真・三国無双異伝『修羅の世』 第三話 「三国一の美女」







関所を通り抜けた2人はすぐに合肥の城下町に赴く。貂蝉は別に関所近くの町でもよかったと思っていたのだが。

「せっかくの諸国見聞なんだから都ぐらいみないとね」

と尚香に言われて了承する。

乱世。そう呼ばれる時代でもそれとは関係ないかのような賑わいを見せる町に尚香はおろか貂蝉も驚いていた。
辛い立場に居たとはいえ、基本的に彼女達は箱入り娘なのだ。

「おっきいわね〜」
「そうですね〜。こんなに賑やかな町は見たことありません」

街道に並ぶ出店もさることながら、そこから漂う美味しそうな匂い。様々な雑貨。
店に呼び込む声と笑いながら走っていく童子達。

「こうしちゃいられないわ。貂蝉、早く宿を探して私達も街に繰り出すわよ!」
「あ、お待ちください」

人波を掻き分けながら2人は最寄の宿に馬を預けて遅めの昼食をとることにした。
どこも客席が埋まっており、2人は幾つも店を渡り歩いて、五件目でようやく落ち着くことが出来た。

「あ〜おなかすいた。すいませ〜ん、この辺りのやつ適当に持ってきてぇ!」
「ちょ、尚香様!?いくらなんでもこの量は」
「だ〜いじょうぶ。お金ならあるし、これぐらいならあたし1人でも食べれるしね」
「はぁ……」

貂蝉は感心するような、もしくは呆れたような空返事をする。

「大体昨日あんなに動いたんだから貂蝉だっておなか空いてんじゃないの?」
「それは……違うといえば虚言になりますけど。だからと言ってこの量は……」
「そお?家でもこれぐらい食べてたけど」

毎日三食、もしくはそれ以上のときもあったかもしれない。毎回この量の料理を作っている膳夫はさぞや苦労したことだろう。しかも、

「(それでそのような体つき…………なにやらとても悔しゅうございます)」

さすがに口に出すことは無かった。
そうやって話しているうちに丁稚の人が両手一杯に料理を持ってくる。

「それじゃ、いただこうか」
「えぇ」

尚香は机の上に所狭しと並べられた料理を次から次へと掻きこんで行く。
とは言ってもちゃんと作法を守っており、単に食べる速度が速いだけのようだ。

貂蝉はというと、作法もさることながら一つ一つの動きが実に見事だった。料理を手元に運ぶ、箸で口に運ぶ、噛んで飲み込む。たったこれだけの動作にも関わらず気品が漂っている。
そんな貂蝉を見ていた尚香は以前問うたことをもう一度聞いてみることにした。

「ねぇ貂蝉。あなたなんで旅なんかしてるの?」

貂蝉の動きがピタリと止まる。

「どう見てもあなたって農民や町民にはみえないのよね。かと思ったら結構旅慣れてるし、あたしほどじゃないにしろ強いし、そんな人聞いたこと無いわ」

一つ一つ取って見れば尚香も大して差は無い。

「あたしの経験なんだけどね、しっかりした作法を持つ人って決まって親の位が高い人なの。親の顔に泥を塗れないから一生懸命なのよ、そういう人って」

ある種の決定打だったかもしれない。

「ねぇ……もしよかったら事情……教えてくれない?」

2人はしばらく見詰め合う。やがて貂蝉は箸を置くと淡々と語り始めた。


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時代は乱世の真っ只中。

世を変えようとする者、

世を正そうとする者、

世を蝕む者。

自分の父は、彼の君主はとても酷い者だと言っていた。

民を虐げ、

国の忠臣を殺し、

酒池肉林という下らぬ夢を追い求めた愚帝。

自分の父はそのことを大いに嘆いていた。

だから自分は何とかしてあげたい。

だから自分はその愚帝の元に行く。

初めて会ったその日に愚帝は自分を抱いた。

破瓜の痛みを訴えようとも愚帝は止まらない。

それはお前が美しすぎるからだと愚帝は言った。

虫酸が走った。反吐が出そうだった。

愚帝に触れられる度に、

そのような気持ちに襲われる。

愚帝に抱かれる度に、

身を投げ出したくなる。

それでも、

すべては父のため。

自分は一刻も早く終らせるために、

ある1人の将に近づいた。

その将は力はあったが、

政に疎かった。

そこを利用した。

自分はかの愚帝の慰み者になっている。

だから助けてと。

将は自分の期待に応えてくれた。

そして自分の父も協力した。

愚帝を討つことに成功し、

その代償として父は死んだ。

その後自分は君主となったその将に嫁ぐことになる。

元より父が居なければ自分の居場所などありはしないのだから。

それから数年。


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「何もかも疲れました。愛してもいない方に抱かれるのも、政にも」
「それで、出てきたってワケね」

俯くように貂蝉は頷く。
后にまでなった者がここまで思いつめるとはよほどのことなのだろう。

もしこのとき、尚香が虎牢関の戦いを知っていれば、
董卓や呂布のことを知っていれば、
このとき、何かが変わっていただろうか。

尚香は丁稚に何かを注文する。
少しして白くドロドロした液体の入った杯が2つ差し出された。

「これは……お酒ですか?」

慣れ親しんだ物より少し純度は落ちるが、鼻につく匂いは覚えがある。

「そ。お祝いにね」
「祝い?」

尚香は自分と貂蝉のちょうど間だに杯を持ってくる。

「新しい人生、その門出に」

一瞬キョトンした顔になる。だが徐々にその意味を理解し笑みが溢れてくる。

「……はい!」

静かに、力強く頷き、静かに杯を合わせる。

「乾杯」
「乾杯」

例え尚香が知っていたとしても、この結末は変わらなかっただろう。


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「そういえば尚香様はお幾つでございましょう」
「15だけど」
「まあ!?お酒は大人になってからお飲みくださいな」
「えぇ〜〜!?」

飲みかけた杯を強引に奪い取られてふてくされる尚香。

「貂蝉だってまだ十代じゃないのぉ?」
「もう21でございます」

外見はたいした差は無いのに6歳も歳が離れていた事実に尚香は驚愕する。

「(それでそんなに若いなんて…………なんかとっても悔しいわ)」

意外に似た者同士なのかもしれない。

「(あら?じゃあ嫁いだ当時の年齢って…………)」

頭の中で逆算していくとある事実が浮上する。

「(そう。その愚帝と将って少女趣味だったのね)」

董卓、呂布。いと哀れなり。


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尚香は宣言通りに食事を全て平らげ、2人は人通りの多い街道を散策した。

「っていうかお酒入ってるけど大丈夫なの?」
「あの程度なら日常茶飯事でしたので」

何気に酒豪の気を見せた貂蝉だった。

「賑やかですねぇ」

貂蝉が何気なく呟く。それに関しては尚香も同意見だった。まだ攻められていないだけなのかもしれないが、ここの君主はそれなりに良い政治をしているのが見て取れる。

そのまま街を見物するため歩いていくと、尚香はあることに気付く。
すれ違う人、主に男性が必ずと言っていいほど自分達に振り向く。

それは貂蝉の容姿のせいだと思っていたのだが、視線の中には女性も含まれていた。
その視線は尚香自身にも覚えがあった。

極希に侍女を連れて城下へ赴いたことがある。こちらを見ていた浮浪者をみる侍女の目。
蔑み、意味無く嫌う上位に立っている者の目。

何故そのような視線を向けられなければならないのかと尚香は貂蝉を見た。そして納得する。
何ヶ月か、それとも何年か。ずっと旅をしてきた貂蝉の格好は決して良いものではない。

最初に会った時はあまり気にしなかったが、あのような生い立ちを聞くと逆に不憫な感じがしてならない。

「貂蝉、ちょっと来て!」
「え?尚香様?」

尚香は貂蝉の手を取り、最寄の織屋へ向かった。中に入ると年老いた夫婦が二人を迎える。

「尚香様、どうなさったのですか?」
「織屋に来たんだから服買うに決まってるでしょ」

尚香は店内を見渡すと桃色のよさげな服を見つけた。

「すいません、この人にあの服を着させてください」
「はいはい。それじゃ御嬢ちゃん、奥で着替えようか」
「え?あの………えぇ!?」

貂蝉はわけのわからぬまま店の奥に連れて行かれた。


『まぁまぁ若いのにこんなに汚れちゃって』


『ずっと旅をしていたもので』


『ばあさん。湯を持ってきたから拭いてやりなさい』


『じ、自分で出来ますから』


『ほらジッとしてな。紅が歪むだろ』


『そこまでして頂かなくても』


「かなり遊ばれてるみたいね……」

奥から聞えてくる物音に対して尚香はそう結論付ける。年長者というのはとかくこういうものだと、尚香は思い知らされているのだ。

「(黄蓋さんや朱治さんが特に煩かったし)」

護身用の短刀を弄びながらそんなことを思う。
たかだか宮を出て一週間も経たず、山賊を相手に初陣を飾る。
尚香は短刀を持っている自身の手を見つめた。

初めての人殺しは、はっきり言ってよく覚えていない。
兄の私兵達と訓練するときとは違う、明確な殺意と狂気が自分に襲ってくる。
修羅と言えるその場の雰囲気が、自分を別の生き物に変えたようだった。

怖かった。
それ以上に、高揚していた。

もしあそこで負けていれば女としての尊厳を奪われ殺されただろう。
こんな状態が一年も続くことになる。

尚香は大きな疑問に辿り着く。
なぜ彼等は戦いを選んだのだろう。

好雄と呼ばれる曹操。
仁を説く劉備。
父、そして兄。

この乱世で戦い選んだ人たちは、なぜこのような思いをしてまで戦うのか。

知りたいことは尽きない。
後から後から沸いて出てくる。
この旅が終るころには、それらは解決されているだろうか。

「はいはい、お待たせしたね」

桃色の衣装、申し訳程度の薄化粧を施した貂蝉と翁達が奥から出てくる。

今はこの旅をやり遂げよう。
その先にあるものが答えだと信じて。


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2人の傍を通り抜けるものは皆振り返る。
老若男女と問わずその美しさに驚き、溜息をする。
それは最大の賛辞ではあるのだが、見られている本人にはたまったものではない。

「もっと堂々と歩いたらどう?折角の美人が台無しよ」
「しかし、こうも見られると気恥ずかしいものが……」

彼女の服装は決して華美というわけではない。先ほど貂蝉を蔑んだ目で見ていた女達が着ていたものと遜色が無いほどありふれた物だった

それでも道行く人たちは貂蝉へ振り返らずをえない。それが絶世の美女と謳われた彼女の宿命だろう。

「ま、あまり気にしないことね。明日にはここを出るんだし旅のなんたらは捨てろって言うじゃない」
「そう割り切れるものではございません。それで、次はどこに?」
「さっきの織屋の爺(おきな)さんが言ってたんだけど、許昌に曹操って人が新しく君主になったんだって。ちょっと気になるじゃない?」
「『好雄曹操』……ですか」

洛陽での争いでここぞというときに盟主の袁紹を差し置き、自ら軍を指揮した男。時代の雄。
貂蝉は会ったこと無くも、その噂ぐらいは何度も耳にしていた。

「さて、色好きの君主様はどんな政治をするのかな」

一路許昌へ。