部活が主催する屋台とクラスの出し物を終わらせた大河内アキラは、クラスメートの誘いを受けて学園祭最終日の一大イベントに参加するため大通りへ向かっていた。

友人の誘いを無碍に断るわけにも行かず、特に予定も入っていなかったゆえのことで、彼女はネギ達の身に降りかかっている事態を知らない。純粋にイベントを楽しむためだ。

『(遊びね〜………)』

彼女に憑いているスラムィは一抹の疑念を覚えていた。来園した経緯から学校の特殊性は十分承知しているが、それを踏まえてもこの一時間から起きている魔力の増大に異常を感じている。

人間にはそこまで害があるものではないが、主人を気遣う身としてはあまり歓迎されない事態であった。

『(ま、なったらなったで…………)』

その原因を断つ手段まではいかなくとも、なにかしらの防衛手段を持っていることを理由にスラムィはそれ以上考えるのをやめた。
どうせ原因にいつもの連中が関わっているのだから、と。



『ところがどっこい』という言葉がある。



「あ、コーチ!」
『(なぬ!?)』

見慣れた連中を引き連れていたレンジを、その後姿だけで見当てたアキラは足早にレンジへ駆け寄った。

「大河内?こっちはイベントで一般人は立ち入り禁止だぞ?」

レンジは暗に自分たちは参加者だと仄めかした。

「クラスメートと参加するので大丈夫です。それより………なんでそんなに張り詰めてるんですか?」

未熟とはいえ念を使えることの恩恵か、アキラはレンジ達が纏う気の違和感を捉えていた。これから学園祭最後のイベントだというのに、遊ぼうとする気配が微塵もないことを察したアキラは、恐る恐る尋ねる。

「皆が楽しく遊んでいるときに、ちぃとばかし裏でイケナイことを考えてるバカが居てな。今から皆で『めっ』てしてくるんだよ」

主に拳で―――――凝を纏って遊びじゃないことを示す。

「手伝いましょうか?」
「う〜ん、気持ちは凄く嬉しいんだけど〜ん………」

念が使えて『何故かそこそこ強い』とはいえ、こんな荒事に巻き込んでいいものかと、レンジは難色を示した。

「スラムィも居ますし」
「(あ、バカご主人!)」

ソレを不服に思ったのか、アキラは自分以外にも戦力があることをアピールした。そして、アキラの思惑からして、その行動は正しく実を結んだ。

「ほぉ……それはそれは」

レンジは視線を下に持っていき、アキラの胸元から覗いている小さな透明の物体をみやった。

「ちょうどよかった」

レンジがスラムィを見つめる目は、獲物を見つけた鷹と同じものだった。

「正直に言えスラムィ。お前『不思議ヶ池』でどれだけ増やした?」

いくら力を込めた言葉とはいえ、主従関係ではないレンジの言葉などにスラムィが従う言われはない。しかし己の主人がレンジの傘下にいることで、それなりの繋がりが出来てしまっている所為か、スラムィは渋々アキラの服から出てきて、いつもの幼女の姿を取る。

「こっちに出てきてる分だけなら、精々子供用プール一杯分だ。学園中に撒き散らしてるが、10分ぐらいで全部集められるぜ」
「よし決まりだ。大河内、お前もヒーローユニットになれ。異論は認めない」

はい?―――――事情がさっぱり飲み込めないアキラは曖昧な返事しか口に出せなかった。








ネギま×HUNTER!第話 『反撃!――――――人魚姫』







「どうしてこんなことに………」

困ってそうだから手助けをしたかった―――――大河内アキラはただそれだけを思って援助を申し出ただけだったのだが、レンジの要請は彼女が思っていたものとは遥かに違う内容だった。

まさか人前で念能力を披露するなど誰が思うだろう。ましてやイベントで多くの人が集まり、その中にはクラスメートも多分に混じっているだろう。
そして大河内アキラの容姿は常人以上で、役柄と格好も相まって目立つ。となれば当然――ー―。

「スゲー!人魚だ人魚!」
「すんません!写真撮ってもいいんですか!」
「こっちに目線くださ〜い」

湖から敵が来るという曖昧な情報に踊らされて少なくない数の参加者がソコへ集まっていた。念の特徴がら、水がある場所を拠点にする必要があったアキラはカッコウの的だった。
彼女の姿を写真に収めるべく、湖岸は某即売会のコスプレ会場のような状況に陥る。手伝うと言った手前逃げることも出来ず、アキラは始終恥ずかしそうに顔を赤らめてその場に待機する。

「あっれー!?アキラちゃん何やってんの!?」

そこへクラスメートの椎名桜子を筆頭に友人達がやってきた。イベントに参加するようで、防護機能がついたフード付きマントと玩具のような銃を手にしている。

「イベントに参加するんだよね?何その格好?」
「こ、これはそういう演出で………」

ピラっと、アキラはパンフレットを見せて『お助けキャラ:ヒーローユニット』の詳細が書かれている部分を指差した。

「なになに?『演出のため強力な補助や攻撃を行いますが、参加者扱いはされません』?じゃあ、アキラちゃんは何すんの?」
「私はコレ」

そう言ってアキラは自身の下半身を浸っている大きな水玉を指差した。ソレを一掬いして手の平の上で動物の形を作る。

「このスライムで攻撃を防いだりする」
「すっげー!『大○寺きら』みたい!どうやってんのソレ!」

桜子が某格闘ゲームのキャラに例えた。しかしそのもの然りと言っていいほどそっくりだった。服装が貝殻の水着という点を除けば。

「アスナや桜崎さんもヒーローユニットだから、見つけたら一緒に戦って」
「了解!賞金取るぞー!」

祭りと魔力の相乗効果でテンションはだだ上がり。あと一時間後に来る開始の合図を向けて参加者の意気はマックスになろうとしていた。
虚を突くという言葉は、今この時に使われるものである。

「(来たぜ御主人!クソ、魔力が満ちすぎて見つけるのが遅くなった!!)」

湖の中に潜ませていたスラムィの分裂体から連絡が入った。と同時に、湖に近い参加者が異変に気づいてざわめきだす。

「あのクソ異能者が!こんな厄介ごと押し付けやがって!」

湖に散らせていた分裂体を回収し、主人を覆う面積を広くする。その量は自身が申告したとおり、プール一杯分の大きさになろうとしていた。

「奇襲だ!」

スラムィが叫ぶと同時に、湖岸に大量の人型ロボットと未来的な戦車が現れた。そのあまりの数と風貌、そして余りある開始時間までの猶予が、戦いに来た者たちの判断を鈍らせた。

その僅かな間に先頭を歩く人型兵器『田中さん』が大きく顎を下ろし、口の中からレンズを露出させる。

「チィッ!」

スラムィは咄嗟にオロオロしているアキラの正面を無数の球体に変化させた分身で覆った。その直後、田中さんの口からレーザーが発射された。
そのビームは何故か着弾すると爆発し、砂煙が晴れた頃にはパンツ一丁の被害者で溢れている。男女問わず。

「脱げビーム!?」
「巷で噂の脱げビームだ!」

主に女性から阿鼻叫喚が発せられ、ほぼ全裸の女性をこれ見よがしに観察する男性陣から興奮気味の野次が飛ぶ。

「あ?」

入射角と屈折角を利用してビームを曲げて防いだスラムィは一瞬で冷めた。どう見ても死者どころか怪我の類さえ見当たらず、被害を免れた連中も戦慄も恐慌も起こしていない。

スラムィが予想していたような、『そういうもの』ではなかったのだ。

「んだよ、キバって損したぜ」

これなら適当でいいだろう―――――絹を引き裂くものではなく、ただ黄色いだけの悲鳴が広がる湖岸で、スラムィはそう結論付けた。

だが―――――。

「……ない」
「!?」

スラムィの体がビクリと跳ね上がった。今まで感じたことが無いある種の巨大な感情がスラムィの背後から発せられたのが原因だ。

「ご…御主人?」

恐る恐る振り返ってみると、大河内アキラがこれでもかというぐらい重々しいオーラを発していた。擬音で表すなら『ピカーン』と『ゴゴゴゴゴ』と『ウネウネ』だ。



大河内アキラは断じて悪人ではない。攻撃性を一切持たない念能力にも、その一端がうかがえる。
そして善人である。ヘルマンの襲撃でネギの加勢をしたように、理不尽な暴力に対して立ち向かう気概を持っている。

ではこの状況はどうだろう?催し物とはいえ、年頃の女の子がパンツ一丁で公衆の面前に立たされるこの状況。冷静に考えればトラウマものだ。
最悪の場合彼女達の身が危険に晒される事態に発展しかねない。

そんなことがまかり通っていいのか。

「許せない………」

先ほどの恥辱など何処へ行ったものか。正しき怒りを胸に抱いたアキラの念はみるみる増大していく。

「(結局こうなんのな……)」

供給される力に従ってスラムィも戦闘態勢に入る。契約した魔法生物であるがゆえに、そのモチベーションは契約者の気分で左右されるのだ。

「『集い来たりて敵を討て。氷は……』」

アキラを守れる最小限の量を残して、全てを人型に姿を変えたスラムィが一斉に魔法の射手を唱える。一体一体が出せる量は精々50にも満たないが、分裂したスラムィの数は総勢で100に達するほどであった。

氷の矢の数は5000。その量は卓越と言って余りある。



善人にとって食事以外の殺生は禁忌だ。もしも相手が生き物だったら、大河内アキラはこの先のセリフを言わなかっただろう。
ある意味で幸いだったのだ。敵がロボットであったことが。レンジから前情報をもらっていたことが。

「撃って!」

麻帆良に住む水の女王は静かに怒り、戦う。ゲーム開始の合図が学園に響くのは、もう間もなくのことであった。