息が荒い
意識が朦朧とする
蒸し暑く感じるのに、体は身震いする

「先客万来ですね」

誰かが額に置いている布を取り、冷えた布と交換してくれた

「先生、さっきからずっとこの娘見てますけど……知り合いですか?」

グツグツの何かが煮える音と火が焼ける音がする
ああ、美味しそうな香りだ

「ああ。お前達も知ってるぜ」

「ええ?」
「あのころにこんな娘いました?」
「7・8歳だったから覚えてないか……。よく来てたのになぁ」

サラっと誰かが尚香の頭を撫でる
少し、草の匂いが鼻につく
でも、とても懐かしい

「どうします?これから」
「馬鹿ね、先生が患者を置いていくわけ無いじゃない」
「そうじゃなくてよぉ……」
「わかってるよ。もうしばらくここにいよう。雨も止みそうにないしな」

雨と焚き木の音。パチパチとザーザーと雑音に混じって聞えた最後の会話は

「久しぶりだな、尚香」

孫尚香はそっと目を開いた。





真・三国無双異伝『修羅の世』 第五話 「再開」





「先生……」
「7年ぶりだな。大きくなりやがって」
「死んだんじゃ?」
「腕は切られたけど、この通りピンピンしてるよ」

錬仁はそう言って切断された左腕を見せる。

「夢?」
「頬を思い切りつねってやろうか?」

錬仁はツンツンと尚香の頬をつつくとその手を首筋に当てた。

「!?」
「まだ熱はあるな。どこか変なところはあるか?」
「う…うぅん、ない」

赤い顔で首を横に振る。

「薬膳は作ってあるから好きなときに食べな。治ったら軽〜く説教してやる」
「説教って……」
「胸に手を当てて聞いてみろ」

錬仁はそう言い残して席を立った。

「先生飯は?」
「お前たちで食ってろ。美鈴、交替だ」
「やた!おなかすいた〜!」

美鈴がその場を離れ、代わりに錬仁があぐらをかく。錬仁を目で追っていた尚香が見たのは横たわった貂蝉だった。

「貂蝉?」
「お友達なら無事よ。脇腹に切創、出血多量による貧血、雨のせいで少し熱が出てるだけだから。はい御飯」

美鈴が椀を差し出す。

「これは?」
「ひえ、あわ、もろこしを煮込みまくったものに先生特製の薬を入れた雑炊。あなたとあの人には特別濃い〜の贈呈〜」

トポトポと壷から濃緑の液体を足していく。
途端、青臭い刺激臭が尚香の鼻腔を突き刺した。

「ゴホゴホ!これ本当に食べれるの?!」
「さぁ?」
「さぁ??」
「とっても苦いうえにとっても不味くてとっても臭いの。そのせいでどの患者も吐き出したわ。唯一先生だけ飲めたぐらいで」
「…………」

尚香はじーっと椀を睨み始めた。

「なんだ?」
「先生が飲んだから自分も飲むべきなんだろうけどなかなか踏ん切りがつかないってところ」
「なんでそこに先生が出るんだよ」
「先生ってカッコイーから」
「関係ねー。お?」




ブルブル震える手

滝のように流れる汗は熱の所為だ

動悸は早い

きっと病気の所為だ

私は戦うと決めた

だからこの手を持ち上げろ

鼻で息をするな

でも相手から目をそらすな

さぁ、覚悟を決めて

息を整えて



「………」

「…いくわ」



………………………………

「っ!!!???」

飲んだ。

「見事……」

「いや、まだ全部飲んで飲んでいない。あれじゃあ薬効が半減しちまう」

その間にも尚香は飲み続けていた。

だがただでさえ味に問題があるのに、ドロドロして熱いものを飲み続けるのは無理だ。

「(……息が!)」

「ダメだ!一旦椀を置け!」

「ダメよ!中途半端な休憩は返って味を際立たせるわ!」

「でもこのままじゃあ!」

「鼻で息をするのよ!」

「馬鹿野郎!そんなことすれば」

「それしか方法が無いのよ!やりなさい、それしかあなたの勝ちは有り得ないわ!」

「…………。っ!!??」

尚香はさらに椀を頭上に傾けた。

「まさか……無呼吸で!?」

「無茶だ!それだけドロドロしていたら時間が――――!」

文盛が言い終わる前に尚香の手が動く。

狙うは食器の入った籠。

そこから掴み取ったものは、

「レンゲ!?」

「その手があった!」

流動性が極めてないのなら人知で乗り切る。

極限状態の尚香にとって起死回生の一手となり、

「………飲んだ…」

「やっちまったよ」

飲み終え、差し出された椀を見た2人が呟く。

「あなた、すごいわ」

美鈴の賞賛を、尚香は不敵な笑みを浮かべることで応え、

トサ……。

倒れた。

「今はゆっくり休みなさい。後のことは任せて」

美鈴は尚香の掛け布を直して自分の食事を開始した。

「ちょっと塩味足りなかった?」
「これぐらいでちょうどいいよ」

文盛と2人で料理の舌鼓をうつ姿に先ほどの空気は無かった。

「彼等は……なにを?」
「尚香に薬を飲ませてただけだ」
「それだけであの行為はなんとも」
「あんたも他人事じゃねーんだぞ。ほい」
「…………」
「全部食べろよ」

数秒後、また1人倒れた。






嵐はまだ止まない。
雨の音、雷の音。それらは決して邪魔なものではない。
単調の中にある複雑な音色。
自然が発する音は、人の心に付いた汚れを洗い流してくれるような心地よい音なのだから。

「夜にいきなり襲ってきてな………、丁度そのとき診ていたこいつ等を守りながら戦えず、逃げるのが精一杯だったんだ。腕はそのときに……」

外は暗く、朝か夜かわからない。

「逃げたときは他にも何人かいたんだ。すぐお前達のところに行こうとしたんだけど、しつこく追われて出来なかったんだ」

青銅の小さな釜に薬草を入れて薬を作る。むせ返りそうな臭いが洞窟内に充満する。それに対して吐き気を催す患者の2人に、錬仁はいい香りのする麻袋を手渡した。

「傷と病気のガキを早く治さなきゃならなかったし、ちと危険だったけど隣りの村まで逃げたんだ」

なんでもないように言うが、錬仁が滞在していた村とその隣りの村との距離は、一番近いところでも2里は離れていたはず。
そう思い出す尚香は、やはり先生はすごいな……と改めて認識した。

「運良く、前に診察した人がいた村でな………申し訳なかったんだが、少し世話になったんだ。そのおかげで助かった」

熱してドロドロになった薬が出来上がる。それを更に鉄板の上に塗って、水分を飛ばす作業に移った。

「2年ぐらい療養したかな。利き腕が無くなっちまったから慣れるのに苦労したんだわ、これが」
「それでも……薬師を続けた?」
「これしかない……とは言わんけど、一番性に合ってたからな」

完全に水分が消え、パリパリになって鉄板にこびり付いたモノをはがし、それを粉になるまで擦る。

「そんな酷い目にあっても旅はやめなかったんですね」
「あぁ、これだけはやめられねぇ。目的はねぇが―――――――っと」

鉄板で熱していた薬が焦げかけ、慌てて剥がす。

「あの人たちは?」
「あの村の生き残り……。親は隣村に着く前に力尽きたんだ。助けたからには、最後まで面倒を見ないとな」

件の2人は狭い布団の中で仲良く寝ていた。あいにく色気はまったくない。

「それで、村に置いていくわけにもいかず一緒に旅に出たってわけだ」

今度は焦げないように薬の方に集中しながら、同じ作業を延々と続けていく。

「それで、お前はなんでここにいるんだよ。親父さんが死んで知り合いのところにいるんじゃなかったのか?」
「なんで知ってるんですか、そんなこと」
「それが人の怖いところ。で?どうなんだ」

嘘も黙秘もわかるんだぞ―――と、目で脅す錬仁に、尚香はコレまでのことを白状した。
錬仁が死んで修行に明け暮れ、父が死んでさらに明け暮れ、兄が自分を置いて戦に向かい、力を持て余した結果旅に出た。

山賊に襲われていた貂蝉を助けて、たくさんの人里を訪れ、諸国見聞を主とした旅を続けた。
そして、先日の襲撃。
そこまで聞いた錬仁は、

「この大馬鹿娘が!!」

本気の怒声を吐き出した。

「どの辺が大馬鹿なんですか!?」
「旅に出たことと襲撃のときそこの嬢さんだけ逃がしたことだ!お前は一国の姫だった。今回も孫策が国を建てようとしている。兄貴を助けたいと思うんなら、まずは政事を知るのが先決なんだよ!」
「それは文官の仕事でしょ!それに、知りたくても『女は口出しするな』っていつも言われるんだもの!」

「それでも武器を持つのはやめなかったんだろ?反対する奴を暴力で認めさせてきたんだろ?同じ事をすればよかったんだ。孫策なら喜んでお前を登用したはずだ。だがお前はしなかった。その結果が襲撃のときの失態だ!」
「私は失態なんてしてない!」

「ならなんで瀕死の嬢さんを放置して戦ったんだ!重傷のうえ雨ざらしにしたまま森の中にいることがどれだけ危険か分からなかったとは言わせねぇぞ!俺達がここにいなかったら、2人ともとっくに死んでんだよ!」
「だって……だって!だって許せなかったんだもん!」

「だったら殺していいのか?仲間を放って殺すだけの価値があったのか」
「先生に、私がどれだけ寂しかったかわからない!なんでこんな思いをしなきゃなんないの!だれも悪いことしてないのにあんな酷いことばっかり。私は…………わたしはただ先生にいろいろ教えて欲しかっただけなのに!」

ついに堪えきれなくなった涙が流れる。そして、尚香は思い切り錬仁の胸に飛び込んだ。

「なんで帰って来てくれなかったのよぉ!」

尚香はとうとう泣き始めた。これ以上話すことができないと見て、錬仁は尚香が泣き止むまでずっと頭を撫で続けた。



数刻後、ようやく話が一段落して錬仁は国に帰れと尚香に言った。
しかし、尚香は旅を続けるの一点張り。
そこで錬仁はあることを提案した。

「孫策が戦に出たって言ったな?どこだ」
「呉群。あの辺り一帯は元々父様が管理してたから」
「遠いな。………じゃあ、会いに行くか?」
「兄様のところへ!?うん、それならいい!」
「ただし寄り道はしねぇからな!それと、山賊が出ても逃げ優先だからな!俺達は戦えねぇんだから」
「えぇ〜」
「えぇ〜、じゃねぇ!」

こうして、錬仁と出会った尚香は孫策のいる呉群へ向かうことになった。
果たして、彼らに待ち受ける運命やいかに!







「俺達は意見を言うこともできないのか」

「所詮サブキャラだし。貴女はいいの?」

「何処へなりと憑いて行くことにしてますので」

「字が怖いわ」



不安を抱えつつ、一路呉群へ。