『表』の戦いはクライマックスを迎えている。おっぱい星人超鈴音を打ち倒さんと、何も知らない麻帆良の生徒達がロボット軍団を相手に奮闘し、しかし空しくも学園に設けられたパワースポットを全て占領されてしまう。学園中を巻き込んだイベントはラスボスを倒すことで終わりを告げるだろう。

裏の戦いもまた同じ。魔法教師のほとんどはこの場におらず、レンジを筆頭にわずかに残った魔法使い達はそれぞれの役割に殉じている。その中には次元跳躍弾を食らってしまった者も少なくない。

『G・I』のアイテムで増えたレンジや千草の分身を用いて尚、学園側の戦力は圧倒的に不足している。
起死回生の一手としてネギは飛行船へ飛ぶ。そこで待っている者こそが、ソレを望んでいると知らずに。

ネギ一行が未来から帰ってきた時点で、超鈴音が画策した全てはとっくに終わっていたのだ。

全てが茶番である。

しかし、それだけでは終われない者が、学園に2人だけ居た。









ネギま×HUNTER!60話 『ENA≠ANE』≒









『彼女』は光り輝く世界樹の根張りに居た。人工ではない淡い光は暖かく、夏の蒸し暑さを春の陽気のように変え、その場所からはネギと超が戦う飛行船も、巨人が闊歩する都市もよく見えており、地上から麻帆良のイベントを見渡すには最高の場所だった。

彼女はもうフードを纏わず、麻帆良の中学生が使う制服を着ている。もう隠す必要がなくなり、そして彼女の目的が成就されたとき、大手を振ってトロフィーを受け取るための、勝利の証として。

アーネという未来のエナが、元の場所へ戻るための晴れ着として。その心境は至って穏やかなものだった。

「これも知ってたわけ?」

遠くのお祭りを眺めるアーネとまったく同じ声が、少し離れた所から発せられた。

「居場所を聞いたわけでもないし、探す手段もない。なのに……この広い都市で、私は探し当てた」

彼女にとって縁の無い場所であり、アーネを探すためであったとしても、もう一人のエナは偶然その場所に訪れた。
どこかにいるだろう、という曖昧で暢気な探索の最初の一箇所だったのだ。

だが偶然かと言えばそうではない。アーネは最初から知っていたのだ。だからココで待っていたに過ぎない。

少し距離を置いて、二人はようやくこの世界で出会った。
並んでみれば、顔も服も身体つきも全て同じでありながら、たった一つだけ違うだけで2人の印象は真反対だった。

「伝言は聞いたはずだ? 私は100年前にソコに居た」
「だったらもう一回やったら? なんでも知ってるんだから『俺tueeee』できるじゃない。 楽しいわよ?」

100年という時間――――アーネはその道を踏破するための最後の一歩を期待して、エナはその道の最初の一歩を踏ませられようとして焦燥を際立たせて余裕が無い。

そしてアーネは鼻で笑った。それは嘲笑ではなく、思い出し笑いの類であった。
だがエナには、それが挑発に見え、その程度でさえ強い不快感を覚える。

「魔法も念も無い世界で成金になって、ファンタジーみたいな世界で大戦争して、逆に勝てもしない化け物しかいない世界でボロボロになって」

ポツリポツリと思い出しながら終わった物語を口ずさむ顔は薄い笑みだった。例え嫌なことであっても、終わってしまえば懐かしいモノに映るのだろう。
だが、一つ一つ聞かされるソレは、これからエナに訪れる地獄の予定表だった。

全ての一部を言い終えて、アーネは最後に呟く。

「もうイヤ」

笑みはそのまま、しかし今にも涙が流れそうな目は、変わらず麻帆良の街並みの中にいる誰かを見つめて。

「レンジの所に帰りたい」

ソレを聞いたエナは、

「ふざけないで!」

きっとアーネがかつて叫んだであろう言葉だっただろう。

「後から出てきて死ぬとかやり直すとか、だったら『あの未来』に行けばよかったじゃない! アンタがあの未来に行って残れば、ここには私しかいなかったのに!」

頭が煮えている所為か、すでに答えを出した問題を蒸し返してでも自身の正当性を主張しだした。
入れ替わるという前提がある以上、どちらかが欠けては意味が無いのだ。この2人は水と油のようで同一人物らしく干渉しあっている。

「レンジが死んだ?! 魔法もヴァンパイアもいるこんな世界で、死人一人生き返らせられないの!?」

あったとしてもエナがソレを行えるかと問えば、不可能だろう。エナは強いかもしれないが最強と呼ぶには程遠く、禁忌であろうその方法を行えるような力があるわけない。

「アレは私のよ!」

アレコレと叫んで並べ立て、ようやく彼女の本音が吐露された。色気が微塵も感じられない本心だが、そこが彼女の限界なのだろう。
彼女自身が未熟であることに加え、家庭環境で捻くれた性格やレンジ達との心地よい関係が、愛や恋というものを感じさせなかったのだ。

言うなれば2人は家族だった。無条件の愛情と信頼を受け、報いろうとする関係だった。
だが悲しいかな、エナがどれほど強く訴えたところで、アーネは常にこう返してきた。

「そう、私のだ」

100年前に、そこに居たのだ、と。今更エナが何を言っても遅い。

「そろそろ返してもらう」

たった今、ネギと超鈴音が戦っている飛行船へ向けて、一両の電車が飛んでいった。
空ではクライマックスの最中らしく、派手な魔方陣や魔法の矢が絶え間なく火花を散らしている。

そして地上の、世界樹の麓でも、世界の命運を賭けた戦いの傍で、女のくだらない争いが終わろうとしていた。

だが残念ながら、空ではネギが勝つのが決定されているように、地上ではアーネが勝利する。

そう、アーネが勝利するのだ。

「誰が誰を返すって?」

エナはここへ来るまであらゆる策を練った。『群狼の長』を使い祭りをメチャクチャにし、そのドサクサにアーネを屠ろうとしたが、麻帆良にいる在野の猛者達と超鈴音のロボットがソレを阻んで失敗。
常にレンジの傍に居ようとも考えたが、グリードアイランドのカードを使われれば意味も無し。
どこかに逃げようものなら、その先にアーネが待ち構えることだろう。

奇襲、篭城、逃亡。いずれも意味は無く、そもそも守りとしては弱弱しい。
それももっともで、なぜならエナの性に合わない。

「『エナ』が『アーネ』に『レンジ』を? なら――――」

彼女は攻める女だ。

「『エナ』はアンタよ」

ポケットから握りこぶしを出し、アーネにも見えるように手の中の空薬莢をゆっくり見せた。



何故二つなのだろう――――エナはずっとそのことが気になっていた。

今エナは三つの弾丸を持っている。目の前のアーネが渡した2つの弾丸と、別世界のアーネが渡した一つの弾丸。前者の弾には歴代のエナ達が紡いできたワールドループの記憶が詰め込まれている。(45話参照)

仮に弾が一つであったら、アーネに負けたエナがその記憶を受け継ぎ、また同じ100年を繰り返すだけで話が終わる。何故もう一つなのか。

その意味はどんなに考えても憶測でしかないが、エナは答えの方に一縷の望みを賭けた。

エナとアーネの違いは先述の通り『記憶の有無』でしかない。そしてこの時代に留まれるのはエナだけ。この法則が覆せない以上、『時間』は2人のアーネを許さないだろう。

数あるループの中で居なかったはずは無いのだ、その弾丸を自身に使って力を得ようとしたエナが。

そのために二つ目の弾を作ったのだ。メモリーボムのもう一つの能力である、『記憶を引き出した相手に、引き出した記憶を撃つとその記憶は失われる』という効果をどちらかにぶつけ、相手を奪われる側のエナに成り下げるために。

二人目のアーネが生まれたときの保険に。

力も情報もアーネには勝てない――――そう踏んだエナが考え抜いた結果は、もっとも忌むべき相手に成ることだった。

エナが自らの頭にメモリーボムを撃った瞬間、彼女の頭の中に今まで犠牲になった数のエナの100年分の記憶が積み上げられた。アーネに負け、半ば無理矢理別世界へ飛ばされ、語り尽くせない物語を紡ぎながらその日を待ち続ける日々。

それに当てられ、エナは激しい拒絶反応を起こした。休む間もなく溢れてくる情報は脳を焼き、物語の中でエナ達が感じたであろう喜怒哀楽や関わった人達との思い出に、彼女は嘔吐し、狂い暴れた。

自らの吐瀉物に塗れ、身体の全ての穴からだらしなく液体を垂れ流し、自傷行為にまで追い詰められながら、しかしそれ以上に――――。

『もう一度会いたい』 

その想いだけが突出して強く、彼女達が生きる原因であった。死にたいと思うようなことでも、新しい道を見つけようとしても、代わりを作ろうとしても、募るレンジへの執着が、彼女達の可能性を全て消してしまった。

レンジが死に、それでももう一度会いたいと願った最初のエナが落とした残火は、繰り返す時間の中で成長し、自身を蝕む『呪い』となったのだ。

『念』の存在を誤魔化す方便に使われる『錬』では、目標や想いを「舌」で口にし、錬でその意志を増幅させる、というものがある。

この呪いは彼女のオーラが、彼女の想いに沿って変わった姿であり、一種の『発』に成ったのだ。呪いは彼女を死なさず、迷らわらせず、立ち止まらせず、その代わり力を与える。

呪いという誓約で増幅した『念』の力が自身をどこまで超人に近づけるのか。そのさじ加減を調べるのに、別荘で過ごす24時間は好都合であった。

まして相手は手加減をする必要がない、正真正銘の敵である。

己の全てを込めて拳を叩き込む瞬間を思い浮かべれば、その苦しみですら彼女の『念』を強くする誓約になる。



初めて目の当たりにしたとき、化け物のようだと例えたオーラを、今度はエナが放つようになる。 本来アーネしか持たないはずの制約と誓約は、頭脳が覚えている限りの情報を共有した結果は、それを使えるまでに必要な時間は、たった一発の弾丸で省略された。

それでもわずかにアーネが有利だった。記憶だけで全てが決まるほど、勝負という事象は甘くない。勝率などという曖昧なもので決められるようなモノが、二人の間にあるわけがなかった。

一日の長がアーネにあろうと、エナに油断は無い。

なのに、ずっと変わらないアーネの余裕が、エナの癪に障った。

「なにが………おかしいわけ!!」

憐れむように微笑むその顔が、エナの癪に障った。
今までとは比べ物にならない威力の緑弾を、瞬時に出して投げる。放物線など一切描かない、一直線に飛んだ、文字通りの弾丸は寸分の狂いもなくアーネの顔面に向かった。

一直線に向かってくる…………それはとても避けやすいということである。アーネの力量ならほんの少し首をかしげるだけの簡単な仕草でいい。

「私に勝てると思ってるアンタ」

負けることなど微塵も考えてないその顔は、やはり変わらず哀憐の笑みを浮かべていた。アーネにとってそれほど、エナの行動は滑稽に見えるのだろうか。

気に入らない――――エナの感情が殺意一色に染まるには十分な挑発だった。小手調べの一撃から、両手に別々の色の弾を繰り出す準備に入る。アーネも同じように構えた。
傍から見ればまるで鏡写しのようであった。違うのは彼女達の内情だけだ。

そこからの応酬は爆発音しかしなかった。縮地のごとく素早く動けて、念弾を作って投げるという一つ一つの動作が何倍も短縮され、互いに何もかも知り尽くしている間だからか、元々殺傷力が高い能力が多いことも拍車にかかり、芝生や植木の茂る世界樹周辺の広場が一瞬で荒地になるほど、二人の戦いは苛烈を極めていた。

しかし特筆することもない、つまらない戦いである。力量の差はほとんど無く手札も一緒で、自分の長所も短所も知り尽くしているのだから、全ての行動に決定的な効果を得られることはない。ただただオーラの無駄遣いでしかなかった。

それがエナにとって致命的だった。と言うのも『念』に関する技術は知る限りで11種ある。

『纏』、オーラを体の周囲にとどめる。
『絶』、オーラを全く出ていない状態にする。
『練』、通常以上のオーラを出す。
『発』、オーラを発してなんらかの効果を出す。
『周』、物質にオーラを纏わせる。
『隠』、オーラを見え難くする。
『凝』、オーラを体の一部に集中させる
『堅』、「練」の状態を維持して防御を固める。
『円』、オーラを薄く広げて感覚を研ぎ澄ませる。
『硬』、「練」で生み出したオーラ全てを一点に集める
『流』、オーラの量を振り分ける

この中に一つだけ無いのだ。『オーラの総量を増やす技術』が。
魔法でも、念でも、気でも、長い時間地道に続けてようやく増やすことができるソレは、技術でどうにかなるものではなく、ならば、こうなるのは、必然だったのだろう。

オーラは念を生み出す燃料という役割だけでなく、生身のスタミナの指標にもなる。目に見えて動きが鈍くなったエナは容赦のないボディブローを食らい、世界樹の根張りの部分に激突した。

折れたかもしれない骨に口から噴き出す血。元の世界でもそう食らったことがないダメージに軽い眩暈を起こし、その致命的な瞬間をアーネは見逃さず、エナの首を鷲掴む。

「満足した? これ以上時間を無駄にしたくないんだけど」

エナの決死の抵抗も、ゴールが目の前に迫っているアーネにはただの嫌がらせにしかならなかった。

「これだけ時間を使ってまだ気づかないのか? 私はこんなに頭が悪かったつもりはない」

わずかに強まる握力でエナはうめき声も満足に挙げられない。どうにか口を動かしてもモゴモゴとくぐもった音ばかりで、反論さえ許してはもらえなかった。
だから、何を言おうとしているのか興味が沸いたのか、アーネは少しだけ手の力を緩めた。

エナの小さな吸気口から風が鳴る。新鮮な空気を存分に吸い込み、

「バーカ」

言うが早いか、エナを中心にして紫色の煙が爆発的に広がった。彼女が懐に忍ばせていた紫弾が爆発したのだ。時間制限があるとはいえ、煙に触れたモノは強制的に『絶』になるソレは、使用者であるエナにも容赦なく影響を及ぼす。

武術というものを身に着けていない二人は、これで正真正銘の一般人である。おそらく純粋な腕力では力に目覚めていないクラスメートにすら負けてしまうだろう。
ではこれから起こるのは人生を賭けたキャットファイトか? 噛みつき、引っ掻き、髪を引きちぎる。そんな姦しい戦いをするために紫弾を使ったのか。

ご存知の通りエナはそんな女ではない。念能力に目覚める前から暴力的な世界で生きてきた彼女は自分の非力さを嫌というほど自覚している。そんな女がなんの準備もなく博打のような展開に持っていくだろうか。

戦う準備をする時間は十分すぎるほどあったというのに。

エナは紫煙が噴き出す瞬間に合わせて、ポケットに隠しておいたもう一つの切り札をアーネに押し当て、スイッチを押す。バチッという音と共にアーネと、エナはその場に倒れた。

誤算ではあっただろう。余裕をかまして近づくアーネに自分ごと紫弾を食らい、相手だけにスタンガンを当てるはずだったのが、首を掴まれたまま使ってしまったために自分にも通電してしまったのだから。

だが来るとわかっていたからか、ピクリとも動かないアーネに比べてエナはかろうじて動けていた。力が入らない体に鞭を打って、倒れているアーネに覆いかぶさり、ダメ押しとばかりにマウントポジションを取った。

抵抗する素振りは無い。本当にそうなのか、ただのフェイクなのかわからないが、自分が選んだ方法はこれ以上の手段を残していない。

勝利への最後の手順を実行するために、エナは口の中から念弾を取り出した。最初にアーネから渡された、彼女の記憶が詰まった方の弾である。

紫弾の効果は『煙に触れれば絶か念が消える』であり、何かしらの実体を使って隠すだけでこのように防ぐことができる。反則的な力も、割と単純な方法で防げる良い例だ。

エナはその念弾をアーネの額に思い切り叩き付けた。途端に弾頭は消え、念の残り火が額の中へ消えていった。

終わった。これでエナが負けるという事実は、立場が逆転したことでアーネに押し付けることができた。念の効果が消えてしまえば、ほぼ全てを忘れたアーネはどうあがいても勝てないだろう。

「何度も何度も………」

勝利の余韻に浸っている中、アーネがようやく口を開いた。気だるげに、まるでため息のように。

「何度も同じことを言った。なのに『私』は聞く耳を持たなかった。ただの嫌味だと思って………」

何度も何度も――――そう繰り返すアーネからはなにかをしようという気配を感じられない。なのにそれは、負けたことを悔やむような独り言ではないように見えた。少なくともエナには、自分であればこういう言い方をするとき、どんな状況だろうかと模索しては、嫌な予感ばかりが頭によぎっている。

違う、勝ったのは自分だ。なのにここに至って未だに確信が持てないでいるのは、他ならぬエナだった。

「言われて初めて気づくのよ………勝つことばかり考えて、他には目もくれないでいたから」

何かが間違っていたのか? 焦る頭が自分の目論みを細かに思い返し、答えになりそうな事柄を探し出す。

そして手に持っている空薬莢に目が行く。そうだこれだ、この中に入っていた記憶は自分が思っていたモノと違うのだ。自分の頭に撃ったモノと同じ記憶ではなく、別の何かが入っていたのだ。

「違う」

そう考えているとパクノダのように読心術でも持っているかのごとく、アーネが否定してきた。
だがその否定こそ矛盾している。もし同じ記憶を二つの弾に込めたのなら、アーネは全て忘れているはずだからだ。

なぜなら自分は――――そこまで考えて、エナは何かが足りないことに気付いた。だがその何かが出てこない。

「ねぇ―――――」

その答えがアーネの口から出てきたのは、エナにとってどういうモノであっただろうか。

「なんで勝つ方法を考えてたの?」

何故? その答えを言うのも馬鹿馬鹿しい。この勝負に引き分けなど無いのだから、どちらかが勝ち、負ける以外の選択など無いはずだ。

自分の頭の中にある記憶を参照しても、アーネとエナに入れ代わって、エナが次の100年を過ごすことになるのだ。それを何度も何度も繰り返しているのは、間違えようのない事実なのだ。

―――――なら、どうやって記憶は継承されたのだろうか?

「………え?」

とうとう答えが出た。しかしそれはエナにとってどういうものであるか。

エナが考えた方法では………。

アーネの記憶を消し、エナへと成り下げ、自分がアーネに成って記憶を保ったままでいるということは………。

負の記憶を継承して次のエナへ繋げるのは………。

「もう一回………これが最後よ」

今度こそエナはアーネの視線の意味がわかった。ソレは過去の自分への憐れみであり、愚行を繰り返す呆れであり、

「私は100年前に、そこに居たの」

長い旅路に立ったエナへの見送りであった。

「嘘だ!!」

スタンガンの影響が薄れてきたのか、エナは力を込めてアーネの襟袖を掴んで起き上がらせた。それでもアーネの視線は変わらない。
叫ぼうが否定しようが、もう手遅れだからだ。

「ウソなんか一つもついてないじゃない。記憶も、言ったことも全部本当。ただアンタが勝手に自滅しただけよ」
「そうしないと、どの道入れ替わっていた!」
「力の差で勝敗が決まるんなら頭なんかいらないわ。アンタの敗因はね、賭けに負けたことでも読み違えたことでもないの」



――――――1人でここに来たことよ―――――――



「誰かに相談していたら、誰かと力を合わせれば、誰かと一緒に居れば………それだけで私は手を出せなかったのに」
「自分より弱い奴等に期待するものがあるか!」
「グーはチョキに勝ちパーに負ける。どんな状況でも条件があるのよ。この瞬間をもし、誰かが見ていたら、誰が私に味方すると思う?」

人間に化けるモンスターが出てくるホラーの常套手段であり、入れ替わる条件である。暴力に訴えずとも事態を防ぐことはできたのだ。
無論その対策に対してアーネも更に対策を練るが、頭脳戦というのはそういうものだ。イタチゴッコの末にどちらかが勝つ。

今回の敗因は偏に、エナの若さが招いたことであろう。
誰かを認める許容が狭く、誰かに頼ることを恥とし、自分が子供ではないと見栄を張った。付け入る隙などいくらでもあったのだ。
一夜漬けで得た知識を活用できる知恵を持っていなかった。アーネは長い時間でその知恵を得た。時間が彼女に与えたのは腕力だけではなかったということだ。

「ほら、記憶の影響で口調まで変わってきた」
「!?」

気づかない間に少しずつ侵食されていく。自身が願った通りに、エナとアーネが入れ替わる。

「………っ。コレには何が入っている!」

焦燥に駆られたアーネは口の中からもう一つの弾を吐き出した。未来から帰る前にエナへ渡すよう託された念弾を。

「渡した念弾は二つだけよ。一つはアンタが使って、もう一つはアンタが使ったでしょ?」
「未来から帰るときに渡されたんだ! 意味が篭っているから、お前に渡せと!」
「それ、アーネに? それともエナに?」

どっちでもいい、が本音だろう。この状況を打破できるのならなんでもいいのだ。

「ごめんね、もう覚えてないの。私がなんでそんなものを作ろうとしたのか………」

藁にも縋る思いで問うが、念弾の効果が顕著に現れ始め、エナは全てを忘れようとしている。
ならばいっそのこと自分に使ってしまおうか――――最後の足掻きとして、それが一番相応しい使い方だろう。

「ねぇアーネ」

弾頭を自分の額に当てようとしたアーネに、エナは――――

「レンジが待ってる」

最初の呪いを掛けた。アーネはココで全てを台無しにすることが出来るが、継承されてきた記憶から生まれる執念が、ソレを止めた。

『もう一度会いたい』 もう一度会うために行動させる呪い。

タイムパラドックスで消えてしまうかもしれない世界があるなら、ソレを起こさせる行動を取らせるわけがなかった。

アーネはガクリと項垂れた。この瞬間で、自身が『また』敗北したことを悟ったのだ。