「いらっしゃいませ。当店は如何なる料理をお客様に提供し、その全てが無料となっております」

 常夏の浜辺に建つ一店のレストランに一人の客が窓辺の席に座った。燦々と降り注ぐ太陽は客の褐色の肌を際立たせ、憂いにも似た雰囲気が、まるで小さな絵のように完成されたワンシーンを演出していた。

「魚介のカッペリーニ、季節野菜のエチュベ、ピジョン・ロワイヤルのロースト」

 ボヘミアングラスに入った冷水で軽く喉を潤し、しかしメニュー表も見ずに注文をする。どれも一般的に見れば高級と呼べるものばかりで、それでも無料だというのだから、遠慮など無くなるというものだ。

「それとバケツあんみつ、フルーツマシマシで」

 褐色のガンマン、龍宮真名は女子中学生らしく甘味を頼み、女子中学生らしくないオプションをつけた。



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No.063  バーチャルレストラン
入手難度 : B   カード化限度枚数 : 30

頼めばどんな料理でも出してくれる。
満腹感を得られるが、実際には食べた気になっているだけで何も腹に入っていない。最後に栄養剤をくれる。
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ネギま×HUNTER!62話 『その後の麻帆良』





 栄養剤を最後に飲んで満腹を堪能し、龍宮は満悦の一息を吐く。仕事柄体を鍛え、維持するために摂生を心がけているため、このような暴食は長くすることが出来なかったがゆえに、久しく幸せを噛みしめていた。

「まさしく神の御業か………刹那の気持ちも、今ならよくわかる」

 一種の楽園と化したエヴァンジェリンの別荘は、そこに入所を見止められた者に多大な恩恵を授ける。金銭は言わずもがな、人類が求めて止まないアイテムや理想そのものを。

 さて今日はどうするか――――フルーツジュースを飲みながら今後の予定を考えていると、レストランのドアベルが鳴った。

「ここに居たか」

 入って来たのは裾の長い簡素なドレスを来たエヴァンジェリンであった。隅のテーブルに龍宮を見止め、ゆっくりと向かいのソファーに座り、ウェイターに軽食を頼む。

「おはよう、お邪魔してるよ」
「家主である私が入室を許可していないんだがなぁ………この調子で次々と増えるんだろうか」
「主の交友関係は広いらしいからな、有り得る話だ」
「お前みたいな信徒も次々と増えるんだろうか………」

 恐ろしい未来の予感が本気で当たって欲しくなさそうに、そっと溜息を吐く。

「それで、私に用があるんじゃないのか? 施設の使用料ぐらいなら別に構わんが?」
「んなセコいこと言うか。少し聞きたい………あの日の後のことを」
「………またなんでそんなことを」
 
 コトっと、持っていたグラスを置いて話をする態勢になる。ネギが超の企みを阻止して麻帆良祭は終了。それが世間の認識であり、魔法先生達も同様に事件の解決を喜んだ。

 事後処理も終わり、今は安寧を享受する時間である。

「いや、まぁ事情を知っているから言うが、アイツは未来人だろう?」
「事実はさておき、あれだけの技術力を見せられれば、さもありなんと思う」

 本人の才能を加味しても、現代技術をはるかに凌駕した技術力は夢物語を信じさせるほどの説得力があった。龍宮もソレを信じ、未来で起こる不幸を回避するために協力した一人でもあるのだから。

「一応私も計画のことは茶々丸経由で聞いたんだ。成功すればそのまま世界を牛耳て、失敗すれば潔く未来へ帰る、と」
「そうだな、そのための根回しもしっかりしていた」
「じゃあ聞くんだが………」

 ツンツンと、窓の外を指差す。釣られて龍宮が外を見ると、

「プギャアアアアァァァン!!!!!」

 燦々と太陽が輝く常夏の浜辺で、水着姿で四つん這いになっている超鈴音が今までに無いレベルで嘆いていた。

「うるさいわねぇ………もう終わったことなんだから諦めたら?」
「誰の所為でこうなたと思ってるネ!! オマエ達が世界樹の下でドンパチしなかたら今頃ワタシは未来に帰ってたヨ!!」
「そのドンパチの原因作ったのは自分でしょ? これも決められたことだったんじゃないの?」
「くっ! アーネのクセに正論を!」
「もうエナよ。ていうかアンタの中のアタシの評価ってどんだけよ」

 パラソルの下で正しく常夏のビーチを堪能しているエナは、トロピカルジュースの中に入っている果物を一口含んだ。

 彼女の目の前にある浜辺では、祭りを無事勝利という形で終えて喜びはしゃぐクラスメート達と、一連の騒動を乗り切って見事黒字を叩きだしてご満悦のレンジがいる。

 帰って来た日常――――かつてなら思いもしなかった平穏を前に、エナは軽く笑みを浮かべた。

 決して超の無様を嘲笑したわけではない。

 その一部始終をレストランの窓から見ていたエヴァと龍宮は、なんとも言い難い光景へのコメントを控え、単純な疑問を口する。

「なんで奴がまだ居るんだ?」
「………結論だけ言うのは簡単だが、成り行きも一応教えておこうか」

 どこから話したものか――――龍宮は嘆いているクラスメートを肴に、クイッとグラスを煽った。











 時は遡り、場面は後夜祭へと移る。

 超の時空跳躍弾によって消えていた一般人や魔法関係者達も無事戻り、世界樹の麓の広場は一般客と学園関係者で盛大な宴会が催されていた。

 ある者はゲームの商品にご満悦で、ある者は疲れた体を休めるために喧騒を眺めながら静かに過ごす。

 その喧騒から離れた静かな場所で最後の仕上げをしようとする者達がいた。ストーンヘッジを模したようなオブジェの上で、そしてその下で、一人の少女の旅立ちを見送ろうとしている。

「では私はそろそろ行くとするネ」

 全てを終わらせた超はネギの必死の説得の甲斐無く、未来へ帰ることを固持した。

「どうしても……なんですか?」
「いや、楽しい別れになたヨ、礼を言うネギ坊主。私には上々」
「みんなにおっぱい星人とか言われても気にすることないんですよ?」
「尚更帰るしかないじゃないカ?」

 そう言いかけて言葉が止まった。麻帆良祭りで起こったことを思い返し、何一つ思い通りに行かずに、挙句学園中に蔓延したおっぱい星人のレッテルを貼られてしまったことを考えれば、もうこの時代に居たくないというのも当然であった。

「思えばアーネに目を着けられたのが運のツキだたカ。ま、今更ヨ」

 一族揃ってアーネもといエナに苦しめられるのが運命づけられているのだろうか。

「でも……本当にこれでいいんですか!? 超さん、あなたは何一つ……」
「いや……案ずるなネギ坊主。私の望みは――――」
「それどころかおっぱい星人なんですよ!?」
「その風評を払拭してから帰るのもいいかなと思えてきたガ、私の望みは既に達せられた」

 時間渡航を利用して新しい世界軸を作る――――自身が成功した世界を生んだ超にとって、早々に戻った方が得策だった。

 そもそも超が来た未来に、超自身が残るという歴史はないことなのだから。

「私は私の戦いの場へと戻ろう。君はここで戦い抜いていけ」

 クラスメートからの贈り物と一緒に宙に浮かび、予備のカシオペヤを起動させる。

「超さん!」

 ネギが叫ぶ。しかし超は構わず続ける。クラスメートへ今後のことを、自ら生み出した者への責任を、友との再会を。

「超さん!」
「さらばだ、ネギ坊主!」

 ネギが叫ぶ。超も最後の相手にネギを選び、大きく手を挙げた。

「また会おう!!」
「超さん!」

 そして超の姿は――――

「…………………………アレ?」

 消えていなかった。

「アレ? アレ? ナンデ?」
「あの……さっきから言おうとしてたんですけど……この辺り魔力が全然ないって」

 カチカチとカシオペアを弄るが、うんともすんともいわない。それどころか秒針が動いてもいない。
 そしてネギは魔力が無いと言ったが、それはありえないはずだった。未来に飛ばされたネギ達は世界樹の魔力の残照で過去に戻って来れたのだから。
 少なくともこの瞬間であれば、100年後は無理にしても、次の放出現象が起きる年にタイムジャンプするぐらいできるはずなのだ。

「マスター、今まで言おうかどうか迷ってたんですが」

 そこへ茶々丸がオズオズと、本当にAIで動いているのか疑うほど人間臭く前に出てきた。

 激しく嫌な予感がする――――それでも超は続きを待つ。

「マスターが仕掛けた魔法、発動していません」
「………………………………………………………………………………は?」

 何を言われたのか理解できず、ただその疑問符だけを言った。天才が魔法の理論を理解し、ちゃんと負けたときのための魔法も用意して、念入りに準備して、それがこの事態となんの関係があるのかと考えて。

「………………………………………………………………………………は?」

 やはり同じ疑問符しか出てこなかった。

 そして段々と頭が働いてくると、ふと周りが妙に散らかっていることに気づく。まるで『何かが大量に爆発した』ような、クレーターと抉れた土だらけ。

「(まさか………)」

 そしてそれは超にとって見覚えがある光景だった。ソレは数か月前の大停電の折り、魔法関係者の実力を測るために監視ドローンで学園中を記録した時、高畑と組んでいた一人の少女が同士討ちも顧みず、そこら中を爆発して回ったときの光景と、著しく酷似していた。

「(まさか………!)」

 エナ、そしてアーネの力は超も知っている。その中にある特殊な切り札のことも。ソレを使わなければエナはアーネに勝てないということも。

 それはどこで使われたのか。世界樹の麓の、爆発跡が残るこの場所以外ありえない。

「……………………………………ぷ」

 もし世界樹にその力の一部でも触れてしまったのだとしたら。

「プーーーーーーギャーーーーーーーー!!!!!」

 世界樹から魔力が無くなっている原因について考えるまでもなかった。







「不憫………いや、もう言葉で言い表せられないな」

 全て聞き終わったエヴァは心底同情した。信念を貫き、長い時間準備して、それが全てひっくり返されたのだから。

「それからは大変だったよ。超はワンワン泣きわめくわ、魔法先生が今回の事件の責任を云々とか、おっぱい星人の風評のこととか。特にクラスメートの生暖かい視線が印象的だったなぁ」

 傍から見ればただの喜劇を通り越してハードコメディ。しかし内実を知っている龍宮もまた、エヴァと同じ哀憫の念を禁じえなかった。

「そのあとはネギ先生と主が取りなして、超はこの事件で起きた損害を可能な限り賠償、次の放出現象が起きるまで麻帆良のために働くことを条件に、お咎めなし。ま、ハッピーエンドだな」
「本人はとてもそうは思えないだろうがな」

 エヴァは納得いったとばかりソファーにもたれかかった。

「………私としては、そのすぐ後のことのほうがよほど衝撃的だったよ」

 龍宮がジッと見つめるのはその時の光景ではなく、目の前のエヴァだった。正確にはエヴァの腹である。

「そう言ってくれると、頑張って隠れていた甲斐があったなぁ」

 クククと、その時のことを思い出し笑う。いつもの悪い顔をしたものではなく、純粋に楽しそうに。

「超のことを話したんだ、今度はそっちのことを話してもらおうか」
「特別面白いことは無い。タネだって極々単純だ」

 そう言ってエヴァはどこに持っていたのか、テーブルの上にある物を置いた。それはガラスと歯車が印象的な、少し大きい懐中時計だった。

「カシオペヤ? 確かソレは」
「そう、坊やが持っていた物だ。超はいくら脅しても、私にはくれなかったからな」

 それそうだろうと龍宮は思った。封印されているとは言え、相手は伝説の吸血鬼。大事な計画を前に不確定要素は極力作りたくなかったのは想像に難しくない。

「だがソレは超との戦いで壊れて………そうか、リサイクルルームか」
「その通り。やはり知っていたか」
「積極的に使わせてもらってるよ。そうか、確かにアレがあれば」






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No.036  リサイクルルーム

入手難度 : S   カード化限度枚数 : 10

この部屋に壊れた物を入れておくと、24時間後には修理され、新品同様になっている。
ただし絶対に時間が来るまで扉を開けてはならない。
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 時は遡り、場面は十数年前へと移る。

 桜舞う麻帆良の校門で、三人の人影がなにやら話しをしている。一人は老人、一人は青年、一人は少女。
 不満を吐露する少女、それを頭を撫でて宥める青年、見守る老人。
 再会を約束する青年、その約束が10年以上も果たされないことを知らず、涙ぐみながら見送る少女と老人。

「さて、行くか」

 青年は決意を込めた瞳を宿して魔法を唱える。遠くへ転移する上位魔法だが、青年はなんでもないようにスラスラと紡ぎ、魔法陣を形成した。
 次の瞬間にはこの場から消えていなくなる。そうなるはずだったが――――誰かが魔法陣を消す魔法を放った。

 敵意も無く魔力も感じ取れなかった青年は完全に不意を突かれ、迎撃も防御もワンテンポだけ、致命的な一拍を作ってしまい、襲撃者の二手目を許してしまった。

「久しぶりだなぁ、ナギ」

 背後から聞こえた声を認識した瞬間、拘束魔法が青年――――ナギを捕らえた。一切の行動を封じられたナギは必死に抵抗するも、その場にへたり込む。

「ははは、やっとお前のそういう姿を見ることが出来たぞ。この日をどんなに待ち望んだことか」
「エヴァ!?」

 ふわりとナギの目の前に、黒いベビードールとマントを羽織って現れたエヴァンジェリンは形容しがたい愉悦を顔に出している。
 逆にナギは心底理解できないという顔をしている。当然だ、目の前にいる少女はついさっき別れたばかりなのだから。

「お、お前なんd」
「おっと、言いたいことはわかるが、まずは私からだ。こちとら一日千秋の思いで、この瞬間を夢見てきたんだからな」

 ウリウリと足でナギの額を弄ぶ。

「………だめだな、言葉が出ない。すぐ戻ると言いながら十年以上ほったらかしにしたことも、卒業もできずに何度も学園に登校する呪いをかけたことも、いつの間にか私以外の誰とも知らない女と子供を作ったことも、この瞬間に比べたら、心底どうでもよくなった」

 ナギから足を離し、縄のような拘束魔法を使ってナギをスマキにする。

「待てエヴァ、離せ!」
「さぁ行くぞ、この先にホテルを取ってある。お前の所為で無くした十数年、お前の体で返してもらうからな。話はその時ついでに聞いてやる」

 ズリズリと大の大人を引きずる少女。案件ものの光景だが誰も見向きもせず、エヴァは騒ぐナギをガン無視して、鼻歌混じりにホテルへと突き進んだ。











 エヴァはカードのアイテムを使って強制登校魔法を解呪し、自由に動けるようになった。その足でナギを探しに行けたのだが、エヴァは更にもう一手講じた。
 それがタイムマシン。それもこの学園にナギが居た瞬間を狙えば、確実に会うことができる。
 その目論見は的中し、その結果が――――

「で、何ヶ月だって?」
「三年と四ヶ月。吸血鬼だからな、人とは勝手が違うらしい」

 そう言ってエヴァは愛を込めて自らの膨らんだ腹を撫でる。

「一日にしてクラスメートが一児の母か………しかもネギ先生の腹違いの……」
「妹だ。これで名実共に、アレは私の坊やになったわけだ」

 クククと可笑しそうに笑うが、周りの反応はそれ以上に面白く、阿鼻叫喚であった。特にエヴァと親しい高畑や学園長は本心か〜ら〜の〜一騒ぎ。クラスメートは年頃ゆえに興味津々で、純粋に祝辞を贈れたのはエナとレンジ、そして茶々丸とチャチャゼロぐらいであった。

 そしていきなり妹と母親が出来たネギはと言えば。

「母さん、ここに居たんですね!?」

 ネギがドアを勢いよく開けて入って来た。その手にはいろいろな雑誌が抱えられており、その全てがマタニティ雑誌だった。

「駄目ですよ、あんまり歩き回ったら」
「なに、軽い運動は医者も推奨してる。それより用事はそれだけか?」
「あ、そうなんです。この雑誌にいいのが見つかりまして」

 そう言っていくつも付箋が貼られている雑誌をテーブルに広げる。

「ほら、この寝間着可愛くないですか? これフードがクッションになってるので後ろに倒れても怪我しないようにできてるんですよ」
「ほういいな。お、こっちのベビーカーもいいじゃないか」

 最初こそビックリしていたネギだが、母親と妹が出来た喜びの方が勝ったようで、今では母親の育児を積極的にサポートしていた。
 見た目こそ兄妹のような二人だが、降ってわいた親子という関係を存分に堪能しているようだった。

「………ふっ」

 その光景を見て龍宮は小さく笑った。

「あ、龍宮さん居たんですか」
「あぁ居たよ、最初から」
「それより龍宮さん、コレどう思いますか? こっちのタオルケットと御揃いなんですけどサイズがこれしかなくて――――」
「そんなにアレコレ買って、先生の給料で大丈夫なのかい?」
「レンジさんがお祝いにって10万ポンドぽんとくれました」
「流石は我が主」

 存在を認識すらされていなかったことも気にせず、ネギとエヴァに交じってマタニティ雑誌を物色する。











 時は遡り、場面はもう一度後夜祭へと移る。

 結局超との別れも無かったことになり、ネギ達は純粋に後夜祭を楽しむ。ゲームの商品の件で一悶着あったり、超がヤケ酒を飲んだり、やはりなんだかんだで乱闘が起きたり、それでもそれがいつもの麻帆良であった。

「うぃ〜す、お疲れさん」

 そこへレンジがエナを伴なって現れた。

「未成年が酒飲んでんじゃねぇよ」
「フン、戸籍で言えばまだ生まれてないんだからノーカンヨ」

 理屈の上では正しいのだろう。レンジの方も飲まなきゃやってらんない気持ちを理解できるため、祭りの特権ということで大目に見ることにした。

「それよりホレ、この紙に願い事書け」
「なんネ、お前が叶えてくれるのカ?」
「まぁそんなとこだから、いいから書け。お前等もな」

 そう言って3−Aの生徒達に同じ物を書かせて回収していく。広場にいる全員に同じことをしているのだろう、レンジ一味と認識されている千草や小太郎も遠くで願い事が書かれた紙を回収している。

 学園都市全員どころか外からも訪問客が来ているため、かなりの数が揃い、全部回収して一か所に集めたら、遠くからも見えるぐらい紙の山が出来上がっていた。

 なんだろうと見守られる中、マイクを持ったレンジの声が広場に響いた。

「え〜テステス。これより後夜祭特別企画、『さぁ願いを言え、どんな願いも三つだけ叶えてやろう』を開催しま〜す」

 喧騒は一旦止み、思いもしなかったサプライズに広場が歓声で揺れた。

「先ほど皆さんから集めた願い事を書いた紙から三枚だけ、ランダムに選んでその願いを叶えます。文字通りなんでもなので、変な願いを書いていないことを望みます」

 ドッと広場が笑いが起きる。掴みに手応えを感じ、レンジは一枚のカードを取り出し具現化させる。するとレンジの背後、紙の山の山頂に上半身だけの悪魔のような巨人が現れた。



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No.015  きまぐれ魔人

入手難度 : S   カード化限度枚数 : 10

3つの望みを叶えてくれる魔人。ただし、違う望みを1000コ挙げて、その中から魔人が勝手に選ぶ。
(「100億くれ」、「101億くれ」など、金額を変えて望みを水増しするのは不可。)
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「本当ならドラゴンにしたかったんですが、そうするとタイトルの最後に『GT』を付けないといけなくなるのでこういう形になりました」

 今度は疎らに笑いが起こる。少しマイナーだったかと反省し、さっそく魔人に願いを選んでもらう。紙の山を崩し、ワシャワシャとかき混ぜて一枚だけ拾い上げた。

『明日はニンジンとジャガイモ、それとブタヒレ肉が安売り。タイムセールでトイレットペーパーが三割引き』

 低い声が広場中に響くと、あれほど賑わっていた広場が静かになった。超のおっぱい星人発言とは違った平和的なものだが、何を言っているのかわからないという意味では同じであった。

「あ、それ私のお願いだわ。明日のセール品知りたくて」
「ちづ姉スッゲェ!」

 明日の朝刊のチラシを見ればわかることを、果てしなくもったいない使い方されてしまった。だが笑い話にはなったようで、クラスメートは千鶴らしいと言っている。

「明日はポークカレーが晩飯の家が多くなりそうですね。じゃあ次行ってみよう」

 魔人がまた紙を漁る。しかし周りの反応は緊張感が抜けた穏やかなものに変わっていた。なんでも叶えると言った所で、所詮はこんなものだろうと。

『1963年型フェラーリ 250GTO、確かに渡したぞ』

 今度は車か――――大半の人がそう思った瞬間、どこかでざわめきが挙がった。おおかた目の前に車が現れたから驚いたのだろう。

 ところが今度は疎らにざわついてきた。それは奇異を見るものではなく、驚愕が混じった不穏なものだった。

「フェラーリ 250GTO。イタリアで開発された耐久レース用スポーツカーであり、徹底した空力技術を用いて三年連続レースを制覇。総製作台数39台という少なさも相まって、現在約54億円という最高落札額を叩き出し、世界一高価な車としても有名です」

 機械に詳しいハカセがクラスメートに向けて説明していた。周りにも車に詳しい物説明しているが、車のことよりその金額の部分が目立ち、その情報が広がって不穏な空気が漂ってきた。

「おめでとうございます、当選した景品は警備員並びに風紀委員が責任をもって自宅へ送り届けるのでご安心ください」

 釘を刺す意味を多分に込めて、麻帆良のデスメガネとデコピンマンの名前が出てくると徐々に落ち着いてくる。

「最後はどんな願いが出て来るんでしょうか。できれば穏便に済むやつでお願いします」

 ようやく、『不特定多数の願いを叶える』ということの重大さが分かったレンジは冷や汗をかく。願い事とはいえ何が起こるかわからないということであり、誰かの幸せが誰かの不幸に繋がることもある。
 もし誰かが『お金持ちになりたい』と願って、この場に大量の金銭など出た日には、せっかく大団円で終わった祭りに血生臭いモノが舞ってしまうだろう。

 そんなレンジの懸念などお構いなしに、魔人は山を漁り、一枚の紙を掲げる。固唾を飲んで見守る中、とうとう最後のお願いが吐露された。

「みんながすこしでもしあわせになりますように。これにて願いは全て叶えた」

 言うだけ言って魔人は消えた。残された広場の人達は唖然とし、徐々にザワメキが戻る。
 だが奇妙なことに、混乱や不穏というものは見えず、それどころか笑い声や歓声が上がりはじめる。

 やれ内定をもらった、告白して良い返事が来た、迷子が親を無事見つけることが出来た等々、願いの通りに良い事がそこかしで起きている。

 それは3−Aの面子でも同じであった。それぞれが聞けば小さい幸せであるが、彼女達の多くは突然の吉報を確かに喜んでいる。

「おぉ…坊や、ここに居たか」
「あ、マスター、今までどこに――――?」

 生徒と一緒に喜びを共有している集団の所にエヴァンジェリンがやってきた。ネギが気づいて振り向くと違和感を感じて口を閉じる。

 そう違和感だ。つい十数時間前に別れたばかりなのに、パッと見ただけでエヴァンジェリンの雰囲気が今までの不遜で近づいたモノを凍らせるようなものから、柔和なモノに変わっていることに気づいた。

 服装も物腰も全体的に落ち着いたもので、一瞬別人と紛うほどに彼女は大人びていた。

「あの……マスター……その……」

 そして上から下まで観察すると、10人が10人とも聞かずにいられない変化に、ネギは恐る恐る尋ねる。

 いつもと変わらぬ幼児体型でありながら、不自然なまでに膨らんだその腹部を。

「おぉコレか。もう少しで生まれるそうだ、お前の妹だぞ?」

 一瞬言われたことがわからないネギ、耳ざとく聞いていたクラスメート、それぞれが一拍の静寂と時間停止を食らい、

『えぇ〜〜〜〜〜〜〜!!??!?!?!?!??!!?!』

 広場中に黄色い悲鳴の爆発が響いた。










「有り触れた幸せか………」

 この一連の事件を通して、龍宮は思う。不幸を無くすために動くこと、逆に幸せになるために動くこと。その違いはコレなのだろうと。

 親が子を想い、家族と周りが祝福する。きっと多くの人が享受する幸せであり、この親子のように周りに分けることができる。

 彼女がついさっき感じた些細な至福とて同じ。もし不幸なく平和な一日を与えられたら、仕事の無いいつも通りの学園生活を送ったことだろう。

「チクショーメー!!!」

 贅沢な話なのかもしれない――――現在進行形で嘆いている級友に悪いと思いつつ、龍宮は濃厚なフルーツジュースを一気に煽った。