「歴史に残る―――という言葉がある」
「はぁ………」

急に口を開いたレンジに刹那は曖昧な相槌をうった。言動からして超鈴音のことなのだろうが、その言葉から連想できる意図は見つからない。

「ネギが言っていた超鈴音の正体が全部本当だとしよう。あの女は未来人で火星人で、タイムマシンを使って過去の改竄をしようとしている」
「世に溢れるありふれた不幸を無くしたい………なんとも大層な野望どすなぁ」

千草の言い方は柔らかいが、その表情は決して賛辞を示しているものではなかった。もしも超の目的が個人的な幸福であるならば、己の幸せの為に生きる人として当然の有様だと納得しただろう。

しかし全人類……あるいは地球にいる全生命を視野にいれたものであるなら、とてもではないが単身で成せるものではないと、諦観に似た悟りを得ている。大人とはそういうものである。

何故なら大規模な意味でありふれた不幸とは、極論すれば国家・宗教・企業が起こす戦争・競争にこそ原因になるのだから。孤児ができるのも飢餓が訪れるのも大きな不幸が撒き散らした胞子に過ぎない。

「手段や現状はこの際置いておく。問題は今、学園で起きてる規模だ」
「規模とは?」

同行を命じられた刀子が鸚鵡返しをする。

「『どこかの学校に不審者が侵入した』という些細な事件でも、現代技術なら一日で日本中に情報を配信できる。それが『世界有数の学園都市を高性能ロボットで占拠した』なんて話になればどうなるか」
「ウチん学校がもっと有名になるんやなかろか」

割とポジティブな言い方をする木乃香だが、その実体は悪い意味のほうが大きいと、刹那達は確信している。

「もちろんそれはあり得ませんよ?すでに麻帆良の情報網は私達学園側が掌握しています。外に漏れる心配はありません」
「ハッキングとか受けなきゃいいですがね。その場合はケーブルを物理的にブッツリ切れば大丈夫でしょうが」

レンジは心の中で上手い事を言ったと悦に入ったが、周りの視線は冷たかった。

「だから超鈴音も強制認識魔法というものを使うのでしょう。強力な魔法が発動してしまうと、防ぐのはほぼ不可能ですから」

規模が大きければなおさら―――――気を取り直すために刹那がとっさに出てきた考を披露する。

「それと歴史に残るということとなんの関係が?」
「ただ言ってみただけとか言ったら怒る?」
「通り越して呆れさせてもらいます」

この非常時に何無益なをことを―――――と、刹那は溜息を吐いたが、レンジはそこで話を終わらせなかった。

「いやちょっと気になってな。こんな大事になる事件なら、必ず戒めとして資料が残る。何処の誰がどんなことをしたのかってな。魔法を知っている以上超も裏側にいるわけだが、未来から来るに至って、この時代のことを調べなかったわけじゃないはずだ」

時間跳躍と一口に言っても、その弊害はタイムパラドックスだけではない。外国へ旅行に行けば食事や水が合わなかったり、風土病にも気を使わなければならないように、環境とは些細なことで一変する。
ましてや超鈴音の火星人説が事実だとするなら、空気の濃度から重力に至るまで徹底的に調べ上げなければならない。人は慣れる生き物だが、慣れる前に死んでしまっては意味が無いのだから。

「超鈴音が魔法を知っていたのなら、火星にも魔法使いの支部が出来てたのかもな。だとしたら尚更あるはずだろ?『魔法使い達を襲った厄介と、その対処方法』って奴が。それも『過去』に起きたことでさ」

そこまで言われて刹那達はレンジの意図を察した。超鈴音にとってこの世界は、すでに起きた後のはずなのだ。
ならば、超鈴音の作戦の成否は歴史に記されていなければならない。これだけの人間が巻き込まれて一切の資料が無いなど、管理責任が問われるレベルの醜態でしかないのだ。

「では超鈴音の企みは………いえ、結論を出すのは早計ですね。我々はこの問題に全力で対処しなければなりませんから」

歴史が改竄された事実などいくらでもある。現在進行形で行っている国家もあるぐらいだ。
だとすれば超鈴音がいた未来と、現在の歴史になんらかの齟齬があってもおかしくないだろう。

それとは別に、一般人の彼氏と上手く行きかけている刀子にとって、魔法使いでもないのにオコジョにされたあげく、魔法世界へ連れて行かれては御免こうむりたいところだろう。

どんな理由があれ、手加減などしてはならない。

「そもそも失敗すると知ってやるなんて、無駄以外なにものでもあらしませんな。そりゃ何もかもがとは言いまへんが……」

それでも報われなければしていないに等しいと、千草は思うところがあるのか、あまりハッキリしない口調で呟いた。

「無限の可能性に賭けたんやと思うわぁ。超って時々子供っぽいとこがあるしぃ」
「子供の特権だよな。大人は時々道がなくなるから困る」

ダメな大人代表の男はそのセリフで話を終わらせた。
元々ただの思いつきで始めた考察は、これから彼等がすることになんの意味も与えてくれない。

「(だがもし………もしこの事件を無かったことにしたら、俺の予想ももしかしたら)」

最後にレンジは一つだけ、ある可能性を思い描いた。

超鈴音がこの時代を調べ、学園祭最終日を調べた結果が『ただの一般参加有りの大規模アトラクション』だったとしたら?
学園で起きたことが内々に処理され、全てが学園祭というお祭りとして処理されたとしたら?

場所も時代も違う未来では当時の様子を調べるのに限界がある。データとして保管されていても何かしらの原因で破損しないとは言い切れない。
ましてやソレが、故意に改竄されたものだとすれば、未来の超鈴音は過去に起きたことを調べきることなどできないだろう。

では学園で起きたことをまとめるコトが出来るのは誰か。学園の全てを掌握する人間は誰か。

「(ジジィしかいねぇよなぁ)」

レンジはこう考えた。

『近衛近右衛門は時間の概念を理解した上で、この事件を秘匿・改竄しようとしている』
『その理由はタイムパラドックスを起こさない上で、未来人の企みを防ぐため』
『その結果、未来人の暴走による世界の崩壊を防いでいるのだ』

「(………いや、まさかね)」

いかにも宇宙人と関わっている黒い男達がしているような、ハリウッド的展開である。
いくら近衛近右衛門が老齢でも、そこまで考え付くことが、果たして人間に可能だろうか。

それはきっと未来予知とは違う、神の領域の話なのだから。















らくがき的補足 個人的解釈が多分に含まれているのでご注意。


原作を基準に、過去へ戻ろうと決心した時点の超を中心に考え、

彼女は未来で過去へ戻る→騒ぎを起こすも失敗して未来に帰る。

という結果を出してしまったとき、その騒ぎが記録されていたら、中心に居た超は過去を調べた時点で失敗することがわかってしまいます。
(この話ではアーネから教えられるのでどの道知ることになりますが)

ここで彼女が取る選択は『意味が無いからあきらめる』と『もっと良い方法考えて過去に戻る』の二通りしかありません……………が、実はここに落とし穴があります。

『超鈴音が起こした騒ぎ』が起きなかったらタイムパラドックスが起きるので、否応にも『もっと良い方法考えて過去に戻る』しか取れないのです。

このことから、超鈴音は未来と過去が起こした事件から教訓を得て、A案B案と考えては失敗し続けていることになります。同じ時間を繰り返していると思いきや、実は些細な変化があったわけですね。

原作での超鈴音が異常なまでに自信を持っていたのは、何百何千……あるいは気が遠くなるほどの時間を繰り返し、蓄積された超鈴音達の遺産を持っていたからではないかと思います。




ここでもう一つ。もし超鈴音が『意味が無いからあきらめ』てしまったらどうなるか。無論パラドックスが起きるわけですが、原作ではこの選択をしないために超自身がある措置が組み込んでいます。

それが葉加瀬聡美に託した『オーバーテクノロジーの残存』です。元々オーバーテクノロジーはSFなどで『残されてはいけないモノ』になっていますが、個人的見解としては『わざと残した』のではないかと考えています。

未来の残骸を残すことで『自分という前任者』がいたことを仄めかし、可能な限り諦めないよう仕向けたと。

学園で様々なクラブ(お料理研究会、中国武術研究会、ロボット工学研究会、東洋医学研究会、生物工学研究会、量子力学研究会)に所属していたのは、管理不十分で完成品――――物にしろ論文にしろ――――が一足先に世に出た時のための保険、ごまかしだったのではないか。




そして原作でも語られた『学園長は今回の事件を本国に報告しなかった』。本編で語った通り、何が起きたか隠すことで未来からの干渉を『容易』にしたことで、超鈴音が過去へ戻る手助けをした。

この二人に共通しているのは『タイムワープの輪廻を崩さないこと』を焦点にしていることです。これが崩れると世界の崩壊、もしくはパラレルワールドが出来て異なった未来へ。

最近原作のネギま!を見てないけど近衛近右衛門が麻帆良の地で将来何かが起きると知っているとすれば、未来が変わることは極力避けたいところ。超りんは言わずもがな。

思惑は違えど、やることは同じだったというわけ。




という妄想でした。時間の概念は説明が難しい。

要約すると、超の作戦の成否に問わず、タイムパラドックスを防ぐために学園長が歴史を隠蔽していた、ということです。