだから。

特にネギは魔力の消耗も激しく、昏倒状態である。

「なるほどそういうことがね〜。魔法に続いて未来科学まで出やがったか」

カシオペヤをグリグリ弄りながら、レンジは諦観を多分に含んだ溜息を吐く。仮説の粋を出ない理論なら現代科学でもすでに出来上がっているが、こうやって目の当たりにすれば、この世はこんなに簡単なのだろうかと。

「だが超の目的まではわからなかったと」
「申し訳ありまへんな。そんな余裕はあらへんかったもんで」

ちゃっかりレンジの隣を陣取った千草は苦笑した。そんな余裕を潰した本人がレンジなのだから、どう対応していいのかわからないのだ。

「ですが超鈴音が今日の午後、集団を率いて学園を占拠することはわかりましたわ。コチラが先手を打てるはずどす」
「世界中に魔法使いが居ると認識させる魔法………正気の沙汰じゃない」

この世に常軌を逸脱した『特別』があってはならない――――レンジはその意味を十二分に理解して、超鈴音の正気を疑った。それは色々な意味で最大のタブーであると、HUNTER×HUNTERの世界で散々思い知らされているからだ。

「で、お前等のスタンスは?」

すでに自分の意思で決めたレンジはアスナ達に立ち位置を訪ねた。協力か、敵対か、傍観かのいずれを。無論アスナの答えは―――――。

「もぐもぅっふもっふ!」
「口に物を入れたまま喋るんじゃありません」

超を止めることで満場一致したが、レンジをその旨を知るのはもう少しあとだった。











所変わってここはエヴァンジェリンのロッジ。表から離れ、かつ特にイベントが無い区画のおかげで、祭りの最中に関わらずいつもと同じ静かな空気が鎮座していた。

そこへ訪れた『彼女』もまた静かであった。息を荒くするわけでも、肩を怒らせて大股で歩くわけでもない。だが彼女が現れた途端、羽を休めていた鳥達は疲れた体に鞭を打って一斉に飛び立った。例え本人にその気がなくとも、獣の本能は実に正直である。

彼女からにじみ出る溢れんばかりの『殺意』に。

ロッジの前に立ったエナは家主が居ないことを『円』で確認したあと、勝手に中へ入ってそのまま地下の別荘へ向かった。

「いらっしゃいませ、エナ・アスロード様。現在ここは誰も使用しておりません」

別荘に入るとエヴァの自動人形が出迎えた。茶々丸ほど高性能ではない、単純な命令を聞くだけの人形は、今日もそこかしこで様々な仕事をしている。

「食事。それと洗濯」

道すがら誰も居ないと聞いたエナは、『隠れ家不動産』で作った部屋ではなく、来客用の部屋を改装した自室で寛ぐことにした。そして下着を含む衣服の全てを人形に任せ、彼女は傷跡だらけの素肌をベッドのシーツで隠す。

常夏の蒸し暑さをシーツのささやかな冷たさで和らげながら、同時に沸騰した頭を冷やして静かに次の手を思案する。

自分が直面している問題とは何か―――――もちろんアーネこと未来の自分が、己の立場と入れ替わろうとしていること。

それが己のわがままだけのために画策したものなら唾棄するべき理由だが、『嵩田レンジの生死』が関わっているとなれば話は真逆の方向へ進む。

その原因と結果を変えるためにエナも協力しなければならない。彼が死ぬ未来など彼女の予定には入っていないのだから。もしアーネが、エナ以外の人間の犠牲を強いたなら、彼女はためらいなう実行しただろう。

ところが犠牲になるのは他でもなく自分である。これでは駄目だ。アーネという存在そのものが最上級の嫌悪対象だというのに、更に己の立場を奪うとなれば、激情を理屈や理性では抑えきれるはずがない。

ならばこの問題を解決する手はなにか――――――それはおそらくエナには手に入れられないものだろう。そもそもの原因が知りもしない未来にあり、アーネはその結果を受けて過去に戻ってきた。つまりこの事態そのものがパラドックス(逆説)を用いて行われていることになる。

もしアーネを奇跡的に排除できたとしても、レンジが死んだあと過去に戻ってやり直すという確説をなぞるだけなのだ。それでは何も解決せず、かえって状況を悪くする。

「『最初の私』………か」

ポケットから予め抜いておいた二つの弾丸を、天井のランプを隠すように掲げた。
アーネから渡された弾丸には『この輪廻の解決策を練ったエナ達の記憶』が入っている。エナの現状では唯一の解決手段になるかもしれないのだが、エナは今一つ躊躇していた。

まず、解決策であるのならアーネが存在することが否定の意味になる。過去に戻ってきた時点で解決していないということになるからだ。

次に使い道。誰かの―――おそらくアーネ以前のエナ達の誰かの―――記憶であっても、ソレを二つ渡された意味がわからない。

そしてなにより―――――

「(これもアンタの掌なんでしょ?)」

何もかもが裏目にでそうな状況で使う気などなかった。だが同時に解決策など一つもない。なにをどこまですればアーネの掌から逃れることができるのかわからない。

その答えが入っているのがこの弾丸だ。これから自分の身に降りかかる全てが、これから自分がするかもしれないこと全てが詰まっている攻略本だ。

これが他人から渡された物なら、自信とプライドが使うことを拒否しただろう。しかし自分――――それも未来の――――から渡されたとなれば………。

「……………?」

なにか自分を後押しするものは無いかと学園祭の初めから今までを思い返していたとき、エナはふと奇妙なコトに気づいた。

ソレは超鈴音に未来へ跳ばされたとき、超が行った時間の法則を誤魔化して過去を変える方法をアーネに聞いた時のことだ。

『成功するために平行世界を犠牲にした』

それが何も超鈴音だけに限ったことではないのではないか?平行世界を作って利を得たのは、見事エナを排除してレンジの隣に居ることができたアーネも含まれているのではないか。

だとすれば、この世界にいるアーネは超鈴音と同じように、『失敗』しなければならないのではないか?

「いや、違う。成功しないとダメなんだ……………」

いい線を行っていると思っていたエナだが、その理屈にはある致命的な要素があった。

『アーネの失敗こそパラドックスである』

アーネの企みが失敗してしまえば、エナが過去に戻る理由がなくなってしまう。何故ならエナが過去に戻る理由は『アーネに居場所を追い出された』ことで生じるのだから。

「クソが!!!」

エナは本気の拳でベッドを叩いた。幸いベッドそのものが壊れることは無かったが、布団の中に詰め込まれていた上等な羽毛が部屋中にヒラヒラ舞う。

結局この結果にたどり着くのだ。アーネを排除することは不可能で、エナは必ず居場所を譲らなければならない。

しかも今回ばかりは、超鈴音が使った平行世界を利用することもできない。条件がまったく違うからだ。

詰んだ―――――この瞬間、エナ・アスロードは己という女をとことん理解した。惚れた男のためなら、なんとも狡猾でイカれたことができる女なのだと。

そして、そこまでするほどのことかと思いたくとも、自分だからこそ気持ち悪いぐらいに理解してしまうのも、やはり同じ女のだと思い知らされる。