真・三国無双異伝『修羅の世』 第四話 「最強の武人」






許昌へ入った尚香達はその都へ向かう途中の小さな街で宿を取っていた。

「予想以上に酷かったわね」

それが許昌に着いた最初の感想だった。
軍の人間による略奪。放置された死体を餌にして増えた山の獣達。

「新しく君主になるというのはそういうことです。よほど争いを嫌う者でなければ、戦って果てた方がマシなのでしょう」

戦いを選び、負けてしまった前君主。何千何万もの道連れを出して、結局曹操軍に下ったという。
噂では曹操自ら首を跳ねたとされているが定かではない。

「それより尚香様、この後は何処に行かれましょう?」
「う〜ん。特に考えてないけど」
「でしたら、濮陽に行きたいのですが」
「濮陽?」
「はい。今の季節だと桃園の木が満開に咲いているはずです。一度この目で拝見したいと常々思うておりました」
「へぇ?そんなにすごいの?」

「見渡す限り桃色の敷布で覆われ、その見事な景色故に天女すら己を恥じると言われるほどです」

ここまで言われれば尚香とて興味が沸く。だが濮陽に行くためには都を諦めなければならない。
少し悩む素振りを見せる尚香だが、貂蝉のなんとなしに呟いた一言で即決する。

「それに、桃の花で作ったお団子も大変美味しいと聞きます」

このまま諸国食い倒れの旅にならないことを切に願おう。



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宿を出た二人はそのまま北の関所に向かった。安い通行手形を買って手続きをしているとその横を大勢の物々しい雰囲気を纏った団体が通っていった。

「あの……あの方々は?」

貂蝉が手形に印を押した書管に尋ねる。

「この先で怪物が出るらしいんですよ。被害も結構出てまして……それでその怪物に懸賞金がかかったんですよ」
「まぁ、怪物ですか」
「護衛を雇うことをお薦めしますよ。ましてや女性の2人旅なんですから危険も一入でしょう」
「考えておきます」

手形を大事に仕舞って尚香が待っている入り口まで戻る。するとそこでは3人の男に囲まれた尚香が居た。ただし、男達は倒れているのだが。

「あの……どうなさったのですか?」

「ん〜?道中危険だから護衛してやるって言い寄ってきたのよ。必要ないって何度も言ったんだけどしつこくてね。だからちょっと眠ってもらったの」

そのときの場景が目に浮かぶようだった。貂蝉は自業自得だと思い直し、尚香に通行手形を渡す。
大きな門をくぐって、2人は林道を歩いていく。

「あ〜あ、なんでもかんでもお金お金。これじゃいくらあっても足りないわ」
「仕方ありません。戦の傷痕が絶えないままでは治安も思い通りに出来ませんから。ですから、ああやって手形を売ったお金を懸賞金に廻すのです」
「ま、法外ってわけでもないからいいんだけどさ」

小さな木の板で作られた手形を玩びながら愚痴る尚香。

「ところで、懸賞金って言ったけど、どういうこと?」
「この先で怪物が出る……と。すでに犠牲になった村も少なくないとか」

尚香はようやく合点がいった。なるほどさっきの団体はその討伐隊なのだと。

「どんな怪物なのかしらね」

そのセリフには、戦ってみたいという感情が分かるほど込められていた。



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一日だけ野宿をし、その日の夕刻に2人は小さな集落を訪れた。村ともいえぬ小さな村落。

この時代の治安は特に悪い。黄巾の残党に加えて北方では騎馬民族(モンゴル人)による襲撃を受けるため、村と言える集落には必ず頑丈な土囲い(つちがこい)がある。
中国大陸の北方は寒く、岩砂漠と化している。寒さで草は生えず、地面は凍って岩のように硬いため土でできた壁といえども十分頑丈な建造物になる。

だが村落にはそれすらない。それはすなわち何時消えてもおかしくない状態なのだ。

そのいつ襲われてもおかしくない村落の中央では関所ですれ違った怪物退治の集団が村の人間となにやら小競り合いをしていた。

「なにかあったのでしょうか」
「こういう場合大半は外からきた連中が悪者だけど」

尚香は輪の一番外にいた若者に事の発端を聞いた。

それによると、どうやらこの村は一度怪物に襲われたらしい。そのとき村の食料と女達を持っていかれたらしいのだ。

村人は自分達じゃ怪物を倒せないから代わりに女達を救ってくれと頼んでいたのだが、怪物退治に来た連中は知ったことではないと相手にしてくれないらしい。

確かに、周りを見ても女たちは子供は愚か老人すら見当たらない。たまたまここに出てきていないのか、それとも―――。

「悪いが、俺達は国から派遣されてきたんだ。命令以外のことをしたのがバレたら打ち首ものなんだよ。おい!さっさと行くぞ!」
「そ、そんなぁ」

村人の腕を振り払い、武装した男達は森の奥へ入っていった。

「ひっどい連中」
「しかし、本当に国から派遣されたのだとしたら、今のは誉められる行動です。命を忠実にこなそうとしてるのですから」
「あたしには、怪物が持っていったものをそのまま横取りしていきそうに見えるんだけど」
「それもまた必然でしょう。女を買うものは後を断ちませんから」

この時代では妾、つまりは第2夫人を持つことは良いこととされている。後世に名を残す、血を受け継がせる、が最も重要なことで、財産に潤いがあるものなら庶民ですら妾を持つことを親から進められるほどだ。

当然、それに伴って人身売買も当たり前のように行われ、むしろ買っていくことは自分の偉大さ、器の大きさを知らしめることにもなる。

時代が時代なため、子を売ることも止む無しとする農民は多い。そういう意味では当然の行為なのかもしれない。

「あたしは気に入らない」
「例え怪物から助けだしたとしても売られないとは限らないのですよ?」
「それでも親が助かる。兄弟が助かる。赤の他人の懐を暖めるよりよっぽどいいわ」
「では」
「行くわよ貂蝉」

貂蝉はその言葉を期待していたような、もしくはそう言うだろうと予感していたように、

「はい」

尚香の後ろをついていった。


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森に入ってからすぐに、2人は山賊に襲われた。武器を所持しているとはいえ、見た目は見目麗しい女2人が歩いているのだ。これを逃す山賊は居ないだろう。

だが見た目以上の強さを秘める2人に敵うはずも無く、彼女等の進行を止めれる者はいなかった。
尚香の操る圏は変幻自在に軌跡を変え、貂蝉の戦いなれた体捌きに皆翻弄されていた。

予想外。そのような事態になれば撤退する、が彼等に残された唯一の手段である。
傷ついた仲間を見捨て、生き残った山賊達は獣道すらない脇の森へ逃げていった。

「怪物が出るって言うのに、何でこんなに山賊が居るのかしら」

傷付きながら、なおも襲ってくる山賊に止めをさす。

「あながち、同じ山賊かもしれませんね。女子供をさらう怪物など、改めて考えれば信じがたいものがございます」

錘に着いた血を拭う。

その場に動く者がいないことを確認して、二人は丁度良い岩場に腰を下ろした。

「真の怪物は人の内にある。…………先生も言ってたなぁ」
「はい?」
「昔お世話になった人にね―――『どんなにいい事、悪い事でも理由がある。それが他人にとってどうあるかがその本質を決めるんだ』―――って教えられた事があるの」
「随分と難しいことをおっしゃられますね」
「そうね。あたしもその頃は何のことだか分からなかったから、なにそれ?って聞き返したのよ。そしたら―――『大切な人を助けるために青年は村を襲った山賊を殺した。こう言えば善い事をしたと村の皆が言う。でももし、その山賊は妻や子供を助けるために止むを得ず村を襲ったんだとしたら、村を救った青年は何の関係のない妻と子も殺したことになる』―――って」
「つまり、村から見ればその青年は村を救った善い人で、山賊の家族から見れば父を殺した悪い人になる…ということでしょうか」
「そうなんじゃないかなぁ。先生は結局答えを教えてくれなかったからわかんないけど」

あはは、と苦笑する尚香。

「しかし、それと先ほどの言葉はどう関係がありましょう」

貂蝉の言うとおり、さっき尚香が言ったのは『怪物は人の内にある』。後で言っていることとはあまり関連が無いように見える。

「村を救うために殺す。家族を救うために村を襲う。これだけ見ればどっちもやってることは変わらないなって。人の心の悪が人を怪物に変えるのかなって。これが先生に言われて出したあたしの答え」

穴だらけのとんでも理論かもしれない。それでも尚香は自信を持って自身の答えだと言った。

「そうですね。例え他の人が違うと言っても、それが尚香様の答えなのでしょう」
「まぁ他にもいい答えはあるんだろうけどね。それじゃ一休みも済んだし、行こうか」
「はい」

2人は武器を収め、森の奥へと進んでいった。

「(その先生という方が答えを言わなかった理由…、こういうことでしたのね)」

自分で考え、答えを出すことを学ばせる。それは自身を確立させることでもある。
年の割には妙に大人びていると思っていたのだが、やっとここで合点がいった。

「(よい方に巡り会ったのですね)」
「え?何か言った?」
「いえ、なにも」

周りの雰囲気と合わない賑やかな談笑が森に響いていった。
そこから少し離れたところで、2人を見つめる影に気付かず。


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「一雨……来そうですね」

木の葉の間から微かに見える空に濃い灰色が目立ってきた。そう思っていた矢先、ポツリポツリと大粒の水滴が貂蝉の頬に降る。
その後ろで突然の雨に驚いた馬を静める尚香。

「どこか屋根のある場所はあるかしら」
「これだけ奥に来れば難しいでしょう。崖伝いに行けば洞穴があるかもしれません」
「ちょっと危ないけど……しょうがないか」

元々洞穴の半分は森の獣達が掘ったものだ。中でも熊の掘ったものは持ち主が死んでも数年は他の動物は近づかないが、希に別の熊が使っていることがある。
いくら強いといってもそんなのと戦うのは勘弁してもらいたいところだろうが、本格的に降ってきた雨に加えて風も出てきた。

嵐になればそれこそ怪物退治どころではなくなる。

「背に腹かえられな―――は!?」

急に背後に気配を感じた尚香は武器を構えて森の奥を見据えた。
貂蝉もそれに習って錘を構える。
それと伴い林がガサガサと騒ぎ出す。

自然と武器を握る手に力が篭る。少しづつ近づいてくる気配に自然と体が強張る。
そして2人の緊張が最高潮に達した。
林から何かが出てくる。

「あ、あなた」

それは怪物退治に派遣されたと言っていた集団の男だった。
額からドクドクと血を流し、切創だらけの体を引きずりながら木々の間から這い出てくる。

「た、たすけて」
「ちょ、なにがあったのよ!」
「怪物!怪物が急に襲って―――」

そう言いかけた男はビクリと硬直する。

「どうしたの?」
「尚香様!お待ちください!」

尚香が男に近づこうとすると貂蝉が止める。
そのとき少しだけ風が強くなった。その風に押されて、男はうつ伏せに倒れる。
背中に常人が使うものより一回り大きい載を刺して。

「ふん!所詮はこの程度か」

森の陰からバキバキと小さな木を踏みつけながら大きな男が出てくる。

「そんな……どうして!?」

出てきた男をみて貂蝉が狼狽する。

「貂蝉…どうしたの?」
「奉先さま……?」

この後に起こる波乱を表わすように雷光が三人を照らした。


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「ふあぁ……あ〜あ」

森の近くにある洞穴で1人の男が大きな欠伸をした。

「おはよう。つってももう昼ですけど」

穴のなかにいたもう1人の青年が昼の挨拶をする。

「どこが?」

穴から微かに見える空をみて男は呟く。夜とも間違うほど黒い雨雲、雨はほとんど真横に降り、誰がどう見ても昼とは思うまい。

「昨日まで晴れてたんですけどねぇ」
「こればっかりはな。美鈴(フェイリン)は?」

男はもう1人の同居人を訪ねる。

「さっき草取りに行ったから……この雨だしすぐ―――」
「ただいま〜」

噂をすればなんとやら。話題の同居人がビチャビチャになって帰って来た。

「さむ〜い!寒い寒い寒〜い!」
「おいおい向こうで脱げ!」

帰って来るなり空っぽのカゴを投げ捨てて服を脱ぎ始める。

「ほら、ここ使え」

そう言って男は自分がさっきまで寝ていた、薄布で作った布団を譲る。美鈴は待ってましたとばかりに布団の中に潜り込んだ。

「こりゃあ本格的な嵐だな」

男は穴から顔を出して外を眺める。バシバシと大粒の雨が顔に当たってすぐに体を引っ込めた。

「そろそろここも潮時だな」
「また別の所に行くんですか?」

布に包まった美鈴がゴロンと男の方に体を向ける。

「まだ一ヶ月も経ってないッスよ?」
「山菜が育つのに3ヵ月。人が山菜を食べ尽くす速さはその半分以下だ」

そう言って男は早速荷造りを始める。

「嵐の後は晴れる。出発はそんときだな」
「あ、手伝います」

2人は少ない荷物から必要な物を持てるだけ袋に詰め込んでいく。

「先生、服が泥だらけだから洗ってから行きません?」
「だったら雨水を溜めとけ」

美鈴は布を巻きつけると空の壷を外に置いた。

「はぁ…………あの時みたいな空」

黒い空を眺め、美鈴はすぐ穴の中へ帰った。


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激しい雨が濡れた土に穴を穿つ。
吹き飛ばされてしまうほど強い風が舞う。

その風を斬るように大きな載が縦横無尽に振り回される。
ガチガチと火花と金属音が何度も鳴り響く。

尚香は知らない。
これほどまでの武を持った人間を。

貂蝉は狼狽する。
目の前の光景がありえないから。

「小娘共が。手間をかけさせるなぁ!!」

男は尚香に狙いを定めて載を振り下ろす。
それをさばき上段蹴りをあてる。

「(よし、このまま!)」

尚香は次の攻撃に移ろうと足を引っ込めようとする。男はその尚香の足を思い切り強く掴んだ。

「!!」
「甘いわ!!」

男は左腕で尚香を載の用に振り回し、投げた。尚香はそのまま木の幹に背中をぶつけ、大きく咳き込む。

「お待ちなさい!」

尚香に近づこうとした男の前に貂蝉が立ちはだかる。

「その鎧、その載、どこで手に入れたのです!」

貂蝉が叫ぶ。そして男は言う。

「この鎧?随分をおかしなことを聞くんだな」

載を振り上げ、

「だが小娘に」

貂蝉に向かって横薙ぎする。貂蝉は錘で受け止めるがそのまま力に負けて後ろに飛ばされた。
そのまま地面に仰向けに倒れる。

「貂蝉!」
「教えるほどお人よしではないわ」

息を整えた尚香がもう一度男に向かった。
今度は捕まれぬよう軽快に動き回りながら一進一退する。


その頃、倒れたままの貂蝉は静かに思い出す。


『俺は呂布、字は奉先』
『俺は天下を掴む。董卓のような器の小さい男につき従ういわれは無い』
『天下には最強の武がふさわしい!』

何時までも寝ているわけにもいかぬと錘を支えにして体を起こす。

『貂蝉、元気が無いではないか』
『よし、そのようなときは何かに打ち込むのが一番だ』
『はははっ、舞の道具を武器にするとはな』

目に前の男を見据える。

「ふふ……そう…そういうこと」

一つだけ納得できる答えがある。

「(確かに私はあの方を捨てた。あの方から逃げた。でも……!)」

貂蝉は血管が浮き出るほど強く錘を握り、男に向かい走る。
二対一。だが攻撃は四つ。男は少しづつ後退し始める。

「なめるなーー!!」

男は気合を込めた横薙ぎを放つ。
尚香は受け止めようとしたが、さっきの貂蝉を思い出し紙一重で避ける。
貂蝉はと言うと、横薙ぎにしてきた載を受け止めようと構えていた。


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男は焦っていた。

たかだか女、それも小娘としか言いようの無い者が、2人とはいえ押されていることに。
一度投げ飛ばした赤い女は背中を強く打ったのか、やや動きが鈍いが、

桃色の女は一度弾き飛ばしたにも関わらず、その戦意は失われていない。

「(話が違う)」

襲ってくる攻撃を防ぎながら、すでに逃げることを考える。

「(何とか隙を作らねば)」

そう決心した男の行動は早かった。

「なめるなーー!!」

渾身の力を込めて載を振るう。
赤い女は一度受け止めようとしたのをやめて寸でのところで避ける。そのせいかかなり無理な体勢になった。これでは次の攻撃には時間がかかるだろう。

もう1人は、何を考えているのかこの一撃を受け止めようとしている。
なんとも好都合。
男は確信した。これで逃げることが出来る。


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貂蝉が構える。男の載が振るわれる。
2人の得物が接触した瞬間。

貂蝉は載に弾かれるように自ら体を回転させた。その代償に玉で飾られた箸が弾かれる。
そして遠心力を効かせた一撃を振り終わろうとしていた載にあてる。

「ぬお!」

思わぬ行動は男の意表をついた。男は載に振り回されるように体をもっていかれる。

「隙あり!」

貂蝉は渾身の一撃を放つ。男は何とか立て直そうと載を構えるが、それより早く錘が男の右頬にめり込んだ。

「ぐがぁ!!」

持っていた載を落し、男は仰向けに倒れる。貂蝉は男を踏みつけ眼前に錘を突き出した。

「ま、待て!まいった!命だけは!」
「散々人を殺めて、いざ己の番となったら命乞いですか?」

錘を持ち上げ、止めをさそうとして振り下ろした。

刹那。

ピュンと、風を切る音がどこかから聞こえ、何かに当たる音がする。

「ウッ!」

予期せぬ激痛を受け、貂蝉はその場に倒れた。

「貂蝉!」

尚香がすぐに駆け寄り体を診る。すると脇腹に一本の矢が深く刺さっていた。
誰が射ったのか。それを確認するため矢が飛んできた方向を凝視する。
そこに立っていたのは、村に着いたとき、尚香に事情を話してくれた若い男だった。

「……どういうこと!」
「遅かったじゃねーか!」

男と尚香が同時に叫ぶ。


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男は藏覇(ぞうは)と名乗った。

「まさか、みんな!」
「そのとおり。俺達ゃ山賊だよ」

いつの間にか、尚香達は先の村人達に取り囲まれていた。
気を失っていなければ、貂蝉なら納得したことだろう。

怪物に襲われたにも関わらず無事でいた男達。
女はおろか老人も子供もいない村落。
ギリっと尚香の口から音が漏れた。

「ふざけたことを!!」
「なんとでも言えや。じゃああとは任せたぞ」

藏覇は部下にそう言い残して森の奥へ消えた。なんだかんだでもう限界なのだろう。

「待ちなさい!!」
「おっと、この状況でよくそんなことが言えるな」

二十人前後の山賊が尚香と貂蝉を囲んだ。
これは分が悪い。もし貂蝉を人質にでもされたら抵抗することが出来ない。
その先に待っているものは、想像したくも無い下劣な行為。

一人一人は弱い。だが数がいれば烏合の衆も侮れるものではない。
山賊たちがジリジリと間合いを詰めてくる。
さっきの戦いを見ていたからか、慎重になっているようだ。

尚香は即座に貂蝉を抱え、自分の馬がいる方へ突っ込んだ。

「邪魔!!」

圏を投げ、目の前にいた男を倒して全力で走り輪から飛び出す。

「逃がすな!」

山賊達が追う。
尚香は人一人抱えているとは思えぬ速さで馬のもとにいくと貂蝉だけ乗せて馬を走らせた。

何故尚香は残ったのか。
だれもがそう問うだろう。

元々尚香は逃げるということを考えていなかった。
ただ自分の勝手に貂蝉を、他人を巻き込むわけにはいかなかったのだ。

残った圏を取り、息を整える。
目の前には今にも襲ってきそうな盗賊たち。

それに比べ、こっちは武器が半分。
たった一人。

唯一の救いは疲労をあまり感じていないことだろうか。
倒れるまで稽古をしていた尚香にとって、この程度はまだ序の口だった。

山賊達がマゴマゴしている間、尚香の頭の中では必勝の戦略がめまぐるしく構成されていく。
なんのことはない。

さっき投げた圏を取りに戻り、
殺戮を尽くせばいい。

「あたしねぇ」

藏覇の血が付いた圏をかざす。

「山賊が嫌いなの」

止まぬ嵐に雷鳴が轟いた。


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「っくちゅん!!」
「あーー!!」

食事の途中でクシャミをした美鈴の唾液やらが男の目の前で焼いている魚にかかった。

「汚ねーだろ!」
「なによ!その程度で怒らないでよ!」
「あ!その程度って言った!?その程度って言ったなてめぇ!そんな奴にはこうしてやる!」

男はお返しにペッペッと美鈴の雑炊が入ったお椀に唾を飛ばした。

「あ〜!なんてことするのよ〜!」
「その程度で怒るなっつったのはてめぇだろ!」
「信じらんな〜い!せんせ〜、文盛(ぶんせい)がいじめる〜!」
「両方悪い」

スココンと持っていた箸で両者の頭を叩いた。

「いて」
「きゃ」
「クシャミをするときは相手から顔を背けろ。お前も一々つっかかるな」
「先生〜そうは言うけどよ〜」
「汚ぇなんて言うお前が悪い。いっつも隠れて乳くりあってる奴がなにいってんだ」
「ぶほ!!!!」

今度は文盛が盛大に噴出した。先生と呼ばれた男はそれを予期していたらしくお椀を頭上に避難させていた。
顔にはかかったようだが。

「いぃいいぃいつからししし知って」
「ぶ、文盛……」

2人とも真っ赤になってしどろもどろしている。

「美鈴が変な歩き方してたときにピンときた。それから―――」
「わかった!もういいですから!」

これ以上言われてはたまらないと、文盛はあわてて止める。

「どうせ村の歌交見て興味本位でやったんだろ」
「うっ」
「だ……だって」
「別に怒っちゃいねーよ。そろそろいい年だし、知りたい年頃なのはよくわかる」

2人の顔がさらに赤くなっていく。

「でもあんまりやりすぎると面倒なことになるから控えろよ」

2人は恥かしそうに(実際恥かしい)返事を返した。

「しっかしまぁ汚ぇなぁ」
「外の壷に水がたまってると思いますよ」

男は椀を置いて外に出た。

「だあぁ!!??」

昼に起きたときと風雨の勢いは変わっておらず、美鈴の言ったとおり壷から水が溢れていた。
ただし、そこにはいないはずの先客が壷の水を拝借していたため男は尻餅をつく。

仕切り布を開けた瞬間目の前に馬の顔があれば無理も無い。

「先生!?」
「う、馬!?」

三者三様に驚くが、馬は知らぬ顔で水を飲み続ける。

「軍馬かなにかか?」

人に慣れているようなのでとりあえずそう判断する。

「この辺に村も町もなかったよな?……雷に驚いてどこかの飼い主から逃げたのかもな」
「どうします?」
「この嵐で持ち主探しに行けっつーの?」
「そうは言わないけど、このままにするわけにもいかないじゃない」
「……とりあえず使わせてもらうか」
「わぁ、先生あくど〜い」
「食わないだけマシだろ。入れるからどけてくれ」

男が顎で指した荷物を2人が奥に移動させる。
その空いたところに馬を招き入れると、またも3人は驚いた。

「持ち主いたね」
「いたな」
「言ってる場合か。よく見ろ」

やや怒気を含んだ男に促されて持ち主の女を見る。脇腹に一本の矢が深く刺さっていた。

「大変!」
「どうする先生?」
「馬は外に出して杭に繋げろ。美鈴は湯を沸かして薬の準備を」

馬から女を降ろし、敷布に寝かせる。

「先生、はい」

美鈴が薬箱と道具を渡して湯の準備に掛かった。

「気は……無いか」
「あ、私がします」

服を脱がせようとしたところを美鈴が代わり、手際よく服を脱がして別の布を被せた。

傷口のあるところだけはだけさせて男と交替する。

「文盛、まだか?」
「もうちょっと待ってください!」

外から杭を打つ音が途切れ、文盛が入って男の隣りに座った。

「どうします?」
「矢を抜くから傷口を広げておいてくれ」

道具箱から細い箸のような棒を拾い、男の横から傷口を押し広げた。

「う…」

グチャグチャしている傷口を見て文盛が顔をしかめた。

「吐くなよ」

低い声で言い、軽く熱した短刀で矢の返しに引っ掛かった肉を慎重に外していく。

「湯は?」
「沸くまでもうちょっとです」
「………よし、あとは一気に抜く」

男がそう言うと二人は女の体を抑えた。

「いくぞ?」

2人が無言で頷く。男は矢を持って一気に引き抜いた。

「ウッ!!!」

女の体がビクッと痙攣する。

「な……ああぁ……?」

女は何が起きているのか理解できず、ただ痛みを和らげるために息を荒げる。

「もう少し我慢して。仕上げが残ってるから」

美鈴が優しい口調で言い、今度は覆い被さるように女の顔を抱いた。

「美鈴、もらうぞ」
「はい」

文盛は美鈴の髪を一房掴み、短刀で切り落とした。
その髪を火にあてて炭状にしたものを男に渡す。
その物体にあらかじめ用意してあった薬液と混ぜて、患部に塗った。

「ぁ!!くぅ……!」

女は美鈴の体にしがみついて痛みをこらえる。

「……よっしゃ、一段落」

男が大きな溜息を吐いたのを見て、他の2人も脱力する。

「もう大丈夫よ」
「あの……ここは?」

痛みが引いてきたのか、女は改めて周りの状況を確認する。

「許昌の関所から少し離れたところにある山穴よ。怪我をして気絶してたのを勝手に治させてもらったわ」
「連れ……がいるのですが、見ませんでしたか?」
「さぁ……文盛、いた?」
「いや」
「賊にでも襲われたのか?だったら連れのことはあきらめろ」
「それはできません。仲間ですから」
「……じゃあ立ってみろ」

女が言われたとおり立とうとする。だが足も腕も力が入らず起き上がることもできなかった。

「血を流しすぎだ。何の治療もせずに、無茶な体勢で馬に固定したからしばらく動けないはずだ。さっき使った薬の作用もあるだろうしな」
「そんな……」
「それに、傷を縫い合わせないといけないんだ。そのまま外に出てもすぐ倒れるぞ」
「辛いかもしれないけど、あなたになにかあったら連れの人が逃がした意味が無いじゃない」
「どこにいるかすら知らないんじゃ探しようがねーし」

三者三様の意見で女はあきらめたのか臥牀に横になる。
男は道具箱から針と糸を出して美鈴に渡した。

パパッと針に糸を通し、男に返す。
薬が効いてきたのか、朦朧とその様子を眺めながら、目を閉じた。


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「はぁっ…はぁっ…はぁっ…」

欠けた武器から滴り落ちる血も

その血の主であった者共の末路も

その光景全てが

彼女に似合わぬと誰もが思うだろう。

「(赤い服で助かったわ)」

いずれ血に含まれる鉄分が変色して目立つようになるだろうが

この嵐が少しぐらい落としてくれるだろう。

「早く……追わないとね」

雨でぬかるんだ地面が馬の蹄跡を残してくれている。

いざそのあとを追おうと駆けようとすると、急に視界がぐらついた。

「はは……さすがに疲れたかなぁ」

体が熱いのは動いたせいだ。

めまいがするのは疲れているからだ。血臭にやられたからだ。

そう結論づけて尚香は蹄跡を追った。

やがて見えてくる洞窟の明かり。

入り口に繋げられている自分の馬。

あぁ、無事逃げることが出来たのだろう。

「はぁっ…はぁっ…はぁっ…」

息が荒い。早く休もう。

仕切り布を払い、中に入る。

そこで尚香の視界は暗転した。

最後に見たのは

かつて尊敬し、失ったはずの大切な人の幻影だった。


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あとがき

はいはい、ブーラブラーです。え?展開が速い?ほっといてちょうだい。

たしかに主人公は尚香ですけどそれとこれとは別です。

もともと短編でたくさん書こうとおもってたのを長編のような書き方に変えただけですし。

はいいいわけですごめんなさい。

でも関係ねぇ!