真・三国無双異伝『修羅の世』 第二話 「弓腰姫、現る」







時は過ぎ、虎牢関の戦いは辛くも連合軍が勝利を治めた。
董卓は最強と言われた義息子の呂布に殺され、その呂布も後に曹操に討たれるが、これはまた別の話。

舞台は197年。劉表奇襲戦により孫堅を失った孫策は袁術のもとに身を寄せていた。そして今日この日、孫策は自らの地を確立するために袁術の部屋へ赴く。

「ふむ……ではここを出るか」
「はい。つきましては兵を三千ほどお貸し願いたい」
「ただで……とは言うまい」

何かを期待している顔で袁術は孫策を見る。人の上に立っている権力者独特の顔で。

「これを」

孫堅が洛陽を攻めたときに手に入れた物。時の権力者の手を渡り歩き、それを持つものは絶対的な権力を手に入れると言われる『玉璽』。孫策はそれを惜しげもなく差し出した。

「ほう……これがあの……」

予想通りの結果に袁術は満足している様子だ。

「これでいかがか」
「ふむ……よかろう。兵三千をお前に貸そう」
「ありがとうございます」
「出立はいつにする」
「時間を与えれば相手が有利になります。向こうには太史慈がおりますゆえ」
「では兵の選抜、準備はお主に任せよう。健闘を祈る」
「ありがとうございます」

孫策が礼を述べて部屋を出て行くと袁術は先ほどの玉璽を手にとって満足げに眺める。

「くくく。これさえあれば田舎武者の餓鬼なぞ用は無い。よい買い物をしたわ」

人を馬鹿にする笑い声が部屋から響いたという。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「孫策!!」

兵舎へ向かっていた己を呼び止める声がして孫策は振り返る。そこには男であることを忘れてしまうほど端整な顔立ちをした、孫策とは義兄弟の「周 公瑾」こと周瑜その人がいた。

「周瑜!?どうしてここに」
「呉郡を攻めるのだろう?前から君が動くときは力になろうと決めていたからな」
「そいつぁありがてぇ。よろしく頼むぜ!」

2人は硬く手を握り合った。

「それはそうと、弟達はどうするつもりだ?」
「あいつらはまだ戦場に立つ年じゃねぇよ。江東を平定したら迎えるつもりだ」
「自分は17で戦場に立ったというのに」

こと弟達のことになると途端に甘くなる義兄に周瑜は苦笑を向ける。

「あの時はしかたなかっただけさ。……結局役には立てなかったけどな」
「そう言うな」

2人にとって共通の辛い出来事を思い返しながら、孫策たちは兵舎へ向かった。

兵舎についた2人が最初に見た光景は、なにやらうなだれている孫策の私兵と、奥にある訓練所から響いてくる聞きなれた掛け声だった。

「またか……」
「えぇ。最近さらに量を増やされてしまって」
「苦労かけるな」
「はは……もったいないお言葉です」

兵士の1人に労いの言葉を掛け、孫策と周瑜は奥の部屋へ入っていく。
そこには訓練着を着た尚香が円月輪のような武器を振るって稽古をしていた。
何時間もそうしていたのか、足元には汗でできた水溜りがいくつもできている。

「尚香……おい尚香!」
「稽古を止めろって話なら聞かないわよ」

振り返りもせず木人を相手に稽古を続ける。

「あのなぁ……お前も女なんだからちったぁ舞いの一つでも練習したらどうだ?」
「戦場で舞は何の得にもならない」
「はぁ…………親父の気持ちがよーく分かる」
「もう年なんじゃないの?」

それでも稽古は止めない。

「君のところの姫君は相変わらずだな」

いつの頃からか、孫尚香は武芸を始めるようになった。まだ孫策には勝てないものの、周瑜や孫権とはほぼ互角の実力を持つ。
女でこれは最強の部類に入るといっても過言ではない。

「あら、周瑜さんもいたの?だったら付き合って――」
「申し訳ないが、今日は別のことで来たのでね」

周瑜の発言を聞いて尚香はピタリと止まった。

「呉郡に行くのね兄様」
「ああ。言っとくがお前は連れて行かないぞ」
「理由を聞かせて」

背中越しではあるが、あきらかに怒気の篭った低い声だった。

「女で、14で――」
「この間15になった」
「…………15で、末姫のお前が、戦場に立つ理由なんかあるか」

そのあとにはあるわけ無いと続きそうな完璧な理由だった。

尚香は初めて孫策と向き合う。汗だくで肩で息をするその姿は、もう立派な女を表わせていた。

「いっつもそう。女は弱い、女は足手纏いだ、女は舞を踊って男に抱かれていればいい。そんなの聞き飽きたわ!」
「仮にお前が女じゃなくても連れていかねーからな。餓鬼は家で大人しく待ってろ」
「ここは私達の家じゃない」

なにか悔しそうな面もちで俯く。そして尚香はもう一度木人と向き合った。

「出陣させてもらえないのなら私から話すことはないわ。出てって」

そう言って訓練を再開する。孫策たちもこれ以上の会話は無理だと悟り、部屋を出て行った。

「前から気になってたのだが、なぜ姫君は武芸を?元々おて……活発なところはあったが」
「本人は『孫家に生まれた者の嗜み』とか言ってたけどなぁ」
「まぁ武で成り上がったところもあるからあながち間違いではないと思うが」

周瑜は納得するが、孫策はそれ以外の理由があることを知っている。

元々男勝りな性格ではあったが、本格的に武を修め始めたのは6年前のあの日からだった。
そして更に拍車を掛けることとなったのが5年前の劉表奇襲戦で父である孫堅の戦死。

孫策とて尚香の気持ちが分からないわけでもない。だが兄としてみれば、今の妹は自棄になっているようにしか見えないのだ。

「(先生……あんただったらこんなときなんて言うんだろうな)」
「おお、若。ここにいましたか」

いなくなった友を思い返していると、孫策と周瑜の見知った人物が現れる。孫策に呉郡攻略を推薦し、後に孫家三代と仕えることとなる忠将である。

「朱治か。首尾はどうなった?」
「兵糧と馬は揃えました。後は若の人選を待つだけです」
「わかった。2人も手伝ってくれ」

なるべく優秀な人材を確保するため、孫策たちは自ら部下の選定に赴く。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


その日、少女は夢を見る

羽飾りが好きだと笑った幼き日

大きい兄に教えてもらう外の眺め

小さい兄に教えてもらう文字の場景

頼りになる父の大きな体

懐かしき、はるか彼方の思い出達

あの日、大きい兄と馬を駆けた

初めて馬に乗り

初めて外に出る

兄が作った不器用な手結びを食べ

とても怖い思いをして

そして出会った外の人

泣く自分を優しくあやしてくれて

いろんなことを知っていて

人を助ける誇り高い人

大きい兄と自分はその人が好きだった

父とは違う頼もしさがその人にはあり

小さい兄とは違う場景を見せてくれた

大きい兄と同じような優しさを持つ人

そして、何も言わずにいなくなった人

あの日、兄が持ってきたあの人の手

一ヶ月もの間、ずっと見続けてきた魔法のような手

人を救うためにずっと使ってきた大事な手

私はその手がとても怖かった

いつも持ち主が動かしていた手が、持ち主から離れ

もしかしたら夜になったら動くかもしれないという

御伽噺に出てくるお化けのような存在感があった

それでも私は、その手の持ち主のことを思うと

気付けば、その手を持って泣いていた

慣れた草の香りが痛かった

冷たい感触が怖かった

持ち主のことを思うと、ただ悲しかった


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


尚香は夢から覚めると汗だくの寝巻きに溜息をつく。
懐かしい夢か、悪夢か。少なくともこの冷や汗は決してよいものではない。
尚香は夜風にあたる為、臥牀(ベッド)から降りて露台に出る。

半分だけ欠けた月がほんの少しだけ城下を照らしてくれる。その眺めをぼんやり見ながら今までのことを思い返す。

錬仁がいなくなり

父が死に

そして今、兄が戦場に立とうとしている。

いや、実際兄が負けるとは思っていない。いくらこちらの兵力が三千でも、こちらには名将と遜色の無い武将が大勢いる。対して相手は強将太史慈がいるにしても、残りはたいした名をはせていない。

よほどの油断が無い限り負けることはないだろう。
ならば何が不服なのか。

孫尚香は言葉に出来ぬ苛立ちを覚える。
知りたい。この感情はなんなのか。

「教えてよ……先生…………」

孫尚香の願いは叶わない。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


翌週。出立の準備を終えた孫策は孫権と孫尚香に一時の別れを告げていた。

「兄上、御武運を」
「おう。権も元気でな」
「…………」
「尚香、兄上の出立だ。一言ぐらい贈ったらどうだ」

ずっと俯いたままの妹を孫権が後押しする。

「がんばってね兄さん」
「あ、ああ。あまり我侭言って皆を困らせんなよ」
「努力するわ」

妙な違和感を感じつつ、孫策は控えていた馬に飛び乗る。

「周瑜殿、兄上を頼みます」
「任されよ。この周公瑾が命をとして守り抜こう」
「黄蓋殿も」
「承知」

馴染みの深い者に挨拶をしていく。そしてそれが終るのを見計らって孫策は先頭に立った。

「……出陣!!!」

片腕を高々と上げ、孫策の掛け声に反応するように喚声が轟き、わずか三千の兵が長沙へ向かう。

「行ってしまったな」
「そうね。兄様のことだから心配ないでしょうけど」

2人はいつまでも見送り続けた。そして最初に動いたのは尚香だった。

「さ〜ってっと」
「どこへ行く?」
「ちょっと遠乗りに」

いつものようにカラっとした雰囲気に戻った妹を見て、孫権は少し違和感を感じた。だがふてくされて暴れられるよりはましだと思い、無視することにする。

それが最大の誤りになるとは知らずに。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


尚香は自室に戻ると、先日届いた荷物の封を開ける。
厳重に縛られた紐を解き、中から姿を現したのは『圏』と呼ばれる円状の武器だった。

完成直後の独特の輝きを放つ『夏圏』を握り締めて、尚香は思わず笑みを浮かべる。

「凄く馴染む…………。これからよろしくね」

頼もしい相棒を得た尚香は圏を太陽にかざす。圏も主の誕生を喜んでいるかのように輝いた。

尚香は腰に武器を提げて、以前から用意していた旅装束と荷物を引っ張り出して身に付けていく。
孫呉の証とも言える赤い服を見に纏い、孫尚香は勢いよく部屋を出て行った。

余談だが、数刻後いつまで経っても夕餉に来ない妹の様子を見に来た兄が、部屋に残された一枚の書簡を見て直立のまま前方に倒れたのはまた別のお話。

『一年ぐらい遠乗りしてきます』

孫権の手元から離れた紙にはただ一言、そう書かれていた。

夜の暗い道、孫尚香は馬を走らせる。

一時とはいえ、全てを捨てた少女の顔はとても清々しいものだった。

夜空に輝く星を頼りに、目指すは東の都『合肥』。

今ここに、孫尚香の長い一年が始まった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


江陵から出た孫尚香は本来の道中から少し外れたところにある茶屋で休憩を取っていた。

「(迂闊だったわ。星って動くんだったのよね)」

出立したときは東を指していた星が徐々に見当違いの方向を指しているのに気付いた。

「(ま、こんなこともあるわよね)」

どうせ一年もあるのだから気楽に行こう。尚香はお茶と団子を食べながらそう結論付けた。
幸いお金はそれなりに持っている。よほど無駄遣いをしなければ食うに困ることも無いだろう。

「すいませーん、お団子もう一つぅ」

……無駄遣いをしなければ。

「はいはい、お待ちどう様」

女主人がお皿に2本の団子を乗せて尚香に手渡した。

「お嬢ちゃんも一人旅かい?」

空になっている湯飲みを見てもう一杯煎れ直す。

「ええ。ちょっと諸国の見聞に」
「あらぁ、若いのに頑張るねぇ」
「単なる放蕩娘ですよ。それより、今『も』って言いませんでした?」
「ついこの間あんたみたいに一人女の人が来てねぇ。どうも「わけ有り」だったみたいだけど」
「こんなご時世ですから。私みたいにわけも無くって少ないと思いますよ」

そう言って尚香は残りの団子を食べ、身支度をする。

「もういくのかい?だったら日の沈まないうちに行ったほうがいいよ。この辺りは山賊が出るから」
「へぇ……山賊が」

途端に尚香の顔が涼しいほど無表情になる。

「合肥近くなら警備兵が巡回してるから安心できるんだけどねぇ。はいこれ、2つ頼んでくれた御礼だよ」

そう言って女主人は出来たての饅頭を竹の葉に包んで尚香に渡した。

「ありがとう」

勘定を支払い、尚香は合肥へと向かう。

「やっぱり……まだ引きずってるのかな」

さっき女主人が山賊と言った瞬間、自分の体に言い表せぬ奮いが走った。それは紛れも無く、あのときのことが関係している。
大切な人を奪った存在。それが現れるといわれ、武者震いせぬわけが無い。

「常に奪う側。なら奪われる悲しみを教えてやるわ」

早く出て来いと言わんばかりに、尚香はゆっくり馬を歩かせてゆく。
やがて、尚香の耳にかすかな喚声が届いた。そう遠くではない場所で大勢が戦っている。

尚香は声のする方向へ馬を走らせた。
しばらくして廃墟となった村に辿り着き、そこで見たものに驚愕する。

尚香の予想通り、山賊が暴れている。だがその相手は、屈強な男でもなく、警備兵でもなく、1人の見目麗しい女性だった。
女の尚香から見ても美しいと思える女性が勇敢に山賊と戦っている。なんとも現実味を帯びない景色だった。

ふと、女性は孫尚香の存在に気付く。

「そこの方、お助けください!」

その言葉にハッと我に返り、馬を突進させる。そして女性の傍に降りると圏を構えて対峙する。

「獲物が増えた!そいつも捕まえろ!!」
「ヒュウ!こいつも上玉だぁ!」
「顔には傷つけんなよ!」

頭らしき男が指示すると手下達は下卑た顔を貼り付けて2人目掛けて一斉に襲いかかる。

「…………遅いわ」

溜息とともに呟くと最初に襲い掛かってきた2人の間を通り抜けるように体を移動させる。
自然な体捌き、流麗に流れる圏。先の2人が血飛沫を撒き散らして倒れるのはわずか二秒後のことだった。

「残りは20ってところかしら」

尚香は圏に付いたわずかな血を振って落とし、

「私の初陣、あなた達の血で飾らせてもらうわ」

ここに1人の修羅が生まれる。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「助けていただきありがとうございました」

死屍累々とした廃墟で女は礼を述べる。

「気にしなくていいわ。どうせ私も襲われてただろうし」

そう言って尚香ははじめて女性を観察する。
服は所々破れているし泥や血で汚れているが、見るものが見れば値打ちのあるものとわかるだろう。
少なくとも農民や町人が買える様な服ではない。

髪飾り一つとて農民が何ヶ月も暮らせるほど値が張るものだ。

「あなた……何者?」

敵意はない。ただ単純に気になったのだ。少なくとも、少し前まで裕福だったであろう者がなぜこのようなところにいるのか。

「何者……と言われましても」
「あたしさぁ、これでも宮廷に居た事があるんだけど、あなたの身に付けてる飾りとか服、相当のものじゃない?なんでそんな人がこんなところで山賊に襲われてるのかなって思って」

女はわずかに顔を曇らせた。

「あ、別に言いたくないなら言わなくてもいいわ。単純な好奇心だから」

そう言いながら尚香は圏に着いた血を拭取り、腰に収める。

「あの……どちらに」
「特にあてはないわね。諸国を見聞して世を知るのが目的だから」
「では……私をお供させてもらえないでしょうか?」

女の申し出に尚香は少しだけ迷う。

「…………まぁ、旅は道連れ世は情けって言うし。うん、いいわよ」

瞬間、女の顔がパァと明るくなった。

「あたしは孫尚香。尚香でいいわ」
「尚香様……ですね。では私は貂蝉と」
「じゃ、よろしく貂蝉」
「はい。尚香様」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


あとがき

いやぁ、いきなりでしたよ。

内容考えるのが苦手なんで孫尚香で修羅モードを実際にやりながら話を書くことにしたんですがね。

いきなり「合肥で山賊が出現します。ついでに貂蝉が消息を絶っています」ってでましたよ。

もう嬉しくて嬉しくて。しかも助けたら仲間になるし、感無量ですな。

今手元にあるのが『三国無双3猛将伝』と『三国無双3Empires』なんですね。資料や内容はそこから取ってるのでそこから予想してください。

さてさて、我等が姫は江陵から合肥へ。仲間の貂蝉を連れて次はいずこへ。


基本的に男スィは仲間にしたくないなぁ。

―――――――――――――――――――――――――