戦いの痕が生々しい草原の、巨大な世界樹の袂に2人の女が寝そべっている。一人は大きく腕を広げ、もう一人は対称的に両腕で顔を覆っていた。
勝敗が決まり、イベントを含む学園で起きている全ての終わりを、得られたものと失くしたもの、これから訪れる未来に思いを馳せながら、ジッと待ち続けている。
どこから話したものか――――入れ替わり、この世界の『エナ』と成った彼女は、紺色の空を見上げながら呟いた。
「100年後の自分が過去の自分と入れ替わろうとした。でも殺せばパラドックスが起きるから、100年後まで生かさなければならない。最初は何度も、ただ同じことを繰り返すだけの輪廻、歯車、因果………でも、あるとき小さな誤差が生じたの」
相槌もない、一方的な会話は静かな草原に不釣り合いなほどはっきりと聞こえる。
「メモリーボムを使って100年間の記憶を過去に渡した。多分きまぐれだったんでしょうけど、その所為で歯車に余計なモノが追加され狂った。そしてある時、生まれるはずもなかった目的が生まれてしまった」
「この輪廻の打破………」
「納得がいかない。なぜ私が。そういう感情は原動力になったけど、長い輪廻を続けるウチ、重なり続ける記憶が、もう終わって欲しいと思ったのよ」
ようやく打ってくれた相槌は実に素っ気ない。だが話を流されているわけでも、付いていけてないわけでもない証明にはなり、エナは話を続ける。
「超鈴音に便乗する形で一応は決着を付けても、こちら側に残った方は結局輪廻に取り残される。残された方はどうなるの?って、ガラにもなく感傷的だったわ」
「エゴの塊にも見えるけど」
「そりゃそうでしょ。自分が助からないと意味がないんだから」
だが解決策があるかと問えば、誰であろうと答えは『NO』と決まっている。大天才がどんなに考えても、結局別の世界軸を作るしかなかったのに、凡人の彼女がどこまで抗えるというのか。
「メモリーボムを使うも使わないも自由、どんな作戦を巡らせたっていい。でも出てきた答えは自分で責任を取ってもらう」
それでも考えに考えてようやく出した答えが、選択肢を過去の自分に託すという、やはり彼女らしい、他力本願なモノだった。
今この場が何度繰り返した結果か、と聞くのは、野暮か無粋か。
「結果を隠してたのはどうして?」
渡されたメモリーボムには一つだけ、足掻いた証である失敗例が入っていなかった。大量の記憶が流れ込んでヒートアップした頭では、ましてや無理矢理植え付けられた情報の多さに翻弄された頭では、そこに気付く理性と判断力が残っていたかどうか。
実際彼女には残っていなかったから失敗した。もしもの話になるが、意図的に消されたであろう失敗例があったら、今回は無理でも別の彼女が足掛かりにして正解に辿り着いたかもしれない。
「だって………悔しいじゃない」
出てきた応えの意味がわからず、『アーネ』は腕を解いて『エナ』の方へ顔を向けた。相変わらず空を眺めている横顔では表情を計り難いが、自身が言った言葉そのままに、少しだけ悔しそうな顔をしている。
「『私』にそんなもの、無かったんだから」
アーネの開いた口は塞がらなかった。それほど衝撃的であり、信じられないことであり、あまりにも程度が低い理由だったからだ。
そして、その『私』がいつの『エナ』かわからないが、自分がそういう考えに至る可能性があったという失望でもあった。
「三流の考え方よ」
「一流になった覚えも無いわ」
それでもーーーーそう言ってアーネは立ち上がり、吊られてエナも上半身だけ起き上げる。
「成り上がる努力と落ちぶれない誇りを忘れちゃいけなかった」
そのセリフと同時に、空で大爆発が起きた。超とネギの勝負に決着がついた合図だが、彼女達にはどちらが勝とうがどうでもいいことのようで、二つの落ちてきそうな人影を見ても眉一つ動かさない。
それもそのはず。アーネにはこの先のことが手に取るようにわかり、エナはレンジを亡くさない方法を考えなければならず、些事に構っている場合ではないからだ。
だがそんな二人でも、今にも破裂しそうな光を放つ世界樹には反応を示した。
「強制認識魔法?」
「エゴの塊みたいな願いよ。害は無いわ」
光は収縮し、花火のように空へ弾け飛ぶ。同時に都市のほうから歓声が挙がり、世界を巻き込もうとした超の企みと、なにも知らない者達の祭り、そして誰にも知られない二人の女の戦いはようやく終わりを告げた。
「終わったか」
ゴスロリと言うよりは人形チックと呼べる服を着たエヴァンジェリンが、チャチャゼロを伴って空から降りて来た。
「そっちも?」
「見ればわかるだろ」
今までと違う。それを察してもらいたいのか、回りくどく全身を見せるようなポーズを取る。当然エナもアーネも、見ずともわかるレベルで実感している。そこにいるだけなのに滲み出る凄みや威圧感というものが、たった一つの事実を物語っていた。
エヴァンジェリンの呪いは解けている、と。
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No.084 聖騎士の首飾り
入手難度 : D カード化限度枚数 : 60
これを身につけたプレイヤーは呪いをはね返すことができる上、
触れたカードの呪いも解くことができる。
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以前の取引で渡したこのアイテムが正しく機能したということだ。これでエヴァンジェリンを学園に縛る呪いは、施術者であるネギの父親、ナギに返されたことになる。
どこかで生きていれば、いずれこの学園に来るかもしれない………が、エヴァはソレを良しとしなかった。
「アイツなら力ずくで解呪しかねん。確実に会う方法があるなら、待つより向かった方が早い」
さぁ行くぞ――――そう言って催促すると、アーネがエヴァの箒の後ろ側に座り、さぁ飛び立とうというときに、アーネがポケットから未使用のメモリーボムを取り出し、エナに投げ渡した。
「いいの?」
「『向こうのアナタに渡せ』と言われた。『私』じゃないわ」
それだけ言って、アーネとエヴァは学園の方へ飛んで消えた。
残されたエナはメモリーボムをポケットに仕舞い、憂鬱気味に立ち上がる。ほどなくして祭りの最中に次元跳躍弾を食らった一般人や魔法使い達が、チラホラと草原に帰ってきた。
そして学園の方からもゾロゾロと人が現れてくる。ところどころに散見するクラスメートも、皆一様に笑顔で、祭りを存分に楽しんだのが見て取れる。
この騒ぎにほとんど参加できなかったエナが、小さな疎外感を感じるほどに。
「レンジ………」
こんなときだからか、長年の願いが叶ったからか、エナは寄り添える相手を求めて雑踏の中に消えていった。
彼女の記憶には、もうこの先のことを保証してくれるものなど無いのだから。
箒で飛んできた二人は、世界樹の草原から離れている誰もいない広場に降り立った。地面に足を着ける音すら大きく響くほど静かで、遠くで行われている後夜祭のドンチャン騒ぎも風音より小さい。
「ホレ、預かり物だ」
どこに持っていたのか、エヴァは学生鞄をアーネに渡した。
「私が預けたわけじゃないんだけど………」
「だがアーネはソレを持っていく。もう決まったことなんだろ?」
鞄の中にはこれからの100年で使うであろう道具やカードがギッシリ入っている。アーネにはもうソレ等を使うタイミングも意味も熟知しており、だからこそ捨てることもできない。
これから先、彼女にとっての100年は何度も見た映画のようにつまらないモノになるだろう。『もう嫌だ』と嘆くような出来事を知っていて、もう一度体験しなければならず、もし失敗すれば最悪死んだ方がマシと言える結果さえ迎える。
「そう悲観するな。100年は長いかもしれんが、確実にまた戻ってこれるだけマシだ」
「………そうね。まぁ、なるようになるわ」
しかし悪い事ばかりではなく、長い時間を生きれば得られるモノもそれなりに多いことも彼女は知っていた。
「記憶だけで得た仮初の力じゃない、本物が得られる。それだけでも十分価値はあるし、暇を潰すのに事は欠かないわ」
今まで気落ちしていた雰囲気が一変し、いつもの調子で語り始めた。知識、技術、見聞、人類が培って発展してきたあらゆるモノに触れることで、実力は経験で補強され、さらに強固なものとなる。
「そもそも私って人生経験が少なすぎるのよね。もっと女の子らしい事とか出会いとかあってもいいはずなのよ。あんな酒ばっか飲んでる奴より、もっといい男なんて掃いて捨てるぐらいいるんだから、別にレンジに拘らなくたってさ」
ポジティブに考えれば十分有りと言える。降って湧いた余計な時間は有効活用されてしかるべきだろう。
元々束縛を好む性格でもない彼女がソレを良しとするなら、誰が文句を言えるか。
「なら泣くな」
アーネに背を向けられて表情など見えないが、エヴァはそのセリフを言うだけの確信があった。
「………600年生きても、例え一時の別れでも、涙を流したことはある」
かつて自身が味わったモノと似ていたからだ。
「愛した人と別れるのは、誰だって辛い。歳も性別も種族もあるもんか」
そんなこともわからないのか――――そんなニュアンスを苛立ち交じりに吐き捨て、箒に跨る。
「これでお前との契約は済んだ、好きにしろ。どこかで会えば茶ぐらい出してやる」
エヴァはそう言い残し、夜空の向こうへ消え、一人残ったアーネはただその場に立ち尽くす。
彼女が残したつむじ風には、枯れ葉に隠れて小さな水滴が交じっていた。
「あ、よーやく見つけた」
「!?」
不意に聞き覚えがある声を掛けられ、慌てて体裁を整えて声がした方を向くと、服だけズタボロになったレンジがいた。
いつから探していたかわからないが、後夜祭でみんなが楽しんでいる中、ずっと彼女を探していたらしい。
「祭りの間ゼンッゼン見ねーし、イベントにも参加してねーし、なにやってたんだ?」
彼は彼女を心配する。
「超はネギがどうにかしたみてーだけどな、アーネの方はまだ――――」
「大丈夫よ……それももう終わったわ」
意表を突かれたようだが、願ってもないことであるならと、素直にソレを受け入れた。なぜ彼女がそれを知っているのか、その妙に汚れた制服はなんなのか、そんな疑問もあっただろうに、彼女の言葉を信じて聞かずに、
「………そうか。ならよかった」
その一言で話を終わらせた………というより、会話が続かなかった。安否を知りたいために探していたのであって、また抱えていた問題も解決していて、それ以上の話題など無い。
仕方なく見つめ合うように二人で立っていた。誰もいない広場に二人きりという、ドラマのワンシーンのようにいいシチュエーションなのだが。
「なぁ、本当に大丈夫か?」
かすかに感じたであろう違和感に、レンジが少しだけ踏み込む。本当になにもないのが彼女の本音だが、彼には違って見えるのだろう。
実際『アーネ』は少しだけ『エナ』と違うのだ。親しい者なら違和感を感じてもおかしくない。その事実が、彼女にこのセリフを言わせた。
「えぇ、全然平気よ?」
ここに残ることができない運命を受け入れる一言を。
百年前に立っていた所――――ふりだし――――に戻ったから、また行かなければならない。
「………世界樹の周りで宴会やってる。ネギのクラスメートもいるぞ」
「うん、すぐ行くわ。でも先にコレ、邪魔だから置いてくる」
「あいよ。ついでに服も着替えてこい」
パンパンに膨らんだ鞄を見せ、確かに持ち歩くのは面倒そうと感じたレンジは、彼女の提案をすんなり受け入れた。
きびすを返して走ったのを見送ったレンジが、発見と合流のメールを仲間に打とうと携帯端末出すと、
「レンジ」
そう遠くないところで立ち止まり、振り返った彼女は、
「すぐ戻るから………待ってて」
それだけを言って、返事も聞かず去った。
「ホントに大丈夫かいな、アイツ」
やはりおかしい――――そんな印象を抱いたレンジは治癒が得意なお嬢様にスタンバイしておくようメールに追記した。
レンジを残したアーネは、学生寮にもエヴァの別荘にも寄らず、学園の正門まで真っ直ぐ走った。世界樹から大きく離れたソコは外灯と星空が瞬くだけの、山奥のように静かなところで一人、まるで逃げるように一心不乱に。
やがて正門の前までたどり着く頃、滅多にしない息切れで休みを取る。いつも無意識に使っていたオーラを意図的に垂れ流し、素のままの体力で走っていたのだ。
その結果が、時速60kmにも届かない速さで数百メートル走っただけで息が切れる体力しかない、年齢相応の女がそこにいる。ふと手を見れば、リンゴぐらい軽く握りつぶせる手が、自分が最も嫌悪する頼りないモノに映った。
そして思い出すのは、空の上で戦った超とネギの接戦。自由に空を飛び、様々な魔法を駆使してネギは更に強くなれる。今もどこかにネギ以上の強さを持った誰かがゴマンといる。
記憶の中にいる強敵達の中に彼は居た。その彼を軽く超える猛者も多くいる。
せめてこの世界の猛者達に通用する力を持たなければ、戻ってきても意味はない。
「ゲイン」
鞄の中に手を突っ込み、未来から持ち帰ったグリードアイランドのカード束の一番上を、中身も確認せずに一枚手に取り呪文を唱える。
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No.075 奇運アレキサンドライト
入手難度 : A カード化限度枚数 : 20
所有している者は他の者が決して味わえない貴重な体験をすることが出来る。
幸運か不運かは選ぶことが出来ないが・・・。
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40カラットもありそうなアレキサンドライトが彼女の手のひらに現れる。すると早速宝石は、その力を存分に発揮した。
彼女の前にある正門の扉。現在は祭中で開かれており、外には当然学園都市らしい整った街並みがある………はずだが、目の前には渦巻く黒い穴があった。
もう躊躇する素振りを見せず、その穴の中に入ろうと一歩進んで、もう一つ忘れていることに気づき、やはりカード束の一番上を取ると、
「交信(コンタクト)、オン、エナ・アスロード」
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No.1040 交信(コンタクト)
入手難度 : F カード化限度枚数 : 200 種類 : 近距離 ・ 通常呪文
他プレイヤー1名(ゲーム内で出会ったことのあるプレイヤーに限る)と
本を通じて会話することができる。
(最大3分間、途中で交信を切ることができるのは「交信」を使用したプレイヤー側のみ。)
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自分ではない自分に語りかけ、
「世界樹が見える東の広場にレンジがいるわ。早く行ってあげて」
最後の憂いを託し、たったその一言のためだけに貴重なカードを使い捨てた。
貴重な体験ができる穴、それがいったいどんなモノなのか、アーネ以外は誰も知らない。
だがどんな所に行こうと、必ず力に得る幸運だけは保証されている。
今度こそアーネは穴の中に入り、この世界から消えた。
以上をもって超鈴音の世界を巻き込んだ騒動の終わりと、一人の女の輪廻が始まることで、この事件は幕を閉じた。